「ごらんなさい。わたしはここを青銅の殿堂とよんでいました。第一の扉はここにあるのです」
一同は懐中電燈の光であたりを見まわし、思わず、あっと感嘆の声をはなった。
広場の壁という壁には、無数の鍾乳石が、|白《しろ》|蛇《へび》のようにからみあい、天井からもいちめんに、大小さまざまのかたちをした、鍾乳石がぶらさがっている。
そして、それらの鍾乳石のあいだに、点々として青く光っているのは|蛍石《ほたるいし》だろう。そのうつくしさ、荘厳さは、筆にもことばにもつくせぬくらいで、滋は全身がしびれるような気がしてならなかった。
「この広場には七つの洞窟が口をひらいています。わたしはその一つを大きな岩の扉でふさぎ、それを第三の鍵でひらくようにしておいたのです。ごらんなさい。その扉がひらいているところを見ると、怪獣男爵が中へはいっているにちがいありません」
なるほど、鬼丸太郎の指さす洞窟の入口のそばには、大きな岩がレールにのっかって横たわっている。
その岩にはふとい鉄のくさりが網のようにからみついているのだ。
鬼丸太郎はその洞窟のそばにより、かたわらの壁を指さすと、
「ほら、そこにかべをくりぬいて、青銅の仏像がおいてあるでしょう。その仏像のおなかに鍵穴があります。その鍵穴へ第三の鍵をいれて、右へ七度まわせばこの岩がうごくのです」
その仏像というのは、高さ五十センチばかりの、ごく小さなものだったが、それがこの大きな岩を動かす力を持っているのかと思うと、滋はいまさらのように、機械の力の偉大さに、おどろかずにはいられなかった。
「さア、この中へはいってみましょう。怪獣男爵は、きっと、このおくにいるにちがいありません」
「ああ、ちょっと待ってください」
金田一耕助は立ちどまって、
「もしまちがって、ほかの洞窟へまよいこんだらどうなりますか」
「それこそ、とても生きてふたたび、洞窟を出ることはできないでしょう。そこには天然の鍾乳洞のほかに、わたしが手をくわえてこしらえた迷路が網の目のように走っていますから、なにも知らないものがまよいこんだら、それこそ、みずから地獄へおりていくのも同じです」
「鬼丸さん、あなたは、どうしてそんな迷路をこしらえたのです。それもみんな、大金塊をかくすためですか」
「いいえ、そればかりではありません。地上の大迷宮といい、地下のこの大迷路といい、みんな外人をよぶためです。わたしは永く外国にいたので外人の気持ちをよく知っています。かれらは迷宮だの迷路だのというものをことのほか好むのです。わたしはこの島全体を、一大観光地にするつもりでした」
滋は、それをきくと思わず、あっと感心した。
金田一耕助もうなずいて、
「わかりました。いまに、きっとあなたの希望が、とげられるときがくるでしょう。さア、それでは中へはいってみましょう」
鬼丸太郎を先頭に立て、一同はまた洞窟のなかへもぐりこんだが、ものの二百メートルもあるいたころ、鬼丸太郎がふいにギョッとしたように立ち止まった。
「鬼丸さん、どうかしましたか」
「しっ、むこうからだれかくる。みなさん、懐中電燈を消してください」
それを聞くと一同は、あわてて懐中電燈を消すと、ぴたりと洞窟の壁に身をよせた。
いかにも鬼丸太郎のいうとおりである。たしかに、だれかむこうからやってくるのだ。ドタバタという足音にまじって、ひくい、おこったようなうめき声がきこえてきた。それをきくと滋と謙三は思わずゾッと全身の毛がさかだつのをおぼえた。
ああ、その声……それこそはまぎれもなく、怪獣男爵のうめき声ではないか。
一同がいきをのんで待ちかまえているとも知らず、まもなくむこうのほうから懐中電燈の光が二つあらわれた。ああ、もうまちがいはない。
怪獣男爵と、小男の音丸三平。怪獣男爵はけがでもしたのか、ヨロヨロしながら、いかりにみちたうめき声をあげている。それを見ると等々力警部が、ふいにズドンと一発ぶっぱなした。
おどろいたのは怪獣男爵と小男だ。あわてて懐中電燈を消すと、ズドン、ズドンとむこうからもうってきた。それとみるやこちらからも、いっせいにピストルが火をふいた。
