「妄想じゃないったら!」
大原はじれったそうに言った。木村はまた時計を覗いた。そろそろ戻らなければならない時間になっている。
「まあ、あまりつまらないことを考えるんじゃない。また時々、遊びに来たまえ。今日はこれからちょっと用事があるので失礼する」
木村は伝票を取って立ち上がった。彼はあとになってから、このときもっと詳しく大原の話を聞いてやればよかったと、痛切に悔やむことになったのである。
8
大原は、ほとんどベッドから出なくなった。志保子も退職して、彼のそばに付き添った。彼は志保子の目をかすめて、夜になってから、家を飛び出すことがある。朝になって死人のように疲れきって帰って来る。終夜町中をうろつきまわっていたらしい。
「おれは早く死にたい。世の中は終わりだ」
会う人ごとに彼は言った。ガン症状よりも分裂症状のほうが進んでいるようであった。
ある夜、志保子が居間でテレビを見ていると、いきなり部屋へはいって来て、スイッチを切った。ちょうどドラマが佳境へはいったところだったので、志保子がムッとして詰《なじ》ると、傍《そば》にあった花瓶《かびん》をいきなりブラウン管へ叩《たた》きつけたのである。
ブラウン管と花瓶が破裂して、室内に破片が飛んだ。
「気ちがい!」
志保子は、ついに感情を爆発させた。
「おれはどうせ気ちがいだ」
大原は喚《わめ》いて、部屋の中のものを手当たりしだいに投げ飛ばしはじめた。身に危険を感じた志保子が、一一〇番して、駆けつけた警官によってようやく取り押えることができた。
このころから大原の分裂症状は、いっそう、ひどくなったようである。
自分の家のテレビを壊しただけでは満足できず、近所のラジオ、テレビが、自分の悪口を言っていると主張して、耳に栓《せん》をする。隣家の風鈴《ふうりん》の音が気になるといって、オモチャのパチンコを買って来て、狙い撃ちする。医者に診せようとしても、いっさい受けつけない。
「もし医者を呼べば、おれはその場で自殺をする」とまったく手がつけられない。
悲劇はこのような素地《したじ》のもとに発生した。
その日の午後、野田医師が近くに急患が出て、往診のついでに、大原の容態をみに立ち寄ってくれた。そのときはおとなしく野田に診察させた。医者が帰ったあと、彼は志保子を呼んだ。
「おまえ、おれを騙《だま》したな」
目が凶暴な光を浮かべて、ぎらぎら燃えていた。
「騙したって何を?」
「騙して医者を呼んだ。おれを入院させて、留守のあいだに好き勝手なことをやるつもりなんだろう」
「ずいぶん想像がたくましいのね。野田先生は、往診のついでに寄ってくださったのよ」
「おまえとあの医者はグルなんだ」
「グルって、なんのために?」
「おれを殺すためにだ」
「まあ、ひどいことを」
「だがな、おれはそうは簡単に殺されないぞ」
大原はニヤリと笑った。義眼が光ったような、いやな笑い方である。志保子が本能的に危険を感じて、身を退《ひ》こうとしたときは、遅かった。
ベッドに横になっていた大原は、信じられないような素早さで跳びおきて、志保子におどりかかってきた。
「なにをするの!?」
と叫んだ彼女の声は、途中で消された。いつの間に用意していたのか、手の中に隠し持っていた細ひもを、志保子の首にひとまわりさせて、グッと絞めあげたのである。
なんの警戒もしていなかったために、彼女はこの突然の攻撃に対してまったく抵抗する余裕がなかった。大原の最近の状態から、凶暴性を感じ取っても、憔悴した病人に何ができるというみくびりが心の底にあった。
大原は病人とはとうてい思えない力で志保子の首を絞めた。ひもは女の喉《のど》に食いこみ、軟骨を砕いたのか、ググッといやな音をたてた。
必死の抵抗を試みた彼女の手は、背後から襲った大原に届かず、空《むな》しく宙をかきむしった。鬱血《うつけつ》によって紅潮した顔面がみるみる紫に変色していく。
口から泡《あわ》を噴きだした。後ろから絞めていたので、志保子の凄《すさま》じい形相《ぎようそう》は、大原にはわからない。もしそれを見たら、彼の手の力もゆるんだかもしれない。
