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作者:日-横沟正史 当前章节:15350 字 更新时间:2026-6-22 21:39

 それをめあてに進んでいくと、やがて、きりたてたような絶壁の上に出たが、見ると、その絶壁の上にそびえている、大木のこずえに、空気をぬいて、ペシャンコになった、軽気球がひっかかっているのだ。

 一行がそれに近づいていくと、軽気球をとりまいてさわいでいたひとびとが、だまって道をひらいた。耕助は大木の枝からぶらさがっている、からのかごをのぞきながら、

「警部さん、これは|墜《つい》|落《らく》したのじゃなく、わざと空気をぬいて、着陸したんですね。ところで、この軽気球を発見したのは?」

「へえ、それはわたしで……」

 と、ひとびとのなかから進みでたのは、二十五、六の青年だった。

「ああ、きみですか。それでは軽気球を発見したときのもようを話してください」

「へえ、それはこうなんで。……この|崖《がけ》の|下《した》にはごらんのとおり、道が一本とおっています。けさ早く、わたしはその道をとおって、おくへたきぎをとりに出かけたのですが、なにげなく崖の上を見ると、こいつがひっかかっておりますんで……わたしもきのうのさわぎは、ラジオできいておりましたから、大急ぎで、高木さんに知らせにいったので……」

「なるほど、それであなたがかけつけてきたときには、軽気球はからだったのですね」

「はい、からっぽでした。のってたやつは、崖をつたっておりたにちがいありません。ほら、あの綱をごらんください」

 なるほど、軽気球のひっかかっている大木には、綱がいっぽんむすびつけてある。

「なるほど。それじゃみんな、ぶじに着陸したとみえる。しかし、綱にぶらさがって追っかけた小男はどうしたろう。きみ、きみ」

 と、耕助は一同をふりかえり、

「だれかこのへんで、あやしい人影を見たひとはありませんか」

「ああ、そのことですが、|田《た》|代《しろ》さん、あなたからじかに話してください」

 高木巡査にうながされて、一同のなかから出てきたのは、五十ぐらいの老人だった。

「へえへえ、わたしが田代ですが、わたしの家は、崖下の道が街道すじにおちあうところにありますんで、……ところが、けさはやく、そう五時ごろのことでしょうか。わたしがニワトリにえさをやっておりますと、がけ下の道から、三人の男が出てまいりましたんで。それがまことに異様な人物ばかりで、ひとりは黒マントに黒いベール、ひとりは十五、六の子どもでしたが、あとのひとりがおとなのくせにおそろしく背のひくい小男で」

「なるほど、それで……」

「わたし、なんだか気味わるくなって、そっとようすを見ていますと、三人はわたしのうちのまえに立って、なにかいらいらしたようすで、待ってるようでございましたが、すると半時間ほどして、立川のほうから自動車がきて、三人はそれにのっていってしまいましたので」

 金田一耕助は目をかがやかせて、

「その自動車というのは、ぐうぜん、とおりかかったのだろうか。それとも……」

「いいえ、どうも、うちあわせしてあったようで。三人のすがたを見ると運転手のほうから、自動車をとめましたので……」

「その運転手というのは……」

「六十ぐらいの、|白《しら》|髪《が》の老人でございました」

 白髪の老人ときいて、金田一耕助ははっと謙三や、等々力警部の顔を見た。ひょっとすると、それは博覧会の軽気球がかりの老人ではないだろうか。

「ところで、その自動車はどっちの方角へいったんだね。立川のほうへかえったのかね」

「いいえ、そのままおくのほう、|大菩薩峠《だいぼさつとうげ》のほうへまいりましたんで」

 そのとき、横からことばをはさんだのは、等々力警部だった。

「ところでその三人だがね。小男とベールの男と、けんかをしているようなようすはなかったかね」

「とんでもない」

 田代老人は首をふって、

「けんかどころか小男は、とてもほかのふたりをだいじにあつかっておりました」

 それをきくと三人は、思わず顔を見あわせた。タンポポ.サーカスの小男は、どくろ男を知っているのであろうか。

 それはさておき、金田一耕助は、なおも村の人たちをつかまえて、いろいろきいていたが、それ以上のことはききだせそうにないことがわかると、

「警部さん、それじゃここはこれくらいにして、自動車のゆくえをさがそうじゃありませんか。おっと、そっちへいったらまわり道だ。ひとつこの崖をおりましょう」

「よし」

 それからまもなく三人は、綱をつたって崖をおりると、崖下の細道を、街道のほうへ步いていったが、なるほど、街道とその細道の出あうところに、ニワトリ小屋のある家がある。田代老人のすまいだった。

