饭饭TXT > 海外名作 > 《少年探偵団/少年侦探团(日文版)》作者:[日]江户川乱步【完结】 > 少年探偵団.txt

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作者:日-江户川乱步 当前章节:15430 字 更新时间:2026-6-22 20:16

 その火事さわぎが、やや二十分ほどもつづきましたが、そのあいだに黄金の塔の部屋には、みょうなことがおこっていました。

 主人をはじめ店員たちが、みんな火事場のほうへ行っているすきをめがけて、小さな人の姿が、かぎのかかった板戸をくもなくあけて、すべるように部屋の中へはいっていったのです。

 女学生のようなおさげのかわいらしい少女。いわずとしれた新参のお手伝いさんです。謎の少女です。

 少女は黄金塔の部屋へはいったまま、何をしているのか。しばらくのあいだ姿をあらわしませんでしたが、やがて、十分あまりもすると、板戸が音もなくひらいて、少女の姿が部屋をすべりだし、注意ぶかく戸をしめると、そのまま台所のほうへ立ちさってしまいました。

 この謎の少女は、いったい何者でしょうか。手ぶらで部屋を出ていったところをみますと、塔をぬすみにはいったものとも思われません。では、何をしにはいったのでしょう。読者諸君、こころみに想像してごらんなさい。

 それはともかく、やがて、火事さわぎがしずまりますと、大鳥氏と支配人は、大急ぎでもとの奥座敷に引きかえしました。そして門野さんは、片はだぬぎになって、また畳をあげ、床板をはずし、くわを手にして床下におりたちました。

 大鳥氏は、もしや、いまのさわぎのあいだに、だれかが、この部屋へはいって、畳の下の黄金塔をぬすんで行きはしなかったかと、支配人が、床板をはずすのも、もどかしく、縁の下をのぞきこみましたが、黄金塔には、なんのべつじょうもなく、黒い土の上に、ピカピカ光っているのを見て、やっと安心しました。

 やがて門野支配人は、黄金塔を床下の深い穴の中に、すっかりうめこんでしまいました。そして、床板も畳ももとのとおりにして、

「さあ、これでもう大じょうぶ。」

 といわぬばかりに、主人の顔を見て、ニヤニヤと笑うのでした。

 こうして、ほんものの宝物は、まったく人目につかぬ場所へ、じつに手ぎわよくかくされてしまいました。

天井の声

 もうこれで安心です。たとえ二十面相が予告どおりにやってきたとしても、黄金塔はまったく安全なのです。賊はとくいそうににせものをぬすみだしていくことでしょう。あの大泥棒をいっぱい食わせてやるなんて、じつにゆかいではありませんか。

 賊が床下などに気のつくはずはありませんが、でも、用心にこしたことはありません。大鳥氏はその晩から、ほんものの黄金塔のうずめてあるあたりの畳の上に、ふとんをしかせてねむることにしました。昼間も、その部屋から一歩も外へ出ない決心です。

 すると、みょうなことに「3」の字がてのひらにあらわれて以来、数字の予告がパッタリととだえてしまいました。ほんとうは、それには深いわけがあったのですけれど、大鳥氏はそこまで気がつきません。ただふしぎに思うばかりです。

 しかし、数字はあらわれないでも、盗難は二十五日の夜とはっきり言いわたされているのですから、けっして安心はできません。大鳥氏はそのあとの三日間を、塔のうずめてある部屋にがんばりつづけました。

 そして、とうとう二十五日の夜がきたのです。

 もう宵のうちから、大鳥氏と門野支配人は、にせ黄金塔をかざった座敷にすわりこんで、出入り口の板戸には中からかぎをかけてゆだんなく見張りをつづけていました。

 店のほうでも、店員一同、今夜こそ二十面相がやってくるのだと、いつもより早く店をしめてしまって、入り口という入り口にすっかりかぎをかけ、それぞれ持ち場をきめて、見はり番をするやら、こん棒片手に家中を巡回するやら、たいへんなさわぎでした。

 いかな魔法使いの二十面相でも、このような二重三重の、げんじゅうな警戒の中へ、どうしてはいってくることができましょう。彼はこんどこそ失敗するにちがいありません。もし、この中へしのびこんで、にせ黄金塔にもまよわされず、ほんものの宝物をぬすむことができるとすれば、二十面相は、もう魔法使いどころではありません。神さまです。盗賊の神さまです。

