たかチャンの約束より、優梨と美亜を優先したアタシ。
たかチャンを傷つけ、嘘をつかせてしまった。
頭の中で、友情と彼氏が葛藤する──
……やっぱり、無視できないよ。
アタシは気持ちを固め、たかチャンにメールを送った。
〈会うのを放課後じゃなくて、たかチャンの学校の後にしてもいい?優梨に何かあったみたいだから、放課後に聞いてあげたいんだ…〉
赤い糸 きっとわかってくれるはず……。
アタシは返信を待った。
──優梨は大切な親友だ。
たかチャンとは夜でも会えるけど、門限のある優梨は放課後しか会えないし……。
今日は優梨を優先したかった。
ブー…ブー…ブー…
──きた!
急いで携帯を開く。
そこには、目を疑うような文字が並んでいた。
〈嫌だ。優梨とは電話で話せばいいだろ?〉
……ダメなの?
〈何かあったみたいだし、優梨は親友だもん…今日だけだから、わかって!〉
キーンコーンカーンコーン──
返信と同時に授業は終わり、放課後になってしまった。
ブー…ブー…ブー…
〈無理!待ってるから来いよ!〉
……そんなぁ。
なんでわかってくれないの?
夜には会えるのに──
「はぁ……」
溜め息をつき、優梨に断りのメールを作り始めた。
たかチャンが無理っていうなら、行けないよ……。
ブー…ブー…
メールの文章を作っていると、優梨から電話がかかってきた。
赤い糸 「──はい。どうしたの?」
「……グスッ……め、芽衣ぃ……」
──えっ?
優梨、泣いてる?
優梨の声は震え、鼻声になっている。
「どうしたの!?」
「……アタシ、どうしたらいいのか……わかんないよ……ウウウッ……」
「──え!?」
「芽衣ぃ……会いたいよぉ……」
優梨に何があったの!?
まったくわからなかった。
いつもアタシより全然大人なのに……。
こんなに泣いてすがる優梨は、聞いたことがない。
「……ど、どこいるのっ?」
「……グスッ。芽衣の高校ぉの……前ぇ……。今から来てぇ……」
どうしよう……。
行ったらまた、たかチャンを怒らせる。
アタシは即答できなかった。
「……グスッ。やっぱ……ダメだよね……」
「……」
「か……帰るね……」
帰ろうとする優梨……。
──ッ!
たかチャン、ごめんっ! !
アタシはバッグをつかみ、走り出した──
たかチャンには悪いと思うけど、泣いてる優梨を無視できない。
赤い糸 校門を出ると、塀に背をつけて下を向く優梨の姿が見えた。
「──優梨っ! !」
「芽衣……」
優梨は顔を上げ、アタシを見る。
その顔は化粧がくずれ、涙に濡れていた。
「どうしたの!? 何があったの?」
「……ご、ごめんね。来ちゃって──」
「いいから! とりあえず場所変えよっか……」
アタシは優梨に駆け寄り、抱きながら立たせた。
……どうしたんだろう。
優梨に何が?
ふたりは学校の近くのカラオケボックスに入った。
「ここなら皆に聞かれる心配もないし……、何があったか話して?」
「……心配かけてごめんね」
優梨はソファーに座り、涙を拭いながら言う。
「アタシ……どうしたらいいんだろ──」
そして優梨は天井を見上げた。
頬を伝い、次々と涙がこぼれ落ちる……。
「……」
「あたし、お腹に赤ちゃんがいるんだって……」
「──!?」
……嘘でしょ?
耳を疑った。
「8週目らしいよ……」
優梨は他人事のように言い、お腹を優しくなでた。
赤い糸 「病院行ったの?」
「うん……今日早退して行って来たんだ」
「そっか……」
……間違いとか、気のせいじゃないってことだよね。
優梨のお腹に、命があるってことだよね?
