じいさんの話をきいて、三人は顔を見あわせました。化けものなどを、信じもしなければ、こわがるわけでもありませんが、船をたのむことができないというのは、じつに、こまった話です。黒井博士はしばらく考えたあとで、ひざをのりだして、じいさんを、ときつけようとしました。
「いや、わたしたちの探検には、ふかいわけがあるので、けっして、やめることはできないのです。それに、その化けものは、ほらあなのおくにいるのでしょう。だから、ほらあなへ、はいらなければいいじゃありませんか。ただ、船を、あの島へつけてくれればいいのですよ。お礼はじゅうぶん出します。勇気のある人をさがしてください。」
そんなふうに、たのんでも、じいさんは、なかなか、しょうちしませんでしたが、黒井博士は、お礼の金高を、だんだん、せりあげて、しまいには、船の持ちぬしにも、船をこいでくれる人にも、また、島のあんないをしてくれる人にも、ひとりに十万円ずつ、お礼をすると、言いだしたものですから、じいさんも考えなおして、「それじゃあ、ひとつ、心あたりを、たずねてみましょう。」ということになり、部屋を出てゆきましたが、三十分ほどして、三人のたくましい漁師をつれて、かえってきました。
「この三人が、十万円ずつくださるなら、船を出すともうしております。しかし、島にあがって、ごあんないはしますが、けっしてほらあなの中へは、はいらないから、それだけは、念をおしておいてくれ、と言うのです。」
見ますと、ひとりは船の持ちぬしという五十ぐらいの漁師で、あとのふたりは、二十四、五歳の、くっきょうな若者です。
そこで、黒井博士は、松野さんや小林少年とも、相談して、この三人をやとうことにきめ、あすの朝、夜があけしだい、船を出すようにたのみ、そのほかの、こまごましたことを、いろいろ、うちあわせたうえ、漁師たちをかえし、三人も、床につきました。
どくろ島
そのあくる朝、夜のしらじらあけに、ゆうべたのんでおいた漁師たちが、宿屋へ三人をむかえにきました。船の用意が、できたというのです。
黒井博士たちは、手ばやく身じたくをして、探検用の道具類と、宿屋につくらせておいた、みんなのおべんとうを、大きなリュックに入れて、若い漁師にかつがせ、浜に出ました。
見ると、ちょうど、いま太陽が水平線にのぼろうとしているところで、たなびくむらさきの雲のあいだに、おどろくほど、大きな、まっかな、まるいものが、ジリッ、ジリッと、目に見えて、大きく、すがたを、あらわしているのでした。
波うちぎわに、小さなさんばしがあって、そこに、いっそうの小船が、うかんでいました。ふつうの漁船にモーターをつけたものです。どこの海岸にもある、あの、ポンポンと音をたてて走る小船です。
みんなが、その船にのりこむと、年とった漁師が、とものほうのモーターのところに、腰かけて、機械を操縦します。見おくりにきていた宿屋の主人が、「ごきげんよく。」と、あいさつしたとき、黒井博士は、
「じゃあ、信号のこと、くれぐれもたのみますよ。」
と、声をかけました。主人はコックリと、うなずいてみせます。「信号」というのは、いったい、なんのことでしょう。その意味は、まもなく、わかるときがくるでしょう。やがて、小船はさんばしをはなれ、みるみる、岸からとおざかって、ポンポン、ポンポンと、いさましく、沖のほうへすすんでいきました。
もうそのころには、太陽が水平線の上のほうにのぼって、いままで、むらさき色にかすんでいた、遠くの海面が、まっかにそまった空の下に、あかあかとてりはえて、ハッキリ見わけられるようになっていました。
「アア、あれだ。あれが、どくろ島だ。」
小林少年が、船の中にたちあがって、沖のほうを、ゆびさしながら、さけびました。
あかい空の下に、クッキリと、うきあがっている、まっ黒な岩のかたまり。見るからに、ぶきみな島のすがたです。
「おじさん、あれを、どうして、どくろ島っていうの。ちっとも、似てないじゃないか。」
小林君が、じっと、そのほうをみつめて、たずねます。すると、年とった漁師が答えました。
「ここからじゃ、わかんねえだよ。だが、峠の上からながめるとね、あの島あ、しゃれこうべ、そっくりだあ。おっかねえ島だぞ。」
