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作者:日-森茉莉 当前章节:15358 字 更新时间:2026-6-22 20:37

 眉の根に醜い皺が寄ったのが自分にもわかった天上は、不吉な想いを振り払おうとするように、言った。

「ユウセフ君のお母さんの名はなんというのかね。ドゥミトゥリイ君には親しみのある名だろう」

「マスロオヴァです。『復活』のあの、女の名です。若い頃はマアシャなんて呼ばれていたらしいですが、僕とそっくりの尖った顔をしていて、愛嬌のない女で、それで親父に置いてきぼりをくったんでしょう。僕は親父の顔も知りません」

「『復活』は僕も若い頃読んだ。ドゥミトゥリイ君は? 読んでいるか?」

「はい、旦那様に拝借して読みましたが、始めの方の、家の中のところなぞが、こちらや、浅嘉町のお家に感じが似ているように思いました」

「成程。古風なところがそうかも知れないね」

 その時扉が開いて、モイラが入って来て、天上の隣の席に着いた。

 モイラの顔色は、常の琥珀《こはく》色がどことなく蒼みをおびている。先刻《さつき》のやよのおこつい[#「おこつい」に傍点]た、落つきのない様子を見ているので、此処にいるものは皆、モイラを仮病だろうと思っている。ユウセフは(なんだ、本ものだったのか)という顔をかくそうとするように肉を一切れ切って口に入れたが、制しようとしても、この不思議な女をまじまじと見ずには居られない。

「まだ、顔色がよくない。無理をしないでもよかったのだ……」

 天上が伏目《ふしめ》遣いに、モイラの顔を覗きこんで、言った。

 モイラは退屈なので、出て来たのだ。モイラは黙って首を左右に振り、やよが運んで来た熱い肉汁《スウプ》を見たが、匙を取らず、ドゥミトゥリイからユウセフに凝視を流し、サラドゥを脣《くち》に入れた。

 天上がコオルド・ビイフにナイフを入れて遣ると、モイラはそばから肉刺《フオオク》で肉を脣に入れる。天上が幾度見ても飽きぬ、紅をつけていない、赤児のように稚い脣である。不安|気《げ》にモイラを偸み見たドゥミトゥリイの眼は、思わず知らずその薄紅い脣の動きに、吸い寄せられた。ドゥミトゥリイは、モイラがものを食うところを見る機会は、遠い昔の森の散歩以来、あまり、なかったのだ。

(挨拶もしないが、とくに俺たちを見|下《くだ》しているのでもないらしい。莫迦のようだがどうしてどうして……自分を見る男という男が自分の罠に陥ちこむのを愉しんでいる、そんな気配もない。罠を仕掛る気なぞないのだ。全く、なんていう奴だ。社長も大変だなあ、こりゃあ……ドゥミトゥリイという男は彼女の相手でないらしいが、親より、夫より以上の熱い眼が彼女の健康を気遣っている。この男も惚れているんだな。もしこの女に、俺の勘通りに何かがあったのだとすると、ただじゃあ済まないな。この、やよとかいう女中も大変だなあ。俺は何のことはない。何も知らずに妙な渦の中へ、巻き込まれたんだ。話が合うだろうからなんていうのは表向きで、この女に何かが起きていて、今日のこの場の空気を緊迫させまいための俺は、道具だったのだ……社長は全く気の毒な状態だ。道具にされようが利用されようが、俺としちゃあ何も言えた義理じゃない。これも残業の一種だろう、会社の禄《ろく》を食《は》んでいる以上はな、それにうちは給料がいい)

 ユウセフは心に呟いた。

 モイラは、天上の何も口に出さずにいる、膿《う》んだでも潰《つぶ》れたでもない態度が不愉快である。ピータアの部屋へ行って帰った夜からこっち、天上は完全な無風帯である。眼の下の傷について、深く訊くこともしない。疑惑を表に現わすのでもない。裏に疑惑を潜めた言葉を弄するのでもない。天上はモイラの眼から見ると、言ってみれば殉教者の匂いのする様子をしていて、その様子で、そのいやな匂いで、自分を圧迫しているように見えるのだ。絶対者の前に頭《こうべ》を垂れ、ひたすら耐え忍んでいる殉教者の構えで、モイラの仕打ちに耐えている。モイラが何をしようと、足で自分を踏みつけようと、免罪符を与えようとしている、神のようなものになり済ましている、そんなように見えるのだ。モイラの眼にどう見えようと、天上はただ、耐えている。他に想いを遣る心の余裕はないのである。神のように静かな様子をしていて、行い済ました坊主のように、召使いたちにも柔《やさ》しい静かな声で何か言う。その癖どうかすると、眉の間や鼻の脇に醜い皺を寄せる、そうして後頭部の削《そ》げた頭を右に左に、振る。頭の中に、自分で好きで閉じ籠めている苦痛をふり落そうとでもいうように、ゆっくりと振るのだ。そんな天上の様子が、モイラは不愉快でならない。そんな天上の様子に苛々する。その苛々が昴じて顔が蒼んでいるのだ。天上の顔は、英国的な美貌なのだが、鼻が長く、全体に坊主じみたところがある。それをモイラは前から好いていなかったが、モイラが怪我をして帰った日以来、天上の顔にあるその宗教臭のある特長が、俄かに色濃く前面に押し出された観がある。モイラには、天上の顔を見るということが既に、不愉快になっている。もともと、この家に棲みついてはいなかったモイラの心は、今は全く、この家から離れている。天上との関係も、同じである。モイラは今完全に、厭離《おんり》の念に捉えられている。だが、食うことへの慾望は、それとは全く別らしい。飲める程度に冷《さ》めた南瓜のポタァジュを、少しも余さずに平らげ、やよに代りを命じた。二皿目の肉汁《スウプ》を一匙|脣《くち》に入れると、モイラはやよを顧みた。

