饭饭TXT > 海外名作 > 《怪人二十面相(日文版)》作者:[日]江户川乱步【完结】 > 怪人二十面相.txt

第 3 页

作者:日-江户川乱步 当前章节:15432 字 更新时间:2026-6-22 20:16

「よしよし。おまえたちうまくやってくれた。これはほうびだ。どっかへ行って遊んでくるがいい。」

 三人の者に数枚の千円札をあたえて、その部屋を立ちさらせると、老人は、ガラス箱の布をゆっくりとりさって、そこにあったはだかろうそくを片手に、仏像の正面に立ち、ひらき戸になっているガラスのとびらをひらきました。

「観音さま、二十面相の腕まえは、どんなもんですね。きのうは二百万円のダイヤモンド、きょうは国宝級の美術品です。このちょうしだと、ぼくの計画している大美術館も、まもなく完成しようというものですよ。ハハハ……、観音さま。あなたはじつによくできていますぜ。まるで生きているようだ。」

 ところが、読者諸君、そのときでした。二十面相のひとりごとが、終わるか終わらぬかに、彼のことばどおりに、じつにおそろしい奇跡がおこったのです。

 木造の観音さまの右手が、グーッと前にのびてきたではありませんか。しかも、その指には、おきまりのハスの茎ではなくて一丁のピストルが、ピッタリと賊の胸にねらいをさだめて、にぎられていたではありませんか。

 仏像がひとりで動くはずはありません。

 では、この観音さまには、人造人間のような機械じかけがほどこされていたのでしょうか。しかし鎌倉時代の彫像に、そんなしかけがあるわけはないのです。すると、いったいこの奇跡はどうしておこったのでしょう。

 だが、ピストルをつきつけられた二十面相は、そんなことを考えているひまもありませんでした。彼は「アッ。」とさけんで、たじたじとあとじさりをしながら、手むかいしないといわぬばかりに、思わず両手を肩のところまであげてしまいました。

おとしあな

 さすがの怪盗も、これには胆をつぶしました。相手が人間ならばいくらピストルを向けられてもおどろくような賊ではありませんが、古い古い鎌倉時代の観音さまが、いきなり動きだしたのですから、びっくりしないではいられません。

 びっくりしたというよりも、ゾーッと心の底からおそろしさがこみあげてきたのです。こわい夢をみているような、あるいはお化けにでも出くわしたような、なんともえたいのしれぬ恐怖です。

 大胆不敵の二十面相が、かわいそうに、まっさおになって、たじたじとあとじさりをして、ごめんなさいというように、ろうそくを床において、両手を高くあげてしまいました。

 すると、またしても、じつにおそろしいことがおこったのです。観音さまが、れんげの台座からおりて、床の上に、ヌッと立ちあがったではありませんか。そして、じっとピストルのねらいをさだめながら、一歩、二歩、三歩、賊のほうへ近づいてくるのです。

「き、きさま、いったい、な、何者だっ。」

 二十面相は、追いつめられたけもののような、うめき声をたてました。

「わしか、わしは羽柴家のダイヤモンドをとりかえしに来たのだ。たった今、あれをわたせば、一命を助けてやる。」

 おどろいたことには、仏像がものをいったのです。おもおもしい声で命令したのです。

「ハハア、きさま、羽柴家のまわしものだな。仏像に変装して、おれのかくれがをつきとめに来たんだな。」

 相手が人間らしいことがわかると、賊は少し元気づいてきました。でも、えたいのしれぬ恐怖が、まったくなくなったわけではありません。というのは、人間が変装したのにしては、仏像があまり小さすぎたからです。立ちあがったところを見ると、十二―三の子どもの背たけしかありません。その一寸法師みたいなやつが、落ちつきはらって、老人のようなおもおもしい声でものをいっているのですから、じつになんとも形容のできないきみ悪さです。

「で、ダイヤモンドをわたさぬといったら?」

 賊はおそるおそる、相手の気をひいてみるように、たずねました。

「おまえの命がなくなるばかりさ。このピストルはね、いつもおまえが使うような、おもちゃじゃないんだぜ。」

 観音さまは、このご隠居然とした白髪の老人が、そのじつ二十面相の変装姿であることを、ちゃんと知りぬいているようすでした。たぶん、さいぜんの手下の者との会話をもれ聞いて、それと、察したのでしょう。

