小林君は、じゅうぶん心をひきしめて、あらためて、少女の顔を、しげしげとながめました。むこうの窓のひかりで、ボンヤリとしか見えませんが、見れば見るほど、むじゃきなかわいい顔です。こんな七つかそこいらの、小さな女の子が、悪人のまわしものだなんて、どうしても考えられないことです。
「その地下室って、どこなの? ふたりで、いっしょに、行ってみよう。」
小林君は、少女をためすように、言いました。
「こわくないの?」
少女は小林君の顔を、びっくりしたように、見あげるのです。
「こわいもんか。ぼくは、強いんだよ。お化けなんか、ひどいめに、あわせてやる。」
「ほんとう? 大きなお化けが、三びきもいるのよ。」
「三びきだろうが、五ひきだろうが、へいきだよ。さあ、行ってみよう。」
小林君は、むろん、お化けなんか信じません。きっと、その地下室には、なにかあやしいやつが、しのびこんでいるのに、ちがいないと考えたのです。
小林君の墨をぬった、まっ黒な顔や、ボロボロの服が、かえって、いかにも強そうに見えたのでしょう。少女は小林君といっしょになら、地下室へ行ってもよいと、考えたようです。ふたりは、手をひきあって、洋館にちかづいていきました。
少女のゆびさすドアをひらいて、中にはいり、少女のみちびくままに、暗い廊下をグルグルまわって、地下室の階段をおりました。
階段の上に、小さな電灯がついているだけで、地下室のせまい廊下は、まっ暗でしたが、少女は自分の家ですから、手さぐりでも、わかるのです。
階段をおりるころから、少女はまたブルブルふるえだしました。地下室にいる化けものが、よっぽどこわいのにちがいありません。しかし、あいてにさとられては、たいへんですから、小林君は少女の手をしっかりにぎり、息をころして、ネコのように音をたてないで、歩いていくのです。
すこし行くと、少女はピッタリ立ちどまりました。すぐ目の前に、たてにスーッと、ほそい、光ったすじが見えます。それはドアの板のすきまから、部屋の中のひかりがもれているのでした。
少女は小林君の手をひっぱって、そのすきまから、のぞいてみよという、身ぶりをしました。小林君は用心ぶかく腰をひくめて、そのすきまの、いちばんひろいところへ目をあてましたが、ちょっと、のぞいたかと思うと、ギョッとしたように、目をはなしました。
あまりへんなものが見えたので、じぶんの頭がどうかしたのではないかと、うたがったのです。
気をしずめて、もう一度、のぞいてみました。やっぱりそうです。そこには、まったく思いもよらない、へんてこなものがいたのです。少女が言ったとおり、それは三びきのお化けでした。
部屋のまんなかに、まるいテーブルがあって、その上に、ふるめかしい西洋のしょくだいに、三本のローソクが立って、赤いほのおが、ゆれていました。テーブルをとりまいて三つのイスがおかれ、そこに三人の怪物が腰かけているのです。それは、三つの骸骨が、手まねや身ぶりをしながら、ひくい声でなにかしきりと話しあっているのでした。
いったい、骸骨が生きた人間のように、動いたり、ものを言ったり、するなんて、そんなばかなことが、あるものでしょうか。小林君はいよいよ、自分の頭を、うたがわないではいられませんでした。おそろしい夢を見ているのか、それとも気でもちがったのかと、自分が、こわくなってきました。
こわいのを、がまんして、じっと見ていますと、もっとふしぎなことが、わかりました。その三つの骸骨は、金色をしていたのです。骸骨というものは、白いのがあたりまえですが、ここにいるのは金色の骸骨なのです。身うごきをするたびに、それがローソクの火にてらされて、純金のように、キラキラと光るのです。
ああ、地下室に、ひたいをあつめて、なにごとかささやきあう、三つの黄金の骸骨。これは、いったい、なにを意味するのでしょう。そこには、どんなおそろしい秘密が、かくされていたのでしょう。
骸骨の呪文
骸骨たちのうしろのかべは、三方とも、本だなになっていて、りっぱな本がギッシリつまっていました。それらの本のせなかの金文字が、ローソクの光にてらされて、チカチカと光っています。