 その横をとおって三人は、街道へ出ようとしたが、そのとき、立川のほうからきた自動車が、全速力で三人の目のまえを走りすぎた。

 それを見るとなに思ったのか、

「あっ!」

 と、さけんで謙三が、金田一耕助と、等々力警部の手をとってひきもどしたのである。

  どくろ男の正体

「ど、ど、どうしたの、謙三君」

「いまの自動車……いまの自動車に、タンポポ.サーカスの団長と力持ちが……」

 金田一耕助と等々力警部は、はっと顔を見あわせたが、

「け、け、警部さん、こ、こ、こいつはおもしろくなった。ひとつ、その自動車を……」

「よし!」

 街道へ出ると、さっきの自動車はもうそのへんには見えなかった。三人はのってきた自動車にとびのると、目を|皿《さら》のようにして、さっきの自動車をさがしながら走りだしたが、相手はよほどスピードを出しているらしく、いつまでたっても姿が見えない。

「おかしいな。どこにもわき道はないのだから、この道を行ったにちがいないのだが……」

「とにかく、行けるところまでいきましょう」

 自動車はもう青梅を出はずれて、かたがわは高い山が、まゆにせまり、かたがわには、|多《た》|摩《ま》|川《がわ》が、ふかい谷底をながれている。

「金田一さん、それにしてもへんですね。ヘンリー松村や万力の鉄は、どうしてこのへんに、軽気球がついたことを知ってるのだろう」

「それはだれかが連絡したんですよ。警部さん、あの軽気球はあてもなく、風にながされてきたんじゃありませんよ。さっきかごの中をのぞいたら、|方《ほう》|向《こう》|舵《だ》のようなものがありました。だからだいたいこのへんにけんとうをつけてやってきたのにちがいありません」

「しかし、金田一さん、軽気球がかりの老人は、どうしてこのへんに、軽気球がおりたことを知っていたのでしょう」

「それはね、あのどくろ男から連絡があったのでしょう。あの軽気球には、きっと無電装置がしてあったんです。それで着陸場所を、老人に知らせたんですよ。そういう|目《もく》|算《さん》がなければ、いかに大胆なやつでも、あんなあぶない芸当を、演じるはずがありませんからね」

「なるほど」

 と、警部がうなずいたときだった。むこうのまがり角から、だしぬけにあらわれたのは、一台の自動車。その自動車をよびとめてしらべてみると、なかはもぬけのからだった。

「きみ、きみ、さっき立川のほうから、客をふたりのせてきたのは、この自動車だね」

「へえ、さようで」

 その自動車はふつうのハイヤーだったが、運転手は警部のすがたに、青くなっている。

「その客たちはどうした」

「へえ、そのお客さんは、ここから一キロほどいったところの、道がふたまたになっているところでおろしました。お客さんたちは、そのわき道へはいっていったようで」

「よし、それじゃいってよろしい」

 ハイヤーをやりすごしておいて、一キロほどやってくると、はたして、道がふたまたになったところがあった。わき道というのは、細い、石ころ道で、とても自動車はとおれそうもない。

 三人は自動車をおりて、そのわき道へはいったが、道はしだいにけわしくなって、左右には高い山がそびえている。

 その道を、ものの五百メートルもきたときである。とつぜん、謙三が、あっとさけんで立ちどまった。

「あっ、先生、警部さん、あの家……」

 見ると、左がわの山の中腹に、一軒の洋館がたっているのだが、そのつくりは、軽井沢の三軒や、また、ゆうべの一軒家と、そっくり同じではないか。

「よし、どこかに道はないか」

 さがしてみると一本の細道が、やっと草のなかに見つかった。三人はむこうから見られぬように、草の中をはうようにして、洋館のほうへ近づいていった。洋館の窓という窓はどこもしまって、シーンとしずまりかえっているが、化物屋敷のようにいんきで、いかにも気味がわるい感じである。

