饭饭TXT > 海外名作 > 《怪人二十面相(日文版)》作者:[日]江户川乱步【完结】 > 怪人二十面相.txt

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作者:日-江户川乱步 当前章节:15433 字 更新时间:2026-6-22 20:16

 赤井寅三は、もうむちゅうになってたずねるのです。

「今夜だよ。」

「え、え、今夜だって。そいつあすてきだ。だが、どうしてひっさらおうというんだね。」

「それがね、やっぱり二十面相の親分だ、うまい手だてを工夫したんだよ。というのはね、子分のなかに、すてきもねえ美しい女があるんだ。その女を、どっかの若い奥さんにしたてて、明智の野郎の喜びそうな、こみいった事件をこしらえて探偵をたのみに行かせんだ。

 そして、すぐに家をしらべてくれといって、あいつを自動車に乗せてつれだすんだ。その女といっしょにだよ。むろん自動車の運転手も仲間のひとりなんだ。

 むずかしい事件の大すきなあいつのこった。それに、相手がかよわい女なんだから、ゆだんをして、この計画には、ひっかかるにきまっているよ。

 で、おれたちの仕事はというと、ついこの先の青山墓地へ先まわりをして、明智を乗せた自動車がやってくるのを待っているんだよ。あすこを通らなければならないような道順にしてあるんだ。

 おれたちの待っている前へ来ると、自動車がピッタリとまる。するとおれときみとが、両がわからドアをあけて、車の中へとびこみ、明智のやつを身動きのできないようにして、麻酔剤をかがせるというだんどりなんだ。麻酔剤もちゃんとここに用意している。

 それから、ピストルが二丁あるんだ。もうひとり仲間が来ることになっているもんだから。

 しかし、かまやしないよ。そいつは明智にうらみがあるわけでもなんでもないんだから、きみに手がらをさせてやるよ。

 さあ、これがピストルだ。」

 乞食に化けた男は、そういって、やぶれた着物のふところから、一丁のピストルをとりだし、赤井にわたしました。

「こんなもの、おらあうったことがねえよ。どうすりゃいいんだい。」

「なあに、弾丸ははいってやしない。引き金に指をあててうつようなかっこうをすりゃいいんだ。二十面相の親分はね、人殺しが大きらいなんだ。このピストルはただおどかしだよ。」

 弾丸がはいっていないと聞いて、赤井は不満らしい顔をしましたが、ともかくもポケットにおさめ、

「じゃ、すぐに青山墓地へ出かけようじゃねえか。」

と、うながすのでした。

「いや、まだ少し早すぎる。七時半という約束だよ。それより少しおくれるかも知れない。まだ二時間もある。どっかで飯を食って、ゆっくり出かけよう。」

 乞食はいいながら、小わきにかかえていた、きたならしいふろしき包みをほどくと、中から一枚の釣り鐘マントを出して、それをやぶれた着物の上から、はおりました。

 ふたりが、もよりの安食堂で食事をすませ、青山墓地へたどりついたときには、トップリ日が暮れて、まばらな街燈のほかは真のやみ、お化けでも出そうなさびしさでした。

 約束の場所というのは、墓地の中でももっともさびしいわき道で、宵のうちでもめったに自動車の通らぬ、やみの中です。

 ふたりはそのやみの土手に腰をおろして、じっと時のくるのを待っていました。

「おそいね。第一、こうしていると寒くってたまらねえ。」

「いや、もうじきだよ。さっき墓地の入り口のところの店屋の時計を見たら七時二十分だった。あれからもう十分以上、たしかにたっているから、今にやってくるぜ。」

 ときどきポツリポツリと話しあいながら、また十分ほど待つうちに、とうとう向こうから自動車のヘッド・ライトが見えはじめました。

「おい、来たよ。来たよ、あれがそうにちがいない。しっかりやるんだぜ。」

 案のじょう、その車はふたりの待っている前まで来ると、ギギーとブレーキの音をたててとまったのです。

「ソレッ。」

というと、ふたりは、やにわに、やみの中からとびだしました。

「きみは、あっちへまわれ。」

「よしきた。」

 二つの黒い影は、たちまち客席の両がわのドアへかけよりました。そして、いきなりガチャンとドアをひらくと客席の人物へ、両方からニューッと、ピストルの筒口をつきつけました。

