不倫の戦士たち
阿部牧郎 著
目 次
第一話 クリスマスの誘惑
第二話 オンザロックスの女
第三話 旅のチョコレート
第四話 置き土産
第五話 現物支給
第六話 ベッドルームの情報
第七話 転勤前夜
第八話 区間急行
第九話 素 顔
第十話 人 脈
第十一話 かくれた超能力
第一話 クリスマスの誘惑
1
飲めや歌えの大阪同期会が終った。午後十一時だった。
会場のピアノバーのまえで、野口周一はみんなとわかれた。豊中方面へ帰る二人の仲間といっしょだった。
土曜日なのに、北新地はにぎやかだった。通りをゆききする人影が多い。男も女も酔って、のんびりあるいている。ろれつのあやしい男たちの話し声にまじって、客を送る女たちの声がはじける。
色とりどりのイルミネーションはまだ満開だった。それらのまじりあったうすあかりのなかに、人々の姿がゆらゆらとうかんでいる。減速運転のタクシーが、ときおり苛立《いらだ》たしげに警笛を鳴らして通りすぎた。
師走《しわす》のかきいれどきだった。ふだんは土曜休みの店も、今月だけは深夜まで店をあけてがんばっている。それにこたえて客もあつまってくる。夜の北新地をみるかぎり、深刻な円高不況もどこか外国の話のようだった。
「このさきにちょっとオモロイ店があるんや。もう一曲歌って帰ろうやないか」
二人の仲間を野口はふりかえった。
あすは休みだ。ゴルフの予定もない。徹底的にあそんで帰るつもりである。
この町へくると野口は無条件で元気になる。午前二時、三時まで飲むことも多い。
ところが、二人の仲間はもう元気がなかった。一人はあくびを噛みころし、一人はうなだれてふらついている。
「いや、わしらもう帰るわ。おまえ、ゆっくり飲んで帰れよ」
「土曜ぐらい早う帰らんと、おかあちゃんが傷つきよるさかいな。野口はいいよ。せいぜいチョンガーの強味を発揮してくれ」
一人が手をあげてタクシーを停めた。乗りこんで彼らは去っていった。
ちえッ。野口は舌打ちした。家庭をもつと、男はだらしなくなる。バイタリティをうしなう。哀《かな》しきマイホーム主義者になる。
こんなことでわが三友銀行は実質的な業界ナンバーワンの座を今後も保持していけるのだろうか。三友の今日を築いた先輩たちは、頭取以下部長クラスまで、元日以外は休みがないほど働きづめに働いてきた人たちである。滅茶苦茶に働き、よく飲んで、現在の栄光をつかみとった。そのかがやかしい伝統は、マイホーム主義者の増殖によって、やがて消え去るのではないだろうか。
酔っているから、野口周一は考えることがおおげさになった。
いま帰った二人の仲間も、じっさいはけっしてマイホーム主義者ではない。毎日のように残業する。休みもとらない。そうでないと、とっくに落伍しているだろう。なんせ三友銀行では「八人野球」「三人麻雀」がモットーになっている。ふつう九人でやる野球を八人で、四人でやる麻雀を三人でやる——その要領で一人一人がたくさんの仕事をこなせ、というわけである。
だが、野口からみると、彼らはマイホーム亭主だった。仲間一人をおいて女房のもとへ走ってかえるなんて、仁義を知らない。三友マンの風上にもおけない。伝統の破壊者である。二十代で嫁をもらい、ガキをつくったりするから、あんなふうに堕落するのだ。
「おれは絶対ああはならんぞ。嫁をもらっても、いまのままで通してみせる」
ひとりで野口は肩をいからせた。
野口は三十一歳である。最近、上司や先輩によく縁談をもちこまれる。そろそろ結婚せんとホモと思われるぞ。みんなにいわれる。
行員約一万三千名。大企業でありながら、三友銀行にはそうした古くさい家族主義の気風があった。適齢期の行員にまわりの者が寄ってたかって嫁を世話しようとする。おなじ職場で働く者どうしという以上の、人間的なつながりをつくろうとする。それが行員の固い団結のもとになっている。
じつは野口も上司の顔を立てて、近いうち見合をする予定だった。相手はおなじ三友系列の綜合商社の常務の娘。写真でみるかぎり、相当の美人である。
