〈今から会えない?〉
ひとりでいたくなかった。
アッくんに、むしょうに会いたくなったんだ。
赤い糸 〈今から迎えに行くよ。どこにいる?〉
すぐ返事がきた。
〈ウチだよ〉
返事を送って、しばらく待つと、
?~?~?~
アッくんからの電話。
「はいっ☆」
「もう着くから、下に降りて来いよ!」
アタシは軽く化粧を直し、マンションの下に降りた。
外はもう夕暮れだった。
逆光で顔はよく見えないけど、遠くから自転車に乗って向かってくる人が見える。
その人はアタシに手を振ってきた。
アタシもアッくんだと思って手を振り返す。
でも、その陰は近づいてくるとアッくんより背が高くて……髪もツンツン立ってない。
──! !
悠哉だ。
久々に見る悠哉の顔。勝手に心臓の鼓動が早まり、胸が高鳴っていく。
「久々だな、芽衣」
「うん……」
……今、アッくんが来たらどうしよう。
悠哉にアッくんと会うのを知られたくない。
もちろんこんな姿、アッくんにも見られたくない。
赤い糸 久々に見た悠哉は、前よりも肌が焼けていて服装もオシャレになって、よりいっそうかっこ良くなっていた。
「芽衣……久々だな。髪、似合ってるよ」
顔が赤くなる。夕日が出ていて、景色がオレンジ色に染まっていて良かった。
赤い顔が悠哉に気づかれなくて、本当に良かった。
「ありがとね」
?~?~?~
「あ、ごめんっ。電話きちゃった」
「じゃあ、またな!」
悠哉はアタシの頭をクシャッとなでて、駐輪場に向かって行った。
アタシは鳴り続ける携帯を握り締め、悠哉の背中を見送った。
やっぱり、悠哉を見ると胸が痛いよ……。
悠哉が──アタシの胸から消えないよ……。
「──芽衣!」
後ろから声がした。
振り返ると、アッくんが立っている。
ヤバい。見られた……?
赤い糸 「アッくん……」
「携帯、鳴らしたんだけど……」
アタシは握り締めたままの携帯に目を落とし、下を向いた。
「ご、ごめん」
アッくんの顔を真っ直ぐ見れない。
「早く行こうっ」
アタシはアッくんの服の袖をつかんで歩き出した。
早く行かないと悠哉が自転車を置いて戻って来てしまう。
あせりから、アタシの歩調は速まっていく──
「ちょっ……ちょっと、芽衣!? どうしたんだよ?」
理由のわからないアッくんは、戸惑いながらついて来た。
「……そうゆうことか」
アッくんがボソッと言った。
マンションを振り返るアッくんの視線の先には、悠哉がいた。
悠哉はこっちに気づかず、マンションに入って行く。
アッくんは、足を止めた。
「悠哉センパイに会わせたくなくて……ってことか」
「ち……違う……」
「いいよ、言い訳しなくても。オレ、芽衣の気持ちはわかってるから……」
アッくんは、悲しい顔で笑った。
何も言えないアタシ。
ごめんね。アッくん……。
赤い糸 ふたりは無言で歩き続けた。
太陽はすっかり地平線に沈んでしまい、暗くなっている。
「ねぇ、アッくん……」
先に口を開いたのはアタシのほうだった。
「アッくんのお家、行ってみたいな」
「えっ?」
「……ダメならいいけど」
「うち誰もいないから、芽衣が来たいなら平気だけど」
「じゃあ、行こ」
アタシはそう言いながらアッくんの手をとった。
ひとつの想いを抱えながら、アタシはアッくんの家まで歩き続けた。
──今日は……今日は、アッくんとひとつになりたい。
すべて、忘れさせて……。
ねぇ、アッくん……。
忘れさせてくれるよね?
ポッカリ穴の空いたアタシの気持ち、埋めてくれるよね?
