きのもきどくろじま
どくろんをさぐれよ
ながるだのおくへと
ゆんでとすすむべし
三人は、このふしぎな文句を、なんども、口の中でとなえながら、ながいあいだ考えていましたが、やがて、ひとりが、ポンとひざをたたいて、口をひらきました。
「わかった、三つでなくて、四つなんですよ。われわれは、いままで、この黄金どくろを、三つしかないものと、思いこんでいた。しかし、この文句がうまくつづかないのは、黄金どくろがもう一つあるしょうこです。ごらんなさい。きのもき、どくろん、ながるだ、つづきぐあいがわるいのは、このもき、ろん、るだのところですよ。だから、もとき、ろとん、るとだのあいだに、三字ずつひらがながぬけているとしか考えられない。つまり、われわれの知らない黄金どくろが、もうひとつ、どこかにあるのですよ。」
「ウン、そうだ。そのほかに、考えようがありませんね。」
「だが、その、もうひとつの黄金どくろが、どこにかくれているか、こいつをさがすのは、たいへんなしごとですよ。われわれ三人が、どくろクラブをつくって、こんな骸骨の着物をきて、ここに、あつまるようになるまででも、なみたいていの苦心ではなかったのですからね。わしはもう、ウンザリしましたよ。」
「いや、われわれの大目的を、たっするまでには、まだまだ、いろいろな、苦労をしなければなりません。いまから、よわねを、はいちゃいけませんね……。では、これからは、三人が力をあわせて、そのもうひとつの黄金どくろを、さがすのです。どんなことがあっても、さがしださなければなりません。なにしろ、何百億、何千億ともしれない、大宝庫を発見するためですからね。」
それから、三人は、しばらくのあいだ、相談をつづけましたが、夜もふけたので、またつぎの金曜日に、あつまることとして、そとから来たふたりの客は、黒マントで身をつつみ、博士邸を立ちさることになりました。
博士はふたりを、玄関まで見おくっておいて、ふたたび地下室にひきかえし、テーブルのまえに腰かけて、そこにおいたままになっていた、ふしぎな、かな文字をしるした紙を、じっとみつめながら、しきりと考えにふけるのでした。
歩く百科事典
博士が、鉛筆で、その紙に、なにか書きこみながら、むちゅうになって、考えごとをしているとき、地下室の一方に、じつにふしぎなことが、おこっていました。
この地下室は、博士の秘密研究室で、三方のかべは、天井まで本だなになっていて、そこに日本と西洋のむずかしい本が、ビッシリつまっているのですが、その一方の本だなのいちばん下の段にならんでいる、二十冊もある大きな西洋の百科事典が、まるで、生きもののように、モゾモゾと動きはじめたのです。金文字のはいった、皮表紙のせなかが、ヘビがのたうつように、クネクネと動きだしたのです。やっぱり、この洋館は、化けもの屋敷なのでしょうか。
その百科事典は、博士のうしろのほうにあったので、博士は部屋のなかに、そんな怪事がおこっていることを、すこしも知りません。
百科事典の動きかたは、ますますはげしくなってきました。二十冊の大きな本のせなかが、波のようにゆれるのです。そして、ついには、二十冊の本が、ゴロッと、本だなのそとへ、ころがりだしてしまいました。
ところが、ゆかの上にころがったのを見ると、それは、本ではなくて、なんだか巨大な虫のようなものでした。なるほど、本のせなかは、二十冊ぶん、ちゃんとそろっています。そして、それが、波うっています。しかし、せなかだけで、本そのものは、なにもなく、大きな生きものがくっついているのです。つまり、いっぴきの生きもののうしろに、二十冊の本のせなかだけが、まるで、亀のこうのようにかぶさっていたわけです。
見ていると、百科事典の背表紙をしょった生きものは、四本の足で、ソロソロとはいはじめました。これです、これです。いちばんさいしょ、うす暗い廊下をはっていた、カブトムシかサソリの化けもののようなやつは、この百科事典の背表紙をせなかにつけた怪物だったのです。背表紙の金文字が、あんなにチカチカ光ってみえたのです。
それから、つぎには、もっとふしぎなことがおこりました。その怪物が、ヌーッと、うしろのあしで立ちあがったのです。すると、怪物の顔が、よく見えるようになりましたが、おどろいたことには、それは人間の子どもの顔でした。つまり、小林少年の顔だったのです。
