食事のあと、北新地のピアノバーへいった。店の女にすすめられて、高松はスタンダードナンバーを一曲うたった。わずかなレパートリーを高松はうたいこなしてある。いいデキだった。美希にもうたうようにすすめたが、彼女は応じなかった。
「案外自意識過剰なんだな。美希さんは万事に堂々と生きてるのかと思ったよ」
「そうみえるでしょ。強がってるだけなの。ほんまは意気地なしなんですよ。なかなか自分をさらけだせない」
「もっと飲みなさいよ。リラックスしよう。おれは、美希さんが気をゆるせるたった一人の男性になりたいよ」
「いいんですか、気をゆるしても。どっともたれかかっていくかもしれませんよ」
「もたれかかってほしいね。男の本望だ。あらゆる苦労をいとわず、うけとめたい」
二人はならんで腰をおろしていた。
美希の肩へ高松は腕をまわした。美希はくずれてこない。反対に身をかたくする。背すじをのばして店内をみまわした。まだベッドをともにする気にはなれないようだ。
午後十時まであそんだ。前回同様、高松はタクシーで彼女を送っていった。
クルマのなかで高松は美希の肩へ腕をまわした。美希の体がやわらかくなっている。前回とはちがう。前回はキスしにいって、顔をそむけられてしまった。
「おやすみのキスをしよう。いいだろう」
高松は美希の耳にささやいた。
美希は顔をこちらに向けた。ひきつった表情になっている。高松はくちづけにいった。舌をからませると、美希はあえぎだした。小娘とちがって反応が大きい。離婚後二年間恋人がいなかったのはほんとうのようだ。
「きみがほしい。ホテルへいこう」
高松は美希の手を握りしめた。
美希は頭を横にふった。たかぶった状態から懸命に立ち直ろうとしている。暗がりのなかに、茫然とした横顔がうかんだ。
「どうして。まだその気になれないか」
「いややねん私。こんなふうに——」
「こんなふうって」
「酔ったはずみにそうなるのって、軽い感じでしょ。私にとっては大変なことなのよ。高松さんはたんなる浮気かもしれへんけど」
「おれだってそんな軽い気持じゃないよ。目いっぱい大事にしようと思っている」
高松は手に力をこめた。美希の耳へ、かるくくちづけした。
「そうだ。一日ゆっくりドライブしよう。きみ、月曜日は休みなんだろう」
高松は提案した。美希の勤務するデパートは月曜日が休みである。
「ドライブ——。どこへいくの」
「どこか海辺へいこう。新鮮な魚をたべて、泳いでかえってくる。たまに大阪をはなれて、のんびりしようぜ」
「私はいいけど、高松さん、会社が」
「年休はくさるほどあるんだ。そうしよう。月曜日、二人であそぼう」
話がきまった。美希のマンションへ、高松はクルマで迎えにゆくことにした。
彼女のマンションへ着いた。かるくキスをかわして美希はクルマをおりた。玄関まえで右手をふって見送ってくれた。
月曜日、高松信夫はいつもよりはやく目がさめた。いやな音が耳についた。雨だった。
がっかりして起きて、窓をあけた。降りつづけている。厚い雲がすみずみまで空を覆っていた。晴れそうもない。子供のころ、雨で遠足が流れた日の朝を思いだした。
会社には休みの届けを出してある。出勤してもおかしくはないが、一度休日ときめた頭を切り換えるのも厄介《やつかい》だった。まあいい、出かけよう。高松は決心した。雨でもドライブはできる。美希とホテルへ入るためには、かえって好都合かもしれない。
いつもの時間に高松は家を出た。きょうは姫路方面の得意先を訪問すると妻に告げて、愛車のスカイラインを運転した。高松はサンデードライバーである。いつもは電車で出勤する。デートのためクルマを使うのは、これがはじめてだった。
雨は降りつづいている。靄《もや》で街がぼやけていた。こんな日にドライブだなんて、非常識もいいところである。美希が行く気をなくしたのではないかと、心配になった。
高松は電話ボックスのそばでクルマを停めた。美希の住居を呼びだした。すぐに美希は応答した。待っていたらしい。
「予定どおり出発しよう。いまから迎えにいくからね。支度して待っててくれ」
