「吹田へいってきたんだ。きみは」
「市場調査です。マーケットやお惣菜《そうざい》屋さんをのぞいてきました。みなさん、いろいろ工夫してはるわ。刺戟《しげき》になります」
肩をならべて二人はあるきだした。
女子社員のユニホームは半袖である。田島沙織のふっくらした二の腕が片岡の視界にちらついた。初夏なので、まだ日焼けしていない。腕の内側は生白かった。
胸のふくらみも気になる。さほど大きくはないが、美しい乳房なのだろう。果物の香りのような魅力が沙織の体から立ちのぼっている。肩を抱きたい衝動に片岡はかられた。
田島沙織は食品売り場の担当である。お惣菜のコーナーに力をいれていた。山菜と北国の魚をとりあわせて煮たり、牛肉をよく煮こんでお握りのタネにしたり、いろいろ工夫をこらしている。最近では何種類かのお菜をそろえたランチを開発、ちょっとしたヒット商品に仕立てあげた。
アルバイトやパートタイマーとちがって、いつも創意工夫をこらしている。美しさも仕事ぶりもM市店ではナンバーワンである。
「田島さんのご主人は倖せだな。いつも美味《うま》いお菜をたべているんだろう」
「よくそういわれるんです。実態はちがうんですよ。家では手ぬき専門。カレーライスやハンバーグが圧倒的に多いんです。自分で料理するのは、情熱がわきません」
「やっぱりお金にならないからかな。最近、そういう主婦が多いね。自分のうちの家事は旦那にやらせて、パートでよその家の掃除洗濯をしにいく」
「私もそのクチなんです。今夜も外食です。主人が出張でいないから」
沙織は結婚している。年齢は二十七か八のはずだ。まだ子供はいない。
夫は大手の化学会社の営業部に勤務している。出張が多いらしい。沙織はそれを歓迎している。夕食の支度が要らないからだ。
「そうか。じゃ、いっしょに食事しようか。美味《うま》いステーキでもたべよう」
思わず片岡は口にだした。沙織といっしょに働くのも、あと二週間なのだ。
「ほんとですか。わあうれしい。デラックスな夕ごはんになるわ」
両手を胸で握りあわせて沙織はよろこんだ。二の腕がやわらかそうに盛りあがった。
「なんだ。ステーキだからうれしいだけか。パートナーがだれかは関係ないんだ」
「ちがいますよう。店長とごいっしょするよろこびが八十パーセント、ステーキのよろこびは二十パーセントです。ほんまですよ」
果物の香りのような色気が、また沙織の体から立ちのぼった。
かるい目まいを片岡は感じた。独身の女の子とはやはりちがう。若妻には男の本能をかき立てる色香がある。沙織をつれて夜の街をあるくことを考えるだけで、片岡は顔が熱くなった。
リュウエーM市店には、パートタイマーやアルバイトをふくめて約百名の女子従業員がいる。男子は三十名たらずだ。
女性が多いだけに、スキャンダルは恐い。妻子のいる男性が女子従業員と仲よくなると、ほかの女子従業員から総スカンを食う。仕事がやりにくくなってしまう。
まして片岡は店長である。まちがっても特定の女性に親しいそぶりはみせられない。働きづめでその余裕もなかった。田島沙織に熱っぽい視線を注ぎながら、これまでいっしょにお茶を飲んだこともなかった。だが、とつぜんチャンスがきた。この店にいるのもあと二週間。その意識で片岡は大胆になった。フラれてもいい。恋心を打ちあけてから、この地を去るつもりである。
駅前の喫茶店で午後七時に待ちあわせる約束をした。二人はM市店へかえった。片岡はオフィスへ、沙織は食品売り場へ向かった。きれいな脚をおどらせて階段をおりてゆく沙織のうしろ姿に片岡は見惚《みほ》れた。
地階にあるオフィスへ入った。二十人ばかりの男女がいつものように机に向かっている。まだだれも片岡の転勤を知らない。なにもいそいで知らせることはない。あすの朝全員のそろったところで発表すればいいだろう。
片岡は席についた。猛烈な勢いで仕事をはじめた。きょうは残業ができない。しわ寄せがあす以降にくるだろう。いまのうち、すこしでもがんばっておく必要がある。
2
午後七時に片岡淳一は約束の喫茶店へ入った。