彼はただひたすら手の先に、力学的な力を加えていればよかった。
やがて、志保子の体から力が抜けた。なんとか不意に加えられた生命の桎梏《しつこく》からのがれようとしてあがいていた女の体が、激しく痙攣《けいれん》したのち、一個の物体となって全重量を預けてきた。
念のために、さらにもう一絞め強く絞めて、大原の殺人行為は完了したのである。
9
大原はその足で、近くの派出所へ「妻を殺してきた」と自首した。駆けつけた警官によって、大原志保子が完全に絶命していることが、たしかめられた。
大原昇は、そのまま所轄署に留置されて、取調べを受けた。取り調べるうちに大原は狂乱状態となって、調べをつづけることができなくなった。体の憔悴《しようすい》も激しいようである。
やむなく最寄りの病院へ入れて、比較的平静に戻ったときをねらって取調べを続行した。
大原は、担当の取調官に対して頑《がん》として、「正当防衛だ」と主張するのである。もちろん法律的に正当防衛の成立する情況はない。
ただ担当官は、調べるうちに、大原の精神状態が普通ではなさそうなのに気がついた。
被疑者の中には、犯罪の責任をのがれるために精神異常を偽装する者が、ままある。また犯行が精神の重圧となって、一時的な神経衰弱状態を呈する者がある。
だがこのような場合には、その人間にある種の真剣さが感じられるものである。
大原の場合には、まったくの無関心であり、いくら取調べ側が感情的接近を試みても、全然反応を示さない。
どんな凶悪な犯人でも、時間をかけると、担当取調官とのあいだに人間的な感情が生まれるものである。それは親しみの場合もあれば、反感のこともある。
いくら狂人を装っても、時間をかけた接近《アプローチ》の前にたいてい崩れてしまう。
ところが大原の場合、まったく反応を示さない。これは明らかに人間的な情感を欠いている証拠だった。
取調官は起訴前の精神鑑定を検事にはかった。その検事が大原の旧友木村民男である。精神鑑定は、被疑者の責任能力の関係で重要な問題を生ずる。
木村は、事件の少し前に大原の個人的来訪を受けて、大原の犯行の�素地�ともいうべき事情を知っている。そればかりでなく、学生時代に下宿を共にして、彼の異常ぶりは、目《ま》のあたりにしている。
起訴したあとになってから、心神喪失ということになって、責任能力なしとされたら、検事の立場がない。
それに、木村としては、やはりこの旧友のことが、気にかかったのである。
大原の精神鑑定を依頼されたのは神奈川医大の精神医学の権威、宮川清之《みやがわきよゆき》教授である。
教授は綿密な鑑定の結果、
「大原には多分に精神分裂性性格を認めるも、犯行当時、自己の行為の是非を識別できないほどの精神|障礙《しようがい》に陥っていたとは認められない」
と鑑定した。教授はそのあとで、ただしと断わって、
「大原の現在の症状は、精神分裂性の混合的症状を呈しており、いちじるしい病状の進行を見ないので、神経症との鑑別が困難である。またこの状態が、分裂病による情意(人間らしい感情)の原発的障礙の現われであるか、または分裂性性格者(病者ではない)における環境への反応として、このような内閉的な病像が生まれたものであるか、簡単に断定できない。したがって鑑定人によっては、私とはちがう意見を出す者があるかもしれない」
とつけ加えた。
木村は、宮川教授の言葉をじゅうぶん考慮したうえで起訴に踏みきった。
彼は、大原の異常性格を認めながらも、それに藉口《しやこう》した計画的な犯行を感じ取っていたのである。
「分裂性性格ではあっても、分裂病者ではない。少なくとも、犯行当時彼は理非を弁別するじゅうぶんな認識力を持っていた」
と木村は確信していた。犯行前に木村を訪ねて正当防衛に関する質問をしたが、あれは自分の異常性格を木村に強く印象づけるための工作にちがいない。
今となって木村に対する大原の工作は、逆効果となってひどく不自然に映るのである。
