饭饭TXT > 海外名作 > 《大迷宮(日文版)》作者:[日]横沟正史【完结】 > 大迷宮.txt

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作者:日-横沟正史 当前章节:15392 字 更新时间:2026-6-22 21:39

 だが、そのとき、綱のはしは鏡三の手をはなれて、一本のぼうのように、春の夜空をとんだ。

 バサッ! 綱のはしはもののみごとに杉のこずえにからみついた。

 鏡三は二、三度、綱をひいて強さをためしていたが、やがて、だいじょうぶと思ったのか手にのこった綱のはしを、避雷針にむすびつけると、やにわに、綱にりょうてをかけてするするする――。

 ああ、なんというはなれわざ、なんという大曲芸!

「鏡三君、しっかり!」

 滋と謙三は、危険もわすれてさけんだ。

 しかし、いやいや、もう危険はなかったのである。

 なぜといって、鏡三のうちならす鐘におどろいて家をとびだした村のひとびとが、手に手にこん棒、すき、くわなどをひっさげて、むこうのほうからやってきたからだった。先頭には警官も立っている。

 怪物はいま鐘楼の屋根へあがった。

 そしてはるかに、村のひとびとを見おろすと、

「ウオッ!」

 と、いかりにみちたさけびをあげ、それから鐘楼にいる津川先生に命じた。

「うて! 津川、あいつをうち殺せ!」

 言下に津川先生が、手にしたふしぎな杖を身がまえた。

 鏡三はいま、鐘楼と杉の木のなかばまで来た。

 津川先生はキッとそれにねらいをつけると、やがて、音もなく一本の短刀が月下に銀色の線をえがいて、さっと鏡三少年のほうへとんでいった。

  怪屋包囲

「あっ、あぶない!」

 さっきから、手に汗をにぎってようすを見ていた、滋と謙三のくちびるから、いっせいにそういうさけびがもれた。

 しかし、さいわいその短刀は、ねらいがそれたか、鏡三のほおをかすめて、はるか向こうへとんでいく。鐘楼の上では、怪物のいかりにみちたさけび声。津川先生はまた、あわててふしぎな銃をとりなおした。

「鏡三君、はやく、はやく!」

 いつの間にか滋も謙三も、雑木林の中からとびだし、やっきとなっての声援である。

 鏡三はすでに半分以上も綱をわたって、からだはへいの外へ出ていた。

 津川先生はキッとねらいを定めると、やがてまた一本の短刀を矢のように飛ばしたが、こんどはみごと命中したのか、

「あっ!」

 と、さけぶと、鏡三は、十数メートルの上空から、もんどりうって……。

「しまった!」

 滋と謙三は思わず目をおおったが、つぎのしゅんかん、こわごわ目をひらいてみると、こはそもいかに、鏡三の姿はどこにも見あたらない。ふしぎに思ってきょろきょろと、あたりを見まわしていると、

「ああ、あなた、ここです、ここです」

 と、頭の上から人の声。

 はっとして、上をあおぐと、鏡三は、よいあんばいに、そこにある、杉の大木の枝につかまっているのだった。

「あっ、きみ、だいじょうぶですか」

「やられました。肩を……でも、だいじょうぶです。いま、そこへおりていきます」

 さすがにサーカスそだちだけあって、身がるなもので、鏡三はスルスルと、杉の大木をつたっておりてきたが、それを見ると怪物は、いかりにみちた声をはりあげ、ひと声たかくさけんだと思うと、そのまま、逃げるように鐘楼からおりていった。

 鏡三はヨロヨロと、滋や謙三のほうへ近よってくると、

「ああ、あなたがたですね。さっき電気を消して、逃げろといってくださったのは……」

「そうです、そうです。しかし、そんなことはどうでもよい。それよりけがは……」

「なアに、これしきのこと……」

 鏡三は歯をくいしばって強がりをいったが、その顔は血のけもなくてまっ青である。

 見れば左の肩に短刀がつっ立っていて、山鳥の尾のようにふるえている。あぶない、あぶない、その短刀がもう三センチ、下へさがっていたら、鏡三はすでに命のないところだった。