「おもちゃでないというしょうこを、見せてあげようか。」

 そういったかと思うと、観音さまの右手がヒョイと動きました。

 と同時に、ハッととびあがるようなおそろしい物音。部屋のいっぽうの窓ガラスがガラガラとくだけ落ちました。ピストルからは、実弾がとびだしたのです。

 一寸法師の観音さまは、めちゃめちゃにとびちるガラスの破片を、チラと見やったまま、すばやくピストルのねらいをもとにもどし、インド人みたいなまっ黒な顔で、うすきみ悪くニヤニヤと笑いました。

 見ると賊の胸につきつけられたピストルの筒口からは、まだうす青い煙がたちのぼっています。

 二十面相は、この黒い顔をした小さな怪人物の肝ったまが、おそろしくなってしまいました。

 こんなめちゃくちゃならんぼう者は、何をしだすかしれたものではない。ほんとうにピストルでうちころす気かもしれぬ。たといその弾丸はうまくのがれたとしても、このうえあんな大きな物音をたてられては、付近の住民にあやしまれて、どんなことになるかもしれぬ。

「しかたがない。ダイヤモンドはかえしてやろう。」

 賊はあきらめたようにいいすてて、部屋のすみの大きな机の前へ行き、机の足をくりぬいたかくし引きだしから、六個の宝石をとりだすと、てのひらにのせて、カチャカチャいわせながらもどってきました。

 ダイヤモンドは、賊の手の中でおどるたびごとに、床のろうそくの光をうけて、ギラギラと虹のようにかがやいています。

「さあ、これだ。よくしらべて受けとりたまえ。」

 一寸法師の観音さまは、左手をのばして、それを受けとると、老人のようなしわがれ声で、笑いました。

「ハハハ……、感心、感心、さすがの二十面相も、やっぱり命はおしいとみえるね。」

「ウム、ざんねんながら、かぶとをぬいだよ。」

 賊は、くやしそうにくちびるをかみながら、

「ところで、いったいきみは何者だね。この二十面相をこんなめにあわせるやつがあろうとは、おれも意外だったよ。後学のために名まえを教えてくれないか。」

「ハハハ……、おほめにあずかって、光栄のいたりだね。名まえかい。それはきみが牢屋へはいってからのおたのしみに残しておこう。おまわりさんが教えてくれることだろうよ。」

 観音さまは、勝ちほこったようにいいながら、やっぱり、ピストルをかまえたまま、部屋の出口のほうへ、ジリジリとあとじさりをはじめました。

 賊の巣くつはつきとめたし、ダイヤモンドはとりもどしたし、あとはぶじにこのあばらやを出て、付近の警察へかけこみさえすればよいのです。

 この観音さまに変装した人物が何者であるかは、読者諸君、とっくにご承知でしょう。小林少年は怪盗二十面相を向こうにまわして、みごとな勝利をおさめたのです。そのうれしさは、どれほどでしたろう。どんなおとなもおよばぬ大手がらです。

 ところが、彼が今、二―三歩で部屋を出ようとしていたとき、とつぜん、異様な笑い声がひびきわたりました。見ると、老人姿の二十面相が、おかしくてたまらぬというように、大口あいて笑っているのです。

 ああ、読者諸君、まだ安心はできません。名にしおう怪盗のことです。負けたとみせて、そのじつ、どんな最後の切り札を残していないともかぎりません。

「おやっ、きさま、何がおかしいんだ。」

 観音さまに化けた少年は、ギョッとしたように立ちどまって、ゆだんなく身がまえました。

「いや、しっけい、しっけい、きみがおとなのことばなんか使って、あんまりこまっちゃくれているもんだから、つい吹きだしてしまったんだよ。」

 賊はやっと笑いやんで、答えるのでした。

「というのはね。おれはとうとう、きみの正体を見やぶってしまったからさ。この二十面相の裏をかいて、これほどの芸当のできるやつは、そうたんとはないからね。じつをいうと、おれはまっ先に明智小五郎を思いだした。

 だが、そんなちっぽけな明智小五郎なんてありゃしないね。きみは子どもだ。明智流のやり方を会得した子どもといえば、ほかにはない。明智の少年助手の小林芳雄とかいったっけな。ハハハ……、どうだ、あたったろう。」