 警戒のうちに、だんだん夜がふけていきました。十時、十一時、十二時。表通りのざわめきも聞こえなくなり、家の中もシーンと静まりかえってきました。ただ、ときどき、巡回する店員の足音が、廊下にシトシトと聞こえるばかりです。

 奥の間では、大鳥氏と門野支配人が、さし向かいにすわって、置き時計とにらめっこをしていました。

「門野君、ちょうど十二時だよ。ハハハ……、とうとうやっこさんやってこなかったね。十二時がすぎれば、もう二十六日だからね。約束の期限が切れるじゃないか。ハハハ……。」

 大鳥氏はやっと胸をなでおろして、笑い声をたてるのでした。

「さようでございますね。さすがの二十面相も、このげんじゅうな見はりには、かなわなかったとみえますね。ハハハ……、いいきみでございますよ。」

 門野支配人も、怪盗をあざけるように笑いました。

 ところが、ふたりの笑い声の消えるか消えないかに、とつじょとして、どこからともなく、異様なしわがれ声がひびいてきたではありませんか。

「おい、おい、まだ安心するのは早いぜ。二十面相の字引きには、不可能ということばがないのをわすれたかね。」

 それはじつになんともいえない陰気な、まるで墓場の中からでもひびいてくるような、いやあな感じの声でした。

「おい、門野君、きみいま何か言いやしなかったかい。」

 大鳥氏はギョッとしたように、あたりを見まわしながら、しらがの支配人にたずねるのでした。

「いいえ、私じゃございません。しかし、なんだかへんな声が聞こえたようでございますね。」

 門野老人は、けげんな声で、同じように左右を見まわしました。

「おい、へんだぜ。ゆだんしちゃいけないぜ。きみ、廊下を見てごらん。戸の外にだれかいるんじゃないかい。」

 大鳥氏は、もうすっかり青ざめて、歯の根もあわぬありさまです。

 門野支配人は、主人よりもいくらか勇気があるとみえ、さしておそれるようすもなく、立っていって、かぎで戸をひらき、外の廊下を見わたしました。

「だれもいやしません。おかしいですね。」

 老人がそういって、戸をしめようとすると、またしても、どこからともなく、あのしわがれ声が聞こえてきました。

「なにをキョロキョロしているんだ、ここだよ。ここだよ。」

 陰にこもって、まるで水の中からでも、ものをいっているような感じです。何かしらゾーッと総毛立つような、お化けじみた声音です。

「やい、きさまはどこにいるんだ。いったい何者だッ。ここへ出てくるがいいじゃないか。」

 門野老人が、から元気をだして、どことも知れぬ相手にどなりつけました。

「ウフフ……、どこにいると思うね。あててみたまえ……。だが、そんなことよりも、黄金塔は大じょうぶなのかね。二十面相は約束をたがえたりはしないはずだぜ。」

「何をいっているんだ。黄金塔はちゃんと床の間にかざってあるじゃないか。盗賊なんかに指一本ささせるものか。」

 門野老人は部屋の中をむやみに歩きまわりながら、姿のない敵とわたりあいました。

「ウフフフ……、おい、おい、番頭さん、きみは二十面相が、それほどお人よしだと思っているのかい。床の間のはにせもので、ほんものは土の中にうめてあることぐらい、おれが知らないとでもいうのかい。」

 それを聞くと、大鳥氏と支配人とは、ゾッとして顔を見あわせました。ああ、怪盗は秘密を知っていたのです。門野老人のせっかくの苦心はなんの役にも立たなかったのです。

「おい、あの声は、どうやら天井裏らしいぜ。」

 大鳥氏はふと気がついたように、支配人の腕をつかんで、ヒソヒソとささやきました。

 いかにも、そういえば、声は天井の方角からひびいてくるようです。天井ででもなければ、ほかに人間ひとりかくれる場所なんて、どこにもないのです。

「はあ、そうかもしれません。この天井の上に、二十面相のやつがかくれているのかもしれません。」

 支配人は、じっと天井を見あげて、ささやきかえしました。

「早く、店の者を呼んでください。そしてかまわないから、天井板をはがして、泥棒をつかまえるようにいいつけてください。さ、早く、早く。」

 大鳥氏は、両手で門野老人をおしやるようにしながら、せきたてるのです。老人はおされるままに、廊下に出て、店員たちを呼びあつめるために、店のほうへ急いでいきました。

 やがて、三人のくっきょうな店員が、シャツ一枚の姿で、脚立やこん棒などを持って、しのび足で、はいってきました。相手にさとられぬよう、ふいに天井板をはがして、賊を手どりにしようというわけです。

