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作者: 当前章节:5142 字 更新时间:2026-6-22 20:36

「どこに隠してるの?」

 と、八重子は詰め寄って来る。

「知らないわ。どうして私が知っていると——」

「今、啓子が頼って行けるのは、令子さん、あなただけよ」

「そう」

 私は肯《うなず》いた。「そうかもしれないわね。でも、私は知らない。——もう一つ言っておくわ。親の所へ頼って行けないなんて、子供にとっては不幸よ」

「——失礼します」

 哲平がお茶をいれて入って来た。

 八重子は、目の前に置かれたお茶に手をつけようとはせず、

「この人が、令子さんの恋人なのね」

 と言った。

「ご存知?」

 私は微笑《ほほえ》んだ。

「調べさせたわ。時々利用するホテルもね」

「ご苦労さま」

「大学の中で——。結構な教師ね! これが分ったら、あなたの立場がどうなるかしら」

「あの——」

 と、哲平が口を開きかけるのを制して、

「待って。八重子さん。それは脅迫?」

「どう考えようとご自由よ」

 八重子は立ち上った。「ともかく、明日までに啓子を返してちょうだい。もし戻らなかったら、匿名で、この大学の理事あてに、あなたたちの関係を知らせますからね」

 何も言い返す暇もない。八重子は、さっさと研究室を出て行ってしまった。

「——何て奴だ!」

 と、哲平が真赤になっている。「ねえ、先生——」

「いいの。気にしないで」

 と、私は手を振った。「小学校の先生と生徒、というのなら問題があるかもしれないけど、大学よ、ここは。いちいち、そんなことでうるさく言うもんですか」

「だけど——」

「何か言われたら、やめてやるわよ。二人で田舎の小学校の先生でもやりましょ」

「あの……」

「何? 何が言いたいわけ?」

「ここに——」

 と、哲平が書棚の奥のロッカーを開けると、中から啓子が出て来た。

「ごめんなさい。迷惑かけて」

 ピョコンと頭を下げる。

「哲平。——あなたが?」

「うん……。まずかった?」

 私は微笑んで、

「いいのよ。それでこそ哲平だわ」

 哲平と啓子が、ホッとしたように顔を見合わせた。

「だけど……」

 私は、ゆっくりと椅子にもたれて、「いいところへ来たわ、啓子ちゃん。今夜、もう一度デートしようと思ってるのよ」

 と言った。

「私と、ですか?」

「今夜は哲平と。——あなた、誰かボーイフレンド、いない?」

「それは——捜せば何人か——」

「信用できそうな子を一人、連れて来て。分った?」

「はい」

 啓子は、目を輝かせて肯いた。——前のように、ジーパンをはいた軽装である。

 それがいかにも自由で、啓子には似合っていた。

「何だか……落ちつかないなあ」

 と、哲平がキョロキョロしている。

「しっかりしてよ」

 と、私は、いつもよりぐっと哲平にすがりつくようにして言った。

 哲平が落ちつかないのは、周囲のアベックのせいか、それとも私が密《ヽ》接《ヽ》にしているせいか……。

 少し霧が出ていた。それだけに、公園の中のムードも最高である。

「どこまで行くんだ?」

「その先よ」

「例の場所?」

「そう」

「気が乗らないな」

「何も本当にラブシーンをやることないのよ。その前にか《ヽ》た《ヽ》がつくわ」

「だといいけど……」

 私たちの後ろをついて来る、黒いコートの姿があった。

 私は手鏡を持っていたから、それにとっくに気付いていた。——そろそろ、問題の場所だ。

 後ろからついて来た男が、足を早めて、距離をつめて来る。

 私は、足を止めて、

「いやねえ。どこも空いてないじゃないの」

 と文句を言った。

「じゃ、帰ろうか」

 哲平のセリフ回しは、どうにも素人くさいが、これ以上は短くできなかったのである。

「——場所を捜してるのかね」

 と、後ろから声がかかった。

「ああ、びっくりした!——ええ、そうなの」

「それなら、そこを入った所に、いい場所があるよ」

 顔がよく見えない。声も、どこかくぐもったようだった。

「本当? まあ親切ね! どうもありがとう!」

 と、私はわざとキンキン声を出して言った。

「いや、どういたしまして……」

 黒いコートの男は、そのまま霧の中へ戻って行く。

「行くのかい?」

 と、哲平が訊《き》く。

「当り前でしょ」

 私は哲平の腕をつかんだ。「逃げようたって、そうはいかないからね!」

「怖い恋人だな」

 と、哲平はため息をついた。

 なるほど、問題の場所は、今夜も誰もいなかった。私は前に、啓子に連れられて来ているが、哲平は初めてだ。

「へえ。——本当に穴場だね」

 と感心している。

 私が哲平の腕に両手をかけてギュッとキスすると、哲平の方も、ついその気になる。