被告の責任能力が争われる場合は、公判は長引くのが普通である。人間の精神の深層を、事件からだいぶ時間が経過したあとに、あちこち掘りおこして、刑法的責任の有無を考えるのであるから、普通の現行犯のようなわけにはいかない。
責任能力の有無——つまり刑罰を課するに適当な能力があるかどうかの決定は、もちろん法律的な見地からなされるものである。しかしこの問題くらい、法律学と医学が密接な関係を持つ領域も少ないだろう。
実際には、精神医学、性格学、心理学等の助けを受けないことには、法律は手も足も出ないと言ってよい。
裁判所は、大原の精神鑑定に際して、数人の学識経験者に鑑定を依頼した。その結果、宮川教授と同じ意見を出した鑑定人は、一人であり、他はすべて「犯行当時、行為が違法であることの認識ができない程度の精神障礙に陥っていた」と鑑定したのである。
裁判所はこの鑑定意見を基礎にして、大原昇に対して無罪の言い渡しをした。
木村は控訴の提起をしなかった。控訴するためには、原判決の瑕疵《かし》を指摘しなければならないが、大原の精神障害が偽装であるというのは、単なる木村の心証であり、証拠がない。
それもまったくの偽装であれば、看破するてだてもあろうが、大原の症例は、宮川教授も断定できなかったほどの、分裂病と分裂性性格とのボーダーラインにあった。
専門医すら断定できなかった責任の有無の微妙な境界における行為を、検事の心証だけで、有罪に持ちこむ自信はなかった。
上訴期間は経過し、大原の判決は確定した。
10
それから一ヵ月ほどのち、木村は一通の分厚い封書をもらった。差出人は大原昇とある。予感のような胸騒ぎを覚えながら、木村は封を開いた。
——前略、今度の事件では、どうやらきみだけが、私の精神障害の偽装を見破っていたらしい。そのとおり、私は精神障害ではなかった。私が分裂性性格であることは、きみも認めると思う。しかし、行為の是非判断をする能力はじゅうぶん持っていた。
だからこそ、殺人の刑罰からのがれるための偽装をしたのだ。
私は、自分の胃症状に胃ガンを疑って、女房の友人の亭主だというK市の野田胃腸病院へ女房の紹介で診てもらいに行った。精密検査の結果、軽い胃潰瘍《いかいよう》と診断されたが、そのあと女房だけが診察室に呼ばれた。
そのときは、無罪放免された喜びで気がつかなかったが、その日以来女房の態度がコロリと変わった。今まで�女の同居人�にすぎなかった女房が、まるで私をお客のように大切にしだしたのだ。それも滞在期間の短い客のようにチヤホヤする。私が欲しいもの、やりたいことは、なんでも好き勝手にさせてくれる。
私は、彼女の豹変《ひようへん》に不自然なものを感じた。もしかしたら、あいつはおれがガンなので好きにさせているのではないか? こういう疑問がいったん萌《きざ》すと、もうとめどがない。疑惑は不安となり、ただちに確定的な絶望へとエスカレートした。
しかし、絶望するにしても、私はその決定的な証拠をつかみたかった。そして、女房の留守に、日記を盗み読んで、ついに絶望の確認をしたのだ。私はガンだと、日記にはっきり書いてあった。
そのときの心理をくどくど説明することは省こう。
とにかく私はガンだということを知った。だがそのうちにその診断を下したのは、野田一人だということに気がついた。誤診ということもあるかもしれない。
私はそこに一縷《いちる》の希望を見いだした。しかし私が他の医者に診てもらって、ガンだと確定しても、その医者も私に真実を告げないだろう。そこで一策を案じた。診察を受けに行くとき、髭《ひげ》や鬘《かつら》をつけて変装したのだ。
結果を聞きに行くときは、本来の姿に戻り、家族ということにした。本人は恐《こわ》がりで、とても自分自身では聞きにこられないので、代わりに来たというと、医者は少しも怪しまなかった。
私はガンではなかった。何人かの信頼できる医者に、その伝《でん》で診てもらったが、ガンはなかった。食餌《しよくじ》療法でじゅうぶんなおる程度の軽い胃潰瘍になりかかっていただけだった。その限りにおいては、野田と同じ診《み》たてだった。
だが野田は、診察後、女房一人を診察室へ呼び戻すというトリックを弄《ろう》した。女房も日記帳に嘘《うそ》を書いた。