小林君は、この、なんともいえぬ、ふしぎな光景を見て、自分の頭が、どうかしたのではないかと、あやしみました。いったい黄金の骸骨なんて、この世にあるものでしょうか。しかも、その金色の三つの骸骨が、まるで生きた人間のように、話をしているのです。身うごきしたり、口をきいたりしているのです。そんなばかなことがあってもいいものでしょうか。
一つの骸骨の、耳までさけた大きな口が、ガクガクと動きました。そして、みょうなしわがれた声が聞こえてくるのです。
「ゆなどき、んがくの、でるろも。」
すると、その右がわの骸骨が、それにこたえるように、歯ばかりの口を、ガクガクやりました。
「むくぐろ、べへれじ、しとよま。」
つづいて、三人めの骸骨が、口を動かしました。
「とだんき、すのをど、すおさく。」
それから、また三人めの骸骨は、その同じことばを、いくども、くりかえしました。日本語でも、英語でも、フランス語でもないのです。ひょっとしたら、それは骸骨たちの住んでいる地獄のことばかもしれません。それとも、なにかの呪文なのでしょうか。金色の骸骨どもは、おそろしい呪文をとなえて、だれかを、のろっているのでしょうか。
「わからん。」
とつぜん、ひとりの骸骨が、日本語をしゃべりました。すると、それにつづいて、あとのふたりの骸骨も日本語で言うのです。
「ウン、いくら考えても、わからん。」
「いくら、となえても、わからん。」
「よし、それじゃあ、今夜は、これだけにしておこう。おたがいに、もっとよく考えるんだね……。では、つぎの金曜日、夜の八時、また、ここであうことにしよう。」
ひとりの骸骨が、そう言って、立ちあがりました。そのひょうしに、ローソクのほのおがゆれて、金色のどくろや、あばら骨が、キラキラと光りました。
「ウン、それがいい。毎日、毎日、考えるんだ。そして、また、金曜日に相談するんだ。どんなことがあっても、この秘密は、とかねばならぬ。」
「そうだ。どんなことがあっても。」
あとのふたりも立ちあがりました。そして、三つの骸骨は、ゆっくりと、こちらへ、歩いてくるのです。
小林少年は、それを見ると、そばにいた少女の手をとって、すばやく、ドアの前をはなれ、まっ暗な廊下のおくへ、身をかくしました。そこの、つきあたりのかべに、少女といっしょに、ピッタリからだをくっつけて、骸骨たちが出てきても、気づかれないようにしたのです。
そうして、息をころしていますと、スーッとドアがひらいて、ローソクのひかりが、その出入り口のへんを、ボンヤリと、明かるくしました。そこへひとりの骸骨が出てきましたが、すると、パッと、黒い大きな布のようなものがひらめいて、金色の骸骨を、スッポリとつつんでしまいました。つまり、骸骨が黒いマントのようなものを、頭からかぶったのです。
つぎに出てきた骸骨も、おなじように、黒いマントをかぶりました。三人めの骸骨も、マントをかぶりました。すると、金色の骨ぐみは、まったくかくれてしまって、そこには、まっ黒な三つの影法師のようなものが、立っているばかりでした。
その三つの黒い影法師は、小林少年たちのかくれている廊下の、はんたいのほうへ歩いていき、やがて、階段をのぼるすがたが、その上にある電灯のひかりをうけて、ハッキリと見えました。
小林少年は、三人の黒法師が、階段をのぼりきってしまったとき、そのあとをつけてやろうと、決心しました。少女が足手まといですが、こわがって、ふるえているのを、おきざりにするわけにはいきません。しかたがないので、少女の手をひいたまま、尾行をすることにしたのです。
少女の手をかたくにぎって、だまって、ついてくるように、あいずをして、足音をしのばせて、階段をのぼりました。
階段の上に頭だけだして、のぞいて見ますと、三つの黒法師は、うす暗い廊下を、むこうのほうへ歩いていくのが見えます。
ひとりの黒法師は、とちゅうでわかれて、二階への階段をあがっていきました。あとの二つの黒法師は、そのまま、廊下をまっすぐにすすみ、つきあたりを右へまがりました。そこは、この建物の玄関の方角らしいのです。
小林君は少女の手をひいて、階段から、廊下に出ました。そして、ささやき声で、少女にたずねます。
「きみのおとうさんのお部屋は、二階にあるんだろう?」
「ええ、そうよ。」
