アッくんの言葉を聞き、海斗は不快感をあらわにして言う。
「……海斗は気づかねぇのか?」
「は?」
美亜の顔からは、みるみるうちに血の気が引いていった。
赤い糸destiny もしかして……アッくんは気づいたのかもしれない。
美亜の不自然な表情と瞳に──
アタシは、アッくんの様子からそんな雰囲気を察した。
「なぁ……。何食ってんだ?」
「えっ……」
「見ればわかるんだよ」
アッくんが強い口調で美亜に詰め寄った。
「芽衣に今朝言おうか悩んでいたんだけど……。昨日の夜も、さっきの男とクラブ行ってたろ? あいつとクスリやったのか?」
アッくんからの電話はこのことだったんだ……。
何もできないまま、アタシは黙ってその光景を見ていた。
美亜の顔はクシャッと歪み、瞳がうるみ始めた──
「ご……ごめんなさいっ。あたし、本当にやめようと思っていたのに……。やめたかったのに──ウウウッ」
美亜はもう隠せないと悟ったのか、その場にしゃがみ込んで泣き出してしまった。
その夜──
アタシはアッくんの家で久しぶりのタバコに火をつけた。
もう二度と吸わないと心に決めていたメンソール味のタバコ。
それは、ただの不味い煙だった。
胸いっぱいに吸い込み、フーッと床に向かって吐き出す。
「最悪な1日だった」
「……まぁな」
「美亜には幻滅したよ」
アタシはひと口タバコを吸った後、灰皿に強くタバコの火種を押しつけた。
赤い糸destiny ──美亜の言い訳は、呆れるほどにメチャクチャだった。
「あたしはミツに捨てられ、親友たちも彼氏ばかり見ている。だから嫌だった。忘れたくてクスリにまた手を出したの」
そう言うと、美亜は順番に3人を見つめた。
そして、
「クスリはもうやめる。絶対にやめるから、あたしを見捨てないで──」
か細い声で言い、すがりつくように声をあげて号泣した。
──信用できないよ。
アタシは美亜の話を聞いても、冷めた目で見ることしかできなかった。
だって……だってそうじゃない?
心の底から美亜を心配してクスリを止めたと信じていた。
次にやったら許さないって、あれだけ念を押したのに。
「ねぇ……。もうしないっ……絶対にしないから──」
美亜は涙をポロポロとこぼし、あのときと同じように3人を見つめた。
「マジで何やってんだよ……」
海斗は溜め息をつきながら、涙で濡れた美亜の頬を手で拭った。
そして──
美亜は海斗に支えられ、ふたりで夜の街に消えていった。
赤い糸destiny ──その光景は、思い出すだけで胸が痛くなる。
アタシは気持ちを紛らわすように、新しいタバコに火をつけた。
「はぁ……。アタシはもう美亜を信じれないよ」
「2度目だもんな。──でもさ、オレもクスリやってたから美亜の気持ちもわかるんだ」
「……」
アッくんはアタシの体を抱き締めた。
久しぶりのタバコに頭がクラクラしながらも、そのままアッくんに身を委ねた。
「オレは芽衣がそばにいて支えてくれたから立ち直れたんだ。美亜にも同じように立ち直ってほしい」
アッくんの優しい声が、耳元で響いていく。
その声でいつも元気づけられていたけど、今日はそう簡単にいかなそう……。
時間が経つにつれ、ショックやいら立ちの気持ちは強まっていった。
「もぉ嫌だぁ……」
「そうだよな。……あっ。もうすぐ明日じゃん」
テーブルの上にある時計を見ると、午後11時を少しだけ回っていた。
あと1時間弱で午前0時になり、日付が変わる──
そういえば……明日は1カ月記念日だ。
赤い糸destiny 「はぁ……」
力なくアッくんの体に腕を回した。
こんな1カ月記念日になるなんて、思ってもいなかったよ……。
?~?~?~
「ごめんっ。電話だ」
アッくんは片手でアタシを抱き締めたまま、空いた手で携帯を取る。
だけど、すぐに携帯を置いた。
「……やっぱいいや」
「えっ?」
気まずそうに笑うアッくん。
その顔は、朝の電話のときと同じ顔──
アタシの頭の中は、美亜のことから今の電話のことへと切り替わり、不安で埋め尽されていった。
……ねぇ、なんで?