お願い。忘れさせて──
気持ちを伝えるように、アッくんの手を強く握った。
アッくんを利用するアタシは嫌な女だ。心からそう思う。
だけど……。
アッくんなら忘れさせてくれるって思うから、できるお願いなんだ。
赤い糸 ときめく気持ち
アッくんの家は、とても綺麗だった。
マンションだけど、アタシが住んでいるマンションより広くて、家具もアンティークのお洒落な物ばかり。
アッくんは母子家庭で、お母さんはクラブのママだと優梨から聞いたことがある。
広いリビングの隅には、雑誌でしか見たことのないエルメスのバーキンやケリーが並ぶ。
アッくんが麦茶を入れてくれたグラスも高級グラスのバカラだった。
「すごいね」
「何が?」
「お金持ちって感じ」
アッくんは露骨に嫌そうな顔をした。
……マズいこと言っちゃった?
「所詮、お袋が知らねぇオヤジたちに貢がせた物ばかりだからな」
「……」
アタシは何も言えなかった。触れちゃいけない気がした。
ふたりは麦茶のグラスを持ち、アッくんの部屋に向かった。
アッくんの部屋は玄関やリビングと違い、モノトーンのシンプルな部屋だ。
白いふたり掛けのソファーに、ガラステーブル。
大きなテレビに、コンポ。そして、ベッド。
無駄な物はあまりなくて、雑誌やアルバムが数冊あるくらい。
赤い糸 いつもとは違い、ふたりの間に沈黙が続く。
アタシはソファーの隅に座り、お茶を飲んだ。
アッくんはベッドに腰かけていた。
「……あ、アルバム見てもいい?」
沈黙に耐えきれなくて、近くにあるアルバムを指さした。
「別にいいよ」
アッくんは何冊かあるアルバムの中から、1冊の新しいアルバムをアタシに手渡してくれた。
中を開くと、知らないアッくんがいた。
最近のアッくんなんだけど、一緒に写ってるのは知らない人ばかりで、女の子もたくさんいた。
──そうだった。アッくんは女の子の経験が豊富だった。
この中にも元カノとか写ってるのかな?──
そう思うと、嫌な気持ちになっていく。
ヤキモチをやいてしまった。
「この中は、みんな友達だから」
アタシの気持ちに気づいたのか、アッくんは笑いながら言った。
「あ、そうなんだ」
「うちって、いつも夜に親いないじゃん。それで夜遊びしてたら仲良くなった友達」
アッくんは、また悲しい顔をして笑った。
──よく見る。この笑顔──
アッくんはいろいろ寂しい想いをしてるんだろうな。
赤い糸 アタシはアルバムを閉じて、ベッドに座っているアッくんの隣に座った。
そして、アッくんを包むように優しく抱き締めた。
「め、芽衣?」
「アッくんが悲しい笑顔してるから……」
少しの沈黙の後……、アッくんはボソッと言った。
「そんなの、初めて言われた。でも、当たってるかもな」
ギュッ
強く抱き締められた。
アッくんは優しく髪をなでてくれる。
そして、話し始めた。
誰かに聞いて欲しかったように、ひとり言のようにポツリ、ポツリと。
赤い糸 「オレ、親父の顔、知らないんだ。今まで『お父さん』って呼んだ奴は5人いたけど……。ハゲたオヤジ、チャラい奴、いかにもヤクザ。そんな奴らばっかり。お袋は……そいつらに、いつも笑顔だった。作り笑いして、機嫌を損ねないようにして……。
そして、オレもそうやって育った。そうしないと、オレら食べていけないから。
熱があって小学校を休んだとき、お袋はオレに氷まくらを渡して言った。『絶対にリビング来ちゃダメよ』って。でも……あまりにも具合悪くて、お袋を呼びにリビング行ったんだ。
そしたらお袋、裸になって、お父さんってゆうオヤジとヤッてた。そしてオレに言った。『部屋に帰って』って。
訳がわからなかった。あのときは、あれがセックスってわからなくて……でも、気持ち悪くて。
それから何年か経って中学に入ってから、親とケンカしたってゆう女を家に泊めたんだ。そのときが俺の初めてのセックスなんだけど、そのとき、あのときのお袋の姿を思い出したんだ。
赤い糸 オレの中で、セックスなんてまったく意味がなくて……。
女も男も、快感だけ。オレ、タダでヤレてラッキーとか、そんな気持ちだけだった。つき合うってゆうのも、オレからしたらセフレ契約。そんなもんだと思ってた。
だけど、必死に恋する芽衣見て、キスだけで赤くなる芽衣見て……久々に気持ちが動いたってゆうか、好きだなって思えた。大切にしたくて、芽衣の悲しむ顔、見たくなくて……って、オレ、話しすぎたよな。引いた?」
アタシは「ウウン」と顔を横に振った。
正直に言えば、あまりにも違う環境で育ったアッくんに戸惑ってしまった部分はある。
だけど、引いてはいない。
アッくんは皆に優しかった。
──人の顔色を見ちゃう癖が、染みついちゃってるからなんだね。
