「なんだ。せっかく無理してみんなとわかれたのに。当てにしてたんだぞ」
片岡は不機嫌になった。沙織の肌のぬくもりが、すうっと遠くなった。
「店長、あした午前中にお会いできませんか。お昼の新幹線に乗りはるんでしょ。私、お店を休んでいきます」
あえぐように沙織はいった。ベッドでの彼女の息づかいを片岡は思いだした。
「あすの午前中か——。ちょっと待って」
片岡は思案をめぐらせた。
午前中は荷物の搬出がある。が、業者がぜんぶやってくれるはずだ。店に残務整理があるといって、いつものように家を出よう。妻子とは新大阪駅で待ちあわせればよい。
「わかった。新大阪のホテルで会おう。駅に近いほうが便利だから」
大いそぎで打合せをした。
新幹線の窓からみえるビジネスホテル。さきに着いたほうが部屋で待つことにする。もう情熱のおさえようがない。
6
午前九時すぎに片岡はホテルへ着いた。フロントでたしかめてみる。田島沙織はもう五階の部屋へ入っていた。
とび立つ思いでエレベーターに乗った。部屋のチャイムを鳴らした。
扉があいた。なかへ入る。沙織が両手をひろげて片岡を迎えた。裸身にバスタオルを巻きつけている。
二人は抱きあった。むさぼるようにくちづけをかわした。体をねじこむように沙織はしがみついてくる。肌がかすかに湿っていた。石鹸の香りがする。沙織はおちつきがなかった。キスをつづけながら、腰をくねらせたり、左右のふとももをすり合わせたりする。
「ああ、やっと会えた。つらかったわ。このまま店長においていかれるのか思うた」
「ゆうべは悲しかったよ。やけ酒を飲んで、泥酔して寝た。おかげでいまは元気だ」
「ねえ店長、大阪へ出張してきはったら、かならず連絡してくださいね。待ってるわ私。ずっと待ってる。それを生甲斐《いきがい》にする」
「できるだけ出張のチャンスをつくるよ。きみも東京へ出ておいで。アゴアシつきで招待するからね。絶対チャンスをつくる」
抱きあったあと、二人はベッドへいった。
片岡は服をぬいで全裸になった。出がけにシャワーをあびてきている。たのしむ時間をわずかでも削られたくない。
二人は飛びこむようにベッドに寝た。沙織の体から片岡はタオルを剥ぎとった。裸身のすみずみにまでキスを這わせる余裕はない。沙織をあおむけにして、いきなり片岡は白い腹へくちづけにいった。舌を這わせる。
沙織はそりかえった。下腹部の草むらが片岡の目のまえに突きつけられる。沙織もあせっていた。
ふとももと下腹の継ぎ目に片岡は舌を這わせていった。舌さきをくねらせる。ていねいにくりかえした。沙織は泣き声をあげる。むっちりしたふとももが自然にひらいた。秘密の部分の上側に真珠の粒が顔をだした。ピンク色の肉をおしわけて、それはかすかに青みがかってかがやいている。
片岡は、沙織の両脚のあいだへうずくまった。秘密の花にかるくくちづけした。しばらく見惚れた。小さ目の花びら。肉は厚い。二つの貝をならべたような形状である。
周囲はふっくらしている。あざやかなピンク色だった。まんなかの空洞が、いびつに歪《ゆが》んでいる。欲望をおさえかねて顔をしかめているようにみえる。透明な液があふれていた。花びらの下のほうにそれはたまっている。
「きれいだな沙織。ゆっくりみせてくれ。当分おわかれなんだから」
真珠の粒を片岡は指でさぐった。沙織の体がぴくりと反応する。
「いいわ。みて。はっきりおぼえといて。私、アホやねん。みられるのが好き。なんか知らんけど、すごく燃えてくる」
「かわいいよ。ここをみてると、きみという人がよくわかるんだ。きみは純粋な人だ。やさしくて、はげしい」
「ああ、ああ燃えてくる。ねえ、どうにかして。私もう変になりそう。なんで店長がこんなに好きになったんかしら」
焦《じ》れて沙織は体を揺すった。
指で真珠の粒をさぐりはじめる。やや赤らんだ、ながい指だった。働く者の手だ。透明な液がまたあふれ出てくる。
片岡は沙織の手をおしのけた。真珠の粒に吸いついていった。人差指と中指を空洞のなかへすべりこませる。指を鉤形に曲げて、空洞の天井の部分をつよく圧した。
