「だって、警部さん、怪獣男爵といえども、千里眼のように、なにもかも見とおしというわけじゃないでしょう。それなのに、どうしてわれわれが、珠次郎君を発見したことを知っているのです。
われわれが珠次郎君を発見したのはきのうのことですよ。それをすでに知っているというのは……」
「知っているというのは……? どうしたというんですか」
「われわれのまわりに、スパイがいるんじゃないかと思うんです。警部さん、ひょっとすると、警視庁のなかに、怪獣男爵のスパイがいるんじゃないでしょうか」
「ばかな――、そんなばかなことが……」
等々力警部は一言のもとにうちけしたが、すぐまた考えなおして、
「わかりました。金田一さん、そうおっしゃれば、そんなことがないともかぎりません。それではこんごの行動はできるだけ秘密のうちにはこぶことにいたしましょう」
こうして、等々力警部の手によって、注意ぶかい手くばりがされた。こんどこそ、警部は怪獣男爵の一味のものを、ひとりのこらずとらえてしまうつもりでいるのだから、その手くばりにも、ねんにはねんをいれたのである。
そして、その夜。
東京湾はいま、しずかな夜のとばりにつつまれている。
こんやはうつくしい星月夜、空には糸のように月をとりまいて、降るように星がまたたいている。
海の上はしずかにないで、風もなければ、波もおだやか。あちこちにまたたくともし火は夜づりをする船だろうか。
と、見れば神奈川沖のはるかかなたに一そうの船が停泊している。怪汽船あかつき丸である。あかつき丸はいま、あかりというあかりをことごとく消して、しずかなねむりについているように見えた。
波の上にまっくろな、巨体をよこたえているところを見ると、なんとなく、まがまがしい感じである。
深夜の十二時。
どこかでボーオと、ものかなしげなサイレンの音がきこえた。と、いままであちこちにちらばっていた夜づりの船が、きゅうにかっぱつに動きだした。
いやいや、それは夜づりの船ではない、大がた小がたのランチである。
それらの船はいっせいに、ある一点をめざして進んでいった。ある一点とは、いうまでもなく怪汽船あかつき丸。
それらのランチのひとつに、金田一耕助ものっていた。耕助は甲板に立ってやみのなかによこたわる、怪汽船あかつき丸をみつめている。耕助からすこしはなれて、黒いベールで顔をかくした黒衣の人物。そして、そのそばに立っているのは、まぎれもなく、珠次郎ではないか。
「おとうさん、おとうさん」
珠次郎がそうよびかけたところをみると、ベールで顔をかくしたそのひとこそ、三つ子の父の鬼丸太郎にちがいない。
「おとうさん、あの船のなかにぼくの兄弟がいるんですね。にいさんや弟が……」
ベールのひとはだまってうなずいた。
「ああ、ぼく、はやくあいたいな。にいさんや弟に、はやくあいたいな」
鬼丸太郎と珠次郎のふたりは、こんやの計画を知って、むりになかまにくわえてもらったのである。等々力警部や謙三青年のすがたが見えないのは、ほかのランチにのっているのだろう。そのかわり|井《い》|川《がわ》刑事という警部の部下が、きんちょうした顔色で、珠次郎のそばに立っている。
「珠次郎君、もうすぐだよ。もうすぐきみは、にいさんや弟にあうことができるんだ」
金田一耕助はそれから井川刑事にむかって、
「井川さん、どうしたんでしょう。もうそろそろはじまりそうなもんですがねえ」
「そうです。もうすぐはじまりましょう」
包囲のあみはいまや完全にしぼられた。怪汽船あかつき丸をとりまいて、大小さまざまのランチが十五、六そう、あいずの号砲をいまやおそしと待ちかまえているのである。
時まさに十二時三十分。――とつぜん、東京湾のしずけさをついて、ごうぜんとピストルの音がひびいた。
と、いままで鳴りをひそめていた十五、六そうのランチから、いっせいにわっと、ときの声がおこったかと思うと、十数本のサーチライトが、あかつき丸を中心にいりみだれ、けたたましいエンジンのひびき。
なかにははやあかつき丸にとりついたものもあるとみえて、甲板のうえでうちあうピストルの音。いよいよあかつき丸襲撃がはじまったのだ。