いつもアタシの前じゃ出ないよね。
今日はこんなときだから出ないの?
それとも、アタシの前だから?
?…?…?…
次はメールの受信音が鳴る。
アッくんはメールの画面を開き、驚いたように声をあげた。
「──あっ!」
「どうしたの?」
「あの……あのさ……。な、なんでもない」
なんでもないとごまかしたアッくんは、明らかに何かある様子。
アタシは体に回されたアッくんの腕を離し、少し距離をおいて座り直した。
赤い糸destiny 1カ月記念
「おい……どうしたんだ?」
「……別に」
アッくんは体をずらし、またアタシを抱き寄せた。
その瞳は、チラチラと携帯を見ながら……。
──抱き締めてごまかそうとしてるの?
「──嫌! そんなに気になるなら電話出ればいいじゃん!」
アッくんから体を離し、今まで我慢していた気持ちを言い放った。
アタシの剣幕に、アッくんは慌てて笑顔を作った。
「お……おい。なんでそんなにキレてんだよっ。落ち着けって……」
「──は!? 美亜もアタシを裏切って、アッくんまでこんなんじゃん! なんでいつも電話に出ないの!?」
「美亜のことで敏感になってんのはわかるけど──芽衣、ちょっと落ち着け」
アッくんはまたアタシに手を伸ばす。
その手を振り払い、まっすぐアッくんを見つめた。
「ずっと思ってたの! 誰なの!?」
「……だから、クラスのヤツとかだって!」
「じゃあ今すぐ折り返してみてよ。──ねぇ!」
携帯を握り締め、アッくんに突きつけた。
「早くっ!」
「芽衣……」
アッくんは困ったように目を伏せた。
赤い糸destiny 自分でも……メチャクチャなことを言っているってわかってる。
だけどアタシの体から溢れ出す感情は止まらなかった。
「そういうの、マジでやめろって」
「なんで……なんでかけれないの!? アタシはアッくんの携帯が鳴るたびに不安なの! ただのヤキモチかもしれないけど嫌なのっ!」
叫んだ途端、胸が詰まり視界がぼやけてくる。
涙が次々と頬を伝った。
すごく醜いアタシ。
すごく嫌なアタシ。
なんでこんなことになっちゃったんだろう……。
アタシはソファーの隅で体を小さく丸め、声を殺して泣いた。
気がつけば、時刻は深夜の0時を回っていった。
「……芽衣」
「ウウウッ……」
「芽衣、ごめんな。不安にさせてごめんな」
泣きじゃくるアタシの背中を、アッくんはそっと撫でた。
「ごめんな……」
アッくんの手のひらはすごくあたたかくて、感情的な気持ちが、どんどん落ち着いていった。
アタシは、こんなにも優しいアッくんに酷いことを──
自分のしたことや言った言葉に後悔の気持ちが募った。
赤い糸destiny 「ご……ごめんねっ……グスッ。すごく……もう今日は頭が……いっぱいで……本当にごめんっ……」
震える声でアッくんに謝り、そっと寄り添った。
自分が情けなくて余計に涙が溢れてくる。
「違うって……。オレが悪いんだ」
「違っ……違うっ。アタシが……」
「本当は今日……ていうか、もう昨日になったけど話したいことがあったんだ。美亜のことがあって話すタイミングを逃したけど」
えっ?
話って……。
アッくんの深刻な声に、アタシは涙でグチャグチャになった顔を上げた。
目の前にアッくんが座り込む。
その顔は、とても真剣な顔だった──
「あの……」
バクバクバク……
嫌な予感がして鼓動が早まる。
アタシは戸惑いながら、アッくんの話を待った。
「実は……。麻美と連絡取ってるんだ。芽衣を傷つけたくなくて黙っててごめん。でも、やましい気持ちはなくて……」
──えっ。嘘……でしょ?
アタシは無意識に口元を手で押さえた。
赤い糸destiny 「アッくんが……ま、麻美チャンと?」
「黙っててごめんな」
「なんで……なの?」
不安な気持ちでアッくんを見つめた。
──連絡を取る理由が知りたいよ。
きっと想像通りの答えだろうけど……。
「芽衣とつき合う少し前から、ヨリを戻したいってずっと言われてて……」
「やっぱり……」
アッくんからは予想通りの答えが返ってきた。
「あれだけアッくんを好きな麻美チャンが、すぐに諦めるなんてないって思ってた。だけど……なんで今も連絡を取り合ってるの? もしかして──」
アタシはそこまで言うと、口をつぐんだ。
その先は……怖くて言えなかった。
──もしかして、アタシより麻美チャンを選ぶの?