沙織の呻き声がきこえた。片岡の頭の両側でふとももが揺れ動く。沙織の体が熱くなった。空洞の筋肉が収縮して、片岡の二本の指をじんわり包みこんでくる。
沙織がいとしくてたまらない。左手をあそばせているのが片岡は惜しくなった。乳房をまさぐってやる。沙織はあえぎはじめた。
「いや。いやや。東京なんかいかんといて」
夢中で沙織は口走った。
体を揺すった。片岡の頭を両手でかかえて髪をかきむしる。鉤形の指で空洞の天井を圧され、同時に真珠を吸われると、沙織はいちばん敏感である。まもなく快楽の頂上へ駈けあがった。
片岡は愛撫をつづけた。窮屈な姿勢だが、沙織がよろこぶので苦にならない。つづけて三度、頂上へおしあげてやる。三度目のとき、沙織ははげしく腰を揺すった。すでに男性を迎えいれたような動作だった。
もういいだろう。片岡は沙織の体を裏返しにした。沙織は這って、ヒップを突きだしてくる。横幅はあまりないが、高く盛りあがったヒップである。双つの丘の合せ目が、切り立った崖のはざまのようにみえる。
うしろから片岡は入っていった。ゆっくり動いた。沙織の体のなかの性感帯を男性でさぐる。沙織はうなだれている。顔をしかめ、歯を食いしばっているのがわかる。
「どうだ沙織、当ってるか」
「当ってる。けど、もっとつよく。低目に」
日によって性感帯のありかが微妙に変るようだ。動きに工夫が要る。それが沙織を抱くたのしみでもある。
角度を変えながら片岡は動いた。沙織が呻いた。突き当ったらしい。片岡は気負いこんだ。そのとたん、沙織の体がずるずると低くなった。つられて片岡も低くなる。うつぶせのまま二人はかさなりあった。
この姿勢がきょうは効果的であるらしい。片岡は体を浮かせて沙織に両脚をのばさせる。自分は両脚をひらいて、沙織の両脚を外側からはさんでやる。そうしておいて上体を倒した。沙織の髪が頬にふれる。彼女の背中と片岡の胸は貼りついている。
その姿勢で片岡は動きだした。前後にではなく、全身を上下に動かした。沙織の体が男性をしめつけてくる。痛みと紙一重のするどい快感が体に流れこんできた。
大きな声を沙織はあげた。両手をあげてシーツをわしづかみにする。ヒップに力がこもり、片岡の下腹部をおしあげてくる。
「はじめてよ。こんなんはじめて。ああ、こんなにいいのを教えておいて、なんで東京へいってしまうのよう」
沙織は泣きだした。呻きながら、涙をこぼした。
彼女の顔は片岡のすぐ近くにある。涙が片岡の頬にさわった。沙織はしゃくりあげた。悲しいのか、快楽に耐えているのか、よくわからない。男性をつつみこんだあたたかい肉が、またしめつけてくる。転勤がやむをえない事柄であるのを、沙織のその部分は理解していない。懸命に片岡をひきとめていた。
零時二十七分に「ひかり」は新大阪駅のホームをはなれた。
妻と二人の子供が座席にすわっている。トイレにゆくふりで片岡はデッキに立った。
街なみが窓の外にひらける。列車はしだいにスピードをあげはじめた。
ビジネスホテルがみえた。三十分まえまで田島沙織と狂おしい時間をすごしたホテルである。沙織はまだ部屋にいる。
五階の窓があいていた。黄色い布がおどっている。沙織がタオルをふっているのだ。列車を見送ってから彼女はかえる気でいた。
沙織の表情はよくみえなかった。黄色のタオルだけがはっきり揺れる。すぐにそれは蝶のようになった。視界から消えた。片岡はホテルのほうをみつめつづけた。
(第七話 了)
第八話 区間急行
1
いそぎ足でホームをあるきながら、有田文彦は一人の女の子を追い越した。
ふりかえって女の子の顔をみた。やあ。思わず声をあげた。
有田は足をとめた。女の子は大橋真由子だった。うしろ姿をみて、真由子ではないかと思っていたのだ。
「おはようございます。しばらくでーす」
真由子は目のあいだにしわを寄せて会釈《えしやく》をした。
笑うと目のあたりがクシャクシャになる。とても愛らしい。彼女の笑顔をみると、有田は一瞬だが、胸が甘くしびれる。睡眠不足の朝も、頭がすっきりする。
「どうしたんだ。きみ、中《なか》百舌鳥《もず》だろう」
