饭饭TXT > 海外名作 > 《甜蜜的房间 甘い蜜の部屋》作者:[日]森茉莉【完结】 > 《甜蜜的房间-甘い蜜の部屋》作者:森茉莉.txt

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作者:日-森茉莉 当前章节:15633 字 更新时间:2026-6-23 06:49

 家政婦の柴田が、生温《なまぬる》い牛乳と、水薬とを持って枕元に現れると、モイラは強く口を結び、大きな眼を白くして、上目遣いに柴田の眼を睨んだ。

 モイラは黙っていたが心の中で、言った。

(パパが帰ったらいいつけるよ。あたしがどの位パパに気に入ってるか知ってるだろう?)

 家政婦の柴田はそのモイラの言葉がすべてわかったかのように、脣を意地悪げに曲げる。そうして言うのだ。

「モイラさま。これを召上らなければお病気はよくなりませんよ。パパさまがどう仰言っても、お医者様のいう通りになさらなくては駄目でございますよ」

「パパの方がえらいよ。稲本先生より。稲本先生はパパのお祖父《じい》さんに可哀がられてたんだよ」

「そうですか。じゃあお勝手になさいまし。その代りいつまでもお熱が下《お》りなくてもいいんですね」

 モイラは乱暴に寝返りを打って、柴田にその小さな、円みのある背中を向けるのだ。

 柴田に背中を向けると、モイラは彼女に隠してある小さな手鏡《コンパクト》を枕の下に一層深く押しこんだ。すでに小さな〈女〉を感じさせる。汗で湿った、小さな腕で、わからぬように注意して押しこむのだ。手鏡《コンパクト》は林作にひそかにねだって買って貰ったものである。

(柴田に見つかれば奪《と》られるわ)

 モイラは心の中で、呟くのだ。

(なんてにくたらしい子だろう)

 柴田は心に呟いて、牛乳の洋杯《コツプ》に紙の蓋をし、水薬を壜に戻して洋杯《コツプ》を伏せると、義務は終った、というように、立ち去るのだ。

 家政婦の柴田がモイラの嫌いなものを運んで来る時、内心に歓びを隠しているのを、モイラは知っていた。彼女はモイラに牛乳と水薬とを持ってくる時、単にそれらの飲みものを運んでくるのではなかった。モイラの嫌いなものをそれと一緒に、運んで来た。それは道徳である。彼女の顔の表情から、彼女の言葉のニュアンスから、彼女の一切にはいやな道徳の匂いがした。

 道徳の匂いを体につけ、それを相手に押しつけようとする人間は、それを相手が厭がるほど、気分がいい。そういう隠れたものを、モイラはなんとなく会得していた。

 モイラの心を蔽っている硝子が、特に手ひどく跳ねかえすものに、道徳の匂いが、あった。道徳も、守らなくてはならないことにおいて、義務に似ていた。これも嘔気《はきけ》のある時、家政婦によって無理やりに飲まされる、生温《なまぬる》い肉汁《スウプ》や、丸薬に、似ていた。

 道徳の匂いをさせているものを、モイラはすべて嫌悪した。〈道徳〉と書いた旗をおし立てて迫ってくるものをみると、反射的に嫌悪が走るのだ。浄《きよ》らかな、〈聖なる人々〉が、道徳の匂いに目鼻を弛め、またたびを嗅《か》がせられた猫族のような恍惚を示すのとは反対に、モイラの胸は嫌厭で硬くなるのである。どうしてそうなるのかわからなかった。動物的な本能で、モイラは道徳の匂いをさせ、道徳的な面を被《かぶ》ってくるものに、反抗した。贋ものの匂いのする道徳を、自慢げにひけらかす、家政婦の柴田の言葉や、家庭教師の御包の説教を、モイラは嫌悪した。道徳の匂いのする人間、そういう人間の皮膚や爪、着ているもの、すべてに向って、モイラの心の中にあるものが反撥した。モイラの中にある反撥心の棘《とげ》は全部、逆立った。

 道徳は厭な匂いがした。モイラに向って迫ってくる道徳的雰囲気は、モイラの嫌いないやな匂いのする食物《たべもの》に似ていた。

 モイラは肉桂《ニツケ》が嫌いである。カルルス煎餅《せんべい》の中にある、苦い芳香を持った穀粒《こくつぶ》、山椒や柚子《ゆず》、又は山葵《わさび》なぞの匂いのする餅菓子、パン・デピィスの中のエピィスの芳香、それらのものを、モイラは嫌いだった。モイラに道徳を押しつける人間にはそれらのような匂いが、あった。

