おととしの二月の十日ごろに、難波の港から船を出しました。二年と少し前とい
うことになりますね。しかし、広い海の上、どちらに向ったものかわからず、迷い
もしましたよ。
「だからといって、目的があるのにそれへの努力をしなかったら、なにが人生でし
ょう」
決心は変らない。船の動くのを風にまかせた。
「死が待ちかまえていても、それは仕方ない。生きて、船が移動していれば、蓬莱
の山のある島に行ける可能性はある」
自分に言いきかせ、風のない時は、船をこぎました。わが国の陸地も見えなくな
った。航行をつづけると、ある時は大波に巻き込まれ、沈めば海底かと覚悟しまし
たね。
知らない国に流れつき、見たこともない鬼のような人が出てきて、殺されそうに
なった時もあった。
霧が立ちこめ、東も西もわからなくなりましたし、船の食料がなくなり、ふとん
がわりにつんでおいた、草の根を食べた時もありましたよ。
形容のしようのない、あやしげなのが海から出てきて、食いつかれかけました。
海の浅いところでは、貝を拾って食べましたよ。
方向をきめようのない旅、助言してくれる人もいない。釣った魚は、まずくても
食べなければならない。いろいろな病気もしました。先のことは、予測もつかない
。船は海をただよいつづけました。
五百日目だったでしょうか。朝の日がのぼってしばらくの時刻。海上のはるかむ
こうに、小さいけれど、山らしきものが見えたのです。
船をそちらに進めながら、じっと眺めましたよ。山も海をただよっているようだ
。|蓬《ほう》|莱《らい》|山《さん》はそんな感じだと、話に聞いたことがあ
る。かなり大きな山のようだ。山は高くそびえて美しい。
「きっと、これだ。わたしの目ざしていた山は」
と思うと、喜びにつづいて、簡単に上陸しても大丈夫かと不安になった。海面か
らそびえている山の周囲を、二、三日ほど漕ぎ回っていましたよ。
すると、ある日、山から人がおりてきた。絹の|衣《ころも》をまとった天人の
ような、若い女性。銀色に光るお|碗《わん》で、あちこちで水をくんでいる。船
をおりて、聞いてみました。
「この山は、なんと呼ぶのですか」
「蓬莱の山です」
うれしさが、こみあげてきました。つい、あいさつがわりの質問をしてしまった
。
「お名前は」
「ホウカンルリよ」
どう書くのかなと考えているうちに、早い動作で山へ戻って行きました。わたし
もと思ったが、山はけわしく、普通の人間には登れそうにない。
仕方ないので、あたりを歩き回ってみました。これまでに見たことのない、珍し
い花をつけた木が、たくさんある。
山からは水が流れていて、金色、銀色、|瑠《る》|璃《り》色と、川によって
色がちがう。さっきの女の人の名は、瑠璃に関係があるのだろうか。これらの水の
色をたしかめる役の名かなと思ってもみました。
それらの川には、いろいろな色の美しい玉をちりばめた橋がかかっている。どの
木も輝いていて、虹に包まれているような気分でしたよ。
しかし、なすべきことを忘れてはいません。白い玉の一枝を手にしました。ゆっ
くり見くらべれば、もっといい枝があったかもしれませんね。
「お望みなのは、これだろうな」
と思ったのです。赤や青の玉のもありましたよ。しかし、白の玉のこれはすがす
がしくて、よかったかもしれません。
この上なく楽しく、美しい夢の世界にいるようで、ずっといたい感じです。しか
し、一枝を手にすると、これをお待ちの人がいるのだと、心がわたしに告げました
。
いそがなくてはと、船に乗りました。うまいぐあいに追い風が吹いてくれ、四百
日と少しで帰れました。
神仏にお祈りして出航したおかげでありましょう。難波の港についたのが、きの
うです。そこからすぐにここへ来たので、衣服には海の水がしみているかもしれま
せん。自宅へ寄ることなく、ここへとかけつけたのです。
「……というふうに、いろいろな目に会いました」
皇子の冒険談は、一段落した。それを聞いた竹取りじいさん、感激し、ため息を
ついて、和歌をよんだ。
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くれ竹のよよの竹とり野山にも
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さやはわびしきふしをのみ見し
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わたしは先祖からずっと竹取りを家業として、世の中を生きてきた。野山を歩い