金田一耕助はこのようすを、手に汗をにぎって見ていたが、そのときだった。とつぜん、あかつき丸の甲板にあたって、なにやら異様な爆音がきこえてきたかと思うと、えたいの知れぬ巨大なかげが、むくむくと甲板からうきあがってきたのである。
金田一耕助はびっくりして、その大きな怪物のかげにひとみをこらしていたが、
「ああ、ヘリコプターだ!」
と、思わずいきをのみこんだ。
怪獣男爵の脱走
ヘリコプターは甲板のさわぎをしりめにかけ、ふわりと宙に浮いたかと思うと、おりからの星空たかくのぼっていく。
それをめがけてピストルのたまがみだれとんだが、ヘリコプターはすぐに、たまのとどかぬ空たかく、まいあがってしまった。
「しまった! しまった! ヘリコプターの用意があるとは気がつかなかった」
金田一耕助はランチの上で、じだんだふんでくやしがったが、空と海、つばさなき身の追いかけるすべとてもない。
ヘリコプターは警官たちをあざけるようにゆうゆうと海上を旋回していたが、そのとき、あかつき丸の甲板から、ただならぬさけび声がきこえてきたので、ふりかえってみると、ああ、なんということだろう。あかつき丸の船底から、大きなほのおがもえあがってきたではないか。
怪獣男爵はにげるにさきだち、船に火をはなっていったのだ。
ほのおは見る見るうちにもえひろがって、いまにもあかつき丸をひとなめにせんいきおい。おどろいたのは甲板にいたひとびと、敵も味方も右往左往、あわててランチにとびおりるものもあれば、海へとびこむものもある。
それにしても滋はどうしたか。怪獣男爵がつれ去っていてくれればよいが、もし船にのこっているとしたら……。
金田一耕助はそれを思うと、目のまえがまっ暗になるような気持ちである。
こうして金田一耕助は、あかつき丸に気をとられていたので、おなじランチにのっている、井川刑事のふしぎな態度に、すこしも気がつかなかった。刑事はすきを見すまして、懐中電燈をとりだすと、空にむかって二、三回ふった。それからそっと、珠次郎のうしろによりそった。
と、そのときヘリコプターから、なにやらパラリとおちてきたのはなわばしごだ。長い長いなわばしごである。ヘリコプターはなわばしごをぶらさげたまま、あいかわらず、ゆうゆうと空を旋回している。
金田一耕助もそれに気がついたが、まさかそれが、井川刑事のあいずによるとは気がつかなかった。きっと海にとびこんだ、仲間をすくおうとしているのだと思ったのである。それよりも気にかかるのはあかつき丸。
あかつき丸は、いまやはんぶん以上も火につつまれて、しだいに右へかたむいていく。むろん、甲板にはもう人影とてもない。
ドカン、ドカン!
とつぜんものすごい音がとどろいた。船につまれていた火薬がばくはつしたのにちがいない。青白いほのおが、いなずまのようにひらめいたかと思うと、あかつき丸はたちまち、大きな火の玉となってしまった。
その火の玉をとりまいて、まひるのような海上を右往左往するランチ。海のなかからすくいをもとめる声……。
金田一耕助は手に汗をにぎって、こういうようすを見ていたが、そのときである。だしぬけにうしろのほうで、ただならぬさけび声がしたので、びっくりしてふりかえると、ああ、なんということだろう。
ヘリコプターからおろされた、なわばしごのさきにとりついているのは、井川刑事ではないか。しかも刑事のかた腕には、珠次郎がだきすくめられているのだ。
「ああ、おとうさん、おとうさん!」
すくいをもとめる少年の声。
「おお、珠次郎!」
鬼丸太郎はあわててそばへかけよったが、そのしゅんかん、なわばしごはランチをはなれて、空高くまいあがっていった。
それとみて付近のランチから、パンパンとピストルがはなたれたが、すぐにそれもやんでしまった。珠次郎にあたってはならぬと思ったからである。
井川刑事はゆうゆうと、珠次郎をだいたまま、なわばしごをのぼっていく。いまはもううたがう余地はない。井川刑事こそ、怪獣男爵のスパイだったのである。