「これを李に教わって、今度浅嘉町で造《こし》らえて」

 やよは、モイラのいないこの家では用事は半減することではあるし、モイラの来ぬ前には他の召使いだけで用は充分足りていたのでもあるから、時折天上が、息ぬきをしてこい、という意味を言外に籠めて、モイラの供を命ずる時なぞには、周囲に気を兼ねながらも喜んで、モイラに従《つ》いて浅嘉町に行くのである。モイラはそんな時に造れという意味で、言ったのだが、言葉半ばにモイラは、自分の言った言葉の持つ危険に、気づいた。自分の今言った言葉が天上に与える或刺戟に、気づいたのだ。モイラは心の中に小さく、嗤った。

(フン)

 天上は、モイラの厭離の情を、知っている。モイラの心が、自分からも、この家からも、既に離れていることを知っている。怪我をして帰って来た翌る朝、モイラの自分を見上げた凝視の中に、天上はモイラの変化を見た。その眼は何も考えていない。生々《なまなま》とした、獣のような眼である。天上はその無感情な眼の中に残酷以上の残酷を見た。モイラの変化はそれ以来続いている。モイラが、すべての人間に、あたりのもののすべてに、無関心なのは今に始まったことではない。だがそれまではその無感情が、そのまま出ていたのに過ぎない。モイラの中にあるものがただ自然に、流れ出ていた。動物のようなものを持っているのも、前からのことである。だがモイラに他意がないので、それがモイラの可哀らしさに、繋がっていた。だが天上にとって不倖《ふしあわせ》なその朝以来、モイラの無感情には悪意の裏打ちがなされている。しかもそのふてぶてしい、憎体《にくてい》な様子は徐々にひどくなって来ている。憎体なものは、モイラの中から滲み出て、モイラ全体を蔽っている。モイラの肉体《からだ》の香気と同じことである。遅《のろ》くて、あまり跫音のしないモイラは、艶のある毛並みの獣《けもの》のように、家の中を音を立てずに、歩いている。廊下なぞで出会うやよはそんなモイラを、息を詰めて見送ることがある。やよはモイラの、辺り憚らぬ憎々しい態度の責めを自分の身一つにひき被《かぶ》って、肩を縮め、胸を細めるのだ。やよばかりではない。奥の人間の変化は召使い達にも響いていて、召使い達は黙々として立ち働き、跫音を忍んで歩いている。勢いのいいのは本間いしと石田ウメとの二人である。彼女らは互いに目ひき袖ひき、顔が合えば声をひそめて、何ごとかを、囁き合っている。

 自らの気分が造り出した、陰々とした家の中で、天上はますます坊主めいた相貌をあらわして来ている。さして窶れたとも見えぬが脇から見ると鼻が尖って見え、高い鼻の脇には皺に見紛う筋が一本刻まれている。脣の辺りが浮腫《むく》んだように膨らんでいるのが、醜い。

 やよが、心の中で思いまわしているのと同じに、天上はモイラの失踪を憂えている。

 今偶然に放たれたモイラの、ききようによっては針のある言葉が聴えたのか、聴えぬのか、天上は気のない箸づかいで脣に入れた小芋の甘煮《うまに》が美味《うま》かったのか、その味を確かめようとでもするように頬の辺りを動かしていたが、ふと、眉の間に深い皺を寄せた。今のモイラの言葉は、モイラが浅嘉町に再び帰る日を頭に浮べて発した言葉だと、取りようによっては取れる言葉である。