「きみ、きみ、しっかりしたまえ。村の人がやってきたから、お医者さんのところをきいてみましょう。それまでしんぼうができますか」

「できますとも。あのおそろしい怪物のことを考えれば、どんなしんぼうだってできます。あなたがたは、ぼくにとって命の大恩人です」

 そのことからしても、鏡三がいままで、どんなおそろしいめにあっていたかわかろうというものだった。

 それはさておき、そこへ警官を先頭にたて、おおぜいの人がかけつけてきた。警官は、滋たちの声を聞くと、バラバラとそばへかけよってきて、

「どうした、どうした。きみたちは、ここでなにをしているんだ。あっ、この子はけがをしてるじゃないか」

 そこで謙三が、手みじかにわけを話すと、さいわいかけつけてきた人のなかには、医者もまじっていた。

「それじゃ、|前《まえ》|田《だ》先生、この子をよろしくおねがいします」

 警官は鏡三を、医者の手にひきわたすと、滋たちのほうへ向きなおって、

「この一軒家については、近ごろ、いろいろあやしいうわさを聞くので、いちどしらべてみようと思っていたところだが、それじゃ、さっき鐘楼にいたやつが、その怪物なんだね」

「そうです。そうです。おそろしいやつです。おまわりさん、一刻も早くつかまえてください」

「なに、だいじょうぶだ。逃げようたって逃げられるもんか。この家はいま、村の人たちが包囲しているんだ。ところで、きみたちのいう秘密の通路というのはどれかね」

 滋と謙三が、マリアさまの像をおしえると、

「よし、それじゃここから逃げださぬよう、だれか見はりをしていたまえ。君たち、それじゃさっき手はずをきめたとおり、老人や子どもはへいの外で見はっていること。それから、わかいものはおれについてくる。わかったね」

「わかりました」

「おまわりさん、ぼくたちも行きます」

 滋と謙三がさけんだ。

「よし、それじゃついて来たまえ。おい、だれか肩車を……」

 言下に青年たちが、へいに向かって人ばしごをつくった。それをつたって警官を先頭に、滋や謙三、さらに青年たちが、われもわれもと、勇ましくときの声をあげながら、へいをのりこえていった。

  鬼丸博士の死

 その夜のきんちょうした光景を、滋はいつまでも、忘れることができなかったろう。

 こうして、へいの中は青年たちのふりかざす、懐中電燈やたいまつの光でみたされた。へいの外には老人たちが、これまた、たいまつや懐中電燈をふりかざして、げんじゅうに見はりをしているのだ。

 警官は青年たちを二組にわけ、一組は見はりとして、家の外にのこしておき、あとの一組をひきつれて、勝手口から中へはいっていった。滋や謙三が、案内にたったことはいうまでもない。

 家の中は墓場のように、シーンとしずまりかえっている。滋と謙三は、あたりに気をくばりながら、台所から食堂をぬけ、居間のまえまでくると、そっとドアをひらいてみたが部屋の中はもぬけのから。

「だれもおらんじゃないか」

「きっと二階にかくれているんですよ」

 二階へあがるまえに、ホールをのぞいてみたが、そこもやっぱりもぬけのから。一同は二階から、鐘楼まで調べてみたが、どこにもあやしいすがたは見あたらないのだ。

「へんだなア。逃げだすはずはないんだが」

「おまわりさん。もう一ど手わけして、すみからすみまで、調べてみようじゃありませんか」

 謙三のことばにしたがい、一同を三組にわけて、上から下まで、すみからすみまで、調べてまわったが、あの怪物はおろか、鬼丸博士、津川先生も、小男の音丸も、まるで、すがたが見えないのだ。

 一同は階段の下に集まって、ぼうぜんとして顔を見あわせた。

「へんだなア、|木《き》|村《むら》さん、どうしたんでしょう」

 青年のひとりが気味わるそうにつぶやいた。この警官は木村というのだ。

「おかしいな。ひょっとするとこの家には、どこかに、抜け穴があるのじゃないかな」

 木村巡査のことばをきくと、滋と謙三が、はっと顔を見あわせた。

「そうです、そうです。それにちがいありません。それでなかったら鐘楼の上から、村の人たちがおしよせてくるのを見ながら、あんなにおちついているはずがありません」

「そうだ、そうだ。そしてその抜け穴は、あのホールにあるにちがいない。おまわりさん、来てください」

 滋と謙三が、さきに立ってホールへかけこんだ。そのホールも軽井沢の三軒とそっくり同じつくりである。滋はホールのすみの、床の間のようにくぼんだところへ走りよると、壁をなでまわしたが、