 三人はやっと洋館のうらがわにたどりついたが、見ると、勝手口があいている。

 三人はそれを見ると、そっと中へしのびこんだ。いざという時にそなえて、警部はキッと腰のピストルに手をやって……。

 家の中はうすぐらく、かびくさいにおいが、むっと立ちこめているが、この洋館も、軽井沢の三軒と、そっくり同じつくりなので、三人はまようこともない。

 台所から食堂をぬけ、居間のまえまできて、ジッとあたりのようすをうかがっていると、とつぜん、部屋の中から聞えてきたのは、ひくいいんきな声だった。

「おはいりください。金田一さん、等々力警部も、立花謙三君もごいっしょに……」

 それをきくと、三人は、あっとさけんで立ちすくんだが、すぐ警部が気をとりなおし、ドアをけって中へとびこむと、部屋の正面の大きないすに、ゆったり腰をおろしているのは、なんと、あの気味のわるいどくろ男ではないか。

 そして、その足もとには少年歌手の珠次郎がすわっており、左右には、軽気球がかりの老人をはじめとして、小男に、ヘンリー松村、それから力持ちの万力の鉄が、まるで家臣のように、いならんでいるのである。

「だ、だれだ! きみはだれだ!」

 腰のピストルを身がまえながら、キッとして、声をかけたのは等々力警部。それを見ると、どくろ男は、かなしげに首を左右にふりながら、

「警部さん、わたしはけっして、あやしいものではありません。わたしこそ、鬼丸太郎のなれのはてです」

「な、な、なんですって?」

 そうさけんだのは金田一耕助。

 ああ、それでは、この気味のわるいどくろ男こそ、世界的サーカス王といわれた鬼丸太郎だったのか。

「そうです。その鬼丸太郎はわたしです。そして、ここにいるのがむすこのひとりの珠次郎あとの四人は、わたしにとっては、むかしのかわいい部下たちです」

  わなに落ちる

 それにしても、鬼丸太郎がどうして、あのような気味のわるい顔になったのか、それにはおそろしい話があるのだが、そのことは、しばらくおあずかりにしておいて、ここでは、滋と鏡三の、その後のなりゆきについて、物語をすすめていくことにしよう。

 国分寺駅で金田一耕助たちとわかれた滋は、鏡三をつれて、東中野のおくにある、じぶんの家へかえって来た。

 滋の家では、滋や謙三が、夕べひと晚かえってこなかったので、おかあさんがたいへん心配をしていたが、そこへ滋が、見知らぬ少年をつれてかえって来たのだから、おかあさんは二どびっくりである。

 しかし、滋のおかあさんは、たいへんしんせつな人だったから、鏡三の気のどくな身のうえをきくと、すっかり同情して、

「まア、まア、そういうわけなら、いつまでもうちにいらっしゃい。それに夕べそんなさわぎがあったのなら、ふたりとも、つかれているでしょう。ねどこをしいてあげますから、しばらく横になっていらっしゃい」

 ああ、なんというしんせつなことばだろう。小さいときからサーカスにいて、さんざん苦労をしてきた鏡三には、滋のおかあさんのしんせつが、涙が出るほどうれしいのだった。できることならいつまでも、このしんせつなおばさんのところにいたいと思わずにはいられなかった。

 しかし、世の中は思うようにはいかない。いたいと思うその家に、鏡三は、ほんのしばらくしかいることができなかったのである。

 滋たちがかえってから、一時間ほどのちのことだった。

 表に自動車がとまったので、おかあさんがようすを見に出ると、すぐ、一通の手紙をもってもどってきた。

「滋や、警視庁の等々力警部というかたから、おむかえにまいりましたといって、こんな手紙を持ってきたんですけれど……」

「え、警部さんから……」

 滋はびっくりして、手紙の封を切ってみると、こんなことが書いてあった。

[#ここから1字下げ]

滋君――。

とうとうわるものをつかまえたが、それについて、きみと鏡三君に、ぜひこちらへ来てもらいたいのだ。例の|鍵《かぎ》を持って、むかえの自動車で、すぐに来てくれたまえ。金田一先生や謙三君もこちらにいる。