正面から見ては、どくろのようではありませんが、ゴツゴツした岩かどが、きみ悪く、そびえて、いかにも、魔ものでもすんでいそうな、おそろしい島です。
朝なぎで、波はたちませんが、ときどき、大きなうねりが、船をフワッとうかせます。すると、むこうの、まっ黒な島が、スーッとあがったり、また、さがったりするように見えるのです。
船がすすむにつれて、どくろ島は、だんだん、大きくなってきました。近づけば、近づくほど、ものおそろしい、すがたです。
やがて、岩ばかりの怪島が、目の前いっぱいに、たちふさがり、船はどくろ島の岸につきました。
「見なさるとおりの、おっかねえ島だ。船をつけるとこは、ここのほかには、ねえだよ。」
年とった漁師が、モーターをとめると、若い漁師が、さおをあやつって、小さな入江のようになったところへ、うまく船をつけました。もうひとりの若者が、すばやく、岩の上にとびあがり、船のへりをおさえます。そして、みんなは、つぎつぎと、岩の上にあがりました。
手旗信号
そのとき、黒井博士は、岩の上に立って、三人の漁師を見まわしながら、むずかしい顔をして、みょうなことを言いだすのでした。
「きみたちに、ちょっと、言っておくことがある。きみたちは、四十面相という、どろぼうのうわさを、聞いているだろうね。」
すると、若者のひとりが、答えました。
「知っているとも。あの、四十もべつの顔をもっているという、大どろぼうでしょう。新聞やラジオでおれたちも、みんな知っている。その四十面相が、どうかしたのかね。」
「その四十面相が、ここへやってくるかもしれないのだ。」
「エッ、ここへ?」
「そうだよ。わたしたちの探検のじゃまをしに、やってくるはずなんだ、きみ、五郎さんとかいったね。」と、博士は、若者のひとりを指さしました。「きみは、手旗信号ができるんだってね。それをやってもらいたいのだよ。どこか高いところへあがって、町のほうを見ていてくれないか。リュックの中に双眼鏡があるから、それで、宿屋の屋根の上を見はっているんだ。
宿屋の主人にたのんで、もうひとり、手旗信号のできる人が、やとってある。もし、町へ、東京ものらしい人間が、やってきたら、その人が、宿屋の屋根にのぼって、手旗信号をおくる手はずになっているんだよ。それを読んで、わたしたちに、知らせてもらいたいのだ。
きょう、町へやってくるのは、四十面相だけじゃない。わたしたちの友だちも、やってくるはずだ。それは八木という人だよ。だから、手旗が、八木が来たと信号したら、この船で、むかえにいってもらいたい。
また、もし、手旗が、名のわからない人が来たと信号したら、けっして、この島へ、ちかよらせてはいけない。そいつが、べつの船でやってくるようだったら、みんなが力をあわせて、島へあがらせないように、じゃまをするのだ。
きみたちも、聞いているだろうが、四十面相というやつは、人をころしたり、きずつけたりすることが、だいきらいだから、けっして、あぶないことはない。ただ、じゃまをすればいいのだ。わかったかね。」
お礼がほしいためとはいえ、魔もののいる島へ、すすんで、やってくるほどの人たちですから、それを聞いても、さしてこわがるようすはありません。ふたりの若者などは、かえって、いさみたつようにみえました。
「じゃあ、おれ、このがけをのぼって、見はりをするから、おめえ、リュックをしょって、あんないしろよ。」
五郎という若者は、リュックの中から、双眼鏡と、赤と白の手旗をとりだし、そのまま、いっぽうのがけのほうへ、歩いてゆきました。
そこで、黒井博士は、年とった漁師にむかって、
「きみは船にのこって、やはり見はりをしてくれたまえ。」
と、さしずし、つぎに、のこった若者に、よびかけました。
「さあ、その、ほらあなのところへ、あんないしてくれたまえ。この島には、大きなほらあなが、ふたつあるんだってね。町のほうから見て、左にあたるほらあなへ、行くんだよ。」
すると、リュックを、肩にかけた若者が、
「わかってます。それが、魔もののすんでいるほらあなだよ。だんながたは、魔ものにあいにきたんだからね。」と言って、大声に、笑いました。大胆らしい男です。