少女が、ふるえ声で、かすかに、答えます。
「よし、それじゃ、こっちへ、おいで。あすこに玄関があるんだろう。ふたりのやつは、玄関のほうへ出ていったんだ。どこへゆくか、見とどけてやろう。こわいことはないよ。ぼくがついているから、だいじょうぶだよ。」
小林少年は、そうささやいて、グングン少女の手をひっぱるのでした。
少女の父
玄関にたどりついて、ソッとドアをあけてのぞきますと、ふたりの黒法師は、むこうに見える石の門の、スカシもようの鉄の扉をひらいて、そとへ出ていくところでした。
玄関はまっ暗ですし、そとには、門の上に電灯がひとつ、ついているだけですから、ものかげにかくれてゆけば、あいてに、さとられる心配はありません。小林君は、少女の手をひっぱって、門のところまでしのんでいきました。
門の石の柱に身をかくして、そとを見ますと、すぐ目の前に、ヘッド・ライトを消した一台の自動車が、とまっていました。黒マントをかぶった、ふたつの骸骨は、いま、その自動車にのりこんでいるところです。自動車のドアがひらいて、ふたりのまっ黒な海ぼうずのような怪物が、そのなかへ、すいこまれるように消えていきました。
そして、エンジンの音が、かすかにしたかと思うと、自動車は、スーッと動きだし、見るまに、やみのなかへ、とけこんでいきました。あとは、いちめんの暗やみです。なにも見えません。なにも聞こえません。死んでしまったような、しずけさです。
骸骨が自動車にのって、どこかへ行ったのです。いったい、これはほんとうのできごとなのでしょうか。小林君は、おそろしい夢を見たのではないでしょうか。いや、夢ではありません。夢でないことが、やがてわかってきます。そして、夢よりも、もっとおそろしいことが、おこるのです。
小林君と少女とは、しばらく、門の柱のところへ立ちつくしていました。少女はブルブルふるえながら、しっかりと小林君に、だきついていました。
「さあ、もうおうちへはいろう。そして、きみはおとうさんの部屋へ、いくんだな。」
小林君は少女の手をとって、玄関のほうへ歩きながら、言うのでした。
「だって、おとうさまは、まだおかえりにならないわ。」
「いや、きっと、もうおかえりになっているよ。二階のお部屋へ、いってごらん。ぼくも部屋のそとまで、ついていってあげるよ。でもね、おとうさんに、ぼくのこと言うんじゃないよ。骸骨を見たことも、言うんじゃないよ。いいかい。」
「どうして? どうして言っちゃいけないの?」
「もし、きみがおとうさんに話すと、骸骨が、きみをひどいめに、あわせに来るからさ。」
「ほんと? ほんとに来るの? じゃあ、あたし、話さないわ。」
少女は、またブルブルふるえだすのでした。
ふたりは玄関をはいって、廊下を、おくのほうへすすんでいきました。そして、さいぜん、ひとりの骸骨がのぼっていった階段の下まできたとき、少女がギョッとしたように、立ちどまりました。
「いけない。二階へいっちゃいけない。二階に、さっきのお化けがいるわ。まだ、きっと、いるわ。」
「だいじょうぶだよ。もういやしないよ。二階には、お化けでなくて、きみのおとうさんがいるばかりだよ。」
少女は、階段の下の柱につかまって、動こうともしませんでしたが、小林君はささやき声で、いろいろと、ときつけて、やっと二階へあがることを、しょうちさせました。
「いいかい、ぼくはおとうさんの部屋のそとまで、いくだけだよ。きみはひとりで、部屋へはいるんだよ。そして、ぼくのことは、おとうさんに、なにも言わないんだよ。わかった?」
少女がうなずくのを見ると、小林君はその手をとって、音をたてないように気をつけながら、階段をのぼりました。そして、廊下をすこしゆくと、少女がひとつのドアをゆびさしました。それがおとうさんの部屋だったのです。
少女はまだこわがっていましたけれど、小林君にせきたてられて、そのドアを、ソッとほそめにひらいて、部屋のなかをのぞきました。小林君も、少女の頭の上から、そのドアのすきまに目をあてました。
部屋のなかには、さっきの骸骨がいたのでしょうか。いや、そうではありません。そこの安楽イスには、ひとりの、りっぱな紳士が、ゆったりと腰かけていました。言うまでもなく、少女の父の博士なのです。