「行くのお。こんな日に。大丈夫やろか」
美希はびっくりしていた。
有無をいわせずに高松は電話を切った。ここまできて、ひきさがるわけにはいかない。
美希のマンションへ着いた。傘をさして彼女はおもてへ立っていた。雨を逃れて、大いそぎで助手席へ乗りこんでくる。クルマのなかが甘い香りでいっぱいになった。
さわやかなグリーンの、ノースリーブの服を美希は着ていた。白いベルトをきっちりしめて、体の線を浮き立たせている。スカートが短い。きれいな脚がひざの上まであらわになっている。軽快な服装だった。
「カジュアルな服装もきみは似合うんだな。おれのほうは相変らずドブネズミルックだ。申しわけないな」
高松はクルマを発進させた。高速道路へ向かって走った。
どこへいくの。美希は訊いた。脚をきちんとそろえている。
「明石から赤穂のほうへいってみよう。雨の瀬戸内海もわるくないよ。こんな日はどこへいっても空《す》いていて、たすかる」
西の空が気のせいか、あかるんできた。
4
二時間ばかり高速道路を走った。
陽気なディスコ音楽をカーステレオで流しつづけた。大阪から遠ざかるにつれ、美希はことばがすくなくなった。背もたれをはんぶん倒してくつろいでいる。
大阪を離れるのも、彼女は二年ぶりだという。自立して生きるのにいっぱいで、小旅行のゆとりもなかったらしい。
「うわあ、空がひろいわ。旅行気分になってきた。のびのびする」
神戸をすぎると、美希はさけんだ。
彼女は離婚した女だ。つらい思い出もあったのだろう。大阪を離れることは、つらい思い出から離れることでもあるらしい。雨など気にならなくなった様子である。晴れやかに美希は海のほうへ目をやっていた。
相生《あいおい》で高速道路をおりた。海のほうへ高松は走った。道路の右手を内海が流れる。雨は小降りになってきた。造船所のクレーンの林や、停泊する船が目に入ると、高松も旅の気分になった。二人を祝福するように、海の向うがあかるくなってくる。
赤穂の町へ入った。義士の遺跡を見物にゆく。雨のなかでは、もう一つおちついた気持になれなかった。昼になった。どこかで昼食をとることにする。
「せっかく海辺にきたんだ。ちゃんとした料理をたべさせるところにしよう」
喫茶店へ入って、電話帳をしらべた。
海辺にホテルがあった。磯料理が売り物らしい。高松はその場で電話をいれた。料理と部屋の予約をとった。
ホテルへ高松はクルマを着けた。海辺の小さな建物だった。なかへ入る。レストランへ入るように、美希はさばさばした面持だった。やはり遠出してよかったのだ。大阪でラブホテルへ入るような重い感じがない。
座敷に案内された。となりがベッドルームになっている。硝子戸の向うに、ひろびろとした海がみえた。美希は海に向かって、背のびしたり嘆声をあげたりする。
女中がビールとツマミをはこんできた。食事の支度にすこし時間がかかるらしい。座敷机をはさんで二人はすわった。かるくビールを飲んだ。ぎこちない雰囲気になる。
「すこし疲れた。一風呂あびてくるよ」
高松はバスルームへ入った。
手ばやく体を洗う。浴衣《ゆかた》をきて部屋へもどった。料理がはこばれてきたところだった。伊勢海老の生造り、タイとヒラメの刺身、焼物、天ぷら、煮物。座敷机いっぱいに皿と小鉢がならんでいる。
「きみも入っておいで。湿気で体がべとつくだろう」
高松は美希にいった。
美希はすこし思案した。だまって消えて、バスルームへ入っていった。
ビールを飲みながら待った。ひどく長い時間に感じられた。やがて美希が出てきた。グリーンの服を着たままである。化粧も落していない。座敷とはちぐはぐな、一分の隙もない服装である。かえって高松は刺戟された。美希の白い素脚が、スカートのすそをみだして投げだされるさまが脳裡にうかんだ。
二人は食事をはじめた。競争のようにビールを飲んだ。酔って運転のできない状態に、高松ははやくもっていきたかった。食事が済んで、美希がここを出るといいだすのを恐れていた。だが、思いすごしだったようだ。美希は高松が酔うのをとがめる気配がない。すでにその気になっているのだ。