「はい。ゆうべお友達のとこへ泊ったんです。ニュータウンに住んでる子ですねん」
真由子はホームに入っている電車のほうへ目をやった。
いきましょう。すわれるかもしれません。彼女はうながした。つりこまれて有田は足を速めた。
電車は難波ゆきの区間急行。この光明池駅が始発である。朝のラッシュ時でも、ホームで待てばすわれる。だが、きょうのような駈けこみでは、まず無理だった。
毎朝利用しているのだから、よくわかっている。だが、説明するのもめんどうである。真由子といっしょにいそいで最後尾の車輛に乗った。席はなかった。立っている人がたちまち殖《ふ》えてくる。
「ふうん。案外混んでるんですね。区間急行の新設、成功やったんやわ」
「これまでの準急より四分はやく難波に着くようになったからね。サラリーマンにとって朝の四分は大きいよ。これまでと同じ時間に起きても、コーヒーのお代りができる。タバコを一服できる」
「ほんまですね。けど、中百舌鳥から乗るお客さんはすくのうなりましたよ。やっぱり地下鉄一本のほうが定期代が安いから」
電車が動きだした。はずみに二人の体がぶつかりあった。甘いショックをうけて有田は緊張する。あかるい顔で真由子は窓の外をみていた。化粧品の香りがかすかに鼻孔へ入ってくる。
二人はP電鉄株式会社の社員である。いま乗っているのは自社の電車だ。混み工合が気になるのは当然だった。
P電鉄の本社は大阪市内の難波にある。光明池から区間急行で約二十分だ。光明池はマンモス団地、泉北ニュータウンのなかにある。そこは人口約三十万。大阪南部におけるサラリーマンの一大拠点となっている。
これまで泉北ニュータウンのサラリーマンは、泉北高速鉄道で中百舌鳥へ出るのがふつうだった。そこでP電鉄高野線に乗りかえて難波へ出る。梅田、淀屋橋などのビル街へ向かう人々は、そこで大阪市営地下鉄の御堂筋線へさらに乗りかえていた。
乗りかえなしで難波へ出られる準急もあるにはあった。だが、これは停車駅が多かった。泉北ニュータウンの人々は、中百舌鳥で高野線の急行に乗りかえるほうが、はやく難波に到着できた。
ところが、ことし四月十八日に、市営地下鉄のなかもず・あびこ間が開通した。あびこはそれまで地下鉄御堂筋線の最南端の駅だった。それが中百舌鳥まで延びたのだ。
泉北ニュータウンの人々は中百舌鳥へ出て地下鉄に乗りかえれば、そのまま梅田、淀屋橋方面へ出られるようになった。難波まで出る必要がなくなったのだ。通勤がきわめて便利になった。
だが、P電鉄にとっては、厄介《やつかい》な事態である。光明池—中百舌鳥—難波と流れていた通勤客を、途中で地下鉄へ吸いとられてしまうのである。地下鉄側は一日十万人程度の通勤客がそちらへ流れるといっている。
P電鉄はそこで三月末から、光明池発難波ゆきの準急を廃止した。代りに区間急行を走らせることになった。光明池—中百舌鳥をつなぐ泉北高速鉄道は府の外郭団体が経営している。運行業務いっさいは、P電鉄が委託されていた。区間急行の新設には、なんの障害もなかった。区間急行は中百舌鳥を素通りして難波へいってしまう。地下鉄に鞍替えしないお客さまにかぎり、これまでより四分はやく難波へおとどけしますというわけだ。
泉北ニュータウンから難波へ通勤する有田文彦にとっては、ありがたい改正だった。個人の立場では地下鉄様々である。
だが、残念なことが一つあった。朝、通勤電車で大橋真由子に出会うたのしみがなくなったのだ。
真由子は中百舌鳥の住宅街に住んでいる。P電鉄高野線で通勤している。有田は泉北高速鉄道から乗りかえた車内で、ときおり真由子といっしょになった。遠くから会釈をかわすだけのこともあり、ならんで話しながら電車に揺られることもあった。
真由子の顔をみると、無条件で有田はあかるい気持になった。その日、なにかいいことがありそうな予感がする。ときおり予感が当った。その場合だけおぼえている。ますます彼女に会うのがたのしみになった。
だが、三月末から有田は区間急行を利用するようになった。中百舌鳥には停まらない。真由子に会えなくなった。