 天上はその時別のことを、考えていた。天上はモイラを迎えて以来、モイラの肉体《からだ》と、モイラの内部に持っているものの中に溺れていて、跡継ぎのことを考えたことは無かったが、曾つてないモイラの、蒼みをおびた顔色と懶げな様子を見て、天上は、俄かに胸騒ぎを覚えた。うれしさの胸騒ぎではない。赤子誕生の歓びは、そこにはなくて、天上がもはやどこかで確実に探りあてている暗い運命の影が当然、赤子の誕生という、歓びのときめきである筈の予感の中に入りこんでいる。その、不倖《ふしあわせ》なものを伴っている不安な胸騒ぎは、又、やよのものでもあった。

 ドゥミトゥリイは、モイラの結婚以後は前より以上に林作の生活に近く、触れ合いを持って来ている。モイラを知ることではやよの比ではない。ドゥミトゥリイは先刻《さつき》からモイラを見ていて、退屈と苛立ちから来た顔色だろうと判断している。

(食慾はあるが。磯子がマリイを懐姙した時のようになるのにはまだ間があるのだろう……)

 天上は心の中で、言った。

 最後の一匙を美味そうに飲みこむと、モイラはドゥミトゥリイを見た。

「この肉汁《スウプ》、おいしいだろう?」

 自分の言葉が天上に与えた反応が、判然《はつきり》しないことはもう既にモイラの念頭にはない。モイラは、そう言うと、向い側のドゥミトゥリイに凝らした眼をユウセフに流した。(なんだい、この男は)といった眼だ。この時顔を上げた天上は、努めて気を鎮めようとする様子でドゥミトゥリイに向い、

「どうも今日は、気分が引き立たなくて失礼した。ユウセフ君も気にかけずにくれ給え」

 と、言ったが続けて、

「今日の料理はどうだった。やよもなかなかの腕前だが、俺の所の李も支那の料理の他に西洋料理もよくやる。もっともここへ来て独りで勉強したので、日本の西洋料理なのだがね」

「はい。南瓜の肉汁《スウプ》が結構でした。この肉汁《スウプ》は僕ははじめてです」

 白い歯を見せて応えはしたものの、ドゥミトゥリイは直ぐに眼を伏せた。

 部屋の空気が重くなって、上から何かで圧しつけてでもくるような気分を、此処にいる誰もが感じているのがわかる。

 ドゥミトゥリイの後《うしろ》を廻って、やよが差し出した盆に、ユウセフは、

「軽く下さい」

 と断って茶碗を載せた。

 ユウセフは、先刻《さつき》から何かわからぬもやもやとしたものにあてられ詰めで、うんざりしているが、彼が稀《たま》に行く料理屋ではお目にかかれないコオルド・ビイフ、肉汁《スウプ》も大したものだが、薄い黄色の夏服を着たモイラの、肩まで剥き出しになった腕のまだ固さの残る肉附きと、湿り気のある艶とはそれにも増したご馳走である。モイラは自分に無関心、あとの三人は何か知らぬが悩みの中に頭を突っ込んでいるのを幸い、ユウセフはそのつい鼻の先に突きつけられたご馳走に、チラリ、チラリと、眼を遣《や》っている。

 硝子戸を打つ雨風《あめかぜ》の音がひどくなって部屋の中は暗くなり、やよが次に運んで来た、トマトをあしらった萵苣のサラドゥだけが生々と冴え返った色彩《いろ》を放っている。

    *    *

 天上がドゥミトゥリイを招《よ》んだ昼食は、厭離の念に凝り固まったモイラの心を、針の先ほども弛めたわけではない。それどころか、社員の一人であるユウセフに、見せずともよい家の中の暗い面をさらけ出して見せてしまったのだ。これで社内にも、天上を侮る空気が拡がることは疑いない。それに天上は気づいていなかった訳ではない。ドゥミトゥリイとユウセフとを招くことを考えた時に既に、それが効果のないことを、天上は知らなかった訳ではない。だがそれだとしても天上は二人を招待することに、快癒《なお》る望みの無い病人が、わずかな希望をかけて薬を飲むのに似た心持を抱いてはいた。にもかかわらず彼はそのことに深い失望を覚えたのかどうかが判然《はつきり》しないところがある。ドゥミトゥリイを昼食に招んだこと自体が、どこか暈《ぼんや》りとした状態で考え出されたようなところが見えるのだ。この日頃天上は、何にせよ明確な考えに基いて遣《や》っているのかどうかが判然しないように見える。傍で言う人の言葉を、聴いていたのか、いなかったのか、言葉の意味を、どこまで耳に止めていたのかどうか、それも、疑わしいのだ。もともと天上は感情を表に出さぬところがある。磯子に対する感情の現れも、又その娘のマリイに対する愛情の表現も、常に内側に潜んでいて、静かである。生来、天上は静かであることを好んでいる。感情をことさらに隠そうとするのではないのだが、ついそうなるのである。或は、感情が触発せられやすい男で、それを自分で知っていて、その知っていることが、自然に自分から抑制をかけるようになるのかも知れない。それが、事がモイラに関する限り、抑制が破れた。或日、抑制が破れたことに自ら気附いた時には既に遅く、天上は周囲の軽侮の円陣の中にいたのである。天上は、召使いの末にまで内面を見透かされることになった。見るからに遊び人であって、品位というものを決して落さぬ、という条件つきなら、好《す》きものでさえある林作の、奥に潜めた微笑いは更に苦痛である。やよと、ドゥミトゥリイの憐憫を潜めた劬わりに対しても、それに不快に感ずるところは通り過ぎて、施しの餌を投げられて、額にたて皺を寄せ、哀しげに近寄る犬のような惨めなものをおぼえるように、なっている。今、天上の何よりも恐れているのは磯子の訪問で、あった。磯子は、まだ三十五にはなっていない筈である。それにも係らず、額や眼の下、鼻の脇などに、皺が多い。化粧もしていない。それでいてまだ女学生のような、色気のない、可哀げな顔をしていた。幼い頃からどんな時にも変りなく、自分を、姉のような愛情で見護って呉れている磯子である。その磯子の悪気のない可哀げな顔が哀しみを湛えて自分を見るだろう、と、思うので、その顔をおもい浮べることが、天上を苦しめるのだ。伊作の顔を見ることもわずらわしい。伊作の顔はまるで鏡のように、己が心の哀しみを映している。それが耐えられぬ。