縁談にあれこれ注文をつける趣味はなかった。見合すれば、相手にきらわれないかぎり、そのままゴールインするだろう。だからこそ自分をいましめなくてはならないのだ。おれは絶対にマイホーム主義者にはならんぞ。いままでどおりやっていくからな。妻となる相手に、まえもって宣言するつもりでいる。
肩をいからせたまま野口周一は一軒の酒場へ入っていった。ビルの二階にある「ミラボー橋」という店だった。
いらっしゃいませ。女たちの声に迎えられて野口はカウンター席へ腰をおろした。
ママがピアノを弾《ひ》いて客にうたわせる店である。ド演歌からジャズのスタンダードナンバーまで、なんでもやってくれる。
歌をうたっている客はいなかった。安心して野口はおしぼりを使った。自分がうたうのはいい。上司や同僚の歌もわるくない。だが、赤の他人の歌はうるさいだけだ。一人のときは、しずかな店にかぎるのである。
「あれ。きみ、きょうもきているんか」
となりに腰をおろした女の子をみて、野口は声をはずませた。
真美という女の子である。年齢は二十二。ママをいれて八人いる女のうち、いちばん可愛いのがこの娘だった。
目が大きい。背中までくる髪をしている。均整のとれた中肉中背の体つきだった。小さな口もとが、愛らしさのポイントである。
真美はバイトだった。水曜と金曜にだけここへ働きにくる。昼間はどこかの会社へつとめているらしい。
「年末やから、とくべつ出勤やねん。野口さん、私がいて、がっかりした」
「とんでもない。なにをおっしゃる。寄った甲斐《かい》があったと思うよ。これはなにか運命的な出会いとちがうやろか」
野口は目じりがさがった。真美のぶんも水割りを注文する。
気のせいか、真美には以前から野口に好意を寄せている様子があった。同僚たちと飲んで、ふと顔をあげると、よその席からじっとこちらをみている真美と視線が合ったことが何度もある。店へ入った野口を、まっさきに真美は出迎えてくれる。
野口は週に一、二度この「ミラボー橋」へ顔を出す。いつも上司や同僚といっしょである。取引先の接待にくることも多い。
真美とゆっくり話をするチャンスがなかった。週二日しか真美が出勤しないから、なおさらである。やっと今夜サシで話せる状況になった。さっさとかえったマイホーム主義者たちに、いまは感謝しなければならない。
二人は水割りで乾盃した。真美はすこし酔っている。顔がピンク色にかがやいていた。
「真美の会社、ボーナスたくさん出たか」
「まあまあです。けど私、生活苦ですねん。そやから土曜の夜もバイト。野口さんなんかいいなあ。ボーナス、ウン百万でしょ」
「そうはいかんよ。けど業界では最高やろな。当然やで。これだけコキ使われたら、ボーナスぐらいしっかり出してもらわんと」
三友銀行は六十一年三月期の決算で、資金量は業界第二位だった。
だが、経常利益、営業利益、純利益はトップである。利益の三冠王だった。最近では名古屋のP銀行を吸収合併して話題になった。資金量もふくらんで第一位になるはずである。
アメリカの投資銀行へも資本参加した。法人金融部門の国際化へ本腰をいれはじめたわけだ。トップの打つ手はつねに積極果敢である。あおられて下も働かざるを得ない。
「三友銀行の人って、みんな元気ジルシね。生き生きしている。みてて気持がいいわ。とくにこの店のお客さんは本店のエリートが多いから、話してるといろいろ勉強になる」
「お、するときみは、この野口周一もエリートの一員と思うてくれるのか」
「当然よ。野口さん、営業第二部所属でしょ。営業一部から四部までは大企業担当。銀行業務をなんでも知ってるすごい人ばっかりなんやて。私、尊敬してるんよ」
真美はかるく体をぶっつけてきた。
大いに野口は気をよくした。ここまでよく知っているのは野口に関心があるということだ。この子、なんとかなるかもしれん。野口は胸がドキドキしてきた。独身時代の最後にあたって、神の贈り物だ。
「尊敬だけでは物足らんね。おれなんか、真美に愛を感じているんやで」
「またア。調子がいいんやから。けど、野口さんは軽薄なプレイボーイではないね。それはわかってます。女の子とあそびまわっているひまがないはずやもん」
