「みなさん、可愛らしい女の子ですよ。こちらにいらっしゃってください」
赤い糸destiny ピンクのナース服を着た看護師が、分娩室の扉から顔を出した。
「もう見れるんですか?」
「はい、どうぞこちらへ」
看護師の後を追い、ゾロゾロと4人は分娩室に入る。
?~?~?~
分娩室の中には、小さな音で音楽が流れていた。
優しいオルゴールのような音色が、『キラキラ星』を奏でている。
そして、奥にある分娩台と呼ばれる椅子の上には、母になった優梨が横になっていた。
髪が乱れて、汗でグシャグシャだよ……。
優梨、大変だったね。
頑張ったね──
優梨の隣には、ナツが寄り添うように立っていた。
ナツは丸めたバスタオルを抱き、涙をポロポロと流し続けていた。
「あっ! みんなぁ。やっと産まれましたっ。──もうっ! ナツったら、みんなが来たんだから泣かないでよっ!」
「でもさぁ……」
「ほら、梨夏も見てるんだからっ! パパ、しっかり!!」
ナツは、抱き締めているバスタオルを見つめた。
よく見ると、バスタオルから小さな紅葉のような手のひらがはみ出していて……。
赤い糸destiny 「ナツくん……そのバスタオルの中に赤ちゃんが?」
アタシが尋ねると、ナツは満面の笑みを浮かべて言った。
「そうだよ。──お父さん、お母さん。梨夏を抱いてあげてください」
バスタオルにくるまれた梨夏は、そっと優梨のお父さんに渡される。
壊れ物を扱うように、優しく受けとる優梨のお父さん。
「か……可愛いな……」
「あなた……」
優梨のお父さんは梨夏を抱き締めると、グシャっと顔を歪めた。
そして……声を殺して泣いていた。
次に優梨のお母さんも梨夏を抱き、嬉しそうに微笑む。
「ねぇ、芽衣たちも梨夏を抱いてあげて」
「ええっ!? いいの?」
「うん、お願い!!」
ナツもウンウンとうなずいている。
「芽衣から先にどうぞっ」
「ええっ……」
美亜に背中を押され、優梨のお母さんに歩み寄った。
……赤ちゃんなんて、抱いたことがない。
そりゃあ、抱きたいけど。
抱き方を教えてもらい、おそるおそる梨夏を受け取る。
「梨夏チャン……」
そっと抱き締めたバスタオルの中には、手のひらくらいの小さな顔があった。
赤い糸destiny 初めて抱いた赤ちゃんは、すごく軽くて、顔も小さくて。
「可愛いね」
まさに、そのひと言だ。
小さな手に指を伸ばすと、梨夏はキュッと優しく握ってくれた。
気のせいかもしれないけど、アタシに微笑んでくれた気もする。
天使だね。
梨夏は、天使だよ──
「はい、美亜」
「うんっ!」
隣で待っている美亜に、アタシは梨夏を渡した。
「かっわいーっ! 梨夏はパパ似でちゅねぇ」
「そうか? すげえ嬉しい! ほんとに可愛いよなぁ」
ナツは涙を拭い、デレッと笑う。
──今、ここには、世界でいちばん幸せな空気が流れてる気がする。
アタシもこんなふうに幸せな空気の中で産まれたのかな。
そう思うと、胸がキュンと痛くなった──
赤い糸destiny 掻き乱される気持ち
翌日、始業式が終わると、美亜とミツがアタシを迎えにきた。
「早く行こっ!」
「そうだな! 芽衣、行くぞ!!」
これから、3人で梨夏を見に行くことになっている。
早歩きで学校を出て、駅までの道のりをひたすら急いで歩き続けた。
「疲れたぁ……もう少しゆっくり行かない?」
「ダメ!! みんながお見舞いにきたら、梨夏を独占できないでしょ!?」
昨日、産院を出たのは明け方に近かった。
それからもアタシは眠れず、今日は一睡もできていない。
もう息が切れて、肺が苦しくなってきて……。
次第に歩くペースが遅くなっていく。
「歩けないなら、置いてく!」
「ええっ!? それは嫌っ!!」
ミツの言葉に、アタシは重くなる足を必死に動かした。
冷えていた体は次第に体温を上げ、額には汗が滲んできた。
「うちらも赤ちゃん欲しいねぇ」
「まだ早ぇだろ」
先を行くふたりはアタシに構わず、呑気にいちゃついている。
赤い糸destiny 美亜は元気だなぁ……。
ミツと笑い合う美亜を見ながら、アタシは汗を拭った。
好きな人が一緒だと、寝不足の疲れも感じないのかもしれないね。
