「仕方ないよ。ゴルフだといって家を出てきたんだから。ゴルフバッグがないことだけでも評価してもらわなくては」
遠藤は苦笑いした。
休日に家を出るのはむずかしい。ゴルフぐらいしか口実《こうじつ》がない。バッグをもって出て、大阪駅にあずけてきたところだ。
二人は地下のイタリア料理店へいった。ビールとスパゲティ、魚料理で昼食をとった。食後のコーヒーのあいだ、遠藤はそこを出てフロントへいった。ダブルベッドの部屋をとった。昼間、玲子とデートするのは、きょうがはじめてである。
レストランを出てエレベーターに乗った。最初のデートから一ヵ月たっている。週に一度ずつ会うことにしてきた。最初のころほど新鮮ではないが、それでも二人きりになると、息のつまるような欲望を感じる。部屋へ入るまで、二人はだまりこくっていた。
部屋におちついた。型どおりくちづけをかわした。代る代るシャワーをあびた。さきに遠藤はベッドに横たわった。
玲子がバスルームから出てきた。タオルを裸身に巻きつけている。乳房がタオルにおさえつけられて、苦しそうだ。あかるい室内で、ふとももが白くかがやいた。昼間のデートは、若々しく健康的だった。
遠藤はベッドのうえで上体をおこした。近づいてくる玲子を待ちうける。痛いほどたかぶっていた。均整のとれた体を抱きしめて、全身にキスを這わせてやりたい。
「待って。さきにお仕事済ませてしまいたいわ。ゆっくりあそびたいの」
ベッドの手まえで玲子は足をとめた。まじめな顔で遠藤をみつめた。
「お仕事って。ああ、例のネットワークづくりか。用意してきたよ。でも、あとでもいいじゃないか」
「いま連絡して。おねがい。なるべく早い時間のほうが、相手の人がつかまりやすいわ」
身を揉むように玲子はねだった。
まじめな子である。こんなときにも仕事のことを考えている。
苦笑して遠藤はベッドをおりた。クロゼットのズボンから手帖をだしてくる。玲子はベッドに横たわっている。ならんで遠藤は体を投げだした。
手帖をくって大学の同級生の自宅の番号をしらべる。N物産勤務の佐山という男だった。枕もとの受話器をとった。
佐山は在宅していた。たがいに手ばやく近況を語りあった。たのみがあるんだ。やがて、遠藤は切りだした。
「うちにRM部隊というのがあるんだ。リレーションシップ・マネジメント。要するに、よろずご用ききさ。そこのお嬢さんをご紹介したい。便宜をはかってやってくれないか」
「ご用きき——。保険会社のRMなら、団体保険とか融資の注文がほしいんだろ。おれ、役に立たないよ。業務部門だもの」
佐山はいぶかしそうだった。だが、めいわくがってはいない。
「わかってるよ。財務部とか人事部の部課長クラスに紹介してやってほしいんだ。それで充分。あとは本人がうまくやるさ。名前は大沢玲子っていうんだ」
「大沢玲子——。美人かね」
「きれいな子だよ。会えば気に入るさ。ともかくたのむよ。RMは新しいシステムなので、社をあげて応援することになっている。月曜日にきみのところへいかせるからね」
遠藤は下腹部に甘い感覚が波打つのを感じた。
うつぶせになった彼の下腹部へ玲子が手をすべりこませている。まさぐっていた。
「美人ときいては協力せざるを得ないな。わかったよ。月曜日にきてもらってくれ。会ってみて気にいったら、おれ、デートを申しこむかもしれんぞ。それでもいいか」
「個人の自由だ。おれは干渉《かんしよう》しないよ。せいぜいアタックしてみるさ」
遠藤はあおむけになって話した。
腰の横に玲子はうずくまっている。せっせと手を動かしていた。
話がついた。遠藤は受話器をおいた。玲子を抱きよせようとする。
「もう一軒おねがいします。課長、もう一軒だけ」
玲子はずりさがって逃げた。
あらためて手を動かしはじめる。両手でくすぐってきた。このあいだおぼえたばかりなのに、上達がはやい。仕事のできる女の子はセックスでも有能である。
遠藤はあおむけになったまま、また手帖をくった。こんどは高校時代の同級生である林という男の番号をえらびだした。