田島沙織はもうきていた。片手を小さくふって片岡を迎える。
さわやかな藍《あい》染めのオーバーブラウスに白いパンツを沙織は着ていた。店内でみるのとはちがった、おちついた雰囲気である。彼女が人妻であることを意識させられてしまう。
「家へかえって着替えしてきました。せっかくのデートやから、張りきって」
沙織は笑った。表情はおだやかだが、目は生き生きしている。
店からバスで十分ぐらいの場所に彼女は住んでいるという。マンション暮しだ。
「それならミナミへ出よう。じつは、きょうはお祝いごとがあるんだ。きみとささやかなパーティをやりたい」
「なんですか。お祝いごとって」
「あとで話すよ。ともかく地元をはなれよう。人目につくとうるさいから」
コーヒーもそこそこに片岡は腰をあげた。二人は喫茶店を出た。
電車で大阪市内へ向かった。扉のそばに立って二人は雑談した。車輛が揺れて、ときおり二人の体がぶつかりあう。片岡は皮膚が敏感になって一々それを意識した。
沙織はなにも気づかないような顔をしている。化粧品の香りが片岡を酔わせる。その効果をうかがうように沙織は片岡をみて、
「きょうは記念すべき日です。夫以外の男性と会うのははじめて」
と、意味ありげなことをいった。
片岡は胸がどきどきした。沙織には不倫願望があるのかもしれない。まさか、と自分にいいきかせる。人妻が夫以外の男性と親しくなるのは、かんたんなことではないはずだ。過大な期待は禁物である。自分の想いをうちあけるだけで満足しなければならない。
ミナミのNホテルのレストランへ入った。ステーキとグリーンサラダを注文した。ワインはコルトンの赤をおごった。乾盃する。うっとりと沙織は口のなかで酒をころがした。
お祝いごとってなんですか。沙織は訊いた。転勤の話を片岡はうちあけた。
「まだだれにも話していないんだ。あした事務所で発表するけどね」
沙織は息をのんだ面持《おももち》だった。
ワイングラスをテーブルにおいた。沈んだ表情になった。目をふせて考えこんだ。
「どうした。祝ってくれないのか」
「いってしまうんですか店長。そうですよねえ。いつかはあることやと思うてたけど。店長はN社員やから」
沙織は顔をあげた。泣き笑いの表情になって、片岡をみつめた。
リュウエーは限定勤務地制度をとっている。三つの勤務コースがある。社員はその一つをえらぶことができる。
一つはN社員のコースである。Nはナショナルの略号だ。このコースをとると、全国百六十六店のどこへ勤務させられても、拒否できない。その代り将来は管理職からトップへ昇進できる。
二つ目はP社員コースである。Pはプロフェッショナルを意味する。このコースをえらんだ社員は、関西、関東、東海など特定のブロック内でしか転勤がない。各地方の風土に精通した販売主任に育成される。田島沙織はこのP社員である。
三つ目はE社員コース。Eはエキスパートの略である。このコースをえらぶと、転居が必要な異動の対象にはならない。地元に密着して生活できる。その代り管理職に登用される希望はない。高卒の女子社員などは、たいていこのコースをえらぶ。
「夕方きみに会ったとき、内示をうけたかえりだったんだ。おれ、胸がキュンとなったよ。神さまのおひきあわせだと思った」
「どういうことですか、それ」
「ずっとまえからきみにデートを申しこもうと思っていたんだ。きみが好きだった。この気持を伝えずに転勤してはいけない。神さまにそういわれたような気がしたよ」
二人はみつめあった。押し負けたように、沙織は目をふせた。
残酷ですよ店長。いまになってそんな。沙織はつぶやいた。ワインを飲みほした。
「なんでもっと早くいうてくれなかったんですか。私、うれしかったのに」
「きみは人妻じゃないか。やっぱりためらったよ。それに職場での立場もある。なによりも、いそがしくて心の余裕がなかった」
「いなくなるのなら、だまって去ってくれはったらよかったのに。私、つらいわ」
沙織は微笑んだ。目が泣いている。
「深刻に考えなくてもいいよ。二人だけで送別パーティをやりたい。わかれを惜しんでくれれば、おれ、思いのこすことはないよ」