料理の品数が多いのに、食事はすすまなかった。美希も同じである。
「だめだ。食事どころじゃないよ。もっとほしいものがある」
座敷机を高松はわきへ寄せた。
美希のそばへいった。抱き寄せて、くちづけする。畳に腰をおろして、美希をひざのうえに横たわらせた。
ながいくちづけになった。美希は両手を高松の首にまわして抱きついてくる。高松は美希の口のなかを舌でさぐった。美希の呼吸がみだれる。キスをつづけながら、高松は美希の胸をさぐった。美希は弓なりになった。
高松はたかぶった。なにか気のきいたことをいいたかったが、ことばにならない。
「うれしいよ美希。きみのような恋人ができて。おれ、自信がわいてきたよ。だれにも負けない自信がわいてきた」
やっと思いが口から出た。
美希はなにもいわない。大きなため息をついた。高松は美希の乳房をまさぐりつづける。ブラジャーの不粋《ぶすい》な手ざわりの底に、やさしいふくらみの感触がある。
高松は座布団のうえに美希の頭を乗せた。スカートのなかへ手をさしこむ。パンストとショーツをぬがせにかかった。
「待って。ベッドへいこう。ベッド——」
美希は体をおこそうとする。
高松は美希を押し倒した。強引に下着類をぬがせる。スカートをみだして投げだされた素脚のイメージにこだわっていた。
それが現実のものとなった。白い素脚が投げだされた。肉づきがよく、しかも形の美しい素脚である。ふくらはぎに高松は歯を立ててみたくなる。彼は脚に抱きついて頬ずりした。案外、固い脚だった。
高松は美希の下肢におおいかぶさった。内ももへキスしにゆく。美希は抗《あらが》った。恥ずかしがっているにすぎなかった。おさえつけると、おとなしくなる。やさしく高松は内ももへ舌を這わせてゆく。
スカートに頭が覆われた。高松は思いきってスカートをまくりあげた。視界がぱっとあかるくなった。ふとももが白くかがやいている。奥に複雑な暗がりがあった。
「やめて。こんなん、いや。こんなん」
美希は呻《うめ》いた。かまわずに高松は白い双つの半島のあいだへ割りこんでゆく。
呻きながら美希は体の力をぬいた。ふとももの内側を高松の舌がおどりながら這いあがるにつれ、双つの半島は左右にわかれた。草むらと、ピンク色の花が高松の目のまえにあった。高松は顔をあげた。美希は目をとじてあえいでいる。上半身に一分の隙もなく、下半身は獣になりきっている。
「すばらしいよ美希。おれの知ってる女のなかで、きみがいちばんすばらしい」
ピンク色の花に高松は指でさわった。
小さな花びらがひらいている。まんなかの暗い部分から透明な液がにじみ出ていた。三十女のそれとは思えぬ可憐《かれん》な花だった。指でさわられただけで、美希は声をあげている。真珠の粒が淡いピンクにかがやいていた。脚が動くと、花もわずかに動く。美希の顔も同時に歪《ゆが》んだり、ひきつったりするだろう。
そこへ高松はくちづけにいった。舌を筆のように使った。下から上へ、何度もすくいあげる。真珠をくすぐる。舌をおどらせる。丹念にくりかえした。かすかな甘味が舌につたわる。一時間でもつづけていたくなる。
どうしよう、私、どうしよう。泣きながら美希は口走った。二年間セックスのよろこびから遠ざかっていたのに、思いだしてしまった。どうしようという意味のようだ。
「心配ないよ。欲しくなったら、いつでも電話しておいで。こんなふうにしてやる。美希のためなら、なんでもしてやるよ」
真珠の粒に高松は吸いついた。
舌とくちびるで可愛がった。そうしながら花の中心部へ指をすべりこませる。アヌスにも小指を沈めた。手を動かした。くちびると舌は使いつづける。
美希は泣いていた。のどからしぼりだすような太い声だった。やがて、キリキリ、キリキリという音がきこえた。ふしぎに思って高松は顔をあげた。指は動かしている。
なんの音かすぐにわかった。美希は歯ぎしりしていた。眠っているような顔で、歯を噛み鳴らしている。高松は感動した。二年ぶりのセックスにどれほど美希が陶酔しているか、その音でわかった。