 観音像に変装した小林少年は、賊の明察に、内心ギョッとしないではいられませんでした。しかし、よく考えてみれば、目的をはたしてしまった今、相手に名まえをさとられたところで、少しもおどろくことはないのです。

「名まえなんかどうだっていいが、お察しのとおりぼくは子どもにちがいないよ。だが、二十面相ともあろうものが、ぼくみたいな子どもにやっつけられたとあっては、少し名折れだねえ。ハハハ……。」

 小林少年は負けないで応しゅうしました。

「坊や、かわいいねえ……。きさま、それで、この二十面相に勝ったつもりでいるのか。」

「負けおしみは、よしたまえ。せっかくぬすみだした仏像は生きて動きだすし、ダイヤモンドはとりかえされるし、それでもまだ負けないっていうのかい。」

「そうだよ。おれはけっして負けないよ。」

「で、どうしようっていうんだ!」

「こうしようというのさ!」

 その声と同時に、小林少年は足の下の床板が、とつぜん消えてしまったように感じました。

 ハッとからだが宙にういたかと思うと、そのつぎのしゅんかんには、目の前に火花が散って、からだのどこかが、おそろしい力でたたきつけられたような、はげしい痛みを感じたのです。

 ああ、なんという不覚でしょう。ちょうどそのとき、彼が立っていた部分の床板が、おとしあなのしかけになっていて、賊の指がソッと壁のかくしボタンをおすと同時に、とめ金がはずれ、そこにまっくらな四角い地獄の口があいたのでした。

 痛みにたえかねて、身動きもできず、暗やみの底にうつぶしている小林少年の耳に、はるか上のほうから、二十面相のこきみよげな嘲笑がひびいてきました。

「ハハハ……、おい坊や、さぞ痛かっただろう。気のどくだねえ。まあ、そこでゆっくり考えてみるがいい。きみの敵がどれほどの力を持っているかということをね。ハハハ……、この二十面相をやっつけるのには、きみはちっと年が若すぎたよ。ハハハ……。」

七つ道具

 小林少年はほとんど二十分ほどのあいだ、地底の暗やみの中で、ついらくしたままの姿勢で、じっとしていました。ひどく腰を打ったものですから、痛さに身動きする気にもなれなかったのです。

 そのまに、天井では、二十面相がさんざんあざけりのことばをなげかけておいて、おとしあなのふたをピッシャリしめてしまいました。もう助かる見こみはありません。永久のとりこです。もし賊がこのまま食事をあたえてくれないとしたら、だれひとり知るものもないあばらやの地下室でうえ死にしてしまわねばなりません。

 年はもいかぬ少年の身で、このおそろしい境遇をどうたえしのぶことができましょう。たいていの少年ならば、さびしさとおそろしさに、絶望のあまりシクシクと泣きだしたことでありましょう。

 しかし、小林少年は泣きもしなければ、絶望もしませんでした。彼はけなげにも、まだ、二十面相に負けたとは思っていなかったのです。

 やっと腰の痛みがうすらぐと、少年がまず最初にしたことは、変装のやぶれ衣の下にかくして、肩からさげていた小さなズックのカバンに、ソッとさわってみることでした。

「ピッポちゃん、きみは、ぶじだったかい。」

 みょうなことをいいながら、上からなでるようにしますと、カバンの中で何か小さなものが、ゴソゴソと動きました。

「ああ、ピッポちゃんは、どこも打たなかったんだね。おまえさえいてくれれば、ぼく、ちっともさびしくないよ。」

 ピッポちゃんが、べつじょうなく生きていることをたしかめると、小林少年は、やみの中にすわって、その小カバンを肩からはずし、中から万年筆型の懐中電燈をとりだして、その光で、床に散らばっていた六つのダイヤモンドと、ピストルを拾いあつめ、それをカバンにおさめるついでに、その中のいろいろな品物を紛失していないかどうかを、念入りに点検するのでした。

 そこには、少年探偵の七つ道具が、ちゃんとそろっていました。むかし、武蔵坊弁慶という豪傑は、あらゆる戦の道具を、すっかり背中にせおって歩いたのだそうですが、それを、「弁慶の七つ道具」といって、今に語りつたえられています。小林少年の「探偵七つ道具」は、そんな大きな武器ではなく、ひとまとめにして両手ににぎれるほどの小さなものばかりでしたが、その役にたつことは、けっして弁慶の七つ道具にもおとりはしなかったのです。