「あ、あった」

 と、さぐりあててボタンをおすと、果せるかな、目のまえの壁が、スルスルと左へひらいて、そこにあらわれたのはまっくらな抜け穴の口。

「あ、これは……きみたちはどうしてこれを知っているんだ」

「そんなことより、怪物はここから逃げたにちがいない。中へはいってみましょう」

 さすがに木村巡査も気味わるがって、ちょっとためらっていたが、

「よし、それじゃぼくがさきにはいりましょう。だれか懐中電燈をかしてください」

 謙三にそういわれると、はっと勇気をとりもどした。

「いや、わたしがさきにはいろう。きみたちもあとから来てくれたまえ」

 木村巡査が中へはいると、すぐそのあとから滋と謙三、さらにそのあとから、青年たちがつづいた。

 この抜け穴も軽井沢のとまったく同じで、階段をくだると、また横穴を用心ぶかく、はうようにして進んでいくと、三百メートルほどして、横穴はいきづまりになっており、そこにまた、上へのぼる階段がついている。

 木村巡査は用心ぶかく、懐中電燈で階段をしらべていたが、ふいに、わっとさけんでとびのくと、

「だ、だれだっ、そこにいるのは……」

「な、なんですって? だれかいるんですか」

 木村巡査の声におどろき、青年たちがいっせいに、懐中電燈の光を向けると、なるほど、まっくらな階段のとちゅうに、だれやら人が、こちらを向いて腰をかけている。

「あ、鬼丸博士だ!」

 滋と謙三は、思わずいきをはずませた。

 いかにもそれは鬼丸博士。

 しかし、いったいこれはどうしたのか。鬼丸博士は、五、六本の懐中電燈の光を身にあびながら、|泰《たい》|然《ぜん》として腰をおろしているのである。

「おい、きみ、こっちへおりて来い」

 木村巡査がさけんだが、しかしそれでも鬼丸博士は、あいかわらず泰然として、身動きはおろか、まばたきひとつしないのだ。ああ、その気味のわるいことといったら!

 たまりかねて木村巡査は、ピストルを出しておどしのために、一発ぶっぱなしたが、そのとたん鬼丸博士のからだが、ぐらりとまえにかたむいたかと思うと、頭のほうからまっさかさまに、階段をころがりおちてきた。

 あっと、さけんで一同は、思わず左右にとびのいた。鬼丸博士は階段を、下までころがりおちると、そのまま動かなくなった。

「木村さん、あなた、このひとをピストルで……」

「ちがう、ちがう。わたしはただ、おどしのためにうったのだが……」

 謙三は身をかがめて、鬼丸博士のからだを調べていたが、

「死んでいる。しかし、たまがあたったのじゃない。このひとはしめころされたのです。ごらんなさい、のどにあるこのあざ!」

 なるほど、鬼丸博士ののどには、おそろしいむらさき色の指のあとがついている。

「にいさん、怪物がしめころしたんですね」

「そうだよ、きっと。鬼丸博士は怪物から、逃げようとしたんだろう。怪物がそれをおこって、しめころしたにちがいない」

 なんともいえぬおそろしさに、一同はだまって顔を見あわせていたが、やがて謙三が気がついて、

「とにかく、抜け穴の出口を調べてみましょう」

 と、先に立って階段をのぼると、あげぶたを開いて外へとびだしたが、そのとたん、思わずあっと立ちすくんだのである。

 ああ、そこは、さっき滋と謙三が、怪物の目をのがれるためにとびこんだ、辻堂の中ではないか。

  第二の鍵

「やア、立花君、滋君、おてがら、おてがら、きみたち、鏡三君を見つけたというじゃないか」

 そのよく朝のことだった。

 ゆうべはかえる電車がなくなって、やむなく駐在所へとめてもらった滋と謙三が、朝起きて、ご飯をごちそうになっているところへ、表に自動車がとまったかと思うと、中からおりたのは、金田一耕助。等々力警部もいっしょだった。