私が二人のあいだの関係を疑ったのは、そのときからだった。彼らは、たしかに口では、ガンだということを言っていない。だが暗示的な態度で示し、私に盗み読まれることを意識して日記を書いた。
いま考えれば、日記帳が簡単に発見できたこともおかしい。夫のガンを告げられた妻の文章としては、あまりにも整然と読みやすく書かれてあった。誤字もほとんどなかったようだ。日記というものは、自分だけわかればよいのだから、精神的なショックを受けたときなどは、支離滅裂な文章になるものだ。
だがなぜそんなことをしたのだろうか? 私の分裂性の被害|妄想《もうそう》意識を利用して、私にガンだと信じこませ、絶望のあまり本当に発狂させるためだ。
私を禁治産《きんちさん》者として精神病院へ送りこめば、私の財産を自由にできると計算したのだ。そうはさせないと私は、自分に誓った。親からもらった貴重な財産を、夫の性格を計算して気ちがいに仕立てあげようとしている冷酷な女に、鐚《びた》一文やるわけにはいかない。
私は興信所を使って、野田と女房のあいだに過去肉体関係があったことを突き止めた。前に調べたときわからなかったのは、短い時点だけに絞って探ったからだ。彼らが私を抹殺《まつさつ》するために共謀していることは、これで明らかになった。
私は彼らの計画を逆手に取って、逆襲してやろうと思った。自分で言うのもおかしいが、私にはもともと異常の素地があったから、気ちがいの真似《まね》はうまい。ときどき自分自身、本当に発狂したのではないかと思うこともあるくらいだ。
気ちがいのふりをして女房を殺しても、罪にはなるまい。離婚原因の不貞は、現在のものでなければならない。過去の男との性的交渉は、不貞にすらならない。だから離婚はできない。それにもはや離婚したくらいでは、胸がおさまらなくなっている。
精神分裂病の鑑定が、困難であることは、前から知っていた。気ちがいが人を殺しても、無罪だ。万一、私の偽装がバレたところで、ガンを宣告されて、女房と無理心中をはかったと言えば、かなり情状 酌量《しやくりよう》されるだろう。
管轄地検にきみがいることを、卒業生名簿で知った私は、自分の異常性をきみに再確認させておくために、会いに行ったのだ。検事が私の精神異常を疑っていたら、起訴するにしても、求刑するにしても、その鉾先《ほこさき》が鈍るだろうと思ったからだよ。きみが担当しないまでも、きみの言葉は、かなり担当検事に影響すると読んだ。
そして私は、明らかな殺意をもって妻を殺した。結果はご承知のとおりだ。私は、財産だけを狙う冷血の妻を除いて、見事に無罪へと逃げこんだ。
判決は確定して、私がこの手紙をきみに出しても、もはや一事不再理というやつで、どうにもならないだろう。だが私は、いま自分の勝利を誇るために、きみに手紙を出したのではない。勝利感どころか、私はいま、どうにもならない敗北感、いやもっと惨《みじ》めな救いようのない気持ちに打ちのめされている。
刑務所からのがれて、私が自らの意志ではいりこんだ県下のY精神病院は、生きながらの地獄だった。
刑務所は刑期が終われば出所できる。
あとで調べて知ったのだが、殺人罪は、死刑から懲役三年までと幅広い。しかも心神|耗弱《こうじやく》などの法律上の減刑理由があれば、その刑は二分の一、そのうえ情状酌量の余地があればさらに二分の一、私はその二つとも備えていたのだ。
最低限は九ヵ月、執行猶予の対象にもなる。日本の殺人罪は、世界でも最も軽いそうだね。私がもっと早くこのことを知っていたら、つまらない作為などしなかった。実刑を食ったところで大したものじゃなかったはずだ。
いま私が閉じこめられた場所には、�刑期�はない。少しでも医者や看護人に抵抗すれば、「凶暴性あり、回復の兆《きざし》なし」と診断されて�刑期�は延長されるばかりだ。
私の場合、強制入院であるから、精神鑑定医二人の意見が一致しないかぎり退院できない。しかし病院長が、鑑定医をかねているので、彼一人の胸三寸で決まる。