「だめ。——いいこと、用心してよ」

 と、哲平の耳元へ囁《ささや》いた。

「任せとけって。その代り——」

「なあに?」

「うまくやったら、ホテルで一泊!」

「ご招待するわよ」

 と、私は笑った。

「それじゃ——」

 哲平は私から離れると、「何か下に敷くものを捜して来る」

 と、少し大きい声を出す。

「急いでね」

「OK。待ってろよ」

 哲平が茂みをかき分けて行く。私は、頭を低くして、様子を見守っていた。

 太い木の下を哲平が通る。そこへ——上の枝の間から、スッと輪にした縄が下りて来る。

「哲平!」

 と、私は叫んだ。

 しかし、哲平の方も、ちゃんと分っている。手を伸して、その縄をつかむと、力一杯引張った。

「ワッ!」

 と声を上げて、誰かが落ちて来た。

 哲平とその男が折り重なって倒れる。たちまち取っ組み合いになった。

 私が駆けつけるのと、ガツン、と音がして、哲平がよろけるのと同じだった。

「哲平!」

 と、私が支える。

 相手が逃げ出そうとしたところへ、パッと閃《せん》光《こう》が光った。

「写真をとったわよ!」

 啓子である。「もう諦《あきら》めなさい!」

 その男は、一瞬立ちすくんだが、すぐに駆け出してしまった。

「畜生! 殴られた!」

 哲平が顎《あご》をさすりながら言った。「今のは誰なんだ?」

「啓子ちゃん、見た?」

「ええ……。でも、よく分らないわ。どこかで見た人だと——」

「制《ヽ》服《ヽ》なら分るわよ」

「まあ!」

 啓子は、目を見開いた。「今の人——あのとき、駆けつけて来たお巡りさんだわ!」

「そう。妹が男に騙《だま》されて、ここで首を吊《つ》って死んだのよ。だから、こんな所で平気で抱き合っているアベックを許せなかった」

「じゃあ、あの黒いコートの人は?」

「同じ男よ。下の制服を隠すために着ていたのよ。今夜はきっと非番だったんでしょうね」

「命拾いだ」

 哲平は、縄を見て言った。「これ、届け出るんだろ?」

「そうね。でも、たぶん——あの人が自首すると思うけど」

 私と哲平、それに啓子の三人は、公園の出口の方へと歩いて行った。

「あの『兄貴』って所にいた女は、何だったんだい?」

 と、哲平が訊《き》いた。

「あの子は女優の卵。ラブ・シーンを演じてたのよ」

「演じて?」

「そう。あの『兄貴』も、今の警官と同じ男よ。気が付かなかった?」

 啓子と哲平が唖《あ》然《ぜん》とした。

「——じゃ、警官なのに?」

「正志のような男の子に憎しみを持ってたから、わざとああして引っかけると、女の子とこの公園へ来るように仕向けていたのよ」

「一人三役?——やれやれ!」

「あの女に訊いたら、渋々教えてくれたわ。あの男、以前は劇団にいたのよ。だから、メーキャップや声で、別人のように見せるのはお手のもの」

 啓子は、しばらく黙っていたが、やがて顔を上げると、

「——正志、やっぱり殺されたんですね」

 と言った。「少し気持が晴れたわ。私のせいで死んだんじゃないと分って……」

「でも、気の毒だったわね。——正志君が本当に啓子ちゃんを好きで、私の兄があなたのお母さんを本当に好きでないってことも、充分にあり得るのよね」

 と、私は言って、啓子の肩を抱いてやった。「お家へ帰ったら?——きっと兄は外に女を作ってる。八重子さんも、寂しいのよ。あなたの若さと熱気が羨《うらや》ましいんだと思うわ」

 啓子は、少し考えていたが、

「——分りました」

 と、やがて肯いて、「逃げていても仕方ありませんものね。母に、言いたいことを堂々と言ってみます」

「そう。それがいいわ。——啓子ちゃん、一人で来たの?」

「ええ。だって——」

 と、啓子は、ちょっとはにかんで、「正志の幽霊に合ったとき、まずいと思って」

「それもそうね」

 と、私は笑って、「じゃ、三人で晩ご飯でも食べましょうか」

 ——哲平は、二人になれないので、むくれていた。私は言ってやった。

「哲平。明日は休講ね」

「やった!」

 哲平が子供のように飛び上る。啓子が吹き出し、哲平は真赤になった。

 ——なかなかいい光景だった。

怪《かい》奇《き》博《はく》物《ぶつ》館《かん》

 赤《あか》川《がわ》次《じ》郎《ろう》

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平成12年9月1日 発行

発行者  角川歴彦

発行所  株式会社 角川書店

〒102-8177 東京都千代田区富士見2-13-3

shoseki@kadokawa.co.jp

Jiro AKAGAWA 2000

本電子書籍は下記にもとづいて制作しました

角川文庫『怪奇博物館』平成9年5月25日初版刊行

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