アタシもそんなときがあったもん。
幸せそうで羨ましいよ。
仲のいいカップルを見ると、そんなふうに考えてしまう。
アタシもせめて、好きな人くらいは欲しいな。
恋をしなくなってから、胸にポッカリと穴が空いている気がしていた。
優梨の病室に着くころには3人とも汗だくになっていた。
「優梨、来たよん」
「シッ……静かに……」
病室に入ると、優梨は唇に人指し指を当てた。
そして、小さなベッドを指差す。
「???」
「梨夏は?」
3人とも戸惑いながら、指差されているベッドを静かに覗き込んだ。
「……さっき、寝たの」
すっかり母の顔になった優梨は、嬉しそうに微笑んだ。
小さなベッドの中には、梨夏がスウスウと寝息を立てて寝ていた。
昨日よりもほんの少し顔がしっかりして、余計にナツに似てきた気がする。
赤い糸destiny 美亜は元気だなぁ……。
ミツと笑い合う美亜を見ながら、アタシは汗を拭った。
好きな人が一緒だと、寝不足の疲れも感じないのかもしれないね。
アタシもそんなときがあったもん。
幸せそうで羨ましいよ。
仲のいいカップルを見ると、そんなふうに考えてしまう。
アタシもせめて、好きな人くらいは欲しいな。
恋をしなくなってから、胸にポッカリと穴が空いている気がしていた。
優梨の病室に着くころには3人とも汗だくになっていた。
「優梨、来たよん」
「シッ……静かに……」
病室に入ると、優梨は唇に人指し指を当てた。
そして、小さなベッドを指差す。
「???」
「梨夏は?」
3人とも戸惑いながら、指差されているベッドを静かに覗き込んだ。
「……さっき、寝たの」
すっかり母の顔になった優梨は、嬉しそうに微笑んだ。
小さなベッドの中には、梨夏がスウスウと寝息を立てて寝ていた。
昨日よりもほんの少し顔がしっかりして、余計にナツに似てきた気がする。
赤い糸destiny 「ナツに似てるね」
「アハハッ! だって、ナツの子供だもんっ」
「あっ、そうだねっ」
優梨の笑顔は幸せそのもので……。
スッピンなのに、今まででいちばん可愛い笑顔だった。
「そういえばナツは?」
「今、アッくんと一緒だよ。ふたりで梨夏の服を見に行くんだって」
「さっそく親バカだなぁ……」
ガチャ──
「ゆぅーりっ。梨夏チャンを見にきたよぉー!」
ドアが開く音と同時に、可愛らしい声が聞こえてきた。
この声は麻美チャン……。
ドアの方を向くと、綺麗な花束を持った麻美と目が合った。
「──あれっ? 芽衣チャンたちも来てたんだねっ」
「うん。アッくんと一緒じゃなかったの?」
「そうなのー。アツシはナツと一緒なんだよねぇ。それより、梨夏チャン見たいっ!」
麻美は目をキラキラと輝かせ、梨夏のベッドに駆け寄り、ベッドの中を覗き込んだ。
「うわあっ……ちょー可愛いっ!!」
「でしょ? 寝てるから静かに見てねっ!」
「本当に可愛いね……」
赤い糸destiny 麻美はうっとりとした目で、寝ている梨夏を見つめている。
梨夏はすべての人を笑顔にする力があるね。
梨夏の姿を見るたびに、胸がポカポカとあたたまるよ。
「アタシも……アツシの子供が欲しいなぁ」
ズキッ──
「アツシ似の赤ちゃんがいいな」
ズキッ──
ズキン──
いつものモヤモヤとした気持ちが、少しの胸の痛みとともに、アタシの心を掻き乱していった。
「ねぇ、芽衣チャン。アツシに似たら可愛いと思わない?」
「……え!? あ、うん」
いきなり話を振られ、戸惑いながら答える。
ガチャ──
「たっだいまぁー!!」
「──静かにっ!」
ナツが病室に戻ってきた。
大きな袋を掲げるナツの後ろには、アッくんがいた。
「アツシ、遅いよぉ!」
「もう来てたのか? あっ、ミツじゃん。芽衣と美亜も……久しぶりだな!」
麻美は病室に入ってくるアッくんに駆け寄り、抱きついた。
赤い糸destiny 「ちょっと……。麻美、やめろよっ……」
「やぁだ。アタシもアツシの赤ちゃんが欲しいなぁー」
ズキッ──
ズキッ、ズキッ──
「──何か飲み物買ってくるっ!」
「芽衣?」
気づけばアタシは、病室を飛び出していた。
なんなの?
