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作者:日-森茉莉 当前章节:15507 字 更新时间:2026-6-22 20:37

 その時窗硝子をきっちり下ろして止《と》め、席について半身を窗に寄せかけるようにして、顔を覗かせたアレキサンドゥルにならって、マドゥレエヌも、窗に寄って、顔を見せた。

「マドゥモァゼル、モイィラ、車に入ってみますか?」

 林作は微笑って、モイラを自分の前に出して、窗に近づけ、夫婦の方へ向かせて、肩を軽く抑え、

「いやもうあまり時間がないでしょう」

 と、言った。

 林作は、先々週に、花園町から帰ったモイラの訴えで、大凡《おおよそ》のことを知り、戒律を破った僧ででもあるかのように悔いているに違いない、アレキサンドゥルの姿も、推察していた。それで林作は、マドゥレエヌの気持をも深く、気遣《きづか》っていた。

 モイラは動いた拍子に顎の護謨がはね返ったのを、又掌で下へ延ばすことで、前へ出されて、アレキサンドゥルからも、マドゥレエヌからも、よく見えるような形になり、妙に羞ずかしくなったのを胡麻化し、片方の手は肱を曲げ、後の林作に掴まろうとしている。

「奥さん、どうぞお元気で。船までの辛抱です。船は幾らか楽でしょう。お母様は快《よ》くなってお待ちになっていると思います」

「大変、ありがとうございます。ムシュ、牟礼。ママンは神様が、お護り下さっていることと、思います。マドゥモァゼル、モイィラ、お別れですね。又いつか、お会い出来るでしょう……」

 マドゥレエヌは落ち窪んだ眼に微笑いを宿して、寂しげに、モイラを見た。

 アレキサンドゥルは、最後の別れの刻《とき》が来た今も、早く時間が経てばいいと、思っているらしいモイラに、瞬間|凝《じつ》と、白い眼を止《と》めたが、その眼を林作に移した。

「何年か後、マドゥモァゼルと巴里に来られる時はどうぞ、私の家にお寄り下さい。シテニエ、何と申しますか、栗の樹、のある私の田園《いなか》の家も、お見せしたいです」

「有難う。その時にはお訪ねしましょう」

 アレキサンドゥルは、林作に凭《もた》れかかり、何か他のことを考えているモイラに、再びちらと、眼を遣《や》った。

(帰りにどこかに伴れて行って貰うのだろう。それともあの馬丁と、何か話したり、馬と遊ぶことを考えているのか? 今聴くと馬を始めたそうだが、林作氏に抱えられて馬に乗るモイラを、一度見たいものだ……)

 アレキサンドゥルはふと時計に眼を遣ると、マドゥレエヌに何か目配せをした。マドゥレエヌは頷いて、座席に置いた袋の上から小さな紙包みを取って、モイラに差し出した。巴里の香水店かなにかの包み紙に包んで、リボンで結んである。小型の書物位の大きさのものだ。

「マドゥモァゼル、モイィラ。私《わたくし》たちの記念です。マドゥモァゼルのお気に入るとうれしいのですが」

「これはどうも」

 モイラがゆっくりと手を延ばす。嬉しそうに見えるが、彼女の動作はいつも、遅かった。モイラは、リボンが弛く結んであるので、自分に解けると思ったようすで解きかけたが、直ぐに父親に、早く、という身ぶりをして、手渡した。

 林作の手が薄紫色のリボンを解き、包み紙を開くと、中は平たいボオル箱である。モイラが取って、もどかしげに開ける。中には銀の鎖の先に薔薇色の貝殻を色々な形に磨いたのが七つほどついている、ペンダントである。

 モイラは鎖を持って摘み上げ、美しいペンダントに見入った。

「綺麗《きれい》」

 歓びでうわずった、一寸|掠《かす》れたような声で、モイラは言い、気づいたようにマドゥレエヌとアレキサンドゥルを見上げ、口籠り、ようよう、「メルシ」と、言った。

 アレキサンドゥルは先刻から、モイラの表情から眼を離さずにいたが、

「私《わたくし》の母親が、持っておりましたものです。ノオトル・ダムの傍の小さな店で見つけたと、母は言っておりました」

 と林作に言い、異様に光る眼を再びモイラに、当てた。

「お気に入りましたようですね」

 マドゥレエヌが、言った。

「パパに懸けていただいて御覧なさい」

 微笑いに顔を崩して見ていた林作が、麦藁帽子を除《と》らせて手に持たせ、モイラの細い首に鎖を廻して、俯く項《うなじ》に、止《と》めて遣る。

 モイラは指で鎖を持ち上げ、貝殻の飾りを掌の中に軽く握り、又掌を開いて、一心に、見入っている。

「こんな綺麗なものを戴いて、メルシだけか?」

「……グラン、メルシ、ムシュ、エ、ダァム」

「パ、ドゥ、コヮ、マドゥモァゼル。心持ばかりのものです」

 アレキサンドゥルは言ったが、眼はモイラから離れず、満足し切つて、飛び上がりたいほどはしゃいでいるモイラの様子に、眼を吸いよせられるのを、最早、隠すことが出来ぬらしい。その夫の様子を、横からマドゥレエヌの寂しげな眼が、じっと、窺った。