悲しい優しさだったんだね──
アタシの目から、勝手に涙がこぼれていく。
赤い糸 「なんで泣いてんの?」
「わかんない……」
悲しくて、切なくて……。
アタシは幸せな環境で育ってきたんだね。
アッくんに幸せな笑顔を与えてあげたい。
アタシにできるなら、助けてあげたい。
たくさんアッくんに救われてるから……。
アタシは、アッくんに優しくキスをした。
そして、背中に回している手を外して、アッくんの頬をなでる。
アッくんの目を見ると、少しうるんでいるように見えた。
「アッくん……」
アタシはアッくんにキスをして、初めて自分から舌を入れた。
ふたりの舌が絡み合って、甘い吐息が漏れる……。
「芽衣……我慢できないかも」
「我慢、しなくていいよ……」
──アッくんにあげたいんだ。
初めてだけど、アッくんにアタシをあげたい。
悠哉を忘れたいからとか、そーいうのじゃなくて──
アッくんの気持ちを、体全部で受け止めてあげたかった。
赤い糸 アッくんの手がアタシの胸をさわる。
ビクッ
アタシの体は、緊張でこわばってしまった。
セックスって、何をしたらいいの?
胸も小さいから恥ずかしい……。
「……やっぱ、やめとく?」
アタシの緊張に気づいたのか、アッくんが手を離した。
このまま終わっちゃうのかな……。
どうしよ……。
少しの躊躇の後──
アタシはアッくんの離れた手のひらを、自分で胸に持っていった。
「大丈夫……ごめんね」
「……優しくするから……」
そして……ふたりはひとつになった。
噂通り痛かったけど、アッくんは優しかった。
愛もたくさん伝わってきたよ。
アタシとアッくんの体、ひとつになれたんだね……。
心もひとつになれたような気がするよ。
アッくんが愛おしくて、涙が出た。
アッくんは涙を流しているアタシを抱き締めて言った。
「ちょー緊張した。好きな子としたの初めてだから……」
「嬉しい……」
アッくんは、ほんとに幸せそうな笑顔をした。
アタシも、つられて笑ってしまう。
ふたりの心の距離は、確実に埋まっていった。
赤い糸 時計を見ると、10時を回っていた。
もっと一緒にいたかったけど、両親に心配をかけるのも嫌だ。
ていうか、もう充分遅いよね。
アッくんと手を繋ぎ、ふたりで家までの道を歩く。
「芽衣の家、意外と近いよな」
「うん。良かった。いつでも会えるよ☆」
目を合わせて笑う。
「なんか、恥ずかしいね……」
自分のすべてを見せてしまったことが、今になって恥ずかしくなった。
胸、小さいし……。ムダ毛の処理がバッチリだったことだけ救いだったかも。
「芽衣は全部、可愛かったよ」
アッくんの声が、静かな夜道に響く。
本当に嬉しかった。
アタシは、もうすでにアッくんに恋しているのかもしれない──
さっき悠哉に胸が痛んだばかりなのに、今はもう、痛まないんだよ。
アッくんと離れたくない。
このまま家に着かなければいいのに……。
ねぇ、アッくん。
離れたくないよね──
赤い糸 脆い絆
それから、日に日にアタシとアッくんの絆は深まっていった。
中2同士の幼い恋。
周りからみたら、ママゴトの延長かもしれない。
だけど、アタシとアッくんは真剣だった。
あの日抱かれて、ほんとに良かった。
素直にそう思えた。
「ずっと一緒にいようなっ」
「うん。一緒ね」
ふたりで約束をした。
会うたび、毎回約束をした。
約束しないと不安になる。
約束すれば、寂しくない。
そう思って、どちらからともなく毎回交した約束だったのに……。
時が経つにつれて、アタシの中で約束が挨拶になっていった。
バイバイの代わりのような、挨拶に。
そして、アッくんの存在も、そばにいて愛されるのが当たり前になってしまった。
──秋が間近に感じられるようになった夏休みの最後の週。
アタシはアッくんの気持ちを裏切った。
そして、ふたりの絆は崩れてしまったんだ。
今ならそんなバカなことしないのに。
あのときのアタシはバカだったよ……。
赤い糸 「なんで!? アタシは友達以下なの? 約束は!?」
「夜は会えるから我慢して?」
「もういいっ! !」
アッくんの部屋に響く、ヒステリックなアタシの声。
明日は、つき合って1ヶ月記念日。
1ヶ月記念日に遊園地で遊ぶ約束してたのに……。
それなのに、アッくんは友達と遊びに行く約束を入れていた。
明日じゃない日に予定を変えてよと何度話しても、ダメの一点張り。
「わかった。アタシも予定入れるから……」
「夜は空けとけよ!」
「……知らないっ」
アタシはアッくんの部屋から飛び出した。
初めてのケンカだった。
悔しくて、悲しくて……涙が出る。
なんで? どうして?