小林君が、このまえの晩、四十面相が逃げさったあとで、ニヤリと笑ったのは、このおくの手を考えついたからでした。あいてが郵便ポストに化けるなら、こちらは百科事典に化けてやるぞと、ふてきな考えを、心の中にもっていたからです。
小林君は、どうかして、三人の骸骨の話を聞きたいと思いました。ドアのすきまからのぞくのでは、じゅうぶん聞きとれませんし、人にみつかるきけんがあります。そうかといって、地下室の中には、かくれる場所もありません。そこで、本だなのうちの、いちばん大きな本に化けることを、考えついたのです。
小林君は、明智探偵事務所から製本屋に注文して、地下室の西洋百科事典とそっくりの背表紙の二十冊分、つながっているものをつくらせて、それを亀のこうのように、せなかにつけたのです。そして、だれも来ないうちに、地下室にしのびこみ、ほんものの百科事典をぬきだして、廊下のすみの、物置きのようなところにかくし、そのあとの本だなへ、自分が手足をちぢめて横になり、せなかの百科事典の表紙をそとにむけて、ジッと、息をころしていたのです。二十冊分の背表紙で、すっかり、からだがかくれてしまいますから、そとから見れば、そこには、百科事典が、ならんでいるとしか思えないのです。
忍術には水遁の術、火遁の術、木遁の術などいろいろありますが、小林君の発明したのは「書遁の術」とでもいうのでしょう。人の目の前にいながら、それと気づかれないのですから、これは、たしかに忍術にちがいありません。
四十面相は、金色の骸骨に化けて、博士邸にしのびこみ、小林少年は、百科事典に化けて、地下室に身をかくしました。この変装くらべは、どちらが勝ちでしょうか。骸骨などよりも「書遁の術」という新発明のほうが、はるかにすぐれていたのではないでしょうか。それがしょうこに、四十面相のほうでは、小林君が地下室にしのびこんでいたことを、すこしも知らないのに、小林君は、四十面相が、三人の骸骨のひとりになりすまして、いまの密談にくわわっていたことを、ちゃんと知っているのです。
百科事典の背表紙をしょって立ちあがった、小林君は、テーブルに向かって考えごとをしていた博士のうしろへ、ソッとしのびより、博士の肩ごしに、前の、かな文字の紙をのぞきこみました。
金色の骸骨のすがたをした博士は、むちゅうになって考えていたので、うしろから、そんな怪物がのぞいていることは、すこしも気づきません。やっぱり、鉛筆で、しきりとなにか書いています。
どくろの秘密
しばらくすると、骸骨すがたの博士が、ヒョイと、うしろをふりむきました。小林君の息が、博士の耳のうしろを、くすぐったからです。
骸骨のふたつの大きな目と、百科事典の化けものの少年の目とが、火ばなをちらすように、にらみあいました。
「きみはだれだ。どこから、はいってきた。」
金色の骸骨の口が、パクパクうごいて、ぶきみな、ひくい声がもれてきました。
「ぼくは四十面相を追っかけているのです。明智探偵の助手の小林っていうのです。」
「フーン、そうか。明智探偵の名はよく知っている。小林という、すばしっこい少年助手がいることも、話にきいている。しかし、その小林君が、どうして、わしのうちへ、はいってきたのかね。ここには四十面相なんて、いやしないじゃないか。」
「いたのですよ。いましがた、ここを出ていったばかりです。」
「ばかなことを言いなさい。ここには、わしのほかに、ふたりの骸骨がいたばかりだ。ふたりとも、わしの親戚のものだ……。わしたちは、ある秘密の相談をするために、こんな骸骨のシャツを着て、会議をひらいているが、けっして、悪事をはたらいているのではない。四十面相などとは、なんのかんけいもない。」
「ところが、あの骸骨のひとりに、四十面相が化けていたのですよ。あいつは、そうして、あなたがたの秘密を、さぐりだしにきたのです。」
「いや、そんなことはない。にせものなれば、黄金どくろを持っているはずがない。わたしたちは、みんな一つずつ、黄金どくろを持っている。それがなによりのしょうこなのだ。」
「じゃあ、ぼくもしょうこを見せてあげましょう。それはたぶん、一階のどこかの部屋に、ころがっているはずですよ。」