[#ここで字下げ終わり]

[#地から1字上げ]等々力警部より

「鏡三君、怪獣男爵がつかまったらしいよ」

 滋は思わず息をはずませた。

「しめた! 滋さん、行ってみましょう」

「鏡三君、きみ、鍵を持っている?」

「鍵ならここに持っています。滋さんは?」

「ぼくもここに持っている。それじゃ、おかあさん、ちょっと行ってきます」

「まア、滋、だいじょうぶなの。何かまた、あぶないことがあるのじゃないの」

 おかあさんは心配そうに、オロオロしていったが、勇みたったふたりには、そんなことばは耳にもはいらない。

「おかあさんだいじょうぶです。謙三にいさんだっているんですもの。さア、行こう」

 ふたりが表に出てみると、自動車のドアをひらいて立っているのは、黒い眼帯でかた目をかくした男だった。そして運転台には鳥うち帽をかぶった男が、むこうむきに、背なかをまるくしてすわっている。

「滋、気をつけてね。そして、なるべく早くかえっていらっしゃいね」

「はい、おかあさん」

 心配そうなおかあさんをあとにのこして、自動車はふたりをのせて走りだしたが、それからものの三分とたたぬうちのことだ。鏡三がだしぬけに、あっとさけんで、まっ青になったから、おどろいたのは滋である。

「ど、どうしたの、鏡三君」

「いけない! 滋さん、あ、あれを……」

 鏡三がふるえる指で、ゆびさしたのは運転台にある鏡だった。その鏡に、鳥うち帽子をかぶった運転手の顔がうつっているのだが、ひとめそれを見たとたん、滋は全身に、つめたい水をあびせられたようなおそろしさをかんじた。

 ああ、なんということだろう。そこにうつっているその顔……それは、まぎれもなく怪獣男爵の忠実なしもべ、小男の音丸三平ではないか。

「鏡三君!」

「滋さん!」

 ふたりはひしと手をとりあった。

 それからいそいで、自動車のまどをひらいて、救いをもとめようとしたが、そのとき、むっくり助手台から、ふりむいたのは片目の男である。

「アッハッハ、やっと気がついたか。このままだまって連れていくつもりだったが、気がつかれたらしかたがない。じたばたしないように、どれ、ひとねむりさせてやろうか」

 あざ笑うようにいいながら、ポケットから取りだしたのは一ちょうのピストル。

「あっ、何をするのです。きみは|誰《だれ》です」

「なに、きみは誰だと? アッハッハ、おい音丸、こいつらにはおれが誰だかわからねえらしい。まア、いいや、いずれそのうちにわかるだろう。おい、小僧、これでもくらえ」

 かた目の男がひきがねをひくと、なかからとび出したのは弾丸ならで、一種異様なにおいをもった蒸気だった。

 二ど三ど、かた目の男がひきがねをひくたびに、あやしい蒸気が自動車の客席にみちあふれ、やがて、滋と鏡三は、こんこんとして、ふかいねむりにおちてしまったのである。

  剣太郎あらわる

 それから、いったいどのくらい時間がたったのか。なにも知らずにねむっていたふたりには、ほんの五、六分としか思えなかったが、ほんとうはあれからもう十時間以上もたって、いまはま夜中の十二時すぎである。

 滋がふと目をさますと、そばには鏡三がまだこんこんとねむっている。

 滋はさっきのことを思いだし、いそいでからだをおこして、あたりを見まわしたが、そこはもう自動車の中ではなかった。

 天井のひくい、せまっくるしい、マッチ箱のような妙な部屋なのだ。窓といえば、壁にひとつ、ドアにひとつ、いずれも小さく|円《まる》いのがあいているばかり。

 ひくい天井から、古めかしい|吊《つ》りランプがぶらさがっていて、その下に荒けずりの板でできたいす、テーブル。部屋のすみに、敷物もなにもないはだかのベッド。滋と鏡三は、そのベッドのうえにねかされていたのだった。