 と同時に、客席にいた洋装の夫人も、いつのまにかピストルをかまえています。それから、運転手までが、うしろ向きになって、その手にはこれもピストルが光っているではありませんか。つまり四丁のピストルが、筒先をそろえて、客席にいる、たったひとりの人物に、ねらいをさだめたのです。

 そのねらわれた人物というのは、ああ、やっぱり明智探偵でした。探偵は、二十面相の予想にたがわず、まんまと計略にかかってしまったのでしょうか。

「身動きすると、ぶっぱなすぞ。」

 だれかがおそろしいけんまくで、どなりつけました。

 しかし、明智は、観念したものか、しずかに、クッションにもたれたまま、さからうようすはありません。あまりおとなしくしているので、賊のほうがぶきみに思うほどです。

「やっつけろ!」

 低いけれど力強い声がひびいたかと思うと、乞食に化けた男と、赤井寅三の両人がおそろしい勢いで、車の中にふみこんできました。そして、赤井が明智の上半身をだきしめるようにしておさえていると、もうひとりは、ふところから取りだした、ひとかたまりの白布のようなものを、手早く探偵の口におしつけて、しばらくのあいだ力をゆるめませんでした。

 それから、やや五分もして、男が手をはなしたときには、さすがの名探偵も、薬物の力にはかないません。まるで死人のように、グッタリと気をうしなってしまいました。

「ホホホ、もろいもんだわね。」

 同乗していた洋装婦人が、美しい声で笑いました。

「おい、なわだ。早くなわを出してくれ。」

 乞食に化けた男は、運転手から、ひとたばのなわを受けとると、赤井に手つだわせて、明智探偵の手足を、たとえ蘇生しても、身動きもできないように、しばりあげてしまいました。

「さあ、よしと。こうなっちゃ、名探偵もたわいがないね。これでやっとおれたちも、なんの気がねもなく仕事ができるというもんだ。おい、親分が待っているだろう。急ごうぜ。」

 ぐるぐる巻きの明智のからだを、自動車の床にころがして、乞食と赤井とが、客席におさまると、車はいきなり走りだしました。行く先はいわずと知れた二十面相の巣くつです。

怪盗の巣くつ

 賊の手下の美しい婦人と、乞食と、赤井寅三と、気をうしなった明智小五郎とを乗せた自動車は、さびしい町さびしい町とえらびながら、走りに走って、やがて、代々木の明治神宮を通りすぎ、暗い雑木林の中にポツンと建っている、一軒の住宅の門前にとまりました。

 それは七間か八間ぐらいの中流住宅で、門の柱には北川十郎という表札がかかっています。もう家中が寝てしまったのか、窓から明りもささず、さもつつましやかな家庭らしく見えるのです。

 運転手(むろんこれも賊の部下なのです)がまっ先に車をおりて、門の呼びりんをおしますと、ほどもなくカタンという音がして、門のとびらにつくってある小さなのぞき窓があき、そこに二つの大きな目玉があらわれました。門燈のあかりで、それが、ものすごく光って見えます。

「ああ、きみか、どうだ、しゅびよくいったか。」

 目玉のぬしが、ささやくような小声でたずねました。

「ウン、うまくいった。早くあけてくれ。」

 運転手が答えますと、はじめて門のとびらがギイーとひらきました。

 見ると、門の内がわには、黒い洋服を着た賊の部下が、ゆだんなく身がまえをして、立ちはだかっているのです。

 乞食と赤井寅三とが、グッタリとなった明智探偵のからだをかかえ、美しい婦人がそれを助けるようにして、門内に消えると、とびらはまたもとのようにピッタリとしめられました。

 ひとりのこった運転手は、からになった自動車にとびのりました。そして、車は、矢のように走りだし、たちまち見えなくなってしまいました。どこか別のところに賊の車庫があるのでしょう。