 天上は今日も鬱々として、肱掛椅子に凭れていた。階下の食堂のポーチに、籐の肱掛椅子が、据えてある。古くからあるこの椅子は、もうニスが落ちて、縁《へり》などはけばだっていて、少しでも身動きすればギイギイと鳴るこの籐椅子を、天上は新しいのと替えようとはしなかった。今になっては尚のこと、胸に悩みのない頃の、懐しい想い出の椅子となった。この籐椅子には嫩《わか》くて死んだ親友の林忠雄との想い出が籠っていた。忠雄と、飽きずにチェスを闘わしたのも、この椅子で、ある。天上がギタアを爪弾いて、忠雄が静かに聴いていたのも、この椅子に寄ってで、あった。この椅子の上に幼いマリイを載せて、不器用な体操をさせていて、食堂に入って来た磯子が駆け寄ってマリイを奪《と》り上げたことがある。その時、磯子は、

(まあ危い。マリイは私の宝ものなんですからね)

 と言ったが、彼女はすぐに言葉を続けた。

(守安も私の宝ものだけれど、マリイは小ちゃな私の宝ものなのよ)

 と。まだその頃は皺一つない、可哀げな顔に浮んでいた柔《やさ》しい微笑いを、天上は忘れない。磯子はそんな心配りのある柔しい女である。天上はそんなような細君を望んでいた。片山園子はそういうような女だったのだ。モイラはそんな想い出話をして聴かせても、聴いていない。モイラは懐しさ、想い出、というものを殆ど感ずることがない。モイラは自分の方からは何も話さぬ。大体モイラは話というものをしたことがない。モイラは興味を持った相手にだけに、ものを言う。それでさえ、たとえ興味ある相手とでも、殆ど口を利かぬといっていい女である。歓びの表情、感動を現わす様子も示さぬ。幼い頃、林作が外から帰った場合でも、他の子供のように飛んで行ってぶら下ったりはしなかった。むっとしたようなモイラの大きな眼が、相手をみると絡みつくような、粘りのあるものを出す。それだけである。モイラの眼が幾らかでも、歓びを現わしたのは天上の家に林作が、久しぶりに訪れたことをやよが告げた時位のものといっていい。モイラを家に迎えて、その肉体に溺れ、痴《し》れ者のような日々を送っていた天上は、今不意に、モイラの残酷に会った。幾分、鬱病の気味に見える天上の上に寂しさが静かに、迫ってくる。遠くの方でする潮騒の響きが少しずつ近づいてくるように、そくそくとして、迫ってくる。この頃天上は毎日のように、この椅子に寄りにくる。逆に自ら自分を苛めないではいられないようになっている異常な心理からだろうか? もともと天上は、自分の感情というものを、歓びのそれでさえ表に出そうとせぬ男である。出そうとせぬというよりも、自然にそうなる。知らずに、どこかで、抑制がきくのである。それで天上の持っている奥深い賢《かしこ》さも、表には現れない。そのために幼い頃から、小学校の仲間の子供からも侮られ、苛められて来た。それが今だに尾をひいていて、天上には世渡りをする上で、そういった傾きが、ないではない。瑞西《スイス》かどこかの国の話に、こんな話がある。椅子に掛けたきりで、一人では何も出来ない老婦人がいた。附いていて世話をするのが酷《ひど》く意地の悪い婆さんだったが、長い間来る日も来る日も、苛めぬかれている内にその老婦人は、婆さんの意地悪なしでは物足りぬようになった。そうされないでは生きていられぬようになった、というのである。天上はそれを読んでひどく面白く思ったことがある。今の天上にそんな心理もないではない。天上はモイラと暮していて、知らず知らずの内に想い出、懐しさ、というものに飢えるようになっていた。モイラを家に迎え、モイラと住むようになった天上は殆ど全くといってもいい程、想い出に浸るということのないモイラを傍に感じている内に、次第次第に或る飢えを覚えたのである。今、モイラの残酷に会って、気鬱の状態に陥った天上の上に、その飢餓状態が一層大きなものになって襲いかかったのである。