 門野老人の手まねのさしずにしたがって、ひとりの店員がこん棒を両手ににぎりしめ、脚立の上に乗ったかと思うと、勢いこめて、ヤッとばかりに、天井板をつきあげました。

 一つき、二つき、三つき、つづけざまにつきあげたものですから、天井板はメリメリという音をたててやぶれ、みるみる大きな穴があいてしまいました。

「さあ、これで照らしてみたまえ。」

 支配人が懐中電燈をさしだしますと、脚立の上の店員は、それを受けとって、天井の穴から首をさし入れ、屋根裏のやみの中を、アチコチと見まわしました。

 大鳥時計店は、大部分がコンクリート建ての洋館で、この座敷は、あとからべつに建てました一階建ての日本間でしたから、屋根裏といっても、さほど広いわけでなく、一目で全体が見わたせるのです。

「何もいませんよ。すみからすみまで電燈の光をあててみましたが、ネズミ一ぴきいやあしませんぜ。」

 店員はそういって、失望したように脚立をおりました。

「そんなはずはないがなあ。わしが見てやろう。」

 こんどは門野支配人が、電燈を持って、脚立にのぼり、天井裏をのぞきこみました。しかし、そこのやみの中には、どこにも人間らしいものの姿はないのです。

「おかしいですね。たしかに、このへんから聞こえてきたのですが……。」

「いないのかい。」

 大鳥氏がやや安堵したらしく、たずねます。

「ええ、まるっきりからっぽでございます。ほんとうにネズミ一ぴきいやあしません。」

 賊の姿はとうとう発見することができませんでした。では、いったいあのぶきみな声は、どこからひびいてきたのでしょう。むろん、縁の下ではありません。厚い畳の下の声が、あんなにすっきり聞こえるわけはないからです。

 といって、そのほかに、どこにかくれる場所がありましょう。ああ、魔術師二十面相は、またしてもえたいのしれぬ魔法を使いはじめたのです。

意外また意外

 姿のない声が、ほんものの黄金塔のかくし場所を知っていると言ったものですから、大鳥氏は、もう気が気でなく、三人の店員たちをたちさらせますと、門野支配人とふたりで、大急ぎで畳をあけ、床板をはずし、それから、支配人にそこの土を掘ってみるように命じました。

 老人はしりはしょりして、床下においてあったくわを取り、心おぼえのある場所を掘りかえしていましたが、やがて、がっかりしたような声で、

「だんなさま、ありません。塔は、あとかたもなく消えうせてしまいました。」

 と報告するのでした。

 大鳥氏はそれを聞きますと、落胆のあまり、そこへしりもちをついたまま、口をきく元気もなく、しばらくのあいだぼんやりと、床下のやみのなかをながめていましたが、やがて、ふしぎにたえぬもののように、小首をかたむけました。

「おい、門野君、どうもへんだぜ。わしはあれをここへうずめてからというもの、洗面所へ行くほかは、この部屋を少しも出なかった。もしだれかが、わしのるすのあいだに、ここへしのびこんだとしても、たたみをあげ、床板をはずし、土を掘って、塔を持ちだすなんてよゆうは、まったくなかったはずだぜ。いったいあいつは、どういう手段でぬすみだしゃあがったのかなあ。」

 大鳥氏はくやしいよりも、何よりも、ふしぎでたまらないというおももちです。

「わたくしも、今それを考えていたところでございます。あたりまえの家でしたら、庭のほうの縁がわの下から、床下へはいこむという手もありますけれど、このお座敷の縁がわの下には、厚い板が打ちつけてございますからね。すきまはあっても、小犬でさえ通れないほどです。

 それに、さいぜんからこの床下を、懐中電燈でしらべているのですが、人間のはいこんだようなあとが、少しもありません。やわらかい土ですから、あいつが床をくぐってきたとしますれば、あとのつかないはずはないのですがねえ。」

