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作者: 当前章节:15391 字 更新时间:2026-6-22 20:36

「いいのよ。お風《ふ》呂《ろ》で、シャワーを浴びるから」

 と、秀美は良江を止めて、「良江さんも大変だったわね。もう休んで」

「仕事ですから」

 と、良江は、ちょっと照れたように微笑《ほほえ》んだ。

 しかし、大変だったのは事実である。

 昨日の誕生パーティに、やって来た秀美の友だちは一体何十人いたのだろうか? いや、途中から来たり、途中で帰ったりで、のべ百人近かったのではないか。

 中には、秀美が全然知らない「友だち」がいたりして——つまり友だちの同伴者だ——、秀美とて、誰と誰がやって来たのやら、はっきり憶《おぼ》えてはいなかった。

 その人数に、軽い食事や飲物を用意したのは良江だったのである。一人で、どんな忙しい思いをしたか、およそ家事と名のつくものをしたことのない秀美だって、よく分っていた。

 後で、少し良江にお小づかいでもあげとこう、と秀美は思った。

 リビングルームは、まだ、グラスや空の皿、ウイスキーの空びん、灰皿といった物で溢《あふ》れていた。

「片付けるの、明日でいいわよ」

 と、秀美はバスルームへ向かって歩きながら言った。

「——明日じゃなくて今《ヽ》日《ヽ》か」

「いえ、寝る前にやってしまいますわ」

 と、良江が早くも皿を重ねながら、言った。

「後になるほど、汚れが落ちにくくなりますから」

 ——よく働くこと。

 大学生ではあるが、あまり大学へ行かないという秀美としては、良江など、別の星から来た生物に見える。

 ——シャワーを浴びて、やっと体があたたまった。バスルームから出ると、ネグリジェも下着も、新しいものが、ちゃんと用意してある。

 秀美は、いつものことながら、ほとほと感心した。

 ——この屋敷に、秀美は良江と二人で住んでいる。父親は海外を飛び回っているし、母親は若い男と、都内のマンションに同《どう》棲《せい》中。

 父親の方も、秀美が知っているだけでも、愛人が二人いるので、別に妻の浮気にも文句は言わないようだ。

 一人っ子の秀美が、あまり古風な道徳を重視する娘に育たなくても仕方あるまい。

 リビングルームへ行ってみると、さっきからほんの二十分くらいしかたっていないのに、ほぼきれいに片付いているので、秀美はまたびっくりした。

「——お嬢様」

 と、良江がやって来る。

「なあに?」

「プレゼントの方はいかがなさいます?」

「プレゼントね!——そんなものがあったんだっけ!」

 秀美はため息をついた。

 もちろん、ゆうべの客たちが持って来た、誕生日のプレゼントである。

「山のようになっていますけど」

「捨てちまおうかしら」

「もったいないですよ! そんな——」

「冗談よ」

 と、秀美は笑った。「何か欲しいものがあったら、適当に持ってって構わないのよ」

「そういうわけには……。お嬢様へのプレゼントなんですもの」

「いいのよ。どうせ、みんな小づかいの余ってる人たちなんだから」

「世の中には、そんな方もおられるんですねえ」

 と、良江はため息をついた。

「どんなものがある?」

「さあ、まだ包みのままで……」

 秀美は、客間へ行ってみた。プレゼントをそこへ全部積み上げてある。

 山のように、という良江の言葉も、大げさではなかった。

「のんびり一つずつ開けるわ」

 と、秀美は言った。「これを全部見てたら、夜が——いえ、日が暮れちゃう」

「そうでございますね。じゃ、そこにそのまま置いておきましょう」

「うん」

 秀美は、立ち去りかけて、ふと、大崎からのプレゼントを見たい、と思った。

 しかし、こう山積みでは、どれが誰からのものやら、見当もつかない。

 あら、と秀美は一番上に、チョコンとのせてある、小さな包みに目を止めた。

 それは、およそ、誕生日のプレゼントに見えなかった。ごく当り前の包装紙でくるんだだけなのである。リボンもかかっていなかった。

 誰からだろう?

