「金田一さん、あなたが顔を出しているところをみると、これはよういならぬ事件とみえますな。ひょっとするとこれは、軽井沢の事件に関係があるのじゃ……」
金田一耕助は警部にたのんで、鬼丸博士のゆくえをさがしてもらっていたのだった。
「そうです、そうです。警部さん、そしてここにいるのがいつかお話した、タンポポ.サーカスの団長と力持君ですよ」
等々力警部はそれをきくと、さっと、きんちょうの色をうかべて、
「ああ、これが……おい、だれか医者をよんでこい。それからこのけが人をむこうへつれていって、手当をしろ」
言下に刑事が二、三人、ばらばらとよって万力の鉄を、楽屋へかついでいった。そのあとで、警部は団長のほうへむきなおると、
「ヘンリー松村……とかいったね。きみはどうしてこんなさわぎを起したのだ。いったい、少年歌手を、どうしようというのだ」
ヘンリー松村は口をとがらせ、
「わたしはあの子をとりかえしにきたんです。あれはもと、わたしどものサーカスにいた、鏡三という子なんです。それをこいつらがぬすみだしゃアがったんです」
「ちがいます、ちがいます。それはちがう」
いかりに声をふるわせたのは、タキシードをきた楽屋主任。
「わたしども、タンポポ.サーカスなんて知りません。名まえをきいたこともない。あの子は、ある人のせわで、やとってくれと、ここへやって来たのです」
「あるひとってだれですか」
金田一耕助がたずねた。
「ほら、あのじいさん、軽気球がかりのおじさんです」
「な、な、なんですって?」
金田一耕助はおどろいたように声をあげると、
「だれかいって、軽気球がかりのじいさんをさがしてきてください」
言下に刑事が二、三人、バラバラととびだしていったが、そのときにはもう、あの老人は影も形も見えなかったのである。
ヘンリー松村もこうふんして、
「いいや、あれはやっぱり鏡三だ。だれかのせわで来たにしろ、あれは鏡三にちがいねエ」
「ちがう、ちがう、あれはだいいち、鏡三なんて名まえじゃない」
「それじゃ、なんという名まえなんですか。もしや、剣太郎というのじゃ……」
そうたずねたのは耕助だ。しかし、タキシードの楽屋主任は、それもきっぱりうち消して、
「ちがいます。そんな名まえじゃありません。あれは|珠《たま》|次《じ》|郎《ろう》というのです」
「珠次郎……」
金田一耕助はぼんやり口のうちでつぶやいたが、にわかに大きく目を見はると、
「な、な、なんですって、珠次郎……珠次郎というんですか」
金田一耕助が、こうふんしたときのくせで、がりがり頭をかきまわすのを、等々力警部はふしぎそうに見まもりながら、
「金田一さん、どうかしたのですか。珠次郎という名に、なにか心あたりがあるんですか」
「警部さん、待ってください。ぼくはなんだか気がくるいそうです」
ああ、なんということだ。剣太郎、珠次郎、鏡三……そして、同じかまえの三つの家。……ああ、ひょっとすると、剣太郎や鏡三のほかに、もうひとり、あのふたりに生きうつしの少年がいるのではあるまいか。
金田一耕助がふかい思いにしずんでいるのを、等々力警部は見まもりながら、
「金田一さん、あなたがなにを考えていられるのか知りませんが、わたしも、これは容易ならぬ事件だと思うのです」
警部の声もきんちょうしている。
「はア、容易ならぬ事件というと……」
「あなたのご注意で、わたしは鬼丸博士の過去をしらべてみました。あいつはあれで、そうとうえらい生理学者なんですよ」
「そのことなら、ぼくも知っています」
「そう、ところであいつの先生というのをごぞんじですか。あいつの先生は、なんと、怪獣男爵なんですよ」
「な、な、なんですって?」
「しかも、その怪獣男爵が、こんどの事件に、関係しているのじゃないかと、思われるふしがあるんです。と、いうよりも鬼丸博士はたんなる手先で、怪獣男爵こそ、この事件の張本人ではないかと思われるのです」
それをきくと、さすがの金田一耕助も、まるでゆうれいにでも出あったように、みるみるまっ青になってしまった。