 門野支配人は、まるでキツネにでもつままれたような顔をして、大きなため息をつくのでした。

「ウフフフ……、びっくりしたかい。二十面相の腕まえは、まあこんなもんさ。黄金塔はたしかにちょうだいしたぜ。それじゃ、あばよ。」

 ああ、またしても、あの陰気な声がひびいてきたではありませんか。いったい二十面相はどこにいるのでしょう。廊下でもありません。天井でもありません。床下でもありません。そのほかの、いったいどこに、人間ひとりかくれる場所があるのでしょう。

 ひょっとしたら、魔法使いの二十面相は、目に見えない気体のようなものになって、部屋の中のどこかに、たたずんでいるのでしょうか。

「門野君、やっぱりあいつはどっかにいるんだ。目には見えないけれど、この近くにいるにちがいないんだ。店の者にいいつけて、出入り口をかためさせなさい。早く、早く。そして、やつをとらえてしまうのだ。」

 大鳥氏は支配人の耳に口をよせて、せかせかとささやきました。もうぶきみさよりは、腹だたしさでいっぱいなのです。どんなにしてでも、賊をとらえないではおかぬというけんまくです。

 支配人も同じ考えとみえ、主人のいいつけを聞きますと、すぐさま店のほうへとんでいって、表口、裏口の見はりをして、あやしいやつを見つけたら、大きな声をたてて人を集め、ひっとらえてしまうようにと、店員たちに命じました。

 さあ、店内は上を下への大さわぎです。

「二十面相が家の中にいるんだ。見つけだして袋だたきにしちまえ。」

 十数名の血気の店員たちは、手に手にこん棒と懐中電燈を持って、あるいは表口、裏口をかためるもの、あるいは隊を組んで、家中を家さがしするもの、それはそれは、たいへんなさわぎでした。

 しかし、やや一時間ほども、店内のすみからすみまで、物置や押入れの中はもちろん、天井から縁の下まで、くまなくさがしまわりましたが、ふしぎなことに、賊らしい人の姿は、どこにも発見されませんでした。

 二十面相は、もう、家の中にはいないのでしょうか。風をくらって、逃げだしてしまったのでしょうか。では、どこから? 表も裏も、出入り口という出入り口は、すっかり店員でかためられていたのですから、逃げだすなんて、まったく不可能なことです。

「門野君、きみはどう思うね。じつに合点のいかぬ話じゃないか。……わしにはなんだか今でも、すぐ目の前に、あいつがいるような気がするのだよ。この部屋の中に、あいつの息の音が聞こえるような気がするのだ。」

 もとの座敷にもどった大鳥氏は、おびえた顔で、あたりをキョロキョロと見まわしながら、支配人にささやくのでした。

「わたくしも、なんだか、そんな気がしてなりません。あいつは魔法使いでございますからなあ。」

 門野支配人も同感のようです。

 そうして、ふたりがぼんやりと顔見あわせているところへ、ひとりの若い店員がいそいそとはいってきて、

「今、明智探偵がおいでになりました。」

 と報じました。

「なに、明智さんが来られた。チェッ、おそすぎたよ。もう一足早ければまにあったのに。あの人は、きょうまで、いったい何をしていたんだ。うわさに聞いたのとは大ちがいだ。名探偵もないもんだ。」

 大鳥氏は黄金塔をぬすまれた腹だちまぎれに、さんざん探偵の悪口をいうのでした。

「ハハハ……、ひどくごきげんがお悪いようですね。あなたは、ぼくがきょうまで何もしていなかったとおっしゃるのですか。」

 ひょいと見まわすと、部屋の入り口に、いつのまにか黒い背広姿の明智小五郎が立っているのです。

「アッ、これは明智さん。どうもとんだことを聞かれましたなあ。しかし、あなたが何もしてくださらなかったのはほんとうですよ。ごらんなさい。黄金塔はぬすまれてしまったじゃありませんか。」

 大鳥氏は気まずそうに、にが笑いしながら言うのでした。

「ぬすまれたとおっしゃるのですか。」

「そうですよ。予告どおり、ちゃんとぬすまれてしまいましたよ。」

 大鳥氏は腹だたしげに、門野支配人の考えだしたトリックの話をして、まだ畳をあげたままになっている床下を指さしながら、ほんものの黄金塔がなくなったしだいを語るのでした。