「父親はナツくん?」
「もちろんナツだよ。たぶん、春休み中にできたんだと思う」
……そうなんだ。
実感がわかなくて、アタシは優梨のお腹に手を伸ばす。
優梨はその手を軽く握り、お腹に導いた──
「まだお腹は出てないけど、どうぞ?」
涙でグシャグシャな顔で笑う優梨。
嬉しそうな、悲しそうな、母親の笑顔……。
優梨のお腹は、相変わらずへこんでいた。
ここに命があると思うとヘンな感じがする。
「このことナツくんには言ったの?」
「……ううん。絶対言いたくない」
「なんで!?」
ナツくんが父親なのに。
なんで言わないの?
「堕ろせって、ナツの口から言われるのが怖いんだ。それに──ナツには罪を背負わせたくない……苦しむのはあたしだけで充分だから、ナツには知らせたくない」
赤い糸 優梨は涙を流しながらも、しっかりとした口調で言った。
「だけど、ふたりの子供なんだよ? それに……産むことは考えてないの?」
「──ッ……産める訳ないじゃん……うちら、まだ高1だよ? ナツは夢を追いかけて、隣の県でサッカー頑張ってるんだから──邪魔したくないの……」
優梨は寂しそうに呟く。
──でも、そんなのって……。
「ねぇ、優梨……アタシは話し合ったほうがいいと思うよ? 赤ちゃん、産みたくないの?」
「それは……どうしたらいいのか、自分でもわからないの……どうしよう、芽衣……」
?~?~?~
優梨が両手で顔を覆ったとき──
携帯が鳴った。
「優梨の携帯じゃない?」
「あ……うん。──アッくんだ」
──えっ!?
アッくん?
「さっき、アッくんにも電話してたの……でも、繋がらなくて──出てもいい?」
「うん……」
久しぶりに聞くアッくんの名前に、少し複雑な心境になる──
赤い糸 たかチャンとつき合うことになったとき、アタシとアッくんは、お互いに距離をあけた。
そして、卒業してから一度も会っていない。
アタシの高校から歩いて10分ほどにある商業高校に進学したことは聞いているけど……。
優梨はしばらく話し、電話を切った。
「どうだった?」
「あのね……今からアッくんが来たらまずいかな?」
「──マジで!?」
アッくんが来る?
ここに?
?~?~?~
今度はアタシの携帯が鳴った。
〈あと10分で電車乗れよ! !そうしないと遅刻になるからな! !〉
たかチャンからのメールだ。
携帯の時刻を見ると、4時半を少し過ぎていた。
……どうしよう。
行かないと、また怒らせる。
だけど──
「……たかチャンから?」
「うん……。もう行かなきゃ間に合わないかも──」
「そっか……今日は少しでも話せて良かった。芽衣はアタシの親友だから……」
優梨は寂しそうに笑い、アタシに手を振った。
……これでいいの?
アタシは親友を置いて行くの?
赤い糸 迷いながらもバッグを持ち、立ち上がった。
「また後で電話するから……」
「……うん」
部屋を出ようとし、ドアに手をかける……。
でも……どうしよう。
ここを離れてもいいの?
アタシがつらいとき、助けてもらったのに……。
ドアノブを握り締めたまま、アタシは動けなかった。
「……やっぱ、残るっ!」
「えっ!?」
「たかチャンにはメールして断るから……」
──やっぱり行けない!
6限目から考え抜いた末、優梨を取った。
たかチャンには、
〈優梨といるから今はいけない。夜に会おう〉
とメールする。
「アッくん来ても平気だよ。これからどうするか、3人で考えていこう?」
「……芽衣ありがと」
優梨は泣きながらメールを打っていた。
……たかチャン怒ったかな?
きっと、怒ってる──
しばらくすると、部屋にアッくんが現れた。
変わらないなぁ──
「あれ!? ──芽衣?」
「あ……。さっき言ってなかったよね?」
「……」
赤い糸 アタシに会いたくなかった?