 アレキサンドゥルが心の中に怖れていた汽笛が高く、鳴り響いて、車体が一つ大きく、揺れた。

 アレキサンドゥルは起ち上がり、背を折るようにして窓口に立つと、マドゥレエヌも起ち上がって、夫の後《うしろ》から顔を覗かせる。

「やあ、どうも、ご機嫌よう」

「お達者で」

「オルヴァ、ムシュ、エ、マドゥモァゼル……」

 モイラは初めて経験する、感動的な別離の場面にふと、胸が逼るように、思った。大きく開《あ》いた眼をアレキサンドゥルに凝《こ》らしていたが、車輪の轟きと一緒に大きな車体が動き出し、やがて鋼鉄の蛇がうねるように、向うへ曲って、アレキサンドゥルの顔が見えなくなろうとした時である。モイラはアレキサンドゥルの二つの眼が細く、鋭く、光るのを、見た。そうして、白い歯が覗いた、脣から頬の辺りにどこか泣くような表情を刻んでいるのを、眼に止《と》めた。

 そのアレキサンドゥルの、異様な表情は、蔭になった車窓の、細長く角い枠の中に浮び上がり、強い印象で、モイラの眼に、灼きついた。そうしてその映像はモイラの心に何ものかを残し、その後の成長の上に、つけ加えるものがあったが、その何ものかはモイラの中で、大抵の場合薄れていたのに比べて、同時にそれに眼を止《と》めた林作の胸には永く、深い、傷痕に似たものを、残した。

 林作はその後、モイラの可哀らしいようすに眼を止《と》める時、ふと瞬間の、その時のアレキサンドゥルの顔を、モイラの後《うしろ》に見るように思うことが、あった。そうしてその異様な、「能」の面《おもて》の中にある、悲哀を刻んだ或種のものを想わせる顔が、可哀らしいモイラの後《うしろ》に、暈《ぼんや》り浮び上がるのを見る時、林作はモイラの可哀らしさの中に、かすかな罪の香《にお》いを香《か》ぎあてた。

(可哀らしい、罪の香いだ)

 そうして、モイラを見る林作の眼はそのような時、その愛情の影を深め、林作は、何かの立ち迷うものの間に見定めるようにして、モイラのようすに、眼を据えた。遊び尽した、といっていい林作の、多くの刻《とき》、微笑いを含んでいる眼が、そんな時、濃い惑溺の影を宿して、水を湛えたように潤《うるお》うのだ。

 林作は貝のペンダントが、モイラのその日の服に調和したので、その儘にかけさせ、モイラの掌をひくと、

「さあ、今日はパァパの会社にモイラを浚《さら》って行くぞ。晩には海浜ホテルで飯を食おう」

 と言い、言葉の調子とは少し異《ちが》う、幾らか暗い想いの残った顔で、モイラの顔を覗くようにした。モイラは重なる歓びに、黒い、新しい靴で一寸跳ねるようにし、林作の手を強く引いて少し離れ、又体を擦りよせるようにするのだ。

(悪い奴だ)

 モイラの掌をひいて、大股に歩く林作の、やや俯けた頬の辺りに、愛情の微笑いの、深い影のようなものが、掠《かす》めた。

    *    *

 花園町のアレキサンドゥルの家が空屋になり、山下から上って音楽学校の前を過ぎ、左に曲る、灰色の薄明るい道の、右に折れた小路に、その塗料の剥げ落ちた門を閉じてから、二度目の夏が、巡って来た。

 花園町の家が気に入らぬでもなかった林作は、その年の春、下谷の料理屋に行く途で自動車《くるま》を止《と》め、家の前まで歩いて行ったが、案の定まだ空屋で、閉じた窓の鎧扉も、板壁の外装も、前よりうす蒼く、曇った空の下に、家は或表情をおびて、立っていた。記憶にある階上の二つの窗は、死んだ貝のように閉じていて、その二つの窗を眼にした、家全体の表情はたしかに、アレキサンドゥルの最後に見た表情を髣髴《ほうふつ》している。(これは矢張《やつぱり》いけない)そう思って自動車《くるま》に帰った林作は、反射的にモイラの肢体を、想い浮べた。