患者の数が多いほど、国から入院治療費がころがりこむ。したがって病院では、患者のことを�不動産�と呼んで手放したがらない。私がここへ入院してから、病院の扱いに耐えられず逃亡をはかって見つかった患者がいた。彼は看護人から袋叩きのリンチにあって死亡した。ただし死亡診断書は�心不全�とされて納棺された。
患者に脱院されると、病院の経営に大きくひびくので、看護人は減俸、休日返上等の処罰を受ける。そこで看護人は暴力で患者を管理しようとするのだ。
儲《もう》けるために、定員の二倍以上も詰めこむ。看護人の手不足と、経費節減のために患者を看護人代わりに使う。作業療法の名目のもとに病院施設の修理などの重労働で酷使する。刑務所内の労働には賃金が出るが、ここではもちろんただ働きだ。
反抗の気配だけでも示そうものなら、どんな目にあわされるかわからない。面会の前などには呂律《ろれつ》のまわらなくなる痺《しび》れ薬を服《の》まされたり、ひどいときには一時的に狂乱状態になる興奮剤を服まされたりする。
せっかく面会に来てくれた家族や友人も、呆《あき》れて帰ってしまう。
外部への手紙も、すべて医者の検閲を受けることになっている。病院にとって都合の悪いことが一言でも書かれてあれば、破棄されたうえに、書いた患者はひどいリンチを加えられる。
この手紙も、隠し持ちこんだ金で看護人を買収して、ようやく投函《とうかん》してもらったものだ。もしこれがきみの手にはいる前に、病院側に押えられれば、私は回復の見込みのまったくない重症患者として、ここで�檻《おり》�と呼ばれている特別|病棟《びようとう》に入れられるだろう。
私はいま、自分の犯した罪と、その誤算の愚かさを骨のずいまでかみしめている。ここは人間のいる場所ではない。患者は牛か豚なみだ。精神のない人間は、人間の形をした獣と同じだという観念が支配している�畜舎�なのだ。
木村、たすけてくれ! 私をこの畜舎から、人間のいる刑務所へ移してくれ。一事不再理ということだったら、なんでもいい、おれを他の罪名で刑務所へ移してくれ。おれは野田医師も殺すつもりだった。彼に対する殺人未遂ということにはならないだろうか。頼む。私をたすけてくれ。——
数日後、木村は大原が入院させられたY病院を訪れた。多摩丘陵の谷地《やち》の凹《くぼ》みに、病院は世の中から隔絶されたようにあった。
受付で大原昇に面会を求めると、なんと彼は二日前の夜、急に発作をおこして、鉄格子《てつごうし》に頭を打ちつけて自殺をはかったということであった。
木村が驚いて遺体を見せてくれと言うと、家族との対面が昨日すんだので、すでに火葬場へ送ったという。
「もう今ごろは、きれいに骨になったことでしょう。精神分裂には自殺は少ないのですが、大原は被害妄想意識の強い男でした。治療のための注射なども、毒を打たれるとか言って拒否するのです。一昨夜急に暴れだしましてな、鉄格子に頭を打ちつけたので、あわてて止めたのですが、すでに頭の骨を折っていて手遅れでした」
事務長と称する男は、顔をつるりと撫《な》でた。
木村は黙って、彼の前に大原からの�最後の手紙�をさし出した。
「なんですかな、これは?」
読めばわかるというように顎《あご》をしゃくった木村に押されて事務長は読みはじめたが、途中で、
「ふん、馬鹿ばかしい。これをお信じになるのですか? だいたい、刑務所へ行くかわりに精神病院へ送りこまれて来た人間が、看護人を買収する金を持ちこめるはずがないじゃありませんか。検事さんご自身がそんなことはいちばんよく知っているはずじゃないんですか。要するに気ちがいの手紙です。何の信憑《しんぴよう》性もありません。私どもでは、患者の手紙類の検閲は、いっさいしておりません。だからああいう被害妄想をたくましくした手紙を外部へ出せるのです。こういう手紙を出せたということ自体が、うちの病院の明朗な証拠ですわ、はは」
事務長の笑いには、自信たっぷりの余裕があった。
大原の死亡診断書には「頭部自傷による頭蓋骨《ずがいこつ》骨折」とあったそうである。
[#改ページ]
麻薬分析殺人事件
1