各駅停車で中百舌鳥へ出れば、真由子といっしょになれる。だが、それには従来よりも十五分以上はやく家を出なければならない。せっかくできた区間急行を袖にしてまで、各駅停車を利用するほど、有田もヒマではなかった。まして、真由子とは電車で顔をあわすだけである。二人でコーヒーを飲んだこともないのだ。
「ほんとうに久しぶりだな。朝、きみに会えなくなってさびしいよ」
窓の外をながめながら、有田は話しかけた。真由子はちらと横目で有田をみる。
「私もですよ。中百舌鳥の駅を区間急行がさあっと素通りしていくでしょ。ああ、有田さん、あれに乗ってはるんやなと思います」
「おれもいつも中百舌鳥でホームをみてるんだぞ。きみがいないかと思って」
「視線が合いませんねえ。こんど私、手エふりましょか。バンザイしてもいいわ」
「泉北ニュータウンの友達の家へ、ときどき泊りにいきなさい。つぎの日、いっしょに出勤しよう」
「そうしたいわ。けど、そうたびたび泊りにもいかれへん。その子、両親といっしょに住んでるんです」
短大時代の同級生だという。家はニュータウン内の分譲住宅地にある。
「だったら、おれも週一度は各駅停車を利用するか。きみに会うために」
「いやあ。そんなん申しわけないわ。朝の四分が貴重なかたに、十五分も早起きさせるなんて。バチが当ります」
電車は中百舌鳥駅へさしかかった。
大勢の人々がホームから地下鉄駅のほうへ流れてゆく。以前にはなかった光景である。やはり鉄道事業部の売上減はかなりになるだろう。小さな電鉄会社なら、経営難になりかねないところだ。
大手の電鉄会社に勤務する倖せを有田は噛みしめた。仕事は順調。家庭も健全である。この上、大橋真由子と仲よくなりたがったりしては、贅沢《ぜいたく》かもしれない。
有田文彦は三十五歳。情報管理室勤務である。課長の一歩手前にいる。サラリーマン生活の勝負どころだったが、昇進をあせっているわけではない。サラリーマン生活のさきは長い。会社にどう評価されるかはあまり気にせず、一歩一歩誠実に努力をかさねてゆくつもりである。
大橋真由子も情報管理室所属である。入社三年目。仕事ぶりはしっかりしている。あかるいのがいい。真剣に端末機《たんまつき》に向かいあっているときも、目のあたりに微笑がにじんでいる。みんなに可愛がられている。とくに部長や課長のうけがいい。
真由子と仲よくなったりしたら、部長や課長にさぞ憎まれるだろう。だから、有田は今日まで彼女を食事などにさそわなかった。通勤電車で会うだけで充分だと、自分にいいきかせてきた。
だが、そのたのしみがなくなったのだ。こうして久しぶりに真由子といっしょになると、自分がどれだけ彼女が好きか、いやでもわかってくる。ならんで立っているだけで、皮膚が甘くふるえる。車輛が揺れて腕がふれあっただけで、全身がしびれる。うぶな中学生になったような気分である。これ以上、気持を偽《いつわ》る必要はないのではないか。
有田はためらいに結着をつけた。真由子の耳に口を近づけて、ささやいた。
「最近、きみの噂をきいたよ。ある若手社員とデートしてるんだって」
エーッ。真由子は声をあげた。目を丸くして、有田をみあげた。
「私がですか。いやあ。だれと噂になってるんです。困るわ」
「相手がだれか見当がつかないほど、デートする男が何人もいるのか」
「ちがいます。そんなことないですよ。ただ、噂になるとしたら——」
真由子は口ごもった。横顔がくもって、めずらしく疲れた感じになった。
「なにか困っているのか。よければ相談に乗ろう。いっしょに食事しないか」
「ほんまですか。いいんですか」
真由子はふりかえった。
目のあたりがクシャクシャになっている。顔のなかに灯がともったようだ。有田の胸にも灯のともる感じがあった。
電車は大阪市内に入っている。終点・難波まで、あとすこしだ。
2
夕刻六時に道頓堀の喫茶店で待ちあわせる約束をした。
有田文彦は、朝からおちつかなかった。
真由子は課の末席にすわっている。有田と向かいあわせの、ずっと左手の席だ。