なんでこんな気持ちになるんだろう。
アッくんと麻美のツーショットを見た日から、少しずつ始まっていった胸の痛み。
そして、はっきりしないモヤモヤとした嫌な気持ち──
少し外の風にあたってこよう……。
アタシは産院から出て、目の前の自動販売機でコーラを買った。
昨日の定食屋の駐車場に座り込み、プルタブを開ける。
ゴクッ……。
「んーっ」
コーラの炭酸が胸に染み渡る。
そして少しずつ、胸のモヤモヤは消えていった。
ガラガラガラッ──
「また来るから! じゃあな、親父!」
「おう。学校頑張れよ」
……陸?
今の声も──
定食屋の入り口を覗き込むと、嬉しそうな店主の姿と、笑顔のたかチャンの姿があった。
赤い糸destiny どういうこと? なんでここに?
ふたりを見ていると、店主の視線がアタシをとらえた。
「……あれ? 君は昨日の子だよな?」
「あっ……」
たかチャンも、店主の声の先に視線を向けた。
そして、アタシたちの目が合った瞬間──
たかチャンは驚き、目を見開いて言った。
「──えっ!? なんでここに?」
「あ、あのね。優梨があそこの産婦人科で赤ちゃん産んで……」
店主もすぐにアタシたちが知り合いだと気づいたようで、気まずそうな顔をして呟いた。
「……陸と君は知り合いだったのか」
「親父……」
「もう戻るから。今日も頑張れよ」
そう言い残すと、店主は店内へ戻り、扉を閉めた。
ふたりの間には、微妙な空気が流れた。
「あの──」
「あのね──」
同時に口を開いてしまい、お互いに言葉に詰まる。
「あ……。かぶっちゃったね」
「ハハハッ……そうだな」
赤い糸destiny 「隣、座っていい?」
「……いいよ」
たかチャンは少し距離を開け、アタシの横に座った。
「今の……俺の親父なんだ」
「そうなんだぁ。そういえば、一度もお父さんに会ったことがなかったね」
たかチャンはポケットからタバコを出し、1本引き抜いてくわえた。
変わってないな……。
つき合ってたころも、セブンスターのソフトケースだったね。
「あのときは……お前に会わせられない親父だったんだよ」
カチッ──
たかチャンは下を向き、タバコに火をつけた。
「つき合ってたころ、何度か俺んちの前で待たせたことがあっただろ? あのとき、家の中で親父が暴れててさ。結局、それから離婚したんだけどな。俺はおふくろと一緒にいんだけど、たまに親父にも会いにきてんだよ」
……そうだったんだ。
あのとき、そんなことがあったなんて……。
アタシは全然、知らなかったよ──
赤い糸destiny 頭の中に、3年前、両親が激しく言い争っていた光景が浮かんだ。
「大変だったね……うちも離婚してるから、わかるよ」
「まぁ、俺んちの場合は離婚してくれて良かったけど。親父も離婚してからまともになったし、おふくろも殴られなくなったし。………俺と芽衣みたいだよな。今は別れて良かったと思ってる。あのときはごめんな」
たかチャン……。
寂しそうに笑うたかチャンに、胸が締めつけられた。
「気づいてあげれなくて、ごめんね」
「何謝ってんの? 俺が悪いんだから」
「でも……」
アタシがもう少し我慢していたら……。
そばにいてあげたら……変わっていたのかもしれない。
昔の幸せだったふたりに、戻れたのかも──
「あの──」
「そーいえば、こうやってふたりきりで話すの、つき合ってたとき以来だよな! マジ懐かしいな!!」
たかチャンはアタシの言葉を遮り、笑顔で話し始めた。
「同級会のときにも思ったけど、芽衣は全然変わんないな! 俺、かっこ良くなっただろ?」
赤い糸destiny 無理して笑顔を作っているように見えるたかチャンの姿に、胸が痛くて、気を抜くと涙が溢れてしまいそうだった。
「たかチャンは……かっこよくなんかないよっ!」
「はぁ!? 芽衣よりはイケてますけどっ!」
「──もうっ! 馬鹿!!」
クシャクシャ──
突然手が伸びてきて頭を撫でられた。
「──ッ……」