あらためて片岡は、グラスを沙織のグラスにぶっつけた。
いまの言葉は本心だった。これから沙織をどうにかできると思うほど、うぬぼれてはいない。沙織も好意を抱いていてくれたことがわかっただけで満足である。
「人妻であることにこだわってほしくなかったわ」
沙織はつぶやいた。ステーキがきたのに、手をつけなかった。
「ご主人とうまくいってないのか」
「いいえ。ふつうにいっています。私がいいたいのは、店長かて奥さんと子供さんがおられるということ。五分五分でしょ」
「なるほど。そんな考えもあるのか」
「人妻かて人間です。すばらしい男性がそばにいたら、好きになります。店長に私、あこがれていました。もしさそわれたら、夫を裏切っても仕方ないと思うてたんです」
片岡は息苦しくなった。
歓喜と悲哀が同時におしよせる。当って砕ければよかったと思う。立場だの境遇だのにこだわって、いちばん大事なことをないがしろにしていた。人生をすばらしいものにする情熱が足りなかったといってよい。
「バカだったな、おれ。一種のなまけ者だったんだ。哀れな会社人間だった」
「そんな顔せんといてください。さ、お祝いしましょう。おめでとうございます店長。ついにエリートコースに乗られましたね」
沙織は一息にグラスをあけた。いそいで酔いたがっているようだった。
やっと二人はステーキをたべはじめた。三分の一ほど片岡はのこした。沙織も同様である。恋愛と食欲は両立しない。肉の匂いよりも肌の香りを吸いたくなる。
コーヒーを飲んで二人は席を立った。
景気よくディスコへいこう。話しあった。ホテルの地階にアダルト向きのディスコがある。二人はそこへいった。
ディスコは空《す》いていた。数人の男女がフロアで踊っているだけだ。三十五歳ともなると、空いたフロアで踊るのは照れる。テーブル席でしばらく水割りを飲んだ。
沙織はまだ若い。生き生きした顔でフロアをみている。音楽にあわせて体を揺すった。やがて、苛立《いらだ》たしそうに腰をあげた。
「元気出しましょうよ。さ、踊りましょう。私たち、まだ若いんですよ」
二人はフロアへ出た。
踊りはじめた。沙織はあざやかな身のこなしだった。たちまち片岡もつりこまれる。どっと酔いがまわってきた。暑くなる。全身を血液が駈けめぐった。しなやかな沙織の体が挑発的にくねる。片岡は学生時代に舞いもどった気分になった。沙織との恋愛がはじまろうとしている。そう考えたかった。
四、五曲つづけて踊った。曲の切れ目へきたとき、沙織はよろめいた。いそいで片岡はささえてやる。沙織はもたれかかってきた。
「いってしまうのね、店長。いじわる」
片岡の肩へ、沙織は頭をこすりつけた。
自制心を片岡はなくした。人目があろうと、くそくらえだ。沙織を抱きしめる。くちづけにいった。沙織は応じてきた。あえぎながら片岡の舌をうけいれる。さらりとしたくちびるの感触に片岡は酔った。しなやかな体を抱きしめる。沙織の体から、肌の香りをしぼりだしたい思いにかられる。
「抱かせてくれ、沙織。おれ、このままでは死んでも死にきれないよ」
「私ね、気が変ったの。いってしまう人に抱かれるのはいややとさっきまで思うてた。けど、いまは反対。いってしまう人やから、すぐに抱いてほしい。正直な気持」
人生は短いですものね。チャンスは逃したらいかんわ。彼女はつぶやいた。
二人はディスコを出た。ロビーのすみに沙織を待たせて、片岡はフロントへいった。ダブルベッドの部屋へチェックインした。
エレベーターで十二階へのぼった。沙織の手を握りしめて部屋へ入った。
あらためて抱きあう。沙織は酔いがまわってふらついていた。くちびるをあわせると、あえぎはじめた。下肢をおしつけてくる。みかけよりもゆたかなふとももだった。夢のようだ。片岡は思った。
「待ってね。シャワーあびるから」
やがて沙織は片岡からはなれた。
浴室のそばのクロゼットで服をぬぎはじめる。片岡はベッドに腰かけてそれをみていた。沙織の率直さがうれしかった。
