そこで、天上へのモイラの怒りが白鳩のエンミイに、転化した。それは天上が結婚以来始めてモイラを伴れて伊作の小屋を訪れたその日に、始まった。エンミイの凶い運命は、明るい庭の光を背に立っていたモイラの黒い影から、差し込んだ。花々やその葉の群れの一つ一つが、明瞭《はつきり》としたその影を黒く落していた、よく晴れた日であった。
* *
モイラが、皮膚の気孔の一つ一つを塞がれたようになって、蒸暑さに苦しむ、一年の一番最初の暑い日が来た。天上の家に来て最初の六月である。夜更になって急激に温度が上がって、十一時を過ぎた頃、モイラは木の筐の中で、天上の執拗な愛撫の|繰返し《リフレエン》と、蒸暑さとの中で喘《あえ》ぎ、常に天上をその上にも執拗にさせずにはおかない稚い悶えで右に左に、逃れようとしていたが、ふと、モイラは小さな叫び声を上げた。モイラは必死に天上を突き退《の》けようとした。湯のような、異様な感覚が拡がったのだ。そうして体の奥に、高熱に冒された赤子の脣の痙攣《けいれん》のようなものを覚えたのだ。それを知った天上はゆるやかな動作でモイラを下に抑えこみ、強い、懶《ものう》い香気の中で、モイラを恐ろしい感覚の中に閉じこめた。やがて、曇りのある眼を大きく開《あ》いて顔をそ向けているモイラを天上は、いつにない柔しさで看取った。昼の間の天上が還ったように見える柔しさの中で天上は、今夜モイラが目覚めた、その同じ瞬間に、夜の庭の中で、どの花が花開いたかを想った。どの花かが、モイラと同じ時刻《とき》に花開いた筈だ……。それまで天上は、女というものに一種の嫌厭を、抱いていた。女から体が離れると同時に、全くの無感情と嫌悪がくるのである。女に近寄るのはその状態に行きつくための所業であるとしか思われぬ。そんな交渉をそれまで天上は、不特定な女達との間に、持っていた。天上は片山園子との婚約によって、離れても又再び還って行きたいようになる優しい花園を夢み、そこに淡い期待をかけていた。そんな時天上は、モイラに掴まった。見れば惹きつけられ、触れれば一層、深い淵のような場所にひきこまれるモイラとの日々の中で天上は、完全な一人の痴呆となった。モイラの場合、体が離れた後でも無味な覚醒は無い。それがこの夜、モイラが覚《さ》めた。自分をモイラの体の、哀れな番人に擬していた天上はその夜から、その中に覚めたものを蔵している、危険な、いわば爆発物のようなものを抱えこむことに、なった。危険極まるものを抱え、それを他の男に奪《と》られまいとすることに営々として生きる、一つの蜜の果実の番人になったのだ。天上は冷静を失った。モイラの肩を柔しく抑えていた天上の掌に邪険な力が加わり、暈《ぼんや》りとした眼を据え、怒ったように抵抗するモイラの体を仰向けに、捩《ね》じ伏せた。
木の筐の寝台《ベツド》を注文した時天上は、古い童話の挿絵にあった樵《きこり》の家の寝台が頭にあって、それに似て、それを精巧にしたような、寝台の図を別な書物の中で見附けて、一にも二にもなくそれに定めた。だが出来上がって来たのを見た時、この寝台がモイラとの最初の夜の空想に繋がり、酷《ひど》くエロティックなものだということに気附いた。そうして、樵の家の寝台はあれは独り身の処女《むすめ》の寝台であったと、それに思いつかずにいた自分にむしろ愕いたのである。まだ稚くて、ひたすら逃れようとするモイラも、この木の筐の形を残酷なものに、思った。やよは気附かなかったがやよの留守に、本間いしが寝台の部屋に入った。浅嘉町の柴田同様、短い結婚生活でこれというエロティックな経験のない女だが、四十の女の勘で、この木の寝台《ベツド》の秘密を知ったぞと思った。いしはこの形が天上が故意にそうしたものと、考えたのだ。この話をいしはその晩、夕食の後で、石田ウメに囁いた。やよが一寸席を立った暇にやったことで手短に早口で言ったのだが、そんな時の例で山口ともえは知らぬような顔で聞き耳をたてていた。もっとも彼女が知らぬ風に装ったというだけで、未知なものへの興味で頬を火照《ほて》らせて聴いていたことは、彼女の愚かしい眼の表情で、二人の女に気附かれていた。二人がともえの方を見て卑しい笑いようをした時やよが席に戻って、何かわからぬがひどく不快な気配を感じたのである。その夜から数日後、やよから、伊作の丹精した新種の白い薔薇が蕾を開いたときいた本間いしは庭に出た。