 まず万年筆型懐中電燈。夜間の捜査事業には燈火が何よりもたいせつです。また、この懐中電燈は、ときに信号の役目をはたすこともできます。

 それから、小型の万能ナイフ。これにはのこぎり、はさみ、きりなど、さまざまの刃物類が折りたたみになってついております。

 それから、じょうぶな絹ひもで作ったなわばしご、これはたためば、てのひらにはいるほど小さくなってしまうのです。そのほか、やっぱり万年筆型の望遠鏡、時計、磁石、小型の手帳と鉛筆、さいぜん賊をおびやかした小型ピストルなどがおもなものでした。

 いや、そのほかに、もう一つピッポちゃんのことをわすれてはなりません。懐中電燈に照らしだされたのを見ますと、それは一羽のハトでした。かわいいハトが身をちぢめて、カバンのべつの区画に、おとなしくじっとしていました。

「ピッポちゃん。きゅうくつだけれど、もう少しがまんするんだよ。こわいおじさんに見つかるとたいへんだからね。」

 小林少年はそんなことをいって、頭をなでてやりますと、ハトのピッポちゃんは、そのことばがわかりでもしたように、クークーと鳴いて返事をしました。

 ピッポちゃんは、少年探偵のマスコットでした。彼はこのマスコットといっしょにいさえすれば、どんな危難にあっても大じょうぶだという、信仰のようなものを持っていたのです。

 そればかりではありません。このハトはマスコットとしてのほかに、まだ重大な役目を持っていました。探偵の仕事には、通信機関が何よりもたいせつです。そのためには、警察にはラジオをそなえた自動車がありますけれど、ざんねんながら私立探偵にはそういうものがないのです。

 もし洋服の下へかくせるような小型ラジオ発信器があればいちばんいいのですが、そんなものは手にはいらないものですから、小林少年は伝書バトという、おもしろい手段を考えついたのでした。

 いかにも子どもらしい思いつきでした。でも、子どものむじゃきな思いつきが、ときには、おとなをびっくりさせるような、効果をあらわすことがあるのです。

「ぼくのカバンの中に、ぼくのラジオも持っているし、それからぼくの飛行機も持っているんだ。」

 小林少年は、さもとくいそうに、そんなひとりごとをいっていることがありました。なるほど、伝書バトはラジオでもあり、飛行機でもあるわけです。

 さて、七つ道具の点検を終わりますと、彼は満足そうにカバンを衣の中にかくし、つぎには懐中電燈で、地下室のもようをしらべはじめました。

 地下室は十畳敷きほどの広さで、四ほうコンクリートの壁につつまれた、以前は物置きにでも使われていたらしい部屋でした。どこかに階段があるはずだと思って、さがしてみますと、大きな木のはしごが、部屋のいっぽうの天井につりあげてあることがわかりました。出入り口をふさいだだけではたりないで、階段までとりあげてしまうとは、じつに用心ぶかいやり方といわねばなりません。このちょうしでは、地下室から逃げだすことなど思いもおよばないのです。

 部屋のすみに一脚のこわれかかった長イスがおかれ、その上に一枚の古毛布がまるめてあるほかには、道具らしいものは何一品ありません。まるで牢獄のような感じです。

 小林少年は、その長イスを見て、思いあたるところがありました。

「羽柴壮二君は、きっとこの地下室に監禁されていたんだ。そして、この長イスの上でねむったにちがいない。」

 そう思うと、何かなつかしい感じがして、彼は長イスに近づき、クッションをおしてみたり、毛布をひろげてみたりするのでした。

「じゃ、ぼくもこのベッドでひとねむりするかな。」

 大胆不敵の少年探偵は、そんなひとりごとをいって、長イスの上に、ゴロリと横になりました。

 万事は夜が明けてからのことです。それまでにじゅうぶん鋭気をやしなっておかねばなりません。なるほど、理くつはそのとおりですが、このおそろしい境遇にあって、のんきにひとねむりするなんて、ふつうの少年には、とてもまねのできないことでした。

「ピッポちゃん、さあ、ねむろうよ。そして、おもしろい夢でもみようよ。」

 小林少年は、ピッポちゃんのはいっているカバンを、だいじそうにだいて、やみの中に目をふさぎました。そしてまもなく、長イスの寝台の上から、すやすやと、さも安らかな少年の寝息が聞こえてくるのでした。