この感触……誰かに頭を撫でられるなんて、久しぶりだった。
手のひらを伝い、胸にあたたかいものが流れ込んでくる。
「そろそろ病室に戻らなきゃ!」
「芽衣──。……そうだよな。呼び止めてごめん!」
立ち上がり、スカートについた砂をポンポンとはらった。
「たかチャンも行く?」
「俺は、今度昼間に行くよ。優梨によろしくな」
「うん……。じゃあ、またね」
アタシは手を振り、足早に産院に戻った。
胸に流れ込んできたあたたかいものが、ドキドキと鼓動を早まらせる。
産院の玄関に入ってから振り返ると、たかチャンの姿は完全に視界から消えていた。
「ドキドキしないでよ……」
両手を胸に当て、その場に立ちつくす。
赤い糸destiny ……この気持ちは、いったい何なんだろう。
アッくんたちの仲良さそうな姿を見て、胸が痛んだ。
たかチャンに触れられて、胸の鼓動がドキドキと鳴り始めた。
自分の体、自分の感情なのに、わからないよ──
考えれば考えるほど、頭の中が混乱していく。
「はぁ……」
溜め息をつき、その場にしゃがみ込んでしまった。
気持ちの整理がつかないまま、時間だけが過ぎていく。
──気づけば病室を飛び出してから、30分近くも経っていた。
そろそろ行かなきゃ。
「よいしょっと……」
アタシは重くなった腰を上げ、病室へと続く廊下を歩き始めた。
今、アッくんの顔を見るのは気まずいけど、このまま、ここにいるわけにもいかない。
ガチャ──
「ただいまぁー」
「遅い! 芽衣、久々だなっ!! 食いすぎで腹こわして、トイレから出られなかったか?」
「……馬鹿。ほんと相変わらず馬鹿だねぇー」
いつの間にか来ていた酒井が、いつものように冗談を言ってきた。
赤い糸destiny 普段ならなんとも思わないけど、今は、酒井に癒された気がしたよ。
笑うと、変な緊張が解けていく気がした。
「今日、クンは一緒じゃないの?」
「拓弥はバイト! 金貯めて、単車の免許取るんだってさ」
「そっかぁ……アタシもバイトしようかなぁ?」
「拓弥のバイト先、バイト募集してるらしいぞ」
最近、暇な時間が多いし……彼氏もいない。
バイトでもして気を紛らすのも、いいかもしれない。
「──あっ!! 麻美、時間大丈夫か?」
アッくんはチラッと腕時計を見て、麻美に声をかけた。
「もうそんな時間? 病院行かなきゃ」
「俺たちは先に帰るわ! 優梨、また来るよ」
急いで荷物をまとめるアッくん。
麻美は名残惜しそうに、梨夏の顔をジッと見つめている。
「ほら、行くぞ!」
アッくんは、動こうとしない麻美の手を握った。
ズキッ──
また胸が痛む。
そのことを悟られないように、笑顔を作って手を振った。
ふたりは簡単に挨拶をして、仲良くドアの向こうに消えていった。
赤い糸destiny ふたりの姿が見えなくなっても、アタシはドアを見つめ続けた。
……今、どんな会話をしているの?
まだ、手は繋いでる?
「じゃあ、俺らも行こうかな。美亜たちはどうする?」
「あたしは……」
ミツの問いかけに美亜は少し悩むように口ごもっていた。
「──あ! あたしね、芽衣と買い物に行く約束してるんだ! ねぇ、芽衣!」
「えっ?」
「忘れてたの? 今日は一緒に下着買う約束してるじゃん! だから、ミツは先に帰って。後で電話するね!」
美亜にそう言われ、ミツと酒井はふたりで帰っていった。
……下着を買う?
そんな約束、した記憶はないけど……。
「ナツー! コンビニに行ってきてくれない? あたし、プリンが食べたいなぁ」
優梨がナツに甘えた声を出す。
「おう、わかった! 行ってくる!」
「ありがと」
ナツもふたりを追うように、病室から出ていった。
今病室に残っているのは、アタシと美亜と優梨と梨夏の4人だけ──
赤い糸destiny モヤモヤ
「あのさ……下着買う約束なんかしたっけ?」
「してないよ~」
「え?」
平然と答える美亜を見て、優梨は笑い出す。
「……だと思った! あたしもこれから夕食だから、プリンはまだ食べないよっ」
……?