 殆ど心、そこにない、といった様子で、天上はその椅子に掛け、指で古びた籐椅子の肱突きの一部を撫でさすっている。そこには跳ね散ったようなインクの汚染《しみ》があった。林忠雄が入っていたサナトリウムに遣る手紙の宛書きを書こうとして、インクが跳ねた跡である。天上の暈《ぼんや》りとした頭の中に、『復活』のネフリュウドフが、兵営から家に帰って居間に入った場面が映っていた。嫩いネフリュウドフが元気一杯に歩き廻り、部屋の柱や壁なぞに残っている少年の頃につけた小刀の瑕《きず》の一つ一つに触れては懐しむ場面である。ポーチで暈《ぼんや》りしているのを好む天上のために、伊作が竹を組んでしつらえ、蔓薔薇を絡ませたアーチのような日覆いを洩れる陽がそんな天上の上に、細かな斑模様を造って、降りそそいでいた。伊作は又、天上の健康を気遣い、同じ気持のやよと語らい、やよの辻堂の家からちゃぼを五羽取り寄せた。日に二つ、多い日には四つ五つの、茜《あかね》色をした新鮮な卵がやよの手によって、天上の好む半熟卵、スクランブルドゥ・エッグ、実なしの茶碗蒸しなどになって、食膳に供せられた。だが依然として天上の食嗜は進まなかった。伊作が細かな心遣いをして養った鶏の卵は、伊作の側からいえばいたずらに、モイラの食慾を満たすだけに、了《おわ》ったのである。やよには天上の悩みの原因もわかっている。その悩みが、どれほど酷いかも察しはついている。だがそれにしても、と、やよは思うのだ。伊作のように以前の天上を見ていないやよである。磯子との信義のある親しみ、婚約者の片山園子との静かに楽しい語らい、そうして伊作との厚い、主従の結びつき、それらの中で威厳のある主人として、召使いにも接していた天上が、代々木の教練場でモイラを見て恋の罠に陥ち、一人の痴れ者となった経緯を見ている伊作とはちがうのである。そうして天上は今、内外の侮りを一身に浴びている。やよの眼にも、天上の愚かではない人柄が、見えていないわけではない。だがそれにしても男らしくない、女々しいと、やよは思わぬではない。辻堂の田舎の娘として育ったやよには、女に迷う男はうつけ者であるという認識がある。東京に来て見た男は林作だけである。やよは林作の悪魔性を知らない。やよにとって林作は、(お偉くて思い遣りの深い旦那様)であった。男性というものの典型で、あったのだ。コックの李の考え方も略《ほぼ》、やよと同じである。李は二十代の大半を中国の大きな邸に雇われて過した。何人もの細君を置いている主人を見て来ている。女のことにせよ、何にせよ、事々しく心にかけぬ、駘蕩《たいとう》とした男を大人《たいじん》と見ている李は、内心では近頃の天上を侮りはじめている。

 一方でやよは、モイラの不機嫌が巻き起す、周囲の顰蹙《ひんしゆく》の矢面《やおもて》に立つ立場にあって日々心を砕いている。モイラはやよにも時折は酷く当る。皮膚の湿り気と、その香気とが日増しに度を加えるのに正比例して、思い上がったふてぶてしい様子もひどくなっている。近頃ではモイラの香気は、それを香《か》いだ人間が、何一つ遣る気の起らぬ、深い、曇《どんよ》りとした惰気の中に陥ち込む体《てい》の、一種いいようのないものになっている。モイラは今までにも増して、殆ど物を言わなくなった。そうして心に何かを思いめぐらしているのが窺われる。モイラは、前の夏とは変ったピータアの、サジスティックな愛撫を、恐れている。だが天上の薄のろい、執拗な愛撫よりは数段上のものだと、思っている。モイラはピータアの、恐ろしい愛撫の中で恐怖しながら、一人の嫩者《わかもの》を完全に絡めとった満足を感じ取っていなかったわけではない。それにも係らずモイラは、ピータアの部屋に再び行くことを躊躇《ためら》っている。今日、行こうと、思い立つ日がないのである。モイラはピータアの鋭い、気迫のようなものに圧迫せられるのだ。それより以上に、灼いた解剖刀《メス》のような、恐ろしい愛撫に恐怖を感ずるのだ。モイラはピータアの愛撫に危険を感ずる。彼女はピータアが自分に、酷い危害を加えることはないのを知っている。そのことには確信を持っているのだが、又怪我をするのではあるまいか、という恐怖がある。ふてぶてしいがその半面臆病なモイラは、再度の逢いびきに踏み切ることが出来ずにいる。そのことが又モイラの不機嫌を拡大しているのだ。