 門内では、明智をかかえた三人の部下が、玄関のこうし戸の前に立ちますと、いきなり軒の電燈が、パッと点火されました。目もくらむような明るい電燈です。

 この家へはじめての赤井寅三は、あまりの明るさに、ギョッとしましたが、彼をびっくりさせたのは、そればかりではありませんでした。

 電燈がついたかと思うと、こんどは、どこからともなく、大きな人の声が聞こえてきました。だれもいないのに、声だけがお化けみたいに、空中からひびいてきたのです。

「ひとり人数がふえたようだな。そいつはいったい、だれだ。」

 どうも人間の声とは思われないような、へんてこなひびきです。

 新米の赤井はうすきみ悪そうに、キョロキョロあたりを見まわしています。

 すると、乞食に化けた部下が、ツカツカと玄関の柱のそばへ近づいて、その柱のある部分に口をつけるようにして、

「新しい味方です。明智に深いうらみを持っている男です。じゅうぶん信用していいのです。」

と、ひとりごとをしゃべりました。まるで電話でもかけているようです。

「そうか、それなら、はいってもよろしい。」

 またへんな声がひびくと、まるで自動装置のように、こうし戸が音もなくひらきました。

「ハハハ……、おどろいたかい。今のは奥にいる首領と話をしたんだよ。人目につかないように、この柱のかげに拡声器とマイクロホンがとりつけてあるんだ。首領は用心ぶかい人だからね。」

 乞食に化けた部下が教えてくれました。

「だけど、おれがここにいるってことが、どうして知れたんだろう。」

 赤井は、まだふしんがはれません。

「ウン、それも今にわかるよ。」

 相手はとりあわないで、明智をかかえて、グングン家の中へはいって行きます。しぜん赤井もあとにしたがわぬわけにはいきません。

 玄関の間には、またひとりのくっきょうな男が、かたをいからして立ちはだかっていましたが、一同を見ると、にこにこしてうなずいてみせました。

 ふすまをひらいて、廊下へ出て、いちばん奥まった部屋へたどりつきましたが、みょうなことに、そこはガランとした十畳の空部屋で、首領の姿はどこにも見えません。

 乞食が何か、あごをしゃくってさしずをしますと、美しい女の部下が、ツカツカと床の間に近より、床柱の裏に手をかけて、何かしました。

 すると、どうでしょう。ガタンと、おもおもしい音がしたかと思うと、座敷のまんなかの畳が一枚、スーッと下へ落ちていって、あとに長方形のまっくらな穴があいたではありませんか。

「さあ、ここのはしご段をおりるんだ。」

 いわれて、穴の中をのぞきますと、いかにもりっぱな木の階段がついています。

 ああ、なんという用心ぶかさでしょう。表門の関所、玄関の関所、その二つを通りこしても、この畳のがんどう返しを知らぬ者には、首領がどこにいるのやら、まったく見当もつかないわけです。

「なにをぼんやりしているんだ。早くおりるんだよ。」

 明智のからだを三人がかりでかかえながら、一同が階段をおりきると、頭の上で、ギーッと音がして畳の穴はもとのとおりふたをされてしまいました。じつにゆきとどいた機械じかけではありませんか。

 地下室におりても、まだそこが首領の部屋ではありません。うす暗い電燈の光をたよりに、コンクリートの廊下を少し行くと、がんじょうな鉄の扉が行く手をさえぎっているのです。

 乞食に化けた男が、その扉を、妙なちょうしでトントントン、トントンとたたきました。すると、重い鉄の扉が内部から開かれて、パッと目を射る電燈の光、まばゆいばかりに飾りつけられたりっぱな洋室、その正面の大きな安楽イスにこしかけて、にこにこ笑っている三十歳ほどの洋服紳士が、二十面相その人でありました。これが、素顔かどうかはわかりませんけれど、頭の毛をきれいにちぢれさせた、ひげのない好男子です。

「よくやった。よくやった。きみたちのはたらきはわすれないよ。」

 首領は、大敵明智小五郎をとりこにしたことが、もう、うれしくてたまらないようすです。むりもありません。明智さえ、こうしてとじこめておけば、日本中におそろしい相手はひとりもいなくなるわけですからね。

 かわいそうな明智探偵は、ぐるぐる巻きにしばられたまま、そこの床の上にころがされました。赤井寅三は、ころがしただけではたりないとみえて、気をうしなっている明智の頭を、足で二度も三度もけとばしさえしました。

「ああ、きみは、よくよくそいつにうらみがあるんだね。それでこそぼくの味方だ。だが、もうよしたまえ。敵はいたわるものだ、それに、この男は日本にたったひとりしかいない名探偵なんだからね。そんなに乱暴にしないで、なわをといて、そちらの長イスにねかしてやりたまえ。」