小林君は、博士を手まねきしながら、ドアのそとへ出ていきます。博士は、そうまで言われて、もしやという、うたがいがおこったのでしょう。そのまま、小林君といっしょに、地下室の階段をのぼって、一階の廊下に出ました。
小林君はさきに立って、廊下にならんでいるドアを、つぎつぎとひらいて、なかをのぞいてゆきましたが、ある部屋のドアをひらくと、ハッとしたように立ちどまって、博士のほうをふりむき、目で「ここだ。」という、あいずをしました。
博士もいそいで、その部屋にはいってみますと、ガランとしたあき部屋のゆかに、金色の骸骨が、ながながと、横たわっていました。口には、さるぐつわをはめられ、手と足を、グルグルまきに、しばられているのです。
ふたりはおどろいて、そのそばにかけよりさるぐつわをとり、なわをといて、ようすをたずねますと、その人は、まさしく、博士の親戚の人のひとりで、廊下を歩いていると、とつぜん、自分とおなじ骸骨のシャツを着た男が、とびだしてきて、アッと思うまに、こんなめにあわされてしまった。そのとき黄金どくろも、とられてしまった、と言うのでした。
博士は、この骸骨男と、小林君を、書斎にあんないして、イスをすすめ、骸骨のふくめんをとって、顔をあらわしました。
小林君が、このまえすきみした、主人の博士にちがいありません。半分白くなったオールバックの頭と三角がたのあごひげに見おぼえがあります。博士はデスクの上からロイドめがねをとって、かけました。すると、いよいよ、あのときの博士の顔と、そっくりになるのでした。
あき部屋にたおれた骸骨男も、ふくめんをとりさりました。これも五十歳をこした中老の、りっぱな紳士です。頭の毛はうすく、でっぷりふとった、あから顔で、ひげはありません。
博士はその紳士に、いままでのことを、ひととおり説明したあとで、小林君のほうに、向きなおりました。
「小林君、きみは、わしたちの味方だろうね。つまり、四十面相の怪人は、おたがいの敵というわけだね。」
「もちろんです。ぼくは四十面相のやつには、ふかいうらみがあるのです。ですから、四十面相が、あなたがたの秘密を、ぬすんだとすれば、ぼくは、あなたがたの味方になって、四十面相のじゃまをしてやりますよ。それにしても、黄金どくろの秘密というのが、なんのことだか、ぼくには、すこしもわかりません。それを話してください。」
小林君が、ハキハキした口調で、たずねました。
「ウン、黄金どくろの暗号の文句は、きみも、すっかり聞いてしまったのだから、かくしてもしかたがない。じつは、わたしたちは、何百億、何千億という、ばくだいな宝のありかを、さがしている。さっき、地下室で、きみが聞いた暗号をとけば、その宝のありかが、わかるのだ。
くわしいことは、あとで話すが、いまから百年ばかりまえに、ある人が、ばくだいな金のかたまりを、どこかへかくして、そのかくし場所を、三つの黄金どくろに、暗号でほりつけておいたのだ。
わしは、ながいあいだ苦心をして、そのことを発見した。黄金どくろの秘密は、わしが持っているが、あとのふたつをさがすのに、ずいぶんほねをおった。そして、やっと、ふたつのどくろの持主をみつけて、暗号のけんきゅうをはじめたところなのだ。
だが、わしたちは、けっしてどろぼうをやるのじゃない。百年まえに金のかたまりをかくしたのは、大阪の大金持の、黒井惣右衛門という人だが、わしは、その四代めの子孫にあたる黒井十吉というものだ。ついこのあいだまで、大学でドイツ文学をおしえていた。ここにおられるのは松野さんという、ミシン製造会社の社長さんで、やはり惣右衛門の子孫だ。それからさきに帰ったもうひとりは、八木さんという貿易会社の社長さんで、やっぱり惣右衛門の子孫なのだ。つまり、わしたちは、先祖の宝物をさがしだそうとしているのさ。」
「わかりました。ところが、黄金どくろをもっている、惣右衛門さんの子孫は、三人だと思っていたのが、そうではなくて、四人だったことがわかったのですね。」
小林少年は、さっき地下室で聞いたことをすばやく思いだして、たずねました。
「そうなんだ。そのほかに、考えようが、ないのだ。」
「ああ、きっとそうです。四十面相のやつが、そのもうひとつの黄金どくろの、ありかを知っているのですよ。でなければ、あんな苦労をして、あなたがたの会議の席へしのびこむわけがありません。」