「あっ、金田一先生、ぼくたちがここにいることが、どうしてわかりましたか」

「なに、こちらの木村巡査から警視庁にれんらくがあったので、警部さんがぼくに知らせてくれたんですよ。警部さん、これがきのうもお話した、立花謙三君と滋君」

 警部さんにひきあわされて、滋はなんだかきまりがわるいような気持ちだった。等々力警部はおだやかに微笑をふくんで、

「いや、電話できいたが、ゆうべはたいへんでしたね。木村君の話によると、きみたちは怪獣男爵を見たんですって?」

「怪獣男爵……」

 滋と謙三は目をまるくして、

「怪獣男爵とはなんですか」

「いや、それについてはいずれ話すが、そのまえに、ゆうべのことを話してくれませんか」

「しょうちしました。聞いてください。こうです」

 と、謙三がゆうべのできごと、――見たこと、聞いたことをのこらず語ってきかせると、金田一耕助と等々力警部は、いちいち、おどろきの目をみはっていた。

「……それで辻堂から外へとびだしたときには、怪物も津川先生も小男ももうどこにもいなかったんです。村の人たちも一軒家のほうに気をうばわれていたので、三人が辻堂から逃げだしたのに気がつかなかったんですね。どうもはなはだざんねんです」

 謙三がくやしがるのを、等々力警部はなぐさめるように、

「いや、怪獣男爵をにがしたのはざんねんだが、それだけのことがわかったのは大てがらです。すると剣太郎、珠次郎、鏡三の三人は、三つ子の兄弟だというんですね」

「どうもそうらしいんです」

「いや、ぼくもそうじゃないかと思っていましたよ」

 金田一耕助はひざをのりだし、

「それというのが軽井沢の三軒の家……ふたごならば二軒あればたりるのですからね。それに剣太郎と鏡三という名まえです。ふたりきりの兄弟なら、剣太郎と鏡二とか鏡次郎とすべきでしょう。それを鏡三としてあるのは、もうひとり間に、何二とか何次郎という少年があるのじゃないか……そう思っているところへ、少年歌手の名まえを珠次郎と聞いたものだから、てっきり三つ子だと気がついたのです。剣と珠と鏡……なにか思いあたるものはありませんか」

「あッ、三種の神器だ!」

 滋は思わずいきをはずませた。金田一耕助はにっこり笑って、

「そうですよ。鬼丸太郎は三つ子が生まれたので、三つぞろいになったもの、すなわち、三種の神器の名をもらって子どもにつけたのです」

「そして、その三つ子のからだの中に、ひとつずつ、|鍵《かぎ》がぬいこんであるというんですね」

 警部がたずねた。

「そうです、そうです。怪物もゆうべやっとそれに気がついて、鏡三君はあやうく手術をされるところでした」

「その鏡三君はどこにいますか」

「あの少年なら、前田先生のところへあずけてあります。呼んできましょうか」

「ああ、そうしてくれたまえ」

 木村巡査が出ていったあと、一同はことばもなく、めいめい考えこんでしまった。

 ああ、なんというふしぎな事件だろう。三種の神器の名まえをもらった三つ子の少年、その三人のからだにぬいこまれた三つの鍵、その鍵によってひらかれる大迷宮、そこにかくされた大金塊、しかも、それをねらっているのは、世にもおそろしい怪物なのだ。

 滋は、はからずもまきこまれたこの事件の、あまりの奇怪さに、ゾッとするようなおそろしさを感ずると同時に、いっぽうまた、血わき肉おどるのをおぼえるのだった。

 そこへ木村巡査が鏡三と前田先生をつれてきた。

「これからこの子をお調べになるのでしょうが、そのまえに申しあげたいことがありまして……」

 前田先生は一同の顔を見まわすと、

「ゆうべわたしは、この少年のきずの手当をしました。きずというのは左腕のつけねに、アルミニュームでできた、ふしぎな短刀がつっ立っていたんですが、それをぬいて、傷口をぬおうとするとなにやらカチリと針にあたるものがある。ふしぎに思って、それをとりだしたのですが……ごらんください。これです」

 と、前田先生がポケットからとりだしたものを見て、滋は思わず、あっとさけんだ。

「あっ、そ、それは、ぼくが守袋に入れて持っている鍵と、そっくり同じ鍵ですね」

 いかにもそれは、滋が|肌《はだ》|身《み》はなさず持っている、黄金の鍵と、たいへんよくにた鍵だったが、ああ、しかし、滋が思わずそのことを口ばしったときだった。

 となりの部屋でねころんでいたひとりの男が、ぬっとばかりに頭をもたげたのである。その男というのは、ゆうべあのさわぎがあってから間もなく、酔っぱらって道にねているのを、木村巡査が見つけてきて、そこへねかせておいたのだ。