黒い背広をきた五十歳ぐらいの紳士で、はんぶん白くなったかみをオールバックにし、黒いふちのロイドめがねをかけ、口ひげと、三角がたのあごひげを、はやしています。いかにも、学者らしい顔つきです。
それにしても、いったい、この博士は、いつのまに、かえってきたのでしょう。小林君も少女も、さっきから門のところにいたのですから、博士がかえってくれば、であったはずです。どうも、おかしいではありませんか。
つい、さいぜん、ひとりの骸骨が、二階へあがっていきました。そして、いま来てみると、骸骨のすがたは、どこにもなくて、そのかわりに、少女のおとうさんの博士が、いつのまにか、あらわれていたのです。これは、いったい、どうしたわけなのでしょうか。
小林君は、もう、ちゃんと、そのわけを知っていました。しかし、少女に話してきかせるには、およびません。そこにいたのは、少女のおとうさんに、ちがいないのです。小林君は、だまって、少女のせなかを押して、部屋の中へはいれという、あいずをしました。
少女はドアをひらいて、「おとうさま。」とさけびながら、かけこんでいきました。博士はそれを見ると、にこにこ笑って、両手をひろげます。少女はその両手のなかへ、たおれこむようにして、博士のひざにすがりつきました。
「おとうさま、どこへいらしったの? あたし、こわかったわ。ひとりぼっちなんですもの。」
「おお、ごめん、ごめん。おとうさまはね、だいじなご用があったんだよ。それに、ばあやが、もっとはやく、かえると思ったんだよ。さびしかったかい。ごめんね。だが、こわいことなんか、ありゃしないよ。なにも、こわいものなんか、いやしないよ。」
「いたわ、お化けが……。」
「エッ、お化けが? どこにさ。」
「地下室よ。」
「なんだって? おまえ、地下室へ行ったのか。地下室で、なんか見たのか。」
大きなメガネのなかで、博士の目がギラギラと光りました。そして、おそろしい顔で、少女をにらみつけているのです。
少女は、ハッとしたように、口をつぐみました。さっき小林君に言われたことを、思いだしたからです。あのことをおとうさまに言えば、おそろしい骸骨が、またやってくるにちがいないと、思ったからです。
「地下室で、なんだか音がしたの。」
「それだけかい。おまえ、地下室へ行ったんじゃないのかい。」
「行ったんじゃないわ。こわいんですもの。」
それを聞くと、博士は、やっと安心したように、目をほそくして、にこにこ笑いだしました。
「いい子だ、いい子だ。もう、けっして、ひとりぼっちにしないからね。ごめんよ。さあ、おとうさまが、おもしろいお話をしてあげよう。ひざの上におのり。」
「ええ、おもしろいのよ。こわいお話はいやよ。」
少女は、父のひざに腰かけて、あまえるように言うのでした。
第四の骸骨
小林少年は、父と子が、なかよく話しだしたのを、見とどけると、ソッと二階をおりて、まっ暗な裏庭へ出ました。まだそのへんに、四十面相が、かくれているような気がするので、庭の林のなかを、ひとまわりして、かえるつもりだったのです。
「三びきの骸骨は、つぎの金曜日の夜の八時に、また地下室であうという、やくそくをした。こんどは、もっとはやくから、あの地下室にしのびこんで、骸骨どもの秘密をさぐってやろう。そうすれば、きっと、おもしろいことが、わかってくるにちがいない。」
小林君は、そんなことを考えながら、庭の林のなかへ、はいってゆきました。
林のなかは、まっ暗です。手さぐりをしなければ、歩けません。そのやみのなかを、小林君は、すこしも足音をたてないで、ネコのように、しずかに歩きました。ときどき立ちどまっては、じっと、耳をすますのです。そして、また歩きだし、また立ちどまり、大きな木の幹を、ぬうようにして、すすんでゆきますと、むこうの、やみのなかに、なにか、キラッと光ったものがあります。
小林君はハッとして、立ちどまりました。そして木の幹にからだをかくすようにして、じっと、そのほうをみつめました。
そこには、なにか生きものがいるのです。ガサガサと木の葉のすれる音がして、そのものが、こちらへ、ちかづいてきました。