それを聞くと、黒井博士は顔色をかえて、思わずイスから立ちあがりました。
「ウーン、そうか。しまった。すると、あいつは、もう、すっかり暗号をといてしまったかもしれない。小林君、なぜ、もっとはやく、わしにおしえてくれないのだ。あいつを逃がしては、とりかえしがつかないじゃないか。」
「いいえ、逃がしゃあしません。ちゃんと、つかまえています。」
「エッ、つかまえているって? どこに……。」
「ぼくには、チンピラ別働隊という、たくさんの部下があります。今夜、ぼくが、ここへしのびこむまえに、そのうちの、二十人のすばしっこい少年たちを、おたくのまわりへ、配置しておきました。けっして、四十面相を逃がすようなことはありません。いまに、なにか知らせがあります。ぼくは、チンピラどもの腕まえを、信じています。」
小林君は、リンゴのようなほおを、いっそう赤くして、さも、自信ありげに、言いきるのでした。
チンピラ隊
お話は、すこしまえにもどります。
地下室の秘密会議がすんで、ふたりの骸骨すがたの客が、立ちさって、まもなくのことです。
博士邸のうらのコンクリート塀のそとに、一台のオープン・カーがとまっていました。運転手は、人まち顔に、塀の上をみつめています。
すると、チラッと、コンクリート塀の上に光るものが見えました。金色の骸骨の頭です。それが、スーッと、まっ暗な空のほうへ、のびあがっていくように見えました。あたまの下に胴体は見えません。大きなマントでつつまれているのです。
自動車がしずかに動きはじめました。そして、骸骨の頭の、ま下にちかづいたとき、パッと、大きなコウモリが、ネズミ色のはねをひろげて、宙をとんだように見えました。マントをひるがえして、骸骨男が、自動車の座席へ、とびおりたのです。いつかの晩と同じでした。いうまでもなく、これは怪人四十面相なのです。
四十面相が席につくと、自動車はそのまま、おそろしい早さで走りだしました。町かどをまがりまがって、まるで黒い風のように走るのです。
二十分も走ったころ、自動車は、場末の、みすぼらしい町にとまりました。店屋がならんでいるのですが、夜ふけなので、おおかた戸をしめています。
とまった自動車から、ひとりのじいさんがおりて、その暗い町を歩いていきました。茶色のダブダブの服をきて、モジャモジャのしらが頭を、みぎひだりにふって、ねこぜになって、ヨボヨボと歩いてゆくのです。
おや、こんなおじいさんが、自動車にのっていたのでしょうか。骸骨すがたの四十面相が、とびおりたときには、ほかに、だれも、のっていなかったはずです。では、四十面相はどうしたのでしょう。見ると、自動車の上には、運転手がいるばかりです。四十面相と、このじいさんと、いつのまに、いれかわったのでしょう。
いや、いれかわったのではありません。四十面相が化けたのです。骸骨のシャツをぬいで、自動車の中に用意してあったカツラをかぶり、茶色の洋服をきて、てばやく老人に化けてしまったのです。なにしろ、四十の顔をもっているやつですから、老人に化けるなど、わけもないことなのでしょう。
老人は、その町を三十メートルほど歩くと、いっけんの、きたならしい古道具屋の中に、はいってゆきました。店の前には、首のもげた石地蔵だとか、かけた石どうろうだとか、いろいろなガラクタものが、ところせまく、ならんでいます。
老人はその店の中へはいると、古いよろいや、大きな仏像などが立ちならんでいる部屋の、小さな机の前に腰かけました。すると、奥のほうから、十四、五歳の、きたない小僧がかけだしてきて、老人の前で、ピョコンとおじぎをしました。
「おかえりなさい。」
「ウン、おそくなった。かわったことはなかったかな。」
四十面相は、声まで、すっかり老人になりきっています。
「ハイ、だんなが出ていってから、ひとりも客はきません。」
「そうか。よしよし、おまえはもう、奥へいって寝なさい。戸じまりはわしがするから。」
小僧は、またピョコンとおじぎをして、くらい奥の間のほうへ、きえていきました。これでみると、四十面相は、この古道具屋のおやじになりすましているのです。
ところが、ふしぎは、そればかりではありません。老人がおりたあとの自動車に、もっと奇妙なことがおこっていました。