「——どうかなさいまして?」

 と、良江が訊《き》いた。

「これ、誰が持ってきたんだろ? 憶《おぼ》えてる?」

「さあ……。お一人ずつのことまでは」

「そうね、でも——みんな大いに派手にしてあるから、却《かえ》って目立つわ。知能犯かな」

 秀美は、その包みを開いた。

「——なあに、これ?」

 と、呆《あつ》気《け》に取られる。

 珍しいことだった。

 それは、しかし無理もない。出て来たのは、大きなカナヅチとワラ人形、それに五寸釘《くぎ》だったのである。

 よく、呪《のろ》いをかけたりするのに使うという奴《やつ》だ。

「誰かしら、こんな物くれたの?」

 秀美は呆《あき》れたように言って、「でも、なかなか気がきいてるじゃないの」

 と、笑った。

「あら——手紙がついてますよ」

 良江が、包みから落ちた手紙を拾い上げて、秀美に差し出す。

「これ、持ってて」

 秀美は、カナヅチや人形を良江に渡して、その手紙を広げてみた。——何だか、たどたどしい、下手な字だ。

〈二十歳、おめでとう。大人になったら、それにふさわしく、憎らしい人もできるでしょう。人形に、相手の身につけていたものを着せて、釘を打ち込みなさい。ただし、夜、十二時ちょうどに。あなたの憎む相手の命を絶つことができます。——あなたの友より〉

 良江が、それを覗《のぞ》き込んで、

「まあ、気味が悪い!」

 と、声を上げた。

「面白いじゃないの。気がきいてるわ」

 と、秀美は愉《たの》しげに笑った。「友だちの中に、こんな洒落《しやれ》っ気のある人がいたなんて知らなかったわ」

「でも、お嬢様……」

 と、良江は不安そうに、「こんなもの、捨ててしまった方がよろしいですよ」

「あら、どうして?」

「だって——もし、本当に——」

「本当だったら、ますます面白いわ」

 秀美は、カナヅチや人形を良江から受け取ると、「さて、誰を呪《のろ》い殺そうかな」

 と言いながら、部屋を出て行った……。

「——ハンバーガーを買って来たよ!」

 助手の佐々木哲平が、その長身を、ちょっと窮屈そうにしながら、研究室へ入って来た。

「ここは大学よ!」

 と、私は、書類から顔を上げて、哲平をにらんだ。

「あなたは助手。私は助教授。ちゃんと、『先生』をつけて話しなさい」

「はいはい」

 哲平は頭をかいて、「ハンバーガーです、先《ヽ》生《ヽ》」

 と、机の上に置く。

「ありがとう」

 私はファイルを閉じて、「あなたも食べたら?」

「そうしようかな」

「一体いくつ買って来たのよ?」

 私は、袋の大きさ——いや、巨《ヽ》大《ヽ》さ《ヽ》に、目を丸くした。

「八つ」

「ハンバーガーを八つも? パーティでも開くつもり?」

 と、呆《あき》れて訊《き》くと、

「だって、僕が五つで先生が三つ……」

 と、平然としている。

 二十七歳という若さにとっては、ハンバーガーの五つぐらい、どうってことはないのかもしれない。

 いや、私だって、もう三十五歳だが、ハンバーガーの三つぐらいは食べられないわけでもない。しかし、私ぐらいの年齢になると、何でもお腹《なか》に入ればいいというわけにはいかない。

 量よりも質、という年齢なのである。

 哲平だって、もう二十七なのだから、普通なら、家庭でも持って落ちついていい年齢である。それが未《いま》だに、学生気分でいるのは、まあ多分に私のせいでもある。

 独身の私の、目下の恋《ヽ》人《ヽ》が哲平だからだ。でも、大学にいるときは、「先生と助手」というけじめを、きっちりつけるようにしている。

「——ともかく食べましょ」

 私は、哲平の買って来たコーヒーとハンバーガーで、手軽に昼食を済ませることにしたのだ。

「ああ、腹減った!」

 と、言っている間に、哲平はたちまち一つ目のハンバーガーをペロリと平らげてしまう。

「同じもんばっかり、よく食べられるわね」

 と、私は呆れて言った。

「まだ一つだけだよ」

 と、哲平は平気なものだ。

 それにしたってね!