 年のころは二十七、八、ゆうべよっぱらって、土の上にねていたので、顔も手足もどろだらけ、おまけに目がわるいとみえて、黒い、大きな眼帯をかけているので、人相はさっぱりわからない。

 あやしい男はたたみの上に起きなおると、しょうじのすきから目をひからせ、滋の顔を見ていたが、やがてギョッとしたように、息をのむと、そのままそっとうら口から、駐在所をぬけだしていったのだ。

 ああ、それにしても、この男は、はたして何者か。

 ひょっとするとこの男に、鍵を持っていることを知られたがために、滋の身のうえに、なにかおそろしいことが起るのではないだろうか。

  奇怪な大発明

 それはさておき、神ならぬ身の、そんなこととは夢にも知らぬとなりの部屋では、

「なるほど、そうすると、これで鍵がふたつそろったわけですね」

 金田一耕助は、鍵をあらためながら、

「警部さん、ごらんなさい。この鍵には|N《ナン》|O《バー》|.《.》|3《スリー》とほってあります。してみると、軽気球でつれさられた珠次郎のからだに|N《ナン》|O《バー》|.《.》|2《ツー》の鍵がぬいこまれていることになりますね」

「そして、その鍵を、怪獣男爵がねらっているんですか」

 等々力警部はおそろしそうに、ぞくりと肩をふるわせたが、それを聞くと謙三がひざをすすめて、

「警部さん、怪獣男爵とは何者ですか。それじゃ、ゆうべの怪物は、男爵なのですか」

 謙三に問いつめられて、金田一耕助と等々力警部は、しばらく顔を見あわせていたが、やがて警部は向きなおると、

「そうです。男爵なのです。いや、男爵だったのです。いまはもう男爵も子爵もありませんからね。あいつはもと、|古柳《ふるやなぎ》男爵といって、華族であると同時に、世界的な大学者、大生理学者だったのですよ」

 生理学というのは、人間のからだのいろいろな働きをしらべる学問だが、あのような、人か|猿《さる》かわからぬような怪物が、もと男爵で、しかもそんなえらい学者であろうとは――滋も謙三も、思わず大きく目を見はった。

 等々力警部は、ふたりの気持ちを察したのか、くらい顔に微笑をうかべると、

「いやいや、あいつはもとから、あんなからだじゃなかったのです。古柳|冬《ふゆ》|彦《ひこ》男爵は、もとはふつうの人間だったが、いちど死刑になってから、あんなふうに生まれかわったのです」

「死刑になったんですって?」

「生まれかわったんですって?」

 滋と謙三はびっくりしてさけんだ。鏡三も目をまるくしている。

「そうです。死刑になったのです。そして、生まれかわったのです。しかも、それがひじょうに科学的な生まれかわりかたなんです」

 等々力警部は一同の顔を見まわしながら、

「古柳男爵が、世界的に有名な大生理学者であることは、さっきも話しましたね。そうです、古柳男爵は大生理学者でしたが、わけても脳の生理については、世界でも、くらべもののないほどの学者でした。そして、それについて男爵は世にもおそろしい発明をしたのです」

 等々力警部の語るところによると、それはなんともいえぬおそろしい話だった。

 人間のからだが死ぬといっしょに、脳も死んでしまうのは、いかにもざんねんなことである。すぐれた学者や、えらい芸術家の、ふしぎな働きをもつ脳を、からだとはべつに、いつまでも生かしておくことはできないだろうか……古柳男爵は、まずそう考えたのだった。

 そこで古柳男爵は、人間のからだから、脳だけぬきとって、それを男爵がつくった、ある特別の生理的食塩水のなかで、保存することを思いついた。

 男爵はまず、医科大学から研究用の死体を買ってきて、その研究をはじめた。しかしそれはだめだった。なぜかといって、その死体は死後あまり時間がたっていたので、脳の活力もすっかりなくなっていたからなのだ。