「それはぼくもよく知っています。」

 明智探偵は、そんなことは、いまさら説明を聞かなくても、わかっているといわぬばかりに、ぶっきらぼうに答えました。

「エッ、ごぞんじですって? そ、それじゃ、あなたは、知っていながら、二十面相がぬすんでゆくのを、だまって待っていたのですか。」

 大鳥氏はびっくりして、どなりかえしました。

「ええ、そうですよ。だまって見ていたのです。」

 明智は、あくまで落ちつきはらっています。

「な、なんですって? いったいぜんたい、あなたは……。」

 大鳥氏は、あっけにとられて、口もきけないありさまです。

「明智先生、あなたはまるで黄金塔がぬすまれたのを、よろこんでいらっしゃるように見えますが、それはあんまりです。あなたは主人にお約束なすったじゃありませんか。きっと黄金塔を守ってやると約束なすったじゃありませんか。」

 門野支配人が、たまりかねたように、探偵の前につめよりました。

「でも、ぼくはお約束をはたしましたよ。」

「はたしたって? それはいったいなんのことです。黄金塔はもう、ぬすまれてしまったじゃありませんか。」

「ハハハ……、何をいっているのです。黄金塔はちゃんとここにあるじゃありませんか。ここにピカピカ光ってるじゃありませんか。」

 明智探偵はさもゆかいらしく笑いながら、床の間に安置された黄金塔を指さしました。

「ば、ばかな、あなたこそ、何をいっているのです。それはにせものだと、あれほど説明したじゃありませんか。ほんものは床下にうめておいたのです。それがぬすまれてしまったのです。」

 大鳥氏はかんしゃくをおこしてさけびました。

「まあ、お待ちなさい。もしもですね。その床下にうめたほうがにせもので、その床の間のがほんものだったら、どうでしょう。二十面相は裏をかいたつもりで、まんまとにせものをつかまされてしまったわけです。じつに痛快じゃありませんか。」

 明智探偵は、みょうなことをいいだしました。

「エッ、エッ、なんですって? じょうだんはいいかげんにしてください。その床の間の塔がほんものなら、なにもこんなにさわぎやしません。これは、門野君が苦心をして作らせたにせものなんですよ。いくらピカピカ光っていたって、めっきなんですよ。」

「めっきかめっきでないか、ひとつよくしらべてごらんなさい。」

 明智はいいながら、木製のわくのかくしボタンを押して、赤外線防備装置をとめてから、むぞうさに塔の頂上の部分を持ちあげて、大鳥氏の目の前にさしだしました。

 探偵のようすが、あまり自信ありげだものですから、大鳥氏もつい引きいれられて、その塔の一部分を受けとると、つくづくとながめはじめました。

 ながめているうちに、みるみる、大鳥氏の顔色がかわってきました。青ざめていたほおに血の気がさしてきたのです。うつろになっていた目が、希望にかがやきはじめたのです。

「おお、おお、こりゃどうだ。門野君、これはほんとうの金むくだよ。めっきじゃない。しんまでほんものの金だよ。いったいこれはどうしたというのだ。」

 大鳥氏は喜びにふるえながら、床の間へとんでいって、塔の残りの部分を、入念にしらべましたが、長年、貴金属品をあつかっている同氏には、すぐさま、それがぜんぶ、ほんものの黄金であることがわかりました。

「明智さん、おっしゃるとおり、これはほんものです。ああ、助かった。二十面相はにせものをぬすんでいった。しかし、だれが、いつのまに、ほんものとにせものとを置きかえたのでしょう。家にはこの秘密を知っているものはひとりもいないはずだし、それに、この部屋には、たえず、わしががんばっていましたから、置きかえるなんてすきはなかったはずですが……。」