 道徳は厭な芳香を、持っていた。

 道徳の匂いをさせている女は、テカテカした光沢のある、白く透《す》き徹《とお》った皮膚、又は濃く紅い皮膚を持っているのが多かった。それは不愛想な、親しみのない皮膚である。彼女らの声は多くは鼻へぬけ、細く、高音で、牝馬の嘶《いなな》きに似ている。彼女たちは又、細く長い、骨っぽい腕を持っていた。彼女らの腕の内側は、気味悪く滑《す》べ滑《す》べしていて、煖炉《だんろ》や炭火などに長くかざしていると厭な、紅い斑《まだら》模様を表した。紅くない部分は酒精《アルコール》に浸けた解剖体のような薄黄色い生白さを現すのだ。その生白い色は、巴里《パリ》のミュゼ・グレヴァンにある犯罪場面を再現した、蝋人形の体色にも、似ていた。

 モイラはそれらの女の面憎い、愛嬌のない顔つきを嫌い、牝馬のいななくような声を嫌い、彼女らの紅い、テラテラした頬の皮膚を憎んだ。又そのぽきぽきした、細い腕を、憎んだ。それらの、道徳の匂いをさせながら迫ってくるような女は内側に、嫉妬と、そこから生ずる小さな悪意、という、最も相手を不快にする悪徳を、隠し持っていた。それらの女の眼は、やさしい微笑《わら》いの中で、冷たい光を出して、モイラを視た。その眼は小さなモイラを、憎みさげすんでいるように見えたが、その冷たい眼の底には醜い嫉妬が、あった。不快な無恥が覗いていて、それは悪い蛇のように、とぐろを巻いていた。それらの中の一人である家庭教師の御包は、その卑しい根柢を、見透かすような眼で彼女を見詰め、そのまま彼女から離れようとしない、モイラの眼を、見返した。そこでモイラを憎悪した女の眼は、醜い正体を現すのだ。モイラとの間に、そういう秘密な眼差しの取引きを交した後《あと》では、彼女は彼女たちの会話の間々に、隠語や符牒《ふちよう》を使って、モイラの父親の蔭口を言ったり、彼の秘密らしいものに触れたことを口にする。そんな時彼女たちは傍にいるモイラを、意識した。そうしてチラと、モイラを見|遣《や》り、軽蔑した微笑《わら》いをした。

 モイラの家に出入りしている、鴨田《かもた》という、五十がらみの男がある。林作の為に銀行や税務署などの雑用をする男である。これも道徳の匂いをさせる男である。鴨田はゆっくりと、威厳を保って歩いた。御包たちが品がいいと称する半白の癖のある髪を七三に分けた、小太りの顔には、寛容を示すにこやかな微笑いが絶える時なく浮んでいる。モイラはその男の、張りつけてあって剥《は》がれぬのではないかと、思うような微笑に眼をあて、誰もいないところでも、睡っている時でも、あの微笑いは取れぬのだろうかと疑い、凝《じつ》と男の顔から眼を離さずにいると、男は脣を曲げるようにして微笑いを止《と》め、苦い、いやな顔をして、モイラを見たのだ。モイラは恐れて眼を離し、そこから逃げて行ったのだ。にこやかに微笑い、厚ぼったいその掌《て》で、そっと撫でるような風にして話す鴨田の、蚯蚓《みみず》の色に似た脣からは、モイラが父親の傍《そば》へ行く時に嗅《か》ぐのとはちがった、不快な煙草の匂いがした。モイラは鴨田の、優しげに微笑う口元の形と、頬の、しんわりした皺とに、下卑《げび》た、不快なものを感ずる。

 或夏の暑い日、鴨田が、パンティだけでいるモイラの、滲《にじ》んだような小さな乳暈《にゆううん》に囲まれた、雌猫のような乳首に眼をあて、次に、モイラが護謨《ゴム》が強《きつ》いので、小さな両手の指を入れて、下へ摺《ず》らすようにしていた、真新しい下着の辺りに、その眼を移した時、モイラは異様な不快を、覚えた。父親の林作が、モイラを、そのウェストミンスタアの香いのする膝に抱いて、背中を愛撫したり、オオ・ドゥ・コロオニュを入れた水で、汗を拭き取ってくれたり、又は下着の護謨《ゴム》で紅くなった痕《あと》に、ワゼリンを塗ってくれたりする時には覚えなかった、ひどく不快な感覚である。

 六歳と八ヶ月のモイラは、自分が女の性を持っているのだということに、既に漠然とした意識を、持っていた。そういうモイラは自分を溺愛する父親を意識していて、父親をはじめ、自分を見る多くの性の異なった人間に、自分が気に入るのだという確信を、曖昧模糊《あいまいもこ》とした中で、捉えていた。無意識な、モイラ自身にも理由のわからぬ、自信である。