彼女は伊作の日除帽を見て近づき、花を見に来た風に装い、話しかけて、モイラの居間にある寝台《ベツド》が珍しい形だということを話した。伊作は聴いていないような顔で横を向いていたが微かではあるが不快の翳は見られた。それを確めたいしは凱歌を奏して、引き上げたのである。やよはいしが庭に出て行ったことを知って、いつにないことであるし、伊作に会いに行ったのではないかと、思った。数日前の、いしとウメとの不快な様子がまだ頭にあったからだ。それがモイラについての悪い噂話だということは明瞭《はつきり》とわかるので、これもやよの胸をひどく、痛めた出来ごとであった。やよはその夜一人になった時、林作と、ドゥミトゥリイとをひどく恋しく、二人に話をしたいように、思ったが、話をして彼らの心を痛めることは憚《はばか》られた。
(旦那様は、お気にもなさらないだろうけれど)
やよは心の中で呟いた。
* *
モイラが、不思議な愕きに襲われた夜から五日が経った朝、モイラは懶げに起き上がった。やよを呼んで、体を拭いて髪を梳《と》かし、やよに持ってこさせたレモネエドを洋杯《コツプ》半分ほど飲み、何度か洗ったので色が褪《さ》めた薔薇色の木綿の普段着に着替えた。白の幅の広い縁《ふち》取りが角い襟にも袖口、裾廻りにもある、気に入りのものだ。モイラが三歳の時に伯林《ベルリン》から取り寄せた、燻《くす》んだ緑と藍とを主調にしたチェックに猖々緋《しようじようひ》の縁取をした冬服の見本を出入りの仕立屋に見せて、同じデザインで造らせた夏服で、モイラがそればかり着たがるので色が褪めたのだが、却って新しい時よりも似合うようになっている。
天上が明け方にモイラを離れて、モイラの居間との間の壁を刳《く》り抜いた大きな開《ひら》き扉《ど》から隣室に去ってから、深い睡りに陥《お》ちたので、時計の針は十時を廻っている。天上はもう出て行って、いない。
やよが開けて行った窓から下を見下ろしたモイラは、丁度門を入ってくるドゥミトゥリイを見出した。見覚えのある茶褐色の風呂敷包みが小脇に見える。ドゥミトゥリイはふと歩を弛めて適確にモイラの窗を見た。モイラを認めたようだがその時、小屋に近い花畑の中から起ち上がって日除帽を除《と》った伊作と、如才ない態度で挨拶を交している。伊作が何か言ったらしく伊作に近寄り、その後《あと》に従《つ》いて小屋に入って行った。天上の家に度々来ているドゥミトゥリイは勿論、モイラと伊作との間の確執と言えるほどな嫌厭を知っている。ドゥミトゥリイはモイラの傍若無人をよく知ってはいるが尚且つ、介田伊作のモイラに対する態度を不愉快に思い、嫩い、烈しい怒りを胸深く、燃やしている。だが為に、林作の伊作への態度を見るまでもなく、不愉快なら不愉快なだけ伊作には如才なくしている。
やがてドゥミトゥリイは裏口から、玄関のホオルの奥にある台所に入って行き、コックの李にサラドゥの包みを渡すと、そこにいたやよに林作からのねぎらいの言葉を伝え、やよやともえから紅茶の接待を受けた。やがて呼鈴《よびりん》で呼ばれたやよの取次ぎで、何度か上がったことのあるモイラの居間に行った。
明るい外から入ると薄暗い居間の中で、モイラは寝台《ベツド》と右の壁寄りの洋服箪笥との間に据えた、黒い革の、窪み窪みに同じ革の釦《ボタン》を嵌めこんだような、大きな肱掛椅子にぐったりと寄りかかっていた。妙に底に光のあるモイラの眼にドゥミトゥリイは目聡《めざと》く、前に見た時にはなかった或変化を、見た。
「パァパは?」
暗い、だが愛情を深く蔵《しま》っているドゥミトゥリイの眼が、微笑いを含んで、モイラを見た。林作の、モイラを眼に想い浮べている日常を、林作とドゥミトゥリイとが常に、モイラの話をしている日々を、充分に、その眼は伝えている。モイラはその眼にあるものを汲みとったとも汲みとらぬともわからぬ眼で凝と、ドゥミトゥリイを見ている。モイラが言った。
「あのアンデスの女の帽子のような日除帽は守安《マリウス》が遣《や》ったの。伊作の部屋にある椅子も……」
暗いドゥミトゥリイの顔に又、微笑いが浮んだ。愛に耐え得ない、というような、だが苦しげな微笑いである。
モイラは凝と、ドゥミトゥリイの顔の中にあるものを視ている。二つの眼は薄暗い中に、くぐもった光を出している。
(モイラという名の宝石だ)
と、ドゥミトゥリイは心に呟いた。
