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家庭科室を覗いてみた。放課後は手芸部が部活に使ってるはずだ。
通常教室よりも広く作られた室内は女の子だけだった。
いきなりの訪問者に全員が顔を上げる。
が、すぐさま自分の作業に戻ってしまう。
男だと入部希望者ではないだろうし、鳴海はそれほどイケてる生徒ではない。
当然のリアクションだろう。
それにしても、全員が並んで編み棒を動かす様はかなり不気味だ。
女の子ばかりの楽しい部活という噂は、幻想だったかも知れない。
「無愛想でごめんね。文化祭に向けて、みんな真剣なの」
立ち尽くす鳴海に、眼鏡の子が優しく声を掛けてきた。
グリーンのネームプレート。三年生だ。
「え、あ、ボクの方こそ、いきなりお邪魔しちゃって」
やや緊張して早口になってしまう。
そんな鳴海に好意的な表情を浮かべながら、
「で、何の御用かな」
用向きを尋ねる。
「あ、えっと、一年の春日さん、居ます?」
眼鏡の奥の目がすっと細くなる。冷ややかな視線。
「あ、違うんです。あの、春日さんに頼まれてた事があって」
何が違うのか解らないが、大慌てで否定する。
「ふ~ん。頼まれてた事ね」
「クラスメイトなんです」
「そのスケベ面はイマイチ信用できないな」
「う」
なかなか酷い評価だ。
しかし、こういう場合に真剣に訴えるのも、逆に怪しい気がする。
どうすればいいのか。
「うそうそ。冗談冗談。変なナンパ野郎がたまに来るの」
眉をひそめ、大袈裟に溜息を溢してみせる。
「色々大変なんですね」
鳴海のコメントに、ぷっと吹き出した。
「神楽坂くんだっけ? 君、面白いね」
ころころと変わる表情が魅力的な人だなと思う。
「あ、そうそう、春日さんね。体調が悪いらしくて、保健室でちょっと休んでから帰るって」
保健室で休む。まさか。
次に眠ったら、おそらく。
リンの冷酷な言葉が過ぎる。
「昨日さ、あんまり眠れなかったからって……。どうしたの?」
「あ、ありがとうございます」
礼を残して、脱兎の如く部室を飛び出した。
廊下を全力疾走で保健室に向かう。
家庭科室は東校舎の三階、保健室は南校舎の一階にある。
一分も掛からなかった。
扉を乱暴に開けて、滑り込んだ。
中の様子を確認する。誰もいない。
奥のベッドのカーテンが掛かっているのが見えた。
弥生が横になっているのだろう。
ギリギリ間に合ったみたいだ。ほっと息をついた。
っと、こうしてる場合じゃない。眠るのは危険だ。
とりあえず起こさないと。ベッドの方に向かう。
最初に違和感を感じたのは音だった。
水滴の落ちるぺちぺちと定期的なリズムが聞こえた。
なんだろう。
不安が広がっていく。
音は明らかに進む方から、ベッドの方から聞こえてくる。
壁にもたれていたパイプ椅子を無意識に掴んだ。
本能が危険を告げている。
次は色だった。
掛かったカーテンに赤黒い染みついている。
いつも神経質なくらい白くクリーニングされていたハズなのに。
唾を呑んだ。後頭部が熱を持つ。脳が麻痺するような錯覚。
足先に何か当たった。
ほっそりとした細い腕に見えた。マネキンだろうか。
根元から不自然にねじ切られ。肘から先があらぬ方向を。
何故、こんな物がベッドの近くに転がっているのか。
カーテンに手を伸ばす。ゆっくりとゆっくりと。
さらりとした感触が触れた。
開けようと。
重い。
じんわりとした重さ。
濡れている。
液体に。
赤い。
黒い。
生臭い。
匂い。
水滴の音。
カーテンに映る影。
大型の犬よりも更にデカイ。
ぴちゃぴちゃと耳障りな。
小さな呻き声。
力を込める。
震える手。
一気にカーテンを。
開いた。
ありえない光景だった。
異形の獣。
黒いぬめぬめした肌。頭部を埋め尽くした沢山の目。
仰向けに倒れた少女。根元から千切られた右手と左足。
腹部に獣の顔が潜り込み、ぐちぐちと音を立てていた。
獣の口が動く度に、少女から微かに絶望の息が漏れる。
虚ろに天井を見つめる瞳から涙が流れて頬を伝う。
「うわぁぁぁ!」
何も考えなかった。
手にしたパイプ椅子を振り上げ、獣の頭を力一杯に殴りつける。
手が痺れた。鉄の塊を打ち付けたかのような重い反動。
獣が顔を上げる。いくつもの瞳が次々と鳴海をを追ってくる。
食事中の乱入者に対する明らかな敵意。
剥き出した牙の間から、獰猛な唸りが溢れた。
鉤爪を備えた太い腕を無造作に振るう。
咄嗟に構えたパイプ椅子が、粉々に吹き飛んだ。
じりじりと後退る鳴海に、舌なめずりをしてみせる。
それは時間を掛けて、いたぶり殺すという宣言だ。
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