 モイラは自分がどうやって生れたかは知っていないし、肉親という言葉も、まだ知らない。だが自分が、写真で見る母親と、林作との間に生れた、彼らと一つ体のような人間なのだということを、どこかで、知っている。その一つ体の林作や、母親の繁世の噂を、尊敬のない表現で喋っている御包や柴田を見つけると、モイラは傍《そば》に立って凝《じつ》と視ていた。モイラが大きな眼を動かさないで、凝と視ていてやると、彼女たちは話を中断して、一寸《ちよつと》気になるような眼でモイラをチラと、見返る。そんな時、勝ったのは自分だという想いが、どこかでモイラを捉えている。モイラには、自分は決して負けないのだ、という自信が、どういうわけか、あった。

 そういう時の眼と同じ自信が、モイラが、自分より幾らか上の年齢の男の子を見る時にふと、放射している。ただ意味なく、モイラが暈《ぼんや》りしている瞬間、モイラの捕獲網が、そこにいる男の子に向って、投げられていた。男の子が特別な注意を払って自分を見たり、黙って、隠《かく》しから蝋石《ろうせき》を出して、モイラに呉《く》れたりする、そういう特別な注意と親切な行為が、自分がその子を見たからだと、モイラはいつからか、知るようになった。大きな大人の視線を捉え、眼と眼との闘いをやって負かしてしまうのも、捕獲網のような視線を投げかけて、男の子の関心を掴まえるのも、同じモイラの眼である。モイラが自分の眼を、捕獲網だと、知るようになってからは、(それは十二三の時からだが)モイラは男の子を視る時、大きな自信を持っていて視るように、なった。自分が男の子の方を見れば、殆どの男の子が、何かを感じとった眼差しになることを、何度か経験すると、モイラの、男の子を見る眼はいよいよ無関心になり、懶《ものう》げになった。そういう時、モイラは思っている。(この子に気に入らなくってもいいわ。そんなことはどうでもいいんだわ)と。そう思っているモイラの感情が、モイラの内側から、滲《にじ》み出るように現れている。それが一層、相手の関心をモイラに集中させた。

 その、モイラの眼が持っている、力のようなものも又、モイラの硝子の部屋に原因を持っていた。つまり、他人の感情が薄くなり、鈍くなって、モイラの中に入ってくることと、モイラの中から出る感情が、硝子の壁を出る辺りで、どんよりとした雲に包まれてしまうこととが、そのモイラの眼を造り出している。

 どんな時でもモイラは、(どうだっていいわ)という、なげやりな、懶い気分に支配されていた。そんなところから、男の子を見ている時の、(この子にすかれなくったっていいわ)という気分が、出ている。(すかれなくったっていいわ)という気分は又(好かれたってなんでもないわ)という、気分にも通じている。

 そのために、モイラが男の子を見る眼の中にある無関心は深くて、その(どうでもいい)という気分には、内側から滲み出るようなものがある。濡《ぬ》れていて、附着しやすくなったもののように、相手の心にまといついて行くようなものがある。モイラ自身がまといつこうとする意志を持っていないために、その粘着力は強力である。

 すべてに深い関心を持たない、というよりも、持つことが不可能なモイラの、相手の注意を引きつける力は、無限のように見える。その力のようなものは、モイラにたち向おうとする相手の闘志を甚しく弱める。大きくなったモイラに、愛情の意思表示をあえてする男は、強烈なものを持った男に限られた。

 すべてに深い関心を持たないモイラは、よくものを忘れた。モイラがものを忘れるのも、根本はモイラの、(どうでもいい)という気分から出ていた。ひどく大切にしているものでも、(なくなったっていい)という気分が、どこかにあって、それでモイラは、何かを忘れる。大切なものを置き放しにして、忘れていた。

 モイラはよく嘘を吐《つ》いたが、嘘を吐く原因も、その、すべてに関心の薄いところから来るらしく、思われた。何となく、嘘を吐くのである。全く理由のないところで、モイラは嘘を吐いた。例えば、モイラは親類の家に行って、従姉妹《いとこ》や、その友だちなどに会う。そんな時モイラは、前の日にしたことについて彼女らに話をする。前の日に林作に伴れられて料理屋に行った話をしている途中で、モイラは(赤い洋服を着て行った)と、言おうとするのだが、いつのまにか(白い洋服を着て行った)と言う言葉が、口から出ている。どうしてそう言わなくてはならないのか、モイラには全く、わからないのだ。白い洋服を欲しいのだが白い洋服がない。それで白い洋服を持っているように見せよう、というのなら、わかる。それなら大ていの子供が吐《つ》く嘘である。モイラの場合はそうではなくて、紅でも、白でも、完全に、どっちでもいいのである。これもモイラの、(どうでもいい)という精神の現れであるかも、知れないし、又義務への反抗であるのかも、知れない。人間というものは、嘘を吐いてはいけないということが、どこかで、何によってか知れぬが定《き》められている。絶えず、真実《ほんとう》のことを言わなくてはならない。という、教師や御包が、神の命令を取り次ぐようにして押しつける、義務のような固いもの、掟というものに不快と反感を感じていることが、そういう妙な嘘言になって現れるのかも、知れない。