ドゥミトゥリイは、決して達することの出来ない熱情が埋められ、隠されて、生《なま》な燻りを出している自分の眼が、殆ど異様になっていることが、モイラを見ていながら自分自身ではっきりと判るのだ。そうしてそれがどれ程、モイラに肉食獣の歓びを与えているかをわかりながら、ドゥミトゥリイはモイラの眼から眼を引き離すことが出来ない。頭が後から霧に包まれてしまうようになる。紅《べに》百合の茎の香《にお》いがドゥミトゥリイの膠着《こうちやく》状態を固定させる。そんな時モイラの、幾らか厚めな脣は満足に弛み、脚の間が少しエカルテしている。だが女の脚の間がエカルテしていることの卑しさは少しもない。それはモイラが放心した状態を示しているのである。モイラは、自分の口にした、決して褒《ほ》められない、いやしい貶《けな》しの言葉を、ドゥミトゥリイが咎めないで抑圧された愛の目で自分を視ているのを、確めた。既《も》う、殆ど見ることの無いようになった林作の、遠くから、変らずに、静かに自分を温め、愛撫している愛情、遠い過去の中に入ってしまったようになった、海辺の家のピータアの火、昼の間、自分というもの全体を投げかけるようにして愛情を傾けているが、夜に入ると別な、恐ろしい顔を現わし、モイラを苦しめようとしているかのように見える天上の痴呆の愛、十六歳のモイラという名の、愛の肉食獣はどんな時にも、自分の舌を満足させる材料を、確《しつか》りと自分の掌に掴まえていなくては満ち足りないのだ。ドゥミトゥリイはそこに、獲物を確りと抑えこんでいる鷹の爪を、見る。
「ドゥミトゥリイに見せるものがある」
そう言って起ち上がり、モイラは洋服箪笥の一つを開いた。樟脳《しようのう》の香いが一瞬眼に滲《し》みたが、ドゥミトゥリイは夥《おびただ》しいロオブ、外套の群の重なりに眼を瞠《みは》った。
モイラの掌が伸びて、ハンガアに掛かった儘掴み出すようにして見せたのは栗茶色の毛皮の外套《オオヴアアコオト》である。滑らかな猫の手触りに腰がある、といったらいいだろうか、そんななまめかしい艶が、触れなくてもわかる。次にモイラはハンガアの列の下に手を突込み、外套《オオヴアアコオト》と揃いの土耳古《トルコ》形の帽子を取り出した。この外套《オオヴアアコオト》を着たモイラが、恰好のいい脚でゆさ、ゆさ、と歩くところが、よく肥えた、艶のいい豹のように、ドゥミトゥリイの脳裡に映った。
ロシア産の赤狐の帽子には、濡れ光る、ふわふわした、体温のある生きた動物の実感があって、掌を出して触れたいのをようよう耐《こら》えなくてはならなかった。濃い栗茶色の毛皮の帽子は、広い鍔《つば》がうねっていて、繻子《サテン》のリボンが鍔の上から長く、顎《あご》で結ぶようになっている。その帽子と取り合せて着る猖々緋のロオブがある。一つ、一つを見せる度に、ドゥミトゥリイを振り仰いで、
(見たかい?)
と念を押すようにするモイラの眼が、無心に気を許した甘えで一杯になっている。つい眼の下に、薄地木綿《ロオン》の衣《きもの》が、俄かに丸みの増した肩から胸、これは前から太い腰の辺りを、却って瑞々《みずみず》しく見せているモイラの体がある。身動きをする度に重い、頭が痳痺《まひ》するような香気が発つ。暗い額の下に、不機嫌に見えるような脣を固く結んでいるドゥミトゥリイは、モイラがロオブを一寸、顎の下にあてて上目遣《うわめづか》いに見るような時、額も頬の辺りも暗いままで、白い歯を僅かに見せて微笑った。下目遣いの眼は砥《と》いだように鋭いが切なく、甘い微笑いだ。だが又直ぐに彼の顔は暗くなる。モイラは次に枕元の宝石入れを開け、がらくたのように入れてある、白金《プラチナ》の細い鎖の尖端《さき》に、両面を美しくカットした一カラット七十ほどの金剛石《ダイアモンド》がついている|頸飾り《コリエ》、四隅に角い、古い王冠の角《つの》のようなものの出ている紅玉《ルビイ》の指環、昔梅の実や、コンパクトを入れていたのを見たことのある白兎のマッフの中から取り出した、林作の与えた金剛石《ダイアモンド》の指環、を見せる。ドゥミトゥリイは拳固《げんこ》にした掌の拇指《おやゆび》だけを大きく開いて脣の端《はし》から顎をがっちりと支えるように蔽っている。慈しみと、苦しい恋との綯《な》い混ざった顔だ。
「あとはこの次見せるよ」
そう言ってモイラは再び椅子にかけ、まだ洋服箪笥の前に立っているドゥミトゥリイを、見た。その二つの眼は何か別なことを考えている。ドゥミトゥリイは顎を包みこんだ掌を離し、心持《こころもち》頭を下げた。そうして、