て、普通の人よりは多くのものを見ています。面白い話も、語り伝えられて聞いて
います。しかし、このような冒険の話、ふしぎな山の話など、はじめてです。とい
った意味。
皇子も満足した。
「これまで、さまざまなことで、心を悩ませていましたが、きょう、やっと落ちつ
きましたよ」
そして、それに応じて和歌をひとつ。
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わがたもと|今《け》|日《ふ》かわければわびしさの
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ちぐさの数も忘られぬべし
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この着物のそでは、乾いたことがありません。涙をぬぐったことも何度もありま
す。海の波にもぬれましたし、ひや汗をふいたこともあります。しかし、今日を境
に、それらのつらい思い出も、きれいに乾いて、忘れることができましょう。
皇子は、すべてが順調だと、気をよくしていた。姫も文句をつけられないようだ
。蓬莱の島を見た人などいないのだから、あれこれ言う人など、ないはずだ。
かくして、もう一歩という時。
六人の男たちが、連れだって庭へやってきた。代表らしいのがひとり、長い棒の
先へ手紙をはさんだのを、さしのべる。位の高い人に渡す礼法だ。竹取りじいさん
相手では、いささか大げさだが。
「恐れながら、申し上げます。この手紙をお受けとり下さい。怪しい者ではござい
ません。わたしは加工や|細《さい》|工《く》を仕事とする、|漢《あや》|部
《べ》という者でございます。玉の枝を作り上げるために、身を清め、食事の時間
も短くし、仕事をつづけました。千日ちかくになります。心血をそそぎこんだので
す。しかし、まだ、なんの報酬もいただいておりません。それをお願いします。わ
たくしどもの家族は、それをいただいてこいと申します。失礼な者たちではありま
すが、お察し下さい」
それを聞き、じいさん、首をかしげる。
「なんですと。細工だ、玉の枝だ、千日だとか」
皇子はとなると、とんでもない時にこの連中がと、あたふたし、出なくなったは
ずの、ひや汗が出はじめた。
かぐや姫は、じいさんに言った。
「どうも、大事なことのようよ。それをこっちに持ってきて下さい」
それを開いて、読んでみる。内容はつぎのようだった。
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|皇《み》|子《こ》さまから、ぜひにとのおたのみで、わたくしどもは玉の枝
を作りました。身分の低いわたくしどもと同じく、皇子さまも仕事場にこもりきり
でした。ご立派なかたです。
そのため、千日ちかくも、だれも一回も外へ出ず、細工にはげんだのです。作り
なおしも何回かありました。出来上ったら、地位や肩書もいただけるとのお話でし
た。
それなのに、家族のほうにも、お礼はなにもとどいていない。聞くところによる
と、こちらのかぐや姫とご一緒になる時の、おくりもののためとか。竹取りのお|
屋《や》|敷《しき》なら、いまや長者。かわりに立て替えていただけるのではな
いかと参上したのです。
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こんなこととは。そとでは声がつづいている。
「なにとぞ、よろしく」
それを聞き、かぐや姫はにっこりした。日が暮れるにつれ、心も沈んでいったの
だ。夜になったら、皇子と部屋をともにしなければならない。とくに好きでもない
男と、いやおうなしに。
それが一変したのだ。うれしい笑い顔になる。じいさんを呼んで言った。
「|蓬《ほう》|莱《らい》の木の本物とばかり思ったのに、じつはでたらめの話
で、にせ物だったとは。玉の枝は、皇子に早く返してあげなさい」
「この手紙の通りとなると、国内で作った品ですね。はっきりしたのですから、枝
を返して、帰っていただきましょう」
じいさんは、うなずいた。本物らしいような気がしたのにと、残念でもあった。
かぐや姫は、すっかりはればれした気分。枝を返すのなら、和歌もつけてと。
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まことかと聞きて見つれば|言《こと》の葉を