伝書バト

 小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。

「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へんに明るいなあ。」

 殺風景なコンクリートの壁や床が、ほんのりと、うす明るく見えています。地下室に日がさすはずはないのだがと、なおも見まわしていますと、ゆうべは少しも気づきませんでしたが、いっぽうの天井に近く、明りとりの小さな窓がひらいていることがわかりました。

 その窓は三十センチ四ほうほどの、ごく小さいもので、そのうえ太い鉄ごうしがはめてあります。地下室の床からは、三メートル近くもある高いところですけれど、外から見れば、地面とすれすれの場所にあるのでしょう。

「はてな、あの窓から、うまく逃げだせないかしら。」

 小林君はいそいで長イスから起きあがり、窓の下に行って、明るい空を見あげました。窓にはガラスがはめてあるのですが、それがわれてしまって、大声にさけべば、外を通る人に聞こえそうにも思われるのです。

 そこで、今まで寝ていた長イスを、窓の下へおしていって、それを踏み台に、のびあがってみましたが、それでもまだ窓へとどきません。子どもの力で重い長イスをたてにすることはできないし、ほかに踏み台にする道具とても見あたりません。

 では、小林君は、せっかく窓を発見しながら、そこから外をのぞくことも、できなかったのでしょうか。いやいや、読者諸君、ご心配にはおよびません。こういうときの用意に、なわばしごというものがあるのです。少年探偵の七つ道具は、さっそく使い道ができたわけです。

 彼はカバンから絹ひものなわばしごをとりだし、それをのばして、カウ・ボーイの投げなわみたいにはずみをつけ、いっぽうのはしについているかぎを、窓の鉄ごうしめがけて投げあげました。

 三度、四度失敗したあとで、ガチッと、手ごたえがありました。かぎはうまく一本の鉄棒にかかったのです。

 なわばしごといっても、これはごくかんたんなもので、五メートルほどもある、長いじょうぶな一本の絹ひもに、二十センチごとに大きなむずび玉がこしらえてあって、そのむすび玉に足の指をかけて、よじのぼるしかけなのです。

 小林君は腕力ではおとなにおよびませんけれど、そういう器械体操めいたことになると、だれにもひけはとりませんでした。彼は、なんなくなわばしごをのぼって、窓の鉄ごうしにつかまることができました。

 ところが、そうしてしらべてみますと、失望したことには、鉄ごうしは深くコンクリートにぬりこめてあって、万能ナイフぐらいでは、とてもとりはずせないことがわかりました。

 では、窓から大声に救いをもとめてみたらどうでしょう。いや、それもほとんど見こみがないのです。窓の外は荒れはてた庭になっていて草や木がしげり、そのずっと向こうにいけがきがあって、いけがきの外は道路もない広っぱです。その広っぱへ、子どもでも遊びに来るのを待って、救いをもとめれば、もとめられるのですが、そこまで声がとどくかどうかも、うたがわしいほどです。

 それに、そんな大きなさけび声をたてたのでは、広っぱの人に聞こえるよりも先に、二十面相に聞かれてしまいます。いけない、いけない、そんな危険なことができるものですか。

 小林少年は、すっかり失望してしまいました。でも失望のなかにも、一つだけ大きな収穫がありました。といいますのは、今の今まで、この建物がいったいどこにあるのか、少しも見当がつかなかったのですが、窓をのぞいたおかげで、その位置がハッキリとわかったことです。

 読者諸君は、ただ窓をのぞいただけで、位置がわかるなんてへんだとおっしゃるかもしれません。でも、それがわかったのです。小林君はたいへん幸運だったのです。

 窓の外、広っぱのはるかむこうに、東京にたった一ヵ所しかない、きわだって特徴のある建物が見えたのです。東京の読者諸君は、戸山ヶ原にある、大人国のかまぼこをいくつもならべたような、コンクリートの大きな建物をごぞんじでしょう。じつにおあつらえむきの目じるしではありませんか。

 少年探偵は、その建物と賊の家との関係を、よく頭に入れて、なわばしごをおりました。そして、いそいで例のカバンをひらくと、手帳と鉛筆と磁石とをとりだし、方角をたしかめながら、地図を書いてみました。すると、この建物が、戸山ヶ原の北がわ、西よりの一隅にあるということが、ハッキリとわかったのでした。ここでまた、七つ道具の中の磁石が役にたちました。