ああ、それにしても金田一耕助を、かくまでもおそれさせる怪獣男爵とは、いったいどのような怪物だろうか。
それはしばらくおあずかりとしておいて、ここでは鬼丸博士と津川先生を追っかけていった、立花滋と謙三の、その後のなりゆきをお話することにしよう。
鐘楼の怪
中央線の|国《こく》|分《ぶん》|寺《じ》|駅《えき》から、支線にのって二十分。|武蔵《む さ し》|野《の》の原っぱにある、さびしい駅をおりて、さらに十五分もあるいたところに、ふしぎな洋館がたっている。
赤レンガの古めかしい洋館で、壁いちめんに、つたの葉がおいしげっているところが、いかにもいんきで、気味のわるい感じである。
むろん近所に家とてもなく、ところどころに、雑木林があるばかり。そういう雑木林にかくれるように、その気味わるい洋館はたっているのだ。
さて、上野の博覧会で、あのようなさわぎがあってから数時間のち、日もとっぷりとくれはてた、夜の八時ごろのことだった。雑木林のなかにねそべって、さっきからこの洋館をうかがっている、ふたつの影があった。いうまでもなく、立花滋と謙三である。
「にいさん、たしかにこのうちですね」
「うん、このうちにちがいない。ごらん、屋根の上に、鐘楼のような塔がたっているほかは、軽井沢の洋館と、そっくり同じたてかただからね」
「それにしてもにいさん、ときおりあの鐘楼にあらわれる、人か|猿《さる》かわからぬような怪物とはなにものでしょう」
「さア、それはなにかのまちがいじゃないかな。そんな怪物が、世の中にいるはずがないからね」
「でも……」
滋はなにかいいかけたが、急におそろしそうに肩をふるわせると、そのままだまってしまった。
それにしても、滋のいまいった、人か猿か、わからぬような怪物とは、いったい、なんのことだろう。それには、こういう話があるのだった。
上野公園から、鬼丸博士と津川先生をつけてきた、滋と謙三は、とうとうこの付近でふたりのすがたを見うしなってしまったのだ。そこで武蔵野の原っぱを、あてもなくあるいているうちに、はからずもぶつかったのが、あの洋館である。
もうそのころは、日もとっぷりとくれはてて、おぼろの月が空に出ていたが、その月明かりで洋館を見たとき、ふたりはあっとさけんで立ちどまったのだった。さっきもいったとおり、その洋館は屋根の上に、鐘楼がついている以外は、なにからなにまで、軽井沢の三軒の家と、そっくり同じたてかたなのである。
「にいさん、ここですね」
「ふん、たしかに、ここへはいったにちがいない」
そこでふたりはこっそりと、洋館のまわりをあるいてみたが、この洋館は三方をふかい雑木林でとりかこまれているうえに、周囲には、高いレンガべい、正面にはがんじょうな|鉄《てっ》|柵《さく》の門に、がっちりと錠がおりていて、とりつくしまがない。ふたりはしばらく、この家のまわりをうろついていたが、急に思いついて、駅の近所までとってかえすと、タバコ屋のおばさんをつかまえて、洋館のことをきいてみた。
「ああ、あの洋館……」
タバコ屋のおばさんは、ふたりが洋館のことをたずねると、急に顔色をかえて、
「あなたがたが、なぜ、あの洋館のことをおたずねになるのか知りませんが、あれはじつに気味のわるい家ですよ」
そういって、おばさんが話してくれたところによるとこうなのである。
あの洋館はながいこと、あきやになっていて、このへんのひとたちは、ゆうれい屋敷とよんでいた。そして、だれひとり、そばへ近よるものもなかったが、近ごろその洋館に、ときどき、へんなことがあるというのである。
「それを、いちばんはじめに見たのは、この近所のお百姓でしたが、夜おそく、あの家のそばをとおると、ほら、あの家の屋根の上に、鐘つき堂みたいなものがあるでしょう。そのお堂の屋根の上に、へんなものがとまっていたというのです」
「へんなものというと……?」
「それがねえ、はじめはなんだかわからなかったそうです。ところが、その晚は月がよかったものだから、雑木林のかげにかくれて、じっと見ていたところが、そいつがお堂の屋根へ、のぼったりおりたりするんだそうで。……それがまた、いかにもたのしそうなので、いよいよへんに思ってみていると、やがて、そいつが月の光の正面にきたので、はっきりすがたが見えたのですが、そのとたん、見ていたお百姓は、それこそ、腰をぬかさんばかりに、びっくりぎょうてんしたそうです」