露骨に黙るアッくんに、不安がよぎる……。
──少しの間の後、アッくんは少し笑って言った。
「久々だな。制服、似合ってる」
「アッくんもね……」
初めて見た制服姿のアッくんは、中学時代の学ランより似合ってる気がした。
嫌がられてないみたいで、良かった……。
──だけど、今はそれどころじゃない。
「優梨……話せる? アタシから話そうか?」
「──うん……ゴメンね」
優梨は切なそうに顔をしかめ、両手で顔を覆う。
つらいだろうな。
不安だよね──
「さっきの電話の話、ほんとなのか?」
「妊娠8週だって……」
「……」
口に出すのがつらかった。
アタシたちが大人なら、愛し合うふたりの子供なんだから、祝福できたのに──
アタシは優梨から顔を反むけた。
姿を見てたら、次の言葉なんか言えないよ……。
赤い糸 優梨のお腹にいる小さな命に、死刑を宣告する言葉。
「……ナツくんに内緒のまま、堕ろすんだって」
「優梨……そうなのか?」
問いかけるアッくん。
優梨は顔を覆ったまま、小さく頷いた。
「それはやめろよ。ナツと話し合えよ」
「ナツくんを悩ませたくないみたい……」
「芽衣に聞いてるんじゃない。優梨に聞いてんだよ」
アッくんは優梨の横のソファーに移動する。
そして、顔を覆う両手を下ろさせた。
目をジッと見るアッくんと、斜め下を見て視線をそらす優梨……。
「優梨はそれでいいのか? ナツは父親だ。子供は優梨だけの子供じゃないだろ?」
「……ナツの邪魔したくないの。心配かけたくないし、子供ができたことで気まずくなるのは嫌なの──」
「──は?」
「堕ろして、何事もなかったようにする……それが一番いいでしょ?」
見る見るうちに、アッくんの顔色が変わっていく。
アタシは、黙ってふたりの様子を見ていた。
赤い糸 「……だったら、最初から作るんじゃねーよ。避妊しなかったら子供できんの当たり前だろ!? ナツにも責任あんだろ? ──子供の命はそんなに軽いのかよ! !」
バンッ
「──ッ! !」
アッくんはやり場のない怒りをぶつけるように、壁を叩いた。
「アタシだって──ウッ……アアッ……」
優梨はアッくんの肩にしがみついて泣く。
アタシには、優梨の気持ちもアッくんの言い分もよくわかる……。
見ているのがつらかった。
「ほんとは……ウウッ……こ、こんなことしたくないっ! ナツの赤ちゃん……グスッ……産みたいよ。堕ろせって言われるの……わかるからっ……それなら言わないで堕ろしたい──」
……優梨。
やっぱり産みたいんじゃん。
好きな人の子供なんだから……。
どんな状況だって、嬉しく思う瞬間があるんだろう──
?~?~?~
あ……。
たかチャンだ。
時計を見ると、針は5時過ぎをさしている。
……どうしよう。
待ってるのかな──
赤い糸 腕時計から顔を上げると、優梨と視線がぶつかった。
「──たかチャン?」
「……」
この状況だし、電話なんて出れないよ……。
それに、アッくんの前だ。
アタシの幸せを願って、背中を押してくれたアッくん。
今出たら、たかチャンは怒鳴りちらしてキレるだろう。
そんな姿、見せれないよ──
プチッ
アタシは電話を切り、サイレントに設定した。
「……大丈夫か?」
「うん、平気。学校の友達だったから……」
アタシは嘘をついた。
そして、携帯をバッグにしまう。
「ごめんね……話、続けてっ」
携帯はバッグの中でもピカピカと光り、着信を知らせている。
たかチャンがかけ続けているんだろう。
なんでたかチャンはいつもこうなの?
アタシの都合を何も考えず、束縛する……。
「なぁ、優梨。産みたいなら、なおさら言ったほうがいいと思うぞ。ナツに話せよ。産みたいって伝えろよ」
「……無理だって言ったじゃん」
「だから……言わなきゃわかんねーだろ?」
アッくんの言葉に、優梨は戸惑っていた。
赤い糸 優梨とナツのことを真剣に考え、アッくんは一生懸命に話し続ける。
友達思いなところも変わってないね……。
トクン──
アタシの心臓は、大きく脈を打った。
たかチャンは、どうして友達を大切にさせてくれないんだろう。
アッくんと全然違うね。
──ダメッ! !
比べたらダメだよ……。
アタシ、何してんだろ?