ひとびとは手に汗をにぎって、このようすをながめていたが、そのときだった。ヘリコプターから大きな袋がなげおろされた。袋はいったん海へしずんだが、すぐまた浮かびあがってくると、プカプカと水のうえに浮いている。五、六そうのランチが、すぐそのまわりに集まった。
「あっ、人間だ、人間だ。だれか人があの袋のなかにいれられているのだ!」
そうさけんだのは謙三のようだった。みるとなるほどその袋は、人間のかたちをしていてしかも、ぴくぴく動いている。
金田一耕助はそれを見ると、すぐランチをそばへよせ、袋を海からひきあげると、口をきって、なかから人をひきだしたが、そのとたん、おどろきの声が口をついて出た。
「おお、滋君、滋君、滋君じゃないか」
「ああ、先生、ぼくは……ぼくは……だいじょうぶです」
滋はそれだけいうと、金田一耕助にだかれたまま、気をうしなってしまった。
ああ、怪獣男爵は珠次郎をうばいさったかわりに、滋をかえしてよこしたのである。
空をあおげば、なわばしごにはもう人影はなく、ヘリコプターは星月夜の空たかくまいあがると、水平線のはるかかなたに、すがたを消してしまった。
燃えさかるあかつき丸をあとにのこして……。
鬼丸太郎の告白
こうして神奈川沖におけるあかつき丸襲撃は、あれほどの大さわぎにもかかわらず、けっきょくは大失敗だった。
とらえられたものといえば、みんな下っぱの連中ばかり、なかにはそんな悪い船とも知らず使われていた人さえあったくらいである。
そして、かんじんの怪獣男爵や小男の音丸三平、さては、にせ身体不自由者の津川先生たちは、剣太郎や鏡三をつれて、まんまとヘリコプターでにげてしまったのだ。
ただ、立花滋をとりかえすことができたのが、せめてもの成功といえたが、それとても、珠次郎がうばいさられたのだから、さしひきするとゼロみたいなものである。
それだから、さわぎのしずまるのを見とどけて、警視庁の一室へひきあげてきた、等々力警部や金田一耕助、さては謙三たちは、すっかりしょげきっていた。
「鬼丸太郎さん」
金田一耕助はベールの人にむかって、
「あなたには、なんともおわびの申しあげようもありません。ぼくがそばについていながら、珠次郎君をとられてしまうなんて……」
「いや、いや、それはあなたのあやまちではありません。わたしのほうが、あなたより珠次郎のちかくにいたのですから……」
「なんにしても、ヘリコプターを持っていようなどとは夢にも思わなかった。それと知ったら、もっと用意のしようがあったのに……」
等々力警部はいかにもざんねんそうである。
「これでまた、手がかりがなくなったわけですね。怪獣男爵がどこへ逃げたか……」
謙三も、くやしそうにつぶやいたが、そのときだった。
「いいえ、そんなことはありません」
と、きっぱりといいきったのは鬼丸太郎。
「怪獣男爵がどこへにげたかわかっています。あいつは|迷宮島《めいきゅうとう》へいったのです」
「迷宮島……?」
一同は思わず鬼丸太郎の顔を見なおした。
さっきから部屋のすみにねかされていた滋も、ようやく正気にもどったのか、むっくりと頭をあげて、一同の話をきいている。
「そうです。迷宮島です。怪獣男爵はわたしの三人の子をとりこにしました。そして三つの|鍵《かぎ》を手にいれました。だからあいつらはその鍵で、大迷宮の|扉《とびら》をひらき、わたしのかくしておいた大金塊を、手にいれようとしているのです」
「大金塊ですって? それじゃ、そんなものがほんとにあるんですか」
等々力警部が息をはずませた。
「あります。迷宮島の大迷宮のおくに、わたしがかくしておいたのです」
金田一耕助はまゆをひそめて、
「しかし、鬼丸さん。あなたはどうしていままでに、それをとりにいかなかったのです」
「それはできないのです。三つの鍵がないかぎりは、かくした本人のわたしでさえも、大金塊に近よることはできないのです」
「鬼丸さん、もっとくわしくお話しくださいませんか。あなたはどうして、そんなことをなすったのですか」
金田一耕助はふしぎそうにたずねた。
「お話しましょう。みなさん、きいてください。こういうわけです」
そこで鬼丸太郎がうちあけた話というのは、世にもふしぎな話だった。