「それは、ぼくが命じて置きかえさせたのですよ。」

 明智探偵は、あいかわらず落ちつきはらって答えました。

「え、あなたが? だれにそうお命じなすったのです。」

 大鳥氏は、意外につぐ意外に、ただもうあきれかえるばかりです。

「おたくには、つい近ごろ、やといいれたお手伝いさんがいるでしょう。」

「ええ、います。あなたのご紹介でやとった千代という娘のことでしょう。」

「そうです。あの娘をちょっとここへよんでくださいませんか。」

「千代に、何かご用なのですか。」

「ええ、たいせつな用事があるのです。すぐ来るようにおっしゃってください。」

 明智探偵は、ますますみょうなことをいいだすのでした。

 大鳥氏はめんくらいながら、すぐさま千代を呼びよせました。読者諸君はご記憶でしょう、千代というのは、たびたび奥座敷をのぞいていた、あのかわいらしい怪少女なのです。

 まもなく、りんごのようにあでやかなほおをした、かわいらしいおさげの少女が、座敷の入り口にあらわれました。

「ここへきてすわりなさい。」

 探偵は少女を自分のそばへすわらせました。そして、黄金塔、置きかえの説明をはじめるのでした。

「大鳥さん、あなたがたが、ほんものの塔を、床の下へうめようとしていらしたとき、裏の物置きに火事がおこりましたね。」

「ええ、そうですよ。よくごぞんじですね。しかし、それがどうしたのですか。」

「あの火事も、じつはぼくが、ある人に命じて、つけ火をさせたのですよ。」

「エッ、なんですって? あなたがつけ火を? ああ、わしは何がなんだか、さっぱりわからなくなってしまいました。」

「いや、それには、ある目的があったのです。あなたがたが火事に気をとられて、この部屋をるすになすっていたあいだに、すばやく黄金塔の置きかえをさせたのですよ。床下にかくしてあったのを、もとどおり床の間につみあげ、床の間のにせものを、床下へ入れておいたのです。火事場から帰ってこられたあなたがたは、まさか、あのあいだに、そんな入れかえがおこなわれたとは、思いもよらぬものですから、そのまま、にせもののほうを床下にうずめ、床の間のほんものをにせものと思いこんでしまったのです。」

「へえー、なるほどねえ、あの火事は、わたしたちを、この部屋から立ちさらせるトリックだったのですかい。しかし、それならそうと、ちょっとわしに言ってくださればよかったじゃありませんか。何も火事までおこさなくても、わし自身で、ほんものとにせものとを置きかえましたものを。」

 大鳥氏は不満そうにいうのです。

「ところが、そうできない理由があったのです。そのことはあとで説明しますよ。」

「で、その塔の置きかえをやったというのは、いったいだれなのですね。まさかあなたご自身でなすったわけじゃありますまい。」

「それは、このお手伝いさんがやったのです。この人は、ぼくの助手をつとめてくれたのですよ。」

「へえー、千代がですかい。こんなおとなしい女の子に、よくまあそんなことができましたねえ。」

 主人はあっけにとられて、かわいらしい少女の顔をながめました。

「ハハハ……、千代は少女ではありませんよ。きみ、そのかつらを取ってお目にかけなさい。」

 探偵が命じますと、少女はにこにこしながら、いきなり両手で頭の毛をつかんだかと思うと、それをスッポリと引きむしってしまいました。すると、その下から、ぼっちゃんがりの頭があらわれたのです。少女とばかりに思っていたのは、そのじつ、かわいらしい少年だったのです。

「みなさん、ご紹介します。これはぼくの片腕とたのむ探偵助手の小林芳雄君です。こんどの事件が成功したのは、まったく小林君のおかげです。ほめてやってください。」

 明智探偵はさもじまんらしく、秘蔵弟子の小林少年をながめて、にこやかに笑うのでした。

 ああ、なんという意外でしょう。少年探偵団長小林芳雄君は、小娘のお手伝いさんに化けて、大鳥時計店にはいりこんでいたのです。そして、まんまと二十面相にいっぱい食わせてしまったのです。

「へえー、おどろいたねえ、きみが男の子だったなんて、うちのものはだれひとり気がつかなかったのですよ。なかなかよくはたらいてくれましたね、いい人をお世話ねがったとよろこんでいたくらいですよ。小林さん、ありがとう。ありがとう。おかげで家宝をうしなわなくてすみましたよ。明智さん。あなたは、いいお弟子を持たれて、おしあわせですねえ。」

 大鳥氏は、ホクホクとよろこびながら、小林君の頭をなでんばかりにして、お礼をいうのでした。

「ですが、明智さん、たった一つざんねんなことがありますよ。さいぜん二十面相のやつが、どこからか、わしたちに話しかけたのです。ざまをみろといってあざわらったのです。あなたが、もう一足早く来てくだされば、あいつをとらえたかもしれません。じつにざんねんなことをしましたよ。」