 そこで、そのつぎには、交通事故のために死んだ人の死体を、死後すぐにひきとって、研究することにしたが、なんどもなんどもしっぱいしたのち、やがて、とうとう成功した。死後すぐに肉体からとりだされた脳は、生理的食塩水のなかで、りっぱに生きているのである。すなわち、これでわかったことは、年とってしぜんと死んだ人や、長い病気で死んだ人の脳は、脳そのものが年とっていたり、病気のために弱っているからだめだが、それに反して、災難などで急に死んだ人の脳を、できるだけ早いうちに取りだせば、りっぱに再生できるということがわかったのである。

 しかし、男爵の研究も、それだけではなんにもならない。食塩水のなかにある脳は、いかに生活力をもっていても、なんの働きを示すこともできない。そこで男爵はまた、つぎのようなことを考えた。すなわちその脳を、べつの人間の頭にうえかえることを……。

「脳をうえかえるんですって?」

 滋は思わずいきをはずませた。

「そうだよ。滋君。もしこのことに成功すれば、世にこれほどおそろしい発明はないでしょう。世間には、りっぱな脳を持ちながら、弱いからだになやんでいる人が多いいっぽう、知能はそれほどでもないが、からだだけは人なみすぐれてじょうぶな人間もいる。そういう人の脳をぬきとって、そのあとへ、すぐれた脳をうえかえれば、それこそ頭脳もからだも、人なみすぐれた人間ができるではないか。……古柳男爵は、そう考えたのです。そして、一生けんめいに、その研究をしたのです」

「そして、古柳男爵はその研究に成功したのですか」

「そうです。成功したのです。だから古柳男爵は、いったん死刑になりながら、人に命じて、いちはやく脳をうえかえさせたために、ああいう怪物となって生きかえったのです」

 ああ、なんというおそろしい話だろう。なんという気味のわるい物語だろう。

 滋や謙三、さては鏡三も、わきの下にびっしょりと、つめたい汗がにじみ出るのをおぼえずにはいられなかった。

  五人のちかい

「それじゃ、古柳男爵は死刑になったのですか」

 謙三は、青くなってたずねた。等々力警部はうなずいて、

「そうです。古柳男爵というひとは、身分もたかく、えらい学者でありながら、たいへんな悪人で、いろいろな悪事をはたらいたことがわかったので、とうとう、死刑になったのです」

「そして、だれがその脳を……」

 滋も息をのんで、ひざをのりだした。

「それは男爵のお弟子さんで、|北《きた》|島《じま》博士という人です。男爵は悪人でしたが、なにしろ世界的な学者でしたから、お弟子さんにもえらい学者があったのです。北島博士は男爵の命令で、男爵が死刑になると、すぐに死体をひきとって、脳をとりだし、それをロロという怪物の脳といれかえの手術をしたのです」

「そして、手術は成功したんですね」

「成功しました。古柳男爵は怪物ロロのからだをかりて、みごとに生きかえったのです。だからいまでは男爵は、手のつけられぬ怪物になってしまいました。死刑になるまえの男爵は、世界的大学者だけあって、すばらしくよい頭をもっていましたが、からだはあまり強くなかったのです。ところがいまではあのとおり、ゴリラのようなからだをしているうえに、身のかるいことはおどろくばかり、それでいて、頭は昔ながらの古柳男爵ですから、知恵といい、体力といい、くらべものもないほどの、怪物になってしまったのです」

 滋は、ゆうべ猛犬をまっぷたつにひきさいた怪物の力を思いだして、おもわずふるえあがったのである。

「しかし、古柳男爵の脳をうえつけた、ロロというのはなんですか。ゴリラですか」

「いいや、ゴリラじゃありません。古柳男爵が、|蒙《もう》|古《こ》のおくからつれてきた人間なんです。しかし人間だというと、北島博士が脳のいれかえをしょうちしないと思ったので、男爵はゴリラだといって博士をだましていたのです」

「そして、その北島博士はどうしたのですか」

「殺されました」

 等々力警部はくらい顔をして、

「男爵は北島博士の手術のおかげで、ロロのからだをかりて生きかえったにもかかわらず、恩人の博士を殺してにげだしたのです。そして、じぶんを死刑にした世間にたいして、|復讐《ふくしゅう》をするのだといって、悪事をかさねているのです」