 さすがに首領二十面相は、とりこをあつかうすべを知っていました。

 そこで、部下たちは、命じられたとおり、なわをといて、明智探偵をイスに寝かせましたが、まだ薬がさめぬのか、探偵はグッタリしたまま、正体もありません。

 乞食に化けた男は、明智探偵誘かいのしだいと、赤井寅三を味方にひきいれた理由を、くわしく報告しました。

「ウン、よくやった。赤井君は、なかなか役にたちそうな人物だ。それに、明智に深いうらみを持っているのが何より気にいったよ。」

 二十面相は、名探偵をとりこにしたうれしさに、何もかも上きげんです。

 そこで赤井はあらためて、弟子入りのおごそかな誓いをたてさせられましたが、それがすむと、この浮浪人はさいぜんから、ふしぎでたまらなかったことを、さっそくたずねたものです。

「このうちのしかけにはおどろきましたぜ。これなら警察なんかこわくないはずですねえ。だが、どうもまだふにおちねえことがある。さっき玄関へきたばっかりの時に、どうして、おかしらにあっしの姿が見えたんですかい。」

「ハハハ……、それかい。それはね。ほら、ここをのぞいてみたまえ。」

 首領は天井の一隅からさがっているストーブのえんとつみたいな物を指さしました。

 のぞいてみよといわれるものですから、赤井はそこへ行って、えんとつの下のはしがかぎの手に曲がっている筒口へ、目をあててみました。

 すると、これはどうでしょう。その筒の中に、この家の玄関から門にかけての景色が、かわいらしく縮小されて写っているではありませんか。さいぜんの門番の男が、忠実に門の内がわに立っているのもハッキリ見えます。

「潜水艦に使う潜望鏡と同じしかけなんだよ。あれよりも、もっと複雑に折れまがっているけれどね。」

 どうりで、あんなに光のつよい電燈が必要だったのです。

「だが、きみが今まで見たのは、この家の機械じかけの半分にもたりないのだよ。その中には、ぼくのほかはだれも知らないしかけもある。なにしろ、これがぼくのほんとうの根城だからね。ここのほかにも、いくつかのかくれががあるけれど、それらは、敵をあざむくほんの仮住まいにすぎないのさ。」

 すると、いつか小林少年が苦しめられた戸山ヶ原のあばらやも、そのかりのかくれがの一軒だったのでしょうか。

「いずれきみにも見せるがね、この奥にぼくの美術室があるんだよ。」

 二十面相は、あいかわらず上きげんで、しゃべりすぎるほどしゃべるのです。見れば彼の安楽イスのうしろに、大銀行の金庫のような、複雑な機械じかけの大きな鉄のとびらが、げんじゅうにしめきってあります。

「この奥にいくつも部屋があるんだよ。ハハハ……、おどろいているね。この地下室は、地面に建っている家よりもずっと広いのさ。そして、その部屋部屋に、ぼくの生涯の戦利品が、ちゃんと分類して陳列してあるってわけだよ。そのうち見せてあげるよ。

 まだ何も陳列していない、からっぽの部屋もある。そこへはね、ごく近日どっさり国宝がはいることになっているんだ。きみも新聞で読んでいるだろう。例の国立博物館のたくさんの宝物さ。ハハハ……。」

 もう明智という大敵をのぞいてしまったのだから、それらの美術品は手に入れたも同然だとばかり、二十面相はさも心地よげに、カラカラとうち笑うのでした。

少年探偵団

 翌朝になっても明智探偵が帰宅しないものですから、るす宅は大さわぎになりました。

 探偵が同伴して出かけた、事件依頼者の婦人の住所がひかえてありましたので、そこをしらべますと、そんな婦人なんか住んでいないことがわかりました。さては二十面相のしわざであったかと、人々は、はじめてそこへ気がついたのです。

 各新聞の夕刊は、「名探偵明智小五郎氏誘かいさる」という大見出しで、明智の写真をおおきく入れて、この椿事をデカデカと書きたて、ラジオもこれをくわしく報道しました。

「ああ、たのみに思うわれらの名探偵は、賊のとりこになった。博物館があぶない。」

 一千万の都民は、わがことのようにくやしがり、そこでもここでも、人さえ集まれば、もう、この事件のうわさばかり、全都の空が、なんともいえない陰うつな、不安の黒雲におおわれたように、感じないではいられませんでした。