 ついでに時計を見ますと、朝の六時を、少しすぎたばかりです。上の部屋がひっそりしているようすでは、二十面相はまだ熟睡しているのかもしれません。

「ああ、ざんねんだなあ。せっかく二十面相のかくれがをつきとめたのに、その場所がちゃんとわかっているのに、賊を捕縛することができないなんて。」

 小林君は小さいこぶしをにぎりしめて、くやしがりました。

「ぼくのからだが、童話の仙女みたいに小さくなって、羽がはえて、あの窓からとびだせたらなあ。そうすれば、さっそく警視庁へ知らせて、おまわりさんを案内して、二十面相をつかまえてしまうんだがなあ。」

 彼は、そんな夢のようなことを考えて、ため息をついていましたが、ところが、そのみょうな空想がきっかけになって、ふと、すばらしい名案がうかんできたのです。

「なあんだ、ぼくは、ばかだなあ。そんなことわけなくできるじゃないか。ぼくにはピッポちゃんという飛行機があるじゃないか。」

 それを考えると、うれしさに、顔が赤くなって、胸がドキドキおどりだすのです。

 小林君は興奮にふるえる手で、手帳に、賊の巣くつの位置と、自分が地下室に監禁されていることをしるし、その紙をちぎって、こまかくたたみました。

 それから、カバンの中の伝書バトのピッポちゃんを出して、その足にむすびつけてある通信筒の中へ、今の手帳の紙をつめこみ、しっかりとふたをしめました。

「さあ、ピッポちゃん、とうとうきみが手がらをたてるときがきたよ。しっかりするんだぜ。道草なんか食うんじゃないよ。いいかい。そら、あの窓からとびだして、早く奥さんのところへ行くんだ。」

 ピッポちゃんは、小林少年の手の甲にとまって、かわいい目をキョロキョロさせて、じっと聞いていましたが、ご主人の命令がわかったものとみえて、やがて勇ましく羽ばたきして、地下室の中を二―三度行ったり来たりすると、ツーッと窓の外へとびだしてしまいました。

「ああ、よかった。十分もすれば、ピッポちゃんは、明智先生のおばさんのところへとんでいくだろう。おばさんはぼくの手紙を読んで、さぞびっくりなさるだろうなあ。でも、すぐに警視庁へ電話をかけてくださるにちがいない。それから警官がここへかけつけるまで、三十分かな? 四十分かな? なんにしても、今から一時間のうちには、賊がつかまるんだ。そしてぼくは、この穴ぐらから出ることができるんだ。」

 小林少年は、ピッポちゃんの消えていった空をながめながら、むちゅうになって、そんなことを考えていました。あまりむちゅうになっていたものですから、いつのまにか、天井のおとし穴のふたがあいたことを、少しも気づきませんでした。

「小林君、そんなところで、何をしているんだね。」

 聞きおぼえのある二十面相の声が、まるで雷のように少年の耳をうちました。

 ギョッとしてそこを見あげますと、天井にポッカリあいた四角な穴から、ゆうべのままの、しらが頭の賊の顔が、さかさまになって、のぞいていたではありませんか。

 アッ、それじゃ、ピッポちゃんのとんでいくのを、見られたんじゃないかしら。

 小林君は、思わず顔色をかえて賊の顔を見つめました。

奇妙な取りひき

「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、その窓の鉄棒は、きみの力じゃはずせまい。そんなところに立って、いつまで窓をにらんでいたって逃げだせっこはないんだよ。気のどくだね。」

 賊は、にくにくしくあざけるのでした。

「やあ、おはよう。ぼくは逃げだそうなんて思ってやしないよ。居ごこちがいいんだもの。この部屋は気にいったよ。ぼくはゆっくり滞在するつもりだよ。」

 小林少年も負けてはいませんでした。今、窓から伝書バトをとばしたのを、賊に感づかれたのではないかと、胸をドキドキさせていたのですが、二十面相の口ぶりでは、そんなようすも見えませんので、すっかり安心してしまいました。

 ピッポちゃんさえ、ぶじに探偵事務所へついてくれたら、もうしめたものです。二十面相が、どんなに毒口をたたいたって、なんともありません。最後の勝利はこっちのものだとわかっているからです。

「居ごこちがいいんだって? ハハハ……、ますます感心だねえ。さすがは明智の片腕といわれるほどあって、いい度胸だ。だが、小林君、少し心配なことがありゃしないかい。え、きみは、もうおなかがすいている時分だろう。うえ死にしてもいいというのかい。」