「なんかさ……今、麻美がやばい状況なんだよ。死ぬってメールがきたり、家に乗り込んできて騒いだり……」
「えっ? 何それ……。彼氏にそんなことされてるなんてすごい嫌……」
そう言うと、アッくんは溜め息をついた。
アタシの頭には、ここに押しかける麻美チャンの姿が浮かんだ──
赤い糸destiny 「だから……芽衣の気持ちを考えたら言えなかったんだ。麻美には無理だって言ってんだけど、全然聞いてくれなくてさ……本当にごめん。ごめんな──」
……アッくんに麻美チャンと戻る気持ちがないことはホッとした。
だけど……すごく嫌だよ。
アッくんと麻美チャンが今も関わっているなんて。
「ねぇ……。どうにかならないの?」
「麻美は心の病にかかってるんだ。人格障害っていうヤツなんだけど。人それぞれ違うけど、麻美の場合は自殺するって言っても死ぬ気はなくて、かまってほしくてリスカとかするらしい。このままじゃ何も変わらないから、昨日麻美のかかりつけの医者と相談したんだ。突き放すことも大事だって言われたよ。麻美のためにも、オレらのためにも。オレはもう麻美とは連絡取らないって決めたから……嘘ついててごめんな──」
アッくんはそう言うと、頭を下げてアタシの両手を握った。
「アッくん……」
「今日はこの話をしたかったんだ。ごめんな」
小さく呟く声が聞こえる。
……悩んだよね。
苦しかったよね。
アタシは包み込むようにアッくんを抱き締めた──
赤い糸destiny 好きな人と離れるって……本当につらいことだよね。
死ぬと言ってアッくんを繋ぎ止めたい麻美チャン。
そして、ミツを忘れたくてクスリから離れられない美亜。
「この先も麻美のことでいろいろ嫌な思いをさせるかもしれないけど……」
「ううん、大丈夫。アタシにはアッくんがいてくれるんだもん」
「……ごめんな」
アッくんの腕が背中に回り、強く抱き締められた。
──麻美チャンのことが嫌じゃないと言えば嘘になる。
だけど、美亜と麻美チャンが重なって責められないんだ。
ミツを想う美亜の気持ちは、きっとアッくんを想う麻美チャンと同じ。
その気持ちは、胸が痛くなるほどによくわかった。
美亜は、海斗と何を話してるのかな?
明日電話して会いにいこう。
……アタシはなんだかんだ言っても美亜が好きだ。
今、そう気づいたよ。
あのときはショックだったけど……。
アタシは、何度でも美亜を立ち直らせなきゃ。
美亜を見捨てることなんてできないよ。
親友なんだもん──
クスリなんかに引き裂かれたくない。
赤い糸destiny でも、先を考えると怖いな。
この先、美亜が立ち直ってくれなかったら……アタシは信じてそばにいれるのかな?
それに、麻美チャンも……ずっとアッくんにつきまとうことになったら、今みたいな考えはきっとできない。
イライラするだろうし、むかつくだろうし、アタシとアッくんの仲だって、どうなるかわからないよ。
今だから、こんなキレイ事を思っていられるのかもしれない。
「アッくん……」
「──ん? どうした?」
アタシは不安を消すように、アッくんの胸に顔を埋めた。
?~?~?~
その間も、アッくんの携帯は鳴り続けている。
「……ごめん。サイレントにする」
「うん……」
携帯の音が消えた室内は、シンと静かになった。
聞こえるのは……お互いの呼吸だけ。
「芽衣。1カ月経ったな」
「早かったね……」
「このまま、2カ月3カ月ってずっと一緒にいような」
うなずくアタシの頭をアッくんが愛しそうに撫でてくれた。
赤い糸destiny 「──そうだ。ちょっと待ってて」
アッくんはそう言うと、体を離して立ち上がり、クローゼットを開いた。
「何してるの?」
「芽衣、少しだけ目つぶっててくんない?」
「え?」
アッくんは振り返って、ニコッと笑った。
「なんで?」
「いいからっ」
よくわからないまま、言われた通りに瞼を閉じた。
──真っ暗になった視界の中、ゆっくりとアッくんの足音が近づいてくる。
そして、足音は目の前で止まった。
パコッ──
小さな音がして、アッくんの手がアタシの手に触れた。
「えっ……何?」
「目、開けるなよっ」
「う、うん」
何してるの?