林はビルの内装の会社を経営している。取引相手になる可能性は充分である。
電話で林の会社を呼びだした。土曜日でも彼は出勤している。
さっきと同じ用件を話した。林はひきうけてくれた。団体保険への加入を考えていたところだという。美人RMが訪問するときいて、声がはずんでいる。
その美人RMは、さっきから遠藤の男性を口にふくんでいた。せっせと頭を上下に動かしている。音を立ててしゃぶった。気配を林にさとられないか、心配になるくらいだ。
「おれ程度の人間でも、こうしてみると、けっこうネットワークを張れるんだな。枝から枝へ、いくらでも人脈はひろげていける。大いに利用しなさい。ただし、ほかの男の誘惑には絶対に乗るなよ」
遠藤は玲子にいいきかせた。奉仕をつづけながら、玲子はうなずいた。
(第十話 了)
第十一話 かくれた超能力
1
小沢弘明が会社へもどったのは夜の九時だった。
株式会社洛セラの本社ビルは、この時間になっても全階の窓にあかりがついている。
社員がよく働くので有名な会社だ。大手商社や都市銀行のエリート社員がよく働くといっても、洛セラにはかなわないだろう。
小沢は電子機器の営業部に所属している。オフィスは一階の玄関のすぐ近くにあった。
小沢はオフィスへ入った。電子機器営業部の社員は、八割がまだ机に向かっている。外まわりからかえって、日報を書いたり、販売記録をチェックしたりする者が多い。
小沢たちの部は電卓、パソコン、音響機器などをあつかっている。小沢は音響機器の担当である。CDプレーヤー、アンプリファイアーなどの売りこみに、京阪神一帯を駈けまわっている。
洛セラは電子工業用、産業機械用のセラミック材料、電子部品などが主力製品である。一般消費者を対象にする電子機器の売上高は、全製品の六分の一にもならない。しかも、売上の伸びはいちばん低調である。よその部門の社員がたとえ定時に退社しても、ここだけはそうもいかないのだ。
小沢弘明は課長のそばへいった。かんたんにきょうのセールスの報告をした。
自分の席にもどった。小沢はまだ入社三年目である。八名の男子課員のうち、若いほうから三番目だった。デスクの位置も、末席に近い。
小沢は日報の作成にとりかかった。疲れでかるい頭痛がする。同期の仲間ときのう、夜中まで麻雀をやって睡眠不足だ。
瞼《まぶた》を左手でかるくマッサージしながら日報を書いた。すごい会社へ入ったものだとつくづく思う。朝九時から夜九時、十時まで勤務。毎日毎日よく体がつづくものだとわれながら感心する。
小沢のような若い社員だけがそうなのではない。中年の役付き社員はもっとすごい。役員になると、さらにいそがしい。営業部門だけではなかった。工場も似たような状態だから、あきれてしまう。
洛セラは若い会社である。設立は昭和三十四年。最初は社員七名の工場だったが、電子工業用のセラミック製品やICパッケージの製造でみるみるうちに大企業になった。業態が時代に合っていたのだ。
現在は社員一万三千名、資本金は三百六十億円である。昨年度の売上は二千五百億円にたっした。目ざましい急成長と、創業者である山森道男会長の強烈な個性とで、関西財界から注目されている。
猛烈に社員が働く会社だとはきいていた。短期間で一流企業に成長したのだから、それで当然だと思っていた。だが、入社してみると、実態は想像以上だった。
夕刻、私用で家へかえったりすると、
「あの野郎、いったいなにをやってるんだ。働く気があるのか」
という視線を翌日あびせられる。
公平にみてとても不可能と思われるセールスでも、撤退はゆるされない。
正直いってしんどい。個人が会社の繁栄のために生れてきたようなあつかわれかたに疑問を感じている。働くときは目いっぱい働くが、個人の生活も大事である。スポーツ、旅行、コンサート、デート。若い小沢がやりたいことは、たくさんある。
毎日残業で、コンサートもスポーツもいけなかった。日曜日は疲れて眠るだけだ。夏、冬の休暇なんてまず考えられない。ひたすら仕事、仕事、仕事である。