アメリカで世界的サーカス王といわれていた鬼丸太郎が、サーカスを売ろうと決心したのは、三つ子の子どもがうまれたからだった。
鬼丸太郎は三人の子を、日本で教育したいと思って、サーカスを売り、その代金をぜんぶ金塊にかえ、日本に持ってかえったのである。
「わたしは、それをなんべんにもわけて、日本へ持ってかえりました。そして、まえに買っておいた瀬戸内海の無人島に、大迷宮をつくり、そのなかに金塊をかくしたのです。そして迷宮をひらく三つの鍵を、三つ子のからだにひとつずつ、ぬいこめておいたのです」
鬼丸太郎がなぜそんなみょうなことをしたかといえば、弟の鬼丸次郎をおそれたからだった。鬼丸博士は学者のくせに、はらぐろい人物で、かねてから大金塊をねらっていたのだ。
「わたしは弟のために、いつ殺されるかもしれないと思いました。だからじぶんが死んでも三人の子が大きくなれば金塊が、手にはいるようにと思って、そういう用心をしたのです。わたしは三人をべつべつの人間にあずけて、そだててもらうことにしました」
鬼丸太郎のその用心はよかったのである。
なぜならば、鬼丸太郎がそれだけの用意をととのえ、さて、サーカスのあとしまつに、もういちどアメリカへわたってかえってきたとき、かれは船のうえから鬼丸博士にゆうかいされて、迷宮島の|土《つち》|牢《ろう》のなかにとじこめられてしまったからだった。
「弟は迷宮をひらく方法をおしえろといいました。わたしはおしえませんでした。それでわたしは十二年という長いあいだ、せまい土牢のなかにとじこめられていたのです」
ああ、それはなんというおそろしい話だろう。十二年間の土牢生活、きいただけでもゾッと身ぶるいがするではないか。
「しかし、弟にせめられているうちはまだよかったのです。そのうちにもっとおそろしいことがおこりました。怪獣男爵が秘密をかぎつけ、弟にかわってわたしをせめはじめたのです。
ああ、そのおそろしさ、わたしは去年やっとのことで、土牢を脱走することができたのですが、それまでに、なんべんあいつのために、死ぬようなめにあわされたかしれません。わたしの顔がこのように、どくろみたいになったのも、みんなそのあいだの苦しさ、おそろしさのためなのです」
鬼丸太郎はそういって、どくろのようなあの顔を、ひしとばかりに両手でおおうのだった。
迷宮島
さて、話かわって、瀬戸内海のほぼなかほど、広島県の海岸線から、はるか南の海上に、周囲一里ばかりの小島がある。
そこはもと無人島だったのだが、いまから十五年ほどまえに、アメリカがえりの金持ちが、買いとったとかいうことで、大工事がはじまった。
工事は、やく一年ほどつづいて、島の中央のおかのふもとに、まるで西洋の城のようなりっぱな家がたったが、どういうわけか、それきり住むひともなく、いまではあれるにまかせてあった。
だからいまでも島のちかくを船でとおると、物見やぐらや鐘つき堂が、赤松林のうえにそびえているのが見えるのである。
ちかくの島に住むひとは、この島をゆうれい島とよんでいて、だれひとり近よるものはいなかった。
それというのがその島には、どくろのような顔をしたゆうれいが出るだの、人か|猿《さる》かわからぬような怪物が住んでいるだの、いろいろあやしいうわさがあるからである。
さて、神奈川沖であの大さわぎがあったつぎの日のことだった。ゆうれい島のちかくの島では、またしてもみょうなうわさがたっていた。
ゆうべま夜中に、空にあたってみょうな爆音がきこえたかと思うと、それが幽霊島におりていったというのである。
だから、いまにあの島になにか、おそろしいことがおこるにちがいないが、どんなことが起ってもけっして近よってはならぬと、たがいにいましめあっていたのだ。
ああ、それにしても、ひとびとがきいた爆音とは、ヘリコプターではなかっただろうか。神奈川沖から脱出した怪獣男爵が、ひょっとするとこの島へ、おりたのではないだろうか。そして人のおそれるこの島こそ、大金塊のねむる迷宮島ではあるまいか。
そうだ、そうだ。そのとおりなのである。