 家庭教師の御包と、御包の真似をして、モイラを教育する気になっている柴田とは、そのモイラの嘘を見つけると、凱歌をあげて、眼を光らせた。そういう時、彼女たちの体全体の細胞は活気を帯びたようになって、生き甲斐をみつけた人のようになる。彼女たちはモイラを掴まえて、説教をはじめる。そういう時の彼女たちのようすは、神の代弁者のような威厳を見せるが、その威厳の裏側で彼女たちは、鼠《ねずみ》を弄《もてあそ》ぶ猫の快感を駆使している。それがモイラにはわかっていて、モイラは彼女たちには嘘を吐《つ》くまいとする。だが、自分の意志が働かないところで何かが働いて、いつのまにか、モイラは嘘を吐いていた。彼女たちは、林作にそれを、勿体らしく報告することも忘れなかった。

 林作はそんな時、黙って聴いていて、解った、というように二三度、頷いた。そうして、「まあその内に直るでしょう。知らずに吐《つ》くようだからね」と、答えた。その林作の返事は、彼女たちには物足りなかったが、自分たちを立てていることは明らかなので、どうしようもない歯がゆさを、我慢するよりなかった。林作は、彼女たちの報告を聴いている時にモイラが入って来るようなことがあっても、モイラに向ける、微笑《わら》いを止《や》めようとはしなかった。林作が、モイラの、理由のない嘘を吐く癖を、ひどく可哀らしいものとして、受けとっているということを、林作が何も言わなくても、モイラは捉えていた。それは温い温度のように、伝わってくる。そういう場合の林作の愛情はモイラに、甘い、気持のいい、モイラにはまだわかっていないが、セクシュアルな響きのような、恍惚《うつとり》としたものを、伝へる。そのモイラの充実した想いは同時に、反対な作用で家庭教師たちに跳ね返って行って、彼女たちのモイラへの、まるで対等な女に向けて抱くような嫉妬は、深められて、行った。生れる前から家庭と、退屈と、不味《まず》い料理に浸してあった女のような柴田と、母親の腹の中から正義と贋道徳で固まっていたような御包とは、渋面を造って、各自の部屋に、引き上げた。林作が高給を与えて、一応の礼をもって迎え入れたのにも拘らず、どうやら自分たちを尊敬していない様子なのも、彼女たちの気分を害するのだ。

 そういうようなことがある度に、モイラの自信のようなものは、少しずつ強く育って行く植物のように、モイラの中で大きくなって行って、その妙に力のあるものはいよいよモイラの中で、膨らんだ。

 それにしてもモイラの、いろいろな性質とか、癖とか、それらの、モイラの持っている特徴というものがすべて、モイラの胸の中にある硝子の部屋に源を発していることは、どうやらたしかなことのように、思われた。

    *    *

 モイラはやがて七つになり、小学校に入学した。お茶の水の高等師範学校の附属小学校である。

 鍔《つば》のうねった毛皮の帽子を後《うしろ》へひいて被《かぶ》り、膝小僧までの短い冬服に、それに被さる程度の、これも短い毛皮の、ケエプ風な洒落たマントの下から、木綿の長靴下の形のいい脚を見せて、モイラは立っていた。胸と背中に、たてに簡単な襞《ひだ》をよせただけの白フランネルの冬服の他は靴下まで全部栗茶で統一され、帽子には同じ色のタフタのリボンが豊かに襞を寄せて取り巻いている。

 どこか思い上がったような、気品のあるその姿は、中世の騎士《ナイト》か、小姓《パアジユ》のように見える。

 校庭の藤棚の下である。

 枯れた藤の豆殻《まめがら》が混った砂利《じやり》をけたたましく鳴らして、駆け廻っている七八人の同級生の群を視ているモイラの方へ、時折そっちへ向く顔が、お河童《かつぱ》を振り乱しながら一瞬止まっては「牟礼《むれ》さん」と言ったり、「入らないの?」などと言うが、どの顔も幾らかモイラを興《きよう》がっているような、冷笑しているようなところがある。一寸偸み見るようにする顔もある。いつも黙って、凝《じつ》と人を見詰めていて、教室で、教師に指されても、のろのろと立ち上がり一寸黙っていてから答えるのが、彼等の興味と冷やかし笑いの原因である。

 モイラはそれを知っているので仲間の誘いには意《こころ》が全く動かないもようで、暈《ぼんや》り眼を開《あ》いているが、その潤《うる》んだような眼は、先のなだらかな短い鼻へのかかり、接吻を待っているような、少し開《あ》いた脣にも、どこかに取り澄ましたような表情がある。これは親類の家なぞで、従姉妹たちにする表情で、自分をぼんやり扱いをする人間に向う時に、どこからか湧《わ》いてくる、自分の父親の林作の自分への礼讃と溺愛、その他いろいろな優越感から出る顔である。