それは新型の自動車で、後部がズッと出っぱっていて、そこがトランクになっているのですが、老人がおりたすぐあとで、そのトランクのふたが、音もなく、スーッとひらいたのです。そして、中から、まっ黒な顔をした、ルンペンのような子どもが、ヌッとあらわれました。頭の毛がひどくのびて、ボロボロの服をきた、十三、四の少年。
少年は、キョロキョロと、あたりを見まわしていましたが、いきなり、ウサギのようにピョイと、そとへとびだすと、トランクのふたを、ソッとしめました。運転手は、むこうを向いているので、すこしも気がつきません。やがて自動車は、少年をそこにのこしたまま、どこかへ走りさってしまいました。
少年は、ネズミのように、チョロチョロと走って、老人のはいった古道具屋のまえに近づき、石地蔵のかげに、身をかくして、店の中をジッとのぞきこむのでした。
なかでは、老人が卓上電話の受話器を、耳にあてて、しわがれ声でしゃべっていました。
「ハイ、さようで、今夜はおかえりがございませんので? ハイ、では、また、あすの朝、お電話いたします。どうか、よろしくおつたえを。ハイ、ハイ、さようなら。」
老人は、受話器をおくと、「チェッ。」と、舌うちをしました。
「しかたがない。それじゃあ、わしもねるとしようか。」
そして、老人は、戸じまりをするために、入り口のほうへ、やってくるようすです。それを見ると、少年は、ソッと石地蔵のそばをはなれて、またネズミのようなすばやさで、その場を走りさりました。
町かどを二つほどまがると、そこに公衆電話があります。
少年はいきなり、そのなかへとびこんで、受話器をはずし、番号をまわしました。そして、あいてが出ると、
「朝日薬局さんですね。お店にチンピラ隊の三吉がいるでしょう。ちょっと電話に出してください。オオ、三吉か。おれチンピラ千太だよ。報告するからね。すぐ、小林団長のところへ、かけつけるんだよ。」
そして、いま見たことを、早口にしゃべるのでした。
朝日薬局というのは、れいの博士邸から、さほど遠くない町にあるのです。小林少年は、あらかじめその薬局の主人にたのみこんで、チンピラ隊の三吉という少年を、そこにまたせておき、電話があったら、すぐ博士邸へかけつけるように命じておいたのです。
千太の電話を聞きおわった三吉が、博士邸へとんでいって、ことのしだいを、小林少年に知らせたことは、いうまでもありません。
小林少年の危難
さて、そのあくる日の午前八時ごろのことです。
四十面相が化けた古道具屋のおやじは、大きな仏像や、古いよろいや、人形や、刀剣などにかこまれて、れいの小机の前に腰かけ、電話の受話器を耳にあてていました。
「モシ、モシ、宮永さんですか。エ、ちがいますか、モシ、モシ、九段の三八五〇番ではありませんか。ヤッ、しつれいしました。」
老人は、舌うちしながら、受話器をかけて、もう一度、ダイヤルをまわしました。
「モシ、モシ、九段の三八五〇番ですか。宮永さんですね。てまえは、美術商の福井でございますが、ご主人さまは、おめざめでございましょうか。ハイ、ハイ、では、ちょっと、お話もうしあげたいんですが……。」
老人が、むちゅうになって、話しているとき、そのうしろのほうで、なにかユラユラと動いたものがあります。ゴタゴタといろいろなものがならべてあるので、昼でもうす暗い部屋です。その中に、もののけのように、ゆらぐものがあったのです。
老人のうしろのほうに、古いよろいがかざってありました。鉄はさび、糸はボロボロになった、きたないよろいですが、すねあても、ちゃんとそろっていて、人間が着て立っているように、かざってあるのです。頭にはかぶとがのせられ、その下から、赤銅色のお面のようなほおあてが見えています。
そのよろいが、まるで生あるもののように、動いたのです。上半身が、機械じかけのように、ジリジリと、前のほうにかたむき、ちょうど、老人の電話の声に、聞き入っているようなかたちになったのです。そのとき、かぶととほおあてのすきまに、なにかキラッと光ったものがあります。ガラスのようでもあり、人間の目のようでもありました。
老人は、それにはすこしも気がつかず、電話で話しつづけています。