デスクに向かっていても、目の端に真由子の姿がちらついた。仕事に疲れてぼんやりすると、つい彼女のほうへ目がゆく。
真由子は髪がながい。顔はほそおもてだ。横顔の輪郭《りんかく》がくっきりしている。笑うと愛らしいが、横顔は惚れ惚れするほど美しい。
衣替えが済んで、ユニホームは半袖である。腕の線が優雅だった。色はそんなに白くない。だが、ふしぎに肉感的な肌だ。キスマークがつきやすそうである。
夕刻会って食事をする。そのあとどうなるのか。考えただけで胸が高鳴った。うぬぼれかもしれないが、真由子のほうも有田に好意を抱いてくれている感触がある。もし彼女と仲よくなれたら——。考えただけで、きょうまでまじめに暮していたのがやっと報《むく》われるという思いになった。
真由子のほうも、浮き浮きしている様子である。思いきって声をかけて、やはりよかったと思う。
午後三時ごろだった。森井という若い社員が情報管理室へやってきた。
あいつ、またきたか。有田は苦笑いした。けさ電車のなかで話題にした若い社員とは、この森井のことだ。
森井は経理部勤務である。一流大学を出て、まあ有能な男らしい。眼鏡をかけて、いかにも秀才らしくとりすましている。
森井は大橋真由子に熱をあげているらしかった。用もないのに情報管理室へやってくる。なにか口実をつくって真由子に声をかける。他人の目があっても、照れない。意外に無神経である。
真由子のほうはあきらかにめいわくがっている。それでも森井は怯《ひる》まない。エレベーターのまえや、社のビルのそばで真由子を待ちぶせしたりするらしい。しつこく交際をせまっているようだ。たぶんきょう、真由子はそのなやみを打ちあけるのだろう。
森井は情報管理室のオフィスにあるファイル類をのぞいたりしていた。真由子はすみのワープロのキーをたたいている。
森井は真由子のそばへいった。なにか話しかける。ふりかえって真由子は目のあたりをクシャクシャにした。首をかしげて、たのしそうにこたえている。
有田文彦は全身が熱くなった。森井は若い。独身である。将来性もある。最初はきらわれても、熱心にいいよるうち、真由子もほだされるのではないか。彼女の態度にはその危険がみえる。
ぐずぐずしてはいられない。有田は焦燥にかられた。このままでは森井にさきを越される。
電鉄会社は一般に女子社員がすくない。P電鉄も例外ではなかった。現業部門とオフィス部門を合わせて男子は五千名もいるのに、女子はたった百五十名である。現業のほうには女子社員はゼロにひとしい。
オフィス部門にも、ふつうの会社にくらべて女子社員はすくなかった。女の子はだから大切にされる。真由子のように美しい子はとくにそうだ。森井をはじめ、若い独身社員が彼女に熱い視線を送っている気配《けはい》だった。
有田はじっとしていられなくなった。席を立って真由子のそばへいった。
仕事のことで真由子に声をかけた。二言三言話しあった。それから、森井へ顔を向けた。
「きみ、最近ここへよくあらわれるな。べつに用はないんだろう。うちのアイドルに気やすく近づかないでもらいたいね」
さすがに森井は赧《あか》くなった。しどろもどろに弁解して去っていった。
真由子は口に手をあてて笑っている。うれしそうだった。有田のやったことは、めいわくではなかったらしい。
午後五時になった。三十分ばかりのち、真由子は席を立った。わざと有田のほうはみない。きれいな脚をおどらせてオフィスの外へ出ていった。
十五分ばかりして有田もオフィスを出た。御堂筋を大またにあるいた。約束の喫茶店へ入る。奥の席で大橋真由子が手をふった。白い手が魚のように宙を泳いだ。向かいあって腰をおろすと、有田の顔から腹にかけて、甘いしびれが走った。
「きょうはたすかりました。ガンと一発かましてもらって、うれしかったわ。あの人、相当きつくいうてもこたえないんです」
「あいつがつきまとうのをみて、頭へきたんだ。焼餅《やきもち》だよ。すこしみっともなかった」
「ほんまに焼餅やいてくれるんですかあ。わあ、私どうしよう。胸がドキドキしてきた」
真由子は胸に手をあてた。