大切な記念日なのに、友達優先!?
そんなにアタシの約束は軽いもの!?
いつのまにか、アッくんにはまっちゃってた。
好きになっていたのに。
道路ですれちがう人たちは、泣きながら歩くアタシをチラチラ見ていた。
「見ないでよっ!」
やつあたりして、また涙を流す。
アッくんなんて、もぅいいよ! ! 知らないっ! !
赤い糸 アタシはあてもなく歩いていた。
?~?~?~
アッくんからの電話が鳴り続く。
──もういいよ。
そんな軽い気持ちなら、いいから……。
言い訳もいらない。
ブーーンッ
「芽衣ちゃんだぁ!」
正面から、原付に乗るコータが来た。
今は、コータと話す気分じゃないのに……。
「どぉも、です」
それだけ答え、下を向く。
「暗くない? 目も赤いし、どしたの?」
コータは原付をとめ、アタシの顔をまじまじと見た。
この馴れ馴れしさ……。ほんと嫌だ。
「化粧も崩れてるし……あんまり見ないでくださいっ」
その場を立ち去ろうとするアタシの腕を、コータはつかんだ。
「今から飲むんだよね! 芽衣ちゃんも来なよ! 嫌なことあったっぽいしヤケ酒しょ☆」
「……いいです」
「夏休み中に遊ぶ約束したじゃん! 行こっ! !」
強引なコータ。この人はいつも強引だ。
でもアタシはこういうシツコさには弱い。
「少しだけなら……」
渋々、アタシは了解をした。
少し、アッくんへの当てつけもあったのかもしれない。
アタシはコータの原付の後ろに乗った。
赤い糸 しばらく走ると、コータは1軒の家の前で原付をとめた。
「この家で飲むから!」
初めて乗った原付は意外と楽しくて、アタシの気持ちは少し晴れていた。
「へぇ~。ここ、誰の家なんですか?」
「俺のタメのヤツの家! みんなウチの中学だから、見たことあるヤツばっかりだよ」
グイッと手を引かれる。
コータは慣れた手つきで玄関を開け、勝手に階段を上がっていった。
「おじゃましまぁす……」
小さく声をかけ、コータの後に続く。
家の中からは誰の返事もなかった。
ギシギシと少し軋む階段をゆっくりと上がっていく。
階段の先のドアから、男女の笑い声がしてきた。
ガチャ
コータがそのドアを開けると、中から白い煙がもれた。
そこには見たことのある3年の先輩たちがいた。
「おせーよ、コータ!」
「わりぃ! でも、姫を拾ってきたから☆」
コータがアタシの背中を押し、煙草の煙まみれの部屋に押し込んだ。
赤い糸 「2年だよね?」
「はぃ。芽衣です」
ひとりの男に言われ、アタシはペコッと頭を下げた。
「まぁまぁ、座りなよー」
コータはアタシを座らせ、隣に自分も座る。
10畳くらいの部屋の中には、男女合わせて9人もいた。
みんなが自己紹介を始める。
「俺、ユウ?」
「ハルだよー」
「タクでーす」
人が多すぎて、自己紹介されても訳がわからない。
とりあえず、ふたりいた女の先輩の菜穂さんと綾さんだけは覚えた。
「菜穂でぇす。芽衣ちゃん、よろしくねっ!」
「はぃ」
菜穂さんはちょっと焼けててギャルだけど、小さくて可愛い女の子って感じの人。
「アタシは綾だよー」
綾さんは、サバサバしていてハスキーな声の美人。
ふたりはタイプが逆に見えるけど、とても仲がいいらしい。
「じゃあ、飲むかぁ~」
誰かが言う。
すると菜穂さんが、小さな冷蔵庫からお酒を取り出して配り始めた。
赤い糸 「乾杯~」
「おつかれぇ」
「乾杯ですっ」
ビールやチューハイの缶をみんなでカンッと合わせる。
アタシはお酒なんて、ほとんど飲んだことがなかった。
梅サワーをチビチビと舐めるように飲んだ。
……アレ? 意外と美味い?