 滋と謙三、さては鏡三も、ゾッとしたように顔を見あわせた。

 やがて、謙三は、ひざをすすめて、

「しかし、警部さん、あの小男はなにものです。たしか|音《おと》|丸《まる》とかいってましたが……」

「ああ、あれですか。あれは|音《おと》|丸《まる》|三《さん》|平《ぺい》といって、男爵にとっては無二の忠臣、おさないときから男爵にそだてられたので、男爵のいうことなら、なんでもきくんです。ところで、謙三君、滋君それから鏡三君」

「はい」

「怪獣男爵と音丸は、まえにもさんざん悪事をはたらいたが、警察の手においつめられて、とうとう死んだ……と思われていたのです。しかしこうして、すがたをあらわしたところをみると、死んではいなかったんですね。その怪物がこんどの事件に関係しているとすると、これはひとすじなわではいきません。しかし、ひとすじなわでいかないといって、われわれは手をつけかねていることはできないのです」

 警部は三人の顔を見わたして、

「われわれは、たたかわねばなりません。あの怪物をとっちめて、二度と悪事ができないように、どこかへおしこめてしまうまで、あくまでたたかわねばなりません。きみたちに、それだけのかくごがありますか」

「もちろんです」

 言下にこたえたのは滋である。謙三も、鏡三も力づよくうなずいて、

「警部さん、ぼくたち、……ぼくと滋君とは、はじめから、この事件に関係しているのですから、ぜひともお手つだいさせてください」

 謙三がひざをのりだせば、鏡三も勇ましく、ほおをそめて、

「警部さん、ぼくにも……ぼくにも手つだわせてください。あの怪物は、ぼくたち三人兄弟をねらっているのですね。そして、ぼくたち三人の持っている鍵を手にいれ、おとうさんのかくしておいた大金塊をよこどりしようとしているのですね。ぼくはたたかいます。あくまで怪物とたたかいます」

「よし、それで話はきまった!」

 その時、そばからさけんだのは金田一耕助。

「それじゃ、ここでわれわれは誓おう。どんなおそろしいことがおこっても、おめず、おくせず、あくまで怪獣男爵とたたかうことを……」

 金田一耕助が手をさしだしたので、あとの四人も手をさしのべて、ここに五人はかたく誓いあったのだが、ああ、それにしても、かれらのゆくては雨か|嵐《あらし》か……。

  眼帯の男

 こうして、げんしゅくな誓いがおわると、金田一耕助はにっこりわらって、

「さア、そう話がきまれば、まず第一に作戦計画をたてねばなりませんが、それには、なんといっても、剣太郎君と珠次郎君を、さがしだすことが第一です。そこで鏡三君にきかねばならぬが、鬼丸博士は剣太郎君を、どこへかくしたのですか。いや、そのまえに、きみはどうして、タンポポ.サーカスからにげだしたのです。サーカスのひとたちが、きみをいじめたのですか」

 鏡三はつよく首を左右にふって、

「いいえ、そんなことはありません。団長も力持ちのおじさんも、みんな、とてもぼくをかわいがってくれました」

「それだのに、どうしてきみは……?」

「鬼丸博士にだまされたんです。あの日、鬼丸博士がやってきて、兄弟にあわせてやろうというものですから……そうです。ぼく兄弟があることを知っていました。三つ子だとは知りませんでしたが、ふたごのように、よくにた兄弟があることを知っていたんです。どういうわけか、小さいときにわかれてしまったんですが……」

「なるほど、それで、鬼丸博士につれられて、軽井沢へいったんだね」

「そうです。しかし、鬼丸博士は、ぼくを兄弟にあわせようとせず、ゴリラの|剥《はく》|製《せい》のなかに、ぼくをかくしたんです」

「あっ、それじゃ、いつかの晚、ろうかを步いていたゴリラというのは……?」

 滋がさけんだ。

「そうです。ぼくでした。ぼく、剣太郎にいさんがこいしくて、ときどき、そっと顔をのぞきにいったんです」

「ふむふむ、それで……」

「ところが、ある晚、そうです。おふたりがとまった晚鬼丸博士と津川先生は、剣太郎にいさんを魔の寝台でころそうとしました。しかし、おふたりのために失敗したので、にいさんにねむり薬をかがせ、ぼくのかわりにゴリラの剥製につめ、ぼくを剣太郎にいさんの身がわりにして軽井沢をたちさったのです」