乳房のふくらみをあらわして、手の甲がふくらんでいる。ほっそりした体なのに、乳房は大きい。
ジュースを飲みながら、しばらく森井の噂をした。森井は強引である。何度ことわっても食事にさそう。コンサートや映画の切符をもってくることもある。
おつきあいする気はありません。真由子がことわっても、彼は怯まない。きみはまだぼくのことをわかっていない。ぼくを理解してくれれば、かならず気持が変る。誠意をみとめてくれるはずだ。その一点張りだという。
何度も待ちぶせされた。家に電話をかけてくる。そのくせ用心深いのか、手紙で思いを伝えてきたことはない。
「ほんまに私、困ってたんです。上の人にいうわけにもいけへんでしょ。どうしたらいいか、有田さんに相談したかったわ」
「数ある男子社員のなかからえらんでもらって光栄だね。いつでも用心棒になるよ。きみにほかの男を近づけたくない」
「本気でいうてくれはってるんですか。私、ちょっとしたあそびやったらいやです。有田さんを独占したいとはいいませんけど」
「信じてくれよ。朝、きみに会うのをどれだけたのしみにしていたか。区間急行ができて、きみがどんなに好きかよくわかった」
有田は、真由子の手をとった。
3
大胆さに自分でもおどろいた。吸いこまれるように真由子の手を握りしめていた。
さっきから真由子の表情やことばには、有田にたいする好意があふれていた。おかげで自信をもった。彼女に想いを打ちあけて、情熱的な気分になったせいもある。
真由子は手をあずけたままだった。目もとをクシャクシャにして笑った。体だけうしろに引いて有田をみつめる。
「信じてくれ。自分の気持を偽るのに、もう耐えきれなくなったんだ」
「信じます。有田さんの人柄はようわかっていますから。私、この日を待ってました。ずっとまえから。ほんまですよ」
真由子は赧くなっていた。肩をすぼめるようにしている。
有田は全身が熱くなった。肺と心臓がふるえた。こんなに率直に真由子がこたえてくれるとは思わなかった。二人きりで話すのは通勤電車のなかだけ——。そんな関係に彼女のほうもじりじりしていたのだ。
手をはなしたくなかった。だが、喫茶店のテーブルのうえで握りあったままでいるわけにもいかない。有田は手をはなした。急に照れくさくなる。二人はジュースを飲んだ。
二人は喫茶店を出た。道頓堀橋でタクシーをひろった。東清水町へ向かった。
徒歩で十分ぐらいの距離である。だが、気がせいていた。時間をむだにしたくない。雰囲気のいい店へ、はやく入りたかった。
スペインふうのクラシックな建物のまえでクルマをおりた。なかへ入って階段をおりる。ブラジルの酒、料理、ショーが売り物のレストランバーが地階にある。会員制の店だった。商社マンの友人に紹介されて、会員になった。妻といっしょに二度きたことがある。
「わあ、すごい。こんなん、はじめて」
席につくなり真由子は嘆声をあげた。
すでにショーがはじまっている。白人、黒人、混血の踊り子たちがフロアでサンバを踊っている。まわりに三十組ばかりのテーブルがならんでいた。
一流企業の社員らしい客がほとんどである。外人もいる。わずかだが、女性の客もいた。ショーをたのしみながら食事している。
地酒ピンガのカクテル、牛肉の串焼、豆と肉類の煮こみを注文する。ピンガは強い酒だが、カクテルは飲みやすい。グラスを合わせて、二人は飲んだ。酒と音楽と踊り子たちの体温がまじりあって、熱風のようだ。
「外人の女性って、いい体してはりますねえ。私、自信がなくなってきた」
「あんなのは観賞用さ。たくましすぎるよ。抱きしめるなら、やはり日本女性がいい。大橋真由子のような、しなやかな体」
「がっかりされたら私、どうしよう。ほんま、たいしたことないんですよ」
「たとえペチャパイで、ずん胴で、O脚だったとしても、おれには最高さ。それが大橋真由子の肉体であるかぎり」
「そうなんです。ペチャパイで、ずん胴で、O脚ですねん。最悪のケースを想像しといてくださいね。気がらくになります」
愛らしい笑顔で、真由子は率直に話した。