「そいつはいったい、なんだったんですか」
「それがねえ、人とも猿とも、えたいのしれない怪物なんです。いいえ、こんなことをいってもあなたがたは、信用なさらないかも知れませんが、そういう怪物を見たのは、そのひとだけではないのです。そして、そういう怪物が、あの鐘つき堂にあらわれる晚には、きまって、近所じゅうの犬が、気ちがいのように、なきたてるんですよ。ほんとに気味のわるい洋館です。近く警察のひとにたのんで、なかを調べてもらおうということになっています」
おばさんはそういって、いかにも気味のわるそうに、ブルブルからだをふるわせた。
怪物と猛犬
あとから思えば滋と謙三は、この話をきいて、すぐに東京へひきかえせばよかったのである。
そして、金田一耕助や等々力警部に、いまの話を報告すれば、これからお話するような、世にもおそろしいめに合わずにすんだにちがいない。
しかし、ふたりはそのはんたいに、タバコ屋のおばさんの話から、はげしい好奇心にかりたてられた。
人か猿かわからぬ怪物――。
はたして、そのようなものがいるのだろうか。いるとしても、そいつは鬼丸博士や津川先生と、いったい、どういう関係があるのだろう。滋と謙三は、どうしてもそれを見とどけずにはいられなかった。
そこで、タバコ屋のおばさんが、とめるのもきかないで、ふたたび、あの洋館のほとりへとってかえしたのだ。
時刻はまさに八時半。謙三は、ふいにむっくりと雑木林の草のなかから起きあがった。
「滋君、いつまでも、こうして待っていてもしかたがないよ。思いきって、あの家のなかへ、しのびこんでみようじゃないか」
「でも、にいさん、どうしてなかへはいるの」
「へいをのりこえるのだ。どこかに、のりこえられるような場所があるにちがいない」
滋はちょっとためらったが、すぐ謙三に同意した。じっさい、ここでいつまで待っていてもきりがない。
だいいち今夜、人か猿かというような、怪物があらわれるかどうかわからないのである。そこでふたりは、雑木林から外へはいだしたが、そのときだった。
どこか遠くのほうで、自動車のとまる音がきこえたかと思うと、やがて、あちこちでものすごい犬のなき声がはじまった。
滋と謙三は、思わずはっと顔を見あわせる。
夜がふけて、犬の遠ぼえをきくほど、さびしくもまた、気味のわるいものはない。ましてやここは人里はなれた武蔵野の原。それも一ぴきや二ひきではなく、何十ぴきという犬が、あちこちからいっせいにほえはじめたのだから、そのものすごいことといったらなかった。
「にいさん。もしや、あの怪物が……」
さっきのおばさんの話を思いだして、滋はガチガチと歯をならしてふるえている。と、そのときだった。雑木林のむこうから、だれかこちらへ走ってくる足音がきこえた。それにつづいて、あとを追うような犬のほえ声。あちこちからきこえてくる、犬の遠ぼえは、いよいよ、はげしくなってきた。
「滋君、こちらへきたまえ」
謙三は、いきなり、滋の手をとって走りだした。
雑木林をまがったところに、小さな|辻《つじ》|堂《どう》があり、辻堂にはキツネ格子がはまっている。そして、その軒下には、ほのぐらい電燈がひとつついているのだ。
謙三は格子をひらいて、お堂のなかへ滋をひっぱりこんだが、そのとたん、雑木林のかどをまがって、ふたつの影がもつれるように、お堂の前へとんできたのだ。
それは人と犬だった。だが、その人というのが、なんという、きみょうななりをしていたことだろうか。
その人はシルクハットにタキシードをきて、上にマントをはおっていた。そして、手には太いステッキをもっているのである。
その人は、ころげるように、お堂の前にさしかかったが、そのとたん、子うしほどもあろうかと思われる猛犬が、きばをならしてさっとうしろからとびついた。
「あっ!」