 十三歳になったモイラは、背の伸びる時期にあるらしく、背丈が高くなったわりに腕や襟首などは繊《ほそ》くなったようにみえる。裸にすると、貝殻骨の浅い影から下へ、腰に流れる線には、少女から女になる、最初の過程にある微妙な変化が、どこかにあって、腰から脚の辺りには既《も》う女の萌芽がある。女は下半身から先に発育するものなのだろうか? それとも、下半身の方が、いくらか均衡を破って発育のいい種類の女に、なるのだろうか? 相当に多く、女を見たことのある林作は、二三の女の体を、記憶の中に探したこともある。

 モイラ独特の、気孔の無いような、息苦しいように見える皮膚の肌目《きめ》は、いよいよ緻密になり、男の子のような姿態をする時のモイラは、空に向って、悶えるような形で体を延ばしている若木のようにも、みえた。頬の線が幾らかひき締まって、頬が繊くなり、二つの眼は青みを帯びて、凝と人を視る特徴が、半ば無意識に、半ばは意識して、人を惹き入れるように、なっている。

 林作はアレキサンドゥルが、モイラの、このような微妙な変化を、父親か兄のようにして、傍にいて見護っていたかったのだ、ということを、察知していた。そうして肉親の男の愛撫と、接吻とを、したい時に与えたいのだ、ということをも、推量していた。だがそこには自分とは異《ちが》うなにものかが、あったことも、確かである。そのあるものが、自分の想像を越えて、熱い、烈しいものであったことを、林作は、アレキサンドゥルの最後の顔によって、知ったのだ。

 まだ、赤子の匂いが残っているような、そうして、腰に幼児斑のある、ラファエロの天使のようなモイラであった頃から、モイラに溺愛を傾けて来た林作は、この頃の、微妙な孵化をしかけているモイラの肢体に、心の内に眼を瞠《みは》り、深い感動を、覚えていた。そうして、生きていて動く塑像を眺め、それを愛撫するような、穢れのない、だが熱い、恍惚を覚えている。そこには薄い、微かな、稀薄にした酒精《アルコオル》のような快楽的なものが、潜んでいる。

(もう三年もしたら、哀しみが、俺の胸を切なくするような、綺麗な、メタモルフォオズが、モイラの体の上に起きるだろう!!)

 林作は、想った。

 三十六歳でモイラの父親になって、丁度十三年になる、愛着と溺愛の歴史の中で、アレキサンドゥル・デュボワの登場していた部分だけには、モイラと自分との愛情生活の中に、何かの複雑した、錯綜のようなものが加わっていたことを、林作は感じていた。

(最初の出会いから、そいつはあった)

 と、林作は心に呟いた。アレキサンドゥルが示した、モイラへの執拗な、陰湿な、といってもいい、烈しい情熱を、外側からではあっても見ていたことが、自分のモイラへの愛着に、或種の促進をさせ、溺れる度合いを、どこかで、強いられるようなもので、深められていたと、言えるかも知れない。林作自身、それに気づいている。

(一種の媚薬のようなものかも、知れない)

 細かい蚊絣《かがすり》の結城の袷《あわせ》に、灰色がかった焦茶に、共色《ともいろ》の縫い紋の羽織。素鼠《すねずみ》の仙台|平《ひら》の袴の膝を割った間に、黒檀の細身の洋杖《ステツキ》を寄せかけ、腕を組んでシートの背に寄りかかった林作の、陽に灼けたように浅黒い片頬に、苦笑のたて皺が刻まれたが、それは直ぐにあまり他人《ひと》には見せられぬ、甘い、蜜を含んだ微笑いの影に、変った。

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 第二部 甘い蜜の歓び

 藻羅《モイラ》はいやいやのように手に持っていた大匙《スウプさじ》を、落すように、置いた。

 そうして、卓子《テエブル》の向うで自分を見ている林作の眼を意識して、薄黄色の薄地木綿《ロオン》の半袖の肩から腕、胸の辺りをくねらせている。襟と袖、ウェストの上下《うえした》にも、横に襞があって、襞と襞との間をドゥロンウォオクで繋いだ、薄地木綿《ロオン》の夏服は、同じ色の下着を透かせている。その中からわずかに透いている、モイラの淡黄色《たんおういろ》の体は、シャワアを浴びたばかりなのに、もう汗ばんでいる。

 モイラは今朝、不機嫌《ムウデイイ》な気分の中に、落ちこんでいる。今朝の今《いま》先刻《さつき》からだ。先刻《さつき》柴田と、シャワアを浴びる為に湯殿に入る、少し前からだ。

 父親の林作の、充分に愛情の甘い蜜を潜めた顔が、その浅黒い額越しに自分を見ているのを知っていて、モイラは又も、体をくねらせた。自分にもどうしたらいいのか、わからぬように見える。