 しかし、名探偵の誘かいを、世界中でいちばんざんねんに思ったのは、探偵の少年助手小林芳雄君でした。

 一晩待ちあかして朝になっても、また、一日むなしく待って、夜がきても、先生はお帰りになりません。警察では二十面相に誘かいされたのだといいますし、新聞やラジオまでそのとおりに報道するものですから、先生の身のうえが心配なばかりでなく、名探偵の名誉のために、くやしくって、くやしくって、たまらないのです。

 そのうえ、小林君は自分の心配のほかに、先生の奥さんをなぐさめなければなりませんでした。さすが明智探偵の夫人ほどあって、涙を見せるようなことはなさいませんでしたが、不安にたえぬ青ざめた顔に、わざと笑顔をつくっていらっしゃるようすを見ますと、お気のどくで、じっとしていられないのです。

「奥さん大じょうぶですよ。先生が賊のとりこなんかになるもんですか。きっと先生には、ぼくたちの知らない、何か深い計略があるのですよ。それでこんなにお帰りがおくれるんですよ。」

 小林君は、そんなふうにいって、しきりと明智夫人をなぐさめましたが、しかし、べつに自信があるわけではなく、しゃべっているうちに、自分のほうでも不安がこみあげてきて、ことばもとぎれがちになるのでした。

 名探偵助手の小林君も、こんどばかりは、手も足も出ないのです。二十面相のかくれがを知る手がかりはまったくありません。

 おとといは、賊の部下が紙芝居屋に化けて、ようすをさぐりに来ていたが、もしやきょうもあやしい人物が、そのへんをうろうろしていないかしら。そうすれば、賊の住み家をさぐる手だてもあるんだがと、一縷の望みに、たびたび二階へあがって表通りを見まわしても、それらしい者の影さえしません。賊のほうでは、誘かいの目的をはたしてしまったのですから、もうそういうことをする必要がないのでしょう。

 そんなふうにして、不安の第二夜も明けて、三日めの朝のことでした。

 その日はちょうど日曜日だったのですが、明智夫人と小林少年が、さびしい朝食を終わったところへ、玄関へ鉄砲玉のようにとびこんできた少年がありました。

「ごめんください。小林君いますか。ぼく羽柴です。」

 すきとおった子どもの叫び声に、おどろいて出てみますと、おお、そこには、ひさしぶりの羽柴壮二少年が、かわいらしい顔をまっかに上気させて、息をきらして立っていました。よっぽど大急ぎで走ってきたものとみえます。

 読者諸君はよもやおわすれではありますまい。この少年こそ、いつか自宅の庭園にわなをしかけて、二十面相を手ひどい目にあわせた、あの大実業家羽柴壮太郎氏のむすこさんです。

「オヤ、壮二君ですか。よく来ましたね。サア、おあがりなさい。」

 小林君は自分より二つばかり年下の壮二君を、弟かなんぞのようにいたわって、応接室へみちびきました。

「で、なんかきゅうな用事でもあるんですか。」

 たずねますと、壮二少年は、おとなのような口調で、こんなことをいうのでした。

「明智先生、たいへんでしたね。まだゆくえがわからないのでしょう。それについてね、ぼく少し相談があるんです。

 あのね、いつかの事件のときから、ぼく、きみを崇拝しちゃったんです。そしてね、ぼくもきみのようになりたいと思ったんです。それから、きみのはたらきのことを、学校でみんなに話したら、ぼくと同じ考えのものが十人も集まっちゃったんです。

 それで、みんなで、少年探偵団っていう会をつくっているんです。むろん学校の勉強やなんかのじゃまにならないようにですよ。ぼくのおとうさんも、学校さえなまけなければ、まあいいって許してくだすったんです。

 きょうは日曜でしょう。だもんだから、ぼくみんなを連れて、きみんちへおみまいに来たんです。そしてね、みんなはね、きみのさしずを受けて、ぼくたち少年探偵団の力で、明智先生のゆくえをさがそうじゃないかって言ってるんです。」