こんな会社、やめようかと思うこともある。だが、入社三年目で音《ね》をあげるのも、だらしのない話だった。修業のつもりでがんばっている。将来はここの創業者のように会社をとびだして、自分で事業をはじめる決心をしていた。
日報を書き終えて、小沢弘明は顔をあげた。となりの課の吉村裕子の姿が目に入った。裕子の席は、小沢の席の真正面にある。顔をあげると、彼女の姿がいやでも視界にとびこんでくる。
吉村裕子はコピー室へいってきたらしかった。書類の束《たば》をかかえている。席について、整理をはじめた。真剣な顔だった。
裕子はおだやかな顔立ちである。目はさほど大きくないが、ぱっちりしている。笑うと、笑窪《えくぼ》ができた。気立てのよさそうな笑顔である。とても愛らしい。
裕子は背が高い。百七十センチの小沢とあまり変らなかった。長い、美しい脚をしている。性格はすなおで、控え目なのだが、体つきは現代っ子だった。
裕子は小沢と同期生だった。短大卒だから、小沢より二つ年下ということになる。彼女をみると、小沢は胸さわぎがする。笑顔に向かいあうたび、胸のなかに甘酸っぱいジュースが湧いてくるような気持になった。
最近、とくにそれがひどくなった。朝、会社で裕子の顔をみるのがたのしみである。立ち働く裕子のうしろ姿に目をやって、裸になった彼女の姿を想像してしまう。彼女とことばをかわすチャンスがあると、胸がドキドキする。小沢は彼女を愛してしまった。
だが、まだ裕子を食事にさそったこともなかった。毎日、おそくまで外まわりをしている。会社へかえると、裕子はたいてい帰宅したあとだった。洛セラでは、女子社員も定時に退社する者はほとんどいない。それでも午後七時ごろにはたいていかえってしまう。帰り道、ちょっと待ちぶせしてさそう、というわけにはいかなかった。
それでなくとも猛烈一色の社風である。裕子をさそったのがバレたりしたら、
「あのバカ。仕事もできないくせに、女の子のケツだけ追いまわして」
といわれかねない。食事にさそうのさえ、よほど慎重に行動する必要があった。
裕子はだれにでも愛らしい笑顔を向ける。かるく首をかしげて話をした。小沢に好意をもっているのかどうか、まったくわからない。小沢は一人で胸を焦《こ》がしている。
オフィスで裕子と向かいあってすわっているあいだ、小沢はじっと裕子に想いを寄せることにしていた。デスクワークのふりをしながら、裕子の席へ意識を集中して、
「愛してる。愛してる。いまにきみもおれを愛するようになる。きっとそうなる」
と、胸の内でつぶやくのだ。念力によって彼女をこちらへ向かせるつもりである。
創業者である山森道男会長は、人間の精神力の信奉者だった。
「あらゆる事象は心の反映。純粋な心でひたすら念じつづければ、たいていのことは成就《じようじゆ》する」
と公言している。精神力重視はつまりモーレツ主義ということだ。そこから派生して会長は人間の超能力も信じている。
一代で大企業をつくりあげた人物のいうことである。多少|眉唾《まゆつば》の向きもあるが、真実のひびきも大いに感じられた。
小沢弘明はそこで、精神力を仕事だけではなく恋愛にも適用してみることにしたのだ。愛している。きみもおれを愛するようになる——もう一ヵ月近く、小沢は裕子に念力をおくりつづけてきた。もしこれに成功したら、小沢は心から会長の念力哲学に共鳴できるだろう。一点の疑いも抱かずに、仕事に突きすすむようになるはずだった。
「愛してるよ裕子さん。きみはおれのものになる。近いうちきっとそうなる」
一心に裕子へ念力を送りながら、小沢弘明は書類作りの残業にはげんだ。
2
午後十時近くなった。さすがの猛烈社員たちも、半数が家路についた。
吉村裕子はまだ残業をつづけている。彼女が居残っているかぎり、小沢も働くつもりだった。いっしょに帰途につくチャンスをつかめるかもしれない。
だが、眠かった。かるい頭痛とあくびをこらえて小沢は働いた。
裕子にたいする関心は、疲れているのに、かえって旺盛だった。彼女の腕や、襟もとの白い肌や、胸のふくらみが気になって仕方がない。妙にたかぶってくる。ソープへでもいかないと、おさまらなくなりそうだ。