「鏡三君、鏡三君」

 滋はひくい声で、鏡三をよびおこした。その声が耳にはいったのか、鏡三もすぐ目をさまし、キョロキョロあたりを見まわしながら、

「あっ、滋さん、ここはどこです」

「どこだか、ぼくにもわからないんだ。鏡三君、きみ、頭がいたくない?」

「いたいです。ガンガンわれるようです。それに、むかむかするようなこのにおいったら!」

 まったく鏡三のいうとおりだった。ペンキのにおいとも、ガソリンのにおいともつかぬ、へんなにおいが部屋のなかにたちこめて、いまにも吐気をもよおしそう。それにさっきのねむり薬がまだきいているのか、滋は頭がわれるようにいたくて、なんだか、からだがフラフラするのだ。

「滋さん、あのドアには錠がおりてるの」

「いや、まだしらべていないんだ。よし、ひとつしらべてみよう」

 滋は、はだかのベッドからすべりおりたが、そのとたん、部屋ぜんたいが、ぐらりと大きくかたむいたので、滋はフラフラと、たおれそうになったからだを、あわててベッドのはしにつかまってささえた。

「地震……?」

 滋と鏡三は、ギョッとした顔を見あわせたが、ふたりともまっ青である。

「地震かしら、へんだねえ」

 滋がつぶやいたときだった。

 またもや部屋ぜんたいが、ぐらりと大きくかたむいて、鏡三はベッドのうえでころんだひょうしに、ゴツンとかべに頭をぶっつけた。

「滋さん」

 鏡三はびっくりしたように、目をまるくしていたが、ふと気がついて、ベッドの上にある円窓のガラスにひたいをこすりつけて外をながめた。

「鏡三君、なにか見える?」

「ちょっと待ってください。くらいのでよくわかりませんが、なんだかようすがへんですよ」

 鏡三は、あついガラスにひたいをこすりつけて、一生けんめいに外をながめていたが、やがて、はじかれたように、滋のほうをふりかえると、

「滋さん、わかった、わかった! ぼくたちのいるのは船のなかです。船のなかにとじこめられているのです。ほら、海が見えます。波の音もきこえます。そして、ずうっとむこうに燈台の|灯《ひ》が見えています」

「船の中だって!」

 滋もいそいでべッドにかけのぼると、円窓にひたいをこすりつけて外を眺めたが、ああ、鏡三のことばにまちがいはない。まどの外には、くらい夜の海がひろがっていて、はるかむこうに明滅しているのは、どこの燈台か。夜霧ににじんでいるのが、まるで涙でかすんでいるように見えるのである。

「滋さん!」

「鏡三君!」

 ふたりは、ひしとだきあった。陸のうえならともかくも、船のなかにとじこめられては、とてもにげ出すすべはない。

「滋さん、ドアは……?」

「だめだ。錠がおりている。それに、とてもがんじょうなドアだから、ぼくたちにはやぶることはできないよ」

「滋さん、それじゃぼくたちはまた、怪獣男爵にとらえられたんですね」

「そうだ。しかし、これくらいのことでへこたれちゃだめだ。ぼくたちは誓ったじゃないか。どんなおそろしいめにあっても、おめず、おくせず、あくまでたたかうと……」

「ええ、ぼくはへこたれません。ぼくはいままでに、もっともっと、おそろしいことに、なんども出あってきたんですもの……」

「しっ、だれか来た!」

 ふたりはごろりとベッドのうえにねころぶと、目をつむって、タヌキねいりである。

 と、そのとき、ドアの外へそろり、そろりと近づいてきた足音が、ぴったりととまったかと思うと、やがてガチャリと錠をひらく音。

 滋と鏡三は、ベッドのうえで目をつむったまま、必死になってねたふりをしていたが、心臓が早鐘をつくようにがんがん鳴って、全身からはねっとりと、気味のわるい汗がふきだした。

 やがて、すうっとなまぬるい風がはいってきたのは、だれかがドアをひらいたのだろう。それからそろそろ、ベッドのそばへ近づくけはいがしたかと思うと、

「ああ、まだよくねている。さっき話し声がきこえたと思ったが、あれはぼくのききちがいだったのかしら」

 滋はその声をきくと、ギョッとして目をひらいたが、ひと目あいての顔をみると、

「あっ、き、きみは剣太郎君!」

 と、思わずベッドのうえにとびおきた。

  船中の三少年

 いかにもそれは剣太郎だった。

 去年の夏、軽井沢の一軒家から鬼丸博士につれさられたきり、ゆくえ不明になっていた剣太郎、……かれはこんな船の中にとらえられていたのか。なるほど、これではいくらゆくえをさがしても、わからないのもむりはない。