 何をいっているんだ。今にピッポちゃんの報告で、警察からたくさんのおまわりさんが、かけつけてくるのも知らないで。小林君は何もいわないで、心の中であざわらっていました。

「ハハハ……、少ししょげたようだね。いいことを教えてやろうか。きみは代価をはらうんだよ。そうすれば、おいしい朝ご飯をたべさせてあげるよ。いやいや、お金じゃない。食事の代価というのはね、きみの持っているピストルだよ。そのピストルを、おとなしくこっちへひきわたせば、コックにいいつけて、さっそく朝ご飯を運ばせるんだがねえ。」

 賊は大きなことはいうものの、やっぱりピストルをきみ悪がっているのでした。それを食事の代価としてとりあげるとは、うまいことを思いついたものです。

 小林少年は、やがて救いだされることを信じていましたから、それまで食事をがまんするのは、なんでもないのですが、あまり平気な顔をしていて、相手にうたがいをおこさせてはまずいと考えました。それに、どうせピストルなどに、もう用事はないのです。

「ざんねんだけれど、きみの申し出に応じよう。ほんとうは、おなかがペコペコなんだ。」

 わざと、くやしそうに答えました。

 賊は、それをお芝居とは心づかず、計略が図にあたったとばかり、とくいになって、

「ウフフフ……、さすがの少年探偵も、ひもじさにはかなわないとみえるね。よしよし、今すぐに食事をおろしてやるからね。」

といいながら、おとし穴をしめて姿を消しましたが、やがて、何かコックに命じているらしい声が、天井から、かすかに聞こえてきました。

 あんがい食事の用意がてまどって、ふたたび二十面相が、おとし穴をひらいて顔を出したのは、それから二十分もたったころでした。

「さあ、あたたかいご飯を持ってきてあげたよ。が、まず代価のほうを、さきにちょうだいすることにしよう。さあ、このかごにピストルを入れるんだ。」

 綱のついた小さなかごが、スルスルとおりてきました。小林少年が、いわれるままに、ピストルをその中へ入れますと、かごは、手ばやく天井へたぐりあげられ、それから、もう一度おりてきたときには、その中に湯気のたっているおにぎりが三つと、ハムと、なま卵と、お茶のびんとが、ならべてありました。とりこの身分にしては、なかなかのごちそうです。

「さあ、ゆっくりたべてくれたまえ。きみのほうで代価さえはらってくれたら、いくらでもごちそうしてあげるよ。お昼のご飯には、こんどはダイヤモンドだぜ。せっかく手に入れたのを、気のどくだけれど、一粒ずつちょうだいすることにするよ。いくらざんねんだといって、ひもじさにはかえられないからね。つまり、そのダイヤモンドを、すっかり、返してもらうというわけなんだよ。一粒ずつ、一粒ずつ、ハハハ……、ホテルの主人も、なかなかたのしみなものだねえ。」

 二十面相は、この奇妙な取りひきが、ゆかいでたまらないようすでした。しかし、そんな気のながいことをいっていて、ほんとうにダイヤモンドがとりかえせるのでしょうか。

 そのまえに、彼自身がとりこになってしまうようなことはないでしょうか。

小林少年の勝利

 二十面相は、おとし戸のところにしゃがんだまま、今、とりあげたばかりのピストルを、手のひらの上でピョイピョイとはずませながら、とくいの絶頂でした。そして、なおも小林少年をからかってたのしもうと、何かいいかけたときでした。

 バタバタと二階からかけおりる音がして、コックの恐怖にひきつった顔があらわれました。

「たいへんです……。自動車が三台、おまわりがうじゃうじゃ乗っているんです……。二階の窓から見ていると、門の外でとまりました……。早く逃げなくっちゃ。」

 ああ、はたしてピッポちゃんは使命をはたしたのでした。そして、小林君の考えていたよりも早く、もう警官隊が到着したのでした。地下室で、このさわぎを聞きつけた少年探偵は、うれしさにとびたつばかりです。

 この不意うちには、さすがの二十面相も仰天しないではいられません。

「なに?」

と、うめいて、スックと立ちあがると、おとし戸をしめることもわすれて、いきなり表の入り口へかけだしました。

 でも、もうそのときはおそかったのです。入り口の戸を、外からはげしくたたく音が聞こえてきました。戸のそばに設けてあるのぞき穴に目をあててみますと、外は制服警官の人がきでした。