滋は格子のなかで、思わず目をつむったが、すぐつぎのしゅんかん、おそるおそる、その目をひらいてみると、人と犬とが組みあったまま、土の上をころげまわっているのだ。
「ウォーッ!」
ものすごい猛犬のうなり声。
それにつづいて人間のほうも、いかりにみちたさけび声をあげたが、その声をきいたとたん、滋は、全身の毛という毛が、ことごとく、さか立つような気味わるさを感じないではいられなかった。
それは、人ともけものとも、わけのわからぬ声だった。
「ウォーッ!」
ふたたび猛犬がうなった。それにつづいてさっきより、いちだんといかりにみちた人のさけび声がきこえたが、そのとたん、
「キャーン!」
と、世にもかなしげな声をあげると猛犬は、はげしく足をふるわせ、やがて、がっくり動かなくなってしまった。
あやしい人は口のなかで、なにやらはげしくつぶやきながらヨロヨロと土の上から起きなおったが、そのとたん、滋は、頭から、冷水をあびせられたようなおそろしさを感じた。
ああ、それはなんという、気味のわるい怪物だったであろうか。
そいつはたしかに、人間にはちがいないのだ。しかし人間にしてはおそろしく手がながく、足が、わにのようにまがっているところが、ゴリラにそっくりそのままだった。
いやいや、ゴリラににているのは、からだだけではない。落ちくぼんだ目、ながい鼻の下、さてはあごのかたちまで、ゴリラの顔をしているのだ。むろん、ゴリラほど毛ぶかくはないのだが……。
あやしいゴリラ男は、シルクハットをとってかぶりなおすと、ステッキをひろいあげ、それで二つ三つ、世にもにくらしそうに猛犬の死体をぶんなぐると、やがて、ヨタヨタ、洋館のほうへ步いていった。ゴリラそっくりのあるきかたで……。
そのとき、またもやあちこちで、ものすさまじい犬の遠ぼえ。
滋も謙三も、全身からたきのように、汗の流れるのを感じながら、まるで石になったように、しばらくお堂のなかに立ちすくんだままだった。
マリアさまの像
滋と謙三は、しばらくお堂のなかで立ちすくんでいたが、やがてほっとわれにかえると、たがいにうなずきあいながら、そっとお堂の中から外に出た。
見ると足もとに、猛犬の死体がころがっていたが、それを見るとふたりはまるで、冷水でもあびせられたようにゾッとした。ああ、なんと、猛犬は、もののみごとに、口をひきさかれているではないか。
「に、にいさん」
「おそろしいやつだ。ものすごいやつだ。この犬をひきさくなんて、なんという怪力だろう」
「にいさん、かえりましょう。かえって金田一先生に、この話をしましょう」
「うん、それもいいが、せっかくここまで来たのだから、もう少しようすを見とどけていこう。それとも滋君、きみはこわいのか」
「いいえ、にいさん。にいさんがいくというなら、ぼくもいきます」
「よし、それじゃ来たまえ」
辻堂の前をはなれて、雑木林をもういちど曲がると、あやしい洋館の正門がみえる。
「にいさん、怪物はあの門からはいっていったのでしょうか」
「いいや、そうじゃあるまい。あの門をひらけば、辻堂まで音がきこえるはずだ。きっとほかに入口があるにちがいない」
ふたりは洋館の側面へまわったが、そのときむこうから聞こえてきたのはかるい足音。それを聞くとふたりはギョッとして、またかたわらの雑木林へとびこんだ。
足音はだんだんこちらへ近づいてくる。
そしてまもなく、ひとつの影が、つと鼻さきへあらわれたが、そのすがたを見たとたん、ふたりはまたもや、あっといきをのんだのである。
なんと、それは子供ほどの背たけのあの小男ではないか。
それではひるま、軽気球にぶらさがっていった小男は、この近くへおりたのだろうか。いやいや、そんなはずはない。軽気球がおりたのなら、だれか気がつくはずだ。それに同じ小男でも、さっきの小男とは、どこかちがうところがある。
それはさておき、小男はくわをかついで、スタスタと辻堂のほうへいったがやがてひきずってきたのは犬の死体である。小男はふたりがかくれているとはゆめにも知らずすぐ鼻さきへ大きな穴を掘り、そこへ犬の死体をうめると、そのまま、スタスタと、いま来た道をひきかえしていった。