もう羞恥《しゆうち》も気取りもない。美希は獣だった。腰までスカートをたくしあげて、これ以上ないほど大きく体をひらいている。高松の指の動きにつれて腹が揺れた。両ひざを立てて、足裏を畳につけている。
高松はもう欲望をおさえきれなかった。しばらくキスの愛撫をつづけたのち、美希から顔をはなした。
三度も美希はオルガスムスにたっしたあとである。ぐったりしていた。
高松は美希を抱き寄せた。海のほうを向かせて、畳に這わせる。手ばやく浴衣をぬぎすてた。全裸になる。美希のスカートをまくりあげた。大きく張った丸いヒップの手ざわりをたのしむ余裕もない。
すぐに体を寄せた。うしろから入ってゆく。両手で美希のヒップをかかえた。ゆっくりと動きだした。美希は声をあげる。畳に顔をふせてしまった。
「顔をあげろ美希。いい景色だぞ。雨があがってきた。よかったな。きた甲斐《かい》があった」
しだいに動きを大きくした。
美希は顔をあげている。まもなく顔をふせた。丸くなってしまう。太い呻き声をあげはじめた。しばらくつづいた。
やがて、歯ぎしりがきこえた。頂上にたっしたしるしだった。
かまわずに高松は動いた。売り場でみた一分の隙《すき》もない美希を思いうかべていた。
5
結合後二度目のオルガスムスに、紺野美希は突きすすんだ。
畳に顔をふせたまま、頭を左右にふった。こすりつけるような仕草だった。
両手の爪を畳に食いこませる。キリキリと歯を噛み鳴らした。背中まで垂れた髪が割れて白いうなじがあらわになっている。何本かの髪が汗でうなじに貼りついていた。
高松信夫はやっと余裕が出てきた。体の動きを小さくして美希をながめた。
さわやかなグリーンの、ノースリーブの服を美希は着ている。幅のひろい、白のベルトで腰をしめつけていた。
そのベルトがかくれるほどスカートをまくりあげている。丸く張ったヒップがむきだしだった。美希の顔よりもヒップは白かった。外はまだ雨なのに、肌がかがやいている。よくみると、合せ目のあたりに脂肪の粒がひしめきあっていた。
尾骨《びていこつ》の下方が褐色がかっている。だが、高松の下腹と密着しあって、合せ目のあたりはよくみえない。高松は動きをゆるやかにした。自分の男性が美希の体内に吸いこまれたり、なかば姿をあらわしたりするのをみる。歓喜が胸にこみあげてきた。
さらに大きく突いてみる。美希は呻いて顔を横向けた。苦しそうに顔をしかめている。また歯ぎしりする。
美希の顔はフェースカラーで塗り固めてあった。目やくちびるにもカラーやルージュが入念に塗ってある。風呂へ入ったのに、化粧を落していなかった。売り場へ立つとき同様一分の隙もないよそおいである。
それでいて、みだれきった表情だった。口もとが歪んでいる。頬が痙攣《けいれん》していた。対照的にヒップは無表情である。なまなましく静止して高松の動きをうけとめている。
高松は美希の裸身をながめたい衝動にかられた。だが、服をぬがせる手間がわずらわしかった。せめて表情をもっとよく観察することにした。美希の体からはなれる。彼女をあおむけにしてのしかかった。
あらためて正面から入った。突きあげると美希は弓なりになった。両手を高松の首にまわして抱きよせる。高松は美希と頬をふれあう姿勢になった。これでは観察できない。
「いい。いい。ああ、すごい——」
あえぎながら美希は口走った。
そのことばが耳もとできこえる。かえって刺戟的だった。かすかな髪の匂いがする。
太い声で美希は呻いた。高松の首にまわした腕に力がこもる。美希の体がおずおずと動きだした。いったん動きだすと、なにかの壁がやぶれたようだ。美希の腰のあたりが大きく揺れはじめた。二人は一体となって、大きな波に揺られた。
快感に高松は耐えきれなくなった。抑制をといた。目のくらむような黄金色の光のなかで、一瞬われをわすれた。気がつくと、美希とかさなりあって全身をのばしていた。
二人は起きて代る代るシャワーをつかった。雨がやんで海はあかるくなっている。
高松は裸のまま寝室へ入った。ダブルベッドに横たわる。浴衣に着替えた美希がやってきた。高松のとなりに倒れこんだ。