 ひと息にそれだけ言ってしまうと、壮二君はかわいい目で、小林少年をにらみつけるようにして、返事を待つのでした。

「ありがとう。」

 小林君は、なんだか涙が出そうになるのを、やっとがまんして、ギュッと壮二君の手をにぎりました。

「きみたちのことを明智先生がお聞きになったら、どんなにお喜びになるかもしれないですよ。ええ、きみたちの探偵団でぼくをたすけてください。みんなで何か手がかりをさがしだしましょう。

 けれどね、きみたちはぼくとちがうんだから、危険なことはやらせませんよ。もしものことがあると、みんなのおとうさんやおかあさんに申しわけないですからね。

 しかし、ぼくが今考えているのは、ちっとも危険のない探偵方法です。きみ、『聞きこみ』っての知ってますか。いろんな人の話をきいてまわって、どんな小さなことでものがさないで、うまく手がかりをつかむ探偵方法なんです。

 なまじっか、おとななんかより、子どものほうがすばしっこいし、相手がゆだんするから、きっとうまくいくと思いますよ。

 それにはね、おとといの晩、先生を連れだした女の人相や服装、それから自動車の行った方角もわかっているんだから、その方角に向かって、ぼくらが今の聞きこみをやればいいんですよ。

 店の小僧さんでもいいし、ご用聞きでもいいし、郵便配達さんだとか、そのへんに遊んでいる子どもなんかつかまえて、あきずに聞いてまわるんですよ。

 ここでは方角がわかっていても、先になるほど道がわかれていて、見当をつけるのがたいへんだけれど、人数が多いから大じょうぶだ。道がわかれるたびに、ひとりずつ、そのほうへ行けばいいんです。

 そうして、きょう一日聞きこみをやれば、ひょっとしたら、何か手がかりがつかめるかもしれないですよ。」

「ええ、そうしましょう。そんなことわけないや。じゃ、探偵団のみんなを門の中へ呼んでもいいですか。」

「ええ、どうぞ、ぼくもいっしょに外へ出ましょう。」

 そして、ふたりは、明智夫人のゆるしをえたうえ、ポーチのところへ出たのですが、壮二君はいきなり門の外へかけだして行ったかと思うと、まもなく、十人の探偵団員を引きつれて、門内へひきかえしてきました。

 見ると、小学校上級生ぐらいの、健康で快活な少年たちでした。

 小林君は、壮二君の紹介で、ポーチの上から、みんなにあいさつしました。そして、明智探偵捜査の手段について、こまごまとさしずをあたえました。

 むろん一同大賛成です。

「小林団長ばんざーい。」

 もうすっかり、団長に祭りあげてしまって、うれしさのあまり、そんなことをさけぶ少年さえありました。

「じゃ、これから出発しましょう。」

 そして、一同は少年団のように、足なみそろえて、明智邸の門外へ消えていくのでした。

午後四時

 少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。

 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさえ、どうすることもできないほどの難事件です。手がかりがえられなかったといって、けっして、少年捜索隊の無能のせいではありません。それに、これらの勇ましい少年たちは、後日、またどのような手がらをたてないものでもないのです。

 明智探偵ゆくえ不明のまま、おそろしい十二月十日は、一日一日とせまってきました。警視庁の人たちは、もういてもたってもいられない気持です。なにしろ盗難を予告された品物が、国家の宝物というのですから、捜査課長や、ちょくせつ二十面相の事件に関係している中村係長などは、心配のためにやせほそる思いでした。

 ところが、問題の日の二日前、十二月八日には、またまた世間のさわぎを大きくするようなできごとがおこったのです。というのは、その日の東京毎日新聞の社会面に、二十面相からの投書が、れいれいしく掲載されたことでした。

 東京毎日新聞は、べつに賊の機関新聞というわけではありませんが、このさわぎの中心になっている二十面相その人からの投書とあっては、問題にしないわけにはいきません。ただちに、編集会議までひらいて、けっきょく、その全文をのせることにしたのです。

 それは長い文章でしたが、意味をかいつまんでしるしますと、

「わたしはかねて、博物館襲撃の日を十二月十日と予告しておいたが、もっと正確に約束するほうが、いっそう男らしいと感じたので、ここに東京都民諸君の前に、その時間を通告する。

 それは『十二月十日午後四時』である。

 博物館長も警視総監も、できるかぎりの警戒をしていただきたい。警戒がげんじゅうであればあるほど、わたしの冒険はそのかがやきをますであろう。」

 ああ、なんたることでしょう。日づけを予告するだけでも、おどろくべき大胆さですのに、そのうえ時間まではっきりと公表してしまったのです。そして、博物館長や警視総監に失礼せんばんな注意まであたえているのです。