そのうち小沢は居眠りした。裸の裕子といっしょに横になっている夢をみた。手で裕子の女の部分をまさぐっていた。そこは濡れて、ぬかるみのようにやわらかだった。
「おい、小沢くん。疲れたんやったら遠慮なくかえってもいいぞ」
課長に呼ばれて小沢はわれにかえった。照れ笑いして残業にもどった。
ふっと視線を感じて顔をあげた。吉村裕子がこちらをみている。目があうと、ほほえみかけてきた。上気して、目が色っぽくかがやいている。小沢は胸がおどった。裕子がこんなに好意的な笑顔を向けてきたのは、はじめてのことだった。
念力が通じたのかな。小沢は思った。
いまみた短い夢が頭によみがえった。夢のなかで、小沢は裕子の女の部分を指でさぐっていた。やさしく指を動かしていた。
机の下に右手をかくして、小沢は指を動かしてみた。吉村裕子の女の部分をまさぐっているつもりである。もやもやと動かした。夢を再現する気分だった。
裕子はデスクワークをつづけている。その顔をみつめながら、小沢は想像のなかで裕子の女の部分をさぐった。
「きみを愛している。きみもおれを愛するようになる。すばらしいセックスをするようになる。まちがいない。信じなさい」
一心に小沢はそう念じた。
山森会長のことばによれば、純な心でひたすら念じつづければ、たいていのことは成就するのだ。もしそれがほんとうなら、小沢の恋が成就しないはずがなかった。
裕子が顔をあげた。視線があった。彼女はほほえみかけてきた。上気している。念力がとどいたのかもしれない。勢いづいて小沢は机の陰で指を動かした。裕子の敏感な真珠を刺戟しつづけているつもりである。
裕子はため息をついた。うっとりした表情になった。デスクに両手をつき、顔をふせた。わずかだが、体をくねらせたようだ。
小沢は裕子の脚がみたくなった。裕子のデスクと向かいあわせにデスクがあるので、小沢の席からは彼女の脚はみえない。
さらに小沢は指を動かした。裕子は顔をあげた。はっきりと赧《あか》くなっている。彼女はデスクのうえをかたづけはじめた。
ちらりと裕子は小沢をみた。席を立った。おさきに失礼します。まだ残業中の同僚に挨拶してオフィスを出ていった。
すこし間をおいて小沢もかえり支度をした。課長や先輩に挨拶してオフィスを出た。
ビルの玄関のそばでしばらく待った。女子更衣室のほうから、吉村裕子があらわれた。
ノースリーブの横縞《よこじま》のセーターと、白のミニスカートを身につけている。長い脚が、暗がりのなかに、あざやかに浮いて出る。小沢をみても、裕子は意外そうではなかった。肩をならべて二人は国道へ出た。
「おたがい、よく働いたね。疲れなおしに一杯やらないか」
小沢は声をかけた。
ほほえんで裕子はうなずいた。しばらくあるいて、二人はタクシーをひろった。
「もうおそいけど、たまに夜あそびしよう。河原町へ出ようぜ」
裕子の了解をとってから、河原町四条、と運転手に告げた。
クルマは走りだした。はずみで二人の腕がぶつかりあった。小沢は腕に甘い電流が走った気分だった。
裕子はため息をついてシートに体をあずけた。かるく背のびをした。
「ああ疲れた。きょうはおかしいわ。ぐったりして手足に力が入らへん」
「おれと反対だな。疲れてるけど、おれは体がこわばっている。緊張しているんだ」
「なんで緊張してるんですか」
「きみといっしょだからじゃないか。デートしたいと以前から思っていた。夢がかなった」
「私もそうよ。小沢さん、さそってくれへんかなあと思うてたの。夢がかなって、私、ぐったりしてしもた」
裕子は笑い声を立てた。
肌の香りと体温が甘ったるく立ちのぼった。笑って裕子の体がふるえるたびに、それはおしよせる。抱きしめたい衝動に小沢はかられた。やっとのことで自分をおさえた。
河原町四条で二人はタクシーをおりた。先斗町《ぽんとちよう》を北へあるいた。色とりどりの酒場や喫茶店のイルミネーションが、ほそい道の上にうかんでいる。ゆきかう人々の顔が色に染まっていた。