有田は気を呑《の》まれていた。職場にいるときのあかるい無邪気な態度のまま、真由子はセックスの世界へ入ってこようとしている。照れたり気取ったりしない。それだけ有田を信頼してくれているのだ。
真由子は料理をあまりたべなかった。有田もさほど食欲がなかった。この店を出たあとのことで頭がいっぱいだからだ。ホテルへゆくまえに食事するよりも、ホテルを出てから食事するほうが人の生理にかなっている。
たべない代り、真由子は何杯もカクテルを飲んだ。はやく酔おうとしている。有田も同じだった。しらふではやはり緊張する。リラックスしなければならない。
ダンスタイムになった。踊り子たちが客と踊る時間である。ほうぼうの席から客が立って、フロアへ出ていった。まず全員で輪になって、サンバを踊りだした。たのしそうだ。
「踊るか。われわれも。元気よく」
「そうですね。記念すべき夜ですもんね」
二人は立ちあがった。
あるきだしたとたん、真由子はよろめいた。いそいで有田はささえてやる。
「あかんわ。私、酔うてしもた」
真由子は椅子にくずれ落ちた。右肘《ひじ》をテーブルについて顔をおさえる。
出ようか。有田はささやいた。たかぶって声がうわずった。真由子はうなずいた。
彼女の腕をとって立たせてやる。肩を抱いて出口へ向かった。真由子は体をあずけてくる。眠そうな肩や、背中の感触を有田は掌でむさぼった。はやく二人きりになりたい。この店の上がホテルだったらどんなにいいか。
二人は外へ出た。付近にホテルはない。タクシーで心斎橋のNホテルへ向かった。着くまで彼は真由子の体をはなさなかった。
ホテルの部屋へ入った。有田は真由子を抱きしめて、くちづけする。彼女の口のなかへ舌をさしいれた。真由子はじっとうけいれている。清潔な感じのキスになった。
顔をはなして有田は真由子の顔に見入った。目をとじ、眉根《まゆね》を寄せて真由子はあえいでいる。たまらなく愛らしい。
すこしおちついてきた。真由子は目をあけて笑いかけてくる。
「ああ、しあわせ。このままじっとしていたいわ。一晩中こうしていてもいい」
「冗談じゃない。おれ頭が変になるよ。さ、シャワーをあびておいで。はやくベッドへいこう」
有田は真由子の腕にくちづけした。
彼女をうしろ向かせた。ワンピースの背中のファスナーをひきおろした。
ワンピースを肩から足もとへ落した。肩にくちづけする。肉づきのうすい、撫《な》で肩だった。まっ白とはいかないが、透き通る感じのする肌だ。深いところから紅らんでいる。肩から背中へキスを這わせながら、彼はブラジャーのホックをはずした。
真由子は声をあげた。両手で乳房を覆《おお》いかくした。ペチャパイどころか、おどろくほど大きな乳房である。うしろからでもわかる。ふくらみが彼女の手からあふれている。
乳房をみるのは、あとのたのしみだった。有田はその場にうずくまった。真由子のパンストとショーツを同時にひきおろした。
白い腰、ヒップ、脚があらわになった。肌の香りと体温がむっと有田の顔へおしよせた。やさしい曲線にかこまれたヒップだった。
有田はヒップに頬ずりする。やや冷たい肉が頬に貼りついてきた。有田は両手を真由子の下腹部へまわして抱きよせる。ヒップのふくらみへ顔をふせた。
真由子は悲鳴ともよろこびともつかぬ声をあげた。よろめいて、ふんばった。ヒップに力がこもり、もとにもどる。
「やめてエ。恥ずかしい」
真由子の声がきこえた。
有田ははなさない。ヒップに顔をふせていると、奇妙な、厖大《ぼうだい》な安心感がある。
真由子は体をくねらせた。有田の両手首をつかんで自分の体からひきはなした。
「いや、もう。私だけ裸にさせるんやから」
浴室へ真由子は走っていった。
優雅な裸身が扉のなかに消える。茫然として有田は見送った。
4
真由子がバスルームを出た。入れ代りに有田はシャワーをあびた。
真由子はベッドに横たわっている。胸まで毛布をかぶっていた。
部屋が黄昏《たそがれ》のあかるさになっている。真由子は目をとじていた。寝顔に微笑がにじんでいる。そばに立って、有田はその表情に見入った。すぐに彼女のそばへすべりこんだ。