昭和四十×年三月下旬より六月下旬にかけて、千葉、茨城、栃木、群馬、埼玉の県境が、たがいにあい接している利根《とね》川中流の一帯に、連続|強姦《ごうかん》殺人事件が発生した。
この事件の特徴は、犯人が車を使って犯行を重ねたために、足取りがなかなかつかめなかったことと、犯人の異常性格に振りまわされて、自供に追い込むまでしばしば相手のペースに乗せられて、空振りの捜索を演じたことである。
捜査本部でもようやく、犯人の性格を考えない盲目的な調べの欠陥を悟って、専門家に心理分析を依頼したのである。
分析を依頼されたのは、栃木医大の精神神経科、佐伯保馬《さえきやすま》教授である。佐伯教授は依頼に応じて、犯人の性格を分析した。その結果、彼が分裂性の性格異常者と境を接している病者であり、犯行後、ヒステリー性と従来考えられている「ガンゼル状態」になっていることがわかった。
——ガンゼル状態の特徴は、簡単な問いに対するわざとらしいでたらめな答え、たとえば、馬の足は六本、指は四本、というような(当意即答という)、あるいは三と二で七という答え方、それと「知らない」と言って答えをさける子供らしい、ないしは痴呆《ちほう》患者のような精神的態度にある。この状態はとくに未決勾留中に発現するので、一八九七年にガンゼルが「特異なヒステリー状態」として発表して以来、破局的な状況から病気に逃避するヒステリーの一種として理解されてきた。一般にヒステリーは痙攣《けいれん》とか麻痺《まひ》という身体症状を示すが、ここでは痴呆や意識混濁などの精神病的な症状を現わすのが特異である。それは責任を回避する無意識的願望の所産と解することもできる。〈ガンゼル状態を呈した殺人犯の精神鑑定例—塩入円祐氏〉——
ガンゼル状態については、今日でもまだ、これがヒステリーなのか、精神病的なものなのか、学者の意見が分かれている。佐伯教授としては、これを責任回避を目的とした疾病《しつぺい》逃避の心理的メカニズムによって生ずるものと考えていた。
とにかく犯人は、最初から徹底的に拒否的であり、訊問《じんもん》に対してふざけていた。ときたま素直になったと思うと、小児のように無責任な答えしかしない。
犯人の心理分析を怠った捜査本部は、犯人のガンゼル状態に徹底的に翻弄《ほんろう》されたのである。
佐伯教授は、犯人のガンゼル状態を意識的な詐病《さびよう》と早急に断定できないまでも、取調官の前での演技であるという見方を捨てていなかった。
教授は、この犯人に対して、精神分析のあらゆる手法を用いながら、執拗《しつよう》に自供へと追いつめて行ったのであった。
以下はその事件の要約と、犯人の自供後、教授が学会に報告したものを、セミ・ドキュメンタリータッチに書きなおしたものである。
一、件名 強姦殺人、殺人未遂
二、被告人 三谷順平《みたにじゆんぺい》(三六)
三、犯罪経過一覧
三月五日、三谷、婦女暴行致傷罪で服役していた府中刑務所を仮出所。
三月二十六日、栃木県A市立女子高校生、間島信子《まじまのぶこ》さん(一八)、国鉄東北線A駅付近から消息を断つ。
四月十一日、千葉県K市内の少女A子さん(一七)をドライヴに誘って暴行、後日再逮捕の容疑となる。
四月二十日、埼玉県H市市役所の職員、大井君子《おおいきみこ》さん(一七)が、退庁後行方不明。
五月三日、茨城県S市の家事手伝い、吉野明美《よしのあけみ》さん(一九)が友人の家に遊びに行くと言って家を出たまま消息を断つ。
五月二十一日、千葉県K市の無職|野本《のもと》ミチ子《こ》さん(二三)が、駅前の喫茶店Sへ行くと言って家を出たまま帰らず。なお当日Sには行っていない。
六月三十日、群馬県T市の会社員|大石恵美子《おおいしえみこ》さん(一九)が、買物のため自転車で家を出たまま消息不明。
七月一日早朝、同市内で恵美子さんの兄が、恵美子さんが乗って出た自転車を発見すると同時に、そのそばにいた挙動不審の男が乗った車を発見、車のナンバーをひかえて、T署に届け出る。
七月二日、T署署員、手配の車を発見、三谷を、恵美子さんの営利|誘拐《ゆうかい》容疑で逮捕。