「すばらしかった。こんなセックスは生れてはじめてだ。きみとは肌が合うらしい」
「私も。くたくたになってしもた。高松さんすごいわ。私、はなれられなくなりそう」
美希は抱きついてきた。
脚をからませあう。高松は浴衣のうえから美希のヒップをさぐった。さすがにもう欲望はない。化粧品の香りがあざやかだった。
「やっぱり美容部員だな。ベッドルームでも化粧をとらないんだから」
「それをいわないで。私、もうすぐ三十なのよ。お化粧をとったら、トシがまるだしになる。高松さん、がっかりするわ」
「そんなことはない。肌が張り切っているのに。ここも、ここも」
ヒップやふとももに高松はさわった。
美希は高松の胸に顔を埋めてくる。高松も疲れていた。化粧品の香りのなかにただよって眠りのなかへ落ちていった。
目をさますと、午後三時だった。美希はベッドにいなかった。庭に面した板の間の椅子に腰かけて海をみている。浴衣をきていた。雨はやんで陽光がさしこんでいる。
全裸のまま高松は起きだしていった。悲鳴を上げて美希は立った。高松の腕をつかんで戸の陰へひっぱりこんだ。
「見られたらどうするのよ。もう——」
美希は笑って庭へ目をやった。
庭のさきは砂浜である。水着姿の男女が浜に出てあそんでいる。泳いでいる者もいた。日射しを待ちかねた行楽客らしい。雨のあとなのに、海はしずかだった。
「そうか。裏で泳げるのか。よかった。念のために水着をもってきてあるんだ」
バッグから水着を出して足を通した。
美希も水着の用意はあるという。うながされて着替えをはじめた。浴衣をきたままうしろを向いて、上手に水着姿になった。
紺のタンクトップの水着だった。
「恥ずかしいわ。デブでしょ私」
美希は乳房をかかえる仕草をする。
着やせするたちだった。紺の水着が起伏のはっきりした体に食いこんでいる。腕やふとももにまぶしいほど光沢があった。ゆたかで均整のとれた体だった。
二人は庭から浜へ出ていった。外へ出ると、涼しすぎるくらいだった。だが、水は冷たくない。かるく体操して海へ入った。
ブレストで泳ぎだした。美希はついてくる。結婚している時分、水泳教室へかよったという。波がしずかで、プールとほとんど変りがない。なめらかに二人は泳いだ。快い涼しさが全身にしみてくる。身も心もさわやかになった。ときおり顔をみあわせて、二人はほほえみあった。
赤い旗のならんでいる手前へきた。
「もうもどりましょう。恐いわ」
美希は立ち泳ぎしていた。
岸をはなれると、すこし波が高い。美希は顔をしかめて波をよけた。高松の下になってあえいでいた表情が思いだされる。高松は欲望を感じた。気持のうえだけの欲望である。体は涼しかった。
高松は泳いで美希に近づいた。美希を抱き寄せる。笑い声をあげて美希は体を寄せてくる。冷たい脚と脚が海中でからみあった。高松はくちづけにいった。
浮き沈みしながら二人は抱きあってくちづけをかわした。海の匂いがする。美希の顔から化粧品が洗い落された。すべすべする素顔になっている。涼しいせいか、わずかにあおざめてみえた。目の下にかすかなソバカスがある。化粧をとると、美希の顔はやさしくて素朴な感じになった。目鼻のはっきりした、エキゾチックな顔は、女が一人で生きてゆくための武装した顔だった。
美希のタンクトップの背中を高松は左の掌でささえた。冷たい肌の感触の底から、わずかずつぬくもりが掌ににじんでくる。右手で美希のふとももの奥をさぐった。やわらかな女の部分には、あきらかなぬくもりがあった。
水着のすそから高松は指をこじいれてみる。あたたかい、やわらかな部分にふれた。窮屈でうまく指が動かない。
「やめて。おぼれてしまうわ。しんどい」
美希は息を切らせていた。
泳いで疲れたのか、高松のいたずらでたかぶったのか、たぶん両方だろう。
「セパレーツの水着ならいいのに。もっとたのしいことができた」
「海の上では無理よ。しんどいわ。ああ、水を飲んでしまう」
美希は苦しそうだった。化粧のない顔が、ういういしく歪《ゆが》んでいる。
6