 やよは今日、午飯の支度のために、少し早めに台所に入っていた。モイラが、馬鈴薯、玉葱、人参、鶏なぞに青い剥《む》き豌豆《えんどう》を加えた清汁《コンソメ》を、何より好んでいるのを知っているやよは、剥き豌豆の出る初夏には勿論であるが、李が、大粒で柔い、青豆の缶詰を仕入れたのを見ると、時季に係らず造ることにしている。今日やよは、明治屋から届いたボオル箱の中に外国製の青豆の缶詰を見つけ、早速に鶏と野菜の清汁《コンソメ》の支度にかかったのだ。一昨年《おととし》の夏、遥か眼の下の海岸《うみぎし》に、モイラといるピータアを見た時やよは、半裸でいて、半裸のモイラと向い合っていながら、どこにもいやらしさのない嫩者であったことをみとめた。男と忍び会うということを、やよは恐ろしいことのように、思っている。まして不義密通ということには、足の顫《ふる》うほどの恐怖を抱くやよなのだが、ピータアには好感を抱いてはいる。ドゥミトゥリイがピータアに抱いている好感から見ればわずかではあるが、幾ばくかの好意を持っている。そこからやよは、天上の傷心をいたましく思いながら、モイラの苛立ちにも、判るところがないでもない。そんな方面には殆ど無智なやよではあるが、やよも一人の女では、あった。まして、忠誠を誓っている林作の唯一人の愛娘《まなむすめ》のモイラである。膝に抱き、背に背負って育てたモイラである。人参、馬鈴薯、鶏の笹身なぞを、小さな賽《さい》の目《め》に刻みながら、やよはどこか浮き浮きしてくるのを覚えた。時折、用もないのに台所に入ってくる本間いしを気にしながらも、俗に盤台面といわれている面積の広い、長四角の、顎の大きい顔を幾らか紅くしてやよは肉汁《スウプ》をとり始めた。そんなやよを、李が横から複雑な気持で見ている。

 やがて、李の造らえた間鴨《あいがも》の蒸したものなぞと一緒に、剥き豌豆入りの清汁《コンソメ》が食卓に載った。花が落ちて、葉ばかりになった蔓薔薇を透した眩しい九月の陽光が満ちた真昼の食堂で、食卓についたモイラは、いつになく機嫌よく清汁を平らげ、「もう一つ」と、言った。

 暈《ぼんや》りと箸を動かしていた天上が、垂るんだような片頬に薄《うつす》らと、微笑いを浮べて、モイラを見た。天上が掌に箸を持って、料理を脣《くち》に入れるのを見ていると、何ものかに箸を持たせられて、半ば無意識に箸をあやつっているように見える。モイラの天上への残酷を、いちいち傍で見ているやよではあるが、天上の急激な変りように愕かずにはいられぬ。伊作が天上の不興を恐れて、食堂に花を運ぶこともやよに頼むようにしているので、今では天上の唯一人の側近であるやよは、彼の異様な様子をいたましく見ては胸の中に吐息をつき、徒労《むだ》に終るのがわかっていながらも、天上に供する料理に気を遣《つか》っている。この家に来てまだ年月が浅く、天上の好みを会得していないやよは李の意見に従って、そこへ少しずつ、林作のもとで、林作に加減をきいては覚えこんだ日本料理を加えるようにしている。ついこの頃まで天上は、やよの清汁、煮ものなぞにすべて、満足を表わしていた。注文の出ぬのをみてやよは、磯子が李に教えていたものよりは、自分の造るものを気に入っていると見て、つい先頃までは安心していたのだ。そんなやよだが、この頃にはない、モイラの満足そうな顔を見ては嬉しく、天上の陰気な眼が自分の背中に当てられているような気がしながらもいそいそと、替りを取りに退《さが》った。台所に入ると、広い台所に李が一人、調理台の前に立って、窗から外を見ている。本間いしと石田ウメ、愚かしくて、同じことを何度でも指図をしなくては出来ない山口ともえとは違って、李は天上に尊敬を抱いていて、気持よく勤めていただけに、近頃の腑甲斐ない天上の有様を見ては失望を禁じ得ない。すべてに手堅い、杜漏《ずろう》なことを嫌う李は前と変ることもなく勤めてはいるが、何となく遣る気を失くしている。そんな李の気分をやよは一人立っている李の背中に見た。