七月十三日、間島信子さんが栃木県O市郊外の茨城県境に近い雑木林の土中より、扼殺《やくさつ》死体となって発見される。その際、身につけていたはずの三千円弱入りのがま口が紛失していたので、犯人が殺害後強奪したものとみられる。
七月十四日、O署内に「女子高校生殺人事件捜査本部」が開設される。行方不明の若い女性四名も三谷の犯行によるものと推定して公開捜査に踏み切る。
四、犯行時の状況
三谷は間島信子さん殺しは認めたものの、その後の行方不明女性については、のらりくらりと言いのがれをつづけているので、はっきりしたことはわからない。
信子さん殺しについては、三月二十六日午後三時ごろ、A市駅前付近で、下校して来た信子さんに道をたずねるふりをして近づき、ドライヴに誘いだした。カーステレオを聴きながら、文学や音楽の話をしてかなり意気投合する。
途中、同県内F市の喫茶店とS市のバーに寄って雑談したのち、O市郊外の雑木林に来て、情交をもとめたところ、激しい抵抗を受けたので、首を絞めて殺害、死体に乱暴したのち、ガマ口を奪ってから雑木林の中へ埋めて逃走した。——というものである。
2
佐伯教授が捜査本部から三谷の心理分析の依頼を受けたのは、信子さん殺しを自供したあとである。
三谷は、この事件の自供のあと、急に頑《かたく》なになり、
「おれは警察に騙《だま》された」とか、
「これは警察との戦争だ。おれはぜったいに負けないぞ」などとうそぶいて、いわゆるガンゼル状態を呈してきたのである。
佐伯教授は、O署内の取調室ではじめて三谷順平に面接した。教授の三谷から受けた最初の印象は、やや気むずかしいが、おとなしそうで、とても若い女性を殺害したうえに凌《りよう》 辱《じよく》した凶悪な人間には見えなかった。
三谷の遺伝関係は、父親系に精神病質と思われる者が一人、精神薄弱と考えられる人間が一人いる以外に、精神病の負因はない。
家庭環境は、両親と兄および二人の妹の六人家族で、家庭内に三谷をとくに異常に駆り立てるような不和や葛藤《かつとう》はなかった。
父親は同県U市内の商店に長く勤め、内気で実直な働き者である。子供の教育は母親まかせだったが、子供とはよく遊んでやっていた。
母親はどちらかといえば内気で、非社交的だった。とはいえ、とくに近所づきあいが悪かったということはない。夫に言わせれば、頭が悪くて、ぐずだということだが、佐伯教授があとで面接したところ、そんなことはなかった。
兄妹との仲は、べつによくも悪くもなかったが、中学へはいるころから、順平だけ家族から離れるようになり、内向性が増してきた。
学校においても友だちができず、いつも自分の部屋に閉じこもって、本を読んだり、音楽を聴いていた。とくに音楽はポピュラーを好み、本はフランス文学やドイツ文学を愛読した。語学が好きで、英語とフランス語の片言を話せる。大学へ行くようにと勧める父親に背《そむ》いて、U市の高校を中退して東京都内のある自動車部品会社に勤める。自動車の運転はこのころに覚える。
勤めて一年後に上役とけんかをして退社、以後U市の生家に帰って、ぶらぶらしているうちに、三十二年六月U市内の女子高校生を強姦未遂、懲役一年六ヵ月、執行猶予三年となる。
三十三年七月茨城県Y市で女工員を強姦致傷、懲役一年の実刑に処せられる。
四十二年四月栃木県T市で女子高校生を強姦致傷、懲役三年六ヵ月、府中刑務所服役、四十×年三月仮釈放となる。
だいたい性犯罪、とくに婦女暴行というものは、最も再犯率が低いとされている。現行刑法では強姦罪を一回犯すと、二年以上の懲役を科せられる。犯人にしてみれば衝動に駆られてのただ一回の行動、それもほとんどは不完全な性行為で二年以上も食らいこむのは、まことに割の悪い犯罪であるからである。
これを何度も累《かさ》ねれば、相対的に罪は加重される。よほどの異常性格か、変質者でなければ、強姦事件は繰り返さない。
それを三谷は、すでに三犯も累ねたうえに、出所後わずか四ヵ月のうちに、最悪の場合は五人の女性を強姦して殺したことになる。