 暗い眼が、むっとしたように、不機嫌に曇って、モイラは我慢が出来ない、というようにもう一度、今度は大袈裟に胸の辺りをくねらせると、

「くふん」

 と、子供のような、酷《ひど》く自烈《じれ》た声を、出した。

 やよは今朝、モイラのシャワアにかかる世話をしていた家政婦の柴田が、それが済んで台所に入って来るなり、何も言わずに舌打ちをした顔つきで、モイラの今までにない、ただならない不機嫌を覚《さと》り、林作の指示はなかったが、昨夜から自分で考えて、とっておいた、牛肉と人参だけでとる、モイラの好きな肉汁《スウプ》を、とくに注意して造り、加減よく冷やして、実《み》なしの肉汁《スウプ》にして出したのだ。だが、肉汁《スウプ》はもう温《ぬる》くなって、澄んだ表面にはパセリが、これも念入りに刻んで粉のようにしたのが、新鮮さを失って、浮んでいる。

「モイラ。どうした」

 モイラの顔が少し此方《こつち》へ向いた。鳶色の前髪の下で、眉が吊り上がって、下目にした眼は瞼《まぶた》に力の入った、憂愁で一杯の、今にも泣き出しそうに、なっている。どう遣《や》っても、どうにもならない程|拗《す》ねた眼だ。しかもその眼は、拗ねるのが当然の権利だ、としている眼だ。自分はこの父親に、どれ程我儘をしてもいいのだ。と、無意識の中で、そう信じ切っている、何者かが、そう信じさせている。そんな眼だ。

 その極端に言えば、王者の自信のようなものが、一人の稚い少女の中に腰を据えている。それがなんとも言いようのない純一な、無心な可哀らしさを滲《にじ》ませている。黄みのある薔薇色の脣《くち》が不機嫌で腫《は》れたようになり、熱っぽくなっていて、幾分醜く膨《ふくら》んでいる。幼い頃の泣き出す前の顔と、あまり変りがない。

 その眼が林作を見た。

「お魚。……お魚をたべる」

 そう言って又、モイラは眉を吊り上げた儘、いよいよ憂愁を含んだ眼になって、黙った。モイラは魚を嫌いで、平常《ふだん》平目の刺身の他は、あまり食わないのだ。

 メランコリィは初めてだ。と林作は想った。

 先刻《さつき》、ハムと、コンソメのジェリを刻んだものと、クレッソンを盛り合せた皿を運んだ柴田は、湯殿で自分に当りちらした時のモイラの様子が、又もっと酷《ひど》くなって、しかも内へ籠《こも》って来ているのを、見た。

 今朝湯殿で、気の故《せい》か、日毎に熟してくるように思われる、乳暈が膨んだ、モイラの乳房が、その癖まだ何処かに、綿毛に籠った梅の実のような固さを残しているのを、つい気になって、一寸横から覗くようにしたのを、覚《さと》ったらしいモイラは、不機嫌な顔になって石鹸の泡を乳房に盛り上げ、まだ繊くて頼りない胴中にも、水々しく肉が着いて、しかも未《ま》だ熟し切る前の桃の実のような腰にも、ゆっくり石鹸の泡を立てた。そうして、シャワアを出す段になると、湯が熱いと言って怒り、流すのが済んで、タオルを差し出せば一寸触って見て、

「湿っている。もっと乾いたの。紅いのは厭って、言っただろう?」

 と、突慳貪《つつけんどん》に言って、憎たらしい仕科《しぐさ》でタオルを自分に打《ぶ》つけたのだ。タオルを打つけると同時に、何の花か、花の蕊《しべ》にあるような香気が、酷く微かにだが、懶《ものう》いような、気の遠くなるような刺戟で、柴田に、感じられた。実の実《な》っている梅の樹の下で、微かな風を感じたような、懶さである。その癖その紅いタオルはモイラが選んで、気に入っているものなのだ。小物箪笥の中に一日かそこら入ってはいたが、よく陽に乾してあったのだ。

 その、王様にでもなった気の、小癪にさわる不機嫌が、今、食卓へ来て籠ったものになり、しかも凄い甘え気分を孕んでいる。それを見た柴田は、いよいよ意地がやけるのと同時に、この分では自分達の朝食は、際限なく延びるだろうと思い、

(旦那はそりゃあ、鼻の下を長くして喜んでいるんだからいいが、此方《こつち》は堪りゃしない)

 と、ヒステリィを起しかかった顔で、湯殿の隣の自室に入ってしまった。家庭教師の御包《みくるみ》も様子を察知して、これも自室に入って、扉を締め切っている。

 やよは、愛している、円く太った仔猫を、いつも二匹入れているような、大きな胸を心配で一杯にして、台所に一人、立っていた。

(旦那様が直ぐにお機嫌を直させておしまいになるだろうけれど……)