「今日は午後は講義ないんでしょ」

 と、哲平は言った。

「それがどうしたの?」

「うん。その……ちょっと、お願いがあってね」

 私はちょっと笑って、

「何よ、佐々木君らしくもない」

 とからかった。「でも、ホテルへは昨日行ったばっかりじゃないの。そんなに張り切ると、老けるわよ」

「え?——ち、違うよ! そ《ヽ》の《ヽ》こ《ヽ》と《ヽ》じゃないんだ」

 と、哲平は顔を赤くして首を振った。

 年《と》齢《し》の割には純情なんだから!

「じゃ、何なの?」

「ちょっとね、会ってほしい人がいるんだ」

「へえ。私に夫を世話してくれるっていうの?」

「違うよ!」

「じゃ、あなたの恋人を紹介しようっていうわけ?」

「ただの知り合いだよ」

 と、哲平は強調した。「二、三年前に、アルバイトで一緒になったことのある女の子なんだ。今は、どこかの金持の屋敷で働いてる」

「へえ。その子をどうして私に?」

「相談したいことがあるんだって」

「佐々木君に、じゃないの?」

「いや、実はね——」

 と、哲平は、ハンバーガーの三《ヽ》つ《ヽ》目《ヽ》にとりかかりながら、言った。「昨日、その子にバッタリ町で出くわしたんだ。何だかひどく心配そうでね。どうしたのかと思って、訊《き》いてみたら——ほら、前にね、先生のことを話したことがあるんだよ。怪奇現象とかを研究してるんだ、ってね」

「じゃ、その子も、何かその類《たぐい》のことで悩んでるの?」

「そうなんだ。——人に呪《のろ》いをかける手伝いをさせられてるんじゃないか、ってね」

「呪い?」

 私は、興味をそそられた。——専門の研究を離れても、その手の話は大好きなのだ。

「それも、いともクラシックなやつなんだ。五寸釘《くぎ》をワラ人形に打ちつけるって、例のやつさ」

「へえ」

 ワラ人形と五寸釘か。——確か、どこだかのオモチャのメーカーが、冗談に、そのセットを売り出したら、結構よく売れたとかいう話を聞いたことがある。

 何だかいやな気分になったものだ。

 もちろん、誰だって、そんなものを本気で使うことはあるまい。でも、本当に木にそ《ヽ》れ《ヽ》を打ちつけるとき、その心の底に、千分の一、万分の一、もし、本当に相手が死んだら——その思いが生れることが怖い。