 天上は平均週に一度は、会社を休むようになった。事を構えて欠勤するのである。会社へ出ずに、額を掌で支え、ポーチの椅子に寄っている天上が、モイラは鬱陶《うつとう》しくてならない。モイラが天上を嫌厭する度合いは、更に、増大した。

 天上は磯子に手紙を遣ることは欠かさなかったが、磯子に哀しみを与えることを恐れて、モイラの近頃の様子についても、自分の状態についても、殆ど全く真実を伝えぬようにしていた。モイラが浅嘉町に行った折、怪我をして帰ったことは既に知らせていたが、林作の電話の口上をその儘踏襲して書いて遣るだけに止《とど》めておいたのである。若しモイラが天上の疑惑通りにその日、林作の家を基地にして何者かの、恐らく石沼で背後《うしろ》を通った嫩い男の部屋に行って、そこで何時間かを過したとすれば、そうしてその男の手で怪我をさせられたとするなら、林作の電話の口上以上に巧妙な説明はないだろう。もともとモイラに突飛な癖があって、それで怪我をすることがあり、それが前もって林作によって天上に報告されていた、という、林作側にとってこれ以上はない天与の隠れ蓑《みの》が、偶然用意されていたとしても。天上は胸に疑惑を持っていた自分の耳にも、ごく自然に聴き取られた林作の口上を、磯子に遣る手紙に用いたのである。だが磯子は既に、天上の食慾の衰えたことも、家の中の状況も、知っていた。天上の様子を気遣うあまり、伊作が手紙を出していたのだ。むろん、証拠とてないモイラの行先についての疑惑などは、書かれていない。天上の状態の報告も、控えめに書かれている。

 朝と夕刻との送り迎えをする度に、伊作は天上の様子を見ている。天上も注意をしているので度々ではないが、玄関から門までの間を歩く天上の足がふとよろめきかけることがある。又伊作は花畑にいて、背高く繁った花魁草《おいらんそう》、虎尾《とらのお》、藤袴《ふじばかま》、なぞの花越しに、ポーチに居る天上を、見ている。そんな天上を見るだけでも応《こた》えたが、伊作はやよと鶏の件で話し合った時にきいた、食嗜がひどく落ちたということが何にも増して、気にかかっている。気にかかってはいるが、磯子に手紙を遣《や》ったことで、天上に対して秘密を持ったことになったことを思うと気が咎めて、天上に話しかけることも出来ぬ。天上が以前のようにふらりと、自分の部屋に入ってくることを、伊作は心待ちにしているが、天上はぱったりと来ぬようになった。天上は今、自らの苦悩の中に一人身を沈めていることを、欲している。自らの苦痛は自分で処理しようと考えている。天上が持っている気嵩《アルダン》な気質からでもあるが、何よりもかによりも、今天上は自らの苦痛を他人《ひと》に覗かれたくない。伊作からも、磯子からさえも、覗かれたくない。覗かれることは苦痛が倍加することで、あった。天上は自分がモイラを家に迎え入れたことが、紛れもない愚挙であったことを、知っている。自分というものは自分一人のものではないことも、知っている。自分の幸福も、不倖《ふしあわせ》も、自分一人のものではない。自分自身の倖《しあわせ》も、自分一人で受けるべきものではない。哀しみも、自分一人が耐えれば済むというものでもない。それも知っている。

 磯子は天上のその気持を、知らぬのではない。だが不安を抑えられぬ。磯子は、石沼から帰った頃から天上の様子に翳《かげ》が生じたのを、いち早く見つけている。否、それより前に磯子は、天上の身の上に降りかかるであろう何かを、感じ取っていなかったわけではない。モイラという十七歳の女の持っている、磯子から見ると魔性としかいいようのない何かが、いつか、天上の上に黒い、不吉な影を投げかけるのではあるまいか、と磯子はふと、思うことが、あったのだ。それはモイラを、最初に見た時からのことである。まだ幼顔《おさながお》を残している、潤いのある花片《はなびら》のような肌目《きめ》をしたモイラの顔に、磯子は可哀らしさと同居している魔を見ていたのである。