薄目で見ちゃおうかな……。
そう思いながらも、閉じた瞼にギュッと力を入れた。
アッくんはそっとアタシの手を撫で、薬指の先を優しくつまむ。
その後──
「えっ……」
アタシの指先に、冷たい金属のような物が触れた。
それは、薬指の先端から根元まで移動していく。
赤い糸destiny これって……もしかして──
「気に入ってくれるかわかんないけど……」
「……目、開けてもいい?」
「いいよ」
アタシはゆっくりと瞼を開いた。
すぐに視線を右手へと移動させると……。
「これって……」
「たいしたもんじゃないけど、約束のやつ」
右手の薬指には、シルバーの指輪がはまっていた。
キラキラと光を反射しながら輝いている。
「1カ月記念にはペアリングが欲しいって言ってただろ?」
アッくんは照れながら、アタシの前に手をかざした。
そこにもアタシの指輪と同じデザインの指輪がはまっていた。
嬉しくて、あたたかい気持ちで胸がいっぱいになっていった。
「あ、ありがと……」
まさか本当にプレゼントしてくれるなんて──
「本当に……嬉しいよぉ……」
アタシは左手でそっと指輪をなぞった。
そこからは、アッくんの愛が伝わってくるような気がした。
急に視界がぼやけて……。
アタシの瞳から、涙が流れた──
赤い糸destiny 「泣くなよーっ……」
「……グスッ。だって……」
涙は次々とこぼれ落ちていった。
泣きながらも頬はゆるみ、笑みを浮かべた。
それにつられたのか、アッくんは少し困った顔をしながらも笑った。
「芽衣……好きだよ。ずっと一緒にいような」
「うん……」
優しい声が体中にしみて、全身の力が抜けていく。
「本当に大好き……。ありがとう……」
愛しくて──
今は、ふたりの間に空く数十センチの距離すらもどかしかった。
こらえきれず、思いきりアッくんに抱きついて、耳元で何度も愛の言葉を囁いた。
──ねぇ、アッくん。
愛してる。
心の底から、アッくんのことを愛してるよ。
「芽衣……。こっち見て?」
「うん……」
アタシはうるんだ瞳でアッくんを見つめた。
パチッとふたりの視線がぶつかる──
「愛してる……」
アッくんの顔が、ゆっくりとアタシの顔に近づき始めた。
15センチ。
10センチ……。
アタシは少し顎を上げ、そっと瞼を閉じる──
赤い糸destiny ふたりの唇は、ゆっくりと重なり合った。
「ンッ……」
アタシの口から小さな吐息が漏れる。
チュッ……
そっと唇を離し、またふたりは見つめ合った。
アッくんの熱い眼差しに、思わず目が離せなくなる。
「ずっと……こうしてキスしたかった」
「アタシも──」
チュッ……
チュッ……
何度も何度もどちらからともなくキスを繰り返した。
アッくん……大好きなアッくん。
涙でしょっぱい味のキスだけど、アタシには、甘くて本当に幸せなキスだよ。
──強く抱き締め合って口づけを交しながら、お互いを強く求め合っていった。
もっと深く……お互いのすべてで愛を確かめ合いたい。
ふたりの気持ちには、もうブレーキは効かなかった。
数えきれないほどのキスの後、アッくんは少し火照った顔で口を開いた。
「……いい?」
そのひと言の意味を考えると、恥ずかしくて頬が赤く染まってしまった。
ドキドキと高鳴る胸を押さえながらコクンと小さくうなずいた。
赤い糸destiny アタシは恥ずかしさに耐えきれず、そのままアッくんの胸に顔を埋めた。
「なんか、照れるな……」
「恥ずかしい……」
同じように照れているアッくんに抱き上げられ、ベッドの真ん中に優しく下ろされた。
そして……ゆっくりとベッドに倒されていった。
「大事にする……。本当に愛してるよ。──ずっと、芽衣のことを愛してるからな」
「うん。愛してる……」
これから……アッくんと、身も心もひとつになるんだね。
アタシは恥ずかしさと幸福感を感じながら天井を眺めた。