「アア、宮永さんでいらっしゃいますか。どうも、お呼びたていたしまして。てまえ、福井のおやじでございます。おはようございます。ハイ、ハイ、れいの品でございますが、じつは、ぜひおゆずりねがいたいとぞんじまして。ハイ、すっかり、ほれこんでしまいました。あれほどの細工は、めったにあるものではございません。エッ、代金でございますか。それは、もう、おおせのとおり、いかほどでも。エヘヘヘ、ハイ、ハイ、ともかく、一度お目にかかりまして……。これから、すぐに、おうかがいいたしても、よろしゅうございましょうか。ハイ、九時ごろには、そちらさまへ、つくようにいたします。では、ごめんくださいまし。」
受話器をおくと、老人はニヤリと、ぶきみな笑いをうかべました。それにしても、じつにうまく化けたものです。しわだらけの顔、まっ白なふといまゆ、モジャモジャのしらが頭、老眼鏡のなかで光っている目の色まで、すっかり老人になりきっています。
老人は、イスから立って、帽子かけのほうへゆこうとしましたが、なにを思ったのか、びっくりしたように、その場に立ちどまってしまいました。そして、立っているうちに、老人のしわだらけの口の両はじが、キューとつりあがって、なんともいえぬ、いやな笑い顔になり、目はじっと、ひとつところを、にらみつけています。そこには、あのあやしいよろいが立っているのでした。
「ああ、よかった。うっかり見のがすところだった。このよろいはどうかしている。たしかにへんだ。」
じっとみつめていると、まるで息でもしているように、よろいが、かすかに、かすかに、動いているではありませんか。
「ウフフフ、こわいのかね。なんだかふるえているじゃないか。よろいがふるえるわけはなかろう。むろん、なかに人間がかくれているのだ。あさはかなさるぢえだよ。
おまえ、だれだね。あててみようか。チンピラ探偵さんじゃろう。エッ、ちがうかね。ドレ、ドレ、ひとつお顔を、はいけんしよう。」
老人は、いきなり手をのばしてかぶとをはねのけ、ほおあてをめくりとってしまいました。すると、その下から、あんのじょう、小林少年の、かわいい顔があらわれたではありませんか。
「ホーラね、わしの思ったとおりじゃ。いつもながら、きみはすばしっこいねえ。どうしてここがわかったんだね。このしらがのおやじが、四十面相だと、どうして感づいたんだね。わしはこわくなってきたよ。だが、わしの目は、なんでも見とおしだ。とても、ごまかすことはできやしない。オイ、小林君、いままでは、あまい顔をみせていたが、もう、こんどはゆるせないぞ。しばらく苦しい思いをさせてやる。」
そう言ったかと思うと、老人はポケットから、大きなハンカチをとりだして、いきなり小林君の口の中へおしこんで、まず、声をたてられないようにしてしまいました。そして、よろいをはぎとり、小林君の小さいからだを、こわきにかかえて、部屋のすみの階段を、二階へとのぼってゆきました。
二階には、がんじょうな板戸をはめた部屋があり、しかも、その板戸には、大きな錠まえがついているのです。
老人は板戸をあけて、中にはいりました。そして、すみの押しいれから長いほそびきをとりだすと、たたみの上に、小林君をころがしておいて、手も足も、グルグルまきに、しばりあげてしまいました。
「サァ、これでいい。しばらく、がまんしているんだ。まさか、うえ死には、させやしないからね。」
老人は、そう言いすてて、部屋のそとに出ると、板戸をしめて錠まえにガチンとかぎをかけました。そして、階段をおりてゆく足音がきえたあとは、あたりはひっそりと、しずまりかえってしまいました。
小林君は、ころがったまま、部屋の中を見まわしました。右と左はかべ、いっぽうは板戸、のこるいっぽうは窓になっていますが、そこには、がんじょうな鉄のこうしがとりつけてあるのです。これでは、逃げだす見こみは、まったくありません。
小林君は、とうとう、まけてしまったのでしょうか。四十面相が、さっき、かけていた電話は、なにを意味するのでしょう。「れいの品」というのは、第四の黄金のどくろのことではないのでしょうか。もしそうだとすると、小林君が、ここにかんきんされているあいだに、四十面相は、やすやすと、第四の黄金どくろを手に入れ、暗号をといてしまうかもしれません。そして、ほんとうの持主である博士たちを、だしぬいて、財宝のありかを、発見してしまうかもしれません。