なんで嘘を?
よくわからないよ──
「芽衣、さっき何があったの? どうしたの?」
「な……なんでわかったの?」
「だって親友じゃん。すぐにわかるよ! だから嘘ついて、うちらだけで話せるようにしたのっ」
ふたりにジッと見つめられ、ゆっくりと口を開いた。
「……変な話だけど、聞いてくれる?」
まだ整理できてないし、モヤモヤと霧がかかったような気持ちだけど……。
さっきの出来事も含め、素直にすべてを話した。
「……そうだったんだ」
「うーん……」
話を聞き終わると、ふたりは困ったように顔をしかめていた。
「なんか、自分でもよくわかんないんだ。未練なのかなぁ。違う感じの気持ちだけど、ふたりに対して妙に意識しちゃう……」
赤い糸destiny 「元カレのふたりが気になるのかぁ……」
「どう思う? ほんとによくわかんないんだよね。優梨の妊娠で、アッくんと再会したじゃん。あのときから、アッくんのことが気になったの。次の日に麻美チャンに会ってからは余計に……。たかチャンは好きなのに別れたじゃん。ふたりも知ってるけど、なかなか忘れられなかったんだよね。ヨリを戻そうって言われると気持ちが揺らぐからずっと避けてたけど、同級会で会って、今日の話も聞いて、また気持ちがグラグラしてるの」
ずっと言えなかった気持ちを吐き出すと、心がだいぶ楽になった。
その代わりに、ふたりは眉をひそめて悩んでいる。
「ねぇ……どう思う?」
「うーん……あたしはナツが初めての彼氏だから、よくわかんないなぁ。美亜は?」
「あたしは……」
この中では、いちばん恋愛経験が豊富な美亜。
その美亜でさえ、言葉に詰まっている。
「なんかさぁ……未練があって好きなのか、今の彼らが好きなのか、聞いてるとよくわかんないよね」
「まぁ、そうだよね」
赤い糸destiny ──えっ? 好き?
ふたりの言葉に、アタシの頭は真っ白になった。
この気持ちは、好きって気持ちなの?
そんなこと、考えたことがなかったよ。
「……アタシは、ふたりを好きなの?」
「好きなんじゃないの?」
「好きだから、胸が痛いんじゃない?」
アッくんに対しての、ズキズキする痛み。
たかチャンに対しての、キュッてなる痛み。
言われてみると、ふたつの痛みには、好きという言葉がぴったりとはまる。
「アッくんに対しての痛みは、ヤキモチだよね。麻美チャンが甘えると嫌だし、胸が痛いんでしょ?」
「まぁ……そんな感じです」
「たかチャンに対しては、つき合ってたころの気持ちとか情がまだ残ってるんじゃないの? 長くつき合うと情がわくっていうし。アッくんにも、彼女がいるってわかるまでは、同じようにドキドキしてたんだよね?」
美亜は一生懸命考えて、アタシの心を分析してくれようとした。
だけど、美亜の出した結論は……。
「やっぱり、あたしにもよくわかんない! もう少し様子見たらどうかな? 全然頼りにならなくてごめんね」
赤い糸destiny 結局わからないままという結論と、謝りの言葉だった。
「あたしも全然アドバイスできなくてごめんね」
優梨も、美亜と一緒に謝ってくる。
「そんなに謝らないでよぉ。聞いてもらえただけで、だいぶ楽になったんだから!! ありがとねっ。また相談に乗ってね」
アタシは、シュンとしたふたりに声をかけた。
心の中は今もあやふやなままだけど、すごく楽になったよ。
好きという気持ちに気づいてしまったことで、複雑な想いはあるけれど、これは、気になる程度の軽い好きという感情だと思う。
新しい出会いもないから、余計に元カレたちが気になるだけだよね?
──アタシはそういうふうに、自分を納得させた。
そうしないと、絶対に苦しむって予感がしたから……。
しかし、このときから少しずつ、そして確実に──
アタシの心は、グラグラと動き始めていったんだ。
赤い糸destiny ふたりきり
翌朝、学校に着くと、下駄箱に海斗や海斗の仲間たちの姿があった。
「おはよ!」
「おう! 芽衣も一緒に行こうぜ」
海斗とは何かの縁があるのか、今年も同じクラスだった。
名簿順に決められた席も、1年のときと同様に隣同士。
みんなでゾロゾロと2年の教室に向かう。
「今日、顔違うな。寝不足?」
「……わかる? 考えごとしてたの」
「もしかして陸が原因?」
「えっ?」
言い当てられて、アタシは返事に困った。
……なんでわかるの?