服とパンツを沙織はクロゼットのなかへしまった。ブラジャーとパンストとショーツだけになった。それもぬぎはじめる。
沙織は全裸になった。下腹部の草むらをみて、片岡は勃起した。
3
裸になって浴室へ入るまで、田島沙織はいっさいこちらへ目を向けなかった。
片岡淳一を無視しているみたいだった。
淡々と沙織は服をぬいだ。下着類をクロゼットのなかへおいた。白い裸身をみせつけるように、ゆっくりと浴室に向かった。
服をぬぐあいだ、沙織の下腹部の草むらは黒い短冊のようにみえた。彼女がこちらを向いた瞬間、それは逆三角形になった。彼女が浴室の扉の把手をつかんだとき、草むらは横に向けて立てた黒いブラシのようになった。
沙織は浴室のなかへ消えた。窓ぎわの椅子に腰かけて、片岡はため息をついた。草むらにばかり見惚れて、沙織の裸身の美しさを味わう余裕がなかった。均整のとれた裸身が、夢みたいに思いかえされる。
われにかえって片岡は腰をあげた。服をぬいで浴衣に着替える。冷蔵庫から缶ビールをとりだして、夜景をながめて飲んだ。おちつかねばならない。緊張しすぎると、セックスの持続力がなくなる。
それにしても、夢のような幸運だった。沙織が好意を抱いていてくれたなんて、まったく気づかなかった。
思いきって沙織をさそって、ほんとうによかった。きょう機会を逃せば、好意を寄せあったことさえ知らずにはなればなれになるところだった。人生はおもしろい。ちょっとした勇気をだせば色どりが変る。小さな決断のおかげで、片岡も沙織も大きな思い出をつかむことができるのだ。
沙織が浴室から出てきた。体にバスタオルを巻いている。椅子にかけたまま、片岡は両手をのばして彼女を待った。
微笑んで沙織は近づいてきた。上体をかがめてくちづけにくる。片岡は応じた。むきだしの肩と腕からむっと色香がおしよせてくる。タオルのうえから片岡は沙織を抱きしめる。適度なやわらかさと重みとぬくもりを、全身でたしかめた。
沙織をひきよせる。ひざに腰かけさせた。首すじや肩にキスしてやる。かすかな石鹸の香りと、湿った肌の感触にうっとりする。片岡は沙織の顔に見入った。
「あんまり見んといて。恥ずかしい」
沙織は上気していた。こわばった顔に、無理に笑みをうかべる。
「まだ信じられないんだ。田島沙織とこうしているなんて」
「私も。はっと気がついたらこうなってた。三年間もなんにもなかったのに」
「うれしいよ、思いがかなって。待つのが長かったから、とくに感激が大きい」
「店長に抱かれるのが夢やったわ。けど、まさかと思うてました。夢のかなうこともあるんですね、人生には」
はげしく抱きあった。あらためてくちづけをかわした。沙織の呼吸がみだれる。
沙織のふとももが片岡の男性を圧してくる。タオルがまくれて、ふとももがあらわになった。きれいな脚だった。ふくらはぎが張って、足首はひきしまっている。毎日勤勉に働いている女の脚だ。
乳房がタオルにおしつぶされている。片岡はタオルをずりさげようとした。沙織が手をおさえる。かぶりをふった。
「シャワーにいってきて。ベッドで待ってるから」
沙織は片岡のひざからおりる。ベッドに横たわった。
片岡は浴室へ入った。手ばやくシャワーをあびた。ずっと勃起したままである。水の雨をあびせて、昂奮をしずめた。いいセックスをしなければならない。沙織が人妻であることを意識していた。夫よりへたくそでは沽券《こけん》にかかわる。
腰にタオルを巻いて浴室を出た。まっすぐベッドへ向かった。
胸まで沙織は毛布をかけている。片岡は毛布を剥《は》ぎとった。悲鳴をあげて沙織は両ひざを折った。全裸である。背を向けた。そばへ片岡はとびこんでいった。
沙織はこちらを向いた。あえぎながら両手両脚で抱きついてくる。もう切なそうな声をもらしていた。抱きしめながら片岡は手で沙織の腰やヒップをなでまわした。
腰はひきしまって固い。ヒップは後方へ突きでている。ふとももは重くて弾力があった。妻の体とのちがいを片岡はたしかめた。結婚してから、何度かソープランドであそんだことはある。だが、プロでない女の体を抱くのは、はじめてだった。