三谷の犯行の手口は、これはと目をつけた若い女性に、父親から買ってもらったブルーバードに乗って近づき、道を訊《き》くふりをしてさりげなくドライヴに誘う。
女性がそれに乗ってくると、車内に備えつけてあるカーステレオからムード音楽を効果的に流して、文学や音楽の話をしながら、巧みに相手の心をつかんでしまう。
やがて人気のない畑の中や山林に車を駐《と》めて情交を迫る。この際激しく抵抗した者を絞め殺したとみられる。
佐伯教授は三谷の問診をはじめた。
㈰「あなたは三谷順平君だね」
「たぶん、そうでしょう」
㈪「年はいくつ?」
「さあ、いくつに見えますか?」
㈫「生年月日は?」
「昭和二十年一月一日」
現在三十六歳の三谷が、昭和二十年生まれのはずがない。このときから教授は、ガンゼル状態の疑いをかすかに持った。それまでの調書によって、その症状は推定できた。しかし三谷は家庭生活のあいだに精神分裂病の症状をいちじるしく発現して(家族は気がつかない)いる。分裂病者がガンゼル状態を呈することは、非常に稀《まれ》なケースであったために、問診するまでは、診断を下せなかったのである。
㈬「えっ、何日だって? ちょっと聞きそびれたから、もう一度言ってごらん」
「昭和十八年十二月八日です」
「前に言ったこととちがうようだね」
「あれっ、そうですか」
㈭「あなたの家はどこ?」
「さあ……」
㈮「栃木県のU市じゃないの」
「そうでしたかな?」
㈯ここはどこだかわかる?」
「警察ですか?」
三谷はここではじめてまともな答えをした。
㉀「どうしてここにいるかわかる?」
「いいえ」
㈷「何か悪いことをしたのかい?」
「知りません」
㉂「大井君子さんって知っている?」
「さあね」ここで三谷はニヤリと笑った。
㉃「吉野明美さんは?」
「知りませんねえ」
㈹「大石恵美子さんは?」
「どこの人だったかな」
㈺「野本ミチ子さんは?」
「知らないですねえ」
まったく反応がないので、教授は質問の鉾先《ほこさき》を変えた。
㈱「一日は何時間ある?」
「十時間くらいかな」
㈾「一週間は何日かね?」
「十日くらい」あいも変わらぬガンゼル状態である。
㈴「一年には何ヵ月ある?」
「十ヵ月ぐらいだな」三谷の言葉遣いがこのころから乱暴になってきた。
㈲「女は好きか?」
「好きだよ」
㈻「女のどの部分が好きか?」
「そうだな、オッパイと脚だな。××××がもちろんいちばん好《い》い」
三谷は下卑《げび》た笑いをもらした。
㈶「どんな女が好みかね?」
「グラマーがいいね。痩《や》せてる女は、濡《ぬ》れた猫《ねこ》みたいでミリキないな」
㈳「顔は?」
「弘田三枝子《ひろたみえこ》みたいに、ふっくらしているのがグンバツだね」
※[#丸付き数字「21」]「髪は?」
「黒くて長いのがいい」
※[#丸付き数字「22」]「年は?」
「そりゃもちろん若いのさ。処女にかぎるね。この女が生まれてきて、おれが最初にヤルんだと思うと、嬉《うれ》しくてぞくぞくする」
女性に関する問診には、いささか下品な表現はあっても、すべてまともな答えがかえってきた。
教授はこれによって、ガンゼル状態が三谷の責任回避のための演技ではないかと疑いだした。殺された間島信子さんはじめ、行方不明になった女性の大部分は、三谷の好みの女だったのである。
ただ、自己防衛のための演技であれば、女性に関する部分こそ、偽りの答えをすべきだったが、教授はこれを、三谷の女性に対する異常な関心から、つい本音が出てしまったのだと解釈した。
教授の問診は三谷の趣味へと進んだ。
※[#丸付き数字「23」]「音楽が好きだそうだね」
「さあね」
※[#丸付き数字「24」]「どんなのが好きなの? クラシック、ポピュラー?」
「よくわからないな」
※[#丸付き数字「25」]「カーステレオを備えてるそうじゃないか」
「最初から車についていたんだよ」
これは、三谷があとから買い求めたことがわかっている。
※[#丸付き数字「26」]「本はどんなのを読むの?」
「マンガだな」
※[#丸付き数字「27」]「ゲーテやヘッセが好きだそうじゃないか」