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飾れる玉の枝にぞありける
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話を聞いて本物と思いかけたのに、それは言葉だけ。話で枝葉を飾りたてた、作
り物だったのですね。
そして、その玉の枝を返してしまった。
じいさんは、皇子の冒険談に引き込まれ、熱中しすぎて、疲れが出た。最初に本
物と思い込み、姫にすすめたりして、ていさいも悪い。眠ってしまうに限ると、壁
にもたれて、うとうとしはじめた。
皇子はとなると、どうにも動きようがない。立っても、すわっていても、人目に
ついて、みっともない。うすぐらいのが、わずかな救い。弁解のしようもない。そ
のうち、やっと日がくれ暗くなった。それにまぎれて、そっと出て帰っていった。
かぐや姫は、手紙を持ち込んだ細工師たちへの返事がまだだったのに気がついた
。近くへ呼んで、すだれ越しに声をかけた。
「どうもありがとう。うれしくてなりません」
たくさんの報酬を与えた。だれも、大喜びだった。
「お願いしてみてよかった。こんなにいただけるとは」
うかれて帰っていった。
しかし、ただではすまなかった。道ばたで|庫《くら》|持《もち》の皇子が待
ちかまえていて、だれかれかまわず、なぐりつけた。血も流れる。
「わたしの気分を、考えてみろ。少し待てば、払ってやったのに」
細工師たちが竹取の家でもらった品物を、とりあげ、あちこちに投げ捨ててしま
った。あまりの荒れかたに、みな、われ先にと逃げて行く。そのあと、皇子はお供
の者に言った。
「これまでの人生で、こんなに大きな恥をかいたことはない。姫をわがものと出来
なかったのも残念だが、みっともない結果となった。はずかしさを背にしての生活
は、考えただけでもやりきれない」
ただひとり、山の森のなかへと歩いて入っていった。おそばにつかえる人たちは
、人もやとって、各地に出かけ、なにか消息を得ようとした。はるか遠くまで行か
れたのか、おなくなりになったのか、それらしき人の姿もうわさも、なにもなかっ
た。
親しかった人たちの目からも、消えてしまったのだろう。それから何年も、うわ
さすら伝わってこなかった。
こんなことで〈たまさかる〉という言葉がはやった。予想しなかった目に会うと
の意味で使われている。
玉の枝のことで、魂を失ったようになったとの形容でもある。たまりかねる、た
まらないも、一連の言葉だろう。
玉極ると書いて「たまきわる」と読む。「いのち」や「世」や「うつつ」にかか
る|枕詞《まくらことば》。ひとつの人生と、みとめる人もあってもいい。
ひと息。やれやれですね。
この物語。五人のなかで最も長い。
やっぱり、だめでしたねえ。いい線までいったのに。計画の立て方もよかったし
、それなりの努力もしている。
|蓬《ほう》|莱《らい》|山《さん》が神仙の住むところとは、はるかに古い
中国の伝説。確実な話は、なにもわからない。それを望まれた。
しからば、同一の物を作ればいいのだろう。それに財産と情熱を傾けた。ただ命
じただけではない。自分も作業にまざり、千日ちかくも、あれこれくふうしたのだ
。|石作《いしづくり》の|皇《み》|子《こ》のように、ぶらりと歩いて見つけ
たのとは、わけがちがう。
つとめ先にも、理由をつけて正式に休ませてもらった。すべてを制作のために注
ぎ込んだのだ。
完成品を持ってゆくと、姫はまさかと驚き、じいさんも信じた。ちゃんと、金、
銀、玉で作られているのだ。最高級の人たちの手による細工なのだ。
あの冒険談だって、面白かったはずだ。|蓬《ほう》|莱《らい》|山《さん》
は、島なんかじゃない。海からそびえる、けわしい山。異様なる川や木。印象に残
る話だった。
まったく、すごいやつさ。その着想、財力、努力、物語を作らせても天下一品。
しかも、身分だっていい。普通だったら、理想的な人物と扱っていいと思う。
それなのに、かぐや姫は、気が進まなかった。そこが、この物語の特色だろう。
この世の思考や価値基準を、姫は無視する。なお、先を読みたくさせる。
玉の枝の玉だが、当時「しらたま」とは、日本では真珠を意味した。しかし、大
きさの点で、木の実にふさわしくない。稲の穂のようにみのらせたら、草だ。
玉は「ギョク」とも読み、中国では宝物とされた。緑のはヒスイだが、白く美し