 そういう、何となくがたぴしした気配も食堂に伝わっていて、それにもモイラは自烈《じれ》るのだ。

 モイラの胸のどこかに、暗い雲のようなものが出て来ていて、どこからか来たその雲は、当分晴れそうもなく、もやもやしている。モイラの意志が、モイラの全部が、その暗いもやもやの中に入ってしまっている。モイラにはどうしたのだか、わかっていない。モイラという女の子の、感激することがないような、はっきりしない、感情のある場所《ところ》が、暈《ぼんや》りした曇り硝子で包まれているのだろう、とでも思うより仕方のないような漠然とした性格が、今朝のようなムウディイなようすを、外側の人間にも、モイラ自身にも、一層わからないものにしているようだ。唯《ただ》一つだけ、モイラにわかっているのは、その黒い雲の襲来につれて自分を襲った、じりじりするようなわがままな気分である。林作に、この自分の状態をもっと心配させてやりたい、強烈な、慾望である。林作の、自分に溺れている胸の中の全部を、もっと揺《ゆす》ぶってやりたい、抑えても抑えても、抑えられなくなっている甘えである。

 林作が自分の様子を見て、困惑しているのを、モイラは知っている。心配しているのも知っているのだ。だが浅黒い、大好きな彼の顔には複雑な感じのある、蜜の籠った表情が燻《くゆ》っていて、――それは幼い時からモイラがかぎ馴れた、ウェストミンスタアの煙のように燻っていた――愛の窪みを造っている、彼の頬の底には、子供を見ているような微笑《わら》いを溜めている。それを、先刻《さつき》から気づいていて、それがモイラを自烈《じれ》させるのだ。自分の今の、なんだかわからない、拗《す》ねたくて、どうにもならない気分は、林作がもっと真面目に、もっとひどく心配してくれるのでなくては、直らないのだ。

 林作は、それを読み取っている。それが彼の頬に、愛の蜜を潜めた窪みをつくっているのである。

 モイラが満十五歳と六箇月になった今年も又、裏の梅の実が、青い葉や幹の蔭にぎっしり固まって実《な》る六月が来た。御包と柴田との命令で、常吉が丹精したので、梅の実たちは、モイラの胸の果実や、腰と、競うようにして、空と葉との間に、綿毛に煙《けむ》り、実《みの》っていた。

 まだ月初めだが、今朝は陽気外れに蒸暑い。皮膚の肌目《きめ》がひどく細かいモイラは、毎年最初の蒸暑い日には息苦しさを感ずるので、ぐったりして、元気を失う。それも不機嫌の原因の一つには違いない。

 モイラは小学校の六年の夏、裁縫の時間に、参観に来た受持ちの女教師と、裁縫の教師とが、モイラの席の脇に立止って、モイラの不器用な手許をみていてモイラの頭の上で何か言って笑ったのを、感じ取った。モイラは酷《ひど》い劣等感を感じ、それが幼い怒りに固まった。モイラはそれを林作に訴え、林作の甘いのをいいことに、その日から女子師範を止《や》めて、現在通っている、神田のミッション・スクウルの聖母学園に変ったのだが、今度の学園にも、ロザリンダという修道女で、修身を受持っているのが、女子師範の裁縫教師に代って、モイラの敵になった。彼女は家庭教師の御包と同じような、贋物の匂いのする道徳観で、モイラを圧《お》しつけるのだ。粉化粧でもしたかと思われるように、艶の無い、白い顔は肉が豊饒《たつぷり》ついていて、彼女は二重になった顎の上で、口尻を曲げて何か言う。ロザリンダは、モイラの、怠け者であることと、いつも体をぐにゃりとさせている体つきを、直接、不道徳と、結びつけていた。

 それは彼女の明察であったかも知れないが、その彼女の明察は今の時期ではたしかに、走り過ぎて、いた。ロザリンダの細める癖のある、無気味に光る眼は、いつもモイラを追っていて、モイラに姿勢を正しく座ることを、命じた。ロザリンダは或日、贅沢と、怠けるということが、いかに罪深いものであるかを、授業の時間を割《さ》いて訓《おし》え、その訓《おしえ》の終りに、「私たちの方では、そういう者がいた場合、宗教裁判というものがあります」と、そう言って、それを言いながらモイラを凝視した。モイラは「宗教裁判」という、はじめて聴いた言葉に恐しいものを直感したので、酷く怯え、思わずロザリンダの眼を大きく開《あ》いた眼で見詰めた。モイラの眼には恐怖が籠った。その時ロザリンダは、一種の満足感を現したように、モイラから眼を離したが、モイラはその様子にも、御包と同じものを視た。ロザリンダ以外の教師は、林作が多額の寄附をして呉れている上に、彼の様子に少しも尊大なところがなく、優しい微笑いの中にも威厳が見えるのを見て、尊敬を抱いていた。そこで自然、モイラはどの教師からも特に甘い扱いを受けていた。そんな理由があってモイラは、ロザリンダを見ないで済む暑中休暇が今、眼の前に来ていて、それなのになかなか、来ないのに自烈《じれ》てもいる。