「そして、ここの一軒家へきたんですね。ところで剣太郎君はどうしたんですか」

「どうしたのか、ぼくもよく知りません。鬼丸博士が、どこかへつれていってしまったんです」

「鬼丸博士は、じぶんで大金塊を手にいれようとしていたのかしら」

 鏡三は言下にそれをうちけして、

「いいえ、ちがいます。あのひとは、怪獣男爵におどかされて、手先になっていただけなんです。鬼丸博士より、津川先生のほうが悪人でした。津川先生は怪獣男爵の命令で、鬼丸博士を見はっていたんです。鬼丸博士は、いつもふたりからにげようとしていました」

「ああ、それで、ゆうべ、とうとう殺されたんだね」

 金田一耕助は、なにか深くかんがえながら、

「ところで鏡三君、きみのもうひとりの兄弟、珠次郎君は、きのう、どくろのような顔をした男に、軽気球でつれさられたのだが、きみはそういう人物に心あたりはないかね」

「どくろのような顔をしたひと……?」

 鏡三は、はっとしたように、

「ああ、そういえば、いつか鬼丸博士と津川先生が、そんな話をしていました。あのふたりは、それがだれだか知ってるらしく、ひどくおそれているようでした」

 それをきくと一同は、思わず顔を見あわせた。ああ、津川先生のような悪人が、おそれていたという、どくろ男とは、いったいなにものなのだろうか……。

 だが、ちょうどそのとき、電話のベルが鳴りだした。警視庁から、等々力警部にかかってきたのである。警部はしばらく、電話の話をきいていたが、やがて、キッと、きんちょうした顔でふりかえると、

「金田一さん、軽気球のゆくえがわかったそうですよ」

「え? そ、そ、そして、どこに……」

「多摩川のおくの|青梅《お う め》付近の森のなかに、軽気球がひっかかっているのが発見されたそうです。これからすぐに、現場へ出向くようにと、本庁からの命令です」

「よし!」

 金田一耕助はこおどりせんばかりに立ちあがり、

「そ、それじゃ、これからすぐにいきましょう」

「金田一先生、ぼくも……」

 滋も立ちあがった。が、謙三がそれをおしとめて、

「滋君、きみはいけない。きみはつかれているのだから、きょうは、このままかえりたまえ」

「だって、にいさん……」

「いや、それは謙三君のいうとおりだ。滋君、きみは鏡三君といっしょに、ひとまず家へかえりなさい。鏡三君はけがをしているのだし、どこもいくところがないのだから」

 金田一耕助にそういわれると、滋もはんたいすることはできない。

「よし、それじゃ、自動車で国分寺駅まで送ってあげよう」

 等々力警部は、もう駐在所からそとへとびだしていた。

 こうして、それからまもなく、一同をのせた自動車は、中央線の国分寺駅までくると、そこで滋と鏡三をおろし、ほかの人たちは|青梅《お う め》をめざして、走りさったのだが、あとから思えばこのことこそ、金田一耕助にとっては一世一代の大しっぱいなのだった。

 なんとなれば、滋と鏡三が電車にのると、すぐそのあとから、さりげなく、同じ電車にのりこんできた男がある。

 滋も鏡三も気がつかなかったが、その男こそ、さっき駐在所のとなりの部屋で、立ちぎきをしていた男……黒い、大きな眼帯をかけた男ではないか。

 眼帯をかけた男は、かた目をヘビのように光らせて、ふたりの少年をねらっている。その顔には、どこやら見おぼえがあるのだが、はて、いったい、だれだったのだろうか。

  三人のゆくえ

 さて、こちらは金田一耕助や等々力警部、さては謙三をのせた自動車である。国分寺から|立《たち》|川《かわ》へ出ると、|青梅《お う め》|街《かい》|道《どう》をまっしぐらに……。

 やがて、自動車が青梅へはいると、わかい警官が出迎えた。

「警視庁の等々力警部ですね。ぼくは|高《たか》|木《ぎ》巡査です。お待ちしていました」

「ああ、そう。そして軽気球は……?」

「ご案内しましょう」

 一行は自動車からおりると、高木巡査に案内されて、街道わきの山道へさしかかった。いくことおよそ二十分。道はしだいにけわしくなって、両がわにはいちめんに、雑木林がひろがっている。そのあいだをはうように進んでいくと、まもなく、ゆくてにあたってがやがやと、人の声が聞えてきた。

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