「ではパパ様がお帰りでしょうから、ドゥミトゥリイはお暇《いとま》いたします」
と、言った。モイラは瞳を上目蓋《うわまぶた》にひきつけた眼になって、ドゥミトゥリイを見ていたが、眼を凝と据えた儘で言った。
「介田の部屋の真中に椅子があって、日除帽が載っている時には介田はいないんだよ。ドゥミトゥリイ、白い鳩、見た?」
ドゥミトゥリイの胸に、モイラの企らみが暈《ぼんや》りと悪い絵のように映った。ドゥミトゥリイは今、介田が木の塀の両側に打ちつけた支え棒の上にこれも造ったらしい簀《す》の子式の板を載せ、その上に鳥の巣箱を出し、霧吹きで水浴をさせるところを見て来たのだ。介田は天気が二日続いて、次の日も晴れるという予報が確かだと思われると、エンミイの箱を外に出して陽にあて、水浴をさせているのである。モイラの瞳を上にひきつけた異様な眼はそのような企らみの故《せい》であったのかと、ドゥミトゥリイは想い、額の暗さを深くして扉口《とぐち》へ行ったが、扉を開く前に振り向き、歯を見せてはいないが、愛に耐えないように見える切ない微笑いを、浮べた。
* *
モイラは今日も木の筐の中にいた。モイラの頭の中には伊作の部屋が、大写しのように隅々まで映し出されている。モイラの頭に浮び上がっているのは伊作の居ない部屋である。寂寞の細い影をひいて木製の椅子が部屋の真中にあって、その上にアンデスの日除帽が置かれている。
伊作がその部屋を留守にするのは、煙草を買うか、花のための葭《よし》とか紐、又は鳩の餌なぞを買いに出ている時である。四角い部屋の片隅の卓《つくえ》の上には、天上から預かった金の出納と、日記をつけるためのノオト、花の栽培について書いてある厚い書物が二冊、白石の海で拾って来た穴のあいた石、が置いてあり、抽出しには燐寸《マツチ》、草花を葭に結びつける紐、釘、天上が与えた葉煙草を入れた巾着型の皮の煙草入れと細いパイプ、それは夜独りで寛ぐ時に喫《ふ》かすためのものだ、クリーニング店の領収書、短くなった鉛筆一本、肥後守《ひごのかみ》、果物ナイフ、等が入っている。卓《つくえ》の他には椅子があるだけで、左手の壁には守安から譲られた、ゴッホの跳橋《はねばし》の素描が、木の細い枠に入って掲《か》けてあり、その絵と向き合って右の壁には林作が贈った、ルドンの蝶の、素描に水彩で色をつけたものが薄い青竹色の、これも細い枠に入って掲かっている。夜と、年に一度か二度、弟の家に行く為に外出着で出たあととには、灰色の仕事着が壁に掛かっている。唯それだけの部屋で、ドゥミトゥリイの部屋と簡素なことではよく似ているようだが、孤独な、極端にストイックな伊作の性格が部屋の隅々までかっきりと澄み亘《わた》っていて、配偶者も同棲者も、部屋自身が拒否している。その固い孤独を、モイラは部屋を見る度に感じ取っていた。妙に静かなその部屋と、花畑との堺の、むべ、美男葛《びなんかずら》の葉の群れがもくもくと重なり膨《ふく》れ上がっている低い垣根、部屋の後《うしろ》の木の塀と、これもドゥミトゥリイの部屋と同じの天井に近い明り取りの窗、そうしてその塀の上に、伊作が打ちつけたエンミイの箱を載せる為の板を支える木、それらのものがモイラの眼に鳥の翅《はね》の匂いや、伊作の喫《す》うゴオルデン・バットの香《にお》いと一緒に浮び上がっている。
(エンミイを逃がして伊作がやったことになればいい。それはだめだ……でもエンミイがいなくなればマリウスと伊作が哀しむだろう……)
モイラは心の中で、言った。
モイラの眼は水を湛えたように潤んで、陶酔《うつとり》としたような艶を出している。性悪《しようわる》な考えの中で奇妙な、甘い歓びを覚えたからだ。モイラは今日、エンミイを襲おうとしている。その後《うしろ》にはピータアに関する或|掻癢《そうよう》が、ある。モイラがそれを明瞭《はつきり》と自覚していないだけだ。モイラは赤子の脣の痙攣《けいれん》をまだ恐怖している。だがその痙攣する感覚が、襲った瞬間以来、その感覚はピータアに繋《つな》がっている。エンミイへの企らみは言ってみればピータアへの埋《うず》もれた慾望の前哨戦、一種の自覚しない小手調べのようなものである。モイラはいくらか苦しげに体をくねるようにして、辺りを見廻した。二つの眼は一層潤みをおびて、底の方で光っている。透明な、薄い膜で包《くる》んだような眼である。汗ばんだ腕や脚を懶げに投げ出したりしていたが少間《しばらく》してゆっくりと起き上がった。窗から小屋の方を見ると、燦々《さんさん》と降り注《そそ》ぐ陽光の中でエンミイの箱は塀の上に出ている。やよを呼んで、風呂の支度にやっておいて、やよが、用意が出来たことを報らせに上がってくるのを待たずに階下に降りて行った。玄関のホオルで台所の方から来る本間いしを見た。モイラは、上目遣いの眼でその眼を凝と見た。台所の隣の湯殿で、タオル、石鹸などを揃えているやよに、