いのもある。|勾《まが》|玉《たま》の形のは日本特有。蓬莱山には海岸のイメ
ージがなく、この美しい石の意味で読むべきだろう。文中、球の表記を玉に統一し
た。
この主人公、|車《くら》|持《もち》の|皇《み》|子《こ》とした本もある
が、庫が少し関連しているので、私は庫にした。書きうつす時、複雑な形に変る例
は少いだろう。作り話の冒険航海、九百日を話している。これは、大げさの限界か
。そのため、千日を越える文は、少しなおした。
幕切れも、すさまじい。ずっと同じ家で働きつづけてきた連中の、軽率なふるま
い。そいつらにだまってはいられない。苦心の作も、この時にこわし、捨ててしま
ったのだろう。
|庫《くら》|持《もち》の|皇《み》|子《こ》は、女性、人間、世の中、な
にも信じられなくなった。自然のなかに、とけこみたくもなるだろう。仙人になれ
たかもしれない。
物語を聞かされる人たちは、つまらぬ語呂あわせに笑いながらも、なにかふっき
れないものを感じ、先を知りたがる。
どうなりますか。
五、火ねずみの|皮衣《かわごろも》
姫から火ねずみの皮衣を望まれたのは、右大臣の|阿《あ》|部《べ》の|御《
み》|主《う》|人《し》。ほかの四人よりは、いくらか年長だったようだ。
財産もあり、家族、親類、知人も多く、みな栄えていた。竹取りじいさんも姫に
、男とともに一家を栄えさせるようにとすすめた。当時は、そういった安定が幸福
だったのだ。
この右大臣は、その年に唐(中国)からやってきた交易船に|王《おう》|慶《
けい》という人が乗っていることに気づいた。まだ|筑《つく》|紫《し》(九州
)の|博《はか》|多《た》の港に来ているらしい。右大臣は手紙を書いた。
〈王さん、わたしは火ねずみの皮衣という品が、ぜひ欲しいのです。今度おいでの
時、買ってきて下さい。どんなものか、くわしく知りませんが〉
それを、部下のなかで信用のできる者、|小《お》|野《の》の|房《ふさ》|
守《もり》にとどけさせた。また、いくらか見当もつかないが、代金として、かな
りの黄金をも持参させた。
小野は、王さんの返事を持ち帰る。こんなことが書いてある。
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火ねずみの皮衣とは、大変なものをおさがしですね。さすが、阿部の右大臣のお
考えは、大きいものですね。
この品は、わが唐の国では産出していないものです。貴重な品であるという、話
は聞いたことがありますが。
高価とはいえ、もし実在する品ならば、だれかが見て、入手法などわかっていて
いいはずなのですが。どうやら、この取引はむずかしいもののようですよ。
しかし、この世は広い。|天《てん》|竺《じく》(インド)の国あたりでは、
お金持ちが持っていないとも限らない。そういった方面に当ってみましょう。
お金はおあずかりしますが、どこにも存在しない品とわかれば、お返しいたしま
す。いずれどちらかを、お使いのかたにお渡しいたしましょう。
[#ここで字下げ終わり]
阿部の右大臣は、うまくゆくかどうか、姫のことを思ったりし、月日は流れてい
った。
つぎの年、唐から船の来る時期、小野は博多へ出かけて待っていた。どうやら、
王さんと品物のやりとりをしているらしいと、話が京へ伝わった。
右大臣は早く実物を手にしたいと、各地に馬を配置させた。とくに早い馬で、警
護の者も用意させた。
そのため、小野は品物の入った箱を大切に持ち、馬を乗りつぎながら、京へと急
いだ。なんと、七日で着いてしまった。
右大臣は、王さんからの手紙を読んだ。
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右大臣さまも、さぞ、お待ちかねでしたでしょう。わたしも、いろいろと努力い
たしました。
店の者たちを各方面に出張させ、さがさせました。そして、なんとか手に入れま
した。その経過を、お知らせします。
むかし、天竺の聖人であるお坊さんが、この唐の国の西のほうの寺院に運んでき
て、そこに保存されていることが判明いたしました。
まあ秘宝あつかいなので、売りたがらない。そこで、お役所の力をおかりし、な
んとか買いとりました。しかし、その寺のある地方の役所は、まだ不満なようす。
そこで、わたしが自分でそれを払ったのです。それが五十両。そのぶんを、さら
にお支払いいただきたい。