「おれの愛はほんものやぞ。きみもいそいで尊敬を愛に変えてくれよ」
もう一杯ずつ、野口は水割りを注文した。
あらためて乾盃した。腕時計に目をやってから、野口は真美の耳へ顔を寄せた。
「きみ、十一時半で上りなんやろ。いっしょに飲みにいこうや。いい音楽をききながら、ゆっくり語りあいたい」
いわれて真美は微笑《ほほえ》んだ。
親指と人差指で○をつくってみせた。肘《ひじ》をはねあげるようにして水割りを飲んだ。
2
野口周一は真美をつれて深夜レストランへ入った。
ニューヨークで修業してきたという男の歌手がしずかな弾《ひ》き語りをきかせる店だった。
赤ワインとエスカルゴを二人はとった。一時間ばかりいろいろ話をした。
真美の姓は沢田という。短大を出て、大阪府下のT市にある小さな会社につとめている。会社の名を彼女は教えなかった。
父親もやはりT市で働いているらしい。サラリーマン、としか真美はいわなかった。
野口もとくに彼女の家族関係に興味がなかった。べつに真美とまじめにつきあう気はない。真美が昼はOLだとしても、北新地の酒場で知りあった以上、野口にとってはホステスである。「北新地の女の子」の一人にすぎない。いっしょにホテルへいけるかどうか。それだけが気になる。
「おなじ大阪でも、T市なんか田舎でしょ。やっぱり中之島とか本町あたりの会社へ入ったらよかった。後悔してるんです」
真美の家はT市にある。大阪市内のビジネス街まで、バスや電車で約一時間かかる。
家の近くで働くほうがいい。親にすすめられるまま、T市で就職した。それが失敗だった。通勤には便利でも、靴を鳴らしてビルの谷間をあるくよろこびがない。ビジネス街の中心部で働く緊張感もプライドもない。
周囲にパッとした男性もいない。単調で地味な仕事にあけくれている。夜、バイトするようになったのは、大都市の中心部の空気を吸うのがおもな目的だという。
「いまの店へきてよかったわ。一流のサラリーマンに会えるから。こうして野口さんと知りおうただけでも、バイトの甲斐があった」
「おれなんか一流やないよ。まだ卵や。上のほうには恐ろしいような人がくさるほどいるよ。怪獣みたいなおっさんたちが」
「どうしたの。急に謙虚になって。野口さんらしゅうないわ。なにか恐がってるんですか」
首をかしげて真美は野口をみつめた。心の内をみすかすような笑顔だった。
「いや、べつに恐がってないよ。謙虚でもない。ありのままをいうただけや」
野口は痛いところを突かれた気分だった。
じっさい、すこしたじろいでいた。話すほどに、真美がまじめな女の子であることがわかってきたからだ。火あそびの相手ではない。うっかり深くなると、あとで厄介《やつかい》なことになるかもしれない。
だが、野口は酔っていた。みすかされて、反撥する気持もある。真美の手をとった。しなやかな五指を束《たば》ねて握りしめる。
「それよりどう。きみの尊敬の念、まだ愛情に変ってこないかね」
野口は真美をみつめた。真美の笑顔が、胸にしみるほど美しく感じられた。
「女の気持がわかってないですね。私、両親と同居してるのよ。ただ尊敬してるだけの人と、こんな時間におつきあいすると思うの」
真美は手をはなした。おちつかない仕草でワインを飲んだ。
「そうか。それやったらきみは——」
野口は言葉がつづかなかった。
やったあ。胸の内でさけんでいた。厄介なことになろうが、もう知ったことではない。
弾き語りの演奏者が「ホワイトクリスマス」をうたいはじめた。野口と真美のためうたってくれるようなものだ。
「すこしはやいけど、クリスマスのプレゼントをくれよな。とりあえずここで」
野口は真美のあごの下に手をいれてひきよせた。かるくくちづけする。
くちびるを突きだして真美は応じた。はなれると、口をとがらせたまま野口をにらんだ。照れ笑いに変る。
「そろそろ出よう。酔っぱらった」
ボージョレが一本カラになったところだった。野口は腰をあげた。
二人は深夜レストランを出た。すぐにタクシーをひろった。T市。真美は運転手に告げた。クルマは走りだした。