わかった、わかった。小男はさっきの怪物の命令で、犬の死体をうずめにきたにちがいない。
と、すれば、そのあとをつけていけば、洋館の入口がわかるのではないだろうか。
ふたりはそっと雑木林からはいだすと、木陰づたいに小男のあとをつけた。小男はへいにそって、スタスタ步いていたが、やがて、つと立ちどまって、すばやくあたりを見まわしたかと思うと、あっという間もなかった。そのすがたは、へいの中にすいこまれるように、かき消えてしまったのである。
滋と謙三は、びっくりして顔を見あわせていたが、やがてこわごわ、小男の消えたあたりへ近づいて見ると、ちょうどそこには、厚いレンガべいにアーチ形のくぼみがあって、そのくぼみの中に、マリアさまの像が安置してあるではないか。
「わかった、わかった。このマリアさまがくせものなのだ。これがなにかのしかけになっているにちがいない」
謙三は、マリアさまの台座にあがり、像のあちこちをさぐっていたが、そのうちに、ふたりの口からいっせいに、あっというさけびがもれた。
それもむりではない。マリアさまの台座が、謙三をのせたまま、まわり舞台のように、くるりとむこうへ回転した。と、同時に滋の前にあらわれたのは、さっきと寸分ちがわぬ、マリアさまの像ではないか。
「にいさん、にいさん、謙三にいさん」
滋はびっくりして、小声で呼んだ。
「おお、滋君」
へいのむこうから、これまたびっくりしたような、謙三の声が聞こえた。
「にいさん、だいじょうぶですか」
「だいじょうぶだ。滋君、このマリアさまが、ぬけ穴の入口になっているのだ」
「にいさん、こっちにもマリアさまの像があります」
「なるほど、それじゃまわり舞台の両側に、マリアさまの像があるのだな。滋君、台座の上へあがって、マリアさまのせなかにある、小さないぼをおしてみたまえ」
滋はいわれたとおりにしたが、するとマリアさまの像が、またもやくるりと回転して、滋もへいの中へすいこまれてしまったのである。
怪物と鬼丸博士
こうしてふたりはしゅびよく、へいの内がわへしのびこむことができたが、見るとそこは洋館のうらてにあたっており、むこうに勝手口のドアが見える。窓はみんなしまっているので、中から見られる心配はない。ふたりは犬のように四つんばいになって、するすると、ドアのほうへはいった。
さいわい、|鍵《かぎ》がかかっていなかったのか、ドアはなんなく開いた。ふたりはうなずきあいながら、そっと中へすべりこんだ。
ドアの中は台所だった。むろん、電気はついてないが、どこからか光がさしてくるとみえてほんのりと明かるいのだ。そのうす明りで見まわすと、そこは軽井沢の家と、そっくり同じ作りではないか。
謙三は、しめたとばかり喜んだ。
この家も、軽井沢の三軒と同じつくりだとすれば、滋や謙三は、手にとるように間取りがわかるのである。
台所のとなりは食堂で、食堂とろうかをへだてて居間があるはず。そしてその居間の横に、二階へあがる階段があるはずだった。
滋と謙三は、となりの食堂へはいったが、はたしてむこうに、居間のドアが見えた。ドアはぴったりしまっていたが、その上にあるらんま[#「らんま」に傍点]から、光がもれているのだ。しかも、居間の中から、話し声がきこえるではないか。
滋と謙三は、ギョッと顔を見あわせたが、やがて謙三は、滋の手をひいて、居間の横にある階段のほうへいった。その階段を半分ほどのぼると、左のかべに、小さい回転窓がある。そこからのぞくと、居間の中がひとめで見わたせることを、謙三は、軽井沢の家で知っていたのだ。
さいわい窓はあいていた。ふたりはそっと居間をのぞいたが、そのとたん、思わずいきをのんだのである。
|煖《だん》|炉《ろ》を背にして、いすに腰をおろしているのは、まぎれもなく鬼丸博士だったが、どうしたものかその顔には、なんともいえぬおそろしそうな色がうかび、ひたいには汗がびっしょり、おまけにガタガタふるえている。それをとりまくようにして、腰をおろしているのは、さっきの怪物とあの小男、さらにもうひとりは、足の悪い津川先生。その場のようすから見ると、鬼丸博士は三人から、取りしらべをうけているようなかっこうだった。