近いうちに、船は帰国のため、出発いたします。早くお願いします。むりでした
ら、皮衣のほうをお返し下さい。ほかに買い手をさがしますから。
[#ここで字下げ終わり]
これを読み、右大臣は大喜び。
「あの王さん、相談なしに五十両をだしたので、気にしているみたいだな。それで
すむのなら、すぐにでもお渡しする。ごくろうさまだ。ありがたい。だれか、早く
とどけてやれ」
西の博多のほうへ頭を下げ、手を振り、うれしさをかくさない。
こうして手に入れた|皮衣《かわごろも》の入った箱。外側にさまざまな色の、
美しい宝石をちりばめ、すばらしい。
そのなかに、皮衣が入っている。深みのある青い色で、毛皮の細い毛の先は、ど
れも金色の光をおびている。火に強いというふしぎな性質も珍しいが、見ているだ
けで、くらべものがない貴重な品との思いが高まってくる。
だれもそう思い、右大臣は言った。
「これほどみごとな品なのだからなあ。みとれてしまう。かぐや姫が望まれるのも
、むりもない」
ていねいに箱に入れなおし、自分はお化粧にかかる。
「ありがたいことに、すべてうまくいっている。うんと若づくりの化粧をしよう。
姫に合わせてね。きょうの夜は、姫の家ですごすことになるのだから」
花のついた枝を持ってこさせ、作った歌とともに、箱にのせる。
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限りなき思ひに焼けぬ皮衣
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たもと乾きて|今《け》|日《ふ》こそは|着《き》め
[#ここで字下げ終わり]
姫のことを思いつづけるわたしの心は、炎のようでございました。その炎も、そ
での涙を乾かして、役目を終えました。皮衣の強さと美しさ。これからの二人の仲
を、あらわしているようです。
出かけていって、門の前で呼びかけた。竹取りじいさんは、いきさつを聞いた。
「うわさは聞いていましたが、おみごとです。まずは、品物を姫に」
と箱を受けとり、運んでいって、姫の前で箱をあけた。
「さすがに美しい皮衣ですね。そこまでは、みとめましょう。しかし、これが本当
に火ねずみの皮かどうかは、まだわかりませんよ」
と疑う姫に、じいさんは言った。
「とにかく、なかに入っていただき、となりの部屋で待っていただきましょう。わ
たしも、いちいち話を取り次ぐのは、大変です。とにかく、あのかたのお話を聞い
ていていただきたい。思っていたより、はるかに美しい皮衣。いちおう本物とお考
え下さいね。いじめるおつもりでは、いけません。これを目にすることが、できた
のですから」
右大臣は案内され、つぎの部屋で待つことになった。
今回は、じいさんの妻も姫のそばへ来て、皮衣を見た。
「美しいものですね。手に入れるため、ご苦心なさったと思いますよ」
いい相手の男と姫が生活するのを、妻も期待しているのだ。夫婦ともども、姫の
しあわせを願っている。むりやりにはできないが、うまくいってほしいものだ。右
大臣は、身分も高いし。
やがて、かぐや姫が言った。
「はじめから疑っているのではありません。本物でしたら、あのかたに従いましょ
う。お約束なのですから。火で焼けない品でしたね。おじいさんは、この美しさは
信じていいと言われた。それだったら、焼いてみましょう。本物なら、もっと美し
くなるはずですから」
「それも、もっともですね……」
じいさん、右大臣に伝える。
「……とのことですが、火にかけてもいいでしょうね」
「この|皮衣《かわごろも》は、唐の国にもなかったのを、手をつくして求めたも
のです。にせと思ったことは、一回もありません。しかし、言われてみると、お考
えはわかります。早くきめてしまいましょう」
そこで、家の手伝いの者を呼び、火を入れたものを持って来させ、なかに入れる
。皮衣はたちまち燃えはじめた。
「これは、どういうことでしょう。あのかたに、お見せしなさい」
すぐに、右大臣のそばに運ばれた。大金を使って買った、美しい|皮衣《かわご
ろも》。それが、目の前で灰となってゆく。まさかの思いで、右大臣の顔は青ざめ
、だまってすわったまま。
姫は、なっとくしてもらえたと考えた。
「これで、さっぱりしました」
歌をもらったことに対し、返事の歌を作って箱に入れて渡させた。
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なごりなく燃ゆと知りせば皮衣