 剣太郎はさびしくわらって、

「ああ、きみはいつか軽井沢の家へおとめした、ふたり連れのひとりですね」

「そうです、そうです。あのときおせわになった立花滋です。剣太郎君、ぼくはどんなにきみをさがしたかわかりませんよ。きみにお返ししなければならぬものがあるのです」

 滋は黄金の鍵をとりだそうとして、にわかにさっと顔色をかえた。鍵をいれた守袋がなくなっているのである。

「あっ、鍵がない! 守袋がなくなっている!」

 さっきから、剣太郎と滋の顔を見くらべていた鏡三も、そのことばをきくと、あわててじぶんの鍵をさがしてみたが、

「あっ、ぼくの鍵もなくなっている!」

 鏡三の鍵もなくなっていた。

 ふたりがあわてふためくのを、剣太郎はあわてて制して、

「いけません、いけません、さわいではいけません。あいつらはきみたちがまだねていると思って安心しているのです。声をきいたら、やってくるにちがいない。しずかにしてください」

「にげましょう」

 とつぜん、滋がさけんだ。

「あいつらが安心しているうちに、この船からにげだしましょう」

「いいえ、だめです。いけません」

 剣太郎はかなしそうに首を左右にふって、

「この部屋からにげだすことはできても、この船からにげだすことはできません。甲板へ出る口には、どこにも厚いおとし戸がついていて、げんじゅうに錠がおりているのです」

「錠がおりているならやぶればいい」

「いいえ、だめです。ぼくもなんどもやって見ましたが、とても子どもの力ではやぶれません。それにいつでも誰かが見はっていて、見つかると、それはそれはひどいめにあわされます」

 長いあいだ、怪獣男爵にいじめぬかれた剣太郎は、すっかり元気をうしなって、なにもかもあきらめきったようすである。

「きみたちを助けてあげたいのはやまやまだけれど、とてもぼくの力にはおよびません。ぼくには敵ばかりおおぜいあって、味方はひとりもないのです。だから、せめてきみたちにあって、話をしたいと思って……」

 それから、剣太郎はふしぎそうに、鏡三のほうを見ながら、

「このひと、たいへんぼくによくにていますが、ひょっとすると、ぼくの兄弟では……」

 そういわれて、滋ははじめてはっと気がついた。

「そうそう、きみたちはまだ、いちどもあったことがないのですね。剣太郎さんこのひとは、きみとおなじ三つ子の兄弟のひとりで、鏡三君というのです」

「三つ子の兄弟ですって?」

「そうです、そうです。きみにはもうひとり、珠次郎君という兄弟があるのです」

 滋はてっとりばやく、じぶんが知っているだけのことを話してきかせると、

「剣太郎さん、きみはいま、じぶんには敵ばかりおおぜいあって、味方はひとりもないといいましたね。しかし、それはまちがっているのです。なるほど、きみには敵もおおぜいいるけれど、味方だってたくさんいるのです。金田一先生や等々力警部、それにぼくのいとこの謙三にいさんたちが、怪獣男爵とたたかって、きみたち三人を助けようと、一生けんめいにはたらいているのです。だから剣太郎さん、どんなつらい、おそろしいことがあっても、気をおとさずに、しっかりしていてください」

「ほんとうですか。それは……」

「ほんとうです。にいさん、いま、滋さんのいったことは、みんなほんとうです」

 鏡三も、そばからことばをそえた。

「それじゃ、ぼくはもう、ひとりぼっちじゃないのですね」

「ひとりぼっちじゃありません。ぼくはまだ子どもで、なんにも役にたたないけれど、きみたちの味方になって、一生けんめいにはたらきます。だから、剣太郎さん」

「ありがとう、ありがとう、滋君」

 剣太郎は滋の手をとって、しっかりにぎりしめると、

「よくいってくれました。きみのおかげで、ぼくもようやく元気が出ました。たたかいます。ぼくも怪獣男爵とたたかいます」

「にいさん!」

「鏡三!」

 やつれはてた剣太郎のほおにも、そのとき、さっと血のけがさし、ひとみが、キラキラとかがやきはじめた。三人は手をとりあって、しばらく|感慨無量《かんがいむりょう》のおももちだったが、やがて滋が気をとりなおし、