 林作と家にいれば、何一つ叶《かな》えられないことのないモイラにとって、暑中休暇は天国なのだ。それも一つの大きな原因のようだが、二三日前に、モイラの入浴を手伝っていた柴田が、毒のある言い方でモイラに、林作に女があることを仄めかした。柴田は林作が、モイラが十四歳になった頃から、モイラを入浴させる習慣を止めたので、じりじりする卑しい嫉妬から逃れることが出来た代りに、毎日、夏の暑い日には二度、モイラの裸に湯をかけたり、背中は勿論、モイラの上半身を洗っている間に脚を洗わせられたりする羽目に陥った。又モイラというのが、気が長いのか、莫迦なのか、遊び半分で、中途で洗うのを止《や》め、足を組み変えたり、石鹸の泡を際限なく泡立ててみたり、している。普通のより高く造らせた腰かけにかけた脚を、柴田の眼の前に突き出して洗わせるのだが、のんびりしてくると、遊んでいたいために何遍も、もう一度洗えと命令する。そうかと思うと柴田の手を押しのけて、念入りに海綿で膝を、擦るのだ。ますます、多くなってくるような気のする髪の毛を洗うのが又、腕が痛くなる仕事である。産毛《うぶげ》に籠っているような稚さを、どこかに残しながら、日に、日に、熟して行く果実のようなモイラの体からは、植物性の香料のような香いが立つ。柴田は、結婚していた頃、六月の中頃に咲く、紅みの濃い、百合の花を鋏で截ったことがあったが、その時に感じとった、懶いような香気が、モイラの体を拭いている時なぞに、ふと、感ずる香気に、酷似している。植物性のもので、清潔《きれい》な香気なのだが、まつわるような粘着性は執拗で、モイラの皮膚の上に、微かではあるが燻《た》きこめたように、迷っている。無邪気なのか、故意《わざ》とか、紅い百合の香いのたつ、子供のような皮膚をした脚を、柴田の眼の前に突きつける。浴槽に入る時、又立ち上がる時、嫩《わか》い樹の枝のようなモイラの体は、動いたり、交叉したりする生きもののように、柴田の眼の前を塞ぐようになる。柴田はモイラの体を見る内に、それまでにはなかった、別な眼を持つようになっていて、庭の榛木《はんのき》の幹が雨に濡れて、水気をたっぷり持ってうねった形をしているのを見て、女の脚を聯想するようになった。そうしたモイラの発育は胸や腰ばかりではなくて、水々しいモイラの脚の枝と枝との間にも、熟して行く、もう一つの果実があることを、感ぜずにはいないのだ。モイラが、本能的に行儀はよくしているとは言っても、驚くほど自由で大胆な動きを見ている柴田は、どきどきする気持を、抑えぬ訳には行かない。

 モイラは、柴田の、自分の体を見る時の嫉妬を感じてはいるが、そんなことを念頭においていない。ただ入浴がうれしいだけだ。柴田に喧《やかま》しくやり直させて生温《なまぬる》くした湯をかけさせると、湯は捻《よじ》れた紐のようになって皮膚の上を流れる。それは父親の掌《て》が、背中を軽く撫で下ろす時のような、柔かな愛撫である。モイラは、自分の皮膚の温度より幾らか温度の高い湯が好きで、それを或日林作に話したことがある。そうして柴田がどんなに馬鹿であるかをうったえたが、その時林作は、モイラがまだ見たことのない微笑いを、頬の辺りに浮べて、モイラを見、黙っていたが、