怪物は鬼丸博士のほうへのりだすようにして、なにやら、するどい声で|詰《きつ》|問《もん》していたが、やがていすからとびあがると、両手をあげて、いまにも、とびかかりそうな形をした。
鬼丸博士は恐怖の色をいっぱいうかべ、
「いいえ、男爵、それはちがいます。それは誤解です。わたしはなにも知りません」
と、金切り声でさけんだ。
滋と謙三は、思わず顔を見あわせた。
男爵とはいったいなんだろう。いまの世に男爵などあろうはずがないではないか……。
ああ、しかし、滋も謙三も知らなかったのだ。あのきみの悪いゴリラ男こそ、さっき金田一耕助が、等々力警部からひとことその名を聞くや、まっ青になった、怪獣男爵とやらではないだろうか。
「いいや、知らぬとはいわさぬ。知らぬなどとはいわさぬぞよ」
怪物はじだんだふむようなかっこうでいったが、ああ、その声の気味わるさ。まるでオオカミの遠ぼえのような声なのである。
「きさまは長いこと、剣太郎といっしょに住んでいたのだ。それだのに――それだのに、あの秘密に気がつかぬというはずはない」
ギリギリとおく歯をかみならす音。
滋と謙三は、ゾッとするようなおそろしさを感じながらも、いよいよ熱心にきき耳を立てた。怪物の口から剣太郎の名が出たからである。
「わしはな、剣太郎が|鍵《かぎ》をもっておらぬはずはないと思うたで、きょうもあの子のところへいって、はだかにしてからだじゅうをしらべてみた。すると、左の腕のつけねに、ちかごろ切開したようなあとがあるではないか。剣太郎は|剛情《ごうじょう》だから、どんなにきいてもその傷口のことを白状しおらぬ。ところがいま津川にきくと、剣太郎の左の腕のつけねには、小さいときからおできがあったという。津川はしかしそのおできを、いつ切開したのか知らぬという。これ、鬼丸博士、きさまがそれを知らぬはずはあるまい。おできを切開したのはきさまにちがいない。おまえはあのおできの中から、いったいなにをとり出したのじゃ」
「知りません、男爵、わたしはなにも……」
「ええい、まだしらばくれるのか」
怪物はじだんだふんで、
「きさまはおできを切開して、そこから鍵をとりだしたにちがいない。その鍵はどこにある。出せ、鬼丸博士、その鍵をここへ出せ」
鍵ときいて滋は、思わず、うわぎの上から、はだにかけた守袋をおさえた。その鍵なら滋の守袋の中にあるのである。
「男爵、ほんとにわたしはなにも知らんのです。おできの中に鍵がかくしてあったなんて……」
「そんなばかなことはないというのか。よしよし、いまにしょうこを見せてやろう」
怪物は気味わるくせせらわらって、
「鏡三の左の腕のつけねにも、大きなおできがある。あの中にも鍵がかくしてあるにちがいないのじゃ。いままでそれに気がつかなんだ。おれはなんというばかだろう。|音《おと》|丸《まる》!」
「はい」
と、小男がうやうやしく立ちあがった。
「鏡三をここへつれてこい。鬼丸の目の前で、あのおできを切開して、鍵を取りだしてみせてやるのだ」
滋と謙三は、またはっと顔を見あわせた。鏡三ははたしてここにいたのである。
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人間の丸太ン棒
小男がへやから出てくるようすに、滋と謙三はあわてた。ふたりはいそいで階段をかけのぼると、ぴたりとろうかに腹ばいになったが、さいわい小男は二階へくるようすはなく、階段の下を横ぎって、ホールへはいっていった。そして、まもなく肩にかついで出てきたのは、なにやらふとい丸太ン棒のようなものである。
小男が居間へかえっていくのを見て、滋と謙三は、ふたたび階段をおり、回転窓から中をのぞいたが、ちょうどそのとき小男が、丸太ン棒を肩にかついで、ドアから中へはいってきた。
小男は丸太ン棒を肩からおろして、怪物の前に立たせたが、そのとたん、滋と謙三は、天地がひっくりかえるほどおどろいたのだ。ああ、なんということだろう。