 殺意というのは、誰の心にも、必ず潜んでいるものなのだ。ただ、本人ですら、それに気付かないことも珍しくない。

 そのいたずらが、意外な人への殺意を、呼び起こしてしまうとしたら、もうそれは「いたずら」ではなくなってしまう。

 ある意味では、それは立派な「呪《のろ》い」かもしれない。

「事情は、当人から聞いてくれる?」

 と、哲平が言った。

「いいわよ、もちろん」

 私も自分のハンバーガーを一つ食べ終えて、

「どこで会うことになってるの?」

 と訊《き》いた。

「今、廊下で待ってるんだ」

 私は呆《あき》れて、

「じゃ、すぐ入ってもらいなさいよ!」

「でも、これを食べおわらないと……」

「私はもう沢山。残りはその人に食べてもらえばいいわ」

「そう? もったいないなあ」

 と、哲平は考え込んで、「僕、もう一つもらおうかな……」

 と呟《つぶや》いた……。

 ——楠本良江の話は、大いに興味深いものだった。

「——じゃ、そのワラ人形と五寸釘が、誕生日のプレゼントとして置かれてたのね?」

「そうなんです。名前はありませんでしたけど」

 と、楠本良江は言った。

 不安そうなのは、哲平の言う通りだったけれど、それならと、ハンバーガーをいかが、とすすめると、ペロリと二つも食べてしまったのは、「若さ」というものかもしれない。

「その手紙は取ってある?」

「いいえ。——たぶん、お嬢様が捨ててしまわれたと思います」

「残念ね」

「でも、変な字でした。小さな子供が書いたみたいな、下手な字で……」

「右ききの人が、左手で書いたんじゃないかしらね」

 と、私は言った。

「ねえ、そのプレゼントだけどさ」

 と、哲平が言った。「それ以外のプレゼントの贈り主を調べれば、残る一人が犯人ってことじゃないか」

「二《ヽ》つ《ヽ》持って来てたらどうするのよ」

 と、私が言うと、哲平は、

「ああ、そうか」

 と頭をかいた。

「たぶん、ちゃんとしたプレゼントも持って来てたはずよ。みんなでプレゼントを持ち寄って、一つだけ、そんな風にリボンもかかっていないんじゃ、目立ってしまうもの。一番上にあったというのも、帰りがけに、手早くのせておいた、ということだと思うね」

「私もそうだと思います」

 と、良江が言った。「一応プレゼントは、皆さん、お嬢さんに手渡されてましたから、あ《ヽ》れ《ヽ》は、プレゼントを全部、客間へ移してから後に、そっと置いたんじゃないでしょうか」

「あなたの言う通りだと思うわ」

 私は、ちょっと哲平の方を見て、「あなたに助手になってもらおうかしら」

 哲平がプーッとフグみたいにふくれた。私は笑いをかみ殺して、

「ところでね、あなただって、そんなワラ人形で人が殺せるとは思ってないんでしょ?」

「ええ……」

「じゃ、何が心配なの?」

 良江は、少しためらってから、

「お嬢様のご様子が、どうもおかしいものですから、気になって……」

「辻木秀美さん、だったわね」

「そうです」

「その人が——どうしたの?」

 良江は、なおもしばらくためらっていたが、やがて思い切ったように一つ息をついて、

「私が、働いてるおうちのことを、あれこれ言うのは、本当はいけないことなんですけど……」

「心配しないで。誰にもあなたのことは言わないから」

「はい」

 良江は肯いて、「実は、お嬢様には大崎さんというお友だちがいらっしゃるんです。ボーイフレンドといいますか……」

「恋人?」

「いえ、そんな仲じゃありません。本当のお友だちなんです。ただ——お嬢様の方では、大崎って人のことを好きなようです。大学生で、確か三年生ですけど、もう二十四かそこらで……。あんまり勉強しない人のようなんです」