(あんたたちなんか)

 モイラは腹の中で、言っていた。

 モイラは自分の父親の林作が、他の子供の父兄の中で際《きわ》だって一人立派に見えることや、広い西洋建ての家、外国から来た洋服や靴、すべてが特別な自分の持ちものや、生活と、友だちの家や、持ちものとの間に非常なちがいのあることを、それでなくても意識していた。

 最初の頃、男の子たちの中の悪童連が、モイラの一人だけ変った服装を面白がり、大声で囃《はや》しながらモイラの後《あと》を蹤《つ》いて歩いたが、林作が教師に会って話したのと、蹤いて歩く仲間の首領分の子供が、モイラの綺麗な髪や顔、すべてのようすにだんだん一種の畏敬のようなものを抱くようになったのとで、その騒ぎは、止《や》んだ。男の子たちはモイラの持って行く弁当に、驚異の眼を集めていた。籐《とう》で編んだ角《かく》い籠の中から出てくる、丸形|艶《つや》消しのニュウムの二重になった弁当箱や、バタで炒《い》った卵、白い、蒸した魚とソオス、林檎の砂糖煮、なぞの珍しい食べもの、特に薬壜に入った、少量のレモンの絞り汁と砂糖とを入れた湯ざましには憧《あこが》れを持った彼らは、昼の時間になると、モイラが食事を終るのを待っていて、各々弁当箱の蓋を持ってモイラの席の前後《まえうしろ》に、ひしめいた。モイラは一寸厭そうにするが、不器用に壜を持って、少量ずつ、注《つ》いで遣る。彼らはモイラのレモン湯を〈いい香いの水〉と呼んでいて、中にはそれを飲み込んだあと、眼をつぶって仰向《あおむ》き、胸を撫で下ろして、何かのいい香いをかぐような、陶然とした顔を造る子供もいた。

 モイラは平常《いつも》のように、誘いかける少女を無視して、くるりと向きを変え、門の方へ歩き出すと、岡安、細川、青柳の三人がばらばらと来て取り巻き、

「牟礼《むれ》さん、明日の日曜どこかへ行くんでしょう?」

 なぞと、口々に問いかけたが、モイラは、

「わからない」

 と一言《ひとこと》呟くと、マントの前に、縦に開《あ》いた穴から、白い冬服の腕を長く出し、五月蠅《うるさ》そうに子供たちを押しのけるようにして、門の方へのろのろと、駆け出した。

 砂場を通りかかったモイラは、砂場の隅に、自分のなくした大きな護謨鞠《ゴムまり》が頭を出しているのを見つけた。鞠を拾ったモイラはふと、人影を見たように、思った。見ると砂場のある広い運動場の遥か向うに二人の人影があった。三年の受持の野中満千《のなかまち》と、理科の教師の堀田である。二人は向い合って立ち、何か言って笑っている。野中満千は上半身を前へ屈《かが》めるようにして頸を反《そ》らし、顎を突き出し、書物を後手《うしろで》に腰に廻して持って、甘えるように笑っている。一寸|嗄《しわが》れて太い、だが男をそそるような声が聴えるようだ。

 辺りは薄闇の中に既《も》う、暈《ぼんや》りとしていた。

 モイラは何故か二人が此方《こつち》を見ない内に、行かなくてはいけない、という気持に追い立てられて、砂場を出たが、靴の音がして、先刻《さつき》の連中が門の方へ行くのを見ると、急いで鞠を抱え直してそっちへ駈け出した。

「あら、どうしたの?」

 細川と青柳が同時に言ったが、モイラはいつものように黙って彼女らを見ただけだ。

 声をかけた二人は首を寄せ、何か言ったらしい。二人はもう一度モイラを見ると、モイラの足ののろいのを嘲るように、素ばしこく駈け出し、モイラはその後《あと》からのろのろと、走った。

 モイラは学校というものに反抗していた。男も女もいる教師たちは、御包や柴田よりは真実《ほんとう》の道徳を持っているように見えた。だが高等師範学校という名の学校であるだけに、全国から選《よ》りすぐった優秀な教師が集まっていて、中学を教えていても立派に勤まるような、五十七八か、六十|絡《がら》みの男の教師もいた。だが彼等といえどもモイラを早速《さつそく》理解することは、むずかしかった。

 モイラは学校でも、〈モイラ〉を発揮していて、絶えず他人《ひと》のすることを凝と、見ている。教師が指名しても、すぐには答えない。教師の顔を少間《しばらく》凝と視ていてから、気がないような、返事をした。それが教師には、絶えず何か、他のことを考えているように見え、不熱心な子供という印象を、与えた。モイラは絶えず、気が散っているようすで、心がそこにない、といった具合である。