一時間ばかり海であそんだ。
雲の切れ目から日が射していた。浜にいると、暑く感じるようになった。
じゅうぶん泳いで二人はホテルの部屋へかえった。いっしょにシャワーをあびた。
体の砂を洗い落してから、裸のまま抱きあった。美希にはもう化粧品の香りはない。肌に陽光の香りがあった。
「素顔のほうが若くみえるじゃないか。目じりのしわもない。肌もきれいだ。それに、すごく気立てのいい感じがある」
「恥ずかしいわ。ソバカスがあるでしょ。なんか田舎《いなか》っぽい感じで」
「きみには営業用と休息用の二つの顔があるんだ。二人ぶんの魅力があるということさ。おれはしあわせな男だよ」
「がっかりせえへん? お化粧を落すと、私、ガラッと変るでしょ。自信なかってん」
「これで自信がないのなら、世の中の女性はみんな絶望しなくてはならないよ。とんでもない。きみはすばらしい」
高松は欲望が回復していた。海水の冷たさから解放されて男性は勃起している。
バスルームを出て二人は寝室へ入った。
ベッドに横たわった。むさぼるようにくちづけをかわす。すぐに高松は美希の乳房へ顔をふせた。大きな、かたちのよい乳房だった。わずかに外向きである。
高松の口のなかで乳房がおどる。固い乳首が舌を突っついた。高松のほうにも快感がある。美希は甘い声をあげて胸を突きだした。呼吸がはやくなっている。
やがて高松は上体を起した。美希の下半身のほうへずりさがろうとする。
「待って。待って。私、たべたい」
美希が起きあがった。あぐらをかいた高松の下腹部へ顔をふせてくる。
男性を口にふくんだ。つよく吸った。ゆっくりと頭を動かしはじめる。目をとじて、眉根を寄せていた。うっとりした表情である。全神経を口に集中させて味わっている。
上体を起したまま、高松は両脚をのばした。美希の髪をなでてやる。夢中で美希は奉仕している。愛らしい表情だった。子供のようだ。デパートの売り場で、意味ありげにほほえんでいた美希とイメージがかさなりあわない。
奉仕をつづけながら、美希は両ひざをついた。ヒップを高くして丸くなる。頭の動きにつれて乳房が揺れた。高松は両手で乳房を揉んでやる。美希がふせているのと、男性をささえる腕がじゃまになるのとで、思うにまかせなかった。
快感が盛りあがってきた。海水浴で冷えた体があたたかくなった。
「ねえ、私、へたでしょ。これでいいの」
顔をあげて美希が訊いた。男性をとらえた手は動かしつづけている。
「いいよ。へたじゃないよ。そんなに硬くなってるじゃないか」
「なんでもいうてね。私、なんでもしてあげるよ。高松さんがしあわせになるんやったら、なんでもしてあげる」
また男性に美希は顔を寄せた。
舌をおどらせる。男性の頭の部分をていねいになぞりはじめた。甘い焔《ほのお》のように快感がおどりながら流れこんでくる。高松は呼吸がみだれてきた。
「ありがとう。すごく効《き》いてきた。さ、交代しよう」
美希の顔を高松は男性からひきはなした。
あおむけに美希を押し倒そうとする。美希はかぶりをふった。投げだした高松のふとももへ馬乗りになる。男性を女の部分にあてがった。ゆっくり体を沈めてくる。
高松の男性が美希の体のなかへ突き立った。美希は高松のひざへヒップをおろした。正面から抱きついてくる。下腹をこすりつけてきた。
高松は美希の乳房を口にふくんだ。吸いながら彼女の動きをうけとめる。そうすることで、美希の体の揺れを小さくした。美希の動きかたは、高松の好みよりやや荒っぽい。
だが、上体を折って乳房に吸いついているのは苦しい。まもなく高松は顔をあげた。正面から美希と抱きあう。頬と頬を寄せあった。美希のゆたかなふとももが、高松の腰をはさんで投げだされている。
美希は揺れ動いた。ヒップの重みがまともに高松の下腹部にかかる。彼女のあえぎと甘い声が、高松の耳のすぐ横にあった。ああ、いい。ああ、いい。彼女は口走った。
やがて歯ぎしりがきこえた。ほとんど美希は動かなくなった。わずかに腰を前後に揺する。それだけでじゅうぶん感じるらしい。歯ぎしりの音が高くなった。泣き声をあげてこまかく揺れ動いたあと、美希は高松の背中に爪を立ててきた。