「要するに金持のぐうたら息子ね」

 と、私が言うと、良江はちょっと笑って、

「人は好き好きですから」

「全くね。で、秀美さんはその大崎って子を好き。でも、彼の方じゃ——」

「恋人がいるんです。坂本浩子さんといって、お嬢様の古い親友らしいんですけど」

「親友との三角関係。——辛《つら》いわね」

「はい。でも、お嬢様は、その坂本浩子さんに気をつかって、決して大崎さんに、必要以上になれなれしくしたりしません」

 良江は、それから、首を振って、「——ところが、この間、坂本浩子さんが遊びにみえたときです。あの誕生日パーティから一週間たってました」

「何かあったのね」

「お嬢様が、急に、おっしゃったんです——」

「浩子、すてきじゃないの、そのネックレス!」

 と、秀美が言った。

「——そう?」

 坂本浩子は、戸惑い顔で、そのネックレスを手でいじった。「ありがとう。でも、安物なのよ」

「そう? でも値段とは関係ないわ。素敵なものは素敵よ」

 秀美はソファに体を沈めると、「——ねえ、浩子」

「なあに?」

「そのネックレス、私にくれない?」

「これを?」

「いや? 気に入っちゃったの、すっかり。その代り、私のネックレス、どれでも、好きなの、持ってっていいから」

 浩子は、困ったような顔で、大崎の方を見た。——大崎も、浩子を連れて、今日はここへ来ていたのである。

「いいじゃないか。取り換えれば?」

 と、大崎は愉快そうに言った。「どう考えたって、君の方が得をする交換だよ」

「だけど……」

 浩子は、ちょっと迷っているようだったが、

「——いいわ」

 と、ネックレスを外し、秀美の方へ差し出した。

「いいわ。使って。こんなもので良かったら」

「悪いわね。私の、どれでも取ってよ」

「いいわ、別に。だって、これ、そんなに高くなかったんだもの。あなたのは、立派なのばっかりだし」

「そんなの不公平だもん! じゃ、今、持って来てあげる!」

「いいってば、秀美!」

 浩子が声をかけても、秀美を止めることはできなかった。「——困ったわ。いいのにね……」

「もらっとけよ」

 大崎は浩子の肩を軽く叩《たた》いて、「何しろ秀美は金持なんだから」

「だけど……」

 浩子は、秀美とは違って、至っておとなしく、古風なタイプの娘である。秀美が火なら浩子は水というところか。

 正反対ゆえの親友同士の典型みたいなものだった。

「——お茶をどうぞ」

 と、良江がティーカップを置く。

「ありがとう」

 浩子は、カップを取り上げて、「——でも、変だわ」

 と言った。

「何が?」

「あのネックレス、全然、秀美の趣味じゃないのに。——永年付き合ってるんだもの、分るわ」

「好みが変ったんじゃないのか」

 と、大崎は気楽に言った。「女心は変りやすいからな」

「でも、ああいう好みって、滅多に変るもんじゃないわよ」

 二人が話していると、秀美が、両手に何十本も、ネックレスをかけて現われた。

「さあ、どれにする? 好きなのを選んでいいのよ!」

「——何だか、本当に変でしたわ」

 と、楠本良江は言った。「お嬢様、あんなことをなさったことがないのに」

「で、結局、その坂本浩子さんは、秀美さんのネックレスを受け取ったの?」

 と、私は訊《き》いた。

「はい。受け取られました。——お嬢様がああまでおっしゃるんじゃ、受け取らないわけにいかなかったんだと思います」

「それで——何があったの?」

「はあ……」

 良江は、ちょっと不安げに、「馬鹿げていると思われそうなんですけど」

「言ってごらんよ」

 と、哲平が言った。

「実は——次の日、大崎さんからお電話がありました」

「何のことで?」

「前の晩に、浩子さんが倒れて入院した、というんです」

「あの子は、もともと心臓が少し悪かったんですよ」

 と、大崎昇は言った。

「で、今の具合はどうなの?」

 と、私は訊いた。

「医者は、一週間くらい安静にしていれば、どうってことはない、と言ってますね」

 私は肯《うなず》いた。——もちろん、顔には出さなかったけれど、この手の「ぐうたら息子」は大嫌いである。

 恋人が入院中というのに、のんびりとテニスクラブへ遊びに来ているのだ。

 しかも、テニスをするのでなく、女の子たちを眺めているだけというから、救われない!