そこで、若者を、先頭にたてて、出発したのですが、無人島のことですから、道というものがありません。ただ、デコボコの岩が、どこまでもつづいているばかりです。四人は、一列になって、岩から岩と、つたいながら、だんだん、島の中心へと、はいっていきました。
しばらく、すすむと、がけとがけに、はさまれた、谷底のようなところへ、さしかかりました。両がわの、びょうぶのような岩は、いよいよ高くなり、その底を歩くのですから、あたりは、夕がたのように、うす暗いのです。いまにも、そのへんの岩かどから、怪物がとびだしてくるのではないかと、さすがの小林少年も、すこし、うすきみが悪くなってきました。
「オヤッ、あの音は、なんだろう。」
とつぜん、黒井博士が立ちどまって、あたりをながめました。
耳をすますと、島のまわりには、うちよせている波の音とちがった、ドドドド……という、きみの悪いひびきが、どこからか、聞こえてきます。巨大な怪物が、ほらあなから、はいだして、こちらへ、近づいてくるのではないでしょうか。
「なあに、おどろくことはないよ。あれが、ほらあなさ。」
さきにたつ若者が、こともなげに、いうのです。
「あれが、ほらあなだって? ほらあなから、あんな音がでるのかね。」
「そうじゃない。滝ですよ。滝が流れだしている音さ。」
ああ、なるほど、「ながるるなんだのおくへ」でした。ほらあなからは、涙が流れていなければなりません。つまり、水が流れていなければなりません。そうでなくては、あの暗号の文句と、合わないことになります。
それから、またしばらく、すすみますと、さきにたっていた若者が、とんきょうな声をたてました。
「ホーラ、あれが滝だよ。見えるだろう。ほらあなから、滝が流れているのが。」
岩かどを、ひとつまがると、はるかむこうに見あげるばかりの高いがけがそびえ、その下のほうに、大きなほらあなが、まっ黒な口をひらいているのが、見えました。その口から、おそろしい、いきおいで、水が流れだしているのです。
水のおちる高さは、二メートルぐらいで、滝というよりも、激流といったほうがよいかもしれません。その下には、谷川のように水が流れていますが、それは、海が、まがりくねって、いりこんで、入江のようになっているのです。
「ふしぎだねえ。こんな小さな島の、どこから、あんな水が、わきだすのだろう。」
黒井博士が、滝をみつめて、小首をかたむけました。すると、リュックをしょった若者が、
「あれは、わきだすんじゃない。やっぱり海の水だよ。このむこうがわの、岩のさけめに、うちよせた海の水が、こちらへ、流れだしてくるのさ。だから、ひきしおになれば、あの滝は、なくなってしまうんだ。」と、説明しました。
「フーン、すると、ひきしおまで、またなければ、ほらあなの中へ、はいれないわけだね。きょうはいつごろ、ひきしおになるんだろう。」
「まだ二時間はあるだろうね。これからだんだん、滝のいきおいが、よわくなるが、すっかり水がひくのは二時間あとだね。」
二時間というのは、このさい、ひどく、まちどおしいことでしたが、まさか、あの激流の中へ、とびこんでゆくわけにもいきません。しかたがないので、岩づたいに、滝のちかくまで行って、そのへんのようすを、見さだめたうえ、五郎という若者が、手旗信号をやるために、のぼっている岩山の下まで、ひきかえし、五郎のすがたを見まもりながら、ひとやすみすることにしました。
「あすこにいるのが、五郎君で、きみはなんとかいったね。」
黒井博士が、たいくつまぎれに、若者に、話しかけました。
「おれは、大作ってんだよ。五郎とは親友さ。いのち知らずの大作って、あだなをされているんだよ。」
「フーン、いさましいあだなだね。それじゃあ、きみは、こわいものなんか、ないんだろう。わたしたちと、いっしょに、ほらあなの中を、探検する気はないかね。」
「そりゃあ、はいってもいいが、まあ、よしとこう。人間ならこわくないが、化けものは、にがてだからね。」
と言って、大作はニヤニヤと笑うのでした。
「ゆうべ、宿の主人から、あのほらあなで、化けものを見て、死んだ男の話を聞いたが、そのとき、きみも、ほらあなのそとにいたんじゃないかね。」