梅サワーって梅干し味じゃないんだぁ。
綾はお酒が弱いらしく、一番飲みやすい甘いカクテルを飲んでいた。
コータや菜穂さんはビール。
1時間もすると、みんな少しずつ酔っぱらってきた。
アタシも顔が熱くてポカポカいい気分……?
?~?~?~
「芽衣ちゃん、また携帯鳴ってない?」
さっきから、何度も携帯が鳴り続けていた。
きっとアッくんだ……。
無視をして先輩たちと飲んでいることに、罪悪感がわく。
でも……アッくんが悪いんだよ。
約束、破るんだもん。
「携帯、電源切っちゃえよ~~」
誰かがふざけて言った。
今、電源を切ったら……。心配するだろうな。
そしたら、明日、友達と遊ぶっていうのも、やめてくれるかな?
──電源……切っちゃお──
アタシは携帯の電源を切った。
赤い糸 それからみんなで飲み続けた。
アッくんへの罪悪感も、お酒を飲むにつれて消えていった。
どうでもい~や?って感じになる。
頭がグラグラと回ってきた。
酔ったなぁ……。もぅ帰ろ……。
「芽衣ぃ…先に、帰りまぁす?」
「えーっ!」
「まだいなよー」
みんなの声を笑顔でかわして、部屋を出た。
コータも後からついてくる。
ふたりで階段を一段、一段、ゆっくり降りた。
「芽衣ちゃん大丈夫?」
フラフラしながら階段を降りているアタシを、コータが後ろから抱きかかえて支えた。
「ほんっと……すいませんっ」
恥ずかしいけど、支えてもらわないと階段から落ちてしまいそう。
やっとのことで階段を降り、家から出た。
そして、とめてあったコータの原付に一緒に乗る。
「つかまってろよ! 芽衣ちゃんは悠哉と同じマンションだよね!?」
「はぁい……てゆぅか、今更だけど、なんで原付? まだ15歳じゃ乗れないんじゃ?」
コータは笑う。
「酔ってる方がヘンなところで冷静だね」
「いえいえ……」
そしてふたりでアタシの家を目指した。
赤い糸 しばらく走ると、コータは原付をビルの脇にとめた。そしてライトを消す。
「ヤバい。検問だ──」
コータは原付を降りて、アタシの手をつかんでビルの陰に隠れた。
ノーヘル、2ケツ、無免。捕まれば、ヤバすぎるっ。
幸い、警察はまだふたりに気づいていないようだ。
「ヤバいなぁ~」
「ヤバいよね……」
ここから家までは歩いても5分もかからない。
「アタシ、歩いて帰るよ~!」
「送るっ」
「大丈夫! 危ないから、すぐ戻りなよ!」
「平気だからさぁ☆」
またいつもの強引な言葉。
アタシはコータに甘え、並んで家に向かった。
酔っぱらいのふたりは、どちらからともなく手を繋いだ。
フラフラして、大笑いして、楽しい夜道。
赤い糸 「キャハハハハッ ? ちょーすごぉい! !?」
「だろ? 芽衣ちゃん、これからもまたアソボウなっ☆」
「うん!」
マンションの前に着き、コータと手を離す。
「じゃあ、またね!」
「うん、ありがと!」
コータはアタシに「バイバーイ!」と、大きく手を振って、歩いて行った。
少し夜道を歩いたことで、アタシの酔いは少しさめていた。
なんとか真っ直ぐ歩けるようになった。
あっ……そういえば。
携帯の電源を切ったままだったことを思い出した。
マンションの脇に座り、携帯の電源を入れる。
メールが数件きていた。
〈何、シカトしてんの?〉
アッくんだ。
〈芽衣?連絡して!〉