「いや、いまはこんなことをしている場合ではありません。ぼくたちは、一刻も早く、この船から逃げだすくふうをしなければならない。剣太郎さん、この船はいったい何という船ですか」

「あかつき丸というのです」

「そして、ここはどこですか」

「東京湾の|神《か》|奈《な》|川《がわ》|沖《おき》です」

「よし! それじゃ、ともかく甲板へ出るくふうをしましょう。甲板へ出れば、なにかまた考えもうかびます。たとえ海を泳いでも……」

 滋はさきに立って、ぱっとドアをひらいたが、そのとたん、棒をのんだように立ちすくんでしまったのである。

 ああ、ドアの外には三人の男が、ニヤニヤ笑いながら立っているではないか。まんなかには、あのおそろしい怪獣男爵、左がわには、腰がまがって足の不自由な津川先生、右がわには小男の音丸三平。

 剣太郎も鏡三も、三人のすがたを見ると、紙のようにまっ青になったが、そのときびっくりしたような声で、だしぬけにさけんだのは滋だった。

「わかった、わかった。鏡三君、津川先生はからだのどこも悪くはないんだ。さっきぼくたちをかどわかしに来た、かた目の男は津川先生だったのだ」

 それをきくと、怪獣男爵とほかのふたりは、急にゲラゲラ笑いだし、

「小僧、いまやっとそれに気がついたのか。かしこいようでもやっぱり子どもだ。もうすこしはやく気がついていたら、こんなことにはならなかったのに。ウッフッフ」

 怪獣男爵はいやらしい笑いかたをすると、いきなり、毛むくじゃらの手をのばして、むんずとばかり、滋の腕をつかんで、

「さア、小僧、こっちへ来い。おまえにちょっと用事があるんだ!」

  暗号の手紙

 怪獣男爵は滋に、いったい、どんな用事があるのか、いやいや、それより怪汽船あかつき丸にとじこめられた三少年は、今後、どういうおそろしいめにあわされるのだろうか……。

 それらのことは、しばらくおあずかりとしておいて、ここでは滋の家のようすから、話をすすめていくことにしよう。

 青梅のおくの一軒家で、はからずも鬼丸太郎を発見した金田一耕助と等々力警部は、一同をつれて警視庁へひきあげたが、謙三だけは、とちゅうでみんなとわかれると東中野の滋の家へかえって来たが、そこで滋のおかあさんから、等々力警部のむかえが来て、滋と鏡三が出かけたという話をきくと、びっくりぎょうてん、まっ青になってしまった。

 謙三は、すぐに警視庁へ電話をかけた。

 等々力警部と金田一耕助も、電話をきくとおどろいて、すぐに滋の家へかけつけて来た。

 そして、おかあさんから話をきくと、大いそぎで、怪自動車のゆくえをさがすために、東京都はいうにおよばず、近県各地へ非常線をはるように命令した。

 しかし、夜にはいっても、怪自動車のゆくえは、かいもくわからない。

 滋のおかあさんは、心配のために病気になりそうだった。

 謙三が電話をかけたので、おとうさんもつとめさきから飛んでかえってきたが、これまた心配のあまり、いっぺんに年をとってしまったように見えた。

 こうして、金田一耕助や、等々力警部が、滋の家につめきったまま、不安な一夜をあかしたが、朝になっても、どこからもよい便りはこなかった。

「おとうさん、おかあさん、ぼくがわるかったのです。滋君のような少年を、こんなおそろしい事件にひっぱり出すなんて……」

 金田一|探《たん》|偵《てい》は、モジャモジャ頭をさげてあやまった。

 おとうさんは、しかし、首を左右にふって、

「いやいや、これはあなたの罪ではありません。もともと、この事件は、あれがいちばんさいしょにまきこまれたのですし、それに冒険ずきな子だから、こういうことになったのです。しかし金田一先生」