やはり情緒がある。さっきまで、目をつりあげて残業していたのが嘘のようだ。くつろいで二人はよりそった。鴨川に面した、しずかなスナックバーへ入った。
カウンター席へならんで腰をおろした。ウイスキーの水割りで乾盃する。海産物のサラダを突っついた。酒が内臓にしみると、夢のように平和な気分になった。
「おれはずっとまえからきみが好きだったんだ。でも、いいだすチャンスがなかった。なにしろ、あんな会社だから」
小沢はささやいた。
だまって裕子は小沢をみた。よろこびが顔に出ている。小沢は裕子の手を握った。裕子は握りかえしてきた。ますます小沢は夢見心地になった。
「おれがさそうのを待ってたって、さっきいっただろう。いつごろから」
彼は裕子の顔をのぞきこんだ。裕子の笑窪が、はっきりあらわれた。
「さあ、いつごろかなあ。よくおぼえてないわ。けど、わりと最近のことです」
「最近って、この一ヵ月ぐらいか」
「そんなもんです。ふしぎですねえ。小沢さんのこと、そんなに意識してたわけやないのに、最近急に気になりだして」
「気になるって、好意をもってくれたわけだね。そうなんだね」
「はい。人間の気持って神秘やわ。急に人を好きになることがあるんですね」
念力のせいだ。愛の一念が伝わったのだ。胸のうちで小沢はさけんだ。精神力の働きはやはり大したものなのだ。
「うれしいよ。きみが恋人になってくれたら、おれ、恐いものがない。滅茶滅茶に働くぞ。きみを倖せにする」
結婚しよう。彼はまた裕子の手を握った。こんどは握りかえしてこなかった。
「どうした。結婚はいやなのか」
彼は裕子の顔を覗きこんだ。
裕子はこたえない。しばらく沈黙がつづいた。やがて、裕子は顔をあげた。
「ごめんなさい。じつは私、結婚の約束をした人がいるの。正式に婚約したわけやないけど——」
小沢は頭を棒で一撃された気分だった。茫然と裕子をみつめた。
およそ一年まえに、裕子はその人物と知りあった。電機メーカーに勤務するエンジニアである。一流大学の工学部を出て、人柄もわるくない。
裕子はそのエンジニアと交際をつづけた。二ヵ月まえに結婚の約束をした。まだ正式に婚約したわけではないが、いましがたまでその男と結婚する気でいたという。
「それがおかしくなったの。急に小沢さんが好きになって。困ったわ。どうしたらいいのやろ」
「迷うことはないよ。おれと結婚しよう。わるいけど、彼にはあきらめてもらうんだ」
カウンターの下で、小沢はあやしげな指づかいをはじめた。念力にものをいわす気だ。
3
小沢は会話には上の空だった。視界のすみで、裕子の横顔をみつめている。意識はすべて裕子に集中させていた。
そうしながら、小沢はカウンターの下で右手の指をもやもやと動かしていた。裕子の体の秘密の部分を、想像のなかで愛撫している。親指の腹で裕子の真珠の粒をこすり、右手の人差指と中指は、あたたかく湿った空洞へすべりこませていた。
心のなかで、小沢は念じていた。
「裕子さん、きみは婚約者とわかれる。おれと結婚するようになる。おれときみはそういう星のもとに生れてきたのだ。今夜それをたしかめよう。ここを出たら、おれといっしょにホテルへゆく。それが運命なのだ」
念じながら、小沢はもやもやと右の手指を動かしている。
裕子の女の部分へ、そこからテレパシーが伝わっているはずだった。わけのわからぬ快感が、女の部分を甘くしびれさせているにちがいない。
もうすぐ裕子はその気になる。婚約者である電機メーカーの技術者とわかれる決心をする。決意を固いものにするため、小沢といっしょにホテルへゆく。かならずそうなる。
小沢は真剣だった。なにがなんでも裕子をその気にさせるつもりだった。
勤務先である洛セラの創業者山森道男会長は、徹底した精神主義者である。
「あらゆる事象は心の反映である。人間の精神力がすべてを動かす。純粋な心でひたすら念じつづければ、物事は成就する」
と公言している。
正直いって小沢は、山森会長のその哲学を眉唾《まゆつば》に思っていた。念じることで物事が成就するなら、世話はないと考えていた。