「一人で入るからもう行っていいよ」
と言って向うへ遣り、湯も浴びずに浴槽の中に体を沈めた。白タイルの四角く狭い浴槽は底が深くて、これも同じ白タイルの壁と床は家が古いので隅々、床の格子形の継ぎ目なぞは紫っぽい、煤《すす》けた色になっているが、浴槽だけはよく磨くので乳白色に艶を出している。白く塗った額縁の、天井に近い窗、浴槽の真上にシャワアが取附けてある。モイラが大きな音を立てて上がり、無器用な手つきで鉄錆《てつさび》色の護謨《ゴム》の大きな海綿を持って胸から腕、脚なぞを擦《こす》っていると、天井の曇った電燈と湯気の中でモイラの体が、乳、腹、脚なぞに影をつけて、鈍い艶を湛えている。モイラは直ぐに海綿を捨てて又浴槽に沈み込んだ。
(いしは何かをわかったような眼をしていた……だがわかるものか)
本間いしは擦れ違ったモイラを憎たらし気に見返った。
(あの眼は何ていうんだろう、本当に底が知れないよ。宝石みたようだが、獣の眼だ。何か企らんでいる眼だが、なんだろう)
と、心に呟き、食堂と応接間の横を通って階段の奥になっている居間に入った。習慣の午睡である。湯殿を出るとモイラは跫音《あしおと》を盗んで上履《うわば》きの儘|戸外《そと》へ出た。
(今日は香いがしてはいけない。だからオオ・ドゥ・コロオニュの香いを落したんだ)
モイラは花の間を廻って偶然のようにして、伊作の部屋の前を通った。部屋には例の椅子が日除帽を載せて森《しん》としている。二日続きの天気で、畳の目の一つ一つまでくっきりと明るい。
(いない)
モイラは呟き、小屋の脇にある苗用の空箱をようよう持ち上げ、紫陽花《あじさい》の葉の影に身を潜《ひそ》めるようにして鳩の箱に近づいた。
(今でなくてはだめだ)
モイラは苗箱を塀の下に置いて、その上に爪立ち、動悸を覚えながら箱の桟を音のせぬように上げた。眩《まぶ》しい程陽の当った塀の上に伊作が匍わせた西洋蔦とその影、塀の木肌の木目《もくめ》のささくれた有様が妙に明瞭《はつきり》と眼に映っていて、ふと、罪悪感が襲った。
エンミイは危険を知ったのか怯えて、凝としていたが、モイラが小屋の方を振り返ってから強く、箱を揺《ゆさ》ぶると恐怖したように一層体を固くして動かない。モイラは急いで桟をその儘、踏み台を元のところに置き、再び紫陽花の影に体を潜めるようにして今度は花畑の細道を抜けて玄関を入り、音のせぬように部屋に上がった。
(若しかしたら私《あたし》がいなくなった後《あと》で)
モイラは窗に駆け寄った。逃げてくる途中で微かな羽音を聴いたように思ったが、果してエンミイは一|米《メエトル》程箱から離れた空の上にいた。恐怖しているのか、脚の先は鉤《かぎ》のように曲り、尾翅をだらりと下げているのが判る。直ぐに、一旦胸を囲むように前にすぼめた翼を扇のように拡げ、弛く動かして舞い上がった。舞い上がる中途で両脚を開いて平らに空間に立つようにした。
(こわいのだ)
次にくるりと翻《ひるがえ》るようにして背を見せた時には幾らかの力強さを見せて飛び、それを少間《しばらく》繰り返した後《あと》は翼を水平に、楽々とした姿勢になって飛翔した。雀程になったエンミイの姿に、不意な恐怖を覚えたモイラは木の筐に入り、掛布をひき被った。遂《と》う遂う遣《や》った、という満足感と不安とが、綯い混ぜになって生温かな床の中でモイラを圧し包んだ。
伊作はその後《あと》直ぐに帰って、空になった箱を発見した。振り仰ぐと既に小さな灰色の点になったエンミイの姿があった。伊作は細めた眼を翳らせ、点になったエンミイを見詰めた。エンミイはふと横匍《よこば》いの進路を取り、路に迷ったような曖昧な飛び方をし始めたが、やがて雲の中に見えなくなった。少間《しばらく》の間伊作は、エンミイの見えなくなった空を見詰めていたが、頭を垂れて部屋に入った。