それは、やみのなかでも、ピカピカ光るものでした。金色のかたまりが、宙にういています。それには、ふたつのまっ黒な穴があります。金色の、長い歯ならびが見えます。その下に、金色のあばら骨、腰の骨、長い手、長い足……、黄金の骸骨です。ここにもまた、ひとつの骸骨が、かくれていたのです。
さっきの地下室にいた骸骨のひとりでしょうか。いや、小林君は、そうでないことを知っていました。ふたつの骸骨は、自動車にのって、立ちさったのです。もうひとつの骸骨は、二階へあがったまま、おりてこなかったのです。おりてこなかったわけがあるのです。すると、ここにいるのは、第四の骸骨です。骸骨がまたひとつ、ふえたのです。
しかし、小林少年は、それを見ても、いっこう、おそれるようすはありません。逃げだそうともしません。大胆にも、いままでかくれていた木の幹をはなれて、その金色の骸骨の前へ、ツカツカと、すすんでゆくではありませんか。
やみのなかへ、ガサガサ音をたてて、小さな人かげが、あらわれたのを見ると、かえって骸骨のほうが、ビックリしたようです。金色の骸骨は、ハッとして、その場に、立ちすくんでしまいました。
そうして、骸骨と少年とは、長いあいだ、じっと、にらみあっていました。
「ウフフフ……、わかったぞ、きさま、チンピラ探偵の小林だな。」
骸骨が、金色の歯をガクガクさせて、ぶきみな、しわがれた声で、ものを言うのです。
「そうだよ。そして、きみは四十面相だろう。」
小林君も、ズバリと言ってのけました。
「フフン、えらいぞ。さすがはチンピラ名探偵だ。感心だねえ。おれは、つくづく、きみが、かわいくなったよ。」
骸骨は、金色の腕を、あばら骨の前に、くみあわせて、さも、たのしそうに笑うのでした。小林君もまけてはいません。
「ぼくも、きみのはやわざには、ほんとうに、感心したよ。巡査に化けたかと思うと、郵便ポストになり、こんどは、骸骨にまで、化けるんだからねえ。ぼくなんか、はじめから、乞食の子のままで、はずかしいくらいだよ。」
「ウフフフ……、それじゃあ、ひとつ、おたがいに、なかよくしようじゃないか。おれは、ほんとうに、きみがすきなんだからね。ところで、きみは、おれのはやわざの秘密が、わかるかね。」
「わかっているよ。きみは、今夜、この家の地下室に、三人の骸骨があつまって、相談することを、知っていたんだ。それで、劇場を逃げだすときから、おまわりさんの服の下に、ちゃんと、骸骨のシャツを着ていた。だから、おまわりさんの服をぬぎさえすれば、すぐに骸骨に化けられたんだよ。」
それは、ピッタリと身についた、まっ黒なシャツとズボンでした。その前とうしろに、金色のえのぐで、骸骨の絵がかいてあったのです。頭にも黒い布をかぶり、それも金色のどくろが、かいてあったのです。暗いところでは、まっ暗なシャツやズボンが見えないで、金色の絵だけが、うきあがるものですから、ほんとうの骸骨のように感じられたのです。
地下室にいた三つの骸骨も、やっぱり、生きた人間が、そういう変装をしていたのです。小林君は、それを、ちゃんと見ぬいていました。ですから、骸骨が自動車にのっても、また、二階へあがった骸骨が、消えてしまって、そのかわりに、少女のおとうさんがあらわれても、すこしも、おどろかなかったのです。
四十面相の骸骨は、小林君のことばを聞いて、またしても、さも、たのしそうに笑いました。
「えらい、ますます感心だねえ。すると、きみは、さっきの地下室のようすを、のぞいていたんだね。そして、あの三人の変装を、見やぶってしまったんだね。」
「そうだよ。そして、あの三人のうちのひとりが、ここの主人の博士だったことも、知っているよ。そして、きみは、あの三人の秘密を、ぬすみだすために、同じような変装をして、ここへ、しのんできたということもね。」
「ホホウ、そこまで、気がついたかい。ところで、その秘密というのは、なんだろうね。三人の男が、金色の骸骨の変装をして、地下室にあつまるのは、いったい、なんのためだろうね。え、きみには、それがわかるかね。」
「それはね、黄金どくろの秘密。ね。そうだろう。その秘密を、ぬすみだすのが、きみの大事業なんだろう。いつか『日本新聞』に、きみ自身で公表したじゃないか。」