 大鳥氏も、黄金塔をとりかえしても、賊を逃がしたのでは、後日またおそわれはしないかと、寝ざめが悪いのです。

「大鳥さん、ご安心ください。二十面相はちゃんととらえてありますよ。」

 明智探偵は、意外なことをズバリといってのけました。

「エッ、二十面相を? あなたがとらえなすったのですか。いつ? どこで? そして、今あいつはどこにいるんです。」

 大鳥氏はあまりのことに、ことばもしどろもどろです。

「二十面相はこの部屋にいるのです。われわれの目の前にいるのです。」

 探偵の声がおもおもしくひびきました。

「へえ、この部屋に? だって、この部屋にはごらんのとおり、わしたち四人のほかにはだれもいないじゃありませんか。それとも、どっかにかくれてでもいるんですかい。」

「いいえ、かくれてなんぞいませんよ。二十面相は、ほら、そこにいるじゃありませんか。」

 いいながら、われらの名探偵は、意味ありげにニコニコと笑うのでした。

 読者諸君、明智探偵はなんという、とほうもないことをいいだしたのでしょう。大鳥氏も門野支配人も、自分の目がどうかしたのではないかと、キョロキョロとあたりを見まわしました。でも、その部屋には何者の姿もないのです。ああ、それではやっぱり、二十面相はあの魔術によって、気体のようなものに化けて、この部屋のどこかのすみにたたずんででもいるのでしょうか。そして、そのだれの目にも見えない怪物の姿が名探偵明智小五郎の目にだけは、はっきりうつっているのでしょうか。

きみが二十面相だ!

 大鳥氏はびっくりして、キョロキョロと部屋の中を見まわしました。しかし、賊の姿などどこにも見あたりません。

「ハハハ……、ごじょうだんを。ここにはわしたち四人のほかには、だれもいないじゃありませんか。」

 いかにも、戸をしめきった十畳の座敷には、主人の大鳥氏と、老支配人の門野と明智探偵と小林少年の四人のほかには、だれもいないのです。いったい明智は何をいっているのでしょう。頭がどうかしているのではないでしょうか。

「そうです。ここには、われわれ四人だけです。しかし、二十面相はやっぱりこの部屋にいるのです。」

「先生、あなたのおことばは、わたくしどもにはさっぱりわけがわかりません。もっとくわしくおっしゃっていただけませんでございましょうか。」

 しらがの老支配人は、オドオドしながら、探偵にたずねました。

「ほう、あなたにもまだわからないのですか。で、あなたは二十面相がどこにいるか、ききたいとおっしゃるのですね。それを言ってもいいですか。」

 明智は老支配人の顔をじっと見つめてから、意味ありげにいいました。

「エッ、なんとおっしゃいます?」

 門野老人は、なぜかギョッとしたように探偵を見かえしました。

「だれが二十面相だか、すっぱぬいてもかまわないというのですか。」

 明智の目に、電光のようなはげしい光がかがやき、グッと相手をにらみつけました。老支配人はその眼光に射すくめられでもしたように、返すことばもなく、思わず目を伏せました。

「ハハハ……、おい、二十面相、よくも化けたねえ。まるで六十の老人そっくりじゃないか。だが、ぼくの目をごまかすことはできない。きみだ! きみが二十面相だ!」

「と、とんでもない。そ、そんなばかなことが……。」

 門野支配人はまっさおになって、弁解しようとしました。

 主人の大鳥氏も、それにことばをそえます。

「明智先生、それは何かのお思いちがいでしょう。この門野は親の代からわしの店につとめている律義者です。この男が二十面相だなんて、そんなはずはございません。」

「いや、あなたは、二十面相が変装の大名人であることを、おわすれになっているのです。なるほど、ほんとうの門野君は律義な番頭さんでしょう。しかし、この男は門野君ではありません。あの予告があってからまもなく、二十面相はほんとうの門野君をある場所に監禁して、自分が門野君に化けすまし、お店に出勤していたのです。

 いや、お店に出勤していたばかりではありません。門野君の自宅へも、ずうずうしく毎晩帰っていた。家族の人たちでさえ、それを少しも気づかなかったのです。」

 ああ、そんなことがありうるのでしょうか。今、目の前に立っている老人は、どう見ても門野支配人とそっくりです。どこに一つ、あやしい個所はありません。いったい、それほどたくみな変装ができるものでしょうか。