そのしょうこには、赤松林のうえに見えるあの物見やぐらのなかに立っているのは、小男の音丸三平ではないか。
それにしても、小男はそんなところで、いったい、何をしているのだろうか。ぴったりと物見やぐらの壁に身をよせ、さっきから一心に下を見おろしているのだ。その目はまるでえものを|狙《ねら》ったタカのようなするどさである。
ああ、わかった。
小男がねらっているのは、あのにせ身体不自由者の津川先生なのだ。津川先生はそんなところから小男が見ているとは知るや知らずや、地図のようなものをかた手に持って、城のまわりをあるきまわっているのである。
それにしても読者がもし、ひとめでも空からこの島を見おろしたら、どんな大きなおどろきにうたれることだろう。
うえから見ると島全体が、大きなくもの巣のように見えた。
島の中央にある城を中心として、四方八方に道が放射しており、それらの道を、無数のわき道がつないでいる。そして、どのみちも両がわには、たかいコンクリートの|塀《へい》がめぐらしてあるのだ。
読者は迷路というのをごぞんじだろう。よく雑誌のクイズやなんかに出ているが、迷宮島は島ぜんたいが大きな迷路になっているのだ。たかいコンクリートで両がわをさえぎられた道のなかには、とちゅうで袋になっているのもあるし、また、いくら步いてもいつのまにかもときたところへかえる道もある。
ああ、なんというすばらしい大工事だろう。これこそは世界的サーカス王、鬼丸太郎が、じぶんの一生の富をかけてつくった大迷路、大迷宮なのだった。
それはさておき、地図をかた手に迷路のなかをあるきまわっていた津川先生は、どうしても思うところへ出られないのか、しばらくするとがっかりしたような顔色で、城のほうへひきかえしてきた。
それを見ると小男も、すばやく、物見やぐらから、すべりおりていった。
城へかえってきた津川先生は、あたりのようすをうかがいながら、じぶんの部屋へかえっていったが、しばらくして出てきたところを見ると、ああ、なんということだろう。鬼丸太郎そっくりの、どくろの面をつけ、マントを着ているではないか。
わかった、わかった。津川先生は鬼丸太郎に変装して、なにか悪いことをしようとしているのだ。
そして、それにつけても思い出すのは、いつか軽井沢で剣太郎のじいやを殺したどくろ男のことだが、あれも鬼丸太郎ではなく、津川先生が、鬼丸太郎に変装していたのではないだろうか。
それはさておき、どくろ男に変装した津川先生は、ひろい城内のホールを、しのびあしであるいて行く。
ゆうべのつかれで、怪獣男爵をはじめとして、ほかの連中はみんなぐっすり寝ているはずである。もうそろそろ日の暮れかけた城のなかは、シーンとしずまりかえってうすぐらい。
津川先生は大きなかしのドアの前に立ちどまった。そして、しばらくなかのようすをうかがっていたが、やがてそっとドアを押した。ドアはなんなくひらいたので、津川先生はすばやくなかへすべりこみ、ドアをぴったりしめた。
窓という窓には、カーテンがおりているので、部屋のなかはまっくらである。津川先生はしばらくあたりのようすをうかがっていたが、やがて手さぐりで部屋のすみにあるたんすのそばへよると、ひきだしを開いて、ゴソゴソなかをかきまわした。
しかし、そのひきだしには、ねらっている品がなかったのか、また、つぎのひきだしに手をかけたが、そのときだった。くらやみのなかでガチャリと音がしたかと思うと、
「うわっ、しまった!」
と、いう津川先生のさけび声。
とたんにパッと電気がついたが、その光で、部屋のなかを見まわした津川先生は、どくろ面のおくで、まっ青になってしまった。
部屋の中央にあるいすには、怪獣男爵がゆったりすわっているではないか。そして、そのうしろには、鉄のくさりで腰をつながれた、剣太郎、珠次郎、鏡三の三つ子少年が、ゆうれいのような顔をして立っているのだ。ドアのほうを見ると、そこには小男の音丸と、にせ刑事の井川が、ニヤニヤしながら立っているのである。おまけに津川先生は、いつの間にやら両手に手錠をはめられているではないか。
「これ、津川!」
怪獣男爵はいかりに声をふるわせた。