 おとうさんはいくらかことばを強めて、

「わたしは、けっして望みを失いません。親の口からいうのもなんですが、あの子は知恵もあり分別もある子どもです。どんなおそろしい立場に立っても、きっと、なんとかして、うまくきりぬけてくれると思います」

 ああ、子をみるは親にしかずというが、まったくそのとおりだった。それからまもなく滋があらわした、あのすばらしい知恵と機転には、だれしも舌をまいて、感心せずにはいられなかったのである。

 それはおひるすぎのことだった。

 みすぼらしいなりをした少年が、金田一耕助にあてて、一通の手紙をもって来た。その封筒のおもてをひとめ見るなり、

「あっ、滋君からだ!」

 と、謙三がさけび声をあげた。そこで大急ぎで封をきってみると、そこには、下のようなことが書いてあったのだ。

※[#ここに暗号手紙画像「191.png」。画像ないとかなりまずい]

 一同は思わず顔を見あわせた。

「それじゃ、珠次郎という少年と、滋をとりかえっこしようというのだね」

 おとうさんがいった。

「そうです。それがぼくにはふしぎです」

 そうつぶやいたのは謙三である。

「ふしぎって、何がですか」

 金田一耕助がたずねた。

「ぼくは滋君の性質をよく知っていますが、じぶんが助かりたいために、他人をおそろしい立場にひきいれるような少年ではけっしてありません。だから、どんなにおどかされたって、こんな手紙を書くはずはないのだが……。

 それに、このみょうな文章、どうも日ごろの滋君らしくないんですが、と、いって、これは滋君の字にちがいない……」

 金田一耕助はそういわれて、もう一ど手紙に目をおとしたが、なに思ったか、だしぬけにバリバリガリガリ、モジャモジャ頭をかきまわすと、息をはずませて、

「わかった、わかった。おとうさん、おかあさん、謙三君、それから警部さんもよく見てください。これは暗号になっているんです」

「暗号……?」

「そうです、そうです。ほら、この六時の六の字に、二重丸がついてるでしょう。これに大きな意味があるのです。この手紙のはじめのほうの六行の、いちばん上の字と、下の字を全部かなになおして右から読んでごらんなさい。第一行の一番下にはか[#「か」に傍点]と書いて消してありますが、これは滋君がわざとやったんです」

 そういわれて一同は、目を|皿《さら》のようにして、手紙をながめましたが、ここには念のためにはじめの六行の上の字と下の字を、仮名になおして書いてみましょう。

[#ここから3字下げ]

あ[#「あ」に傍点]れから       か[#「か」に傍点]

か[#「か」に傍点]いじゅう男爵 悲しくな[#「な」に傍点]

っ[#「っ」に傍点]てしまいます    が[#「が」に傍点]

き[#「き」に傍点]大将     鬼をうわ[#「わ」に傍点]

ま[#「ま」に傍点]わる人です。 血もこお[#「お」に傍点]

る[#「る」に傍点]思いです      き[#「き」に傍点]

[#ここで字下げ終わり]

「ああ、あかつき丸、神奈川沖!」

 謙三が、思わず息をはずませた。

「そうです。そうです。滋君は神奈川沖に停泊している、あかつき丸という船のなかにとじこめられているのです。そして、怪獣男爵におどかされて、この手紙を書かされたとき、とっさの機転でそのことを、暗号として手紙のなかにいれたのです。

 ああ、|何《なん》というすばらしい少年でしょう。何という、おちついた、あっぱれな子どもでしょう」

 金田一耕助はそういうと、うれしくて、うれしくてたまらぬように、モジャモジャ頭をひっかきまわした。

  あかつき丸襲撃

 こうして、滋のいどころがわかればこっちのものである。

 怪獣男爵が滋と珠次郎をとりかえようといってきた時間は、あすの晚の六時だから、それまでには、じゅうぶん作戦をねる時間がある。

 等々力警部も謙三も、大はりきりで勇気りんりんとしていたが、そのなかにあってただひとり、みょうに考えこんでいるのは金田一耕助。

「金田一さん。どうしたんですか。何をそんなに考えこんでいるんです」

「警部さん、ぼくは心配でならないんですよ。われわれの行動は、ぜんぶむこうへ、わかってしまうんじゃないでしょうか」

「どうして。なぜそう考えるんです」

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