(帰ってくるだろう。夜になって空が冷えたら、俺の造った箱に、還るだろう)
伊作は心に呟き、椅子に掛け、少間《しばらく》凝としていたが手を延ばして灰皿を卓《つくえ》の端まで引き寄せると、隠しを探り、紙巻に火を点けた。この庭に迷い込んだ時の様子からも、飼われていた鳥であって、そう長い時間空にいることはないとは判っていたが、迷っている内に疲れて、万に一つの凶い運命に陥らないとも限らぬという、不安がある。伊作は塀の根本にあった、踏み躪ったような空箱の跡と、少しずれた位置に戻されている苗箱とを見た時、憤りと同時に吐き捨てるような不快を覚えた。天上がエンミイを失った寂寥の胸の上にモイラを抱き寄せる時、エンミイの哀れな運命も、又、片山園子の不倖《ふしあわせ》も、モイラへの溺愛の中に忘れ去るだろうことに対してである。彼はモイラの中に、常に〈悪〉を見ていた。彼は片山園子のような女以外の女を愛する心情を解し得ぬ男である。彼は女を家に入れることを潔《いさぎよ》しとしない。酷《ひど》い潔癖がある。女は必要な時に、金で買う。そんな心情を人には言わずにいる。それを口に出せば、潔癖すぎる一種の不具であるとされるだろうと、信じているからだ。
モイラは想った。
(エンミイは帰ってくるかも知れない……若し森があったって、エンミイは棲めはしない。どこかの家の庭で木に止まっているか、落ちて迷児になって死ぬかだ)
(だがどこかの庭に落ちればその家で、近所を探してここに来るかもしれない……)
そう思った時、モイラは起き上がり、寝台の背に寄り掛って両掌を頸《くび》の後にあてがい、胸を突き出すようにして、眼を据えた。上目遣いの眼に蒸《む》っとする、重い香いのようなものを出している。酷い目に会ったエンミイを、守安《マリウス》と伊作とが一つ心になって処置を考えるだろうと思うと不愉快なのである。天上をも、伊作をも、愛してはいないのにもかかわらず、二人の緊密な様子が、モイラは面白くないのだ。ふと、モイラは狡猾な眼になって、脣の端を微かにひき吊らせる、モイラの微笑いを微笑った。守安も、伊作も、愕いて不安になり、哀しむことは確かだ。それだけでいい。という考えに到達したからだ。モイラは寝台《ベツド》を下りて窗から伊作の小屋を見た。塀の上のエンミイの箱は無くなっている。紫陽花の葉の群も、伊作の小屋も、しん[#「しん」に傍点]と鎮《しず》まっている。不意に小屋から伊作が出て来た。その顔が此方《こつち》に向いた。鎮まりかえった、不幸の影に包まれたような小屋の周辺を見て、恐怖を覚えていたモイラは一瞬たじろいだが、凝と、その遠い、目鼻の彫りの浅く見える、酷く白く見える顔に、眼を当てた。
伊作は一度小屋の中に入ったが又出て、裏へ廻って行った。伊作の出入りする戸口が、裏にあるのである。
(探しに行ったんだ)
モイラはしん[#「しん」に傍点]と鎮まった小屋と、裏へ廻って行った伊作の、前屈《まえかが》みになった、律儀《りちぎ》に固い小さな体とに、寂寥を見た。モイラはドゥミトゥリイの額や肩、背中にも寂寥を見た。ピータアの瞳の中にもそれを見た、だが伊作の寂寥はそれとは異《ちが》う。厭な寂寥である。伊作の背中の寂寥は自分の悪戯が、思ったより酷《ひど》いものだということをモイラに解らせ、その寂寥の影はモイラの胸を囲んでいる鈍い曇り硝子を透して、モイラの内側に不快な情緒を差し入れた。モイラは呼鈴を押してやよを呼び、エンミイのことを言った。やよはモイラの昏《くら》く光る眼の中に、甘えの影を見た。やよは、愕きを圧《お》し鎮め、
「旦那様にお詫びを仰言《おつしや》いまし。わたくしもよく、申上げます……」
と、胸一杯の声で、言った。
モイラはくるりと背を向け、
「もう行っていいよ」
と、素気なく言った。帯を高く結んだ肥った浴衣の背中を、すぼめるようにして出て行くやよの姿が、モイラには見ないでも知れるのだ。
(やよは何でも重大なんだ)