元カレと今カレを比べるなんて、最低だよね……。
しばらく3人は話し合い、ひと晩考えることになった。
「また明日どこかで集まろ。優梨も体が大変そうだし」
「──ありがと」
「じゃあ、駅に向かうか!」
3人はカラオケを出て、駅に向かって歩き出す。
優梨は少しずつ、笑顔をのぞかせるようになった。
ふたりに話して、少しは気持ちが楽になったのかな?
「もう空が暗いな」
「何時かな? 門限ヤバいかもっ……」
時計を見ると、夜の7時半になっていた。
たかチャン、怒ってるだろうな……。
電話したいけど、今は授業中だよね。
後で謝らなきゃ……。
赤い糸 地元の駅に着くと、たくさんの学生たちで溢れかえっていた。
「あっ! あれ、佐々木だよな?」
「あっちには翠じゃん」
「同じ中学の人、けっこーいるもんだねっ」
人混みから知り合いを探して盛り上がる3人。
優梨も精神的に落ち着いたのか、久々に会う友人と話し込んでいる。
優梨の気持ちが楽になったみたいで、ほんとに良かった。
これからが大変だしつらいだろうけど……。
アタシなんて何もできなかったから、アッくんのおかげだね。
優梨を家に送り届け、アッくんとふたりで夜道を歩いた。
懐かしいな……、ふたりきりの帰り道。
まるで、中学時代に戻ったようだね。
「懐かしいな。中学んときみたいだな……」
「──えっ……」
同じことを思ったことに驚いた。
トクン──
──また心臓が。
なんなの?
この変な気持ち。
未練?
──何か違う。
じゃあ、なんだろう……。
「送るよ!」
「えっと……」
アッくんが昔のように言った。
前なら当たり前だったことだけど……、でも、今は、彼氏がいる。
赤い糸 「大丈夫だよ。ひとりで帰れるし☆」
アタシは笑顔で言う。
「……でも──」
「平気だって!」
「……そっか。そうだよな。高橋も気分悪くなるだろうし……」
アッくんは少し寂しそうに笑った。
……ごめんね。
優しさを踏みにじってしまったようで、胸が痛んだ。
「もう、ここでいいよ。また明日ね!」
「……あ、あぁ」
「じゃあね!」
なんとなく気まずい……。
そんな空気に耐えきれず、アタシはアッくんに別れを告げた。
笑顔を作り、手を振って歩き出す。
しばらく歩くと、自宅のマンションが見えてきた。
……帰ったら優梨に電話をしよう。
ひとりきりになって、また悩んでる気がする。
タッタッタッ──グッッ
「キャァ! !」
後ろから近づいた足音とともに、アタシは強く腕をつかまれた。
──誰っ!?
「ちょっと来いよ」
「──え!?」
……なんでここに!?
アタシは前を向いたまま、地面に視線を落とした。
赤い糸 振り向かなくったって……、アタシの後ろにいるのは、誰だかわかってる。
「……学校は?」
「はぁ!? 行ける訳ねーだろ! こっち向けよ! 」
腕を引っ張られ、むりやり後ろを向かされる。
そのとき、アタシの目に映ったのは……。
怒りに満ちた目をしたたかチャンの姿だった。
「なんで電話シカトしてんだよ!」
「……ごめんっ」
「──だから、聞いてんだろ!?」
ビクッ
たかチャンの大声に、体が震えた。
「GWに話し合ったばっかだよな! なんでお前は同じことばかり繰り返すんだよ! !」
ドスッ
「──うっ……痛っ」
腹部に鈍い痛みが走った。
たかチャン、怖いよ……。
腹部を両手で押さえ、しゃがみ込む。
たかチャンは、アタシを殴った右手の拳を開いて
そのまま振りかざしてきた──
バシッ
「──! !」
真上から降ってきた痛みに、アタシは声もあげれなかった。
何が起きているのかわからなくて……。
頭の中が、真っ白になる──
赤い糸 痛みで呆然としてしまった。
そして、頭の中に次々と恐怖の意識が生まれていく──
……怖いよ。
こんなの、たかチャンじゃない。
このままだと、何されるかわかんない……。
「──嫌っ! !」
アタシは立ち上がり、マンションに向かって走り出した。
逃げなきゃ……。
早く、逃げなきゃ──
「──おいっ! 待てよ! !」
追い駆けてくるたかチャンの声。
走りながら振り返ると、こっちを睨みつけていた。
──ッ! !