気がつくと、沙織も手で片岡の背中や腰やわき腹をなでまわしている。夫の体との手ざわりのちがいを実感しているらしい。片岡は沙織の右手をつかんで、自分の男性へ誘導した。沙織の指が男性をとらえた。やさしく握りしめてくる。
片岡も沙織の女の部分へ手をやった。やわらかな草むらを素通りして、あたたかい、窪《くぼ》んだ箇所へ指がとどく。沙織は声をあげた。窪みは熱く濡れている。妻のその部分にくらべて、肉の厚い感じがある。
片岡は指を動かした。渦を巻くようにして人差指と中指がやわらかな深みへ吸いこまれていった。片岡はかきまわした。指さきを上向けて、空洞の上側の固い部分を圧《お》してみる。沙織は大きな声をあげる。片岡の男性から、もう手をはなしている。
空洞の上側に敏感な部分があるのは、片岡の妻とおなじだった。片岡は安心した。沙織を充分よろこばせてやれるはずだ。指を二本沙織のなかにすべりこませたまま、片岡は親指で真珠の粒をおさえた。手馴れた指の動かしかたになる。
沙織は目をあけた。茫然とした表情である。片岡の指の動きにつれて、体が揺れはじめた。上下に揺れ、左右に動く。片岡の指のつけねのあたりが熱くなってくる。
「ああ、おかしいわ。おかしい——」
うわごとのように沙織はいった。まだ茫然として目をあけている。
「どうした。感じないのか」
「感じる。すごく感じるの。知らんかったわ私。そこがいいなんて」
沙織はまた声をあげた。
片岡の二本の指で圧されている部分のことをいっているのだ。
夫がここにさわってくれないのか。指をつかいながら、片岡は訊いてみた。指をうけいれても快感がなかった。沙織はこたえた。指さきを鉤《かぎ》のように曲げて空洞の上方を圧す手管《てくだ》を、夫は試《こころ》みなかったらしい。
沙織の敏感な真珠の粒は、片岡の妻のそれより大きかった。固い粒が親指の腹をくすぐる。ころがすように片岡は親指をつかう。人差指と中指で、裏側から真珠の粒を突くような動きをつづける。
ああ、いい。うっとりと沙織はつぶやいた。ふとももの内側に力がこもったり、ゆるんだりする。指をつかいながら、片岡は彼女の乳房に吸いついていた。沙織は片岡の片手を握りしめる。はじめてよ、はじめてやわ。念をおすように彼女はつぶやいた。
二本の指さきへ片岡は力をこめてみた。苦痛がないか、心配になるくらいだった。
沙織の呼吸がはやくなった。大きな魚のように、白い体がおどりだした。
「そこ圧して。もっと。ぐりぐりして」
あとは言葉にならない。
あっ、あっと沙織は声をあげた。とつぜん硬直した。呻《うめ》いてのけぞってから、やわらかくなる。乳房から顔をはなして、片岡は彼女をみつめる。
沙織は目をとじていた。大きく息をしている。口から舌がのぞいていた。乳房をもとめる赤ん坊のようだ。沙織のこんな顔をはじめてみた。秘密を垣間《かいま》みた気分になる。やさしい感情が片岡はあふれそうになった。
愛撫を再開した。しばらくつづける。また沙織は頂上にたっした。こんどは反応が大きかった。沙織はのけぞって、上体を右へ左へ反転させた。シーツをかきむしる。太い声で呻いた。白い肌が汗でキラキラする。
もう一度、片岡は指を動かそうとした。沙織がその手をおさえる。片岡は沙織のなかから指をひきだした。抱きついてきて沙織は片岡の胸に顔を圧しつける。
「感じやすいんだな。指だけでいけるなんて」
「はじめてやもん。全然知らんかった。あんなとこが感じるなんて」
「よかったよ。いい記念になる。きみの性感帯の開発に役に立ったわけだ」
「私、恐くなってきたわ。店長がわすれられなくなりそう。追いかけて東京へいこうかしら。N社員に申請替えして」
「でも、N社員になっても、希望の土地にいけるとはかぎらないからな。山のなかの小さな町に送りこまれるかもしれないぞ」
「わあ、店長、恐いんでしょう。ほんまに私が東京へいったら、どないしよう思うてるくせに。どう。図星でしょう」
沙織は片岡の胸を指で突いた。
片岡は苦笑した。図星ではなくとも、的はずれではない。