ずぼしをつかれて、さすがの四十面相も、ちょっと、だまりこんでしまいました。しかし、やがて、気をとりなおすと、一歩まえに出て、ぶきみな声でたずねるのです。
「で、きさま、その黄金どくろの秘密が、なんだか、知っているのか。」
「それは知らない。だが、いまに発見してみせるよ。」
「フフン、えらいねえ。きみは、おれと知恵くらべをする気なんだね。ひとつ、お手なみをはいけんしようかねえ……。で、きみ、こわくないのかい。」
金色の骸骨は、わざと声をひくめて、そう言うと、また一歩、小林君のほうへ、ちかづいてきました。いまにも、つかみかかりそうな、ようすです。
まっ暗な、ひろい庭のなかです。声をたてても、たすけにきてくれる人はありません。洋館の二階には、少女と博士とがいますけれど、二階からおりて、ここまで来るのには、そうとうな時間がかかります。そのまに、あいては、小林君に、さるぐつわをかませて、こわきにかかえて、すがたをくらましてしまうでしょう。
小林君は、それを考えると、さすがにゾッとして、思わず逃げごしになりました。
「ワハハハハ……。」
四十面相はなにを思ったのか、いきなり笑いだしました。まるで気でもちがったように、おそろしいしわがれ声で、腹のそこから笑っているのです。
通り魔
その笑い声をきくと、小林君は、ハッとして、思わず逃げだしそうになりました。骸骨が、いまにもとびかかってきて、小林君をこわきにかかえ、どこかへ、つれさるのではないかと、思ったからです。
「ワハハハハ……、こわいか。ふるえているじゃないか。」
四十面相の骸骨が、ユラリと一歩、小林君のほうに近づいて、しわがれ声で言いました。
「こわいもんか。ただ、きみにつかまらないように、用心しているだけさ。」
小林少年もまけてはいません。
「ハハハ……、やっぱりこわいんじゃないか。だが、安心したまえ。なにもしやしないよ。きみはかわいいからね。きみがおれを尾行したり、ふいにおれの前に、あらわれたりするのが、じつにたのしいのだよ。きみはおれの秘密を、なんでも見やぶってしまうからね。あいてにとって、じつにゆかいなんだよ。」
「フフン、それで、きみは、これからどうするつもりなの。ぼくは、どこまでも、しゅうねんぶかく、きみにつきまとってやるよ」
「おもしろい。そこがすきなんだよ。だが、今夜は、これでおわかれだ。きみは、もう、おれを尾行することは、できないのだよ。」
「じゃあ、逃げるのかい。」
「フフフフ……、まあ、逃げるのだろうね。しかし、また、じきにあえるよ。きみはきっと、おれの前にあらわれるからね。」
「で、どうして、逃げるの?」
「きいてごらん。なんだか音がしているねえ。エンジンの音のようだね。遠くのほうから、だんだん近づいてくる。ホラね。」
しずまりかえった夜の空気をふるわせて、かすかに自動車の近づいてくる音が、聞こえています。小林君は、とっさに、その意味をさとりました。しかし、どうすることもできません。金色の骸骨は、サッと身をひるがえして、もう走りだしていました。小林君も、思わず、そのあとを追いましたが、遠くのひかりをうけて、ときどき、キラッキラッと光る金色の骸骨は、林の中をくぐりぬけて、うらのコンクリート塀に近づき、いきなり、パッと、とびあがったとみるまに、たちまち、塀の頂上に、よじのぼっていました。
からだの小さい小林君には、とても、そのまねはできません。やっと塀にとびついて、ひじょうな苦心をして、塀の上に顔をだしたときには、四十面相は、もう、そとがわへとびおりていたのです。
それは、じつに、みごとな曲芸でした。小林君は、そのはなれわざを見て、敵ながら、すっかり感心してしまったほどです。
一台のオープン・カー(屋根のない自動車)が、むこうの町かどから、矢のように走ってきました。そして、それが四十面相ののぼりついた塀の下を、通りすぎたとき、金色の骸骨のからだが、サーッと空中におどり、アッと思うまに、自動車の座席の中へおちていきました。つまり、四十面相は塀の上から、走っている自動車に、とびのったのです。じつに、あざやかな演技でした。
自動車は、すこしも速度をゆるめず、そのまま、べつの町かどをまがって、消えていきました。むろん、まえもって、うちあわせてあったのでしょう。その自動車の運転手は、四十面相の部下にきまっています。