「きさまはここへ何しにきた。おおかた三つの鍵をぬすもうと、しのびこんで来たのであろう。あの、ここな、ふとどきものめ!」
「いいえ、いいえ、男爵さま……」
「いうな、いうな。かねてから、きさまがわしをだしぬいて、大金塊をよこどりしようとたくらんでいることは、わしはちゃんと知っていたのだ。津川、うらぎりものにたいするおきてを、きさまもよく知っているはずだな」
怪獣男爵はのどのおくでひくく笑うと、
「ちょうどいい。これからいよいよ大迷宮の扉をひらこうという、かどでの血祭じゃ。津川、かくごはよいだろうな」
怪獣男爵のゴリラのような指が、ひらいたり、つぼんだりした。津川先生はまっ青になってぶるぶるふるえている。
迷路を行く
それはさておき、怪獣男爵がヘリコプターで、迷宮島へおりたつぎの日の、日が暮れてからまだまもないころのことだった。
おりからの月明かりをたよりに、迷宮島の東の入江へ、しずかにこぎいれていく小船が二そうあった。いずれもこのへんの漁師がつかう、ふつうの小さい漁船である。
それにしても、人もおそれるこの島へ、しかも日が暮れてから近づくとは、なんという大胆な人々だろうと、よくよく見ればそれもそのはず、これこそは怪獣男爵のあとを追って、東京からやってきた金田一耕助とその一行ではないか。
まず、先頭の船にのっているのは、金田一耕助と等々力警部、それからどくろ男の鬼丸太郎。
第二の船には立花滋と謙三、むろん、どの船にもひとりずつ、警官がのっていて、船をこいでいるのだ。
二そうの船はしずかに入江のおくへすすんでいく。空には|利《と》|鎌《がま》のような月がかかって、月光のなかにくっきりと、城のようなたてものがそびえている。それを見ると滋は、武者ぶるいが出る感じだった。
やがて船が船着場へつくと、鬼丸太郎がまず第一に船から陸へとびあがった。それにつづいて金田一耕助と等々力警部。滋も謙三といっしょに船からあがった。
やがて一同が上陸すると、鬼丸太郎が先頭に立ち、島のおくへとすすんで行った。だれひとり口をきくものはなく、おとなたちはかた手にピストル、かた手に懐中電燈を持っていたが、さいわいの月明かりに、懐中電燈の必要はなさそうだった。
いくこと一キロあまりにして、一同は、はば十メートルばかりの|堀《ほり》のそばに着いた。見ると対岸には高い城壁がめぐらしてあり、正面にはアーチがたの城門が見え、その城門のすぐ前に橋がななめに、空にむかってはねあげられているのだ。金田一耕助は橋を見あげながら、
「鬼丸さん、あの橋がおりてこなければ、われわれはこの堀をわたることができませんね」
「だいじょうぶ、こちらからでも橋をおろすことができます。怪獣男爵が気がついて、そのしかけをこわしていないかぎりは……」
鬼丸太郎は堀についている石段を、五、六段おりていくと、石がきの石を一つとりのけ、穴のなかへ両手をつっこみ、ハンドルをまわすような手つきをしていたが、するとどうだろう。あのはね橋が音もなく、こちらへむかっておりてくるではないか。
一同が思わず、手に汗をにぎっているうちに、橋はぴったり一同の前におりた。
鬼丸太郎は石段をのぼってくると、
「さすがの怪獣男爵も、このしかけには気がつかなんだとみえる。さア、じゃまのはいらぬうちに橋をわたってしまいましょう」
滋はまるで、おとぎばなしの国へ来たような気持ちである。橋をわたると城門には大きな鉄の扉がしまっている。
鬼丸太郎はポケットから古びた鍵をとりだすと、やがて鉄の扉は八文字にひらかれた。そのとき鬼丸太郎は一同をふりかえり、
「さア、われわれはこれから大迷宮のなかへはいるのですが、みなさんはけっしてわたしのそばをはなれてはなりませんぞ。大迷宮のなかで迷うと、とてもそとへは出られませんからね」
それを聞くと一同は、思わずさっと緊張した。滋も胸がどきどきしてきた。
扉のなかは短いトンネル。そのトンネルをぬけて、城壁のなかへ一步足をふみいれたせつな、滋はまた、おとぎばなしの国へ来たような、なんともいえぬ不思議な気がした。