「そんなことないよ。大歓迎だよ。マンションを借りてきみを迎えてあげる」
「心配せんでもいいですよ。私かて大人です。無茶はしません。けど、店長が大阪にいてはるうちは、私、わがままいいますよ」
沙織はあわただしく上体を起した。
4
あおむけに寝た片岡の両脚のあいだへ、沙織は正座した。
顔をふせてきた。男性を両手でおさえる。口にふくんだ。頭を上下に動かしはじめる。
髪がたれさがった。顔がかくれてしまう。かたちのいい乳房が揺れ動いた。
つよく吸いながら、沙織は頭を動かしつづける。ときおり舌をおどらせる。男性の頭の裏側を刺戟してきた。上手だった。片岡は沙織の姿をみつめながら快感に身をまかせる。全身の力がぬけた。男性にだけ活力がみなぎって、痛いほど固くなった。
片岡は口にだして沙織のテクニックを賞めてやった。片手で髪をかきわけて、いっそうあわただしく彼女は頭を揺すった。
やがて、沙織は男性から顔をはなした。深くうつむいた。男性の下方にあるふくらんだものへ舌をおどらせてくる。小さな生き物のように舌がおどる。ふくらんだものをもちあげて、それをつづける。
片岡は呻いた。下肢の筋肉がこわばる。新鮮な、くすぐったい快感である。
「どう。このへん感じる」
顔をあげて沙織は訊いた。
ふくらんだものの下方がすっと冷えた。唾液がかわいてゆく。
「すばらしいよ。九十点だ。すごく感じる」
「九十点ですかあ。あとの十は」
上体をおこして片岡は沙織の手をとった。
男性をとらえさせる。手を動かさせてやった。そうしながらいまの舌の奉仕をつづけてほしい。注文すると、沙織はそのとおりにはじめた。
申しぶんなかった。しばらく片岡は陶酔した。腹のなかから快楽がおしよせてきそうになる。必死でこらえていた。
とつぜん片岡は、思ってもみない異様な感覚に突き動かされた。彼は声をあげた。沙織の指がアヌスへすべりこんできたのだ。苦痛七分、快感三分がまじりあう。はじめて味わう感覚である。
沙織の右手は男性をとらえて動きつづけている。左手の人差指を彼女はこじいれてきたらしい。片岡は顔をあげて沙織をみた。じっと彼女は片岡の男性のあたりをみつめている。目がかがやいていた。玩具に夢中になっている子供のようだ。
痛いの。沙織は顔をあげた。すこし。片岡はこたえる。安心したように沙織は自分の手のあるあたりに視線をもどした。
片岡は声をあげた。アヌスの奥のほうからするどい快感がこみあげてくる。指を鉤《かぎ》状にあおむけて、突いてきている。奥深い性感が錐《きり》のようにねじこまれてきた。
ホモセクシュアルのよろこびはこれなのだ。片岡は思い知った。いても立ってもいられない感覚である。ひとりでに体が揺れた。苦しいくらいだ。思わぬ性感帯を片岡も知らされたことになる。
「すごいこと知ってるんだな。家でこんなふうにしているのか」
息を切らせて片岡は訊いた。後方からの快楽は、しだいに厚みを増してくる。
「本で読んだの。一度してみたかった。家ではこんなこと、せえへんよう」
沙織はたのしそうだった。
指さき一つで上司の片岡を悶《もだ》えさせている。勝ち誇った様子である。
片岡は起きあがった。これ以上じっとしていると、快楽をおさえきれなくなる。沙織の腕をつかんでひきよせた。あおむけに寝かせる。ひらかれたふともものあいだへ割りこんだ。沙織の両脚を高くあげさせて、肩にかついだ。男性を秘密の部分にあてがう。
ピンク色の花が咲いていた。あてがったまま片岡はそれに見惚れた。かたちのちがう二枚の花びら。上から覗《のぞ》く真珠の粒。花びらは肉が厚い。男性に左右から巻きついてくる感じがした。おしあてた男性が、まんなかへわずかに沈んでいる。
「はやくきて。はやく」
沙織はあえいでいた。両脚を高くあげさせたまま、片岡は入っていった。
動きだした。沙織のヒップの一部が片岡の下腹部に当る。餅《もち》のようにゆたかな感触である。男性のうける圧力はまだつよくない。沙織はかるく口をあけて目をとじている。