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思ひのほかに置きて見ましを
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燃えてしまうとは、思ってもみませんでした。美しさが、なごりおしい。二人の
仲も、結論を出すことをしないで、内心で楽しんでいたほうがよかったのかもしれ
ませんね。
こうなっては、どうしようもない。右大臣は帰っていった。
しばらく、人びとの話題になった。
「右大臣さまは、火ねずみの皮衣で、姫の心を包み取りましたのでしょうか」
「いやいや、火で灰、水の|泡《あわ》です。おあいにくさまですね」
そんなことで、あっけない結果を〈あえなし〉と呼ぶのがはやった。阿部さんが
、集めたお金をあえて使い、そして会えたのが、あおざめた自分。あいらしい相手
は、あいかわらずだったのでね。
ま、ひと息。
うまくいきませんな。堂々たる正攻法だったのにね。私財と地位、それを使って
だから、有利とはいえた。
唐との交易を私的に使うのは、表むきにはいけないことだった。それをおかし、
妙な品をつかまされ、金を失ってしまった。いつの世にも、こういう事件は起って
いるのだ。
がっかりはしただろうが、当りちらすこともなく、絶望にひたったわけでもない
。若者でないせいか、そこが右大臣たるゆえんか。
にくめない人だ。財産も、地位も、ゆとりのある性格も持っている。こういうの
を好きな女性もいるのではないか。昔は、このあたりでと思うのが普通だったと思
う。姫は、それにも、だめとの決着をつけてしまった。
物語を聞く人は、おやおやと思う。日本的な行動ではないな。ふしぎな姫だ。そ
のへんの展開が巧みなのだろう。
どうでもいいことだが、小野という部下が、唐の王さんと、どこで交渉したのか
、明確でない。本によって、みなちがう。
手紙と代金とを持って、唐へ出かけ、交易船で戻ってきたとの読み方もある。博
多で会って、いっしょに唐へ渡ったとの読み方もある。博多で待ちつづけの説もあ
る。
私は、自分なりに、無難なまとめ方をした。小舟でも、交易船でも、単身で出か
けていっては、大げさではないか。渡っていったのなら、むこうで不審な品と気づ
いているはずだ。
どの説をとっても、話の本筋には変りがない。今回は、おおらかな人のよさを代
表の男にしてみた。それもだめとはね。
ならば、つぎは。
六、|龍《りゅう》の首の玉
|大《だい》|納《な》|言《ごん》の|大《おお》|伴《とも》の|御《み》
|行《ゆき》は、望まれた品を、どうやって手に入れるかを考えた。そして、まさ
に単純な方法をとった。
自分の家にいる部下の男たちを、みな集めて言った。
「龍の首のあたりに、光る玉がついているそうだ。虹のように、五色に輝きを変え
る。それを取ってきた者には、願いどおり、どんなお礼もする。やってもらいたい
」
しかし、男たちは、おたがいに話し合う。
「おつかえする主君のご命令ですし、やるべきなのでしょうがね」
「そうなのです。これは、なかなかむずかしい仕事ですよ」
「龍とは、どこに住んでいて、どうやれば首の玉を取れるのだろうか」
「いつものご命令とは、ようすがちがいますからね」
勢いのない者ばかりで、大納言は言葉を強めた。
「おまえたちは、わたしの部下。それで生活しているのだし、そこを考えろ。命が
けでも、やりとげる気になってくれ。龍とは、唐の国や|天《てん》|竺《じく》
だけにいるわけではない。日本でも、海や山の水中から、天にのぼり、また、水に
戻ったりしているらしい。見たという話もある。やれないことはないだろう」
こうなると、ことわれない。
「いかに強くお望みか、よくわかりました。大変な作業のようですが、ご命令です
。玉を求めて出発いたします」
それを聞いて、大納言は満足。
「さすがだ。そうでなくてはならぬ。わが大伴の家は、昔から武力にすぐれている
ことで、知られている。いかに勇ましく任務をはたすか、世に示してくれ」
「はい」
部下たちの出発を、はげまし、大納言は必要な品を手渡す。旅行中の食品をいろ
いろ。さらに|綿《わた》、|銭《ぜに》、|絹《きぬ》など。絹は売れば銭にな
る。家にあるものを、みんな出してしまった。
「それまで、わたしが遊んでいるのではないぞ。身を清め、酒も飲まず、神仏に祈