「ちくしょうっ。」

 二十面相は、怒りに身をふるわせながら、こんどは裏口に向かって走りました。しかし、中途までも行かぬうちに、その裏口のドアにも、はげしくたたく音が聞こえてきたではありませんか。賊の巣くつは、今や警官隊によって、まったく包囲されてしまったのです。

「かしら、もうだめです。逃げ道はありません。」

 コックが絶望のさけびをあげました。

「しかたがない、二階だ。」

 二十面相は、二階の屋根裏部屋へかくれようというのです。

「とてもだめです。すぐ見つかってしまいます。」

 コックは泣きだしそうな声でわめきました。賊はそれにかまわず、いきなり男の手をとって、ひきずるようにして、屋根裏部屋への階段をかけあがりました。

 ふたりの姿が階段に消えるとほどなく、表口のドアがはげしい音をたてて、たおれたかとおもうと、数名の警官が屋内になだれこんできました。それとほとんど同時に、裏口の戸もあいて、そこからも数名の制服警官。

 指揮官は、警視庁の鬼とうたわれた中村捜査係長その人です。係長は、表と裏の要所要所に見はりの警官を立たせておいて、残る全員をさしずして、部屋という部屋をかたっぱしから捜索させました。

「あっ、ここだ。ここが地下室だ。」

 ひとりの警官が例のおとし戸の上でどなりました。たちまちかけよる人々、そこにしゃがんで、うす暗い地下室をのぞいていたひとりが、小林少年の姿をみとめて、

「いる、いる。きみが小林君か。」

と呼びかけますと、待ちかまえていた少年は、

「そうです。早くはしごをおろしてください。」

と叫ぶのでした。

 いっぽう、階下の部屋部屋は、くまなく捜索されましたが、賊の姿はどこにも見えません。

「小林君、二十面相はどこへ行ったか、きみは知らないか。」

 やっと地下室からはいあがった、異様な衣姿の少年をとらえて、中村係長があわただしくたずねました。

「つい今しがたまで、このおとし戸のところにいたんです。外へ逃げたはずはありません。二階じゃありませんか。」

 小林少年のことばが終わるか終わらぬかに、その二階からただならぬさけび声がひびいてきました。

「早く来てくれ、賊だ、賊をつかまえたぞ!」

 それっというので、人々はなだれをうって、廊下の奥の階段へ殺到しました。ドカドカというはげしい靴音、階段をあがると、そこは屋根裏部屋で、小さな窓がたった一つ、まるで夕方のようにうす暗いのです。

「ここだ、ここだ。早く加勢してくれ。」

 そのうす暗い中で、ひとりの警官が、白髪白髯の老人を組みしいて、どなっています。老人はなかなか手ごわいらしく、ともすればはねかえしそうで、組みしいているのがやっとのようすです。

 先にたった二―三人が、たちまち老人に組みついていきました。それを追って、四人、五人、六人、ことごとくの警官が折りかさなって、賊の上におそいかかりました。

 もうこうなっては、いかな凶賊も抵抗のしようがありません。みるみるうちに高手小手にいましめられてしまいました。

 白髪の老人が、グッタリとして、部屋のすみにうずくまったとき、中村係長が小林少年をつれてあがってきました。首実検のためです。

「二十面相は、こいつにちがいないだろうね。」

 係長がたずねますと、少年はそくざにうなずいて、

「そうです。こいつです。二十面相がこんな老人に変装しているのです。」

と答えました。

「きみたち、そいつを自動車へ乗せてくれたまえ。ぬかりのないように。」

 係長が命じますと、警官たちは四ほうから老人をひったてて、階段をおりていきました。

「小林君、大手がらだったねえ。外国から明智さんが帰ったら、さぞびっくりすることだろう。相手が二十面相という大物だからねえ。あすになったら、きみの名は日本中にひびきわたるんだぜ。」

目录
设置
设置
阅读主题
字体风格
雅黑 宋体 楷书 卡通
字体大小
适中 偏大 超大
保存设置
恢复默认
手机
手机阅读
扫码获取链接,使用浏览器打开
书架同步,随时随地,手机阅读
首 页 < 上一章 章节列表 下一章 > 尾 页