小林君はほんとうに、まけたのでしょうか。いや、いや、まだ、まけたとはきまりません。少年ながらも、おそろしい知恵をもっている小林君のことです。どんな切り札を用意していないともかぎりません。
それにしても、四十面相が宮永という人と、やくそくした九時までには、もう四十分ほどしかありません。どこにも出口のない密室にかんきんされ、しかも、グルグルまきにしばられて身うごきもできない小林君が、そのわずかの時間に、どうして、四十面相のじゃまをすることができるのでしょう。まったく、見こみがないように、みえるではありませんか。では、小林君は、やっぱり、まけてしまったのでしょうか。
魔法の種
しかし、読者諸君、手足をグルグルまきにしばられて、たたみの上にころがっている小林君の顔を、ちょっと、ごらんなさい。もうだめだと、あきらめてしまって、グッタリしていたでしょうか。どうして、どうして。かれは、にこにこ笑っているのです。リンゴのようなほおは、すこし青ざめていましたが、けっして、あきらめた顔ではありません。
小林君は、自信ありげでした。なにか、思いもおよばないような、てだてを、ちゃんと、用意していたのかもしれません。なわをとき、密室をぬけだすてだてです。そして、四十面相をひきとめるてだてです。百科事典に化けたほどの小林君ですから、なにか、とほうもない魔術を思いついたのかもしれません。
よく見ると、うしろ手にしばられて、ころがっている、小林君の右手の指が、機械のように、小さく動いていました。人さし指と中指が、しばられたなわの中で、ゴシゴシ、ゴシゴシと、まるで、のこぎりのように、たえまなく動いているのです。
一分もたたないうちに、なわの一本が、プツンと切れ、たちまちなわがゆるんで、両手が自由になってしまいました。
むろん、小林君の指がなわを切ったのではありません。指のあいだに、はさんでいた安全カミソリのような、はものがなわを切ったのです。小林君は、さっき、よろいの中からひきだされ、二階へはこばれるあいだに、ポケットにかくしていた、カミソリのようなはものを、指のあいだにはさんで、しばられたときの用意をしていたのです。
両手が自由になれば、あとは、なんでもありません。さるぐつわをとり、足のなわをほどき、見るまに、からだぜんぶが、自由になってしまいました。
それから、小林君は立っていって、入り口のドアを押したり、引いたりしてみましたが、ビクともうごきません。たしかに、そとからかぎがかかっています。つぎに、小林君は、押しいれの戸をあけて、中をのぞいてみました。
「ウン、いいものがあるぞ。これをつかってやろう。」
ひとりごとを言いながら、押しいれの中から、三枚の座ぶとんをだして、たたみの上におくと、こんどは、きていたセーターをまくりあげて、腹のところに、かくしていた、一つのふろしきづつみを、ひきだしたかと思うと、いきなり、そこにあぐらをかいて、ふろしきをひろげました。
ふろしきの中には、二十センチほどの長さの竹のつつが三本と、しぼんだゴムふうせんのようなものが三つ四つと、針金の輪になったたばが一つ、はいっていました。
小林君は、それらの品を見て、さもおかしそうに、ニヤニヤと笑いました。どうやら、これらの奇妙な品々が、小林君の魔法の種らしいのです。
小林君は、ふろしきの上を見まわしていましたが、まず、しぼんだゴムふうせんの一つをとって、口にあてると、プーッと、息をいれはじめました。
ふうせんは、みるみる、ふくれてきます。へんな色です。半分ほどは、まっ黒で、半分ほどは、すこし黄色がかった白っぽい色がぬってあるのです。それが、またたくまに、小林君の顔と同じぐらいの大きさに、ふくらみました。小林君の顔がふたつになったような感じです。
そうです。ほんとうに顔がふたつになったのです。ゴムふうせんは、人間の首のような、かっこうにできていました。
頭は黒く、耳と鼻がすこし出っぱり、まゆも、目も、口もちゃんとかいてあります。しかも、それが小林君と、そっくりの顔なのです。
小林君は、ゴムふうせんのはじを糸でしばり、それを自分の顔のまえにもってきて、にらめっこをしました。