 窗から見える空とか、藤棚の一部を見ていて、名を指すと慌《あわ》てたようすもなく向き直るので、教師によっては横着な、可哀げのない子供のように、思った。数学と体操を除いては、学科は全部いい成績で、とくに国語は得意で、書き取りなぞは答案も、他の生徒の半分の時間で済ませるが、時間が余ると本を屏風《びようぶ》にして、好きな人形の画を、描き始める。人形を描き始めると、夢中になって、自分が教室にいることも、授業時間だということも忘れ去っていて、後《うしろ》に教師の跫音《あしおと》がすると慌てて隠そうとして、発見されるのである。教師には従順だし、悪い悪戯もしないが、教室内の行儀は出来の悪い子供や悪たれ小僧と同じ水準にいるようなものだ。教師にもそれが性格的なもので、モイラ一人に掛り切った上で、よほど熱心に教育したとしても、矯正はむずかしかろうということが、だんだんに、判って来た。

 教師は林作に来て貰って、それを話すのだが、そんな時教師は林作の顔に、子供の善行をきいた父親の顔に浮ぶような、愉《たの》しげな微笑が浮ぶのを、度々見た。しかも林作を呼ぶことが度重なって、林作が学校へ来るということが珍しくない、常住のことになって来た時、教師はモイラの様子を見て、この父親にはモイラを矯正することが不可能なのを、悟った。林作が教師との対談を終って、モイラのいる教室の前の廊下を通りかかったり、運動場を通ったりすると、モイラは忽ち父親に気を奪《と》られ、運動場を通る場合には、辺りかまわず傍へ駆けて行くように、なっていた。

 林作が又、家にいる時のように、モイラを抱き上げこそしないが、溢《あふ》れる微笑を隠そうともせずにモイラを迎え、モイラの傍に蹲《しやが》みこんだ。そうして黒い二重廻しの翼を開いて、その中でモイラを軽く抱き寄せる。それが放課後だと、モイラの肩に手をかけて教師の方に向けて礼をさせ、手をひいて立ち去るのだ。林作のその様子には、母親のような細かさが見え、湯にも入れて遣《や》ったり、絶えず何かして遣っている密接な関係が、窺われた。

 牟礼林作は浅黒い、西欧中世の、古武士のような顔立ちをしている。武士のような感じだがこなれた様子をしている。太い三角形に見える眼は表情に溢れていて、頬から口元の辺りに、影のような微笑が掠《かす》める時が特に美しい、男である。西欧の武士に日本の男の渋味を被せたような男で、京都で買ったものか、暗い緑に何やら細かい地紋の角帯が浅黒い顔に調和している。

 林作は貿易商には珍しく独法を出ていて、学者らしい風貌を持っているが、かなりの遊び手で、京都の弟の家にほんの三四日滞在する間にも祇園なぞで遊んで来る。着るものにも独特の凝り方をする男だ。

 若い時父親の大作と伯林《ベルリン》に居たことがあって、洋服は濃い灰色に、外套《オオヴアア》も同じようなのを着、軍医の襟章のような暗い緑の角《かく》いドット風の模様のあるネクタイに、甲虫《かぶとむし》を加工したネクタイピンなぞをしている。服装のことなぞに関心のない学校の教師もどこか普通《なみ》とは異《ちが》った、渋い重みのようなものを、くだけた様子をしてはいるが、内側には骨のある人物、という印象と一しょに受けとったが、相当の遊び手である林作の一面が、ふとした時に感じとれる時には、底のわからぬものに打《ぶ》つかる感じを否み得なかった。

 教師は黒い二重廻しを着た林作の、後姿と、寄りかかるようにして行くモイラの、毛皮の帽子にマントの、小姓《パアジユ》のような姿を見送っていて、あまり見たことのない緻密な父と娘との美しい影像に、思わず知らず一種の感動を覚えた。そうして、モイラの悪癖の矯正は不可能であるのを、改めて知ったのだ。林作は家庭教師を置いていると言っているが、母親のない家で、父親が娘に溺愛を傾けている、そういう家での家庭教師の効果は、強力なものだとは思われなかった。第一林作は家庭教師を学校へ寄越すことを、しないのである。

 自動車《くるま》で通わせるのは、この学校の性格からもよくないと考えた林作は、モイラの入学と同時に、近くの俥宿から喜三郎という車夫を通いで、常雇いにした。喜三郎は放課時間には来ていて、正門わきに俥を置き、独逸製の毛布を、韃靼《ダツタン》人のように襟から被って前を掻き合せ、パッチに地下足袋の足を寒そうに揃えて、蹴込《けこ》みに腰をかけて待っていた。