だが、いまはちがう。はんぶんぐらいは山森の哲学の信奉者となっている。ためしに一ヵ月、念力をあびせた吉村裕子が、小沢に心を寄せているのがわかったからだ。
この調子でつづければなんとかなる。裕子といっしょにホテルへいけるかもしれない。もし思いどおりになったら、小沢の今後の人生が変るだろう。山森イズムを奉じて、だれよりも忠実な社員になるにちがいない。
「迷うことはないよ。おれをえらびなさい。きっと裕子さんを幸福にする。うちの会長のように出世して、いい生活をさせてあげる」
声に出して、小沢は話しかけた。右手は相変らずもやもやと動かしている。
「ああ、私、困ったわ。自分で自分がわからんようになってしもた。なんでこんなに小沢さんが好きになったんやろ」
苦しそうに裕子は顔をふせた。
赧《あか》くなっている。酒と小沢のプロポーズの双方に酔っていた。
「人はあまり身近にいると、かえって正確にみえないことがあるからね。裕子さんもそうだったんだ。身近すぎて、おれという人間が目に入らなかった。それにわが社はいそがしすぎる。周囲を観察するひまもない」
「けど、それやったら、なんで急に小沢さんが気になりだしたんやろ。ふしぎやわ」
「おれの気持がつうじたんだ。むかしからきみが好きだった。きみがこっちを向いてくれるように、毎日祈っていた」
「まるで会長の念力論みたいやわ。小沢さんがそんなに私のこと思うてくれたんやったら、すごくうれしい」
二人の腕がふれあった。
小沢は裕子の肩を左腕で抱いた。右手は相変らず、あやしい動きをつづけている。
裕子は体をあずけてきた。彼女の重みとぬくもりが同時におしよせる。小沢はうっとりとなった。身も心もやわらかになる。男性だけが痛いほど硬くなった。
キスしたくて、たまらなくなった。店のなかでは無理な話である。裕子をうながして小沢は腰をあげた。いっしょにそこを出た。
先斗町通りをすこしあるいた。小さな公園のそばへ出た。
裕子の腕をとって公園のなかへ入った。手ごろな暗がりがある。鴨川の音が、かすかにきこえた。小沢は足をとめて裕子を抱きよせる。裕子はよろめいて体を反《そ》らせた。二人のくちびるがかさなりあう。
小沢は裕子の口のなかへ、かるく舌をさしいれた。くちびるをすぼめるようにして裕子は吸う。なまあたたかい快感が、小沢の舌さきから体のなかへ流れこんだ。小沢は頭がぼんやりする。
たかがキスなのに、小沢はうっとりした。ひざの力がぬけそうになる。裕子を愛しているから、昂奮が色濃いのだ。くちびるをはなすと、猛然と欲望がこみあげてきた。
小沢は裕子の腕をとった。三条小橋のほうへあるきだした。だまって裕子はついてくる。三条通りを越えた。前方の夜空にラブホテルのネオンがうかんでいる。
「どこへいくの」
裕子が訊いた。わかっているくせに、女は訊きたがる。
「おれたちは結ばれる運命にあるんだ。それをたしかめにいく」
命令口調で小沢はいった。いまは公然と裕子を暗示にかける。
ホテルのまえへきた。裕子は足をとめた。ふりかえってうしろをみる。裏通りはまだ人が多い。だが、このへんはしずかである。
「気持わるいわ。あとをつけられてるような気がして。彼、嫉妬深いから」
婚約者のことが頭にあるらしい。おかしな妄想に裕子はとらわれている。
「心配するなよ。きみと彼はまだ夫婦じゃないんだ。文句をいわれる筋合はない」
「けど、気になるわ。不倫するときって、きっとこんな気持なんやろね」
小沢は裕子の肩へ腕をまわした。
脆《もろ》そうな肩甲骨《けんこうこつ》の感触が腕に伝わってくる。抱きしめて、玄関へ入った。
4
一間だけの部屋へ案内された。
ダブルベッド、応接セット、テレビ、冷蔵庫などが一間にゴタゴタと詰まっている。地価の高い盛り場のラブホテルは、かえって時代おくれになりつつある。
小沢はすぐ浴室へ入った。せまい湯ぶねである。これならシャワーのほうがいい。
部屋へもどって小沢は裕子を抱きしめる。あらためてキスした。こんどはねっとりと舌をからませあう。裕子の腰を小沢はひきよせた。二人のふとももが接触しあった。