「そうだよ。みんなで、あいつをまっていたんです。すると、あの熊吉のやろう、人を人とも思わねえやつだったが、それが、まるで、ゆうれいのように青ざめて、穴から、ころがりだしてきた。こっちのほうが、ゾーッとしたよ。だから、おれは、化けものだけは、にがてなんだ。だんながたは、化けものが、こわくないのかね。」
「そのまえから、ここに魔ものがすんでいるという、うわさがあったんだね。」
「そうとも。ずうっと、むかしから、おそろしい主が、すんでいるという、言いつたえがあるんだよ。だから、だれも、ここへ、ちかよらなかったが、熊吉のやろう、よこぐるまをおして、おれが見とどけてやるなんて言って、とうとう、あんなめにあったのさ。」
そのとき、岩に腰かけて、この話をきいていた小林少年が、スックと立ちあがって、岩山の上を、指さしながら、
「ア、手旗信号をやってる。きっと、だれか、町へきたんですよ。」
とさけびました。みんな立ちあがって、そのほうを見あげます。
「タ……レ……カ。タ……レ……カ。」
小林君が、手旗信号を、声を出してよみました。岩の上の五郎は、「だれか。」「だれか。」とたずねているのです。それを、なんども、くりかえしたあとで、五郎は、肩からさげていた皮サックから、双眼鏡をとりだして、目にあてました。宿屋の屋根の手旗信号を見ているのでしょう。さて、読者諸君、そのとき漁師町へやってきた人物は、だれなのでしょう。味方の八木さんの一行でしょうか。それとも、敵の四十面相でしょうか。
洞窟探検
岩の上の若者は手旗で、「タレカ。」とたずねておいて、またしばらく双眼鏡を目にあてていましたが、やがて、にこにこして、岩山をかけおりてきました。そして、息をはずませながら、
「八木さんです。八木さんが、ふたりの人をつれて、いま、着いたっていうんです。」
と、どなりました。
「よし、それじゃ、すぐに船で、むかえにいくんだ。じいさんに、そう言ってくれたまえ。」
黒井博士が、さしずしますと、若者は、どくろ島の岸にまっている船のところへ、走っていって、年とった漁師に、このことをつたえました。すると、その小船は、ポンポンと発動機の音をさせて、島をはなれていくのでした。
小船がむこうの岸について、八木さんたちを乗せてかえってくるのに、一時間あまり、かかりました。黒井博士たちは、まちどおしい思いをして、それをまっていましたが、やがて、かえってくる小船の形が、だんだん大きくなり、乗っている人の顔も見わけられるようになりました。
「オヤ、八木さんは、頭に、ほうたいを、まいている。左手にもまいている。どうしたんだろう。けがでもしたのかな。」
黒井博士が心配らしく、つぶやきました。いかにも、船の上に、こちらをむいて立っている八木さんの頭と、左手に、白いきれが、まきつけてあるのが見えます。
しばらくすると、発動機のポンポンいう音が、パッタリやんで、小船は、岩の入江の中へ、しずかにすべりこんできました。そして、八木さんたちの一行の三人が上陸します。
「どうしたんです。けがをしたのですか。」
まず、それをたずねますと、八木さんは、にが笑いをして、
「ころんだのですよ。とちゅうで、自動車をおりて、やすんでいるときに、ちょっとしたがけから、転がり落ちたのです。さいわい、消毒薬やほうたいを用意していたので、その場で手あてをしました。なあに、たいしたことはありません……。それから、ここにいる、ふたりは、東京からつれてきた、わたしの知りあいで、登山の大家です。気ごころもしれていますし、こんどの探検には、うってつけの人たちです。」
と、そばに立っている、ふたりの青年を、紹介しました。ふたりとも二十五、六歳で、漁師の若者にもまけない、りっぱな体格の、たのもしげな青年です。
おたがいに、東京でわかれてからのことを話しあっているうちに、ひきしおの時がきたとみえて、漁師の若者が、洞窟の滝がとまったと、知らせてきました。
それではというので、漁師に持たせてあったリュックの中から、べんとうをとりだして、まず、おなかをこしらえてから、岩のデコボコ道を、洞窟の入り口までたどりつき、いよいよ、その中へ、はいることになりました。
漁師の若者のふたりは、化けものをこわがって、どうしても、はいりませんので、探検隊は、黒井博士、松野さん、八木さん、小林少年、八木さんのつれてきたふたりの青年の、つごう六人です。