こうしてしばらく、まっくらな地下の洞窟で、ピストルのうちあいがつづけられていたが、多勢に無勢、とてもかなわぬと思ったのか、怪獣男爵はいかりにみちたさけび声をあげ、もと来た道へとにげて行った。
一同はそれを追っかけていくうちに、またさっきと同じように、直径二十メートルばかりの広場へ出た。
「これが白銀の殿堂です。しかし、怪獣男爵はどっちのほうへ逃げたのか……」
そこにも七つの洞窟が口をひらいていた。一同は懐中電燈をつけて、あたりを見まわしていたが、ふいに謙三が、
「あっ、こっちです、こっちです。ほら、ここに血のあとがつづいています」
と、さけんだ。
なるほど、見れば点てんとつづいた血のあとが広場を横ぎって、ひとつの洞窟のなかへ消えているのだ。
謙三がいきおいこんで、その洞窟へとびこもうとするのを腕をとって、ひきもどしたのは鬼丸太郎。
「よしなさい。怪獣男爵はもう死んだも同じことです。この洞窟へまよいこんだら、とてもふたたび出ることはできますまい。それよりこうして……」
鬼丸太郎はピストルを、洞窟のおくめがけて、ぶっぱなした。
ほかの人たちもそれにつづいて、ズドンズドンとうちまくった。
「さア、こうしておけばあいつはいよいよおくへ逃げこむでしょう。そして、地底の迷路をいつまでも、さまよい步くのです」
こうしてさしもの怪獣男爵も、地下迷路のなかへ消えてしまったのだった。
第一の|鍵《かぎ》
「さア、これで怪獣男爵はかたづきました。それでは|黄《おう》|金《ごん》の殿堂へいってみましょう」
前にもいったとおり、そこは白銀の殿堂というのだが、そこにも壁をくりぬいて、小さな白銀の仏像がおいてあった。そしてその仏像のすぐそばに、さっきと同じような岩の|扉《とびら》がひらいているのだ。いうまでもなく怪獣男爵が第二の鍵でひらいたのだった。
鬼丸太郎を先頭に立て、一同はその洞窟へはいっていったが、いくらもいかぬうちに、もうもうたる土けむりが、洞窟のなかにたちこめているのに気がついた。
「あっ、これは……」
一同は思わずハンケチで口をおさえた。
「黄金の殿堂が爆発したのです」
鬼丸太郎はしずんだ声でつぶやいた。
「それにしても、どうしてこんなことになったのか、怪獣男爵はほんものの鍵を持っているはずなのに……」
進むにしたがって、土けむりは、いよいよはげしくなってきて、息をするのも苦しいくらいである。それをこらえて、おくへおくへと進んでいくうちに、あっとさけんで立ちどまったのは滋だった。
「ど、どうしたの、滋君!」
と、金田一耕助。
「だれかが、おくのほうで呼んでいます。あ、あれは、剣太郎君や鏡三君の声だ!」
それを聞くと一同は、|脱《だっ》|兎《と》のごとく走りだした。
もう土けむりなど、もののかずではない。いくことおよそ三百メートル、一同は大きな土くずれにぶつかった。
「剣太郎、珠次郎、鏡三!」
鬼丸太郎がむちゅうになってさけんだ。
「あっ、こちらです。こちらです。助けてください!」
土くずれのむこうから、三人の少年が口ぐちにさけぶのがきこえた。一同はやっきとなって土くずれのあいだをさがしたが、やっと人ひとりは出せるくらいのすきまを見つけた。怪獣男爵と小男も、そこからはい出してきたにちがいない。点々として血のあとがつづいている。
一同がそのすきまからはいこんでいくと、土くずれのむこうがわには、かなりひろい空地がのこっており、そこに剣太郎、珠次郎、鏡三の三少年が、まっ青になってたたずんでいた。
三人は鉄のくさりで、鍾乳石のふとい柱にしばりつけられているので、身動きさえもできないのだった。
「ああ、剣太郎、珠次郎、鏡三、おまえたちはぶじだったか。剣太郎や鏡三はまだ知るまいが、わたしがおまえたちのおとうさんだよ」
こうして、ながい別れののちにめぐりあった親子四人が、どんなによろこびあったか……それらのことはあまりくどくどしくなるからはぶくとして、そのとき、とつぜん、
「あっ、こんなところに人が死んでいる!」
そうさけんだのは謙三だった。