あと少し……、あと少しで家だからっ──
必死にマンションに駆け込み、エントランスを通り抜ける。
携帯につけているオートロック用の鍵を取り出し、慌ててドアを解除した。
ウィーン
バタバタバタ
「ハァ、ハァ……」
アタシは階段を駆けあがった。
「待てよっ!」
「──ヒッ! !」
後ろから、たかチャンの気配が近づいてきた。
………嫌っ!
誰か……、誰か助けてっ! !
少しずつ距離が縮まっていくふたり──
赤い糸 ガチャッ
間一髪、自宅に逃げ込んだ。
ドアを閉め、すぐに鍵とロックをかける。
「ハァ、ハァ……」
恐怖と家に着いた安心感で……、腰が抜けたように、玄関に座り込んでしまった。
?~?~?~
アタシを恐怖の底に突き落とすように、たかチャンからの着信音が鳴り響く──
アタシは座りこんだまま、ドアを見つめた。
このドアの1枚先には、たかチャンがいるだろう……。
──そう思うと、体がガタガタと震え始めた。
彼氏なのに……。
大好きなはずなのに──
怖くてたまらない。
翌日──
アタシは寝不足で学校へ行った。
あれからずっと、たかチャンからの電話が鳴り続けている。
頭がヘンになりそうだった。
学校で授業を受けても、まったく集中できなかった。
そして放課後──
アタシは疲れきった体で、優梨とアッくんとの待ち合わせ場所に向かった。
いつどこでたかチャンに会うかわからない。
周りを見回しおびえながら、待ち合わせの場所へと急いだ。
赤い糸 大切なモノ
待ち合わせ場所に向かうと、遠くにアタシを待つふたりの姿が見えた。
「──ゴメンッ! 遅くなったぁ!」
「平気だよっ☆」
走りながらふたりの元に急ぐ。
──あれ!?
近づいて気づいたのだが、アッくんの陰にはひとりの女の子が立っていた。
優梨と同じ制服を着ている。
小柄な可愛い女の子。
その子は片手でアッくんのブレザーのジャケットの裾をつかんでいて……。
「あ、あのー」
「──あ、この子は麻美チャン。あたしのクラスメイトなんだ!」
アタシの視線に気づいたのか、優梨が言った。
「──麻美です。こんにちは」
「あ……こ、こんにちは」
麻美は笑顔で頭を下げる。
その笑顔に、アタシの胸にはモヤモヤした気持ちが込み上げてきた……。
もしかして、麻美チャンは──
「あたし、アツシの彼女ですっ? 芽衣チャンよろしく!」
「えっ……」
アッくんと目を合わせ、照れたように笑い合う麻美。
麻美はアタシとアッくんのことを知らないのか、無邪気にアッくんに甘えている。
赤い糸 そして4人は昨日のカラオケに入った。
アッくんの隣には、ピッタリと麻美がついている。
部屋に入っても麻美の態度は変わらない……。
アッくんの横のソファーに座り、甘えた声で話す。
気づけばふたりは手を握り合っていた。
──優梨が悩んでるのに、その態度は何?
麻美の態度にイラついていく。
優梨はアッくんと麻美の様子を、少し寂しそうに見つめていた……。
──この女、最低。
「てゆぅか、なんでアッくんの彼女が来てんの?」
「──え? アタシ優梨の事情聞いたし、仲いいから……来ちゃいけなかったかな?」
「だったら、その態度やめたら? ──優梨の気持ち、わかんない?」
麻美に対しての苛立ちを、思わず言葉に出してしまった。
部屋の中が、シンと静まりかえる。
「──ちょっと芽衣……そんなイラつかなくても……」
「だって──」
麻美とアタシの間に入り、止めようとする優梨。
アッくんはその様子を見て、麻美から少し離れて座り直した。
赤い糸 アタシの態度に驚いたのか、麻美は黙って目を伏せた。今にも泣きそうに顔をしかめ、軽く唇を噛んでいる。
……そして、小さな声で優梨に謝った。
「ゴメンね……」
こらえきれなかったのだろう。
謝罪の言葉を言い終わった直後、麻美の頬には涙がつたっていった。
「──ッ! オレが悪いんだ。麻美とつき合い始めたのに、ずっと忙しくて……会いたいって言われても、ずっと断ってた。……今日はつき合ってから初めて会ったんだよ。麻美の気持ちもわかってくれないか? 優梨には悪かったと思ってる。麻美じゃなくて、全部オレが悪いから……本当にゴメン……」
アッくんはとっさに麻美をかばい、優梨に謝った。
麻美の頬に流れ続ける涙を袖で拭ってあげて……。
麻美のために必死になっている。
──アッくんは、麻美チャンをホントに好きなんだね。
ズキッ
アタシの胸は痛んだ。
……この痛みは、アッくんが麻美を大事にしてるから?