しばらく動いた。快感がすこし濃厚になった。やわらかな肉が男性にまとわりつく感触があった。この姿勢で動くと、男性をうけいれている箇所がかなり深いように感じる。沙織は大柄ではないのに、そこは深い。
片岡は思いだした。沙織をはやくオルガスムスにおしあげるには、体のなかのあの敏感な部分を攻める必要がある。両脚を高くあげた姿勢ではうまくいかないようだ。
男性を片岡はぬきとった。沙織をうしろに向かせる。這わせてヒップを高くあげさせた。丸く張った、合せ目のひきしまったヒップだった。脂肪のひしめく肌の感触をたしかめる。それから突きいれた。角度に工夫をこらして動いてみる。
「どうだ、当ったか」
片岡は訊いてみた。動きをつづける。
沙織はこたえない。男性の角度が効果的ではないようだった。
片岡は沙織からはなれた。その場へあおむけになる。うしろを向いて馬乗りになれ。彼は命じた。沙織は乗ってくる。ゆっくりとヒップをおろして男性を迎えいれた。
動いてごらん。片岡は命じた。沙織は動きだした。うまくいかない。男性が体からとびだした。あわてて沙織はやりなおした。夢中になって息をはずませている。
沙織は動きだした。前後に揺れる。コツがわかったようだ。ヒップを片岡の腹に落して動きつづける。
「当ったア。いま当った」
沙織は泣き声をあげた。
あわただしく動きだした。丸いヒップがはんぶんつぶれた恰好で前後に揺れる。
当ってるう。当ってるわ。沙織はもう夢中だった。とびはねている。
彼女の呻き声をきいて片岡は目をとじた。
5
転勤の前日になった。
片岡淳一はオフィスでいつものように朝礼をすませた。
転勤のことにはふれなかった。今夜送別会がある。パートやアルバイトをのぞく全社員が出席する。その席で挨拶すればよい。
あすはもうこのM市店へ出てこない予定である。正午すぎの新幹線に乗るつもりだった。妻子もいっしょである。
引越しの荷づくりはもう済んでいる。あした九時に、運送会社がマンションへ荷物をとりにくる約束になっていた。荷物をひきわたしてから新大阪駅へ向かうのだ。
朝礼のあと、片岡はいつものように店内のみまわりに出た。M市店もきょうかぎりだと思うと、やはり感慨にとらわれる。売り場の一つ一つに思い出がある。精魂こめて品揃えをやった。人の配置や商品のレイアウトにも工夫をこらした。それが報《むく》われて、東京の中枢部門に招かれたのである。
トラブルもたくさん経験した。ばかばかしくなったり、うんざりしたことも多かった。だが、いまはすべてをゆるせる心境である。努力を上にみとめられた。そのうえ、田島沙織にたいする長年の想いもかなえられた。過去の小さな苦労にこだわっては、贅沢《ぜいたく》というものだろう。
「店長、お元気で。たまにはM市店にもあそびにきてくださいね」
「残念やわ。いっぺん店長とデートしたかったのに。うちら、また失恋ですよ」
パートの主婦たちが声をかけてくる。
みんな片岡の栄転を知っていた。なかには反感を抱いた者もいるはずだが、一様にわかれを惜しんでくれる。すべてをゆるす心境は彼女らもおなじなのだろう。
食品売り場へ片岡はいった。田島沙織がユニホーム姿で商品の配置を指揮している。さっきまで彼女はオフィスにいた。そのときは気づかなかったが、疲れたような顔色をしている。風邪でもひいたのだろうか。
「どうした。しんどそうだな」
近づいて片岡は声をかけた。
沙織はふりかえった。微笑んでかぶりをふってみせる。睡眠不足なのだという。
「いよいよきょうかぎりですね店長。こうしていると、発《た》つのがいやになりませんか」
「まったくだ。立ち去りがたいよ。とくに食品売り場がなつかしい」
「ほんまですよ。スーパー・リュウエー広しといえども、ここのお惣菜コーナーほど美味《おい》しいもんがおいてあるとこはありません」
「まあ今夜は盛大にわかれを惜しもう。田島さんの歌をきかせてもらいたいよ」
そばにパートやアルバイトの女性がいる。秘密の話はできなかった。
送別会、二次会のあと沙織とデートする約束である。この近くのホテルの部屋で、沙織がさきに待っていることになっていた。