っている。だから、ぜひ取って来い。それまで、ここに帰ってくるな」
勇ましく出かけたはいいが、男たち、またも、ぶつくさ。
「玉を取れなかったら、帰るなとはね。やりにくいなあ」
「あっちを攻めろ、こっちを守れというのなら、力の見せようもあるけど」
「主君は親と同じといっても、わけのわからない命令ではね。いつもは、いいかた
なのに」
「どちらへ行ったらいいのか。自分の足にまかせるか」
もらった品物を、不平のないよう分配し、勝手な行動をとりはじめた。わが家に
帰って、寝そべってしまう者。こういう時に好きな旅をと、歩きはじめる者。
部下の男たちが、いなくなった。大納言は、つぎの準備についての計画を立てた
。
「玉が手に入ったとなると、かぐや姫がここに住むことになる。この程度の家では
、ふさわしくないな」
工事を急がせ、立派な家を建てた。うるしをぬった壁を作り、その上に金や銀で
絵やもようを描いた。
屋根の上には、色とりどりの造花を飾る。室内の飾りも、たとえようもない美し
さ。高価な布に絵を描き、はりめぐらせる。
奥方や側室たちに、出ていってもらう。|大《だい》|納《な》|言《ごん》は
、そこでひとり暮して、玉を待つ。
派手で、目立つ家。なかにひとり。おかしな眺めといえるだろう。
しかし、出発していった部下からは、なんの連絡もない。夜も門をたたく音を聞
きもらさないよう、注意していた。しかし、翌年になっても、うわさも伝わってこ
ない。
待ちかねて、いらいらしている。大納言は、あとに残っていたとしよりの部下の
二人を連れて、そまつな衣服で|難《なに》|波《わ》の港へ出かけていった。舟
をこぐ人をみつけ聞いてみる。
「大伴の大納言の部下と称する人たちが、船を出させ、龍を殺し、その首の玉を取
ったという話を、耳にしたことはないか」
|舟《ふな》|人《びと》は、大笑い。
「なにかの冗談ですか」
「いや、本気だ」
「海を知らないかたですな。そんなことで船を出す者など、あるわけがない」
「それでも、おまえは船乗りか。いくじなしめ。わたしが、武門のほまれの高い、
その大伴だぞ」
「はあ」
「とくに弓の腕前にすぐれている。|龍《りゅう》をみつけさえすれば、矢を命中
させ、殺し、首から玉をもぎとってみせる。まだ部下のひとりも、船で出ていない
とは。ぐずぐずしている者は、ほっておくぞ」
その場で船を買い上げ、その船乗りをやとって、出航させた。しかし、どの方角
がいいのかは、わからない。
あちらへ寄り、こちらへ進んで、そのうち|筑《つく》|紫《し》の沖らしい海
へやってきた。都から、はるかに遠い。
その時、なにか意味ありげに、強い風が吹きはじめた。黒い雲がひろがり、暗く
なる。日の位置がわからなければ、東西も南北も見当がつかない。
暴風で高まった波に、船は巻き込まれ、いつ海中に沈むかわからない。雷の音が
ひびき、イナズマが光る。
さすがの大納言も、どうしたものか迷って、大声をあげた。
「こんなひどい目に、まだ会ったことがない。陸地での戦いなら、自信もあるが、
海でとなると見当もつかない。これから、どうなるのだろう」
船乗りは答えた。
「わたしだって、長いあいだ、船での体験をしてきましたが、こんなひどいのは、
はじめてです。ただごとではない」
「どうなのか」
「このままでは、船が沈む。そうでなかったら、ここに雷が当って、ばらばらにな
る。運よく神の助けで船が沈まないですんだとしても、はるか南の海に流されてし
まうでしょう。気がすすまないのに、あなたにやとわれて船を出した。なさけない
結果をたどることになって、ばかばかしい」
船乗りは泣き出した。
「元気を出せ。海の上での、おまえの能力をみこんで、信用し、ここまで来たのだ
。そんな|弱《よわ》|音《ね》をはくなよ」
大納言は、船酔いで胃のなかのものを海に吐きながら、呼びかけた。船乗りは青
ざめて答える。
「神さまじゃないのですから、わたしに出来ることは限られています。強い風で波
が荒れるぐらいなら、それへの手段ぐらいは知っています。しかし、雷雲からイナ
ズマとなると、これは普通ではない」
「申してみよ」
「どうやら、龍を殺そうなどとの目的で船を出したから、こうなったのでしょう。
この、妙に強い風は、龍が吹きかけているのでしょう。お心を変えて、神に祈って
下さい。早く早く」
「よし、わかった……」
大納言は、天にむかって言った。
「……海と船をつかさどる神さま。お聞きとり下さい。おろかなわたくしは、善悪