「野口さん豊中でしょ。途中やから、私、送ってあげるわね」
真美の言葉に、誘導の気配を野口は感じた。力をこめて彼女の肩を抱きよせる。
「ホテルへいこう。きみを抱きたい。今夜から恋人どうしになろうや」
野口はささやいた。手に力をこめる。
独身寮で野口は暮している。部屋へ女をつれこむわけにはいかない。
「そんなん——。まだはやいわ。きょうは心の準備ができてない」
「では五分以内に準備してくれ。おれ、もうがまんできない。きょう中にきみを、おれのものにしたい。他人にわたしたくない」
「だれのものにもならへんよ私。好きなんは野口さんだけやもん」
「それやったら、なんのさしさわりもないやないか。さ、一分たったぞ。あと四分で準備完了してくれよな」
抱きよせて野口はくちづけにいった。
こんどは深いキスになった。舌をからませてゆく。むう、と呻《うめ》いて真美はあおむけになった。拒否の意志はないようだった。
真美の唾液を野口は舌でかきまわした。かすかな甘味のある清潔な唾液だった。真美の息づかいがみだれてくる。測《はか》ったような中肉中背の女体が、しだいに熱くなるのがわかった。むだのない、それでいて丸みのある裸身のかたちをコートごしに彼はたしかめた。
真美のひざに野口はさわった。コートの合せ目に手をすべりこませる。スカートのうえから真美のふとももをなでさすった。しだいに手を内側へ移動させていった。
キスを終えた。真美は左右の脚をぴったりと閉じあわせる。野口の手をとって、自分の体からひきはなした。
逆に野口は真美の手をとった。自分の下腹部へ誘導する。コートのすそをひらいて、ズボンのうえから硬いものにさわらせる。
真美は逆《さか》らわなかった。そこへ手をおいたままである。大きなため息をついた。眠ったようにもたれかかってくる。
野口は手ばやくズボンのファスナーをひきおろした。硬くなった男性をひっぱりだした。その作業に気づかぬように、真美はじっとしている。野口は真美の手を男性にもっていった。しなやかな指にそれをあずける。
ぴくりと真美の体が反応した。真美は逃げなかった。しずかに男性を手におさめている。野口の愛情と欲望の手ざわりを、たしかめているようだ。
「さ、五分たったぞ。準備はいいね」
野口はささやいた。
返事の代りに真美は頭をたれた。そのまま体をあずけてくる。
「運転手さん、ゆくさき変更、豊中の××町のホテルへいってください」
野口は声をかけた。きわめて不機嫌な声で運転手は承諾の返事をした。
3
豊中市にあるラブホテルへ、野口周一は真美をつれて入った。
各室のカラー写真のパネルが玄関わきに掲示されている。好みの部屋の釦《ボタン》をおすと、自動的に部屋まで誘導される仕組みだった。
三階の部屋をえらんで、野口はパネルの釦をおした。エレベーターの扉があいた。野口は真美の手を握って乗りこんだ。茫然とした面持《おももち》で真美は野口によりそっている。
矢印の標示にしたがって廊下をあるいた。目的の部屋に着いた。なかへ入る。従業員と顔を合わせずに部屋へ到達できるのが、ミソであった。
「ラブホテルも最近、さま変りしたなあ。内装がシックになった。垢《あか》ぬけてきた」
室内をみまわして野口はいった。不自然なほどあかるい声になっていた。
ぶじに真美を部屋へつれこんで、ほっとしたのだ。真美の手をはなした。汗ばむほどいままで握りしめていた。
「いや。そんなこといわんといて。野口さん、すごくあそび馴《な》れてる感じにきこえる」
真美はテーブルにバッグをおいた。
ソファに腰をおろした。両手で顔を覆《おお》って肘掛けにもたれる。顔から手をはなした。おどろいたような顔で室内をみまわした。なぜ自分がこんな場所にいるのか、よくわからない。そんな表情である。
「そらちがう。あそび馴れてないから、変化におどろくんや。こんなとこへきたの、何年ぶりかなあ。酒はよう飲んでるけど」
弁解して野口はバスルームへ入った。
ひろい湯ぶねだった。湯と水と、蛇口が二つずつついている。湯の蛇口を二つとも野口はひねった。水音が壁にひびきわたる。