六人がめいめい、一つずつ懐中電灯を持ち、黒井博士たちはステッキを、小林君とふたりの青年は、登山用のピッケルを持っています。これが、いざというときの武器にもなるわけです。
洞窟の中には、たくさん枝道があって、迷路のようになっていると聞いていたので、道をまよわないために、リュックの中に用意してきた、長い麻ひもを、洞窟の入り口の岩かどに、しばりつけ、そのひもを持って、だんだん、のばしながら、すすんでいくことにしました。そうすれば、道にまよって、かえれなくなる心配がないからです。
登山になれた青年のひとりが、さきにたち、麻ひものたばをのばしながらすすむと、そのあとから、黒井博士、小林少年、松野さん、八木さん、いまひとりの青年というじゅんで、洞窟の中へ、はいりました。
みんなが、ふりてらす懐中電灯で、あたりはよく見えるのですが、頭の上からのしかかる、デコボコの黒い岩はだが、まるで巨大な怪獣の口の中のようで、なんともいえぬ、おそろしさです。それに、いつも水が流れているため、岩がヌメヌメと、すべりやすく、ころばないように歩くだけでも、たいへんです。
洞窟の入り口は、見あげるほど、大きいのですが、すすむにつれて、だんだん、せまくなり、やがて、道がふたつになっているところに、さしかかりました。怪獣の、のどのおくが、ふたつの穴にわかれているのです。右の穴は、いままでと同じヌメヌメした、ひろい道。左の穴はせまくて、いきなり、上のほうへのぼる坂道になっています。
「むろん、この小さいほうの穴へ、はいるんだよ。暗号に『ゆんでゆんでとすすむべし』と書いてあったんだからね。」
黒井博士が、さしずしました。『ゆんで』とは、左のほうという意味の、むかしのことばです。
その小さい穴にはいると、坂道は、かなりきゅうで、よつんばいにならなければ、歩けないほどです。
「アア、わかった……。ぼくはふしぎに思っていたのですよ。あんなに滝のように水が流れるんだから、もし、穴が下のほうにむいていたら、水がたまってしまって、とても、はいれないはずですからね。ところが、こっちの穴は、こんな、きゅうな坂になっているので、水がはいらないのですね。だから、安全な、宝ものの、かくし場所なんですね。」
小林君が言いますと、黒井博士も、うなずいて、
「そうだよ。わしも、いま、それを言おうと思っていたところだ。じつに、安全なかくし場所だね。ひきしおの時のほかは、水が流れだしていて、とても、はいれないし、たとえ、水がとまっても、まさか、こんなところに、宝ものが、かくしてあろうとは、だれも考えないからね。」
しばらく、その坂になった穴をのぼると、たいらな道になり、つぎには、くだり坂にかわりました。右に左に、まがりながら、穴は、どこまでも、下へ下へとおりていきます。二百メートルも用意した、大きな麻ひものたばが、もう四分の一も、のびていました。つまり、入り口から五十メートルほど、おくのほうへ、すすんでいたのです。
穴はもう、ひどくせまくなって、ところによっては、しゃがまなければ、すすめないほどです。そうかと思うと、とつぜん、ひろくなって、懐中電灯のひかりが、天井の岩にとどかないほどの場所もあり、それがまた、にわかに、せまくなるのです。
ずいぶん、ながいあいだ、下のほうへおりていきましたが、いまでは、ほとんど、たいらな道になりました。たいらといっても、岩穴のことですから、道はひどいデコボコで、うっかりしていると、つまずいて、ころぶのです。そのうえ、だんだん、枝道が多くなり、そのたびに左へ左へと、すすんでいくのですから、いま、どのへんにいるのか、まるで、けんとうもつきません。
のぼり坂よりはくだり坂のほうが、ずっと長かったので、もう、海面よりも下にいるのでしょうが、それが、入り口から、どの方角にあたるのか、すこしもわかりません。
いったい、このほらあなは、どこまでつづいているのでしょうか。二百メートルの麻ひもが、すっかりなくなっても、まだ、宝のかくし場所に、たっしなかったら、どうするのでしょう。いや、それよりも、黒井博士や小林君たちは、なにか、おそろしいことに、であうのではないでしょうか。漁師の若者が見たという、あの、えたいのしれない化けものは、どこにいるのでしょうか。それとも、化けものより、もっとおそろしい、なにごとかが、ゆくてのやみのなかに、まちかまえているのではないでしょうか。