思わず足が止まってしまう。
たかチャンの名前に、体が反応してしまった。
「えっと……」
「後で話せねぇ? 話したいことがあるんだよな」
「何? たかチャンのこと?」
「まぁ、いろいろと。今はみんなもいるから、後でな」
海斗は話をかわす。
たかチャンは、海斗に何を話したの? 気になる……。
「今話せない? みんなは先に行っちゃったし……」
「……」
「ねぇ、今話そう?」
足を止めたまま、アタシは海斗に言う。
赤い糸destiny 「じゃあ、1限目だけさぼって話すか?」
「──え? 悪いよ。それなら、休み時間まで待つから」
本当は、今すぐに聞いてしまいたい話だけど……。
海斗を巻き込んでさぼらせるのは悪い。
「俺も早く話したいんだよな! 陸の話も、俺の話も。ぶっちゃけ、いろいろ悩んでるんですよっ。行かない?」
少し悩んだ末、アタシは小さくうなずいた。
「じゃあ、行くか」
「うん!」
ふたりで踵を返し、教室とは逆方面に歩き出した。
「あれ!?」
「お前ら、どこ行くんだよー」
海斗の仲間たちの声が、後ろから聞こえてきた。
「1限はさぼるよ! 後で顔出しに行くな!」
「後でねっ! 美亜に会ったら2限から行くって伝えといてー」
みんなに言いながら、いたずらっ子のように笑い合った。
海斗とふたりきりでさぼるのは、初めてだった。
内履きをローファーに履き替え、玄関を出た。
そして、生徒たちの流れと逆に校門を抜けた。
赤い糸destiny 自動販売機でジュースを買い、学校の近くにある大きな公園に向かった。
公園の地面には芝生が敷き詰められ、子供連れの人たちがところどころに座り込んでいる。
今日は天候もよくて、公園内にはあたたかい春の陽射しが降り注いでいた。
「あの辺に座るか?」
海斗は大きな桜の木の下を指差す。
「そうだね! 桜も咲いてるし」
「さぼって花見なんて、ほんと俺らはダメなヤツだよなっ!」
「アハハッ、確かにねっ」
笑いながら木の下に座り込み、空を見上げた。
桜はほぼ満開で、風が吹く度に花びらがフワフワと落ちてきた。
「アタシね……3年前のこんな感じの日に、好きな人に振られたんだ」
「そうなの?」
「うん。なんか、いきなり思い出しちゃった」
優哉の姿がふっと頭によぎる。
あれから、もう3年も経ったんだ……。
あのころは何も知らなくて、ただ純粋に恋してたなぁ。
「俺も、元彼女と桜見たことあったよ。中学の同級生で、すっげー好きだった子。別れて、二度と誰も好きにならないって決めたのにさぁ……俺、ほんと馬鹿。──聞いてもらっていい?」
赤い糸destiny いつも明るい海斗が今まで見せたことがない寂しそうな顔をした。
「俺、元カノに浮気されたんだよ。散々好きだって言われて、うまくいってたのに」
「海斗……」
「元カノと別れたとき、二度と恋愛できねえって思ったんだ。それなのに、美亜に会っちゃってさ──」
もしかして……海斗は美亜のことが?