 これを読んだ都民のおどろきは申すまでもありません。今までは、そんなばかばかしいことがと、あざわらっていた人々も、もう笑えなくなりました。

 当時の博物館長は、史学界の大先輩、北小路文学博士でしたが、そのえらい老学者さえも、賊の予告を本気にしないではいられなくなって、わざわざ警視庁に出向き、警戒方法について、警視総監といろいろ打ちあわせをしました。

 いや、そればかりではありません。二十面相のことは、国務大臣方の閣議の話題にさえ、のぼりました。中でも総理大臣や法務大臣などは、心配のあまり、警視総監を別室にまねいて、激励のことばをあたえたほどです。

 そして、全都民の不安のうちに、むなしく日がたって、とうとう十二月十日となりました。

 国立博物館では、その日は早朝から、館長の北小路老博士をはじめとして、三人の係長、十人の書記、十六人の守衛や小使いが、ひとり残らず出勤して、それぞれ警戒の部署につきました。

 むろん当日は、表門をとじて、観覧禁止です。

 警視庁からは、中村捜査係長のひきいる選りすぐった警官隊五十人が出張して、博物館の表門、裏門、塀のまわり、館内の要所要所にがんばって、アリのはいいるすきまもない大警戒陣です。

 午後三時半、あますところわずかに三十分、警戒陣はものものしく殺気だってきました。

 そこへ警視庁の大型自動車が到着して、警視総監が、刑事部長をしたがえてあらわれました。総監は、心配のあまり、もうじっとしていられなくなったのです。総監自身の目で、博物館を見守っていなければ、がまんができなくなったのです。

 総監たちは一同の警戒ぶりを視察したうえ、館長室に通って北小路博士に面会しました。

「わざわざ、あなたがお出かけくださるとは思いませんでした。恐縮です。」

 老博士があいさつしますと、総監は、少しきまりわるそうに笑ってみせました。

「いや、おはずかしいことですが、じっとしていられませんでね。たかが一盗賊のために、これほどのさわぎをしなければならないとは、じつに恥辱です。わしは警視庁にはいって以来、こんなひどい恥辱を受けたことははじめてです。」

「アハハ……。」老博士は力なく笑って、「わたしも同様です。あの青二才の盗賊のために、一週間というもの、不眠症にかかっておるのですからな。」

「しかし、もうあますところ二十分ほどですよ。え、北小路さん、まさか二十分のあいだに、このげんじゅうな警戒をやぶって、たくさんの美術品をぬすみだすなんて、いくら魔法使いでも、少しむずかしい芸当じゃありますまいか。」

「わかりません。わしには魔法使いのことはわかりません。ただ一刻も早く四時がすぎさってくれればよいと思うばかりです。」

 老博士は、おこったような口調でいいました。あまりのことに、二十面相の話をするのも腹だたしいのでしょう。

 室内の三人は、それきりだまりこんで、ただ壁の時計とにらめっこするばかりでした。

 金モールいかめしい制服につつまれた、相撲とりのようにりっぱな体格の警視総監、中肉中背で、八字ひげの美しい刑事部長、背広姿でツルのようにやせた白髪白髯の北小路博士、その三人がそれぞれ安楽イスにこしかけて、チラチラと、時計の針をながめているようすは、ものものしいというよりは、何かしら奇妙な、場所にそぐわぬ光景でした。そうして十数分が経過したとき、沈黙にたえかねた刑事部長が、とつぜん口を切りました。

「ああ、明智君は、いったいどうしているんでしょうね。わたしは、あの男とは懇意にしていたんですが、どうもふしぎですよ。今までの経験から考えても、こんな失策をやる男ではないのですがね。」

 そのことばに、総監は太ったからだをねじまげるようにして、部下の顔を見ました。

「きみたちは、明智明智と、まるであの男を崇拝でもしているようなことをいうが、ぼくは不賛成だね。いくらえらいといっても、たかが一民間探偵じゃないか。どれほどのことができるものか。ひとりの力で二十面相をとらえてみせるなどといっていたそうだが、広言がすぎるよ。こんどの失敗は、あの男にはよい薬じゃろう。」