そこには半径二十五メートルばかりの、コンクリートでかためた広場が、正確な半円をえがいているのだが、その周囲には高さ五メートルばかりのコンクリートのへいが、ずらりとめぐらしてある。そしてそのへいのはるかかなたに、物見やぐらが見えるのだ。
鬼丸太郎はそれを指さし、
「みなさん、ごらんなさい。あのへいには五つの道がひらいています。しかし、むこうに見える物見やぐらへ行きつくことができるのは、たった一つの道しかないのです。もしまちがってほかの道へふみこんだら、それこそ、大迷宮のなかへまよいこんでしまうのです。さア、いきましょう」
鬼丸太郎はつかつかと広場を横ぎると、右から二つめの道へはいっていった。その道というのは、はば三メートルほどあって、両がわには五メートルほどの高さのコンクリートべいが、ずらりとめぐらしてある。
だから、前と後と上以外には、どこも見えないようになっているのだ。
この道をいくこと三百メートル。
そこにはまた直径五十メートルの円形広場があり、広場をとりまくコンクリートべいには、いま来た道もふくめて、五つの道がひらいていた。
「みなさん、おわかりですか。さいわいにして迷路の入口で、正しい道をえらんだとしても、ここでまちがったらなんにもなりません。さア、わたしについておいでなさい」
鬼丸太郎はへいぞいに、広場を右へまわったが、やがて二つめの道へはいっていった。
滋もそのあとからついていったが、その道もさっき来た道とぜんぜん同じで、目印一つない。
しかもいくこと三百メートル、そこにはまたもや、さっきの広場と寸分ちがわぬ広場があって、同じような五つの道がついているではないか。
鬼丸太郎はこんどはその広場を左へまわると、すぐとなりの道へはいっていった。
金田一耕助はしだいにこうふんしてきて、
「鬼丸さん、鬼丸さん、もしまちがって、ほかの道へはいっていったらどうなりますか」
「そこにもやっぱり、三百メートルいくと広場があり、広場には五つの道があります。こうして広場と道は島ぜんたいにひろがっているのですが、広場にも道にもなんの目印もありませんから、いちど通ったところへかえってきても気がつきません。だからいったん迷路へふみこんだらとても出ることはできないのです」
それをきくと滋はゾッとするような気味わるさを感じないではいられなかった。
しかも、いけどもいけども同じような道と広場ばかり、滋はなんだか頭がへんになりそうだった。
しかし、さしもに長いこの迷路も、やっとおわりに近づいた。
第八番めの広場をすぎると、鬼丸太郎が一同をふりかえり、
「さア、みなさん、われわれはまもなく、迷路を出ます。迷路のそとにはお城がありますが、そのお城には怪獣男爵がきているにちがいありませんから、どなたも用心してください」
それを聞くと一同は、またあたらしい危険にさっと緊張した。
地底の爆発
第八番めの広場をすぎていくこと三百メートル。
はたして一同は迷路のそとへ出たが、滋はそのときのこうふんを、のちのちまでわすれることができなかった。
迷路のそとにはゆるい傾斜をした丘があり、丘の上にはあの城が、月光のなかにそそり立っているのだ。それはまるでおとぎばなしか、夢の世界のような風景だった。
一同はしばらく地上に身をふせて、城のようすをうかがっていたが、あたりはシーンとしずまりかえって、ひとのけはいはない。
とつぜん、城のむこうの森で、するどい鳥の声がしたが、それが消えると、あとはまた墓場のようなしずけさ。
一同は地上をはうようにして、坂をのぼっていったが、別にとがめるものもなくぶじに玄関までたどりつくことができた。
そこでまた一同は耳をすましたが、城のなかはひっそりしてものおとひとつきこえない。
鬼丸太郎は鍵を出して玄関のドアをひらいた。玄関のなかは広いホール。
むろんあかりはついていないが、窓からさしこんでくる月光に、ぜんぜんなんにも見えぬということはない。
鬼丸太郎はすりあしで、ホールを横ぎると大きなかしのドアの前に立ち、また、きき耳をたてている。
「なにかきこえますか」
金田一耕助が小声で聞いた。
「いいえ、怪獣男爵がいるとすれば、この部屋ですが、ひょっとするとあいつは地下迷路へはいっているのかもしれません」