野口はバスルームを出た。真美とならんでソファに腰をおろした。肩を抱きよせる。くちづけにいった。こんどはゆっくりと舌をからみあわせてゆく。真美の胸をさぐった。彼女の息づかいが急にあわただしくなる。
真美はモスグリーンのスーツを着ている。ブラウスは白だった。野口はまず上衣をぬがせる。ついでブラウスを剥《は》ぎとった。
甘い肌の香りが、真美の体からあたたかく立ちのぼった。真美の「女」がなまなましく顔をのぞかせた感じである。野口はたかぶった。ブラジャーのホックをはずす。乳房がとびだした。弾力に富んだ、かたちのいい乳房だった。
吸いつきたい衝動に野口はかられた。だが、真美の裸身をながめたい衝動のほうがより強烈だった。スカートをぬがせにゆく。真美は抵抗しなかった。腰をうかせて自分からパンストやショーツをぬぎはじめる。
真美は全裸になった。みごとに均整のとれた裸身だった。服をきているときより長身にみえた。背のわりに脚がながいからだ。ヒップは小さい。下腹部の草むらも、濃いわりに小さかった。すべすべする左右のふとももに草むらが圧迫されている。
情熱をこめて野口は真美を抱きしめた。首や肩にくちびるを這《は》わせた。
「いやあ。私だけ裸。いやよ、そんなん」
真美は身を揉《も》んで抵抗した。野口の上衣をぬがせにくる。
野口は立ちあがった。その場で上衣をぬぎ、ネクタイをとった。真美がベルトの止め金をはずした。ズボンをさげる。すぐに野口も全裸になった。
ソファに野口は腰をおろした。あらためて真美を抱きしめる。かわいた肌と肌が密着しあうと、それだけで大きな快感である。野口は真美の乳房を吸った。かたほうの乳房は指で揉んでやる。ゆっくりと快感をおくりこんだ。真美の腹が呼吸につれて上下するのを、うっとりとながめていた。
「ああ。まさか今夜のうちに、こんなになるとは思わんかった」
真美はつぶやいた。半眼にとじて、幸福そのものの表情である。
「おれもそうや。感激してるよ。こんなにはやく真美が応じてくれるとはな」
野口は乳房から顔をはなした。
真美のふとももへくちづけにいった。下腹部の草むらが顔にさわる。真美は声をあげた。双つの脚をとじあわせてしまう。ふとももの弾力に野口は酔っていた。
お風呂へいこう。真美はささやいた。野口は真美を横抱きにして立ちあがった。
はじけるような声で真美は笑った。両脚をばたつかせる。両手で野口の首にすがった。
「いいよ。重いのに。自分であるくよ。重いんやから私——」
じっさい、抱きあげてみると重い。
野口は歯をくいしばった。一歩一歩ふみしめてバスルームへ入った。湯ぶねにはまだ三分の一しか湯がたまっていない。横抱きにしたまま、湯のなかへ入った。
ゆっくりとしゃがんだ。真美の体があおむけに湯にうかんだ。下腹部の草むらが、ちょうど野口の顔の真下にくる。草むらへ野口は顔をふせた。濡れた草の感触を、鼻とくちびるでしばらくたのしんだ。
「わあ、だめ、もう沈む」
真美はさけんだ。バランスがくずれて、浮かんでいられなくなったらしい。
真美は野口のふとももに手をついて自分をささえようとした。はずみに野口の男性にさわった。あわてて手をひこうとする。野口は真美の手首をつかんで男性に誘導した。
真美は沈んで湯ぶねの底にヒップをついた。ひざを横に投げだして、体勢をととのえる。あらためて男性をとらえた。野口をみて微笑んだ。
「すごい。立派。野口さん自信あるのね。タクシーのなかであんなことするんやから」
真美は思いだし笑いをした。
「びっくりしたわ私。あんなことされたの生れてはじめて」
「自信があるわけやないよ。きみがほしい、と伝えたかっただけや。言葉でいうより、あのほうがずっと雄弁やで」
真美の左右のふともものあいだへ、野口は手をすべりこませた。
かすかに真美は声をあげた。さわられるがままになっている。野口はふともものあいだを手でさかのぼった。奥へ着いた。やわらかな肉を指でおしわける。湯よりも濃い、あたたかい液がそこにはあふれていた。