まるで通り魔のようなできごとでした。アッというまに、今までそこにいた骸骨も、自動車も、見えなくなり、あとには、死にたえたような、夜のしずけさがあるばかりでした。
小林君は、ゆっくりと、塀のそとへおりて、自動車の消えさったほうをながめながら立っていました。敵のためにみごとに、だしぬかれたのです。では、小林君はまけたのでしょうか。いや、どうも、そうではなさそうです。そのしょうこに、小林君は、ニヤニヤ笑っていたのです。笑いながら、こんなひとりごとを言っていたのです。
「四十面相君、気のどくだが、きみは、逃げられないんだよ。このつぎの金曜日には、きみはどうしても、ここへ来ないわけにはいかないんだ。勝負はそのときだよ。こんどこそ、ぼくのおくの手をだして、アッと言わせてやるからね。ああ、金曜日がまちどおしいなあ。」
小林君は、そう言って、またニヤリと、ふしぎな笑いをもらすのでした。
巨大な昆虫
お話は、つぎの金曜日の夜にとびます。場所は博士邸、時間は午後八時すこしまえです。
博士邸の一階の、うす暗い、ひろい廊下を、いっぴきの巨大な虫のようなものが、スーッとはっていくのが見えました。
その虫は、カブトムシのように、黒くて、つやつやした、せなかをしているのですが、そのせなかには、エビのように、たくさんのふしがあるのです。まっ黒な、サソリといったほうが、よいかもしれません。
しかし、そのものは、かたちは虫のようですが、大きさは、カブトムシの何万倍もあるのです。大きなイヌほどもある虫の化けものです。それが六本ではなくて、四本のあしで、ゴソゴソと、廊下のおくの、やみの中へ消えていったのです。そこには、地下室への階段があるはずです。
うす暗い廊下は、そのまま、シーンとしずまりかえっていましたが、やがて、二階からの階段に人の足音がして、このまえの夜と同じような、黒マントで身をつつんだ人物が、廊下にあらわれ、地下室の階段のほうへ、ゆっくり、歩いていきました。主人の博士にちがいありません。黒マントの下にはれいの黄金骸骨のシャツを着ているのでしょう。
まもなく、こんどは、玄関の扉のひらく音がして、同じ黒マントの人物が、そとからはいってきました。そして、かげのように、スーッと廊下を通り、地下室へと、おりていきました。まだ、もうひとり来るはずです。でないと、人数がそろいません。
やがてほどなく、また玄関に音がして、第三の黒マントが、廊下にあらわれました。そして、地下室の階段のほうへ歩いていったのですが、とつぜん、廊下にならんでいる、ひとつのドアが、パッとひらき、そのまっ黒な部屋の中から、もうひとりの黒マントが、とびだしてきました。さきに地下室へおりたふたりとは、べつの人物です。つまり、第四の黒マントなのです。
それを見ると、玄関からはいってきた黒マントは、びっくりして立ちどまり、
「やあ、おそくなって……。」
と、言いかけましたが、あいては、ものをも言わず、いきなり、こちらへ、くみついてきました。
「だ、だれだ、きみは……。」
さけぼうとしたときには、もう、あいてのてのひらが、口をふさいでいました。おそろしい無言の格闘です。ふたりのマントが、コウモリのはねのように、ひるがえり、その下から金色の骸骨の変装があらわれ、二ひきの骸骨が、くんずほぐれつの、あらそいをつづけたのです。
しかし、それも、ちょっとのまでした。ドアからとびだしてきた第四の人物のほうが、たちまち、あいてをたおして、その上に馬のりになってしまったのです。そして、てばやく、大きなハンカチをまるめて、あいての口におしこみ、よういしていたなわをとりだして、身うごきもできないように、手あしをしばってしまいました。
それから、勝ちほこった黒マントは、しばられたままにたおれている人物の足を、両手で持って、さっき出てきた、まっ暗な部屋の中へ、ズルズルとひきずりこみました。そして、ふたたび、廊下に出ると、ドアをピッタリしめて、なにくわぬ顔で、ゆっくりと地下室の階段へと歩いていくのでした。