「ですが、明智君のこれまでの功績を考えますと、いちがいにそうもいいきれないのです。今も外で中村君と話したことですが、こんなさい、あの男がいてくれたらと思いますよ。」

 刑事部長のことばが終わるか終わらぬときでした。館長室のドアがしずかにひらかれて、ひとりの人物があらわれました。

「明智はここにおります。」

 その人物がにこにこ笑いながら、よく通る声でいったのです。

「おお、明智君!」

 刑事部長がイスからとびあがってさけびました。

 それは、かっこうのよい黒の背広をピッタリと身につけ、頭の毛をモジャモジャにした、いつにかわらぬ明智小五郎その人でした。

「明智君、きみはどうして……。」

「それはあとでお話します。今は、もっとたいせつなことがあるのです。」

「むろん、美術品の盗難はふせがなくてはならんが。」

「いや、それはもうおそいのです。ごらんなさい。約束の時間は過ぎました。」

 明智のことばに、館長も、総監も、刑事部長もいっせいに壁の電気時計を見あげました。いかにも、長針はもう十二時のところをすぎているのです。

「おやおや、すると二十面相は、うそをついたわけかな。館内には、べつに異状もないようだが……。」

「ああ、そうです。約束の四時はすぎたのです。あいつ、やっぱり手出しができなかったのです。」

 刑事部長が凱歌をあげるようにさけびました。

「いや、賊は約束を守りました。この博物館は、もうからっぽも同様です。」

 明智が、おもおもしい口調でいいました。

名探偵の狼藉

「え、え、きみは何をいっているんだ。何もぬすまれてなんかいやしないじゃないか。ぼくは、つい今しがた、この目で陳列室をずっと見まわってきたばかりなんだぜ。それに、博物館のまわりには、五十人の警官が配置してあるんだ。ぼくのところの警官たちはめくらじゃないんだからね。」

 警視総監は、明智をにらみつけて、腹だたしげにどなりました。

「ところが、すっかりぬすみだされているのです。二十面相は例によって魔法を使いました。なんでしたら、ごいっしょにしらべてみようではありませんか。」

 明智は、しずかに答えました。

「フーン、きみはたしかにぬすまれたというんだね。よし、それじゃ、みんなでしらべてみよう。館長、この男のいうのがほんとうかどうか、ともかく陳列室へ行ってみようじゃありませんか。」

 まさか明智がうそをいっているとも思えませんので、総監も一度しらべてみる気になったのです。

「それがいいでしょう。さあ、北小路先生もごいっしょにまいりましょう。」

 明智は白髪白髯の老館長にニッコリほほえみかけながら、うながしました。

 そこで、四人は、つれだって館長室を出ると、廊下づたいに本館の陳列場のほうへはいっていきましたが、明智は北小路館長の老体をいたわるようにその手を取って、先頭に立つのでした。

「明智君、きみは夢でも見たんじゃないか。どこにも異状はないじゃないか。」

 陳列場にはいるやいなや、刑事部長がさけびました。

 いかにも部長のいうとおり、ガラス張りの陳列棚の中には、国宝の仏像がズラッとならんでいて、べつになくなった品もないようすです。

「これですか。」

 明智は、その仏像の陳列棚を指さして、意味ありげに部長の顔を見かえしながら、そこに立っていた守衛に声をかけました。

「このガラス戸をひらいてくれたまえ。」

 守衛は、明智小五郎を見知りませんでしたけれど、館長や警視総監といっしょだものですから、命令に応じて、すぐさま持っていたかぎで、大きなガラス戸を、ガラガラとひらきました。

 すると、そのつぎのしゅんかん、じつに異様なことがおこったのです。

 ああ、明智探偵は、気でもちがったのでしょうか。彼は、広い陳列棚の中へはいって行ったかと思うと、中でもいちばん大きい、木彫りの古代仏像に近づき、いきなり、そのかっこうのよい腕を、ポキンと折ってしまったではありませんか。

 しかもそのすばやいこと、三人の人たちが、あっけにとられ、とめるのもわすれて、目を見はっているまに、同じ陳列棚の、どれもこれも国宝ばかりの五つの仏像を、つぎからつぎへと、たちまちのうちに、片っぱしからとりかえしのつかぬ傷ものにしてしまいました。

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