「真美もおれをほしがっているな。さわってみて、わかった」
野口は指を動かしはじめた。複雑な二枚の花びらのあいだをさぐった。
「ほしいわよ。すごくほしい。野口さんがほしい。ぜんぶよ、ぜんぶ」
野口の男性が快感につつまれた。男性を真美は愛撫しはじめていた。
湯のなかで、二人はたがいちがいに向かいあっていた。二人とも脚をのばしている。あわただしく手を動かした。野口の男性は、熱い鉄棒になった。
野口は指で、真美の敏感な真珠をとらえた。こまかく刺戟をあたえる。ころがすようにする。真美は声をあげた。野口の肩へ頭をあずけてくる。真珠は固くなった。
あっ、あっと真美の声がとぎれはじめる。真美は悶《もだ》えはじめた。やがて野口の男性から手をはなした。
いくう。真美は苦しそうに告白した。野口はまだ真珠への刺戟をつづける。真美は抱きついてきた。しゃくりあげるような声をもらしてから、ぐったりとなった。
4
いそいで体を拭《ふ》いて、二人はバスルームを出た。
オルガスムスの余韻《よいん》で真美は脚がふらついている。もう一度野口は横抱きに真美をかかえあげてベッドルームへはこんだ。
円形ベッドへ真美をほうりだした。真美はあおむけに倒れた。顔を横向けたきり、じっとしている。野口はその足もとの床に立って真美の裸身に見惚《みほ》れた。体内で欲望が火を噴いて、皮膚をあぶり立てる感じである。
やがて野口は、真美の両足首をつかんでひきよせた。両脚をひらかせる。野口はひざまずいて、真美の足裏にくちづけした。
真美に両ひざを折らせる。脚を立てさせた。真美は無抵抗だった。女の秘密の部分が、野口の顔のまえにひらいた。小さな木の葉をたて割りにしたかたちのピンク色の花びらが、きちんと並んでいる。さっぱりした印象の造りだった。
二枚の木の葉のあいだに、青みがかった窓があった。透明な液がそこから湧きでている。上から大粒の真珠がそれをみおろしていた。こぢんまりした、幻想的な風景だった。やさしくて、汚れが感じられない。
野口はそこへくちづけにいった。木の葉や窓のあたりを舌でかきまわした。幻想的な風景は消える。あたたかいぬかるみの感触が舌につたわってきた。下腹部の草むらが、野口の鼻をくすぐりにくる。
小さな風景が消えると、野口の行為も、真美の体もにわかになまなましい感じのものになった。のどのかわいた獣のように野口は舌をつかった。くちびるで吸った。真珠の粒を舌でころがしてやる。
真美の声がきこえた。しぼりだしたような苦しげな声だった。勢いづいて、野口はさらに獣のキスにふける。くちびるで真珠の粒を覆い、吸いながら舌でころがすと、真美の声はいっそう高くなった。
真美は手をのばしてよこした。野口の左手を握る。快感がつのると、真美の手に力がこもった。痛いくらい握りしめてくる。
やがて真美はあえぎはじめた。呻《うめ》き声が切れ切れになった。やがて、生あたたかい真美の下肢が硬直する。野口の頭を左右からはさみつけてきた。頂上にたっした、という意味のことを彼女は口走った。
一休みも野口はしなかった。くちびると舌で責めつづけた。指を真美のなかへすべりこませる。べつの指でアヌスを掻《か》いてやる。すぐに真美は二つ目の頂上へ駈けのぼった。
白い裸身がうねった。ひざを立てたまま、彼女は足をばたつかせた。ベッドのふちを足裏でたたいている。
「ごめん。休ませて。もういい」
弱々しい声がきこえた。野口の顔がはなれると、真美は動かなくなった。
顔をあげて野口はまた真美の秘密の箇所に見惚れた。ぐっしょりと濡れている。ピンク色がさっきよりもあざやかだった。複雑な花が、照れて紅くなっている。
さきに帰った二人の同僚のことをふっと思いだした。二人とも結婚二、三年目である。まだ新婚の部類といえるだろう。
いまごろ妻を抱いているのだろうか。土曜日だから、じゅうぶんありうることだ。野口は考えて苦笑いした。マイホーム主義もわるくない。家へ帰ると、こんなピンク色の花が蜜に濡れて待っているのだから。同僚をほうりだして家路につくのも、無理はないのかもしれない。おれだって、こんなに可憐《かれん》な花が帰りを待っているとなれば、飲んだくれてばかりいられないだろう。