優梨からもきている。
?~?~?~
ビクッ
思わず携帯を落としかける。
いきなり鳴ったから、驚いた……。
──アッくんだ。
お酒のいきおいもあって、アタシは電話に出た。
「はい~」
「……」
「何!?」
しばらくの沈黙の後、アッくんが答えた。
「お前、サイテェだな」
えっ、まさか──
嫌な予感がして周りを見回す。
案の定、視界にアッくんの姿が入った。
赤い糸 アッくんは電話を切り、アタシに背を向けて歩き始めた。
「ちょ……ちょっと! 待って! ! 誤解なのっ! !」
酔った体で必死にアッくんを追いかける。
しかし、アッくんの足は止まらない。
「待って!」
もつれそうになる足でヨタヨタと走る。
アッくんの背中が近くなってきた。
「キャッ……」
バタンッ
……痛いっ。
サンダルが脱げて、アスファルトの地面に思いきり転んでしまった。
ミニスカだったから、膝がすりむけて血が出ている。
肘も、手のひらもズキズキと痛む。
「痛いよぉ……」
自業自得だよね。
「ウッ……ウウゥッ……」
涙がこぼれてきた。立ち上がる気力もない。
地面を見つめて、涙を流し続ける。
「ほんと、バカだ……」
小さくつぶやいた。
アッくんに当てつけのようにコータについて行って、飲めないお酒飲んで。
酔っぱらって、転んで……。
「アタシ、ほんとにバカだょ……」
「ほんとバカだな!」
頭の上から声がする。
ビックリしてアスファルトから顔をあげると、アッくんが立っていた。
赤い糸 「アッ……アッくん! ! キャッ──」
急いで立ち上がろうとするけど、お酒と怪我でうまく立てない。
フラフラしてまた転びかけるアタシを、アッくんが支えてくれた。
「ごめん……」
「──お前、酒臭いよ」
アッくんは嫌な顔をしながらも、アタシをかかえてマンションのほうに連れて行く。
「ごめんね……」
「……」
その間すら、足がもつれて何度も転びそうになった。
支えられてやっとの、情けない自分の姿。
──アタシ、最悪だよね。
コータと手を繋いで笑ってたアタシを、アッくんはどんな気持ちで見てたのかな……。
「ごめんね」
「……」
「ごめんね……」
アッくんから、一度も返事は返ってこなかった。
アタシは無言のアッくんに謝り続けた。
赤い糸 10回目くらいに謝ったとき──
アッくんが口を開いた。
「なぁ、芽衣……」
「──ナニ!?」
アッくんが話してくれたことが嬉しくて、思わず声が裏返ってしまった。
「ナニ!? ……だって」
アッくんがアタシの真似をして笑う。
でも……その顔は、最近の笑顔じゃなかった。
前によく見せた、悲しい笑顔。
「何してたかは、聞かないから」
「え!?」
「言い訳とか嫌だし。今、俺が見たことが事実だろ?」
──何が言いたいの?──
次のひと言を、聞きたくなかった。聞くのが怖かった。
「芽衣、オレ──」
「話、聞いて──」
「だから──」
「聞いてよっ!」
涙声になりながら叫んだ。
支えてくれているアッくんの手を、むりやり振りほどく。
「だ、だから……聞いてよ……グスッ……アタシ……さみし…グスッ、さみしかったのぉ……。い、一緒に……。明日……。明日、あ……会い……会いたくて……」
「だから、もういいよ。ごめんな。もう、ダメだ。……別れよう」
赤い糸 ……え?
今、なんて言ったの?