動くかべ・走る小人
麻ひもが百メートルものびたところで、道は、またひろい場所に出ました。岩の天井は、懐中電灯のひかりも、とどかないほど高く、左右の岩かべも、遠くはなれて、人々は、はても知らぬ暗やみに、つつまれているような、なんともいえぬ心ぼそさでした。
その暗やみを、麻ひもにすがって、トボトボと歩いていますと、人間の世界から、何千キロもはなれた、遠い遠い地獄の底にいるようで、ふたたび、生きて人間界に、かえることができるのかと、うたがわれたほどです。
そのとき、ひろいやみの中に、おそろしいさけび声が聞こえました。
「アッ、岩が動いている。あれ、あんなに、あんなに……。」
それは人間の声とも思われぬ、ものすごいひびきでした。そして、同じことばが、
「あんなに、あんなに、あんなに……。」
と、暗やみのほうぼうから、かさなりあって、ひびいてくるのです。おおぜいの人が、どこかに、かくれてでもいるように。
みんなは、びっくりして、立ちどまりましたが、やがて、それは「こだま」にすぎないことが、わかりました。小林少年がとんきょうな声をたてたので、それが、ひろい洞窟に反響して、同じことばが、いくつも、いくつも、聞こえてきたのです。
「こだま」とわかったので、安心しましたが、しかし、「岩が動く」というのは、ゆだんがなりません。もしや地底に異変がおこって、洞窟そのものが、くずれるのではないでしょうか。人々は、やはり、立ちすくんだまま、小林君の懐中電灯がてらしている岩かべを、みつめました。
五メートルほど、はなれた、ひろい、デコボコの岩かべを、懐中電灯の、まるいひかりが、ゆっくりと移動しています。てらされた岩かべは、灰色に見えます。その灰色のかべぜんたいが、まるで波のように、ユラユラと、ゆれているのです。稲のほが風になびくような感じで、耳をすますと、サーッ、サーッと、異様な音さえ、聞こえてきます。
岩ぜんたいが動いているとすれば、みんなの立っている地面もゆれて、からだがフラフラするはずですが、そんなようすは、すこしもありません。じつに、ふしぎです。
「わかった。」
ずっと、かべに近づいて、そこを、にらみつけていた小林少年がさけびました。すると、暗やみの、むこうのほうから、「わかった、わかった、わかった……。」と、れいの「こだま」が、ものすごく、ひびいてきました。
「カニですよ、大きなカニが、岩かべを、おおいかくすほど、かさなりあって、ウヨウヨ動いているんです。」
またしても、小林君の声が、「こだま」をともなって、ひびきわたりました。
「ワッ、こちらにもいる。わしのズボンにも、のぼってきた。」
これは黒井博士の声です。そのへんは、カニの巣になっているとみえ、灰色の大きなやつが、ウジャウジャ、はいまわっているのです。みんな足のほうからはいのぼってくるカニを、はらいおとすのに、大さわぎをしました。
一行は、逃げるようにして、おくのほうへ、すすみました。それから、枝道を、いくつか通りすぎて、麻ひもが百二十メートルものびたころ、またしても、とつぜん、
「ワーッ。」
という、だれかの、さけびごえが、ひびきました。さっきのような「こだま」にはなりませんが、ワーン、ワーンという異様な反響をともなって、じつにものすごく、聞こえるのです。
「この洞窟には、動物がいる。」これは黒井博士の声でした。
「いま、わしのからだに、ぶっつかったやつがある。サルのように立って歩く動物だ。人間とすれば、小人のような、小さなやつだ。」
「気のせいじゃありませんか。ここには、立って歩く動物なんか、いるはずがないんだが。」
松野さんの声です。黒井博士のすぐつぎにいたはずの松野さんの声が、ずっとうしろのほうから、聞こえてきました。さっきのカニのさわぎで、麻ひもを持つじゅんじょが、メチャメチャになってしまったのです。
「いや、ほんとうですよ、ぼくもそいつを見ました。サルのようなやつでした。」
八木さんの声です。かれは出発のときとはぎゃくに、黒井博士のうしろに、いるのでした。