思ったより裕子のふとももはたくましい。ヒップも厚かった。小沢は両手で裕子のヒップを抱きかかえる。ゆたかな肉の感触を掌にうけて、欲望が湧き立ってきた。
「シャワーをあびよう。いっしょに」
小沢は裕子の服をぬがせにかかった。
裕子は制止した。浴室へ逃げこんだ。なかで服をぬいでいるらしい。小沢はその場で服をぬぎすてた。タオルを手に浴室へいった。
扉をあけた。裕子が裸でしゃがんでいる。ぬいだ衣類をきちんとたたんで、扉の外へ出そうとしたところだった。
小沢はシャワーを調節した。裕子を自分のまえに、うしろ向きに立たせた。ぬるま湯の雨を彼女の体へ降らせてやる。片手に石鹸をもって彼女の体へ塗りつけた。
「きみは着やせするほうなんだな。裸になるとグラマーだ。ヒップが大きいの、おれ好きなんだ」
「恥ずかしいわ。お尻のわりに胸は小さいの。反対やったらよかったのに」
「きみのバストはちょうどいいよ。かたちがきれいだ。あまり大きいのはシラけるよ。乳牛みたいで、無神経で」
小沢はうしろから、裕子の胸に両手をまわした。
双つの乳房に石鹸を塗る。両掌で掬《すく》うように揉《も》んでやる。お世辞でなく、美しい乳房だ。小さな乳房が固くなって、小沢の掌をころがった。小沢のほうにも快感があった。
ゆっくりと小沢は両掌で裕子の乳房をかわいがった。夢をみているようだった。裕子のヒップがときおり小沢の男性にふれる。なまなましいその感触が、現実に裕子を抱いていることの証明になった。
裕子のヒップは大きい。だが、ひきしまっている。双つの丘の合せ目が、ひとすじの糸のようにみえた。うしろから裕子の乳房を抱いたまま、小沢は裕子のヒップの合せ目の下へ男性をすべりこませてみる。
女の部分へは押し入らない。男性の上側をそこへ接触させるだけにした。
裕子は声をあげる。目をとじて、のけぞった。そろえた両脚に力がこもっている。男性が内ももの肌ではさまれた。小沢はまた夢見心地になった。
「うれしいよ。やっと思いがかなった。きょうはおれの人生で最高の日だ」
「私もうれしい。すごく感じる」
裕子はあえいでいた。
のけぞって頭を小沢の肩へ乗せている。両脚でぎゅっと男性をしめつけてきた。それが愛の表現だと信じているようだ。
小沢は右手を裕子の下腹部にまわした。うすい草むらをおしわける。濡れたやわらかなみぞに指をすべりこませた。裕子は声をあげてかぶりをふる。小沢の腕から逃げだした。
「どうした。いい気持にしてやりたいのに」
「うしろから抱かれるのって、かなんねん。顔がみえへんさかい」
裕子は小沢のほうへ向きなおった。
正面から抱きついてくる。石鹸をとって小沢の体へ塗りはじめた。
シャワーは停めてあった。小沢はシャワートップをもって、二人の体へかるく雨を降らせる。二人の体はやがて泡まみれになった。二人は抱きあう。おたがいの肌をこすりつけあった。すばらしかった。
「きみの体はクリームのかたまりみたいだ。おれ、溶けてしまいそうだよ」
「溶けたらいや。我慢して。いつまでもしっかりしてくれへんかったら、困るわ」
裕子は小沢の男性をとらえた。
小沢の肩に裕子はあごを乗せている。天井に顔を向けながら、男性にそろそろと指をからませてきた。指に全神経を集中させているのがわかる。大きさ、硬さ、形状などを裕子は丹念に味わおうとしていた。
婚約者と比較しているのかもしれない。小沢は緊張した。
自分の男性に、べつに劣等感はもっていない。しかし、優越感があるわけでもなかった。大きさ、硬さ、形状ともまあ人なみである。裕子の婚約者のそれが圧倒的に立派なものであれば、比較して、彼女の心がまたあちらへかたむく可能性もある。
仰向《あおむ》いている裕子の顔が、わずかにほほえんだ。小沢は気を呑まれた。軽蔑の笑いではないのか。
「笑うなよ。おれのそんなに小さいか」
「なにいうてるの。うれしいから笑うたんよ。やっと小沢さんの体にさわった。これ、私のもんでしょ。私だけのもん」
ずるずると裕子の体が下降した。小沢の足もとへ彼女はうずくまった。