「抱いて。強く抱いて」
真由子はしがみついてきた。
しなやかな彼女の体が折れるほど、有田は抱きしめてやる。脚をからませあった。くちづけをかわした。むさぼるようなキスになった。真由子の吐く息にレモンの香りがある。カクテルのせいだった。
真由子は身ぶるいした。有田の胸に歯を立ててくる。情熱をおさえきれないらしい。かるい痛みで有田もたかぶった。真由子にのしかかる。乳房を口にふくんだ。かたほうは手で揉《も》みにかかる。
真由子は甘い声をあげる。両手で有田の頭をかかえて乳房へおしつける。かるく噛んでみる。真由子はのけぞった。有田が舌で乳首をなぞりはじめると、安心したように体の力をぬいた。しばらくそれをつづける。
有田はキスを移動させた。腋《わき》やわき腹をくちびると舌で愛撫する。気がせくのを懸命におさえて、真由子の肌を味わった。彼女の呼吸がしだいにあわただしくなる。
「有田さん、どう。私、きれい」
あえぎながら真由子は訊《き》いた。
「きれいだよ。こんなきれいな体、みたことがない。どこもすばらしい。頭のてっぺんから足のさきまで。まぶしいくらいだ」
「愛してるから、そうみえるのよね。うれしいわ。やっと有田さんのものになれた。はやくこうなりたかった」
「おれだってそうだ。夢みたいだよ。まさかきみが同じ気持でいるなんて思わなかった」
「にぶいんやから。私のことなんか眼中にないんかと思うてた。もう私、あきらめてお嫁にいこうかと思うたんよ」
「だれにいくつもりだったんだ。あの森井にか。冗談じゃないぞ」
「いやあ、やめて。考えるだけで鳥肌が立ったわ。ほら、こんなに」
真由子は腕を出してみせた。
二の腕の裏側に、じっさい鳥肌が立っている。青白い肌に粒々がうかんでいた。
「ごめんごめん。お詫《わ》びにうんと気持よくしてあげる。徹底的にかわいがるぞ」
投げだされた白い脚のあいだに、有田はうずくまった。
下腹部にうすい草むらがある。そこへ顔をふせた。草に覆われたやわらかな肉を指でかるく揉んでやる。両側からはさみつけるように圧してやった。しだいに指を下にさげた。はさみつけて揉むたびに、秘密の箇所からじわじわと液のにじみでるのがわかった。
白いふとももに手をあてて、さらにひらかせた。暗がりにピンク色の花が咲いた。花びらが左右にひらく。透き通った感じの小さな花びらである。
まんなかに暗い小さな空洞があった。それを覗《のぞ》きこむように、真珠の粒が上方でかがやいている。
花のぜんたいが、きちんと整頓された感じだった。真由子の机のひきだしのなかをみたような気分になる。手をつけるのが、もったいなかった。見るよろこびに彼はひたった。
「見てるのオ、有田さん。ああ、見てるのね。いいわ。見て。私どう。かわいい」
「すばらしいよ。顔と同じくらいきれいだ。見られるの好きか、真由子」
「有田さんに見られるのやったら好き。恥ずかしいけど、好き。ああ、私、変になってきた。変やわ。ねえ、どうしたんかしら」
真由子はふるえはじめた。熱病にかかったようにはげしく体をわななかせる。
恐怖にかられたような表情である。呼吸があわただしかった。見てるの、見てるの。真由子は口走った。彼女にマゾヒスティックな嗜好《しこう》のあるのがわかった。
真由子は脚をのばしたり、ちぢめたりしはじめた。花びらに透明な液があふれ出てくる。有田は彼女の手を取った。花の部分に誘導してやる。真由子の二本の指が、予定されていたように真珠の粒をとらえた。
「見て、見て。私、するわ。いつも有田さんのことを考えてするのよ」
指が動きはじめた。こまかく刻《きざ》むような息づかいがきこえる。
目をとじて真由子は熱中してゆく。有田は感動した。あかるく緊張した面持で端末機に向かいあう真由子。職場のみんながやさしいまなざしを送っている真由子。少女のように無邪気な彼女がいまこんな淫《みだ》らなことをしている。
たちまち真由子は快楽の頂上へ近づいた。あっ、あっと声をあげた。ついで、さけび声をあげてのけぞった。反転する。有田にうしろ姿をみせて、丸くなった。