この第四の黒マントが、なにものであるか、読者諸君は、とっくにおわかりでしょうね。そうです、この男は怪人四十面相だったのです。かれは、骸骨のすがたをした人物のひとりに化けて、地下室の会合の、なかまいりをしようというのです。そして、なかの秘密を、さぐろうとしているのです。
それにしても、いちばんさいしょ、地下室のほうへ消えていった、あの巨大な虫のような怪物は、いったい、なにものだったのでしょう。これも読者諸君には、だいたい、想像がついているかもしれませんね。
いよいよ、奇々怪々の知恵くらべが、はじまろうとしているのです。「黄金どくろの秘密」をめぐって、希代の怪人と、少年名探偵の、勝負がはじまろうとしているのです。
三つの黄金どくろ
それから三十分ほどのち、地下室では、三人の骸骨が、テーブルをかこんで、秘密の話をつづけていました。
「わしはどうも、読みかたが、ちがっていたんじゃないかと思いますがね、ひとつみんなが、どくろをテーブルの上にだして、べつの読みかたをしてみようじゃありませんか。」
金色の骸骨のひとりが、そう言って、そばにまるめてある黒マントの中から、キラキラ光る黄金のかたまりをとりだして、テーブルにのせました。
それは、実物の半分ぐらいの大きさの、金製のどくろでした。どくろのかざりものというのは、なんだかへんですが、やっぱりかざりものとして、つくったとしか考えられません。ものずきな美術家が、きまぐれにこしらえたものでしょう。ほんものそっくりに、じつによくできているのです。
あとのふたりの骸骨もそれにならって、同じような黄金どくろをテーブルの上にだしました。ものずきな美術家は、ひとつだけではたりないで、まったく同じ黄金どくろを、三つもつくったのでしょうか。それとも、これには、もっと、ふかいわけがあるのでしょうか。
骸骨のひとりが、その黄金どくろを、さかさまにして、後頭部の首にちかい部分を上にし、グッと目を近づけて、そこをみつめました。
その後頭部のすみに、ちょっと見たのではわからないような、小さな小さな字で、三行のひらがなが、ほりつけてあるのです。
「ゆなどき、んがくの、でるろも。これじゃあ、いくら考えてもわからない。それで、わしは、横に読んでみたのですよ。すると、ゆんで、ながる、どくろ、きのも、となる。これでも、やっぱりわからないが、どくろという三字には、意味がある。なんだか見こみがあるように思うのです。あんたがたのふたつのどくろの字も、そういうふうに横に読んで、そして、三つのどくろの字をつなぎあわせたら、なにか意味ができてくるのじゃないかと、気がついたのですよ。ひとつならべてみてください。」
三つの黄金どくろが、テーブルのまんなかに、後頭部を上にして、あつめられました。
三人は上半身をまげて、その上におおいかぶさるようにして、黄金の表面のかすかなひらがなを読むのでした。
三人はしばらくのあいだ、三つのどくろを、いろいろにくみあわせて、読みくらべていましたが、けっきょく、つぎのように、ならべるのが、いちばん意味がありそうだということになりました。
「ね、これで、いくらか、意味のわかるところがある。まず、いちばん右がわから、読んでみると、きのもきどくろじま、となるが、きのもきというのは、わからないけれども、どくろじまは髑髏島の意味じゃないでしょうかね。」
ひとりが言いますと、べつの骸骨が、うなずきながら、
「ウンそうだ、そうだ。右から二行めは、どくろんをさぐれよ、となる。どくろにも意味があるし、さぐれよは、さがしてみよというわけでしょうね。だが、そのあいだのんをというのがわからない。」
すると、いまひとりの骸骨が、三行めを読みました。
「ながるだのおくへと、これはむずかしい。ながるは流るという意味でしょうね。そのつぎのだのはわからないが、おくへとは、奥へと、奥のほうへと、という意味じゃないでしょうかね。」
「さいごの第四行めにも、意味がありますよ。ゆんでとすすむべし。このゆんでとはわからないが、すすむべしは進むべしで、進みなさいというわけでしょう。」
「ウン、だんだん、わかってくるようですね。ひとつ、いま読んだとおり、紙に書いてみましょう。」
ひとりの骸骨が、それはたぶん、主人の博士なのですが、テーブルの上に紙をひろげて、鉛筆で、つぎのように書きしるしました。