「美亜がずっと俺に気があったこと、知ってた。それで俺も美亜と遊ぶうちに好きになりかけてて……。だけどさ、また浮気されたらって考えたら、告れなかった。美亜は逃げないからもう少し様子見て、信用してからつき合おうって余裕持っちゃってて……。そしたらミツに持ってかれたんだよな。あーっ! マジきついっ!!」
海斗は芝生に寝転がり、眩しそうに目を閉じた。
桜の花びらが海斗の体にピンクの水玉模様を作っていく。
「美亜はずっと俺を好きだと思ってたのになぁー。マジ、うぬぼれすぎだよな。ミツとつき合ってから、余計に美亜を好きになっちゃった感じだし。いなくなってから、大切さってわかるんだな」
海斗(かいと)の気持ち……。アタシには、すごくわかるよ。
赤い糸destiny アタシのアッくんへの気持ちと似てるような気がした。
アッくんは、ずっとそばにいてくれたから、大切さに、気づかなかった。
麻美にアッくんを取られちゃって……やっとアタシは気づいたんだね。
でも、たかチャンも、すごく気になるよ。
過去に起きた悪い出来事より、楽しかった出来事ばかりが頭に残ってる。
幸せだった想い出ばかり、胸に残ってる──
「ねぇ、海斗。アタシも同じなんだ。海斗が美亜に想うような気持ちが、元カレにあるの」
「元カレって、陸?」
「ううん、たかチャンの前の人。でも……たかチャンも気になるんだ」
新しい恋ができたらいいのに……。
アタシは過去の彼氏たちから、抜け出せないよ──
「なぁ……陸のこと、もう一度考え直せない? 陸はまだ、芽衣が忘れられないんだってさ」
「──え!?」
「いろいろあったのはわかるけどさ、少し考えてやってくれない? 陸、後悔してんだよ。親のゴタゴタで精神的におかしくなっただけで、本当はいい奴なんだ……」
赤い糸destiny そんなこと、わかってる。
たかチャンがすごく優しい人だって、言われなくても知っているよ。
だけど、まだアタシのことが好きだなんて……考え直してみてなんて……。
思いもしなかったし、考えたこともなかった。
アタシは言葉に詰まり、返事ができなかった。
「困らせたならごめんな。陸は大事な仲間だから、ついつい……」
「ううん……」
「そろそろ学校戻ろっか?」
海斗は体を起こし、背中についた芝と花びらをはらい落とす。
そして立ち上がると、空に向かって大きく伸びをした。
空は真っ青で、すっごく広くって。
アタシたちの悩みなんか、この空に比べたら、ちっぽけなものなんだろう。
学校に戻っても、頭の中は海斗の言葉がグルグルと回り続けていた。
数学の公式も、古文も、まったく頭に入らない。
キーンコーンカーンコーン──
教室中にチャイムが鳴り響き、やっと6限目が終わった。
「じゃあまた明日な!」
「うん、またね」
海斗は仲間たちに囲まれ、笑顔で教室を出ていった。
赤い糸destiny 今日は誰とも会う予定はないし、早く帰ろ……。
必要な教科書とノートを鞄にしまい、アタシは教室を後にした。
?~?~?~
鞄の中で携帯が鳴る。
「……あれ?」
携帯の画面には、拓弥の名前が表示されていた。
拓弥から電話がきたのは、すごく久しぶりだ。
「はいはーい。久しぶりだねぇ」
「おー、久しぶり! 酒井から聞いたんだけど、バイトやりたいんだろ?」
「うん、少し考えてるんだよねぇ。最近みんな彼氏がいて暇だし」
それもあるけど、お母さんのためにも働きたかった。
今年から、お姉ちゃんは大学生。
私立の大学は、入学金や受講料がとても高い。
貯金だけでは足りなかったからか、お母さんは保険を解約して、入学金を払っていた。
お父さんから送られてくる養育費も今年から減り、お母さんは夜間の時給がいいパートを探している。
みんなには言えないけど、うちはどんどん貧しくなっていっていた。
「店長に話したら、履歴書を持って面接に来てくださいだってさ。中学の近くのガソリンスタンドだから、近いうちにこいよっ!」
赤い糸destiny 「うん、ありがと! お母さんに聞いてみて、また連絡するね」
「わかった! じゃあまたな」
アタシは電話を切ると、すぐにお母さんの携帯に電話をかけた。
パートの休憩中だったのか、すぐに電話がつながる。
「ねぇねぇ、お母さん。バイトしてもいい?」
「なんでいきなり……」
急なアタシの言葉に、お母さんは戸惑っていた。
「暇だし、働きたいのっ!」
「芽衣……」
「いいでしょ?」
お母さんは悩んでいるのか、少し黙ってから口を開いた。
「夜の弁当工場のパートが決まりそうだから、欲しい物なら買ってあげるわよ。今までと違って、夜は時給もいいんだからっ」
「お母さん……。大丈夫だよ。バイトがしたいの」
娘にお金の苦労をさせたくないという気持ちなんだろう。
そんなお母さんの思いが伝わり、余計にバイトがしたくなった。
最初は暇つぶしの気持ちからバイトに興味を持ったけど、家のために働きたいという気持ちが強まっていく。