ふたりが見たとすると、気のせいとはいえません。なにか、あやしいやつがいるのです。それが、ひょっとしたら、漁師の若者が見たという、化けものかもしれません。しかし、黒井博士も八木さんも、そいつのすがたを、ハッキリ見たわけではありません。黒い影のようなものが、前のほうから、とびだしてきて、博士のからだにぶっつかり、アッというまに、うしろのほうへ、走りさってしまったのです。
この探検隊には、お化けなんか信じる人はひとりもいないのですが、しかし、げんに、黒い小人のようなやつが、あらわれたのですから、さすがの博士たちも、なんだか、ゾーッと、うすきみが悪くなってきました。それで、前にすすむことをためらって、そこに立ちすくんでいました。
と、うしろのやみの中から、
「キ、キ、キ、キ……。」
という、なんとも言えない、いやな笑いごえがひびいてきました。えたいのしれぬ動物が、探検隊の人たちを、あざわらっているのです。
そのときは、懐中電灯の電池をけんやくするために、六人のうち三人だけが電灯をつけていたのですが、怪物があらわれたとなると、そんなことに、かまってはいられません。みなが懐中電灯をつけて、笑いごえのしたほうへ、ふりてらしながら追っかけていきました。
しかし、怪物はすばやいやつで、いくらさがしても、もう、そのへんには影もないのでした。
ひどくきみが悪くなってきましたが、いまさら、あとへ、ひきかえすわけにはいきません。また、はてしもない、暗やみの旅を、つづけるほかはないのです。
「みんな、つかれただろうから、このへんで、ひとやすみして、元気をつけよう。わしは、こんなおりの用意に、コーヒーを水筒に入れて、もってきたから、みんな、これをひと口ずつやりたまえ。」
黒井博士は、そう言って、大きな水筒を肩からはずし、コップをそえて、あとにいる人にわたしました。
みんなは、つかれてもいたし、のどもかわいていたので、そこに、腰をおろしてつぎつぎと、その水筒のコーヒーをのむのでした。そのコーヒーは、ひどくにがくて、ふだんなら、すこしもおいしくないのでしょうが、そんなおりですから、ひとびとは、よろこんで、のんだのです。
「みんな、のんだかね。」
黒井博士は、かえってきた水筒を、うけとりながら、たしかめるように、言いました。
「みんな、のみましたよ。じつにおいしかった。」
うしろにいた八木さんが答えました。しかし、あとになってわかったのですが、そのにがいコーヒーをのんだのは、六人のうち三人だけでした。そして、ふしぎなことに、水筒の持ちぬしの、黒井博士も、のまなかったうちの、ひとりだったのです。
みんなは、ひとやすみすると、また立ちあがって、歩きだしました。ときがたつにつれて、やみは、ふかくなるばかりでした。それに、空気は氷のようにつめたく、ふるえだすほどの、寒さでした。
「なんだか、懐中電灯が暗いね。電池がよわくなってきたんだ。やっぱり、けんやくしたほうがいい。これからは、一つだけつけて、あとは、消しておくことにしよう。」
博士はそう言って、さきにたっている青年の懐中電灯だけをのこして、あとは、みんな消させました。すると、あたりは、いよいよ暗くなり、なんともいえぬ、心ぼそさですが、もし、電池をつかいつくして、まったく、ひかりがなくなったら、それこそたいへんですから、だれも、苦情を言うものは、ありませんでした。
すると、そのとき、ゆくてのやみの中から、またしても「キ、キ、キ、キ……。」という、怪物の笑いごえが聞こえてきました。みんながゾッとして、立ちどまると、その声が、矢のように、近づいてきたかと思うと、黒い、小人のようなものが、サーッと、人々のそばを通りぬけ、うしろの、やみに消えていきました。そして、その、うるしのようなやみの中から、また、「キ、キ、キ、キ……。」と笑うのです。
まるで、悪夢にうなされているような気持ちでした。夢であやめもわかぬやみの中をたったひとり、トボトボ歩いている、あのおそろしい気持ちです。この世ではなくて、あの世の旅です。人間界ではなくて、地獄の旅です。
麻ひもが百六十メートルまで、のびました。あと四十メートルで、いよいよ、つきてしまうのです。それが、つきるまでに、もくてきの場所に、つくことができるのでしょうか。心ぼそさは、こく一こくと、ますばかりでした。