あれから三度、沙織とホテルへ入った。会うたびに、ベッドで沙織の魅力が増していった。いまわかれるのはいかにも惜しい。今夜はありったけの情熱をこめて抱くつもりである。
沙織はなにかいいたそうだった。だが、そばに人がいて、思うにまかせない。だれかに呼ばれて去っていった。かたちのいいヒップと美しい脚を見送ってから、片岡は食品売り場をはなれた。
十時ごろ、後任の店長がオフィスにやってきた。片岡より一年後輩の男である。数日まえから、彼は業務の引継ぎのためM市店へ顔を出している。きょうも一日、彼を相手にしなければならない。
片岡は後任の店長といっしょに別室へ入った。必要な書類を社員にもってこさせて、打合せをはじめた。三十分ばかりたったころ、部屋の電話が鳴った。受話器をとると、田島沙織からだった。店の近くの公衆電話を使っているらしい。
「すみません。じつは今夜ゆっくりできそうもないんです。田舎から姑が出てきて——」
沙織の声には張りがなかった。
三日まえ姑が田舎から出てきた。しばらく滞在する予定である。
姑には喘息《ぜんそく》の持病がある。夜中によく発作をおこす。看病しなければならない。昨夜もそれでぐっすり眠れなかった。夫はきょうから出張である。沙織は夜、家をあけるわけにいかない。送別会には出席するが、午後八時には帰宅しなければならないという。
「まいったなあ。では、もう会うチャンスがなくなるじゃないか」
片岡は体がしぼむ思いだった。
張合いがなくなった。だが、そういう事情なら無理もいえない。さまざまなしがらみを背負っているのが人妻なのだ。
「済みません。私、もう泣きたいわ。なんとか時間がとれるように、もう一度工夫してみます。おばあちゃんに睡眠薬を嚥《の》ませて出てくるとか——」
「たのむよ。当てにしてるんだから。このままではおれ、死んでも死にきれないよ」
後任の店長がそばにいる。くわしい打合せができないまま片岡は受話器をおいた。
いそがしい一日があっというまに終った。送別会は午後七時から。場所はM市内の鳥料理の店である。六時半をすぎたころ、片岡はデスクのかたづけを終えた。
田島沙織がそばへきた。つらそうな面持で挨拶をする。姑の容態がよくない。送別会へ出ないで帰宅しなければならないという。
「ほんとうに申しわけございません。いろいろお世話になりました——」
「いいんだ。人にはそれぞれ事情がある。今後も元気でがんばってください」
オフィスではなにも話ができない。
もう沙織に会えないのか。ほどよく脂《あぶら》の乗ったあの裸身を抱きしめるわけにいかないのか。片岡は胸もつぶれる思いだった。オフィスを出てゆく沙織の美しいうしろ姿を、悲しい欲望をこめて見送った。
予定どおり送別会ははじまった。三十分ばかりたったころ、片岡は電話に呼びだされた。期待をこめて受話器をとった。沙織からだった。片岡は目のまえがあかるくなった。
「時間がつくれるかもしれません。おばあちゃん、発作《ほつさ》がひどいから入院させてしまおうと思うんです」
昂奮をおさえかねた声だった。
近くの綜合病院へ姑を入院させる。病室にいれてしまえば外出できるはずだという。
「ほんとか。じゃ、いつもの店で連絡を待ってるよ。十時半には入っている」
「わかりました。どうしても私、会いたいの。最後やもん。このままやと、あしたから仕事が手につかんようになるわ」
沙織の肌のぬくもりが伝わってくる。
人妻のはげしさが片岡はうれしかった。全身の血があらためて沸《わ》き立った。
九時に送別会が終った。数人の男子社員といっしょに片岡は二次会へまわった。
十時半、まだ飲みたそうな社員たちをふり切って彼はわかれた。沙織と約束したスナックバーへ駈けこんだ。情事のあと、いつも二人で立ち寄った店である。
片岡が席につくのを待っていたように電話が鳴った。沙織からだった。
「ごめんなさい。やっぱり出られへんの。付添うようにってお医者さんにいわれて」
沙織は泣きそうな声だった。
姑はいま眠っている。だが、発作は睡眠中でもおこる。朝までそばにいてやるように。医師にそう指示されたらしい。