丸太ン棒と見えたのは人間だった。
人間の足から肩のあたりまで、長い綱でぎっちりと、すきまもなく、ぐるぐるまきにしてあるのだ。綱のはしから出ているのは、首から上とはだしの足だけ。しかも、口にはげんじゅうに、さるぐつわをはめてあるので、顔もよくわからない。
「音丸、綱をといてやれ」
怪物の命令一下、小男は丸太ン棒のまわりをまわりはじめた。くるくる、くるくる、こまねずみのように走りまわるにしたがって、丸太ン棒のいましめが、足のほうからとけていった。小男はその綱を、腕にまいて輪をつくりながら、なおもくるくるくるくる、走りまわる。
怪物は鬼丸博士のほうをふりかえって、
「これよ、鬼丸次郎」
と、あいかわらず気味のわるい声だった。
「きさまのような|不《ふ》|埒《らち》なやつはないぞ。きょうもきょうとて、珠次郎をうばってこいと命じておいたのに、まんまとしくじりおって……それのみならず、軽気球にブラさがった小男を、津川がうち殺そうとしたのを、きさまがとめたというではないか」
「男爵……」
鬼丸博士はなにかいおうとした。しかし、あまりのおそろしさに口がきけないのだ。ただ、ガタガタとふるえるばかり。
「いいや、きかぬぞ。いいわけはきかぬぞ。きさまはおれの敵か味方か。味方ならばおれがどんなに、剣太郎、珠次郎、鏡三の三つ子をさがしているか知っているはずだ」
三つ子ときいて滋と謙三は、また天地がひっくりかえるほどおどろいた。
ああ、そうだったのか。剣太郎と鏡三は、ふた子ではなかったのか。ふたりのほかにもうひとり、珠次郎という兄弟があって、三人は三つ子だったのか。……滋と謙三はこうふんのためにふるえている。
「これ、鬼丸次郎」
怪物がまた気味のわるい声でうなった。
「おれがなんのために、三つ子をさがしているのか、きさまもよく知っているはずだ。三つ子のおやじの鬼丸太郎は、十年まえにアメリカから、百万円の金塊を持ってかえって、どこかへかくした。よいか。十年まえの百万円だぞ。金の相場のあがったいまでは、何億というしろものだ。おれはそれがほしいのだ。何億という財産を手にいれたいのだ」
怪物はゴリラのように背をまるくして、のそりのそりと部屋の中を步きまわりながら、
「ところが鬼丸太郎はその金塊を、はなれ小島の大迷宮の中にかくしおった。おれはやっとその島と大迷宮のありかをさがしあてたが、大迷宮の入口は、大きな岩でとざされている。どうしても中へはいることができんのじゃ。それで、岩を爆破するのはなんでもない。しかし、そうすると大金塊が、こっぱみじんとなって、ふっとぶかもしれんのじゃ。だから、なんとかしておだやかに、岩をひらかねばならんのだが、それには鍵がいる。鍵は三つで、鬼丸太郎は三つの鍵を一つずつ、三つ子のからだの中にかくしておいたのじゃ。これよ、鬼丸次郎、きさまはまえからそのことを、知っていたのであろう」
「と、とんでもない、男爵!」
鬼丸博士はガタガタふるえている。
滋と謙三は、また顔を見あわせた。
ああ、なんというふしぎな話だ。
何億円というねうちのある大金塊。それをかくした大迷宮。迷宮の|扉《とびら》をひらく三つの鍵。その鍵をひとつずつ、からだの中にぬいこめられた三つ子の兄弟。世に、これほどふしぎなこれほど奇怪な話がまたとあろうか。しかも、その財宝をねらっているのは、たとえようもないほどおそろしい怪物なのである。
滋と謙三が、こうふんのためにガタガタふるえたのも、むりではなかった。
と、このときだった。こまねずみのような小男の運動がおわったかと思うと、丸太ン棒の綱はすっかりとけて、その下からあらわれたのは、まぎれもない、ブランコのりの鏡三ではないか。
それをみると謙三は、滋になにやらささやき、ふたりは階段をおりていった。そしていったん台所へ出ると、そこのドアをひらいておいて、謙三ひとりだけ、そっと居間へとってかえした。
「ふふふ」
ドアに耳をあてがうと、怪物の気味のわるい笑い声がきこえる。
「これじゃ、このおできじゃ。この中に鍵がかくしてあるのじゃ。これよ、鏡三、いたかろうがしんぼうしろよ。いま切開してやるぞ」