美希の体が重くなった。高松は彼女を横に寝かせた。まだ美希はオルガスムスの余韻《よいん》にひたっている。全身の力をぬいて、ごろりところがって動かなかった。
美希はうつぶせになっている。下半身だけがかるく右を向いていた。両ひざを折って心もち脚をちぢめている。かたちのいいヒップが突きだされて、じっさいよりも大きく映った。高松はしばらく彼女のうしろ姿に見惚れる。
「どうした。疲れたのか。第二部がまだはじまったばかりなんだぞ」
美希の肩に手をかけてこちらを向かせる。
弱々しく美希は笑った。困惑した、恥ずかしそうな笑いだった。化粧っ気のない顔が、少女のように愛らしかった。
高松の男性には力がみなぎっている。食事のとき一度終っているから、持続力には自信があった。それは突っ立っている。
「困ったわ私。せっかくわすれていたのに。セックスの味、思いだしてしもた」
美希は高松の男性に手をのばした。やさしく握りしめる。
「よかったじゃないか。セックスをわすれた人生なんて意味ないよ。中断したぶん、これからがんばって埋めあわせればいい」
「こいつがわるいんやわ、こいつが。寝てる子を起して」
男性をとらえた手を美希は動かした。じっとそこへ視線をそそいだ。
「そうだよ。そいつがわるい。いろいろ苦労のもとなんだ。いじめてやってくれ」
高松がいうと、美希は上体を起した。
あおむけになった高松の腹へ顔をふせてくる。男性を口にふくんだ。かるく歯を立ててくる。男性を左右からはさみつける感じで噛んだ。それからしゃぶりついた。交互に噛んだり吸ったりする。すばらしい感触だった。せっせと頭を動かしている。セックスの味を口でも思いだしたらしい。
美希は高松に横顔を向けて、上体をふせている。彼女の足首をつかんで高松はひっぱった。たがいちがいの向きに添寝をする。美希に脚をひらかせた。草むらとピンク色の秘密の花に見惚れる。相変らず美希は、高松の男性に奉仕をつづけている。
秘密の花をしばらく観賞した。まるでフェースカラーを使ったように、それは美しいピンク色をしていた。素朴で、ういういしく、恥ずかしがりだった。
高松をよろこばせようとして、精いっぱいひらいている。羞恥で汗ばんでいた。指で突くと、ふるえながら身をちぢめる。また勇気を出してひらく。可憐だった。生きてゆくために美希が懸命におしかくしているものが、そこにはあった。一分の隙もなくよそおって、気取って売り場に立っている美希の心の芯が、まちがいなくそこにあった。
高松は手をのばした。顔を出している真珠の粒を、指さきで可愛がった。ころがすように指を動かす。真珠がふるえはじめた。花びらもふるえる。すべてが透明な液にまみれてキラキラかがやいている。
美希は横向きに寝ている。真珠の粒も横向きに咲いていた。高松ははやく美希の体のなかへ入ってゆきたい衝動にかられる。だが、花を動かすのが惜しい気もする。
横向きに寝たままの美希の両脚のあいだへ、高松は自分の片脚をすべりこませた。二組のコンパスがからみあうようにして結合した。二人の脚の奥がぶつかりあった。
「ああ、はじめてやわ。こんなんはじめて」
美希は呻いた。男性がななめを向いて、彼女のなかに突き立っている。
すぐに歯ぎしりがきこえはじめた。
(第九話 了)
第十話 人 脈
1
壁ぎわにならんだ何十台ものテレビに、きょうの株価が映しだされていた。
株価は刻々変ってゆく。大きな変動はない。きのう買いに出たいくつかの銘柄の値動きもだいたい予想どおりである。
遠藤静夫は近くのテレビ画面に目を通してから、自分の席に腰をおろした。
きょうも株高はつづいている。噂される暴落のきざしもない。これまでどおり安定した大型株をえらんで、売買をくりかえせば、しぜんに課の業績はあがるだろう。目星がはずれて冷汗をかく場面に、ここ当分は出会わなくてすみそうである。
遠藤はゆっくりお茶を飲んだ。証券会社からファックスで入った株式の諸資料に目を通した。