 天上が石沼から帰ったのを知って一度、磯子は田園調布を訪れている。モイラの機嫌を気にかけながら訪れたその日、磯子は前にも増して、故知らぬ不安に捉えられた。磯子はモイラのために、小卓掛を一枚、例の袋《バツグ》に入れて行った。磯子が暇をみて刺繍をしたもので、明るい薄灰色に、鮮やかな紅の濃淡の花をつけた薔薇の枝を縫ったものである。だがモイラは喜ばなかった。黙って掌に取ったが、喜んだのか、そうでないのかわからぬ様子で、気を遣う天上の様子だけが、磯子には痛く、感ぜられた。モイラは不機嫌のために蒼んだ顔をしている時でも、食うものと、身につけるもの、装飾品の類には全く別な反応を示すのだが、身につけられぬ、卓子掛のようなものには、たとえ機嫌のいい時であっても全く、興味がない。モイラはそれを持って居間に上った切り、再び姿を見せなかった。モイラの不機嫌がいつも、この家を暗いもので蔽ってしまう。それを象徴するように、冷い秋風のはしりがその時、屋根を打ちはじめた。その日磯子は天上と二人、モイラの来ぬ前のように淋しい食膳についたが、天上は磯子と食事をしたことが、わずか乍ら楽しそうであった。磯子はそれだけを慰めに、不安の儘で帰って行った。

 磯子はモイラが怪我をして帰った日のことを、ほんの小さな出来事《アクシダン》のようにして書いて遣《や》った天上の手紙を受取り、続いて伊作の手紙を見た。前の手紙に書かれたことと、後《あと》の手紙に書かれたこととの間に、深い関聯があろうとまでは思い及ばなかったが、磯子の不安は深まった。

 天上の食嗜は依然として恢復しない。

    *    *

 そんな日々の間、林作は行きつけの香雪軒にもあまり行かず、書斎にいて心を痛めていた。浅嘉町の家は、もよが徐々に馴れて来て、おどおどするところはまだ除《と》れないが、煮物や汁の味つけに林作をわずらわすこともないように、なった。客が来ても一応の挨拶、接待もするように、なった。漬物は来た当時から、林作にかなりの満足を与えるように漬けている。半年近く、前にいた家で仕込まれたものだろう。東京風の浅漬けの白瓜。茄子なぞも、絶やさない。林作とドゥミトゥリイとの、親しみの深まった生活は静かである。ドゥミトゥリイの造った朝顔はとうに盛りを過ぎ、花も小さく、すがれて来たが、瓜、秋茄子、枝豆、なぞの野菜の収穫は豊富で、林作を喜ばせている。もよの手助けも大きく響いているようだ。

 日曜日で家にいる林作は、今階段の踊場に立って、窗の硝子越しに裏庭を見下していた。ドゥミトゥリイが野菜畑に跼《しやが》んで、茄子を|※[#「手へん+宛」、unicode6365]《も》いでいる。漬物にするのだろう。ドゥミトゥリイの上に空は隈なく晴れて、一昼夜降り続けた秋雨の上った後《あと》の爽やかな秋日和である。

 林作はたしかに心を痛めている。だが心を痛めている、といっても林作の場合は林作は林作なりに、と附け加えた方が、当っていよう。林作の心痛は、天上が気鬱状態に陥っている田園調布の家に、モイラが存在している、というところにある。そればかりではむろんない。天上の状態に惻隠の心を抑えかねていることは言うまでもない。だが林作の心痛は、モイラがひょっとして、林作の許に帰ろうといい出して、林作がモイラの希いの実現に手を貸すとするなら、林作の心痛は殆ど無くなる。胸の中の暗いものは晴れるのである。モイラがピータアの部屋に行った日には、まだ今の悪い状態は起きていなかった。モイラの意志をきいてみることも無かったのだ。

 ドゥミトゥリイから、モイラの様子を聴いた時林作は、ピータアと会ったために平常《へいぜい》の生活の、一種いわれぬ鬱陶しさと、苛立たしさとが爆発したのだろうと、推察した。モイラはあの日、小半日、コオカサスの嫩者の部屋で長い時間を過ごした。それも寝台の上で恋の刻《とき》を過ごしたのである。ドゥミトゥリイに劬わられて、モイラはこの家に帰って来た。それから俺の部屋で、俺と飯を食った。俺が加減を見て遣《や》って湯に入り、そうして、帰って行ったのだ。ドゥミトゥリイに附添われて。露西亜の青年も、同じコオカサスの生れのドゥミトゥリイも、女を退屈させる男ではない。そこでいつになく、モイラは小半日を、天上から離れて暮した。それがモイラの平常《いつも》絶えない苛々を、爆発させたのだろうと、林作は見ている。最初の内林作は、天上をさほど退屈な男とも感ぜなかったが、二度、三度、往き来して見ると、次第に面白くない男であることがわかって来た。天上は思慮の深い、賢い男ではあるが、女に対しては、善良だ、というだけの男である。恐らく、モイラに対しては優しいというだけの夫だろう。モイラが、「なんにでも、薄のろいのだ」と言っていたこともある。天上の顔の中の気に入らぬところが、だんだんに前よりも厭になってくる、と言ったのは、嫩者の部屋に行った日であった。

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