 ティールームにも、テニスルックの女の子たちが大勢出入りしている。

 平日の午後だというのに、この子たちは何をしてるんだろう? 大学の助教授としては、にらみつけてやりたい気分である。

「やあー 今度、ドライブでも、どう?」

 大崎が呼びかけたのは、もちろん私に、ではない。顔見知りらしい、女の子に手を振って、声をかけているのだ。呆《あき》れたものである。

「まだ、ムスタングに乗ってるの?」

「もうすぐポルシェにするからさ」

「そしたら乗せてね」

 と、女の子が笑顔で手を振る。

「——彼女のそばについてなくていいの?」

 と、私が言うと、大崎は肩をすくめて、

「僕は医者じゃありませんからね。べったりくっついてても、却《かえ》って迷惑でしょう」

 と言った。

 まあ、間違いではないかもしれないが、それにしたって……。

「それで、あなたは浩子とどういう関係なんですか?」

 と、大崎が訊《き》いて来る。

「私? 私はね、探偵社の者なの」

「探偵?」

 と、大崎が目を丸くする。

「そう。浩子さんが命を狙《ねら》われているっていう情報があったので、調べてるのよ」

 大崎は目をパチクリしている。

「浩子を狙う奴なんて——いませんよ!」

「どうして分るの?」

「だって——」

 と、大崎はぐっと詰って、「浩子はおとなしくて、性格のいい子なんだから」

「そう。でも、どんないい人間でも、必ず敵はいるものよ」

 と、私は言った。「お邪魔したわね」

 相手が考える間も与えずに、パッと退散する。

 この方が、こういう相手には却って効果的である。

 大崎のような男は、後から気を回して、ああじゃないか、こうかもしれない、と悩むタイプなのだ。

 もし、大崎があの呪《のろ》いの人形の件と、何か関係があったのなら、きっと何か動き出すはずだ、と私は思った。

 ——テニスクラブを出て、車の方へ戻っていくと、ちょうど哲平のやって来るのが見えた。

「どうだった?」

 と、哲平が訊く。

「まあまあね。——そっちは?」

「こっちも同様」

 と、哲平は言って、「腹減っちゃったんだけど」

「情ない声、出さないでよ。お昼ぐらいはおごるわよ」

 私は車に乗りながら、言った。

「昼は食べたんだけどね」

 哲平は、おずおずと言った。

 私は、笑い出してしまった。

 ——実際、近くのレストランに入ると、哲平は、これで昼を食べた後なのかとびっくりするほど、良く食べた。

「——話の方も忘れないでね」

 と、私は言った。

「もちろん! でも——コーヒーを一杯もらっていいだろ?」

「好きにしなさい。それで彼女とはうまく会えたの?」

「もちろん!」

 哲平は得意げに言った。「言われた通り、ともかくストレートにぶつかったんだ」

「やめた方がいいよ」

 と、哲平が声をかけると、彼女は、ちょっと間を置いてから顔を上げ、

「私のこと?」

 と言った。

 高級ホテルのティールームで、かなり値段も高く、場所も三十階という高さだった。

「そう」

 哲平は、辻木秀美の向いの椅《い》子《す》に座った。

「絶対にやめた方がいい」

「あの……」

 秀美が当惑顔で、「何《ヽ》を《ヽ》やめるの?」

「君、死のうと思ってたんだろ?」

「私が?」

「やめた方がいいよ。その若さでもったいない!」