その声に一同がふりかえってみると、なるほどいまの土くずれで、おしつぶされたのだろう。男がひとり大きな岩のかたまりの下じきになって死んでいた。懐中電燈の光で見ると、それはにせ刑事の井川だった。
ああ、天のさばきはなんというきびしさだろう。罪のない三少年はぶじに助かったのに、井川は土くずれの下じきとなり、怪獣男爵と小男は、おそろしい地下の迷路にすいこまれてしまったのである。
一同はしばらくシーンと顔を見合わせていたが、やがて鬼丸太郎がかたわらの壁を指さし、
「みなさん、これをごらんください。ここに金色の仏像があるでしょう。この仏像にも小さな鍵穴があります。ここへ第一の鍵をさしこんで右へ七度まわすと、そこにある岩の扉が開くのです。そして、その扉のうしろには、大金塊があるのですが、第一の鍵を失ったいまとなっては……」
鬼丸太郎がかなしげに声をうるませたときだった。とつぜん、大声でさけんだものがある。滋だった。
「おじさん、その鍵ならここにあります!……」
一同はびっくりしてそのほうを見ると、滋は声をふるわせながら、
「ぼくはもしものことがあってはならぬと、この鍵のにせものをこしらえておいたのです。怪獣男爵にゆうかいされたとき、ぼくの持っていたのはにせものです。ほんものはうちにしまっておいたのです。おじさん、これこそ、ほんとうのナンバー.ワンの鍵です」
「滋君!」
鬼丸太郎は滋の手から、小さな鍵をうけとると、ふるえる手で仏像の鍵穴にさしこんだ。そして、一度、二度、三度……鍵をまわすにつれて、あの大きな岩の扉が、ギリギリ、ギリギリ歯車の音とともにひらいていくではないか。
金田一耕助と等々力警部、それから謙三の三人は、息をのんでそれを見まもっていたが、やがて扉がひらくといっせいに、懐中電燈の光をそのおくにさしむけた。と、そのとたん、なんともいえぬふかい感動の声が、一同のくちびるをついて出たのである。
懐中電燈の光をうけて、さんぜんとかがやいているのは、人間の大きさほどもあろうという黄金のあみださま。ああ、それこそは、何億円というねうちのある大金塊なのだった。
さア、ながらくつづいたこの物語も、これでいよいよおしまいである。
大金塊はぶじに地下迷路よりそとへはこび出された。鬼丸太郎はそれを政府の手で処分してもらった。
鬼丸太郎はいまや大金持である。しかし、かれはそれをけっしてむだにつかおうとはしなかった。それをもとでに、迷宮島に手をいれて、そこを一大観光地にしようと一生けんめいである。剣太郎、珠次郎、鏡三の三少年もおとうさんに力をあわせてはたらいている。
やがてそこが瀬戸内海の一名物となり、外国の観光客をよびよせるのも間近いことだろう。
それにしても怪獣男爵はあれからどうしただろうか。その後鬼丸太郎は大勢の人をやとって、地下迷路をくまなく探したが、とうとう怪獣男爵や部下の小男の姿を発見することはできなかった。怪獣男爵は人知らぬ迷路のおくで死んだのだろうか。
いやいや、あのわるがしこい怪物のことだから、どこかに抜け道を発見してひそかに脱出したのではないだろうか。そしてまた、どこかで悪事をたくらんでいるのではないだろうか……。
本書には今日の人権意識に照らして不当.不適切と思われる語句や表現がありますが、作品執筆時の時代背景や作品の文学性などを考慮しそのままとしました。
[#地から2字上げ](角川書店編集部)
|大迷宮《だいめいきゅう》
|横《よこ》|溝《みぞ》|正《せい》|史《し》
平成15年1月17日 発行
発行者 福田峰夫
発行所 株式会社 角川書店
〒102-8177 東京都千代田区富士見2-13-3
shoseki@kadokawa.co.jp
(C) Seishi YOKOMIZO 2003
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川文庫『大迷宮』昭和54年 6 月20日初版発行
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