しかしすぐに天井は見えなくなり、アタシの上にはアッくんの体が覆い被さった。
アッくんは片手でアタシの手を握り、もう片方の手で優しく髪を撫でてくれた。
「急だし、もし嫌だったら言えよ……」
「アッくん──」
大好きなあなたとひとつになれることは……これ以上ない幸せなの。
アタシだって……心だけじゃなく、ふたりのすべてで愛を確かめ合いたいよ──
アッくんの手は頬を撫で、首筋を撫で、ゆっくりと下へ降りていった。
赤い糸destiny 「アッ……」
唇の隙間から、甘い悲鳴が溢れていく。
……アッくんとの愛の行為は、アタシを最高に幸せな気持ちにさせてくれた。
お尻の上にある蝶を見られたときは戸惑ったけど、「痛そうだな」って、アッくんは蝶にキスをしてくれたんだ。
アッくんの荒くなる息づかいに、そして体を触れられるたびに、アタシの脳は心地よい痺れを何度も感じた。
それは、ただの気持ちいいとかじゃないよ。
アッくんと抱き合ったことは、セックスなんていうありきたりの言葉じゃ表せない行為だった。
愛しいアッくんと体中で愛を感じ合えて、アタシのすべては満たされたんだ……。
ひとつになれることがこんなに幸せだなんて知らなかったよ──
愛を確かめ合った後、アタシたちは抱き締め合いながら横になった。
そして、愛を込めて何度も口づけを交す。
「なんか……幸せだよぉ……」
アッくんの背中や髪を撫でながら呟いた。
「……オ、オレも……」
まだ息を切らしながらも、アッくんは微笑んだ。
赤い糸destiny アッくんの背中に回した右手を見ると……窓から入る月明かりで、指輪がキラキラと光っていた。
もう少し大人になったら……右だけじゃなくて、左の薬指にも指輪をはめてもらえたらいいな。
そしたらアタシはアッくんに似た男の子を産みたいよ。
いつか……この想いが叶いますように。
アタシは幸せな未来を思い浮かべながら、ゆっくりと眠りについていった──
翌朝──
ピンポーン……
鳴り響くインターホンの音で、目を覚ました。
瞼を擦りながら隣を見ると……気持ち良さそうに眠っているアッくんがいる。
「……可愛い」
無防備な寝顔が愛しくて、アタシは体を起こしてキスをした。
そして、すぐに脱ぎすてられた服を集める。
──裸の自分を見ると、昨日の記憶が生々しく頭に浮かんで、今になって恥ずかしさが込み上げてくるよ。
ピンポーン……
服を着ていると、またインターホンが鳴った。
「ねぇ……誰かきたよ」
アッくんの体を軽くゆさぶる。
赤い糸destiny 「う……うぅん……」
アッくんはそう呟き、ゆっくりと寝返りをうった。
ピンポーン……
「ねぇ……。起きてっ──」
「ん……芽衣? おはよ……」
「インターホンがずっと鳴って──」
ギュウ──
「芽衣ーっ……」
アッくんは寝惚けながらアタシの体を抱き寄せる。
チュッ
朝から甘いキスをくれた。
「もぉ……」
「朝から芽衣と一緒で幸せだよなぁ」
ピンポーン……
ピンポーン……
「ねえ……。また鳴ってるよ?」
アッくんはだるそうに起き上がり、玄関の方を眺めた。
「……誰だろ」
「何回も鳴ってるの」
「もしかして──」
アッくんはそこまで言うと、眉間に皺をよせた。
……まさか。
アッくんの顔に、アタシの胸には嫌な予感がよぎる──
「ちょっと見てくる」
「……」
「心配すんな。ドアは開けないから……」
アッくんはボクサーパンツだけだった体に服を着て、静かに部屋を出ていった。
……どうしよう。
玄関にいるのがあの人だったら──
アタシはドアの隙間から廊下を覗いた。
赤い糸destiny そこからアッくんの姿は見えないが、静かに耳を澄ます。
ガチャ──
「──え?」
急に玄関のドアが開く音がして、廊下を見つめながら固まってしまった。
その直後──
「たぁだいまぁ~」
酔っぱらったような女性の声が聞こえてきた。
「何やってんだよ!」