P生命の資金運用部門のオフィスは、証券会社のオフィスに似ている。とくに株式課は、場立ちの時間帯には証券会社そのものである。たえず電話が鳴る。課員たちはそれぞれの担当の銘柄の値動きに目を光らせ、遠藤と相談しては売りや買いの注文を出す。いまのように相場が順調なうちはいいが、動きが荒っぽい時期には、胃の痛くなる思いをしなければならない。
「遠藤課長でしょうか。私、法人業務部の大沢玲子と申します。お話ししたいことがあるんですが、お時間をいただけませんか」
一人の女子社員が、遠藤のデスクの横に立って頭をさげた。
胸のうちで、遠藤は声をあげた。目が大きく張って、口もとのひきしまった美しい女性である。二十五、六歳だろう。さわやかなブルーのスーツを着ている。
二つ返事で腰をあげたいところだった。だが、相手が美しいので、かえって課員たちの視線が気になる。鼻の下をのばしていそいそと応対したと思われたくない。
「ごらんのとおり、この時間帯はうちは修羅場なんだ。手がはなせないよ。お昼休みになったら話をききましょう」
あまり無愛想でなく遠藤は告げた。
「わかりました。では、正午になったらこちらへおうかがいいたします」
よろしく。大沢玲子は頭をさげた。かろやかに脚をはこんでオフィスを出ていった。
「美人ですなあ。RM部隊には、あんな子がたくさんいるんですな。法人業務部のやつらが張り切るのも無理ないな」
となりの席の課員が話しかけてきた。
RMはリレーションシップ・マネジメントの略である。その要員は特定の企業へ頻繁《ひんぱん》に足をはこんで、いろんな仕事の注文をとる。企業保険や財務貸付けの営業がおもな任務だが、相手企業の営業を手伝ったり、必要な情報を提供したり、物件を紹介したり、相手に役立つことならなんでもひきうける。そうした雑務で利益をあげる必要はなかった。相手企業との信頼関係を強め、より大きな保険営業、財務営業の地盤をつくればよいのだ。
このRM要員には、大学卒の女子社員が大量に起用された。彼女らはこれまでの、おばちゃん外交員とはちがう。業務上のコンサルタントとして相手企業に役立てるよう教育された、若い、優秀な女子社員たちである。
美人ぞろいだった。そうでないと、各企業の財務、人事などの担当者に愛想よく迎えてもらえない。いまの大沢玲子はその典型だった。P生命の従業員は、内勤者の場合でも、男子より女子がはるかに多い。その多数のなかのえりぬきの美女ということになる。
「女が多い部門がお望みなら、いくらでもお世話するぞ。どこか営業所へ出るかね。キャリアウーマンの花園へな」
「いや、かんにんしてください。女は若くて美人やないとつきあいとうない。オバンの管理は家庭だけで手一杯です」
むだ口はそれでやめて、遠藤たちはまた仕事にもどった。午前十時半をすぎて、取引所は活気づいている。
正午になった。ほとんどの課員が昼食をとりにオフィスを出ていった。
しばらくして大沢玲子がやってきた。いそいできたらしい。息を切らせている。
「すみません。おそうなって。会議が正午までつづいたものですから」
玲子ははらはらした面持で詫《わ》びをいった。
目もとがかすかに紅い。案外気が弱そうである。RM要員の女の子は、もっと自信にあふれているのかと遠藤は思っていた。
遠藤はそばにあった椅子を玲子にすすめた。用件を訊いてみた。腰をおろした玲子のひざに視線を吸われそうで、困ってしまう。
「××鉄工所の山崎健一さんは遠藤課長のお友達やそうですね。あのかたにお近づきになりたいんです。遠藤課長のほうから、声をかけていただけないでしょうか」
××鉄工所は、P生命の大口取引先である電機メーカーの系列企業だ。
そことのRMを大沢玲子が担当させられることになった。だが、玲子はRM要員になってまだ二年たらずである。××鉄工所へ乗りこんでみたものの、ほとんど相手にしてもらえない。
そこで玲子は××鉄工所の内部になにか手蔓《てづる》がないか、しらべてみた。同鉄工所の財務課長である山崎健一が、学生時代、遠藤の同級生だったことがわかった。紹介の電話をしてもらうために、やってきたのだ。