モイラは寝台《ベツド》に入り、肩の下になっていたマッフを引張《ひつぱ》り出し、中から指環を出し、又蔵い、寝台《ベツド》を下りて、サイドボオドの果物鉢からオレンジを取って、薄皮の剥《は》げるまで厚く剥《む》くと歯を当てて丸齧《まるかじ》りにしゃぶりついた。妙に咽喉《のど》が乾いているのだ。モイラは天上が、心《しん》から自分を怒らぬと、知っていた。だがそこにふと、混じり込んでくるものがあるのに、先刻《さつき》から気附いていた。結婚の最初の夜に、ピータアとの間にあったことがどこかで知れていたように思うことが、今のモイラの重い気分に軽いが一匙の重みを添加している。林作はモイラが、自分との生活の中で、父親と娘との間のものであるとは言っても、男の愛情というものの形に幾らかの馴れのようなものを持っていること、そうして天上も、林作とモイラとの親しみの動作を見ており、モイラが西洋の娘のように父親に取りつく、可哀らしい様子をも見ていることを考えて、最初の夜について、モイラに智恵をつけぬ方がむしろ自然に行くだろうと考えて、何も言わずにおいた。モイラも殆ど最初の経験をした娘のようであった。それで天上の胸に萌《きざ》した疑いは殆ど微弱で、天上の半信半疑は、信の方に、充分に重みが懸かっている。だがモイラはそれを知らない。
(マリウスはエンミイのことを知らされてからここへ来るんだ。伊作が車の音ですぐ出て行くんだ)
モイラは午後には定《き》まって摂《と》る午睡も摂らずに寝台の中に入っていた。
天上が入って来た時には電燈を点《つ》けない部屋は薄暗くなっていた。薄暗い中に、モイラの二つの眼が光っている。
「電燈は点けないのか?」
近寄って来てモイラを見る天上の顔には、いよいよモイラに嵌まり込んで行く己に克《か》ち得ない、という悩みが、|顳※[#「需+頁」、unicode986c]《こめかみ》に、頬に、暗い影をつけているが、どこかに微かな昴揚がある。椅子に掛けると、モイラの頭に柔《やさ》しく掌をおいた。モイラは凝と天上の顔にあてた眼を離さず、かすかに首を横に振った。天上の頬の悩ましげな影は、深くなった。
伊作は半日でも、うまく行けば天上が部屋を訪れる日まで、エンミイの不倖を知らせまいとしていたが、天上はこの日車を下りるとふと、伊作の部屋に寄って見ようと思った。そうして彼はエンミイのいない巣箱を見た。その眼を伊作に移した時、伊作の眼の寂しい光を見たのである。
「重々、私《わたくし》の不注意で。……すぐに樹の多いお邸を主に、大分遠くまで訊ねて歩きましたが。……」
そう言って額に深い皺を寄せて、眉根を上げ、伊作は世にも寂しい眼を向けた。その眼の中には、言葉には出さぬが、モイラのしたことだという想いが籠められていた。
「利《き》き翅を切ってはなかったが、此処に来る前から箱に飼われていたようだから多分、遠くは飛べまい。帰って来るだろう……」
と、天上は言って、黙った。少間《しばらく》して天上は、「あまり心配をするな。心配をしても仕様のないことだから」と言い置いて、部屋を出た。
「穏《おとな》しくしてお出でと言ったろう?」
天上の掌はモイラの頬に滑り、顎をひき加減に上目遣いに見上げるモイラの顎を囲い込むようにして、持ち上げた。幾らか昴奮の見えるモイラの眼に、むっとした反抗が点《とも》る。
「エンミイは巣から逃げてしまったよ。多分もう帰っては来ないだろう。モイラはエンミイを嫌っていたのか? 嫌いならどうして俺に言わなかったのだい? 磯子のところに置いて貰ってもよかったのだ」
天上はモイラがエンミイを、そこまで嫌っているということには思い及ばなかった。モイラがエンミイを逃がしたのが、天上の愛情のうるささと、退屈から来た、理由のない反抗なのだから、天上に判らぬのは当然のことである。だが伊作については、伊作のもと居た家が殆ど一間《ひとま》の家なので、今だに空《あ》いていることを聴いているので、そこへ帰すことを考えぬでもなかった。伊作を同じ家に置かないでも、稀《たま》に往き来が出来ればいいのである。唯花畑の花をこの状態にしておくことの出来る人間は伊作以外にない。それが天上に躊躇を決定的にしている。
モイラは自分の肉食獣の慾望を充分に満たす天上の言葉を聴き、ふと夢をみるような、手足の筋肉の弛緩《しかん》するような状態に陥った。モイラは掛布の下で、力を失ったような脚を懶げに投げ出すようにした。だがそれは束《つか》の間で、忽ち天上というものの重苦しさが彼女を襲い、
(又うるさくなる)