「ねえ、こっちへきて。恥ずかしいわ。そんなにみられたら——」
真美が手をひっぱる。野口は立って、真美のとなりに横たわった。
「すごく感じたわ。最高やった」
真美は抱きついてきた。キスをもとめる。くちびるに真美はしゃぶりついてきた。
熱っぽいが、短いキスだった。すぐに真美は起きて、頭から野口の腹のほうへ倒れこんできた。ベッドに横ひざをついて丸くなった。野口の男性を口にふくむ。あわただしく頭を動かしはじめた。
上手なフェラチオではなかった。くわえてただ頭を動かしているだけだ。それでも熱心だった。野口は顔をあげて真美を観察する。横合から、ほぼ直角に真美は野口の腹に顔をふせている。ヒップを高くあげていた。ふとももが長いので、しぜんにそうなる。
真美は目をとじていた。眉根をよせて一心に奉仕している。ときおり声をもらした。自分の行為に酔っている。
真美のヒップが、彼女の頭とおなじリズムで動きだした。愛撫に熱心なあまり、そうなったのだ。口だけでなく、全身で真美は奉仕していた。ヒップが揺れる。乳房が揺れる。這った姿勢なので、真美の乳房はまっすぐ下を向いていた。やわらかな弧にはさまれた三角形である。ヒップと対になってそれは揺れつづけた。女であることを誇示するように、それらは美しく、淫《みだ》らであった。
男性におくりこまれる快感が濃厚になった。野口は息苦しくなってきた。
上体をおこした。真美の脚をつかんでひきよせる。こちらへ真美は倒れこんできた。みだれきった表情である。あえいでいた。もうなにがなんだかわからないらしい。
「抱いて。抱いて。私もう——」
真美は身ぶるいした。最後のときがくるのを待ちこがれているらしい。
「よし、待っていろ。いい気持にさせてやるからな。おれのことがわすれられんようになるぐらい——」
野口は起きあがった。真美の唾液を吸って男性はたくましくかがやいている。
投げだされた真美の両脚のあいだへ、野口はひざまずいた。
男性を真美の秘密の部分におしあてた。そのあたりのピンク色の肉が、うごめいて男性をうけいれようとしている。
二、三秒野口は停止した。二人の体の角度を調節するためだった。焦《じ》れて真美は体をもちあげてくる。はずみに男性は真美のなかへ吸いこまれた。あたたかい、重苦しい快感に男性はつつまれる。
ああ最高。野口さん最高。私、しあわせ。そんなことを真美は口走った。真美のほうから体を動かしてくる。下腹部を上に向かってこすりつけるような動作だった。
男性をつつむ快感が、たちまち増量した。真美の体は、ねじあげてくるような力をもっていた。そして、あたたかくうるおっていた。動きはあまりうまくない。だが、体そのものが真美はすばらしく性的だった。吸いついてはなれない。快感をしぼりだそうとする。
おぼれかかるのを、やっとのことで野口はこらえた。ひざに力をこめる。態勢を立てなおした。腰に力をいれて突きあげる。ぐいぐいと前進した。真美の動きを圧倒してしまいたい気持にかられている。
真美は呻きはじめた。おどろくほど太い声だった。声とは関係なく口をあけたりとじたりする。ときおり目をあけた。おどろいたように野口をみつめる。すぐに目をとじ、顔をしかめて、気を失ったような姿になる。
すぐに野口は真美を頂上におしあげた。まだ若いのに、こんなによく感じるのか。おどろきながら、動きをつづけた。すぐに真美はつぎの頂上目がけて走りだした。
野口もすでに限界へきていた。これ以上、持続をはかる必要もなさそうだった。真美は声も出せなくなって、弱々しくかぶりをふっている。もうだめ。かんにんして。身ぶりで真美は訴えていた。
終ってもいいか。野口は声をかけた。
あわただしく、何度も真美はうなずいた。いって。いって。苦しげにつけ加えた。
いとしくて野口は身ぶるいする。そのまま抑制をといた。目のくらむ快感とともに、活力が真美のなかへ注ぎこまれる。呻きながら野口は真美の背中へ倒れこんだ。