「うっさい……。鍵なくしたんだから仕方ないでしょ!?」
「はぁ……」
バタッ──
「痛ったぁ……もうっ!」
「おふくろ……」
……声の主は、どうやらアッくんのお母さんのようだ。
バタバタと大きな足音が近づいてきて、ドアの隙間から着崩れた着物姿の女性が見えた。
ふたりにばれないように息を殺して覗き続けた。
「……つーか、アツシ! あんた玄関のブーツは誰のなのぉ? 麻美チャンのやつぅ?」
「違うって! とにかく部屋行って寝ろよ!!」
「はぁ……酔っぱらったぁ! 売り上げ悪すぎてぇ……もう店潰れそうなのぉ。たまには飲んだって……気持ち悪っ──」
廊下でふらつくお母さんをアッくんは慌てて支えていた。
複雑な心境になりながら、アタシはベッドへと戻った。
赤い糸destiny 横たわると、ホッとするような悲しいような感情が襲ってきた。
何も考えたくなくて、頭から毛布に潜り込んだ。
……しばらくすると、申し訳なさそうな顔をしたアッくんが姿を現わした。
「みっともないところを見せたよな」
「ううん……」
「もう寝たからさ。たまにこんなこともあんだよ。最近イライラしてて……」
アッくんはそう言うと、ベッドに倒れ込むように寝そべり、天井を見上げてポツンと呟いた。
「なぁ……。おふくろが言ってたことは気にすんなよ」
「──な、なんのこと? 聞いてなかったから」
本当はすべて聞いていたが、思わず嘘をついてしまった。
「そっか……。もう朝の9時だし、用意してどっか行く?」
アッくんはベッドの中でアタシを抱き締めた。
外出の用意を終え、近所のファミレスに向かった。
アタシはフレンチトーストとフレッシュジュースを頼み、アッくんはトーストのセットを頼んだ。
赤い糸destiny 「腹減ったな。動きすぎて疲れたからかも……」
「へっ!?」
アタシはアッくんから目をそらし、顔を真っ赤に染めた。
……昨晩の出来事が頭に浮かんだ。
激しいアッくんを思い出し、胸がドキドキしてしまった。
「恥ずかしい……」
「──え? 何が?」
「だから、動きすぎたって……」
ポソッと小声で言うと、アッくんは一瞬悩んだような表情をした後……、
「ブッ……アハハッ!」
こらえきれないように笑い出した。
「芽衣、何考えてんの? ファミレスまで歩いたから疲れたって話なんだけど」
「え……あのっ……」
「そんなに芽衣がエロいとは知らなかったなぁ」
「違っ……違う! ねえっ!! からかわないでよぉ」
笑いながらアッくんがからかってきた。
アタシはますます顔を赤く染めながら、見振り手振りで必死に否定をした。
その間にも……昨晩の行為が頭の中を占めていく。
アッくんの裸……耳元に感じた吐息……そして汗と香水が交じった匂い。
「もうすぐご飯来るから黙ってよっ!」
「はぁい! アハハッ」
赤い糸destiny すねて下を向き、いっきにジュースを飲み干した。
「怒るなって」
「知らないっ!」
「芽衣~。そんなところも可愛いな」
──もうっ。そんな言葉に騙されないよっ。
そう思いながらも、可愛いというひと言で顔がほころんでしまう。
「今日、どこ行く?」
アッくんの問いに、アタシはチラッと顔を上げた。
「芽衣の行きたいところなら、どこでも行くっ? ねぇ。からかった罰として、芽衣のわがまま聞いてくれる?」
アッくんは笑顔でうなずいてくれた。
「いいよ! どこ?」
「アタシ、今日はショッピングに行きたいの。途中でケーキ食べて、帰りにプリクラ撮るっ」
「えっ……。買い物? ケーキ? プリクラ?」
予想外の返答だったのか、アッくんは明らかに困った顔をした。
それを見て、念を押すように言った。
「……言うこと、聞いてくれるんでしょ?」
「あー……わかったよぉ」
観念したのか、アッくんは苦笑いをした。
そして、ふたりは目を合わせて微笑み合った。
そこには、穏やかな朝の空気が流れていた──