 林作が一緒なのを見ると喜三郎は慌てて起ち上り、林作が座席に上がると、モイラを後から抱き上げる。外套の蔭の真白な下着のスカアトとパンティの中から、栗色の長靴下の脚をくっつけて泳がせるのが見え、モイラが林作の膝に後向きに乗ると、喜三郎は毛布でモイラの胸の辺まで包むようにして、掛けてやり、やおら梶棒を上げて走り出すのだ。

 林作は又、図画や理科なぞの時間に桜の花が要るから、花の小枝を持って来るようになぞと言う教師の命令があると、花屋で一抱えもある枝の束を買って学校に届ける。自分が俥で持って行くこともある。教材として使った後《あと》の余った分は音楽室、教員室なぞに、飾られた。モイラの組の中に背の高い、骨格も大きい黒岩というのがいて、それが、林作が桜の枝を蹴込みに乗せて現れると、

「牟礼さんのお父さんだぞ」

 と大声で言いながら、砂利を軋《きし》ませて挽《ひ》き込まれる林作の俥の後から、追い縋《すが》らんばかりに、走った。智能が一人だけ特に低い子供だが、腕力があるので恐れられている質屋の倅である。名は庄吉と言った。庄吉は拳骨《げんこつ》を振り上げて見せては、モイラの手から薄青い消し護謨《ゴム》、小さな缶入りの紙石鹸なぞを、奪《と》り上げた。そうして、

「先生に言うとこれだぞ」

 と又、拳骨をふり上げて見せる。

 或日の午後、手ののろいモイラが一人教室に残って、机の中のものをランドセルに入れているところへ、黒岩が入って来た。そうして例のように、丸善の独逸製の鉛筆と、輪になっていて、刷毛《はけ》のついた消し護謨とを奪い、拳骨を突きつけた。モイラは、黒岩を恐怖したが、時折偸み見るようにして見ていると、黒岩にはモイラをしん[#「しん」に傍点]から恐怖させるものがない。学科が何も出来ない黒岩は両手を隠しに突込んで辺りを睥睨《へいげい》しているが、授業時間の間は大きな上体を竦《すく》めるように伏せていて、自分の前の席の子供が手を上げようとすると、小声で脅して、中途で手を下ろさせたりしているが、威張《いば》っている時でもどこかに、小さくなっているところがないでもない。だが打《ぶ》たれるという恐怖がすべてを圧倒するので、モイラは、口惜しさを潜めた眼で黒岩を凝と、見上げた。黒岩は何故か眼の底に一寸|怯《ひる》んだ色を見せ、「お父さんにも言うな」と言って、拳骨を下ろした。モイラは紅いフランネルの短い洋服の下から長く出た黒靴下の脚を幾らか開いた形で立ち、脣を固く結び、眼に涙を溜めて、チラとモイラを見てから教室を出て行く黒岩の後姿を、凝と、見送った。

 それはモイラが入学してから一月半程|経《た》った五月の末のことで、藤棚の藤が盛りを過ぎ、温かな風に絶えずかすかに揺れている午後である。モイラはまだ固く脣を結んだまま眼を伏せると、又残った道具をランドセルに移しはじめた。

 モイラは黒岩に怯んだ色があったのを、見逃してはいなかったが、その理由はわかっていない。負けるのを口惜しいと思うモイラの心が、モイラから発する途端に鋭さを失って、鈍い色を塗られ、それが重く見開いた眼の中で却って黒岩を怯ませたのだということを、モイラは知らない。

 口惜しさと恐怖を喜三郎にも告げないで、柴田や御包には勿論、女中のやよにも言わないでいて、じっととっておいて、林作が帰ったら二人だけの時に言おうという、一心籠めた心持を、小さな胸に一杯に潜めながら、モイラは紅いフランネルの短い合服《あいふく》の下から出た黒い靴下の細い足で、五月の温かな風の中を、のろのろと正門まで、走りつづけた。

    *    *

 モイラの組の子供の中にも一人だけ、モイラをみて嗤《わら》うようすのないのがいた。入学式の日に、他の父兄や子供たちに混って、林作にくっついて立っていたモイラは、自分の直ぐ横にいる女の子と、何度か眼が合った。祖母らしい老女に附添われている。その子供も、モイラも眼を合わせては直ぐ外《そ》らせてしまった。

 その子供の、闇の中を見詰めているような暗い、大きな眼は、その後も度々、モイラを見詰めているのを、モイラは知っていた。

 或日藤棚の、横に捻《ね》じれて匍ったような、藤の幹の傍に立っていたモイラは、すぐ傍へ来て、自分を見ているその子供に気づいた。辺りに他の子供はいなかった。

 教師がその子供を野原《のばら》さんと呼んでいるのを、モイラは知っていた。モイラに負けぬ程眼が大きい、狆《ちん》のように顔の短い子供である。その時はモイラが人形を描いていたことで教師に注意された直後の休み時間だった。それで含羞《はにか》む気持が強く動いていて、モイラはその子供が早く向うへ行けばいいと希《ねが》う気持があったが、子供はじっと立っていて、モイラを見ている。子供の眼の中には、他の子供のような、いかにも利口そうな痛いきらめきがなくて、そのきらめきの代りに重い、くぐもったような光がある。その眼はモイラが手鏡《コンパクト》を覗く時の自分自身の眼にどこか同じところがある。モイラの警戒心が弛んだ。