何分か二人はかさなりあったまま、呼吸をととのえた。汗まみれである。肌が張りついていた。
やがて、真美は起きあがった。サイドボードからバッグをとる。なかから化粧品をとりだした。それをもってベッドをおりる。バスルームへ消えていった。野口はうっとりとそのうしろ姿を見送った。
真美のバッグは、ファスナーがひらいたままになっていた。身分証が入っている。興味にかられて野口はそれをとってみた。
心臓が一つ、跳《は》ねあがった。「三友銀行T支店営業課・杉本真美」と書いてある。真美はおなじ銀行の女子行員だったのだ。
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杉本真美。二十四歳。三友銀行T支店営業課勤務。いまのセックスの相手は、おなじ三友銀行へつとめる女の子だったのだ。
三友銀行には男女あわせて一万三千名の行員がいる。うち女子は約一万名だ。支店は全国に二百以上ある。どこにどんな女の子がいるか、とてもわからない。大阪本店の女子行員さえ、ほとんど名を知らない。
身分をうちあけないまま、真美は野口と深い仲になった。なぜそんなことをしたのだろう。バイトが上司に知れるとまずいからか。今夜きりのプレーにする気なのだろうか。
物音がした。真美がバスルームから出てきたらしい。いそいで野口は身分証明書を真美のバッグにかくした。なに食わぬ顔で横たわった。
真美は全裸だった。バスタオルをあごの下にはさんで体の前面をかくしている。彼女は壁鏡のまえに立った。均整のとれたうしろ姿が野口の目にさらされている。
上体を折って真美は衣類を手にとった。ひきしまったヒップが挑発的に突きだされる。真美はショーツをはいた。ヒップがかくれ、脚の美しさが急に強調される。
「なんや。もう帰るんか」
野口は声をかけた。真美のうしろ姿に新しい欲望を感じていた。
「そうかて、もう午前三時よ。両親になんというて弁解したらいいの」
ふりむいて真美は笑った。黒いパンストで下肢が覆われてしまった。
ふだんの野口なら、立って真美を強引にベッドへひきいれたにちがいない。久しぶりのセックスだった。活力が体のなかで、熔岩のように噴出の機をうかがっている。
だが、真美が同僚の女の子だとわかって、事柄は単純ではなくなった。真美がなにを考えているのか、わからぬうちはむやみに燃えあがるわけにいかない。
野口はベッドをおりた。バスルームでシャワーをあびた。部屋へもどると、真美は服をきて化粧していた。野口も帰り支度をした。
二人は部屋を出てエレベーターに乗った。
おもて通りへ出てタクシーを待った。外は寒かった。闇のなかに点々とならぶ街灯が、寒さに凍りついたようにみえる。入浴とセックスの余熱が快く夜気に吸いとられる。
タクシーはなかなかこなかった。野口はいま知った事柄を胸にしまいきれなくなった。
「きみ、うちのT支店の営業にいるんやろ。わるいけど、さっき身分証明書をみてしもたんや。バッグから出かかっていたんで」
野口は真美の肩へ腕をまわした。
なんでかくしていたんや。やさしく訊《き》いた。真美は息をのんでいた。体が硬くなる。
「みてしもたん。ひどいわ。そんなん、泥棒といっしょやないの」
泣きそうな口調だった。真美は握りしめていた野口の手をはなした。
「すまんかった。きみのことをくわしく知りたかったんや。きみが好きになった。当然やろ。知りたくなるのは」
真美の肩を抱く手に力をこめた。
なんでかくしていた。もう一度野口は訊いた。どうしてもわけを知りたい。
「なんでって。野口さんわからへんの。お店には本店の人がようくるわ、私らからみたら雲の上のエリートばっかり。そんな人たちのお酒の相手をするのよ。みじめですよ。それに、バイトが銀行にバレたら問題になる」
「それやったら、よその店にいけばいいのに。三友の人間がこない店へ」
「まだわかってないの。私、野口さんに会えるのがたのしみやったんよ。そやからよそへいく気にならんかった。どうせ野口さんは私らの結婚の対象になる人やないけど——」
タクシーがやってきた。真美はさきに手をあげて、まえへ出た。