赤い糸destiny なんか……こんな話をできたり、笑い合えるのって幸せ。
アッくんがそばにいるだけで、とっても幸せな気持ちになるよ。
「やったぁ! ──わがまま聞いてもらっちゃうし、ここはアタシが払うね」
そう言い、テーブル上の伝票を掴んだ。
「やめろって! オレは芽衣に金を使わせたくないんだよ。オレが払うっ」
「えーっ……」
ドンッ──
「フレンチトーストになりまーすっ」
アッくんがアタシから伝票を取り上げたとき、ふたりの会話を裂くように、ウエイトレスが食事を運んできた。
「あっ……すいませ──……」
照れ笑いをしながら顔を上げた。
しかし、ウエイトレスを見た途端──
顔も体もすべて凍りついてしまった。
「つーか……なんで?」
先にアッくんが口を開く。
「えっ? バイトしてんの!」
「はぁ? お前んちはここから遠いだろ!?」
アタシはどうしたらいいのかわからなくて、無言でふたりの様子を眺めた。
くすくすと笑うウエイトレス。
そのウエイトレスは……なぜか麻美だった。
赤い糸destiny 「ねぇ……あたしがこの店に勤めたら何か問題あるの?ここにはアツシともいっぱい来たじゃん」
ザクッ……
麻美は営業スマイルのまま、フレンチトーストにフォークをつき立てる。
「──麻美! いいかげんにしろよ!」
「アハハハッ! 芽衣チャンは知らなかったかもしれないけどねぇ……」
麻美はアタシの方を向き、不敵な笑みを浮かべた。
その笑顔が怖くて……全身に鳥肌が立っていく。
「──芽衣、出るぞ」
「えっ……」
「早く荷物まとめろよ。……おい、麻美。ここには二度と来ねーからな!」
「アハハハハッ」
麻美は楽しそうに笑っていた。
立ち上がるアッくんを見て、アタシは慌てて荷物を鞄に詰め込んだ。
「アツシ、あたしは絶対に諦めないからねっ」
「……」
アッくんは何も答えず、レジに向かって早歩きで歩いていった。
「ねぇ、待って!」
ファミレスを出ると、先を行くアッくんの後を追った。
赤い糸destiny 「待って! ていうか麻美チャンなんなのっ……」
「……知らねぇ。マジでなんだよ。嫌な思いさせてごめんな──」
アッくんはそう言うと急に立ち止まる。
そして、すぐに振り向いてアタシの体を抱き寄せた。
──アハハハハッ!!
今もどこからか麻美の高笑いが聞こえているよう……。
「もう、嫌……」
アタシはそう呟き、両手で耳を塞ぐ。
「ねぇ……これから絶対、ここ来ないでねっ」
「当たり前だろ。あいつ、頭おかしすぎ……」
ピピピピピ
鞄の中で、あの嫌がらせの相手からの指定メール着信音が響いた。
あまりにもタイミングがいい着信に、アタシはおそるおそる携帯を開いた。
〈お前ら、絶対に別れさせてやるから。早く死ね〉
「──ッ」
ゆっくりファミレスを振り返ると、大きな窓ガラスの向こう側で麻美が手を振っていた。
その手には、ピンク色の携帯電話が握られている。
やっぱり……あのメールは麻美チャンだったんだ。
──アタシはいら立ちを押さえながら、麻美をニラみつけた。
赤い糸destiny 「携帯貸して。メール、なんて入ってきたんだ?」
アッくんがアタシから携帯を取りあげた。
「……いつもこんな内容?」
メールを開いたアッくんの顔は、どんどん怒りに満ちていった。
「うん……」
アタシは目を伏せて首を縦に振った。
「麻美か?」
「……」
「そうなんだな。あいつに言ってくる! 芽衣はここで──」
「嫌っ!! もう受信拒否するから、麻美チャンには関わらないでっ!!」
アタシはファミレスに戻りかけるアッくんの手をギュッと掴んだ。
「でも、これじゃ……」
「いいの! それよりもう麻美チャンとアッくんが会ってほしくないっ──。だからやめてっ!!」
手に力を入れ、目に涙を浮かべた。
アッくんは戸惑いながらアタシを見つめ、悔しそうに唇をかんだ。