 一同があっけにとられて、明智探偵の顔を見つめている、ちょうどそのときでした。ああ、またしても、どこからともなく、あのおそろしい声が聞こえてきたではありませんか。

「フフフ……、明智先生も老いぼれたもんだねえ。二十面相をとりにがした苦しまぎれに、何も知らない老人に罪を着せようなんて……。おい、先生、目をあけて、よく見るがよい。おれはここにいるんだぜ。二十面相はここにいるんだぜ。」

 ああ、なんという大胆不敵、賊はまだこの部屋のどこかにかくれているのでしょうか。

「先生、あれです。あれが二十面相です。やっぱり天井から聞こえてくる。ね、おわかりでしょう。門野君じゃございません。門野君は二十面相じゃございません。」

 大鳥氏は、恐怖にたえぬもののように、ソッと天井を指さしながら、ささやくのでした。

 しかし、明智探偵は少しもさわぎません。口をつぐんだまま、じっと大鳥氏を見かえしています。

 と、とつじょとして、どこからともなく、まったく別の声がひびいてきました。

「おいおい、子どもだましはよしたまえ。

 ぼくが腹話術を知らないとでも思っているのか。ハハハ……。」

 大鳥氏はそれを聞いて、ゾッとふるえあがってしまいました。ああ、なんというふしぎなことでしょう。それはまぎれもなく明智探偵の声でした。天井から明智の声がひびいてきたのです。しかも、当の探偵は目の前に、じっと口をつぐんですわっています。まるで魔法使いです。明智探偵が、とつじょとしてふたりになったとしか考えられないのです。

「おわかりになりましたか、ご主人。これが腹話術というものです。口を少しも動かさないでものをいう術です。今のようにぼくがこうして口をふさいでものをいうと、まるでちがった方角からのように聞こえてくるのです。天井と思えば天井のようでもあり、床下と思えば床下からのようにも聞こえます。おわかりになりましたか。」

 今こそ、大鳥氏にもいっさいが明白になりました。腹話術というものがあることは、大鳥氏も話に聞いていました。さいぜんからの声が、みんな腹話術であったとすれば、すっかりつじつまがあるのです。天井や床下などをあれほどさがしても、二十面相の姿が発見されなかったわけが、よくわかるのです。それでは、やっぱり二十面相は門野老人に化けているのでしょうか。

 大鳥氏はまだ半信半疑のまなざしで、じっと門野老人を見つめました。門野老人はまっさおになっています。しかし、まだへこたれたようすは見えません。顔いっぱいにみょうなにが笑いをうかべて、何かいいだしました。

「腹話術ですって、おお、どうしてわたくしが、そんな魔法をぞんじておりましょう。明智先生、あんまりでございます。このわたくしがおそろしい二十面相の賊だなんて、まったく思いもよらぬ、ぬれぎぬでございます。」

 ところが、この老人のことばが終わるか終わらぬに、部屋の板戸を、外からトントンとたたく音が聞こえてきました。

「だれだね。用事ならあとにしておくれ。今はいって来ちゃいけない。」

 大鳥氏が大声にどなりますと、板戸の外に意外な声が聞こえました。

「わたくしでございます。門野でございます。ちょっと、ここをおあけくださいませ。」

「エッ、門野だって? きみは、ほんとうに門野君か。」

 大鳥氏は仰天して、あわただしく板戸をひらきました。すると、おお、ごらんなさい、そこにはまぎれもない門野支配人が、やつれた姿で立っていたではありませんか。

「だんなさま。じつに申しわけございません。賊のためにひどいめにあいまして、つい先ほど、明智先生に助けだしていただいたのでございます。」

 門野老人はわびごとをしながら、部屋の中のもうひとりの門野を見つけ、思わずさけびました。

「アッ、あんたはいったい何者じゃ!」

 なんというふしぎな光景だったでしょう。いや、ふしぎというよりも、ゾーッと総毛立つような、なんともいえぬおそろしいありさまでした。そこには、まるで鏡に写したように、まったく同じ顔のふたりの老人が、敵意に燃える目でにらみあって、立ちはだかっていたのです。おそろしい夢にでもうなされているような光景ではありませんか。

 だれひとり、ものをいうものもなければ身動きするものもありません。数十秒のあいだ、映画の回転がとつぜん止まったような、ぶきみな静止と沈黙がつづきました。

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