(この子はあたしと同じ子だ)

 そう思った時、向うの子供もそのモイラの心の動きを、素早く、捉えていた。瞬間その子供とモイラとは同時ににっと、微笑《わら》っていた。

「あなたは何処《どこ》の子?」

 野原野枝実《のばらノエミ》はモイラのこの高圧的なものの言い方に一寸怯んだように見えたが、眼を離さずに、言った。

「あなたの家のすぐ傍《そば》」

「ふうん」

 モイラは藤の幹に寄りかかり、幹に肩で甘えるようにしながら、体をくねらせて、野枝実《ノエミ》を見た。ノエミは好奇に充ちた眼で、藤の幹に体をよせて、くねっているモイラを、みた。モイラは話したいことがあるようだがうまく口へ出ない。その気持は向うにもあるらしいのが、わかるのだ。黙って見合っている内に始業の鐘が鳴って、二人はそのまま又知らぬ同士のようになって駈け出したが、モイラはその日初めて、友だちというものと顔を見合ったのだ。

 それから二三日|後《あと》に運動場に出たモイラは、遠い教室の板壁に凭れて、陽が眩しいのか眼をつぶったように細めてこっちを見ているノエミを見つけ、こっちへ来いというように、顎を動かして見せた。その日二人は名を教え合ったが、その子が羞ずかしげに、「ノエミ」と、言った時、モイラは三字の、どこか同じ響きのある、他の子供とは異《ちが》った名に親しみと仲間意識を抱いて、途端に家にいる二人の厭な女のことを話した。ノエミは、入学式にモイラが見て覚えている祖母について、話した。辿々《たどたど》しい表現をしているが、モイラとノエミとは、二人の眼の上の瘤《こぶ》である女たちが、共通したものを持っていることを互に、感じとった。道徳的なことを絶えず口にする、その癖意地悪なものを底に持っていて、その尖った棘で自分を突《つ》ついてくる女たちに対して抱いている反感が、忽ち二人の間にあった固いようなものを、取り去った。二人は互に母を持たないことも話し合ったが、ノエミの方は、祖母の律《りつ》とモイラの家の前を通った時、律が、その家が大きく立派であっても商人の家であること、あんな家の子供は贅沢しか知らないのだということを、軽蔑したように言ったことがあり、その時モイラにも母がないことを律にきいていた。唯、モイラが林作について、話さないではいられぬというように、得意な調子で話し出した時、ノエミは深い羨望の眼で、というより以上に、微かな不快を潜めた眼で、モイラを見た。モイラはそれに気づいたが、硝子を間に置いてものを見ている子供であるのに加えて、モイラはまだ哀れみというものを知らない。哀れみをもって生きものを見たことがない。林作もそういうものを教えねばならないと考えていたが、モイラの稚い頭に適したエグザンプルが無かった。金のある無しということに例をとるのを林作は好まなかった。その上、今のままのモイラでよし、とする甘い考えが常に林作の頭を支配していることが、林作を怠惰にしていた。モイラはノエミの眼を見ながらも、なおも得意げに、おしつけるような調子で、話をつづけた。

 野原野枝実は母親のよね子が恋人の所に去って、現在祖母に育てられているが、父親の朔也《さくや》は友だちの母露生《もろう》と、或は一人で、酒場や、カフェーに飲み歩く他は、二階の書斎に閉じ籠っている。

 ノエミは自分も、父親も、祖母には気に入らぬ人間なのを知っていた。とくに自分は余計な、いなくていい人間として扱われているのを知っている。着るものも、入学の時に誂えた、無地の服と、普段着の他には、七つの時の祝いに祖母が仕立てた、年には地味な友禅しか持っていない。学用品も、ごく必要なものに限って与えられるが、それ以外のものは贅沢だといって、許されない。上等の乳色をした画用紙や、陽に透かすと羅馬《ロオマ》字や楕円形の縁《ふち》どりの中に西洋の女の姿の描かれた画などが透き徹って見える、すべすべした紙、ロオズ色のと、薄緑のとある消し護謨、朱塗りで幅が広く、大きな筆入れ、なぞを牛革のランドセルに詰めて来る、モイラのような贅沢は夢にも望めない。ランドセルを見せて、「これ牛の革よ」と言うモイラに、「嘘、牛の革なんて、ちがうわ」と、反撥心をこめて言ったが、モイラは「莫迦ね。牛の革をなめしたのよ」と、遣りこめた。

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