タライに湯を入れて、男性から石鹸の泡を洗い落した。両手でささえ、いとしそうに頬ずりする。口にふくんだ。くちびるをすぼめて、何度かしゃぶった。ゆっくりと頭を動かしはじめる。
小沢はため息をついた。大好きな裕子がいま口で奉仕してくれている。夢みたいだ。婚約者にくらべて、小沢の男性的条件はべつに劣っていないらしい。うれしそうに裕子は味わっている。
テクニックは上手というほどでもない。だが、裕子にそうされていると思うだけで、快感は二倍、三倍になった。
裕子は眉をひそめている。目をとじていた。口腔に神経を集中させて味わっている。その表情をみていると、小沢は体の奥に快感のうねりがおこった。いまにも出口へ向けておしよせてきそうである。
「ありがとう。さ、こんどはおれの番だ。おれがキスしてあげるから」
小沢はシャワーの雨を二人の体に降らせた。
裕子を追い立てて浴室を出た。タオルで裕子の体を拭いてやる。ベッドに裕子を押し倒した。投げだされた彼女の両脚のあいだへ這いこんでゆく。
体をひらかせた。わずかな草むらの下に、淡いピンク色の花がひらいた。幾度となく、あれこれ想像をめぐらせた花だった。小沢はしばらく見惚《みほ》れた。
花びらはうすかった。透明な感じがする。複雑なかたちで咲いていた。濡れているのに、それはしおれた印象だった。恥ずかしさと昂奮でかすかにふるえているようだ。
小さな真珠が顔を覗かせている。花びらのまんなかにせまい空洞があった。淡いピンク色の、やわらかな肉で空洞はかたちづくられている。円形とも四角形ともつかぬかたちをしていた。なかは秘密めかして暗い。透明な液が、涙のようにたまっている。
「美しいなあ。すごく美しい。きみの体のなかで、ここがいちばんきれいだ」
小沢は嘆声をあげた。目のまえの秘密の花へ、ゆっくりくちづけにいった。
空洞にたまった液をすすった。そのあたりへ舌を泳がせる。やさしく花びらを噛んでやった。ひとわたりすませてから、下から上へ何度も舌をおどらせる。ピンク色の花を、舌さきでふるえさせにかかる。
裕子は声をあげた。消えいるような、弱々しい声だった。どんなに耐えがたい快感を裕子が味わっているか、その声でわかる。奉仕しながら、小沢はうっとりした。いま自分は裕子を幸福にしているのだ。
真珠の粒をやがて小沢は舌でさぐりにゆく。裕子の声がはっきりしたものになる。花びらのあいだに小沢は指をいれて動かした。さほど反応はなかった。裕子の体はまだ成熟していない。つよい快感があるのは、真珠の粒だけのようだ。
小沢は真珠に愛撫を集中させた。ながいあいだ、くちびると舌を使った。裕子の声が急にかん高くなり、ほそい悲鳴に変った。こわばったあと、裕子はぐったりする。ともかく彼女をオルガスムスに追いこむことができた。小沢は一安心だった。
もう欲望をおさえきれない。小沢は裕子のなかへ入っていった。
思ったより空洞はせまかった。しずかに押し入ったが、小沢は包皮に痛みを感じた。安定すると、それは快感に変る。一息ついてから、ゆっくりと小沢は動きだした。
うっとりと裕子は目をとじている。小沢の男性に快楽を掘りおこされる様子がなかった。思ったとおり裕子は成熟していない。真珠の粒にしか、つよい感性がなかった。
男性の根もとで小沢は真珠をこすりにゆく。その角度で動いた。しばらくつづける。だが、裕子の表情にはっきりした快楽の色はあらわれない。小沢はあせってきた。ここで裕子をなんとかオルガスムスへ導きたい。婚約者にたいして決定的に優位に立てる。
胸のうちで小沢は念じはじめた。
「いまにきみは感じるよ。おれはきみと結合しながら、きみのクリトリスをしゃぶっているんだ。ほんとうにそうなんだ。神わざだろう。ほら、感じてきた。やりながらきみは、しゃぶられているんだぞ」
頭のなかで、小沢はくちびると舌を駆使した。現実には体を揺すった。
いまに感じる。かならず感じるんだ。念じながら行為をつづけた。汗まみれだった。
十五分たった。裕子は恐怖にかられた顔になり、死にそうな悲鳴をあげた。
5
小沢弘明は超能力の信奉者になった。