 秀美は、しばしポカンとして、哲平を見ていたが、

「私、そんなこと考えてたんじゃありませんわ」

 と、不機嫌な声を出した。「ずいぶん失礼な人ね」

「え? 違った?」

 哲平は、少々オーバーに、びっくりして見せた。

「まるで見当違いよ」

「そうか。——いや、ごめん!」

 哲平は、いとも素直に謝った。「しかし変だなあ。君の状態は、自殺志願者にピッタリだったんだけど」

「自殺志願者?——あなた、どういう人なの?」

「僕は佐々木哲平」

「名前なんか訊《き》いてないわ」

「じゃ、住所と電話番号?」

 秀美は、笑い出してしまっていた。

「——面白い人ね」

「いや、ごめん。実は大学の心理学研究室にいてね。自殺しそうな人間とか、色々見分ける訓練をしてたんだ」

「それで私が、ピッタリだったわけ?」

 秀美は愉快そうに言った。

「うん。しかし、そういつも同じ条件とは限らないみたいだな」

 哲平はそう言って、立ち上った。「じゃ、どうも失礼」

 歩きかけた哲平を、

「ね、ちょっと待って」

 と、秀美が呼び止めた。

「僕に用?」

「座ってよ」

 と、秀美は言った。「——私、辻木秀美」

「僕は——さっき言ったっけ」

「何か飲まない? ここ、私は支払いしなくていいの」

「へえ。タダなの?」

「父の名前で、つけておけるの。何か飲んだら?」

「でも——どうして僕におごってくれるんだい?」

「鑑定料よ」

 と、秀美は微笑《ほほえ》んだ。

「外れても?」

「そう。——それに、確かに、私、『死』を考えてたわ。ただし——」

 秀美は窓の外へ目を向けた。「他の人の死をね」

「誰か亡くなったの?」

「ま《ヽ》だ《ヽ》よ」

 と、秀美は言った。「でも、私は死を願ってるの、その人の」

 哲平は、少し間を置いて、

「憎い相手なのかい?」

 と訊いた。

「親友よ」

 と、秀美は言って、ちょっと肩をすくめた。

「いやになるわ、自分が」

「人間、そんなこともあるんじゃない?」

 哲平の言葉に、秀美は、目を伏せた。

「そうかしら。——本当にそう思う?」

「うん。そういうことは、自分の意志と関係ないからね」

 秀美は、ゆっくりと息をついた。

「あのねえ、私、ある人を好きなのよ」

「じゃ、告白したわけ?」

 と、私は言った。「大したもんじゃないの!」

「でしょ? 僕の腕もそう捨てたもんじゃないや」

「すぐ調子に乗る」

 と、私は笑って、「——で、彼女は、ワラ人形のことも話したの?」

「いや、そこまでは訊《き》かなかった」

「そう。まあいいわ。第一段階としては上出来よ」

 と、私は言った。「果して、ワラ人形を贈ったのは誰かってことね、問題は」

「でも、どういうつもりなんだろうね? そんなもんで人は殺せやしないのに」

「人は殺せなくても、友情は殺せるわよ」

「でも、彼女と坂本浩子の仲を裂いて、誰が得する?」

「動機は損得とは限らないわ」

 私は首を振って、「一文の得にもならなくたって、悪意だけで、人を殺す人間だっているわよ」

「そんなもんかなあ」

 と、哲平は首をひねって、「僕なら、得にもならないのに、そんなことしないけどね」

「あなたならね」

 と、私は笑った。

 こういう現実的な人間には、人殺しはできない。特に、哲平は、何といっても、気が弱いのだから!