「地下迷路……!」
金田一耕助はくらやみのなかで目をみはったが、鬼丸太郎はそれにはこたえず、そっとドアをおした。ドアには鍵がかかっていなかったらしく、なんなく開いた。
鬼丸太郎はかべの上をさぐって、電気のスイッチをひねったが、そのとたん、一同は思わず、ピストルをにぎりしめた。部屋の正面の安楽いすに、男がひとり、ゆうぜんと腰をおろしているのだが、なんとそいつの顔は鬼丸太郎とそっくりではないか。
「だれだ、そこにいるのは!」
等々力警部がピストルをかまえ、声をはげましてたずねたが、へんじはおろか、相手は身うごきひとつしない。
「おい、へんじをしろ、へんじを……へんじがないと撃つぞ!」
しかし、それでも相手は、へいぜんとして、へんじはおろか身うごき一つしないのだ。
警部はふしぎそうに顔をしかめていたが、やがて思いきったように、つかつかと安楽いすのそばにより、男の肩に手をかけた。するとどうだろう。そのとたん、男のからだがずるずるといすからすべり落ちたかと思うと、バサリと落ちたのはどくろの仮面。
「あっ、津川先生だ!」
と、滋がさけんだのと、等々力警部が、
「あっ、しめ殺されている!」
と、びっくりしたのはほとんど同時だった。いかにもそれは津川先生……しかもその津川先生はむざんにしめころされていたのである。
「怪獣男爵のしわざですね。ごらんなさい。こののどを……大きな指のあとがついている」
金田一耕助は身ぶるいしながら、
「それにしても、怪獣男爵はどこへいったのか」
と、あたりを見まわしたが、そのときだった。どこかでドカンと爆発音が聞えると同時にあたりがゆらゆらゆれたのは……。
「地震……?」
「いいや、地震ではありません」
そうさけんだのは鬼丸太郎。こうふんに声をふるわせて、
「あれは地下迷路の爆発した音です。だれかが迷路の扉をあけそこなったのです。しかし、ふしぎだ、そんなはずはない。怪獣男爵はほんものの三つの鍵を持っている。爆発なんてするはずがない。しかし行ってみましょう。みなさん、来てください」
先頭に立って走りだす鬼丸太郎に追いすがりながら、滋が声をかけた。
「おじさん、おじさん、それでは鍵がちがっていると爆発するの」
「そうだ、そうだ。そのとおりだ。あの鍵は見たところなんのへんてつもないが、たいへんびみょうにできていて、一ミリの十分の一でもくるいのある鍵で、むりに扉をあけようとすると、爆発するしかけになっているのだ。つまり、そしてぜったいに、合鍵ができないようにしておいたのだ」
滋はそれをきくと、なにかしら、不思議なほほえみをうかべた。
男爵の最期
それはさておき、城のうしろに森のあることは、まえにも書いておいたが、その森は高いがけの上にしげっているのだ。がけの下には谷川が流れているが、その谷のほとりに、ちょっと大きな|洞《どう》|窟《くつ》があった。
鬼丸太郎は一同をそこまで案内すると、
「これが地下迷路の入口です。この島は石灰岩からできているので、地下には|鍾乳洞《しょうにゅうどう》がくもの巣のように走っているのです。わたしはその鍾乳洞に手をくわえ、一大地下迷路をつくりました。そしてそのおくに大金塊をかくしたのです。さア、いってみましょう」
「ああ、ちょっと待ってください。地下迷路の入口は、これだけですか」
「そうです。ほかにもあったのですけれど、みんな岩でふさいでしまいました」
「よし」
等々力警部はふたりの警官をふりかえり、
「きみたちはここで見張りをする。いいか、あやしいやつがとび出してきたらかたっぱしから、ひっとらえる。わかったね」
「はっ、しょうちしました」
ふたりの警官をそこにのこして、ほかのものはぜんぶ洞窟のなかへもぐりこんだ。洞窟のなかはまっ暗なので、みんなてんでに懐中電燈をふりかざしていた。
はじめのうち洞窟はひくくて、せまくて、おとながやっと立って步けるくらいだったが、いくほどに、しだいに高く、ひろくなって、いくこと三百メートル。きゅうにあたりがひろくなったかと思うと、直径二十メートルばかりの円形広場にぶつかった。