「パァパと同じだね」

 と、少間《しばらく》して、言った。モイラが、湯から上がって、化粧間に入ってからも、いつまでも洋服を着ようとしないで、柴田がじりじりする程、タオルに包《くる》まった儘でいるのは、モイラがタオルの触感が好きだからだ。モイラは又、ロオンの下着を脱いだり、着たりするのを好いている。モイラは下着を脱ぎながら、必ず肩や腕を体後とくねくねさせ、恍惚《うつとり》したような顔になっているのだ。モイラは暑くもなく、冷たくもない、温かな空気の中で、裸でいるのを好いている。モイラの皮膚は、赤子のように、柔い湯やタオル、ロオンの下着、空気との触れ合いを歓んでいる。肩や腕をくねらせて、恍惚《うつとり》したようになって下着を脱ぐモイラを見て、柴田は嫉ましさを忘れて、奇異の感に打たれた。柴田は娘の頃から皮膚がガサガサしていて、ロオンの下着なぞは身に着けたことがない。繊維がところどころ寄っているような、ゴリゴリの安い晒布《さらし》の胴に、垢すりのような安いメリンスの筒っぽの袖を附けた肌襦袢なぞを着せられて育ち、二十七で死別した夫からも、愛撫と名のつくようなものを受けた記憶がない柴田には、不可解な感覚である。父親からも、体を撫でて貰ったことのない柴田は、林作に、否応なく服させられてしまう、威のようなものを常時感じていはするものの、彼のモイラへの態度を見た限りでは西洋の映画にあるような、いやらしい男だと、視ていた。モイラの肉体《からだ》が熟してくる一方、柴田の体は、あまり嫉妬をするので、その疲労で衰えるのでもないだろうが、いよいよ衰えて行く感じがある。四十二歳の肉体《からだ》が、五十近い肉の垂《たる》み方をしていて、細かな斑点のようなものが殖えて来ている。その衰えた肉体《からだ》の中に柴田は、女盛りをいくらか過ぎた女のような、生《なま》な、執拗な嫉妬を、貯蔵している。その柴田の、主としてモイラを入浴させる時に起す嫉妬が内向した揚句、俄かに突破口を求めて爆発して、林作の件《くだん》の告げ口に、なったようだ。それは自分に裸を見せつけるモイラへの厭がらせである。柴田もモイラが、明瞭《はつきり》した故意で、見せつけているのではないことは知っているが、半ば無心で遣《や》っていることが、柴田にとっては、故意でするよりも香気が強く、恐しい刺戟である。モイラの将来の、幸福な人生を予約しているような、モイラの蜜を塗ったような体が、柴田は唯々、憎らしくてならない。時にはふと、憎い中に別なものを感ずることもある。憎みながら、惹かれるようなものを、感ずることもある。だが柴田はレズビアン的な性質を持っていない。又御包のような、サジスティックなものも、あまり持ち合せない柴田は、唯羨ましく、憎らしいだけである。モイラは父親林作の愛情が、誰よりも自分に厚いということを、知っている。それがどれ程深いものかということを、本能的に捉《つか》んでいる。それで柴田の言葉から受けた刺戟はすぐに、薄くなったが、柴田のその時の表情や、厭味な告げ方もあって、傷つけられた不快はやっぱり大きく、残っていた。それも今朝の突発的なもやもやの原因の一つではあるらしい。柴田に言われたことに不快を感じたモイラが、林作の、自分に溺れている度合を確かめようとする慾望は、この二三日、とくに顕著になって来ていた。それも一つである。ところで、それが確かめられた今、モイラの中の、貪婪《どんらん》は無限の膨脹を、しはじめたのだ。もっと確かめたい。父親を、どうしようもなく、自分に溺れさせて遣りたい。その自分の確かめた幸福を、手で捉《つか》まえて、むさぼり食いたい。モイラの慾望は無限に膨んでいる。

 それはモイラが幼い頃から持っている、肉食獣の、一方的の、残忍な、慾望であって、アンファン・ガテが突如として、フィイユ・ガテになったのである。

 林作が言った。

「何《なん》の魚だ」

(こう言って遣《や》ったらモイラは、一層むずかるだろう)

 案の定モイラは前より一層ひどく、可哀らしい体をくねって、何も言わない。モイラは、魚なんか欲しくはないのだ。ふと林作の書斎にあった外国の雑誌で見た、フォオクのようなもり[#「もり」に傍点]で引っ懸けられてぐったりとなっている、肥った白い、アメリカの魚が頭に浮んだので、魚が食いたいなぞと、言い出しただけのことである。体をくねりながら横を向いたモイラの眼が、瞬きをしたと思うと、長い睫毛に涙が盛り上がって、下瞼に溜った。又瞬きをすると涙の雫が頬を弾《はじ》けるように伝わり、窪みのある脣の端に止る。

 林作が紗の羽織を重ねた袂《たもと》から、手巾《ハンカチ》を出して卓子《テエブル》を廻り、そむけようとするモイラの頬を抑えて、涙を拭いて遣《や》った。鞣《なめ》した羊革のような、幼児の頃から触れ馴れた頬の皮膚がかわいそうに、汗ばんでいる。林作は手巾《ハンカチ》をそこへ置いて、椅子に戻った。