それから、すこし行くと、足音の反響が、ゴーン、ゴーンと異様にひびく、ひろい場所に出ました。さきに立つ青年の懐中電灯が、ゆくてのやみを、白い矢となって、移動します。
すると、そのクルクルまわる、あわいひかりの中に、もうろうとして、じつに、おどろくべき光景が、あらわれてきました。世界が一変したような感じでした。いままで黒かった岩かべの色が、まったくかわったのです。そして、そこに、思いもおよばないような、巨大なおそろしいものが、まちかまえていたのです。人々は懐中電灯のひかりで、かすかに見える、その巨大なものを、ぼうぜんとながめていました。それがなんであるか、きゅうには、はんだんできなかったのです。
もう電池をおしんでいるばあいではありません。六つの懐中電灯が、つぎつぎと、ひかりをはなち、それが、ひろい洞窟の正面の巨大な、なにものかを、てらしました。そこで、やっとそのおそろしいものの、ぜんたいのすがたが、わかったのですが、すると、人々は「アッ。」と、声をのんだまま、もう身うごきもできなくなってしまいました。
漁師の若者を、きちがいにし、そのいのちをとった、化けものというのは、これだったのです。若者が気がちがうほど、それを、おそれたのも、けっして、むりでないことがハッキリわかりました。
大どくろ
そこは、岩の天井の高さが五メートル、ひろさも同じぐらいある、ガランとした、暗やみの、ほらあなでした。入り口から百五十メートル以上も、はいった、ふかいところなので、つめたい、まっ黒な空気が、まるでこおったように動かず、人間世界を遠く遠くはなれた地獄に落ちた気持ちでした。
六人は、てんでに、懐中電灯を、そのほらあなの、正面の岩かべに、ふりむけました。すると、岩かべぜんたいが、ギラギラと、目もくらむひかりを、はなったのです。黄金のかべです。さしわたし五メートルもある、ひろいかべが、すっかり黄金につつまれて、かがやいていたのです。
「アッ、金だ。これが、かくされた、宝ものだ。」だれかが、狂喜のさけびごえを、あげました。
しかし、ふしぎなことに、このよろこびのさけびは、そのまま、プッツリとぎれて、みんな、シーンと、しずまりかえってしまいました。なんともいえない妖気にうたれて、口をきくことも、身うごきすることも、できなくなったのです。
「アッ、まっ黒な目だ。まっ黒な目がにらんでいる。」
それは小林少年の、おびえた声でした。黄金のかべには、上のほうに、ふたつの大きな穴が、ならんでいました。まっ黒な穴です。あまり大きくて、わからなかったのですが、ハッと気がつくと、それは二つの目にちがいありません。
そういえば、鼻にあたる場所に、うすきみの悪い三角がたの大きな穴があり、その下に、巨人の金歯がズラッと、ならんでいるではありませんか。ああ、斧のような歯。これが、あの漁師の若者をきちがいにした、おそろしい巨人の歯ならびだったのです。
「まっ黒な目でにらみつけた。」
「斧のような歯で、かみつこうとした。」
若者は、熱病にうかされて、そんなことを、口ばしったというではありませんか。それが、この黒い目と、金色の歯なのです。
黄金のかべに、目があり、鼻があり、口があるとすると、かべそのものが、一つの顔なのでしょうか。そうです。ジーッと見ていますと、かべぜんたいが、巨大な顔であることが、わかってきます。しかも、それは骸骨の顔なのです。黒井博士たちが、持っていた、あの黄金どくろを、何万倍にした、巨人のどくろだったのです。これを見たとき、学者の黒井博士でさえ、気が遠くなるほど、びっくりしました。まして、迷信ぶかい漁師が、この巨大な黄金どくろを、化けものと考えたのは、むりもありません。ふかいふかい洞窟のおくに、こんなものが、かくしてあろうなどとは、思いもよらぬことです。思いもよらぬ場所で、思いもよらぬものを見れば、たいていの人は、化けものに、であったと思うのです。
それにしても、博士たちの先祖は、こんな大きなものを、どうして、ここへ持ちこむことができたのでしょう。黒井博士は、いかにもふしぎだというように、首をかしげながら、その大どくろに近づいて、懐中電灯で、しらべてみました。松野さんや八木さんも、そばによって、どくろの黄金のはだに、さわってみるのでした。