「ウフフフ……、よくできたねえ、おまえ。ぼくとそっくりだよ。まるで、鏡を見ているようだ。」
小林君は、そんなことを言って、ゴムふうせんのほうを、指でポンとはじいてみました。すると、少年の顔をしたふうせんは、「いや、いや。」というように、首を左右にふるのでした。
小林君は、このゴムふうせんで、いったい、なにをしようというのでしょう。三枚の座ぶとん、三本の竹のつつ、針金のたば、これが、どんな魔法の種になるのでしょうか。竹のつつは、なんだか花火のつつに、似ています。ふうせんと花火、それから、座ぶとんと針金、読者諸君、この秘密が、おわかりですか。つぎの章を読むまえに、ひとつ、小林君の魔法をあててみてください。
老人に化けた四十面相は、小林君を二階にとじこめ、安心して、出かける用意をしていました。机の上をせいりし、金庫にかぎをかけ、小僧をよんで、留守ちゅうのことを言いつけ、さていよいよ、出かけようとしたときに、とつぜん、
「火事だあ、火事だあ。」
という、さけび声が、二階のほうから、ひびいてきました。
おどろいて、階段の下にかけより、上を見ますと、かすかに白い煙が、はいおりてきます。どうしたわけか、二階で火事がおこったのです。さけんでいるのは、なんだか、小林君の声らしいのです。少年は、密閉された部屋の中で、煙にむせているのかもしれません。
「いけないッ、小林をたすけなければ……。」
四十面相は、とっさに、そう考えました。かれは、いくら悪いことをしても、けっして、人を殺さないというのを、じまんにしていました。もし、小林君がやけ死にでもしたら、日ごろのじまんが、むだになってしまうのです。
四十面相は、いきなり、階段を、かけあがりました。見ると小林君をとじこめた部屋の板戸のすきまから、黄色い煙がもうもうと、ふきだしています。うたがいもなく、中に火事がおこっているのです。
小林君のさけび声は、バッタリととだえてしまいました。火にかこまれて、もう気をうしなっているのかもしれません。
四十面相は、いそいで、ポケットからかぎたばを、とりだしました。かれは、うちじゅうのかぎを、金の輪にはめて、いつもポケットに、いれているのです。そのかぎたばから、一つのかぎをよりだし、板戸の錠まえをひらきました。
ドアをあけると、パッと顔にふきつけてくる、おそろしい煙のうず。四十面相は、思わず、目をふさいで、タジタジと、あとじさりをしましたが、気をとりなおして、目をひらき、煙の中をすかして見ますと、部屋のむこうのすみに、小林少年がしばられたまま、たおれているのが、かすかに見えました。
四十面相は、ハンカチで、口と鼻をおおい、勇気をふるって部屋の中へ、とびこんでいきました。そのとき、かれと、いれちがいに、ひとりの小さな人間が、スーッと部屋から出て、入り口の板戸をしめ、そとから、錠をおろしてしまったのを、すこしも知りません(その錠は、かぎがなくてもしまる南京錠でした)。四十面相は、むこうにたおれている小林君のすがたに気をとられ、わきめもふらずに、まっしぐらに、そのほうへ、すすんでいったからです。
部屋の中へはいってみると、思ったほどの煙もなく、どこにも火はもえていませんでしたが、四十面相は、そこまで考えるひまもなく、いきなり小林君のところへ、ちかづいて、たすけおこそうとしました。
ところが、小林少年の首のところに、手をかけて、グッとひっぱると、ギョッとするような、へんなことがおこりました。少年の首が、とつぜん、胴体からはなれて、フワフワと、宙にういたのです。そして、まるで、お化けのように、たたみとすれすれに、むこうのほうへ、ころがっていくのです。
さすがの四十面相も、この怪異を見て、びっくりしましたが、たちまち、ことのしだいをさとって、そこにころがっている小林少年の胴体を、つかみあげました。すると、あんのじょう、それは座ぶとんをまるめて、その上から、ネズミ色の大ぶろしきをかぶせ、なわをグルグルまきつけて、人間の胴体らしく見せかけたものに、すぎませんでした。
あたりを見まわしても、どこにも火のもえているようすはなく、三本の竹のつつが、あちこちにころがって、それが煙をふきだしているばかりでした。その竹のつつは、花火ではなくて、火をつけると、もうもうと煙をふきだす発煙筒だったのです。