聞きたくない言葉。信じられない言葉──
頭の中がグチャグチャになる。
「嫌ぁ! ! 嫌だぁ……嫌! 嫌! ! アァッーーッ」
アタシは悲鳴にも似た声で号泣してしまった。
「ねぇ……さっきのはごめんねっ! 嘘だよね? 嘘だよね!?」
気がつくと、アタシはアッくんの足にすがりついていた。
アタシがアタシじゃなくなったみたいだった。
訳がわからなくて……何が起きたのか何もわからなかった。
赤い糸 崩壊
「ねぇ……冗談だよね?」
すがりつくような目でアッくんを見つめる。
「冗談だったら……いいよな。さっき見た光景全部が」
「だからっ──」
アタシは、さっきまでのことをすべて話した。
何もなかったことも、全部……。
アッくんはアタシの話を聞いても、何も言わなかった。
「……明日一緒にいたくって。電源切ったら、心配してくれると思って……こんなことになるとは思わなかったの。お願い……別れたくないの」
アッくんは足元にしがみついて泣くアタシを見て、困った顔をする。
「お願い……せめて、距離をあけるだけにして? 信じてもらえるように頑張るから……アタシにチャンスをちょうだい」
お願いだから……。
「わかった……」
「アッくん! !」
アタシはアッくんの足にすがりついたまま、声をあげて泣き続けた。
アッくんは、アタシの頭を優しくなでてくれた。
「オレ……芽衣を信じられなくてごめんな。また芽衣と楽しく過ごしたいから……もう一度、信じさせて」
アッくんは足元のアタシを抱き上げ、抱き締めた。
強く、強く……。
赤い糸 アタシはアッくんの胸で泣き続けた……。
落ち着いた頃には時計が0時を回っていた。
「そろそろ帰れよ。親が心配してるんじゃねぇの?」
「……」
離れたくない。一緒にいたい。
もっとそばにいたいよ──
「アッくんの家、泊まったらダメ?」
アッくんは首を横に振る。
「ダメ。帰れよ」
「そっか……」
やっぱり……ダメだよね。
「明日は……会えるのかな?」
「考えていい?」
え……?
明日、1ヶ月記念だよ。
それなのにダメなの?
「考えて夕方に電話するから。……もう帰れよ」
「──わかった……うん。じゃあね」
アタシはアッくんに手を振った。
マンションに入って行きながらも、何回も何回もアッくんのほうを振り返った。
──アッくんはきっと電話してくれる。
明日、会えるよね?
きっとわかってもらえる。また、いつものふたりに戻れるはず。
ガチャ
何度も自分に言いきかせながら、家の玄関のドアを開いた。
赤い糸 部屋に入り、ベッドに横になる。
?~?~?~
アッくん!?
急いで携帯の画面を見ると……優梨だった。
優梨にもアッくんから連絡がいって、心配させたみたいだし……。
ピッ
「優梨? 心配かけてごめんねっ」
「心配したぁ~。何があったの? 大丈夫!?」
──全然、大丈夫じゃないよ。
「……」
「……ど、どぉしたの? 何があったの?」
「落ち着いたら……話すね」
「……」
ごめんね……優梨。今、話せるような状況じゃなくて。
アッくんとつき合ってることも優梨は知らないから、話さなきゃいけないけど……。
今はそんな力ないよ。
「そっかぁ……アッくんも優梨も心配したんだよ。もう、心配させないでね……」
「うん。ごめん……」
電話を切る。
優梨は親友だから……アッくんと仲直りしたら、きちんと話そう。
きっと、仲直りできるから。
赤い糸 アタシは携帯の着信音量を最大にしてベッドに入った。
寝ているときにアッくんから電話がくるかもしれない。
枕の横に携帯を置いた。
だけど、この晩──
携帯が鳴ることはなかった。
アタシはこの1ヶ月を思い出して、涙を流したり、不安になったり、期待したりして眠ることができなかった。
気がつけば、朝日がのぼっていた。
カーテンの隙間から漏れる陽の光が眩しい。
しばらくすると、足音が聞こえてきた。
パタパタパタ
お母さんのスリッパの音だ。足音は、アタシの部屋の前で止まった。
「芽衣、開けるわよ」
カチャ
「あ……」
「芽衣……その目……」
お母さんは泣き腫れて、二重が一重になったアタシの目を見て驚いているようだった。