と、心の中に呟いた。天上はこの、モイラへの柔《やさ》しい心から出た譲歩の言葉にも、さしてよろこぶ様子もないモイラに、心を痛めると同時に、玄関に出迎えたやよの様子も、心に懸《か》かっている。モイラは天上のそんな様子を見ていて、退屈と反抗心とをもう一つ強めた。この日、他の雇人達はまだエンミイの事件を知らずにいたが、それは翌日には知れ渡り、又も彼らの胸の中に、既に充分に下地のあるモイラへの非難が豊饒《たつぷり》、上塗りされたが、それにも天上は、心を痛めた。生れつき憂鬱性気味な天上は、それからそれへと心痛の種を手繰《たぐ》り寄せる。磯子の娘のマリイが、結婚以来一度来たきりで来ぬようになっていることも、今の天上の心痛に更に、重しをかけた。マリイは天上が可哀がっていた娘である。月に一度は来て、自分が相手になり、ピンポンなぞに興ずることもあった。マリイは伊作の案内で花を見るのも、楽しみにしていたのである。モイラを迎える時、一時のつもりで物置きに入れた台やラケットなども、今だに蔵われた儘である。モイラというのは故意に冷淡にするのではないが、興味のない相手には口も利かない。唯凝と見ている。その様子をマリイは恐れたのである。
やよはモイラが、林作にエンミイのことを話すだろうとは思ったが、自分の口からは誰にも決して、言うまいと、思っていた。それでなくても、肥った体を縮めるようにして勤めているやよはその当座、身の置きどころもないという、様子であった。
(浅嘉町の旦那様のためだ。モイラ様のためだ)
と、いつもやよは思っている。
(モイラ様はドミトリさんにも仰言ったかも知れない)
と、やよは思っていた。この間帰る際のドゥミトゥリイの様子に、思い当るものが、あった。
モイラはやよの苦しみは感じていて、「お詫びをなさいまし」と言ったやよの言葉には、従って遣ろうとした。モイラは大きく開いた眼を凝と天上にあて、
「もう、しない」
と、言った。そう言うと眼を暈《ぼんや》りと空《くう》に、ぐったり、横向きに、枕に顔を伏せた。天上は顔に紅潮を見せて、汗ばんだモイラの襟頸に見入った。天上は心のいたみとは別のところで、自分に対して思うように愛情を見せてくれないモイラというものを知りぬいていながら、今日のモイラの仕業《しわざ》が、いささかではあれ、自分への嫉妬に根を発したものだと、信じた。それは天上の、ほんの僅かの間持ち得た倖《しあわせ》の刻《とき》で、あった。モイラが、天上を絶望に追い込む萌しはこのエンミイ事件の後《うしろ》に迫っている。今、天上の立っている場所が、天上が不倖の中に陥ち込む断崖《きりぎし》の縁《ふち》に続いていることを天上は知らずにいた。斜面をなして少しずつ、急な傾斜になっている、その天上の不倖への道は、下りはじめたら再びもとの場所に戻ることの出来得ない道である。天上の陥ちて行く場所は四方が石に囲まれた、冷たい場所である。その断崖《きりぎし》の端に向っての最初の一歩を、モイラも知らぬ間に、天上は踏み出した。
天上はモイラに対する日頃の不満が、ふと満たされたのを覚え、モイラの中に、又深く嵌まり込む自分にどこかで危険を感じながら、蒸し出される魅惑の気配に我を忘れ、モイラの胸から掛布を剥ぎ下ろした。
* *
エンミイは帰って来なかった。
エンミイ事件以後、天上の惑溺は段がついて深まった。伊作の態度は、さして変っていない、根は前よりも嫌厭が固まって来ていたが、表面は何かを抑えて、さり気なくしている。「エンミイを磯子のところへ遣《や》ってもよかった」という天上の言葉と、その後の様子から、モイラは、伊作についても、少なくともエンミイへの言葉の何分の一かの、そんな気持を、天上が胸に蔵しているのではないかと、想っている。だがそれだからといって、モイラの憂鬱がなくなるわけではない。一段、段がついて深まった天上の惑溺は、天上がモイラのやったことが、エンミイへの嫉妬だと信じたことから来ているが、それが滑稽な間違いであることに気附く者は天上の家の中には居なかった。伊作もその一人である。花造りには天才ともいえる技量を持っていて、園芸以外のことにも、蛇のように慧《さと》い伊作だが、恋愛に関する限り、彼は全く無智を露呈していた。その場にいない林作とドゥミトゥリイが、それに気附いていた。林作の家は、辻堂のやよの親元で世話をしたもよという、偶然、やよに似た名を持った女中と三人の生活になっていて、林作は日に二度はドゥミトゥリイを、三時の茶の時間と、夜、入浴後にくつろぐ時間なぞに、書斎に呼んで、夜は酒なぞをやりながら長く話をする習慣が出来ている。林作はそんな時間にドゥミトゥリイから、モイラの悪企みを聴いていた。そのモイラの企らみが天上に対して自烈《じれ》る気分からくる反抗だということは、同時に二人の男の心に映っていたのである。