赤い糸 そう思った瞬間──
頭に、あの人の笑顔が浮かんだ。
アタシにも、こうして守ってくれる人がいるよね?
たかチャンは──
いつもアタシを守ってくれた。
イジメにあったときも、しつこいナンパにあったときも、側で守ってくれた。
暴力は怖かったけど、それよりもたくさんの優しさや愛をくれたはず──
たかチャンと話したい。
たかチャンに会いたい……。
「オレ、麻美を家に送ってくる。それから戻って来ていいかな? ほんとゴメンな──」
「ゆ、優梨……ごめんっ……グスッ」
アッくんに肩を抱かれ、麻美は謝りながら部屋を出て行った。
「……優梨、大丈夫?」
「うん、平気ぃ…それより、麻美チャンつれて来て気まずかったよね。ゴメンね」
「……こっちこそ、感じ悪くしてごめん」
麻美チャン、ごめん……。
あまりにもキツく当たり過ぎた自分を反省した。
「──あたし、結論出したんだ」
優梨は、アタシの目をジッと見つめた。
赤い糸 結論って──赤ちゃんのことだよね。
何も言わないで堕ろすなんて、間違ってる気がする。
ひとりで痛みを背負うなんて、つら過ぎるよ……。
優梨に視線を向けると、愛おしそうにお腹をなでている姿が目に映った。
優梨は小さく息を吐いて、口を開く──
「あたし……ナツに話す。全部気持ち伝えて話し合うよ」
「……優梨」
「不安だけどね。あたしは決めたの──この子を産みたい」
優梨は笑った。
優しくて──
強い意思をもった母親の笑顔だった。
「あたしひとりの問題じゃないってわかった。命って、そんなに軽いものじゃないよね……ここで何も言わないで堕ろしたら、きっと後悔する……ナツに会って、とことん話し合うよ。それが一番だよね?」
良かった……。
アタシは優梨の言葉に、ホッと安心した。
「素直に気持ち伝えて、話し合ってね。頼りにならないかもしれないけど、何かあったらまた話して──」
優梨はアタシの返事を聞き、嬉しそうに頷く。
──優梨の気持ち、ナツに届いてほしいよ。
赤い糸 「芽衣も、たかチャンと話し合いなよ。何かあったんでしょ? 芽衣を見て、わかってたよ。アタシも頑張ってナツに話すから、芽衣も話して。さっきから、ずっと携帯鳴ってる……たかチャンなんでしょ?」
サイレントにしてある携帯は、今もテーブルの上でカラフルなライトを点滅させていた。
たかチャンからの着信を知らせるライト。
「──出てみたら?」
「……」
そっと携帯に手を伸ばす。
折り畳まれた携帯を開き、通話ボタンに親指を置いた。
「あ……」
携帯を持つ手が……ガタガタと震え始める。
通話ボタンを押すことができない。
……なんで?
さっき、会おうって思えたじゃん。
話し合いたいって思ったのに、なんで!?
──気持ちとは裏腹に、アタシの体はたかチャンの恐怖に怯えていた。
「──ッ!」
アタシは携帯を畳み、テーブルの上に戻す。
体中に冷や汗が染み出て、震えが止まらない。
「……芽衣、何があったの?」
優梨は不安そうにアタシを見つめた──
赤い糸 優梨の問いかけも、耳に入ってこなかった。
優しかったたかチャン。
大好きな笑顔。
──そして、怒りに満ちたあの顔。
アタシを殴る姿……。
「い……嫌っ──」
頭の中は、どんどんおそろしい思い出に支配されていった。
頭を抱え、頭の中からたかチャンを追い出すように頭を振る──
……どうしたらいいの?