(仕様のない奴だ。だがこれはどういうのだろう。平常《いつも》の甘えにしては酷過《ひどす》ぎる。大人になろうとする一時期の変調だろうが。……だがヒステリィはヒステリィとして、これ程|巧妙《うま》く俺に甘えた女はいない。これで技巧というものは知れたものだということがわかる。レェゼマンに聴いた、彼奴のもと知っていた医者の、精神分析医だったか、それの臨床日記にあったという、小さな娘の話というのが、今日のモイラに似ている。俺はその話を聴いた時、その幼い娘が可哀くてならなかったのを覚えている。モイラの生れぬ前のことだ。病気をして寝ている娘が見舞に来た父親に向って、立っていればかけろと言い、椅子にかければ立てと言って、自分の我儘に自烈《じれ》て泣き止まない娘の話だ。可哀らしさに耐え切れぬ想いで椅子にかけたり、立ったりした揚句、とうとうそこに立った儘、男泣きに泣く父親の様子が、眼に見えるようだった。たしか大工かなにかの父親で、病気の娘の傍《そば》にいて遣れる時間が短いので、短い時間の間に出来得る限り、父親の愛情を眼で見たいという娘の、愛の慾望の発作なのだ。なにかあるには違いないが。……体が急激に変化する時期の、不安のようなものもあるのだろう。大体半分は甘えのもやもやだ。何《なん》にしろ俺は、これ以上|擒《とりこ》になりようがない程、モイラの擒にさせられたようだ。ふむ、これが情人《おんな》だったら、相手にとって不足のない奴だが。幼い子供が、無意識でやるのにそっくりな甘えだ。それにこの頃ではもう幾らか、意識が入って来ている。十二三の頃、まだまったくの子供でいて、アレキサンドゥルを結構手玉に取ったようなところがあったが、こういう娘に成長したところを見ると、当然なことだ。あの頃モイラとアレキサンドゥルとの間の、一種の恋の出来事《アクシダン》が、俺の、モイラに優るとも劣らない愛情の貪婪を持っている俺の心の奥底に、苦みの混った、秘密な微笑《わら》いを誘い出していたことも事実だ。あの頃、アレキサンドゥルと、モイラとの間にいて、自分が演じている役割《ロオル》に、俺が浅くない興味を覚えていたのも、事実だ。此奴《こいつ》の天衣無縫の可哀らしさは、生れつきのものだが、俺の胸の底にある、秘密な、恋のようなもの……この俺の中の感情は、恋としか、言いようがないようだ。この俺の胸の奥底に持っているものが、モイラの貪婪な、愛の蜜に吸いつく慾情を助長したかたむきもたしかに、ある。……だが何処まで俺を溺れさせる奴だろう)

 ふと見ると、モイラが先刻《さつき》の儘の、下眼にした大きな眼で、凝と此方を見ている。自分の魔力を信じていて、その反応を見ている、女の眼だ。

(此奴《こいつ》が)

「何の魚が食いたいのだ。うむ?」

 林作が、額で見るような見方でモイラを見た顔は、底に揶揄《からか》い微笑いを隠しているが、語調は故意《わざ》と厳しかった。

 モイラは怯《ひる》まない。一寸難しい表情で眉をひそめ、眼を暈《ぼんや》りと外《そ》らした。

「……海の。大きな、白い、もり[#「もり」に傍点]で刺した……」

 モイラが言った。

「そいつはやよが困るだろう」

「駄目。パァパは駄目」

 モイラはいよいよ反抗した気勢を示し、汗ばんだ、タヒチか何処かの女のような皮膚をした腕をくねらせ、大匙《スウプさじ》を手に取り、それで卓子《テエブル》に瑕《きず》がつく程|卓子《テエブル》掛けをしごいている。

(ふむ。多分妙な不機嫌の中に入りこんでしまっているところを、無理やりに引張り出されるのが厭なのだろう)

 気がつくと、林作の前の肉汁《スウプ》も温《ぬる》くなって、パセリを浮せて澄みかえっている。

 林作が、ナイフで卓子《テエブル》を軽く叩く合図をして、やよを呼び、肉汁《スウプ》に入れる氷片を少し持って来ることを命じた。先刻《さつき》一口飲んだ時、肉汁《スウプ》の味が一寸濃すぎたのだが、林作はやよにはそれを、判らせまいとしている。

「厭」

 やよの大きな背中が扉口を出るや否や、モイラが言った。

「厭。パァパは会社へ行っては厭」

 子供の頃のままに、下瞼が涙でも溜めたように膨んだ眼が、濡れた睫毛をつけて一杯に開かれ、怒りと甘えと哀訴が、滅茶滅茶に混り合って、林作に向けられたと思うと、薔薇色が濃くなり、熱をもって来たように見える脣が妙に歪んで涙が滾《こぼ》れ、又、滾れた。その眼は、林作の心が忽ち動いて、又自分のことで一杯になったと見て取ると、涙を頬につけたままで、凝と林作を見た。今度は明らかに故意《わざ》として見せている顔だ。蜜のような甘えをひそめた哀訴の顔だ。

(何という眼だろう……)

 やよが氷を入れた硝子の小鉢に匙を添えて、持って来た。そうして林作の前におくと、懸命な顔で、モイラを見た。やよは台所に退《さが》って氷を用意した時、林作が冷やし直しを命ぜずに氷を命じたのは、肉汁《スウプ》の味が濃かったのだと、気づいた。それで顎の大きな顔を恥ずかしげに紅くしている。やよは、忠実な番犬のような、小さい吊り上がった眼で、モイラの涙に濡れた顔を見つめ、

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