「で、次はどうしよう?」

 と、哲平が言い出した。

「彼女にもっと接近できない? そのワラ人形とかカナヅチとかを、じかに見て来てほしいのよ」

「ああ、そうだ」

 哲平は、コツン、と自分の頭を叩《たた》いて、「忘れてたよ。彼女の家に招待されてるんだった」

「どうしてそれをもっと早く言わないのよ!」

 私は、哲平をにらんでやった。

 病室へ入ると、ベッドで、ちょっと弱々しい様子の娘が、顔を向けた。

「失礼。——坂本浩子さんね」

 と、私は言った。

「ええ。——あ、昇さんが言ってた、探偵さんですか?」

「まあ、よく分ったわね」

 大崎は早速しゃべったらしい。

 しかし、大崎が私のことを浩子に教えたというのは、少なくとも、浩子に対しては、妙な下心を持っていない、ということかもしれない。

「お話を聞いて、びっくりしました」

 と、浩子は言った。「私を殺そうとしてる人がいるなんて……。とっても考えられませんけど」

「そう?」

「一体誰が、調査をお願いしたんですか?」

「それは職務上の秘密というやつでして」

 私は、ちょっとウインクして見せた。

 浩子は微笑《ほほえ》んで、

「ともかく、もう私、大したことありませんから」

 と言った。「ご心配なく。明日には退院していいと言われてるんです」

「お医者様から聞いたんだけど——」

 と、私は、椅《い》子《す》に腰をおろしながら、「この発作は、薬のせいでも起きるんですってね?」

「ええ。——でも、そんなもの私に飲ませる人なんて——」

「たいてい、殺される人は、みんな、殺されるとは思ってないわ」

 と、私は言った。

 浩子は、困ったような顔で、

「本当に、私《ヽ》を《ヽ》殺そうとしてるっていうんですか?」

「もし、そうだったら?」

 と、私は訊《き》いた。

 浩子は、少し黙っていたが、やがて天井に目を向けて、深々と息をついた。

「私、あの人に殺されるなら、本望です」

 私は、ちょっと面食らった。

「そんなにあの人のことを……」

「ええ」

 浩子は、しっかりと肯いて、「私、彼《ヽ》に殺されるのなら、幸せですわ」

 と言った。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 私は、あわてて、「彼《ヽ》に、と言ったの?」

「ええ」

「つまり——大崎さんのこと?」

「そうです、もちろん」

 浩子は、当り前という様子で肯いて、「昇さんのことじゃないんですか?」

 これには、こっちがびっくりする番である。

「でも、あなた……。大崎さんを愛してるんでしょ?」

「はい」

「なぜ、彼があなたを殺すの?」

 浩子は、いともあっさりと、

「昇さん、本当は別の人を愛してるからですわ」

 と言ったのだった。

「——全然話が違って来るじゃないか!」

 と、哲平は言った。

「分ってるわよ」

 私は車の運転を哲平に任せて、助手席で考え込んでいた。「いくら私だって、全然話にも出て来ない人間のことまで分らないわ」

「いやだなあ」

「——何が? 私がいやになった? 分ったわ。辻木秀美に会って、やっぱり若い子はいいと思ったんでしょ。どうせ私はもう年寄ですからね」

「勝手に決めるなよ!」

 哲平があわてて言った。「僕が愛してるのは、先生だけなんだから!」

「それはいいけど、ちゃんと前を見て運転してくれる? 心中ならともかく、事故死なんて馬鹿らしいもの」

 哲平はオンボロ車のハンドルを握り直した。——私も運転はできるのだが、こういうときは哲平に任せてある。

 それに哲平にしてみると、先生である私を、助《ヽ》手《ヽ》席に座らせているというのが(子供じみているけれども)、一種の快感らしいのだ。——男なんて可愛《かわい》いものである。

「で、これからその女の所へ行こうってわけだね?」

 と、哲平が訊く。

「そう。——あ、その信号、右だと思うわ」

「右折できないよ」

「いいから曲りなさい。道はあるんだから」

「また無茶を言って!」

 ブツブツ言いながら、哲平は私の言う通りにする。大丈夫。こういう点、私はツイてるのである。

「どんな女なの?」

「名前は竹上信子。大学生じゃなくて、要するに、遊んでる女の子らしいわ」

「大崎って奴《やつ》も好きだなあ」

 と、哲平が呆《あき》れた様子。

「真《ま》似《ね》したいんじゃないの?」

 と、からかうと、またすぐむきになって、

「僕はそんな男じゃない!」

 と大声を出す。

「ほらほら、行き過ぎちゃう! その左側よ。——このマンションだわ」

「へえ、高いなあ」

 哲平は車を停めながら言った。

 背も高いが、なかなか値段も高そうなマンションである。何しろ都心の一等地にあるのだ。

 哲平のボロ車は、何となく似つかわしくない雰囲気だった。

「——何階だろう?」

「部屋まで聞かなかったわ。郵便受を見てよ」

 と、私は言った。

 一応高級の部類に入るマンションなのだろうが、あまり管理は良くないのかもしれない、と思った。ちょうど郵便受の真上の蛍光灯が、消えてしまっているのだ。

「暗いなあ」

 哲平がブツブツ言いながら、郵便受の名前を見て行く。「竹上……竹上……と」

 背後を、誰かが足早に通り過ぎて行く足音がして、私は振り向いた。

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