あんなに優しく守ってくれたたかチャンの姿が……。
おそろしいたかチャンに書き消されていくよ──
話し合いたいと思うのは頭の中だけで、体と心は悲鳴をあげている。
こんなにも、体が拒否をしてしまう。
「アタシ、昨日たかチャンに会ったんだ……また、殴られた。──ねぇ、優梨……優しいたかチャンと、怖いたかチャン、どっちがほんとのたかチャンなのかな……」
アタシは独り言のように、答えなんかない質問を投げかけた。
赤い糸 ──この日の夜
アタシは駅前で、学校帰りのたかチャンを待っていた。
胸にはひとつの想いと決意を抱えている。
震えそうになる体を堪え、今でも迷ってしまう想いを押さえる。
……逃げちゃいけない。
アタシの気持ちを伝えよう。
そう自分に言い聞かせ、アタシは電車が着く度に改札を見つめた。
6本目の電車が駅に着いたとき──
改札から流れ出すサラリーマン達の中に、ひとりだけ浮いているたかチャンの姿が見えた。
──来た!
どうしよう!?
いざたかチャンの姿を見ると、頭の中が混乱していく。
足もすくんでしまい、体が動かない──
たかチャンは改札を出ると、片手に持っていた携帯電話を開いた。
?~?~?~
たかチャンの動きに合わせ、アタシの携帯が鳴り始める。
──たかチャンの電話の相手はアタシだ。
近くにいると知らないたかチャンは、携帯を鳴らし続けた。
覚悟を決め、通話ボタンを押す。
赤い糸 「……はい」
「め、芽衣!? やっと出たよ……」
たかチャンは、ホッとしたように話した。
その声に、胸がキューッと締めつけられる……。
「無視してごめん……」
「俺こそ、この前……本当に悪かった。女に手をあげるなんて、最低だよな……」
たかチャンは駅の脇にしゃがみ込んで……。
ドスン
「──えっ!?」
バランスを崩して、地面に尻もちをついてしまった。
「……プッアハッ……アハハハハッ」
恥ずかしそうにお尻を上げ、しゃがみ直すたかチャンの姿が滑稽で……、緊張の糸は切れ、笑ってしまった。
たかチャンは真っ赤に染まった顔で、周りをキョロキョロ見渡している。
「……な、なんで笑ってんの? なんかあったのか? ……あれ? もしかして──」
周りを見るたかチャンの視線が止まって……、アタシの視線とぶつかった。
その瞬間──
アタシの笑いは消え、ふたりの間には沈黙が流れた。
「……なんでいんの?」
「あっ……」
たかチャンは立ち上がり、ゆっくりと歩み寄って来た。
ふたりの距離が縮まっていく──
赤い糸 たかチャンはアタシの目の前まで来て、足を止めた。
「どうしてここに?」
「……話したかったから、駅前で待ってたの」
「芽衣……」
たかチャンはアタシの言葉を聞き、パッと嬉しそうな顔をした。
──ッ……。
そんな顔、見れない。
アタシはたかチャンから目を反むけた。
だって……アタシは……。
これから、あなたに告げる、
ずっと考えていた、別れの台詞を──
「俺んちで話さない? 芽衣の好きなチョコ買ってあるんだ!」
「……ううん、ここで話したい」
「なんで?」
「……」
アタシの態度に、たかチャンの顔色が変わっていく。
「アタシは……」
「……なに?」
「もう……」
急激に早まっていく鼓動──
言うって決めたのに、なかなか口が開けない。
今までの楽しかった思い出が頭をよぎって、溢れ出しそうになる涙を、グッと堪えた。
そして──
「──アタシと別れて」
胸の中から、声を絞り出す──
赤い糸 たかチャンは、言葉が理解できないみたいだった。
しばらく呆然としてから、ゆっくりと口を開く。