ああ、なんということだ。怪物は薬もつかわずに、手術をしようとしているのである。
「おじさん、かんにんしてください。かんにんしてください」
泣きさけぶ鏡三の声。
「これ、しずかにせんか。あばれちゃいかん。音丸、津川、こいつをおさえつけていてくれ」
「おじさん、おじさん、かんにんして……」
バタバタと居間の中をにげまわる音。そのときだった。謙三がドアに口をあてて、大声でさけんだのは……。
「にげろ、鏡三君、にげろ!」
さけんでおいて謙三は、大急ぎで台所へとってかえすと、そこにある電気のスイッチを切ったからたまらない。家の中はまっくらがり。……
鏡三の綱わたり
「滋君、にげろ、大急ぎだ」
謙三がマリアさまの像のところまで走ってくると、そこには滋がさきに来て待っていた。
滋はすぐに台座の上へあがって、マリアさまのせなかにある、小さいいぼをおした。台座はくるりと回転して、滋はへいの外へころがり出た。それにつづいて謙三も、中からとび出してきた。
ふたりはすぐに雑木林へかけこむと、しげみの中に身をかくした。
それにしても、家の中ではどんなことがおこったのだろうか。耳をすましてきいていると、怪物のいかりにみちたうなり声が、あらあらしく、家の中をかけめぐっている。それにつづいていっせいに、遠くのほうで犬がほえはじめた。
それを聞くと怪物は、いよいよ逆上したのか、たけりくるったように、うなり、さけび、ドンドンと、ものをぶっこわすような音。ひょっとすると怪物がいかりくるって、そこらじゅうのものを投げつづけているのではあるまいか。
それにしても鏡三はどうしたか。ぶじにあの部屋から逃げだしたか。……
滋と謙三が、雑木林の中で、手に汗をにぎって気をもんでいると、家の中をかけめぐっていた怪物のうなり声が、しだいに高いところへのぼっていった。どうやら、うなり、さけび、たけりくるいながら、階段をのぼっていくらしいのだ。
滋と謙三は、はっとして、屋上にある鐘楼を見あげたが、そのときだった。鐘楼へのぼるらせん形の階段を、|猿《さる》のようにスルスルとのぼっていくものがあった。
鏡三だった。鐘三はらせん階段をのぼりきって、ぶじに鐘楼へたどりつくと、やにわに、つり鐘をたたきだしたからたまらない。
ジャン、ジャン、ジャン!
おぼろにかすむ春の夜空をついて、けたたましい鐘の音。
ジャン、ジャン、ジャン!
それをきくと怪物が、またものすごい声をあげた。それにつづいてあちこちから、何十、何百という犬が、ものにくるったようにほえくるう声。
「あっ、いけない、に、にいさん」
滋が思わず謙三の腕をつかんだ。
それもむりではない。鐘楼の下のらせん階段へ、ぬっとすがたをあらわしたのは、まぎれもなく怪物ではないか。
あぶない、あぶない。鏡三はもうどこにも、にげる場所はない。下からあの怪物が一步一步近づいてくる。怪物のうしろには、小男の音丸と、足の悪い津川先生もついてくる。
ジャン、ジャン、ジャン!
必死となって鐘をついていた鏡三は、それを見ると、もうこれまでと思ったのか、いきなり、鐘楼のひさしにとびあがったのだ。
さすがはサーカスの人気者だけあって、その身のかるいことはおどろくばかり。
鐘楼の屋根には|避《ひ》|雷《らい》|針《しん》が立っている。
鐘三はそれにとりつくと、左の腕にとおしていたものをはずした。
ああ、それこそさっき鏡三をぐるぐるまきにしていた綱ではないか。
おそらく、くらやみのさわぎにまぎれて、その綱を、小男からうばいとってきたのにちがいない。
鏡三は綱のはしをながくのばすと、右手でくるくるちゅうにふっている。わかった、わかった。鏡三はアメリカのカウ.ボーイなどがよくやるように、投げなわのようりょうでその綱のはしを、向こうに見える、|杉《すぎ》の大木のこずえにからみつかせようとしているのである。
怪物はいま、ものすごいうなりをあげて、鐘楼までたどりついた。この怪物も、人か猿かといわれるほど、身がかるいのだ。
怪物も鐘楼のひさしに手をかけた。
ああ、あぶない、あぶない、怪物が屋根へのぼってきたら……。